「もうこんな時間…早く寝ないと」
リビングの時計を見ながら、ルカは呟いた。短針は既に11と12の間にいる。
最近、ルカは寝付きがあまり良くない。今日は何回欠伸を噛み殺しただろうか、寝不足は美容の敵なのに、と頭の中で言葉を零しながら、自室のドアを開けた。
「…あなたまだ起きてたの?」
自分の机の上でゆらゆら揺れているピンクのソレに話しかける。
くるりとこちらを向いたソレの顔が、ほんわりと笑顔をつくった。身に付けているヘッドホンからは、微かに漏れた音がきこえる。
「ルカ!たこルカのお気に入りがまたふえたのよう」
「もう、今度は誰の歌?」
「ミクの、せーかーいでーいちーばんってやつう」
「ああ、WIMね」
ピンクのソレ、もといたこルカは、時折こうしてルカの部屋で歌を聴いている。たこルカ自身もたまに仕事で歌う事はあるから、他の皆の歌を聴いて勉強している…らしい。本人、いや、本蛸によれば。
もっとも、この頃は自分のお気に入り曲を見つけるのに夢中であるみたいだが。
「でも、この歌ちょっと変なのよう」
「どこが?」
「『しろいおおまさん』って歌詞があるけど、オオマさんは白じゃなくて黒なのよう」
「…………」
この海産物に、馬という海と縁の無い哺乳動物の事をどう説明しようかとルカは考えたが、3秒程で諦めた。クジラと同様に魚でない動物、なんて言ったって通じる筈が無い。
「まあ…白いのもいるのよ、世の中には」
「ふーん」
「それより、もう遅いから寝ましょう。明日も朝から仕事があるんだから」
「はーい」
蛍光灯の光を消し、ベッドに潜り込もうとするルカに、思い出したようにたこルカが言った。
「ねぇルカ、おうじさまって、どうしたら来てくれる?」
「え?」
「たこルカも、おうじさまに会いたいのよう」
「あなたの王子様はオオマさんじゃないの?」
「オオマさんはオオマさんなのよう。おうじさまはおうじさまなのよう」
「そ、そうなの…」
「いい子にしてれば来る?」
「サンタクロースじゃないんだから…でも…そうね…」
暫くの沈黙の後、ルカが答えた。
「素直でいること…かしら」
「すなお?」
「そう、素直」
上半身を起こし、何処か一点を見つめながら続ける。
「何時も優しくて、可愛いげがあって、相手に対して変に突っぱねるなんて事絶対にしないで…」
声のトーンが若干下がって聞こえるのは気のせいだろうか。
「…そういう女の子の所には、きっと来てくれるでしょうね」
「たこルカはすなお?」
「ええ、あなたは素直で優しくていい子よ」
少なくとも私よりはね、と心の中だけで続けながら、傍に来たたこルカの頭を優しく撫でた。
その心地良い感覚に目を細めながら、たこルカは質問を続ける。
「ルカのとこはおうじさまはもう来た?」
「…来てないわね」
「どうして?」
「どうして、って…」
だって、来る筈なんて無いじゃない。
こんな…こんな、私になんか。
「…いらないわよ、王子様なんて」
「……ルカ…?」
「…もう、いい加減に寝なさい、おやすみ」
乱暴にそれだけ言って横になり、毛布に包まって背を向けた。
ぎゅっ、と目を閉じて、何も考えないようにする。しかしそうすればそうする程、頭が変に冴えて、さっきの事が何回も思い出された。
ああ、眠りたいのに。
考えたくもないのに。
『来る筈なんて…ないじゃない』
素直になんかならない。
『そもそも知らないわよ、あんな人なんか』
素直にならない、なりたくない。
『何でよ…どうして頭から離れてくれないの…』
認めたくなんか、無い。
『バカ、バカ』
私の、バカ…
泣きたくなる程心地良い感覚に、ルカは目を開けた。
「…寝なさいって、言ってるでしょ…」
目の前で悲しそうな顔を見せているソレは、ルカの頭を優しく撫で続けながら言った。
「ルカは、悪い子なんかじゃないのよう」
「…なんで…」
「ちょっとすなおじゃなくても、ルカは優しくて、いい子なのよう」
「バカ、何言って…」
「いつか、ぜったいルカのとこにもおうじさまは来るのよう」
だから なかないで
それまで わたしが あなたのおうじさまでいてあげるから
胸に抱き着いて、そのまますやすやと寝息をたててしまったたこルカを、優しく抱きしめる。
「…随分と可愛らしい王子様だこと」
目尻に光るものを拭って、ルカはそっと、目を閉じた。
ねえ、こんな私でも愛してくれる?
世界で一番おひめさまより、我が儘で、あなたの事振り回しちゃうかも知れないわよ?
それでもいいなら、ずっとずっと傍に居て
私の、私だけの王子様
終