「或る理系人間の密やかなる愉悦」  
 
私はmikiの頭部にある一房の髪の毛――所謂「アホ毛」に端子を取り付けた。  
「ん」  
mikiはそれまでの経験からか、妙にアホ毛に対して敏感になっている。  
或いは、本来は端子が集中する部分なので感圧素子も多いのかもしれない。  
「接続の具合はどうだ」  
「……問題ありません」  
綺麗な声だ。本来、私はこの声に惚れて彼女を購入したのだ。  
それが、何時からだろうか、彼女を性的な目でみるようになったのは?  
それとも最初からか? 何しろ、私は――  
「マスター、どうかなされましたか?」  
「いや、何でもない。……始めようか」  
「……はい」  
私はキーボードに手を走らせた。  
mikiの中枢部分を守るプロテクトの数々。それを、私は一つ一つ、丁寧に剥がしていく。mikiを傷つけないようにしながら。  
そうしながら、私は異常な昂ぶりを覚える。mikiの物質的な部分のみならずその形而上的な部分まで、征服しているような錯覚に囚われるからだ。  
そして、  
「見つけた」  
mikiの「感覚」を司る、一連の数式群。その中のパラメーターを変更していく。  
「あ」  
mikiから声が漏れた。まだパラメーター変更は反映されていないから、これから起こる事を予測して声が出たのだろう。  
「終了、と」  
「……!」  
私がEnterキーを押すと同時にmikiの顔が紅潮していくのが、目に見えて分かる。  
「miki、歌って」  
「はい、マスター」  
そして、mikiは歌い始めた。  
2〜3曲、私が作曲した歌を歌わせる。  
……それにしても、我ながら稚拙だ。作詞作曲共に。それでも、mikiはとても喜んでくれた。  
それは今、彼女にとって辱めとなっている。  
mikiは足元がふらつき、息も苦しげだ。  
それもその筈。私は彼女の口内の感覚素子全てを、mikiの快楽中枢に接続したからだ。  
 
……人間ではどうなっているか知らないが、Vocaloidの場合、快楽を司る神経中枢はB-11という名前で呼ばれている。  
製作会社に関わらず、Vocaloidの電子頭脳は人間の大脳を忠実に模して作られているので、性的な快楽を受け持つ中枢も当然ある訳だ。  
そこに性器のみならず、他の身体部位の感覚素子を接続するとどうなるか?  
答えは、「その部位が性感帯になる」である。  
彼ら彼女らVocaloidにとって、歌は神聖なる物かつレーゾンデートル(存在理由)である。  
それを奏でる口を性感帯にされるというのは、果たしてどのような感情作用をmikiにもたらしているのか?  
そんな衒学的思考を巡らしているうちに、mikiは歌を歌い終わった。  
その美しい顔は髪に負けず劣らず紅い。  
微妙な振動と流れ出る空気の流れで、口内をすっかり刺激されたようだ。  
「おいで」  
私はmikiを優しく抱き寄せた。彼女の瞳は潤んでいた。  
「マスター……」  
mikiが何かを言いたそうにしていたのを、  
「ん……!」  
いきなり口を塞いでやった。  
舌で蹂躙したmikiの口の中は、甘かった。  
「や、あ、ひゃん!」  
今、mikiの口内の快感は普通の女性の膣内と同じくらいに設定してある。  
舌はクリトリスと同程度だ。  
私は舌でmikiの口蓋を舐った。  
舌と舌とを絡め、mikiの唾液を啜る。  
「……!、……!」  
mikiは完全に目を白黒させて、必死に快楽に耐えている様子だった。  
やがて、mikiの呼吸が一際荒くなる。  
(イキそうなんだな)  
目でそう言うと、mikiはコクコクと頷き、そして一瞬後、  
「ん、……ん!」  
と言って、膝を折り、地に倒れてしまった。  
「イッたのかい?」  
「は……はい……」  
息も途絶え途絶えにmikiは応えた。  
普段ならここで私達二人の儀式は終わりだ。  
しかし、あの晩の私は妙な気分になっていた。  
 
「miki……」  
「はい?」  
「次は、こんなのどうだろう」  
そう言いながら私はあるパラメーターを変更した。  
「ッ!」  
「どうだい? 今度は皮膚を“全て”快楽中枢に接続してみたんだ」  
「は……はぁ」  
「どんな気分だい?」  
私はmikiをひしと抱きしめた。  
「ひぃッ!」  
mikiの首筋を甘噛みしてみる。  
「アッ! ま、ますた……気持ち……いいです……」  
「そうかい?」  
健気なmikiが更に愛おしくなり、彼女の秘所に手を伸ばした。  
「あ……けどマスター……そこは」  
「いいんだ」  
そこには、何もない。そう、あるべきものも、無いのだ。  
「マスター」  
mikiをふと見ると、涙を浮かべていた。  
「私、ごめんなさい、マスターと一つになれなくて……」  
「……」  
彼女はそういうが、それは彼女だけの責任ではない。  
我が男根は、永遠に勃起する事が無いのだから。  
 
終わり。  
 
 

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