えっちなメイコお姉さんと新人カイト君のはなし 7前編
「一旦休憩! 15分後に集合なー。時間厳守!!」
レコーディングは山場を越え、短い休憩に入ることになった。
ブースから出ていく歌い手たちの後ろについて僕も廊下に出ると、こっそり深呼吸をした。
なにせスタジオは狭い上、人口密度が高くて息が詰まること詰まること。ふー。
「あれ? カイトくん、どこ行くんですか?」
同じグループで唄っていた氷山さんが、歌い手たちの休憩所から離れる僕を見つけ、声をかけてくる。
「ちょっと自販機行って来ます」
「休憩時間、あんまりないですよ。飲み物ならここにもありますし」
彼の手にあるペットボトルが示すように振られた。休憩室のテーブルには各種の飲み物が並べられれいるのだ。僕は笑顔で首を振る。
「あは。ついでにトイレも。そっこーで済ませて自販機で買っちゃいます」
トイレの横に自販機があるのは確認済だ。それに、本当はトイレじゃなくて、ちょっと他の事がしたい。
氷山さんは遅れないように。と、一言告げて歌い手たちの輪に戻る。
今日の仕事は……というか、今回の仕事は様々なジャンルのプロデューサーが集い、また歌い手たちも多く招集されている。
人間、ボカロ入り乱れての一大プロジェクトだ。
と――っても幸運なことに、なんとこの大きなプロジェクト、僕も選ばれて呼んでもらった。なんてありがたい……!
オファーを受けて喜んだはいいが、一度に集めて一気に収録してしまおうという無謀な計画は一週間丸々拘束されるという羽目になった。
なにせ人数が多いため時間がかかるのだ。プロデューサーたち個々の調声もある。
地方のスタジオを借りきって、缶詰め状態で収録真っ在中なのだった。
「……なにニタニタしてんだよ。キモ」
「おわぉ!」
背後から呟かれた声に驚いて、ヘンな声が出た。首だけ振り向けば、肩越しにアカイトが僕の手元を覗き込んでる。
僕は慌てて携帯を隠したが、ニヤニヤ笑うアカイトの顔に遅かった事を悟る。見られたか。ちくしょう。
実はアカイトもこのプロジェクトに呼ばれていた。こいつは別グループなので、僕とは違うブースで歌っていたはずだ。
「あー。なるほどねー。カイト君は、この閉鎖空間でプロデューサーに檄を飛ばされ萎えた心を、ソレで癒していたというワケだねー。ニタニタしながら」
「やらしー目でこっち見んな。どっか行けよ」
「やらしー目にもなるわ! しんでしまえ!」
アカイトの言うことはだいたい合っているのがまた悔しい。僕が癒しを求めていたのは、メイコさんの画像。しかも寝顔というレア物だった。
この仕事に来る前日の夜、しばらく会えないからって、その、メイコさんにいっぱい可愛がってもらった。その後、ぐっすり眠っている所を撮らせてもらったのだ。
掛布団から素肌の肩がちらりと見えて、事後丸分かり。だから他のヤツに見られたくなかったのに……!
そのためにトイレと偽って一人で行動してたのに!
「しかも寝顔だし。盗撮かよ」
「人聞き悪いこと言うなよ! ちょっとこっそりシャッターチャンスを頂いただけだっつーの」
「盗撮そのものじゃねーか!」
だってさ、ヤってる時はあんなに攻めメイコさんなのに、終わった後の寝顔はほんとあどけなくって、そのギャップが堪らんのだよ! これはその場にいなくちゃ分からんわ!
おまけにこの後、一週間会えないとか。つい盗撮紛いのことをしでかしても仕方ないっつーかなんというか。
「メイコさんさー。『仕事がんばったらいっぱいご褒美上げるからしっかりねって』。でもやっぱ会いたい時に会えないってなるときっついなー」
「おいトリップすんな戻ってこい。カノジョ恋しさで仕事の合間に盗撮画像閲覧かよ。ヤダネー、ヤダヤダ」
「えっ?」
けっと舌を出すアカイトに、思わず「なに言ってんだコイツ」みたいな顔をしてしまった。
「『えっ?』って……付き合ってんだろ?」
「ええっ?」
「なんだよそのリアクションは?! だってそんなリア充発言してんだから、付き合ってるって思うじゃん」
「………………」
「まさか、まだセフ」
僕は腕を勢いよく伸ばすと、アカイトの口を塞いだ。指にあらんばかりの力を込めて。
「……まさか何にも進展していないとはね〜」
間延びしたアカイトの声が、浴室の中に反響して僕の耳に刺さった。
ここは、ホテルに併設されている大浴場だ。
本日の収録を終えた僕らは宿泊施設に指定されているホテルに引き上げ、晩飯後の風呂と洒落こんでいる。
まだ幾分時間が早いせいか大浴場には僕とアカイトだけで、他に人影は見えない。僕らはだだっ広い浴槽に肩を並べて浸かっていた。
今回の仕事は色々な事務所や個人でボカロを所有するプロデューサーから、歌い手が掻き集められている。
事務所所属の僕たちは事務所以外の歌い手さんと話す機会があまりないから、新鮮だしかなり楽しい。
だけど馴染みのある仲間と一緒にいるのは気がラクで、ついついコイツとつるんでしまう。不毛な馬鹿話をするにはコイツが一番だ。
アカイトには前から、差し障りのない部分だけ僕とメイコさんの話しはしてあった。まあ、メイコさんとの「ご褒美えっち」を目撃されて、根掘り葉掘り聴かれたからなんだけど。
当時、脱☆DTを果たした僕は浮かれていたこともあって、ペロっと喋っちゃったんだけど、やっぱ止めときゃよかったかなと後悔してる。
「うるさい」
僕はアカイトに指を使った水鉄砲で応戦した。狙い違わず顔面にヒットし、顔を擦るカイトの姿に溜飲を下げた。
「ひでぇ! 事実だろうに」
「仕方ないだろ。メイコさんは……」
「『恋愛感情がないから』だっけ? あと、気持ちいいセックスできれば、相手はお前じゃなくても……」
今度は無言で水を飛ばしたが、予想されていたらしく簡単に避けられる。チッ。
「じゃあカイト不在のこの一週間は、メイコさんは久々に他の男とヤリまくってんのか」
「そんなことあり得ませんー。待ってるって言ってましたー。メールも電話もしてるしね」
「あー、なんかコソコソしてると思ったらそういうこと」
「あの人、ウソは言わないんだよ」
それは本当。メイコさんは嘘だけはつかない人だ。だけどそのお陰で僕はメイコさんの発言一つに一喜一憂させられて、たまにヘコむんだけどね……。
「でも、確証はないだろ」
アカイトがにやりと笑う。なーんかイヤな笑い方で、少し警戒した。
「……なんだよ、ソレ」
「メールや電話でメイコさんの行動把握してるとか思ってんの? だったらちょー笑える」
「……おい」
「メイコさんは性欲抑えられない人だって、前に言ってたじゃん。それなら今頃、お前の代わりとヤってたっておかしくないだろ」
「……ちょっと待てよ」
アカイトの言葉に僕もいきり立ち、不機嫌な声を隠せなかった。確かにメイコさんは、したい時に男を誘う自由な人だ。
だけど僕と出会ってからは「カイト君とするのが一番気持ちイイ」って、他の男と接触はしていないはずだ。
僕にしてもメイコさんを繋ぎとめようと連絡はマメにをモットーにして欠かさない。
「こんなに長い間、物理的に離れてんのって初めてなんだろ? そういう女が付き合ってもいない男の帰りを大人しく待っているとか、俺は思えないなー」
アカイトの言葉はやけに真実味を帯びていて、性質の悪い酒みたいに僕を浸食しようとしてくる。
浴場がシンと静まり、代わりに水滴の音がやけに響く。しばらくして僕は口を開いた。
「……アカイト」
「んー?」
「お前……もしかして、最近浮気されて振られた……?」
「…………」
アカイトは何も言わず、浴槽の中へずぶずぶ沈んでいった。水面が泡立つ。
図星か。妙に絡んでくるから何かあるなと思ってたんだけど、やっぱりね。
風呂から出たら、無礼は忘れてコーヒー牛乳でも奢ってやることしようとこっそり決めた。
「だってさ、俺別に遊んでいたワケじゃないんだぜ? 仕事だよ、お・し・ご・と!
金がなくちゃプレゼントだって買えないし遊びに行けねーしお泊りデートだってできないんだっつの。
それなのにちょっと会えなかったぐらいで、『アカイトくん全然会えないからー』って合コン行くとかありえなくね?
そんで『好きな人できちゃった♪』ってどーいうことだよ! 意味わかんねーよ」
一気に捲し立てたアカイトは、飲み干したコーヒー牛乳のレトロなビンをテーブルに叩き付け、めそめそ泣いた。
アカイトはいきなり荒れ始めた。ただ今ホテルの割り当てられた部屋でこんな状態になっている。
ちなみに、非常に残念なことに僕らは相部屋だった。どうしたって逃げられない。
フラれた顛末はあまりにも悲惨だった。
最近できた彼女に浮かれていたアカイトが、やれデートだ記念日だプレゼントだで馬車馬のように働きせっせと貢いでいたのは知っていたが、挙句にコレとは。
ベッドの上でダンゴ虫のように丸まって伏すアカイトの姿は憐憫を誘う。
「……お前はすごいよなぁ」
ひとしきり嘆いた後、アカイトがむっくり上半身を起こす。ヤツの口から出てきた褒め言葉が薄気味悪いなーと隠さず顔に出してたら、アカイトはメイコさんのことだよ! とボヤいた。
「よくメイコさんの言うことを、バカ正直に信じてられるなってさ」
「だって、本当にウソだけはつかないんだよ」
「本当のこと言ってる保証はどこにあるんだよ? お前の主観だろ。あんだけ男関係激しかったのに今はカイトで満足してるって、俺ならちょっと信じらんねーな。
メイコさんがお前に本気になったとか、付き合っているならまだしもさー」
僕を見るアカイトの目付きは、まるで宇宙人を前にしたカンジだ。そんなこと言われたって困る。
返す言葉が見つからず黙りこくった僕にアカイトは尚も畳み掛ける。というか、最早独り言の域になってきた。
「俺だって元カノのことそれなりに信じていたのにこうなんだぜ?
彼女でもない片思いの女をさ、しかも言葉は悪いけどセックスが好きで男切らさない女を、お前どんだけ信用できんだよ。純粋にスゲェよ」
「……………………」
アカイトが飲んでいるのはコーヒー牛乳で、アルコールは一切入っていないのにしゃべるしゃべる。
半分八つ当たりのようなものだが、腹は立たなかった。失恋のダメージ引き摺っている奴に、怒ったってどうしようもない。
「前から聴きたかったけど、過去の男とか気になんねーの?」
「気にしたってしょうがないだろ。消せるもんじゃなし」
「マジかよカイト。ずっと煮え切らんやつだなーヘタレだなーとか思ってたけど、お前実は器のデカいヤツだったんだな……。
なんか後光が見えてきたような気がする」
あやかりたい。そう言ってなにやらアカイトは僕をと拝み始めた。止めてくれ。無視して僕は毛布を捲って寝支度に入った。
そんで布団を頭から被る。一緒に持ち込んだ携帯を開いて、メールチェックする。友だちとか事務所とかのメールに混じり、きてた。メイコさんからね!
メイコさんは僕が出張中、毎晩画像付きのメールを送ってくれる。内容は『頑張ってる?』とか『あまり根を詰めないようにね』とか他愛のないものだけど、その気遣いが嬉しい。
昼はお互い仕事でメールのやり取りはあまりできないから、寝る前の数十分だけメールし合う。
それが終わったら今度は画像を呼び出した。フォルダと画像自体に厳重にロックをかけて出てきたのはさっきの寝顔……じゃなくって。
メイコさんの、ハダカの画像。ただハダカなだけじゃなくって、股間直撃の猥雑なポーズをしているヤツだった。
アレとかソレとかモロ出しの画像に、僕は顔がだらしなく弛むのを自覚する。コレ、僕の出張前にメイコさんが撮らせてくれたんだよね☆
実は寝顔撮ってんのがバレて、「出張中の癒しにしたいんです」って言い訳したら、「だったらもっとちゃんとしたの撮っていけば?」ってメイコさん。そのまま撮影会に。
そんなこんなで、僕の携帯にはかなり人には見せられない画像が盛りだくさんだ。
出張中のオカズには困らない! というかオカズがあるから毎晩オナれる! なんてほくそ笑んだが現地でアカイトと相部屋なのが発覚して打ちひしがれた。
……いくらなんでも、友だちの隣じゃなんもできん。まさかの相部屋が本当に残念だ。くそぅ。
せっかくのオカズも活用できなければ、ただ悶々とさせられるだけなんだよな。あーもー……。
仕事は順調。予定された日には終わるだろう。あと少しだ。メイコさんのエロ画像に性欲を燻ぶらせながら、僕は無理矢理睡眠に入る。
布団越しに、アカイトの暢気な寝言が聴こえた。
寝落ち早ぇえよ!
仕事がは期日通りに、滞りなくきっちり終わった。
打ち上げ行こうZE! 新しい恋見つけるゼ♪ と意気込むアカイトを振り切り、メイコさんちの最寄駅から彼女の自宅へとせっせと足を運んでいる。
長い期間拘束されていた仕事から解放されれば、誰だって浮かれる。僕も例に漏れずウキウキだ。そりゃもう、ウッキウキ。
メイコさんと会えない期間なんて一週間どころかもっと間が空いたこともあるけど、地方出張で物理的に会えないというのは思いの外相手が気になるものなんだなぁ。
缶詰め状態は仕事には集中できたけど、プライベートの時間は一緒に唄った仲間たちといても頭のどこかでメイコさん今頃なにしてるかなーとか、考えちゃったりね。
短いようで長い今回の仕事も今日でお終いだ。今夜は元々メイコさんちにいく約束を取り付けてあるし、しばらくオフだしで正直アッチのことしか頭にない。
メイコさんのあんな悩殺☆猥雑画像を毎晩見ていれば、必然的にそうなる。ウン、ボクワルクナイヨ!
ドアの前に立って、一応確認。土産ヨシ、出先から直行で来ちゃったけど、おかしい所はないよな……?
あんまがっついたみたいな、欲望丸出しの表情と態度は隠さないと。年下男のなけなしのプライドだ! 一度顔を撫でて深呼吸して、よし。
呼び鈴を鳴らすと、部屋の中から近づく足音を耳が拾う。
「はーい。おかえり、カイト君」
開けられたドアには、一週間前と変わらない笑顔のメイコさんがそこにいた。思わず呆けてメイコさんを凝視してしまった。
画像じゃなくて本物だ。服着てるけど。あたりまえだけど。
「あ……ただいま、です」
「疲れたでしょ? 入って入って」
促され、部屋に上がる。オンボロアパートの僕んちとは違い、相変わらず小奇麗な部屋。玄関からして大違いだ。
……ちらりと視線を走らせる。家具の配置はいつものまま、無造作に置かれている雑誌や小物も変わらず、僕以外の男の気配は微塵も見られないことに、小さく息をつく。
「仕事どうだった?」
お土産のケーキをつつきつつ、メイコさんと近況報告をし合う。淹れてくれた紅茶の仄かな香りが辺りを漂い、仕事で緊張していた神経がようやっと解れていった。
「大丈夫ですよ。余所の歌い手さんやプロデューサーが集まってっていうのは緊張したけど、直ぐ慣れましたし。ああいうのもいい刺激になりますね」
「そういう機会でもなければ、大人数で歌うことってあまりないもんね。そういえば私、大勢でお仕事ってないなぁ」
メイコさんだってボカロだけどメインにしているはエロ系だから、大勢ってことはないだろうな。
もし大勢が集まるようなエロ系の撮影があるとしたら、それってどんな曲とPVになるのやら。乱……いやいや、僕の想像力の範囲を超える。
「……あ、紅茶冷めちゃったね。新しいの淹れてくる」
ひとしきり話して、メイコさんがお茶のお替りのためにソファーから腰を上げる。その肘を引っ張るとメイコさんの身体はまたソファーへと逆戻りしたが、お尻は僕の膝へ。括れた腰にすかさず腕を回し、拘束した。
「カイト君?」
「……あーメイコさんだ……」
甘い髪の匂いに鼻を寄せる僕に、擽ったそうにメイコさんは肩を竦める。
「もー……疲れてると思って、ちょっかい出さなかったのに」
「あの画像を毎日見てたら、ガマンなんかできないよ」
「毎日見てたんだ?」
くすくす笑う声が耳にこそばゆい。
「うんガン見。すっごく興奮した!」
メイコさんは膝の上で僕と向い合せになり、眉間にキスしてくれた。唇が鼻の頭、頬と降りてきて、間近で綺麗な顔が微笑む。
すっかり色を帯び変貌したメイコさんの表情は、えっちなお姉さんのそれだった。
「私をオカズにオナニーしたの?」
「できなかったの! アカイトと同室だったからさー。ずっとムラムラしてたんだよ」
「ん……」
唇に吸い付いて、服の裾から早急な動きで手を潜らせた。滑らかな手触りの肌を辿ると、直ぐに手はふっくらしたカタマリを掴む。
相変わらずノーブラなおっぱいを揉むと、腕の中の肢体が跳ねた。年下男のささやかなプライドなど、この柔らかさの前に脆くも崩れ粉微塵だ。
「あーやーらかい……本物が一番だよね、やっぱ」
唇同士を触れ合わせたまま呟けば、お返しにかメイコさんの口に軽く齧られた。
「ここで、いい?」
メイコさんはリビングでするのを好まない。彼女の友人たちとここで宅呑みするから、というのが理由だけど、今の僕には余裕がこれっぽっちもないのだ。
「だぁめ……ここじゃイヤー」
「えー……いいじゃん。ね?」
「あっ、こら……っ、ダメだってば。寝室でするなら、昇天必至なイイコト、してあげる♪」
「えっ?!」
俄然色めき立つ僕に赤い唇が弧を描く。発情を湛えながら僕の耳元にそっと囁いた。
「……だから、寝室いこ?」
一も二もなく、高速で頷いた。
「……っ、あ」
メイコさんの愛撫に耐えられず、咽を登る声は中途半端に空間を漂う。
ベッドに腰掛け見下ろす脚の間には、膝をついて僕の股間に顔を埋めるメイコさんのつむじがあった。
恍惚とした表情で硬く張り詰める肉棒を頬張る姿は、僕を待ってたと言わんばかりに貪欲だ。
肉棒に這う舌の動きは猥雑の一言に尽きた。腰も背筋も脳髄も全部痺れさせられ堪らない。
セックス大好きなメイコさんの舌使いに、肉棒は滾って大きさと硬度を増し、絡みつく熱い舌が僕を早速翻弄してくる。
れろりと竿を舐めながら、上目遣いの赤い瞳は快楽に息が上がる僕を認め嬉しそうに弧を描いた。そしてまた咽の奥まで亀頭を誘い唇を鳴らしながらちゅぱちゅぱしゃぶる。
「ねぇ……僕も、触りたい。おっぱいとか、おっぱいとか!」
「まだ、だぁめ。私の番だもん……ふふ。ずっと待ってたのよ? コチコチになっておいし」
「うぁ……」
先走りの汁の出ている鈴口を窄めた唇で吸われ、要求は却下された。
待ってたって言葉に気をよくしながら主導権を譲り、僕は吐精感を紛らわせようと部屋に視線を巡らせた。
最後に部屋に入った時と、目に見える変化は殆どない。
メイコさんを信じるなら、僕以外の男が踏み入れたことのない部屋はいつも通りで、安堵と共にアカイトの戯言に心の中で悪態をついた。
ほらね、やっぱりメイコさんはウソをつかない。僕の都合が付かないからって、他の男を部屋に招いたりなんてしていなかった。
――メールや電話でメイコさんの行動把握してるとか思ってんの? だったらちょー笑える。
アカイトの台詞がよりによってこんな時に思い出され、イラっした。なんだってこんな時に。頭の中から追い出そうと躍起になるけど、一度蘇った言葉はやけにしつこく脳内に張り付き離れない。
いいんだよ。別に! 大体、メイコさんの男関係が激しかったのは承知の上で、今は僕一本に絞っていてくれているんだから、なんの問題も……。
だけど、この先は?
初めて生まれた疑念に、一瞬胸が詰まった気がした。僕はメイコさんにとって最初からセフレでしかない。今更ながらの事実に胸の奥が冷えた。
恋愛感情を理解できず、しかもそれに対し特に何とも思っていないメイコさん。
彼女が男に求めるのは快楽のみ。僕が一方的に好きで、他の男と連絡を取らないで欲しいから追いかけているのが現状だ。
身体の相性と涙ぐましい努力で、メイコさんは僕とだけセックスをするようになったけど、それは一体いつまで続くんだろう?
僕に飽きたり、セックスが上手くてより感度が上がる相手が見つかれば、きっとメイコさんは簡単に離れていく。さもなくば気持ちよくなれる男の一人に格下げだ。
改めて自分とメイコさんの関係性を考えると、なんて危ういんだと改めて認識させられた。僕が連絡を取ることを止めれば、それでお終い。
知り合った頃、セフレ相手からの関係終了のメールに返事もしなかった場面を僕は目撃している。
執着なんか微塵もなく、あっさりとアドレスを消していたメイコさんに未練なんか一切感じられなかった。
そして今までしていたように、特に困ることもなく新しい男と寝るんだろう。
――本当のこと言ってる保証はどこにあるんだよ?
アカイトの台詞が脳内に反響する。
〜〜〜っ! コラ、黙れ。ないよ! ないけど……。
じゃあ、僕がさっきからメイコさんの部屋をチェックしている意味は? メイコさんがウソなんかつかないと嘯きながら、僕の目は男の気配がないかとさり気なく視線を走らせて探している。……無意識に。
薄氷の上を歩くような関係性に、この期に及んで怖じ気ついた。
「……ん? あ、あれ?」
「えっ、あ……!」
手中のソレを呆気にとられて、メイコさんが目を瞬かせいる。それもそのはず、さっきまで滾っていた僕の肉棒は見る影もなく萎れているのだ。
余計なことを考えていたから……!
「あ、あれ? スミマセン! ちょっと、今、その……っ」
焦れば焦るほど陰茎は萎え、僕の口から出てくるのは要領を得ない言葉ばかり。どうにか復活させようと頭を巡らすけど、今までにないくらい混乱してどうしようもない。
メイコさんも、どうしたらいいのか戸惑っているようだ。彼女にとっても最中に男が役立たずになるなんて経験、初めてなんだろう。
綺麗系エロお姉さまに迫られて、勃たない男なんかいやしない。
ボトムの前からはみ出した陰茎は力なく項垂れて、再び勃起する兆しは微塵もなかった。
「疲れてたかな? 私、脱ごうか?」
メイコさんはそっと手を離し、自分の服に手をかけた。
あ……。
その表情に、気分が更に急降下していくのが分かった。
ダメだ。こんな時にあんな気遣うような顔、されたら。
いたたまれなさと、みじめさも相まって僕は勢い良くその場に立ち上がる。胸元のボタンを二つほど外し目を丸くしたメイコさんを尻目に、光の速さで身支度を整えた。
「え? カ、カイト君?」
「ご、ごめんなさい。帰りますっ。スミマセン!」
言い捨てると僕は大股で歩きながら寝室を出て、靴を履くのももどかしく部屋を飛び出す。外に出ると脇目も振らず、そのままダッシュで帰り路を駆け抜けた。
「よーカイト。どうだった?」
「………………………………」
僕の部屋に来たアカイトに銀盤を手渡しながら、僕は力なく首を振る。ヤツはあちゃーって顔で後頭部をガリガリ掻いた。
メイコさんの家から逃げ帰って早二週間。この間、今まで間を置かずメイコさんに何らかの接触を持っていた僕が、今では会うどころか連絡一つ取ってない。
理由は一つ。……勃たないのだ。
家に帰って頭を冷やしてから、ふと自分の身体が不安になって、試しに手持ちのAVで自分を確かめてみた。
……案の定、ダメだっだ。媚態や痴態、僕の趣味性癖に沿った作品を見ても、股間はうんともすんとも反応を示さなかった。
半分恐慌状態になった僕は恥を忍んでアカイトを頼ってしまった。ヤツ好みのAVを借りて鑑賞してみたはいいが、結果は同じ。
今返却した銀盤は音楽CDでもなんでもなく、アカイト秘蔵のソレだった。
「俺のお宝でもダメだったかー……」
「ありがとな。……でも、お宝がローティーン美少女の電車痴漢凌辱モノっていうのは、ちょっとどうかと思う」
しかも無修正。このご時世に……。頼むから実行すんなよ。友人が未成年に手を出してワイドショーを賑やかすのは嫌だ。
メイコさんに興味持っていたから、てっきり綺麗系お姉サマが好きなのかと思っていたんだけどな……。
未成年はさマズいよ、アカイト。焦っていたとはいえ、友人の性癖とかできれば知りたくはなかった。
「バカ言え! ったく……これとっておきだったんだぞ! まあ、それはともかく。この調子じゃ他のシチュの見てもダメだろ。
ボカロ用のバイアグラみたいのって、ねぇのかな?」
「聴いたことないよ。……あーもう、どうなっちゃうんだ……」
媚薬系はありそうだけど。何となく。だけどそういうのは女性ボカロ用な気がするなあ。
ため息をつく僕の隣で、アカイトはどうしたもんかと首を捻っている。
アカイトは泣きついてきた僕に最初こそ爆笑したが、何だかんだ言いながらも協力してくれて、本音は感謝の言葉もない。
「そう言えばメイコさんはあれからどうなんだよ?」
「どうって……どうもこうもないよ」
胸の奥に重い塊が落ちてきた気分になった。あの時、愛撫の途中で萎えた僕はパニックになって言い訳もそこそこに、大慌てでメイコさんの部屋から逃げ帰った。
どのくらい慌てていたかなんて、財布と携帯以外の荷物一式をメイコさん宅にに置き去りにしたことで察してもらえればありがたい。
取りに行かくなくてはいけないが、彼女と顔を合わせてなんて言ったらいいのか……。
気まずくなるのは必至。不能になりました。なんて、口が裂けても言いたくはない。
僕とメイコさんとの関係は、セックスありきなのだ。「出来ませんゴメンナサイ」なんて告白したらどうなるかとか、簡単に想像できて気が遠くなる。
とにかく、事態を打開しようとアカイトを巻き込みあれこれ試してみたけど、結果は芳しくなかった。
ビニ本も無修正AVもメイコさんのエロ画像も、かなりアヤしい強壮剤の類も効果なし。
特に強壮剤は『何が混入してんだよ!』と思わず叫んだぐらいの悪臭を放っていて、その味はニオイを裏切らず悶絶させられた。泣いた。
「あああああああああいやだー! こんなんいやだよー」
「うわ。いきなりなんだよ……おお。リアルorz初めて見た。……うん、まぁ、元気出せよ?」
床に手と膝をついた僕に、アカイトの憐れみがイタイ。
「いっそ、ナンパしてメイコさん以外の女で試してみるとか」
「AVでもダメなのにか? 知らないコなんて緊張して余計に勃たないよ! ……それに好きでもないコとは、ちょっと……」
「真面目なヤツだなー。ていうか面倒臭ぇ」
「ううう」
あれこれ試行錯誤して、結果の出ないまま時間だけが過ぎていく。この二週間、メイコさんがどうしているのか考えると胃が痛い。
実は、あの日からしばらくはメイコさんからメールや電話をもらっていた。
電話は申し訳ないが出れなかった。メールは僕の体調を心配してくれるもので、最中に萎えたことには一切触れてはいなかった。
メイコさんの優しさだけど、状況を正直に返信する勇気がなくて放置するしかなかった。ほんっと、スミマセン……!
返事をしないでいたら、メイコさんからの連絡は途絶えた。そりゃそうだよな。返信がなければ、いつまでもメールくれないよな……電話も然りだ。
メイコさん、僕が連絡つかないからもう別な男とヤってんのかなぁ。セックスあんなに大好きだからなー。我慢なんかしないだろうし。自分の欲望に忠実なヒトだし。
「暗! 暗いよカイト! なんか青黒いオーラ出てるよ!」
「だぁってさあああああ!!!!! アカイト! お前の有り余る性欲と健康な下半身僕にくれよ!」
「アホか! 俺はお前の亜種なんだから、モノは同じだっつーの! 病気だとしてもやらんがな!」
「ひでぇ! ああもー……これじゃ……」
会えないよ。
恋愛感情が分からないメイコさん。告白しても困らせるだけだから、僕は求めてくる彼女を抱くことでしか『好き』を伝えることができないのに、もうそれすらできない。
気持ちを示す手段は断たれた。どうしたらいいんだ……。
荒れる僕にアカイトはすっかり呆れ果て、盛大にため息をつく。もう、咎める気力も湧かないや。
「……お前さー、ほんっとメイコさんが好きなのな」
「…………」
「そんなに好きなのに気持ちが伝わらねぇってのは、キツいな」
「うん……」
ぽんぽんとアカイトが僕の背中を叩く。友人の慰めに、なんだかしんみりしてしまった。
そんな湿っぽい空気を吹き飛ばす、打音と陽気な声がいきなり部屋に鳴り響いた。
強制的に注意を向けようとしているかのような破壊音に、僕もアカイトも思わずぽかんとしてそちらの方へ顔を向ける。
「あー! アカイト、ココにいたのネー。カイトもちょうどいいワ」
「ア、アンさん?」
乱暴に開けられた玄関のドアがぎしぎし不吉な軋み上げ、アンさんが場を読まないおかしなイントネーションでずかずか部屋に入ってくるところだった。
打音の正体は、アンさんが力任せにドアを開き、壁にぶつけた音らしい。
……ドア、大丈夫かな……。などと考えつつも、二人揃ってAVを目につかない場所へとさり気なく隠す。こういうことは素早く息の合う僕たちだ。
「俺を探してたんですか?」
「カイトも探してたヨ。仕事先でビールいっぱいもらったからオスソワケいかがと思ってネー? こないだの合コンのお礼♪」
にぃっと笑うアンさんの手には、大きめのビニール袋に詰まった缶ビールがはみ出ている。開けっ放しのドアの隙間から、缶ビールの銘柄の入ったダンボールが見える。担いできたのか?
成り行きもあって、僕の部屋はいきなり居酒屋に変貌した。あまりアルコールは得意ではないけれど、気落ちしている僕にはいい薬だ。遠慮なく頂くことにした。
ほどよく酔いが回れば口は滑らかになっていく。アンさんは合コンでゲットした彼氏といいカンジに付き合っているらしく、とにかくノロケがすごい。
微笑ましくて最初の内はうんうん聴いていられたんだけど、段々キツくなってきた。
缶ビール片手に、僕とアカイトの顔は虚ろになっていく。……お、女の人って、ホント恋バナ好きだよね……。
僕はこの通りだし、アカイトに至っては破局した後。そこに長時間のリア充恋バナは精神を削っていく。
ごめんアカイト、お前の気持ちが今分かったよ!
アンさんのノロケ話が終わる頃には僕らのライフはゼロに近くなり、ぐったりとなってしまった。
「そう言えばアンタたちはどーナノ?」
僕たちの焦燥など気づきもしない幸せオーラを纏うアンさんが、呑気に聞いてきた。ぐは。追い打ちキッツイです……。
アカイトが隣でやけっぱちに怒鳴った。
「俺は振られましたよー!」
「アララ」
「アンさん、可愛くて浮気しない女のコ、紹介してくださいよ。誰かいませんかね?」
「カイトはー? アンタは順調なんでショ? こないだもカノジョの家いくとかハシャイでたよネェ?」
「無視かよ!」
「紹介したくても余っているコがいないのヨ。ゴメンネー? カイトも聴かせなさいヨ。ホラホラ!」
「あー、コイツはもう直ぐフラれる予定。このまま自然消滅です。多分」
「勝手に決めつけんなよ!」
「えーナニナニ? ちょっと二人だけで分かり合ってないで、ちゃんと教えなサイヨ!
アカイトー、カワイー子いたの思い出したワー?」
「実はですね、かくかくしかじか……」
「うぉい?!」
僕の恋愛事情はアカイトによりあっさり売られた。彼女、そんなに欲しいのあああぁああか?!
「……………………ふぅん?」
アカイトによる『僕の』暴露大会が終わり、アンさんはそれだけ呟いた。もう全部バラされた。
メイコさんとセフレ関係なのも、その理由も、あまつさえ不能になってしまったのも全部!
部屋はさっきまでの活気が薄れ、アカイトのビールを啜る音が空しく響く。さっきのテンションどこ行った? ……穴があったら入りたい……。
「そんなの簡単なコトじゃナイ?」
「へ?」
こともなげに投げられた言葉に、僕は目を瞬かせた。か、簡単て。
「だって、カイトが告白すればいいことダモン」
「『インポになりました』って? いくらなんでも、男にとってはソレきっついスよー」
アカイトは新しい缶を開けながら苦笑い。
「違うわヨ。なんでそっちナノ。『好きです』って一言いえばいい話しデショ」
「え?」
意外な言葉に僕は目を丸くした。アンさんに酔っている気配はなく、落ち着いた様子で僕を見ていた。
「だ、だって、あの人は恋愛感情が分からないんですよ? それで告白したって……」
「自分の気持ちを分かってもらえナイから、未練が残るんだっけ? それはカイトの都合ジャン」
「う」
僕は唸って口を噤んだ。確かに……そうだけどさ……。
「カイトはさ、告ってそのビッチなオネエサンと気まずくなって、セックスできなくなるのがイヤってワタシには聴こえるヨ?」
「そ、それだけじゃ! それだけじゃないですよ!」
思わずいきり立ったが、まあまあとアンさんが手のひらを振っていなされた。
「聴きなって。カイトのインポは精神的なモンだと思うんダ。他の男のカゲがちらつくのが原因でしょー?
治すにはそのオネエサンに告っていい関係を築くか、それとも玉砕して次行けば万事解決☆ 新しい恋愛すればインポも治るヨ」
グサグサっと小気味のよい音がしそうなほど、僕の心臓にアンさんの鋭い言葉が突き刺さる。痛いよ。もはや満身創痍だよ……。
「何も言わないで相手が気づくの待つとか、どんだけアタマが少女漫画ナノ?
言わなきゃ相手はカイトの気持ちに一生気がつかないマンマだよ? ただでさえ恋愛感情理解フノウなんでしょ?
そんなんじゃ告白もできずに諦めることも新しい恋もできないで、カイトは一生インポだネ」
「インポインポ連呼しないでくれますか……」
頼むから。ぼろぼろの僕はもう見る影もない状態だ。それはともかく。
的を射すぎてぐうの音も出なかった。正論だった……全部が僕の都合なのだ。
告白して、困らせて、気まずくなったら会ってもらえないんじゃないかと気を揉み、繋がりが切れるのが怖くて結局肝心なことは後回し。
メイコさんの言葉を信じていても、彼女の家に行けば男の気配を探している。
ずっと目を反らしていた。メイコさんの過去のこと、今の男関係は本当に僕だけなのか。
考えるのが怖かった。あの無邪気な笑顔の裏で、嘘をつかれているんじゃないかって疑うのが怖かった。
本当は、僕と会っている合間を縫って他の男と寝てたんじゃないかって思ったのは、もう何度もあったんだ。
「よしカイト、お前告れ! 告白して玉砕してすっきりしたら新しい恋に生きろ! はいこれで解決な♪」
静まり返った場を、未開封の缶ビールを握り締めて振り回すアカイトの叫び声が木霊した。
「えぇ?! 玉砕前提て?!」
アカイトは振り回す勢いのまま、缶ビールをテーブルに叩き付けた。
「ぐだぐだうるせぇな。浮かれてるお前に言うのは酷かと思って黙ってたけど、カイトにはあの人の相手は荷が重いだろ。
真面目な恋愛初心者に百戦錬磨の誰も好きになれない女なんか、レベル差あり過ぎ。初期装備のプレーヤーがラスボス相手にしてるようなモンだろが。
身の丈に合った恋愛しろよ。苦労も少ないぞ? エロいお姉さんは男にとっちゃセフレなら最高だけど、本命にはできない女だし。潮時じゃね?」
畳み掛けるような追い打ちに、目の前が真っ白になった。
し お ど き……?
それって、もう決定事項なのかな? 告って、フラれて。
もう二度と会えなくなって。
………………。
「あっ、おい! 俺のビール!」
僕は抗議の声を上げるアカイトの手からビール缶を奪った。思考は停止し、無性に飲みたくなって手近な酒に手を伸ばしたのだ。
未開封のビール他にあんだろと、アカイトの文句を聞き流しブルトップを開ける。
「うぁ?!」
冷たく白い飛沫が僕の顔面に噴射される。アカイトのヤツ、そういえばこの缶ビール振り回してたっけ!
しかし時既に遅し。目と言わず顔全体に噴きかかるビールが堪らなくて、思わずビールの口を突き出した。
「ひゃぁあああ! カイト! ナニすんの――――ッ!」
僕の目に前にはアンさんがいて、ビールの泡は当然彼女にぶっかけられた。慌てて缶の口を下げたけど、気がつけばアンさんは顔を顰めて顔と髪から雫が滴っている有様だった。
「うわ――! ご、ごめんなさい!」
僕より被害甚大のアンさん、びしょ濡れになってすっごい顔で僕を睨んでる。怖い!
「冷た! ちょぉぉぉぉっとカイト! アンタなにしてくれてンノよぅ!!!」
「うっわ。アンさんすげー。初めてアンさんがエロく見えた」
能天気なアカイトのヤジに、アンさんが首だけぐりんとヤツに向けて憤怒の形相で怒鳴った。
「アカイトしね!」
夜更けの宅呑みは、何故か阿鼻叫喚の相を帯びてきた。
当たり前だが酒の席は一旦中断となった。
僕が泡立った缶ビールを振り回したせいで場はどうにもならなくなり、一番被害を被ったアンさんは、自分の部屋に戻って着替えてくることもできないぐらいビールまみれ。
廊下を雫で汚して掃除をするよりは、僕の部屋のシャワーを使った方が手間が減るということで着替えとシャワーを提供した。
着替えはメイコさんがここに泊る時に貸していた着古した僕のTシャツと女性用のスウェット。
Tシャツはともかく、スウェットはメイコさんが着たがらなかったから新品同様だしまぁいっか……。
アカイトは後始末した後、酒のツマミを調達してくると言いコンビニへ行ってしまった。
しかしこのままウチで飲み続けても、この話題続くんだろうな。簡単に想像できて気が重い。
だけど……本当に潮時なのかも。自分の気持ちもメイコさんの事情にも目を瞑って関係だけをだらだら続けていても、結果を先延ばしにしているだけで現状は何も変わらない。
ていうか、僕はこの状態を変えたいのかな? ぬるま湯のように居心地の良い関係はお互いに都合がいいけれど、破綻がくればきっと脆い。
僕が根本的なところで、メイコさんを信じきれていないから。男のズルさで、覚悟を決められずにぐだぐだしているからだ。
その内、メイコさんは僕に飽きる。その時は、どうしたらいいのかな……?
シャワーから出ると、アカイトの努力であらかた片付けられていて、広くもない部屋の中でアンさんが首からタオルを下げ、ビールを飲んでいた。
「ツマミが切れそうヨ。ストックないの?」
「生憎。アカイトの帰り待っててくださいよ」
「アンタ、そんなこと言える立場? アタリメぐらいナイの?」
仕方なく台所の流しの下の非常食ストック置き場を覗くが、あるのは非常食のカップ麺ぐらいでとても酒のつまみになりそうなものはない。
尤も今夜の宅飲みは突発的だったので、なんも用意してなかったんだよなぁ。
「アンさーん、カップ麺ぐらいしかないんですけど……」
食います? と続けるはずだった言葉は、台所の横の玄関にちょこんと置かれた旅行用カバンを目に留め飲み込む。
あれ、これ……。
「あーソレ、アンタがシャワー入っている間に届いたワ」
コレは、この間の出張に僕が持っていったもの。中身が入ったままメイコさんちに忘れてそのままだった、僕のカバンだ。
「届いたって……」
こんな時間に? その割には送り状とかついてないよ? つーか、カバンって梱包しないまま送れるものなんだろうか……。
などと首を傾げていたら、アンさんは意外なことを口にした。
「キレーなオネエサンが届けてくれたワヨ。茶髪のー。おっぱいのおっきい、『MEIKO』型がー」
………………!
「えっ、ええええぇ?」
メイコさん、来たの? ウチに? あんな別れ方したのに?
アンさんは僕のただならぬ様子に察したらしく、音がしそうなほど目を瞬かせる。
「え……? カイトの好きなビッチなお姉さんて、『MEIKO』ナノ?」
アンさんの前でメイコさんの名前、出していなかったっけか!
慌ててカバンを開けようと屈んだら、タイミングよく玄関のドアが開く。もしかして! 咄嗟に顔を上げると、目を丸くしたアカイトがそこにいた。
「んだよ! お前かよ!」
「あんまりな出迎えだなオイ! 今さー……って、聴けよ!」
そんなことはどうでもいい。カバンを開くと、そこには洗われて綺麗に畳まれた僕の服が丁寧にしまわれていた。
「アカイト、アンタ外で女の人とすれ違わなかった? 『MEIKO』なんだケド」
「今、それ話そうとしたんだけど……下ですれ違ったよ。カイトのこともあるからいい機会だと思って飲みに誘ったんだけど、断られてさ。
なんか、今はマズいみたいとかなんとか。イミが分からなくてそれ以上引き止めらんなかったけど……そーいうことか」
アカイトはしげしげ僕とアンさんを眺め、頷いた。え? どーいうことだ?
???を頭上に幾つも散りばめる僕に、アカイトが言い放つ。
「……カイト、お前さー。誤解されたぞ。多分」
アカイトが言うことには。
「一人暮らしの男の部屋にきてさ、髪が濡れてセッケンのにおいプンプンさせた風呂上がりのオンナが出てきたとする。
それって、さっきまでこの部屋でエロいことしてましたよーって言ってるもんじゃん?」
しかもそのオンナは、メイコさんがウチに泊まったときに着ていた部屋着を着ているのである。よりにもよって。
メイコさんがウチに来ていたときは何してたかってナニをしていたから、そりゃあ……そう、考えるわな……。
「えぇ〜〜〜。ちょっとヤダわその誤解――。ワタシ彼氏いるのに困る!」
「僕だって困りますよ!!!」
メイコさんは相手の男に女の影があれば、それ以上関係を続けることは絶対にしないと、前に話してくれたことがある。
僕とアンさんが関係しているとメイコさんが認識してしまったのなら、それは。……会うどころか、問答無用で連絡断たれる、可能性が……。
「カイトー? おーい……」
僕を呼ぶ声が遠い。打ちひしがれる僕を他所に、アカイトとアンさんはなんか話してる。
「こりゃもう詰んだか?」
「えーワタシのせいなの? なんか……ゴメン?」
「アンさんはメイコさんと何話してたんスか?」
「えっと、普通ヨ? 今カイト風呂だからゴメンねって。そしたら『MEIKO』が、コレカイトくんが仕事先で忘れたものです。渡しといて下さいって」
「…………」
「だって知らなかったんだモン!」
アンさんの指が示すのは、あのバッグ。中から取り出した畳まれた状態のシャツを手に取ると、二人の目も気にせず顔に押し付けた。
メイコさんちのリネンの匂いが鼻腔を擽って、何故か気持ちが凪ぐ。落ち着きを取り戻す代わりに胸が痛くなった。
この匂いは、メイコさんちのベッドでのイロイロを思い出させる。
おかしいな。ここでだって散々イヤらしいことして、自分のベッドじゃ意識することもないのに。しかも、思い出されるのはエロいことじゃないんだ。
裸で縺れ合ったあとこの匂いに包まれて目が覚めると、間近にたった数時間前は淫靡に腰を振っていたメイコさんが、あどけない表情で眠っている。
僕が一番大好きな寝顔。少し身じろぎすれば無意識に身体を寄せてきて、最近は寝る前に「ぎゅってして」とねだってくるのが嬉しくて。
……言葉にしなくても、伝わっているんじゃないかって錯覚してた。あんな風に甘えられて、男を入れたことのない部屋に通されたことに思い上がってた。
僕は何も言っていないのに。甘い妄想に浸って、だらだら中途半端な関係を続けていた理由を、全部メイコさんのせいにしていたんだ。
居心地がよく都合のいい関係にいつの間に満足して、結局なんにもしなかったのは僕の方だ。
言わなきゃいけない言葉は、もう遅いんだろうか……。
「……カ、カイトー……? おーい……」
「ちょっと、このコだいじょーぶなの……?」
訝しげな二人の声が耳に入って、僕はがばりと顔を上げた。結構近くで二人は僕の様子を窺っていたらしく、顔を上げた途端に若干距離を取る。
「いきなり洗濯物に顔埋めてクンカクンカしてっから、どーしたもんかと……」
「壊れタのかと思ったワ」
どう考えても恋愛詰んだ男がさ、相手の女が届けてくれた洗濯物の匂い嗅いでたら、外野の反応はそりゃあそうなるよね。
「あの人は恋愛に向かないオンナだし、すっぱり諦めてさ、フツーのオンナと恋愛したほうがいいって。な? なんだったらアンさんの友達、お前に譲ってもイイぞ?」
柄にもなく気遣うアカイトの言葉を聞き流し、僕は黙々と出かける準備を始めた。
アカイトの言う通りなのだ。メイコさんは快楽優先で、したくなったら股を開いて自分から男を誘うヒト。
自分の亜種で肩割れのような友人にここまで言われても尚、僕はまだメイコさんにこだわり続けてる。
だって撮影が上手くいかなくて落ち込む僕の話しを聴いてくれた。
不慣れなエロ系PVの撮影に怖気づく僕に、勇気をくれた。
ご褒美ねって、仕事に臨むためだけの約束をきちんと守ってくれた。
僕とのデートに喜んでくれて、はしゃぐ姿が男慣れしているとは思えないぐらい可愛かった。
男関係が激しくてやきもきさせられることを除けば、気遣いもできるし、嘘もつかない、包容力のある優しいヒトなのだ。
ものすごくイヤらしくて、寝顔が信じられないくらい幼いあのヒトを、僕は。
「……僕やっぱり、メイコさんが好きだ」
黙ってしまった二人をよそに、玄関を出る。アパートの敷地内を出たところで携帯を取り出しメイコさんへ電話をかけた。その間も足は駅へと運び、車が拾えるならと目を道路に走らせる耳に、呼び出し音が空しく響く。
ついに留守番電話に切り替わり、僕は一度通話を切ってもう一度かけ直そうとしたその時、手の中の携帯はメールの着信を告げた。
その内容に、僕の足が止まる。メイコさんからだ!
――――少し待って。必ず連絡するから。
やんわりと、でもはっきりとした拒絶だった。……ズルイよメイコさん。そんな風に告げられたら、今の僕にはどうすることもできない。
しかし、さっきまではアカイトとアンさんの前であれほどうろたえていたというのに、気持ちは不思議なほど落ち着いている。
……自分の気持ちを、改めて認識したからかも。
セックスが好きで、快楽第一主義なあの人を僕はどうしたって嫌いになれない。他人に何を言われても、自分でケリを付けなければ諦めることもできないのだ。
メイコさんはウソはつかない。きっと連絡してきてくれる。
僕は踵を返し、薄暗い元来た道を戻った。