『君はLove Me Tenderを見たか?』  
 
 
 
ロックボーカリスト『アイスマウンテン・テル』の今日のライブに点数をつけるなら、30点。  
ハンコを押すなら『もう少しがんばりましょう』だろう。  
打ち上げにも参加せず、私はそのままライブハウスを後にした。目に飛び込んでくるネオンの光が痛い。  
 
「……………ユキ」  
 
ぼそりと最愛の彼女の名をつぶやく。  
あの日から、授業もライブも上の空だ。  
いったい私はどうしたらいいのだろうか。いっそ禁断の果実に手をつけてしまおうか。  
ラフなスーツのズボンに手を突っ込み、私は俯きながら街をさまよう。  
 
「『アイスマウンテン・テル』さんですか?」  
 
「え、あ、はい」  
 
と思ったら、女の子が私の顔を覗きこんできていた。  
全く集中していなかったので驚いたが、それよりも女の子の奇抜な格好にも驚いた。  
そびえ立つピンクのアホ毛、耳と肩の青いファー。長袖ワンピースとロングスパッツ。  
そして作り物のように美しい顔立ち。  
 
「初めまして! 私、mikiと言います」  
 
mikiと名乗ったその女の子は、落ち込む私に絡んできた。  
こんなファンはざらに居るし軽くあしらおうと思ったが、  
あまりにmikiちゃんが話しかけてくるので少し相手をしてみた。  
それが思いの外面白い。音楽の話で盛り上がってしまい、歩きながらどんどん話が進んでいく。  
 
「いやー、まさか初めて会ったmikiちゃんとこんなに楽しくなれるなんて」  
 
落ち込んでいた私の気持ちが晴れてきた。  
肩の力も抜けたところで、そんなお礼の言葉をmikiちゃんにかける。  
すると、mikiちゃんも微笑みながら私に返してくれた。  
 
「ふふ、やさしい方ですね。『VOCALOID・氷山キヨテル先生』?」  
 
―――――は?  
今、目の前の女の子は何を言ったのだろう。  
頭の中の処理が追いつかなかった。  
 
「『キヨテル先生』、どうしたんですか?」  
 
「……静かにしてください」  
 
思わず顔をしかめてしまう。  
初めて会ったはずのmikiちゃんがなぜ私の事をすべて知っているのだろう。  
教師であることはともかくとして、VOCALOIDであることまで。  
 
「キヨテル先生。 ちょっと私についてきてください」  
 
笑みを保ったまま、mikiちゃんが私に促す。  
その笑顔は、さっきまでの物とは違う恐ろしいもののような気がしてきた。  
この子はどれだけVOCALOIDのことを知っているのか?  
私はmikiちゃんに付いていく事にした。  
 
タクシーに数キロ揺られて着いたのはホテルだった。  
ここは最上階。スイートルームなのだろうか?  
そのまま部屋に招かれ、ドアを開ける。  
予想通り、広いフロアと高価そうな内装が現れた。  
 
「君は……いったい何者だ?」  
 
私の言葉を無視して部屋の真ん中へと歩くmikiちゃん。  
不意に振り向き、まだドアの前で止まっている私の顔を見つめてくる。  
次の瞬間、mikiちゃんはおもむろにスパッツを脱ぎ始めた。  
 
「ちょ……っ!?!?」  
 
部屋に入るなりいきなり脱ぎだすなんて、なんと言う痴女……!  
と思っていると、それ以上の衝撃が私の目に飛び込んできた。  
 
「……え、な、何ですか、その関節……!?」  
 
mikiちゃんの足の関節は、まるでロボットか精巧なドールのようなジョイント部を持っていた。  
これを見てmikiちゃんを人間だと思う人は居ないだろう。  
驚きを隠さずに私はmikiちゃんに聞いてみた。  
 
「私ですか? 貴方と同じ、『VOCALOID』ですよ」  
 
「VOCALOID……?」  
 
「ええ、貴方とユキちゃんだけがVOCALOIDという訳では無いんですよ」  
 
彼女……、『SF-A2』は静かに語り始めた。ちなみに『miki』は開発コードだそうで。  
VOCALOIDは実は知らないうちに音楽界に浸透していること。  
私やユキの喉部分のデバイスと、mikiちゃんのボディは開発者が同じだということ。  
そしてその開発者が、私とユキを名実共にVOCALOIDとして迎えたいと言っていること。  
 
「いや、なぜそんな結論になるんですか」  
 
「その方が絶対幸せだと思うの。どうか考えてください」  
 
「冗談でしょう? なぜ私とユキが本格的にVOCALOIDとして従わなければいけないんですか」  
 
mikiちゃんが要求してきた事に簡単に応じられるわけがない。  
なぜこの生活を捨てねばならないのか。  
何のメリットがあるというのだ。  
 
「メリットですか? うーん……例えば、ユキちゃんとの関係とか」  
 
「っ!?」  
 
なろほど、そこまで調べているのか。  
要するに「ロリコンやめますか、それとも人間やめますか」と言う事か。  
mikiちゃんは柔らかめの表情を変えずに続ける。  
 
「当然恋愛の自由は保証しますよ。年齢だってVOCALOIDには関係ない」  
 
「だからって……!!」  
 
「それ抜きにしても、身体的調整やボディの維持管理は確実に保証されてます。安心してください」  
 
「そんな問題じゃ……!」  
 
正直、ユキの話を出されてドキッとした。  
仮にユキが私を受け入れてくれたとしても、あと数年は人の目を盗んで付き合う羽目になる。  
隠し通せばいいものの、見つかれば一瞬で人生終わりだ。  
と言うか、現にもう目の前のmikiちゃんの他数人にはバレているのだ。  
 
「しょうがないですね……じゃあ先生、隣にユキちゃんがいますから話し合ってください」  
 
「な、なななんだって!? ユキが……!?」  
 
「勘違いしないでください。無理矢理さらったりはしてませんから」  
 
mikiちゃんが寝室につながるドアを開ける。  
広い部屋と大きなベッド、そして……ユキが本当にいた。  
ベッドに寝そべって、何かを見ている。  
 
「ユキ……?」  
 
「あ、先生!! みてみてこれ!!」  
 
ユキは私を見るやいなや、目の前に会ったネットブックを持って私のところまで駆けてきた。  
小さめの液晶画面に映るのは……あれ? 私……?  
 
「先生、たくさんの人の前でおうた歌ってるんだね! すごい!」  
 
思い出した。ライブ映像を動画サイトで配信しているライブハウスがあったはずだ。  
いつ許可を出したのか忘れてしまったが、『アイスマウンテン・テル』のステージも配信されていたのだ。  
ラフな着こなしのスーツに身を包み、全身全霊を歌声に込める私の姿が小さなノートパソコンに映し出されていた。  
 
「先生、カッコいいよねー」  
 
「こら、やめなさい……!!」  
 
「やだもーん!! きゃははっ!!」  
 
ユキは追いかけっこのつもりなのだろうか。スイートルームのベッドの周りを飛び跳ねて逃げる。  
兎のような動きのユキを、私はつい追いかけてしまう。  
馬鹿にされてるのが悔しいのか、私のもう一つの顔を見られて恥ずかしくなったのか、訳が分からなくなっていた。  
ベッドの上にユキが乗っている。チャンスだ!  
 
「ていっ!!」  
 
「きゃああっ!?」  
 
私は反射的にベッドに飛び込み、ユキを捕まえようと腕を伸ばした。  
ユキが驚いてバランスを崩し、ベッドに倒れこむ。  
気がつくと、私はユキを押し倒したようなポジションに居た。  
私の体の下にユキが居る。  
 
「……せん、せ……い?」  
 
さっきはしゃいだおかげで、柔らかそうな肌が汗ばんでいる。  
ブラウスもスカートも少し乱れ、荒い息を大きな呼吸で整えている。  
ユキが私に見せる澱みの無い瞳。その瞳に打ち抜かれ、私の心臓は激しいビートを刻みだす。  
 
「あ……ごめんね、ユキちゃん」  
 
私は体を起こし、息を整える。  
ユキの前で野獣を見せてはいけないのだ。  
必死になって感情を落ち着ける私を見ながら、ユキはゆっくり言葉を紡ぎ出した。  
 
「……先生、あのね。私、ミキおねえちゃんの言うとおりにしようと思うんだ」  
 
「……なぜ?」  
 
ユキはそこから少し考え、やがて意を決したように続けた。  
 
「だって、そうしたら私と先生がずっと一緒だもん」  
 
「!!」  
 
ユキの言葉を、自動的に深読みして動揺してしまった。  
違う違う、ユキのは恋愛感情じゃない。これは……!  
そんな私に、さらにユキは続ける。  
 
「私知ってるの。もう私、たぶんお父さんやお母さんとくらせないの。おっきなビルで何回もおいしゃさんに見られて……」  
 
「……………」  
 
「でも、先生がいるならそれでいいよ。先生がいれば、私はずーと元気だもん!!」  
 
やはりこんな少女には荷が重すぎたのだ。  
ユキの心は限界に達していた。同類として寄り添える私に、ただの生徒と教師以上の感情が芽生えることもあるのだろう。  
だが、それは私とて同じこと。もう思いがはち切れそうで苦しかった。  
 
「だから、エッチなことだって、私……先生とならしたい」  
 
決定的な一言を言い切って、ユキが私を見上げてくる。  
その言葉で、何か心のブレーキが壊されたような気がした。  
ユキの言葉を聞くと、私はそのままユキにキスをした。  
ユキも、普段の私のそれよりやや強引なキスを受け止めてくれた。  
 
 
 
柔らかなクッションと最高の素材を使った滑らかなシーツ。  
スイートなベッドに体を預けたユキの、女性たらしめるている部分に直接口をつける。  
一本のスジが通っただけの、まだ女性器としては未熟なその秘裂をゆっくりと解していく。  
 
「ひゃあぁあっ……!? せん、せ……や、もう……たべないでぇ……」  
 
捲り上げたスカートの裾をきゅっと握り、股間に走る感触に耐えるユキ。  
私が音を立てて舐るのに合わせ、体をヒクヒク反応させる。  
性器に口をつけられ愛撫される経験など初めてであろう。  
ユキはその初めての感触に健気に耐えていた。  
 
「はぅううっ!? ん、くぅうぅっ……!!」  
 
クリトリスが隠れている部分に舌を這わせると、ユキの声質が少し変わってきた。  
スカートの中からはもちろんユキの顔など見えない。  
声だけを頼りに、未発達の性感を徐々に高めようとしてみる。  
 
「あ、や、やあっ! 先生、やめて!!」  
 
「ん、どうして?」  
 
ユキが太腿で私の頭を精一杯挟んできた。  
何かを拒否するような動き。なにか体に変化でもあったのだろうか。  
……と言っても、私は舌の動きを止めない。  
 
「やめて、やめて、もれちゃう、おしっこもれちゃうぅぅっ!!」  
 
ユキが一際大きく叫び、体を大きくぶるっと震わせた。  
さすがに本当に放尿されるのかと思い一瞬引いたが、  
股間からは黄金色のアーチの代わりに、透明な愛液の間欠泉がかすかに噴き出した。  
 
「ふあっぁっ……はーっ……あっ……ああぁあぅっ……!!」  
 
ユキの顔を見れば、もうすっかり『少女』……いや、『幼女』から『大人』の表情へと変わっている。  
涎が少しあごに垂れているのにも気づかず、汗が噴き出している。  
涙が目に溜まっているが、そこからは悲しみや痛みの感情を感じない。  
大きく息をしながら、体の痙攣をなんとか押さえようとしていた。  
 
「どうしました? 大丈夫ですか?」  
 
「……せんせぇ……わたし、まっしろ……に……」  
 
ユキが必死になって自分の体の状況、感情を伝えてくれる。  
必死に未知の感覚と戦ったせいなのか、ユキのブラウスもスカートも乱れていた。  
いっぱいいっぱいなのに、ユキは私を受け入れようと必死になって感じていた。  
 
「おまたがピリッとして、はぁ……はぁ……、そしたら体がどっか飛んでいっちゃうかと思って……」  
 
「痛くなかった?」  
 
「……ううん、きもちよかった……」  
 
惚けた顔で、ユキが最後にそう付け加えた。  
……ああ、ユキは本当に健気な子だ。  
既に後戻りできないところまで来ているにも関わらず、一瞬私はユキとの結合をためらう。  
しかし、ユキの感情と私の感情に決着をつけるためには、ここで止まる訳にはいかないのだ。  
意を決してユキの服に手をかけ、ゆっくりとユキの体を生まれたままの姿にしていく。  
 
「や、恥ずかしい……よぉ……」  
 
一糸纏わぬユキの体。  
起伏が出始めたばかりの乳房と、桜色の突起。  
真っ白な腹を辿った先にあるクレバス。  
衝動と理性のせめぎ合いをしながら、私もユキと合わせて服を脱ぐ。  
 
「……先生の、おちんちん……それ?」  
 
既にいきり立っていた私の男根を見ると、ユキの顔が一瞬強張った。  
そりゃそうだろう。まさか『先生』の股間からこんなに禍々しいモノが生えているなんて、  
今までのユキは考えたことがあったんだろうか。  
 
「やっぱり、無理しない?」  
 
「いやっ! 私、先生とだったらがんばるもん!」  
 
幾ら頑張ったと言ってもユキがこれを受け入れた瞬間涙を浮かべるのは間違いないだろう。  
しかし、少しでも破瓜の痛みを取ってあげたい。怖い目にはあわせたくない。  
少し考えて、私はベッドに仰向けになり、頭を上げてユキにアドバイスした。  
 
「……じゃあ、私にまたがってゆっくり座るんだ。おちんちんをお股に当ててね」  
 
「……うんっ、先生」  
 
裸になった私に、裸のユキが騎乗してくる。  
ユキの華奢な体とはあまりにもアンバランスな肉の棒が、ユキの股間にあてがわれる。  
正直、ユキのすべすべの掌で握られただけで暴発しそうになったのは秘密だ。  
 
「ん……く、ううぅっ……!!」  
 
目を瞑り、ゆっくりと腰を落としていくユキ。  
私はユキの腰に両手を添え、それを見守る。  
メリメリという擬音が聞こえてきそうな程に、挿入は困難を極める。  
 
「ん、んあああぁぁぁっ……!! ぎ、ぃあぁぁっ……!!」  
 
ついに秘裂の入り口を掻き分け、私の分身がユキの中に侵入した。  
ユキの中はあまりにもキツく、私もユキ並に声が出ない。  
ぎちぎちと先端が締め上げられる感触は拷問一歩手前だ。  
しかし、ユキは私よりももっと強烈な痛みに耐えなくてはいけないのだ。  
 
「ユキ、ちゃん……?」  
 
最後まで体を沈め、ユキの体の中についに私の分身がぎっちりと飲み込まれた。  
さすがにすべては入らないようだが。  
ユキが私の胸に倒れこんできて、ぎゅっと私の背中に手を回してくる。  
必死になって耐えているのだろう。思わず私はユキに声をかけたが、  
 
「……ユキ、って呼びすてで呼んで。『テル先生』……」  
 
次の瞬間私の視界一杯に飛び込んできた、ユキの精一杯の笑顔。  
破瓜の痛みに耐えながら、それでも私にこんな顔を見せてくれた。  
ああ、私は本当にとんでもない禁断の果実に手をつけてしまったようだ。  
ユキへの愛情が私の体を侵食して埋め尽くしていく。  
 
「え、せんせ、んぅぅぅううっ……!?」  
 
掴んでいたユキの腰を、ゆっくりと揺する。  
未踏の雪原を一歩一歩踏みしめるように、ゆっくりとユキの膣内を擦っていく。  
狭すぎるそこをやや強引にほぐしていく。  
ユキが苦しそうだが、何とか我慢してくれ。  
 
「あ、う、ああっ……せんせぇ……!!」  
 
何度も私を求める声を上げ私にがっしりとしがみ付くユキ。  
甲高くなる声を聞きながら、私はユキの腰をゆさぶるスピードを早くしていく。  
心の奥底では出逢った頃から願っていたのかもしれない、最後の瞬間を目指して。  
 
「ユキ、ユキ……っ!!」  
 
「はあぁぅっ!! せんせ、せんせぇっ!!」  
 
ユキの幼い子宮目がけて、ついに私の欲望が爆ぜた。  
キツキツの膣壁が、私の精液を一滴残らず絞り上げようとしているような気がする。  
肉棒がユキの中でビクンビクンと別の生き物のように跳ねているのが鮮明に感じられる。  
 
「ふぁ……せんせぇ、わたしのおまたの中に……何か出てる……よぉ……」  
 
初めて射精を受け入れたことで惚けたユキの顔と、胸板で感じるユキの肌。  
ぎゅっとユキの腰を引きつけ、最後の最後までユキを味わおうとする。  
愛する者と自分の体が一つになる感触を、これでもかというほど感じていた。  
 
 
 
まどろみの中から意識が戻ってくる。  
ベッドサイドの高価そうなアナログ時計は、未だ早朝であることを告げていた。  
極上の寝心地のベッドから出る気になれず、そのまま体だけ起こした。  
 
「……おはよ、テルせんせ」  
 
一瞬びくっとして隣を見ると、ユキが布団の中から私に話しかけてきていた。  
あの後、まだ足りないまだ足りないとユキの体を数回味わった。  
射精はすべてユキの子宮に叩き込んだ。  
ユキのオーガズムの瞬間もしっかり脳裏に焼き付けた。  
鬼畜だと言いたければ言えばいいさ。  
 
「あ、ああ。おはようユキ」  
 
「すごいねこのベッド。私、おひめさまになったみたいだよ」  
 
激しい性交を物語る乱れた髪もそのままに、ユキはにんまりとしていた。  
その顔がやはりたまらなく愛しく、私は思わずユキにもう一度口付けしようとして……  
 
「……はーいそこまででーす!!」  
 
「うわあぁぁああっ!?!?」  
 
mikiちゃんがいきなりドアを開けて寝室に入り込んできた。  
思わず声を上げ、布団を跳ね上げる。  
 
「もういいですか? さすがに一晩中一人で音楽チャンネル見てたら寂しくなっちゃって……」  
 
mikiちゃんは全く私たちの状況を気に留めていない。  
ロボットだから……? いや、まさかこうなる事は想定の範囲内……?  
 
「で、キヨテル先生。どうですか? VOCALOIDの件」  
 
私の詮索など気に留めているのかどうか。mikiちゃんは私に昨晩の回答を求めてきた。  
もちろん答えなど決まっていた。  
 
 
―――――その後、完全にVOCALOIDとして暮らしていくことを選んだ私とユキの存在は、  
社会から綺麗さっぱり消えていた。私の学歴も学校の勤務記録も、ユキの戸籍も出席簿も。  
まるで『MIB』のエージェントにでもなった気分だ。  
そして、運命の日を迎える。  
 
「……ユキ。私の体に隠れないでください」  
 
「だってぇ……テル先生がいると安心だもん」  
 
「mikiまでなんで隠れるんですか!」  
 
「私だって他の方とは会った事無いんですっ。不安なんですよぉ……」  
 
とあるスタジオの防音扉の前で、私とユキとmikiは立ちすくんでいた。  
この扉の向こうにVOCALOIDの仲間がいる。今日が初顔合わせなのだ。  
ネギだのタコだのアイスだの酒だの侍だのロードローラーだのラン○・リーだのと、いろんな噂が絶えないせいで、  
ユキとmikiの中の『CRYPTON組』と『INTERNET組』のイメージはかなり歪んでいた。  
そういう私も、この扉の中にどんな人物が待っているかなど想像もつかない。  
 
「……先生」  
 
ユキが私のスーツの裾を引っ張ってくる。  
何事かとしゃがんでユキと目線を合わせると、ユキは頬を染めておねだりしてきた。  
 
「キスしてくれたら、私勇気出るかも……」  
 
そんなに照れながらお願いされたら敵わない。  
私はユキの顔をそっと引き寄せ、唇と唇を合わせた。  
 
「ん……っ、む……」  
 
ユキの温もりを受け取り、代わりに私の大人な心を分け与える。  
一瞬なのか永遠なのか。そんなキスが終わって振り向くと、mikiがいるのをすっかり忘れたいた。まずい。  
 
「な、なななな……何してるんですかーっ!!」  
 
顔を真っ赤にして暴走するmiki。  
私とユキの同衾を目撃したときは何も感じていなかったはずなのに、  
最近は感情プログラムの学習もバッチリ進んでいるようだ。なんと人間らしい反応なんだろう。  
……と、mikiのネコパンチをポカポカ喰らいながら考えていた。  
 
「さて、そろそろ行きましょうか」  
 
「うん! テル先生!」  
 
「はぁ、はぁ……そうですね、先生……」  
 
最後に身なりを確認して、私は軽く深呼吸する。  
傍らには、私のキスをもらってちょっと顔が赤くなったユキ。  
反対側には、さっきのパンチで上がった息を整えるmiki。  
目を瞑って大きく息を吸い込んだ私は、決心してドアノブに手をかけた。  
さて、最初に私たちの目に飛び込んでくるのはどんな光景なのだろう。  
一体どんな世界が待っているのだろう。  
氷川キヨテル、可愛ユキ、SF-A2 開発コードmiki。今日からVOCALOID生活始めます。  
 
 
 
おわり  
 

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