――初夏。
何度も肌を重ねるようになってから、理解を深めていった。
官能は音楽であり、ひとのからだは楽器だと。
それは太古からの賛美歌であり、二つの肉体による複雑な交響曲だ。
脚の間を愛撫されてわれ知らず裸身をよじり、柔い箇所に口づけされて声帯を震わし、
熱い粘膜を触れ合わせて快美のおののきを走らせ、汗ばむ肌を桃色づかせて相手を抱きしめる。
本能の導きからくる律動に身をまかせ、生殖液を混淆させて淫靡な水音を響かせ、
艶声を抑えようとして断続的に洩らし、肉の高みに達して切ない叫びを上げる。
甘美の極みの合間に火照ったあえぎをつむぐ。
そのうちにどちらからともなく、またも抱き合ったまま動き始め、相手と自分をもろともに深みに落としこんでゆく。
リズムは徐々に速まり、弾け、乱舞し、ほとばしり、恍惚の痙攣によって交錯する。
旋律は展開し、変化し、高まり、響きわたり、収束する。終わったと思った瞬間にまた次なるパートが幕を開ける。
渦まくように情炎がくるめく時間。
……ぁぁ、と鏡音レンは熱い呼気をもらした。
かたくつぶっていたまぶたを、うっすらと開ける。この部屋のおぼろげな豆電球の光が、汗とともに目に入ってきて脳裏にしみた。
最後の痙攣をようやく終えた腰は、甘だるくしびれていて、言うことをきいてくれない。なにをするのも億劫な気分。
布団にあおむけで、本日何度目かの、濃厚なオルガスムスの後の虚脱感におちいっていた。
一方でかれの下腹の上にぺたんと座りこんだ弱音ハクは、いまだ高みから完全には降りてこれていない様子である。
真っ赤な顔をうつむけてあえぎ、まつ毛を震わせる目はまだ閉じられていた。
「ぅ、っ……っ……ん、っく……」
年上のひとは、騎上位でかれの胸に手をつき、小さなおののきをしなやかな裸身に走らせていた。内部でいまも鳴りわたる残響に耐えているようだった。
銀狐を思わせる白い長髪はほどかれて散らばり、華奢な肩や背、豊満な胸元へとかかっている。
薄い桜色に色づいた乳房が、少年の目の前でふるふると重げに揺らめいていた。
色惚け状態で、その扇情的な肉をなんとなく見つめつつ、レンは口を開いた。
「……中に出されたら、長引くようになっちゃった?」
揶揄で聞いたわけではなかったが、ハクはそうは思わなかったらしい。
羞恥と官能に染まった甘い怨嗟が、切れ切れに降ってきた。
「き、きみのせいでぇ……いつのまにか、こんなふうに……」
ぼくの? そう聞き返そうとして、レンはやめた。
かわりに、むっちりと張ったなめらかな太ももにそっと触れる。
「ぁっ、ぁ……ゃ……」
温かな太ももをそっとつかんだだけで、切なげな声を彼女があげた。少年のものを食いしばって音響的な痙攣を伝えていた肉の内部が、きゅんとよじれる。
その反応を確かめながら、すべらせるように両ひざのほうへと撫で下ろす。それから今度は、手を返してゆっくりと撫で上げていく。
「ひゃわぁっ、やっ……さ、さわらな……」
レンの両の手のひらが脚を這い、さらに上がり……つながった箇所へと近づくほどに、彼女は声を高めた。
余韻をこらえて丸まっていた背をびくんと伸ばし、如実な反応を見せる。
「ほら……きちんと終わって」
そう囁きながら、レンはハクの股の付け根を押さえた。ふっくらした恥丘の両横を、ニ本の親指をかけて丹念に押しこみ、マッサージしはじめた。
鼠径部にある、性感につながるツボを揉みほぐしていく。
知られてしまっている――というより開発された性楽のポイントを刺激され、ハクが腰をゆすって悶えた。
「や、やめ……ひぃっ」
「なんで……? 余韻でぐずぐずと細かくイって、消化不良気味の終わり方するより、すっきり終わらせたほうがいいでしょ」
「ば、ばかぁ……へんな気ぃ、ま、まわさなくていいっ……!」
ハクの内ももが、紅潮を強めてびくびくと痙攣しはじめた。恥丘周りにまで、脈打つような震えが走る。
その細かい痙攣は、腰を中心にだんだんと大きくなってゆく。
女の体のあちこちに散らばっていた内なる波紋が、愛撫によって子宮で一つにまとめられていくかのようだった。
「〜〜っ……ぅ、ううぅぅぅっ……!」
男性器をくわえこんでいた彼女のその部分が、きゅっとすぼまるように締まった。
潮か愛液を過剰に分泌してしまったようで、レンの下腹を濡らしていた蜜溜まりがじわっと広がる。
追い打ちじみた絶頂で、あるいは失禁してしまったのかもしれなかった。
「ァ……ぁっ、ぁ、ぁー……」
ハクが瞳をとろんと溶かす。極まった証の、放心しきったうめき声をあげる。
肉の夢に酔わせられて、うっとりと眠たげな表情。
その艶やかに火照った美貌を見上げながら、レンは(不思議だな……)とぼんやり考えていた。
こうしているときの彼女は、どこか透きとおった静謐な空気をまとっている。
美唇からよだれまで垂らし、身震いするたびこんなにも濃密な女の香をたちのぼらせているのに。
赤薔薇が咲き誇るような濃艶な乱れ方をするのに、白すみれの無垢さが混じっているのである。
(声、かな……)
頭のなかまでふやけてはいたが、それでもおぼろげに悟った。
(そっか、声……ハク姉のえっちのときの声、いつもより綺麗に響くから)
感じるうちにもれてしまう声、絶頂を前にしたときの切迫したあえぎ、達したことを告げるしぼり出すような叫び。
ハクのそれは、どれもがさながら楽の音だ。無意識の、歌――
思い当たると満足感が心身を満たした。ごく微妙なざわめきをつづける彼女の内部で、放出を終えたものが愛撫されているのも心地良い。
「こっ、こらぁぁ……」
と、硬直がとけてふらふらと上体を揺らすハクが、息絶え絶えで抗議の声を投げてきた。
「あほぉ、今日も、す、好き勝手にしてぇ……」
「ん……ごめん。でもイキ残ししちゃうよりはいいでしょ……ひっ!?
ハ、ハクねぇ? ま、待った……それ……!」
レンは目を白黒させた。ハクの優美な細指が、かれの両乳首をとらえてひねっている。
「…………しかえしぃ……」
とろけた赤い瞳が蠱惑的に細まり、淫靡な秋波を投げかけてくる。
「ひゃう、ちょっとっ」
「ふふ……レン君のここ、ピンピンになってる……わたしとおんなじぃ……」
絶妙な力加減で愛撫してくる彼女の指に、レンは「んっ」と息を弾ませてしまった。くりくりと転がされる胸の突起は、絶えず甘い電流を流してくる。
――今夜はもうできないだろうと自分では思っていたのに、少年の体は新たな愛撫に反応した。
嬉しげに、ハクが尻をもぞつかせる。
「ンン……なかで、また、おおきくなってきた……
レンくん、男のコのくせに乳首、弱いもんね……うふふ、かわいい……女のコみたい……」
ねっとりと腰をくねらせながら、淫魔さながらの微笑をハクは浮かべていた。
深みにいざなう妖しい声が、その濡れた唇からすべり出る。
「いじめられるのも好きだよね、君……
ねえ、今度は、どっちから、する……?」
ぞくりと脳裏を痺れさせられながらも、レンはどうにか首を振った。
「そ……そろそろ控えたいなと……」
「あふ、うん、ふたりともくたくただもんねえ……
じゃあ、これで最後……ゆっくり、楽しも……」
ハクは恥丘同士をこすれあわせるように、ゆるゆると腰を動かしはじめた。
また切なげに目をつぶって、無心に快楽を追い求める表情。
融け合うような快楽にひたりながら、レンは(いいのかな……こんなことばっかりしてて)と、かすかに案じていた。
体が合う。少々「合いすぎる」くらいに。
何回しても飽きがこない。当初の新鮮味こそさすがに薄れたが、そのぶん日ごと夜ごとに官能が深くなっていく。
いっしょに過ごす穏やかな時間のうちで、これだけは濃い悦びになっていた。
責めて、責められて――
呼吸を合わせて貪りあって、
尽くされて、可愛がられて、愛しあって。
出口が見えないほど、溺れている。
……………………………………………
……………………………
……
起き上がって、気だるく服に袖を通す。
懈怠のなかで、レンはふと思いをめぐらせた。頭がしゃっきりしている普段なら、絶対に考えないようなことを。
(ハク姉のあのときの声聞いてたら、この人なら唄うのだって問題ないと思えるんだけど……)
あえぎ声と歌はもちろん別だが……ハクが無意識に出す声には、なにかしらボーカロイドであるかれを惹きつけるものがある。
こういうことで、歌の申し子であるボーカロイドの勘がはずれることは、まずない。
(……でもこんなこと言えないや)
傍から聞いたららちもない話、という以前に、約束がある。
“私の歌のことだけは触れないで”と、あらためて深い仲になるまえに言われた。 だから、レンから話題にすることはできない。
実をいうと、ハクの歌を聞いてみたことすら、レンにはない。――レンに聞かれることを、ハクは望んでいないと薄々わかってしまったから。
「……帰るの?」
布団からハクが身を起こして、目をこすりながら訊いてきた。
「新月だから道が暗いよ……泊まっていきなよ」
「ありがと。でも、時期が時期でそうもいかないんだ」
残念そうに苦笑し、レンは着替えを終える。
明日は早朝から、リンとデュエットで唄う新曲の練習だ。終電を逃すわけにはいかない。
けれど少年がそう言ったとき、ハクは寂しげな色を面に浮かべた。立場に隔たりを感じた時の表情。
シーツで肌を覆い、彼女はひざを抱えて座りなおした。
「……ごめんね。忙しいのに引き止めて」
「え? ううん、そんなことないよ。嬉しかった」
ハクの表情の微妙な暗さには気付かず、レンは照れをやや含んだ明るい笑みを肩ごしに送った。
かれは、おおむね満足していた。
忙しい合間を縫ってハクのもとを訪れて。
料理を作って、ふたりで食べて。とりとめのない話をして。手を握って。キスして。セックスして。……このごろ、最後の項目の比率が大きくなってきたのが少し怖いけれども。
それを除けば特に刺激のない、安らぎだけの、けれど大事な時間。
現状に満足する心が、目を曇らせていた。
このときすでに眼前で進行していたのに、見過ごしつづけた。