「ミク」  
呼ばれて振り向くと、そこにはカイトさんがいた。手を伸ばせば触れる位の距離。  
「カイトさん、どうしたんですか?」  
「うん、やっと分かったんだ」  
「…?」  
気のせいか、微妙に話が噛み合っていない。それに、何だろう。カイトさんの言葉から発せられるこの異質感。  
「カイトさ…」  
「最初からこうすれば良かったんだよね」  
そう言い終わるのと同時に、私の身体に鈍い衝撃が走った。  
 
 
「お先に失礼しますー」  
「おう、お疲れ!」  
店長の声に見送られバイト先を後にする。  
今日はバイト時間が延長されたのでいつもより遅くなってしまった。ボーカロイドたちは待ちくたびれているんじゃないだろうか…そんな事を思い、つい足を早める。  
「…と、忘れてた」  
帰る前に私はカイトに頼まれたアイスを買う為にコンビニに立ち寄る。  
ボーカロイドはロボットなので食物は食べられない。でも見ているだけで幸せ?になれるらしく、常に葱やアイスやワンカップの要求をされる。…まあ買い与える私も私なんだけど。  
バニラ味のアイスを買い、家に向かう。  
思えば最初はカイトだけだった我が家も、メイコとミクが来たことでだいぶ賑やかになった。リンレンも買ったので、家に届いたらますます騒がしくなるだろうと思うと嬉しい反面先が思いやられる。  
「ん?」  
住んでいるアパートが見えてきた辺りで歩みを止める。前方に水色の髪の少女が俯せで倒れていたからだ…って、ちょっと待て!  
「ミク!?」  
 
急いで駆け寄って確かめる。やっぱり私の家のミクだ。でもなんでこんな所で倒れるの!?  
「…あ、マス、ター?」  
「そう、私!どうし…!!」  
どうして、と言いかけたまま私は硬直した。倒れたミクの身体を起こそうとして見えたのは、腹部の大きな刺し傷。そして血の代わりにオイルが大量に流れていた。  
「ミク、これ…誰がっ!」  
「マスター、逃げて下さい…っカイトさんが、壊れて…」  
「カイト?なんでカイ「壊れたなんて心外だな、ミク」  
私の台詞が遮られる。声のした方向を向くと、そこには青髪の青年が笑顔で立っていた。そしてその手にはオイル塗れの、包丁。  
「お帰りなさい、マスター」  
「お帰り、じゃない!カイト、あんたがミクを刺したの!?」  
「ええ、アンインストールしようと思って。でも上手く出来ませんでしたね」  
「な…」  
もう訳が分からない。確かにボーカロイドを処理することを私たちはアンインストールと呼んでいる。でもボーカロイドがボーカロイドを処理?  
…有り得ない。  
「…メイコはどうしたの」  
ミクの傷口を押さえながらカイトに問い掛ける。傷は思ったよりは浅いみたいだ。でもこのままだとオイルが全て流れ出てしまい、最終的には起動停止してしまう。  
「ああ、さっきアンインストールしましたよ。多分部屋に転がっている筈です」  
「はあ!?」  
あのメイコがカイトに殺られるなんてますます有り得ない。  
「ええ、メイコはスリープモードの時に行いましたから」  
卑怯だという台詞は飲み込む。  
 
「カイト…なんでこんな事を」  
「それはこっちの台詞です。なんで他のボーカロイドを買うんです?」  
「…え?」  
「マスターには僕だけで十分でしょう?わざわざ他のボーカロイドを使用する必要はない筈です」  
カイトは相変わらず笑顔だ。ただ、先程と違い目は笑っていない。  
「それなのにマスターはメイコやミクを買った。さらにリンレンまで買うなんて…  
だったらもう、マスターが僕だけを見るにはこうするしかないでしょう?」  
「この…バカイトが…!」  
嫉妬?独占欲?ヤンデレ?  
そんな単語が次々と脳内に現れては消える。  
「目を覚ましてカイト!そんなの…ん?」  
言いかけて気付く。  
カイトの後方から来る大きな物体。カイトは気付いていないのか、喋り続ける。  
「大丈夫ですよマスター。ミクはもう一度アンインストールし直します。あと、これから来るリンレンは返品すればいいですよね」  
物体はどんどん近付いて来る。  
あれは…ロードローラー?  
「そうしたらマスターは僕だけの」  
「カイト!後ろ後ろー!」  
「え?」  
カイトが後ろを向くのと同時にロードローラーは私の真正面に停車した。  
カイトを轢いて。  
「あれーなんか轢いた?」  
「ダメでしょレンーちゃんと確認しないと。ロードローラー汚れちゃうよ?」  
そんな会話をしながら、ロードローラーから子供が二人降りてきた。  
「…リンと、レン?」  
「あ、あなたがマスターですね!鏡音リンでーす!」  
「レンです!この度はご購入ありがとうございます!」  
 
…なんという営業スマイル。シリアス展開ぶち壊したよ?  
「とりあえずGJ。よくカイトを轢いてくれた」  
「「はい?」」  
「リン、その轢かれて気絶してる青いのロードローラーから引きずり出して見張ってて。レンはミクの応急処置をお願い」  
「「はあ…」」  
明らかに状況を分かっていないレンたちにミクの身柄を渡し、私は自宅に駆け込む。家の一番奥の部屋。そこがボーカロイドたちの部屋だ。  
「メイコ!」  
ドアを勢いよく開け、倒れているメイコに駆け寄る。メイコの赤い服は既にオイルによって変色していた。  
「メイコ、生きてる!?」  
メイコを抱き抱えて声をかける。返事はない。ただし息はしているので、屍にはなっていないようだ。  
「でも時間の問題か…」  
メイコをそのまま抱いて部屋を出る。  
外ではリンレンがカイトミクの側で待機していた。  
「マスター、これって…うわ!?」  
「大丈夫ですかその人!」  
「かなりヤバい。レン、ロードローラーの運転出来るんだよね?」「あ、はい。14歳で無免許だけど」  
「この際それでいい、私も行くからこいつら病院に運べ!」  
 
『皆さんの怪我どうですか?』  
「うん、なんとか無事。てかごめんねリン、来た早々一人でオイル掃除なんてさせて…」  
『大丈夫ですよーマスターから音源貰ったんで、鼻歌歌いながらやってますから!』  
「そんなもんかね…。ま、あとでレンも帰らせるから」  
『はいっ!』  
 
「ふう…」  
「電話終わりました?」  
「うん、いい子だねーリン」  
ここはボーカロイド専門病院。3人は今怪我の修復及びデータ消去を行っている。  
「データ消去?」  
「うん、今日の事。刺した刺されたヤンデレだー辺りをね」  
「そんなん出来るんですか…」  
「出来るんです。何だかんだ言って君らロボットだし」  
あんましたくないけどねーと私は笑う。  
「カイトさんはアンインストールしないんですか?いくら記憶改善しても気質は残るものなんでしょ?」  
つまりヤンデレ気質なのはそのままという事。でも。  
「出来ればしたくないな。今まで大丈夫だったし」  
それにカイトは私が初めて買ったボーカロイド。色んな意味で愛着がある。  
そういや買ったアイスどうしたっけ、とそこでふと思い付く。  
もしかしてカイトたちは好物を見ていると幸せになるのではなく、自分の好物をマスターである私が食べている姿を見ていると幸せになってくれるんじゃないだろうか?  
「…なんてね」  
そんなナルシス思考になってみたり。  
とりあえず今度カイトにはソロ曲を歌わせてあげよう。最近ハモりばかりだったからね。  
 

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