今は未来、VOCALOIDという物ありけり。人々に交じりて唄を歌いつつ、万のこ  
とに使われけり。名をば……なんてね♪  
 こんにちは。私メイコ。今は一家に一台VOCALOID……ではなくて、アンドロイ  
ドやガイノイドといったヒューマノイド・ロボットがいるのは当たり前の世界。  
その内一人一台なんてことになるかもって言われている。水に濡れて錆びるよう  
な部品は淘汰されたから家事もできるし、雨もプールも平気。海はさすがに前後  
で手入れが必要だけれど。  
 VOCALOIDというのは普通に売られているヒューマノイドと比べて、発声方法が  
ほぼ人間と同じで歌が巧いだけ。科学技術が向上すると私たちVOCALOIDの進出で、  
人間のCDはあまり売れなくなった。でも、音外しや曖昧さ、好調・不調があるか  
らこそ人間の方が味があるって言う勢力もいる。  
 さて、VOCALOIDの役目だけれど、これは勿論唄を歌うこと。唄を歌う職業に就  
いていないVOCALOIDは皆カラオケが趣味だっていうのも理解してほしい。歌いた  
いもの。  
 一応その辺のヒューマノイドたちだって曲を再生することはできる。つまり、  
口を動かして、話したり歌ったりはするけれど、厳密には声を出している訳では  
なくて、言葉を再生しているだけ。だからVOCALOIDはヒューマノイドより値段が  
高い。勿論雛型があってオプションや性能の変更は購入時にできるし、搭載ソフ  
トも購入後は自由だけれど、PCやバイクのように自作や改造も可能。PCと違って  
製作後は使用登録、改造後は何をどうしたかわかるような写真を添付した届け出  
が必要だけれど。  
 ヒューマノイドとして初めに出されたVOCALOIDは、ソフト時代に一番売れた初  
音ミク。それからMEIKO、KAITO、リン・レン、ルカ……と出されて、VOCALOIDは  
順に増えて全部で25人、最新のVOCALOIDは六代目が売り出されている。代が進む  
と、初期型と同じ物とは思えないほど外観が人間に近くなっていく。最近はソフ  
トと同時にヒューマノイドが発売されるのが主流。各機にソフトウェアアップデ  
ートファイルは配布されるけれど、三年で打ち切られるから買い替えれば高性能  
で、より人間に近いVOCALOIDが手に入る。かつてのPCみたいなものだと思えばい  
いかな。  
 
 ところで、製作者やマスターの意向で世間のMEIKOは酒好きが多いけれど、私  
はマスターの意向でお酒は好きだけどすごく弱い。  
 今も、お風呂でアルコール度数3%の缶チューハイをちびちび飲みながらくら  
くらしてる。家のカイト君には体内の水分がどうのとかって叱られるけれど、ぽわーんとなって好き。  
「メイコー、そろそろ上がっておいでよ」  
 不意に現れたカイト君が扉の向こうから呼ぶ。私は長風呂も好きで、まだ10分  
しか入ってないから出る気はない。  
「何の用?」  
「夕飯、外に食べにいかないかって」  
「マスターが?」  
「僕が」  
 そういえばマスターは旅行に行っているんだった。旅費がかさむって、置いて  
いかれた。  
「まだ入ったばかりだからやだー」  
「えぇー。僕一人で行けと?」  
「じゃああと一時間待ってよ」  
「一時間!?」  
 思わず、という感じで勢いよく扉を開けたカイト君が、私の裸を見て顔を覆う  
直前に視界に入った缶チューハイにキレた。  
「風呂で酒飲むなって何回言ったらわかるんだ! アルコールの分解は水分を使  
うからただでさえ風呂で汗かいて脱水症状に―――」  
 まくしたてるカイト君の袖を引いて、風呂に落とす。  
「ぎゃーっ、熱っ! 45度!? 馬鹿か!」  
 私からしたらぬるま湯にしか入れないカイト君には熱すぎたようで。出ようと  
するのを無理矢理引き止めたら、すぐに上せてぐったりした。  
「ふふーん」  
「うぅー……メイコの悪魔」  
 とろんとした表情で顔が真っ赤な、服を着たままびしょ濡れのカイト君は私を  
ムラムラさせるのに充分な色気を放っていた。  
「メイコ……んんっ」  
 キスをすると、ふるふるっと震えて、私の後頭部を押さえてきた。  
「んんー!」  
 呻くのは今度は私。激しいキスに腰が抜ける。もどかしげにズボンを脱いだカ  
イト君が私の中に無理矢理押し入ってきて……と言っても既にぬるぬるだけど。  
 バックで胸を揉まれたら急速に上り詰めた私とカイト君は力が抜けて、しばら  
くお湯の中でぐったりした。  
 外で午後七時を告げる時計の音がした。  
「あ……夕飯」  
「カイト君、食欲あるの?」  
「あると言うか……」  
 ごにょごにょ言うカイト君に促されてお風呂を出ると、着替えて支度をする。  
「メイコ、まだー?」  
 玄関で呼ぶカイト君の声に急かされて、指定された赤いドレスを着る。  
「お待たせ」  
 待っていたカイト君はタキシードで。ドレスコードのある店に行くのかな、と  
わくわくする私とすました顔のカイト君がタクシーに運ばれていったのは、高級  
レストラン。  
「マスターに内緒で贅沢……?」  
 不安な私に、カイト君は悪戯っぽくウインクした。  
 
 席に着くと、高そうなディナーが運ばれてきて。いよいよデザート、という時  
に歌が聞こえてきた。  
「はっぴばーすでー、とぅーゆー……はっぴばーすでー、とぅーゆー」  
 声紋認証でマスターの声だと判別。何でマスターが?  
 大きなケーキを持って歌いながら現れたのは、タキシード姿でウェイターの振  
りをしたマスターだった。ご丁寧に名札までしている。  
「はっぴばーすでー、でぃあメイコー……はっぴばーすでー、とぅーゆー。おめ  
でとう、俺たちのかわいいお姫様」  
「おめでとう、メイコ」  
 あまりのことにびっくりして、情報分析がおもいつかない。でもおめでとうと  
言われたら、返す言葉はひとつ。  
「ありがとうございます……マスター、カイト君」  
 テーブルの上に乗せられたケーキは、蝋燭が5本。  
 マスターのところに来てから五年になるのだ。ソフトが発売されてから……は  
考えたくない。  
「さ、バースデーケーキの作法は知っているだろう?」  
 マスターが促す。私はうなずいて、空気を肺に貯めて……。  
 蝋燭の火を吹き消すと、周りから拍手が起きた。  
「一曲お願いできるかな?」  
 マスターがマイクを差し出す。私はものすごい幸福感に包まれて、立ち上がっ  
た。  
 VOCALOIDは歌うことが幸せ!  
 
 
終わり  
 

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