明日の授業の準備。迫る学校行事の準備。  
学年報の原稿だってぼちぼち書かなくてはいけない。  
小学校教諭の仕事は沢山ある。  
 
「せんせー、早く早く!!」  
 
「落ち着きなさいユキちゃん、今すぐに音が出るようになるから」  
 
それなのに。  
私こと『氷山キヨテル』は、目の前の担任の児童である『歌愛ユキ』のお願いを聞き入れて、  
彼女愛用のWX5と音楽室のポータトーンをMIDIケーブルで繋いでいた。放課後の貴重な時間を割いて。  
 
「キヨテルせんせー、私『オーラ・リー』吹けるんだよ?」  
 
「そっか、じゃあぜひ聞きたいなぁ。ユキちゃんの演奏」  
 
彼女はニコニコと満面の笑みを浮かべながら、WX5のリードに口をつけた。  
世間的にはおそらく『Love Me Tender』のメロディとして有名なフレーズが溢れだす。  
キーボードのスピーカーから彼女の奏でる音が流れ、  
夕焼けがもうすぐ沈みきってしまいそうな音楽室に響き渡る。  
 
「……うん、よく練習したね。上手だったよ」  
 
「えへへ、ありがようございます」  
 
大学では数学を専攻しながら教員免許を取ったが、私は本当は音楽大好きなのだ。  
まぁ、世の中にはメタルバンドを組んでおきながら地元で数学教師をしている方もいるらしいし、いいじゃないか。  
私も週末は大学のサークルの延長でライブハウスに出演なんぞをしていたりする。  
 
「先生、私の『おうた』も聴いてくれる?」  
 
「……ああ、いいよ」  
 
彼女が静かにそう宣言すると、私の体は自然と強張ってしまった。  
大きく息を吸い込んだ彼女はアカペラでアニメの主題歌を歌いだす。  
大きな声で、まるで何かを確かめるように。  
 
「……どうだった? 先生」  
 
「ああ。この前の『調声』の効果が出てると思うよ」  
 
「よかった。せっかく『ぼーかろいど』になったんだから、おうたが上手くなきゃね」  
 
微笑みながら、彼女は私を澱みの無い目で見つめてきた。  
その視線と正対すると、私はいつもある感情が抑えられなくなってどうしようもなくなる。  
椅子から立ち上がり姿勢を落とし、勢いでぎゅっと彼女……ユキを抱きしめた。  
 
「せん……せぇ……? またなの?」  
 
「うん……ごめん、ユキちゃん……」  
 
 
―――――1年前、私は医者に喉頭ガンだと宣告された。  
異常に進行が早かったらしく、転移を防ぐために声帯周辺を切除。  
歌が好きでボーカルが大好きだった私に、歌声を失ったと言う事実はあまりにも残酷だった。  
そんなある日、同じ病院でユキに出会う。  
ユキは、現在の医学では解明されていない遺伝子疾患により成長と共に声帯が変質し、  
遂に1年ほど前から声が出なくなってしまっていたのだ。  
立場も境遇も違えど、失った『声』を求める同士である私とユキは、筆談でよく話すようになっていた。  
そこに、医者からあるささやきが私たちにもたらされた。  
 
「……『VOCALOID』って知ってるかい?」  
 
要は私たちの喉周辺の機能をアンドロイド的な技術で蘇らせようという話で、  
有り体に言えば人体実験の被験者に選ばれたのだった。  
私の声のサンプルは大学時代の自主制作CDから、ユキの声のサンプルはまだ症状が進んでいない頃のホームビデオから。  
どんな技術が私たちの喉に発揮されているのかは正直何も教えてくれないので分からないが、  
私たちはとりあえずの声と歌うチャンスを取り戻したのだった。  
 
「すごいよキヨテルお兄ちゃん! 私、またおうた歌えるんだよ!」  
 
その時のユキの喜び様は今でも忘れられない。  
そして、新しい赴任先の小学校で、私とユキは思いがけない邂逅を果たしたのだった。  
 
「……キヨテルおに、先生……?」  
 
「ユキ……ちゃん?」  
 
同じVOCALOID化した人間同士。  
放課後は二人で会って、共通の話に花を咲かせる時間が多くなった。  
そこで私はいろんなことを知ってしまった。  
ユキは家族と離れ、施設に保護されていること。  
たまにパラメータ調整のために、私と同じように研究所に連れて行かれていること。  
そして、なんとなく不自然な独特の発音のせいで、友達が出来にくいこと。  
 
「ユキちゃんは、寂しくないのかい?」  
 
思わず、ある日そんなことをユキに尋ねた。  
夕暮れの小学校の音楽室、二人だけしか居ない秘密の空間で。  
ユキはちょっと困って言いよどんで、次にこんなセリフを口にしたのだった。  
 
「……うん。さみしいけど、おうたが歌えるし、キヨテル先生もいるから、私大丈夫だよ」  
 
その笑顔がいつもより儚げで、強がっているように見えて、  
私はその時衝動的にユキを初めて抱きしめた。  
 
「せん……せぇ?」  
 
これからこの少女は、一生この『VOCALOID』という数奇な運命を抱え込まなくてはいけないのか。  
それを考えると、なぜか涙が溢れて止まらなくなる。  
小学生の少女の前でみっともないとは思ったが、私は感情を露にしていた。  
 
「せんせ……」  
 
ふと、頬に触れるような感触があった。  
 
顔を上げると、ユキが熟れたリンゴの様に顔を真っ赤にしていた。  
 
「あ、あのねっ、泣かないで! 私が『おまじない』かけてあげたから!」  
 
「おまじない……?」  
 
「……キス、だよ」  
 
俯いてそう呟くユキに、私の心はどうしようもなくときめいてしまった。  
茨の道が待っているのを覚悟で―――――  
 
 
 
「ごめん、ユキちゃん……」  
 
「またなの? もう、しょうがないなぁ……せんせぇ」  
 
ユキが私の唇に、ユキ自身の唇を近づけてくる。  
やがて粘膜と粘膜が触れあい、一つになった。  
ユキの鼓動が、唇を通して私にダイレクトにリンクしているような気がする。  
ユキには私の鼓動が伝わっているのだろうか?  
どっちがマスターで、どっちがスレーブなのか分からない。  
軽くユキの体を引き寄せると、ユキの両手が私の胸板に添えられた。  
 
「ん……ぁ、せん……せ……」  
 
ユキの瞳がとろんとしてきた。  
熱に浮かされたように、ユキの表情がゆるんでいく。  
必死になって私の唇に吸い付いてくるユキが、どうしようもなく愛しくなってくる。  
 
「やぁ……んんっ……!!」  
 
つい、唇以外のユキを感じたくなる。  
手をユキの前に持ってきて、服の上から触ってみる。  
まだ大して膨らんでもいない、女性の象徴としてはあまりに頼りない乳房であるが、  
それでもしっかりと自己主張は感じ取れた。  
 
「や、せんせ……おっぱい、の先……だめぇ……」  
 
ユキの息遣いが荒くなっているのが分かる。  
黒いおさげをふるふる震わせ、それでも拒否しない。  
ユキはとても健気な子だ。  
 
「ユキ……ちゃん……」  
 
「せんせ……ぇ……」  
 
ほんのり汗ばんだユキの肌。  
もっと感じたくて、私はユキのブラウスのボタンを一つずつ外す。  
その隙間から、私のごつごつした手を滑り込ませた。  
きめ細やかなすべすべの肌の感触が、私の体の中をこそばゆい何かに姿を変えて駆け巡る。  
 
「ふぅ……んぅぅうっ……!!」  
 
姿勢がキツイ。  
抱き合うような格好から、私がユキを後ろから抱きしめるような格好に変える。  
そうすれば、さらにユキの胸の感触を深く確かめることが出来る。  
 
「んやあぁっ! せ、せんせぇっ……!! 何か、ヘン……!!」  
 
なぞるだけから、つい手の動きが揉む動きに。  
ユキは乳房の形が私の手で変わるのに合わせて、ピクンピクンと体を震わせ、  
だんだんと声が色を帯びてくる。  
 
「やぁあっ、せんせ、せんせぇ……っ!!」  
 
サクランボのような突起をもてあそぶ力を、軽くから少し強めにした途端、  
遂にユキは頭をガクンと私の胸板に預け、体の震えを押さえつけた。  
 
「はーっ……はーっ……きよてる、せん、せ……」  
 
私を見上げるユキの顔が、もはや小学生が浮かべてはいけない妖艶な表情になっていた。  
私の手が入り込んだブラウスの胸部分が、ユキの荒い呼吸で上下する。  
胸でこれなら、こっちならどうなるんだろう……?  
そのまま私の手は、ユキの真っ赤なスカートの中へと侵入を試みた。  
 
(ま、まずい!! 私は何を血迷っているんだ!!)  
 
が、寸手の所でやっと戻ってきた理性が、ユキの体を私の体からひっぺがす。  
音楽室の床に跪き、大きな深呼吸を繰り返してやっと私は冷静さを取り戻した。  
 
「キヨテル先生、どうしたの? 元気出た? 私のキス」  
 
「ああ……大丈夫。ちゃんと元気出たよ。ありがとう」  
 
「えへへー」  
 
顔を上げるとそこには、ブラウスのボタンを掛け直し、タイやスカートの乱れを直したユキが私を見下ろしていた。  
さっきまでの蕩けた顔なぞどこへやら。すっかり元気一杯のいち小学生の表情に戻っている。  
その笑顔は、私のヨコシマで黒い感情に気づいてはいなかったようだ。  
それだけでなぜかほっとした。  
 
「あー、こんなに暗くなっちゃった。じゃあ先生、さようなら!!」  
 
「あ、ああ……。さようなら」  
 
ユキは私にお辞儀をすると、真っ赤なランドセルにWX5を突っ込んで背負い、音楽室を出て行った。  
最後に、音楽室のドアからぴょっこり顔を出して大きな声で私にお願いをしてきた。  
 
「また明日、音出るようにしてね!!」  
 
手を振るユキに振り返し終わると、私はさっきまで使っていたポータトーンに指を這わせながら、  
さっきの『暴走』に思いを巡らせていた。  
こんな感情、他の生徒になどこれっぽっちも持っていない。当たり前だ、私は聖職者だぞ。  
本来ならこんな感情、持ってはいけない筈なのに。  
二人ともVOCALOIDだから?  
同じ痛みを、同じ悩みを、同じ悦びを共有する者同士だから?  
考えが深まれば深まるほど、手術した喉がなぜか痛む。  
 
こんな感情、持たなければ良かったのだ。  
いっそ完全に心まで作り物になってしまっていたのなら。  
今日も私は、確実に行きつけのロックバーでアルコールに寄りかかるだろう。  
こんな弱い私を、やさしく愛で包んでくれる少女のことで頭が一杯になりながら。  
 
 
おわり  
 

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