疲れた身体を、引きずるようにして家路を急いだ。  
漸くたどり着いたボロアパートの扉の前で、暫し躊躇う。  
それも、一瞬のこと。  
鍵を開けると、オズオズとドアを開いた。  
 
「……ただい、エッ?」  
「「「「「「おかえり!」」」」」」  
 
アパートの扉を開けたら、ソコにはレンくんと、レンくんと、レンくんと……。  
とりあえず、沢山のレンくんが、狭い室内にひしめき合っていた。  
「チ、チョッとレンくん。  
コレ、一体どういうこと?」  
右手、奥辺りにいたレンくんを見つけ、うろたえながらも問いただす。  
 
「「「「「オオ???……」」」」」  
パチパチ……。  
ヒュ?ヒュ?……。  
レンくんに近づくと、他のレンくんから、囃し立てるような拍手と口笛が鳴り響く。  
「スゲ???、一発じゃん」  
「微塵も迷わなかったぜ」  
「愛されてるぅ」  
「そ、そんなんじゃネェよ!」  
一人だけ、真っ赤になったレンくんが、他のレンくん達に、怒鳴るように言い返していた。  
 
つい、申し訳ない気持ちになって、  
「ゴ、ゴメンね。レンくん」  
とりあえず、謝ってしまう。  
「なんでハク姉が、謝るんだよ!」  
今度は、コッチに怒鳴る。  
ますます申し訳なく、  
「ウ、ウン。ゴメンなさい」  
また、謝ってしまう。  
ビクビク、オドオド……。  
いつも注意されているが、弱者に培われた卑屈な習性は、そう簡単には治らない。  
いくらパートナーとして、愛し合っている相手でも……。  
イヤ、掛け替えの無い相手だからこそ、少しの瑕疵にも脅えるのかも知れない。  
そんなとき、どうすればいいか、彼は知り抜いている。  
 
チュッ。  
余計な言葉を吐かないように、強引に、優しく口を封じられた。  
だけど今は、観客が……。  
気にする私を察したか、より一層気合いを入れるレンくん。  
後ろ頭をガッシリ抑え、グイグイ責め立てて来た。  
舌まで押し込み、濃厚に絡ませる。  
グイッ。  
「…………ッ!」  
空いてる手が、胸を掴んできた。  
しかも、胸元から直に……。  
自分で選んだクセに、  
「胸元開きすぎだよ」  
なんて怒る、我が儘な男の子への、ささやかな反抗として、最近良く着ているシャツ。  
防御力低すぎを、今さらながらに後悔した。  
 
プルン。  
だらし無くまろび出るオッパイ。  
レンくんは片手で揉んでいるから、出ているのも片方だけ。  
なんだか、普通に脱ぐより恥ずかしい。  
シャツの胸元からムリヤリたくし出された、無駄に大きなソレは、搾り上げられたように、  
不自然な形に張り出していた。  
 
「「「「「オオ???……」」」」」  
どよめきの声に、再度観客を思い出す。  
「キャアッ!」  
「アッ、オマエラ!」  
今さらながらに、私は悲鳴を上げた。  
レンくんも、キスを中止(チュウ止?)して、同じ顔の観客に怒鳴りつけた。  
「何、見てんだよ。  
あれは俺のオッパイだぞ!」  
『私の……』  
いつの間にか取られてしまったモノに対し、苦情を入れる間もなく、レンくんはレンくん達に  
飛び掛かっていった。  
 
ドタバタドタバタ……。  
「チョッ、チョッと、レンくん。  
止めなさい」  
暴れるレンくんを、必死で止める。  
リミッターが切れているレンくんと違い、レンくん達は積極的には手が出せない。  
しかし、三原則第三項。  
「自分の身を守らなければならない」  
より、自衛行為は発動する。  
レンくん達の手を借りて、ようやくレンくんを取り押さえた。  
 
レンくんが、一番落ち着くポジション。  
その……、私の胸の間に納めて、事情を尋ねる。  
 
「一体どうしたの?  
このレンくん達は……」  
家のレンくんと瓜二つのレンくん達が、いち、にぃ……。  
五人もいた。  
「………………」  
「初めまして。弱音ハクさん」  
 
まだムクれているレンくんを余所に、レンくん達の中から一人のレンくんが話掛けてきた。  
 
「僕たち、鏡音レンです」  
『いや、ソレはわかってますけど……』  
まあ、一目瞭然。  
ボーカロイド02『鏡音レン』タイプだ。  
有名な彼らを、間違える者は少ない。  
……間違えて連れて来た、愚か者も若干いるが。  
 
ソレはソレとして、高価なボーカロイドがこんなに揃ってるなんて、滅多にある事ではない。  
「で、あの、その、いったい……」  
何から、どう聞けばいいのか、口ごもる私にレンくん達のレンくんが、説明を始めた。  
 
テレビの企画で合唱する為に集められ、近くの河原にロケに来た。  
しかし、何かトラブルがあったようで、ロケバスに彼らを残し、スタッフが引き上げてしまった。  
彼らが待機しているところに、家のレンくんが現れたので、退屈凌ぎに一緒に遊んだ。  
 
「……と、いった次第で仲良くなりまして、」  
丁寧に説明された  
 
バラバラに、一人一人話しているのに、妙に調和がとれている。  
おんなじ顔なので、逆に頭がクラクラしてきた。  
「合唱用に、調整プログラムが入っていますので」  
申し訳なさそうに、レンくん達の一人が詫びる。  
礼儀正しい。  
どこぞのワンパクに、見習わせたい。  
 
ガブリ。  
「イタ???!」  
「乱暴で悪かったな」  
察知したワンパクが、牙を剥く。  
『そういうことをするから……』  
胸の噛み跡を撫でながら、反抗心を立ち上げるが、スネているレンくんも愛らしく、  
「ゴメンね」  
 
つい、こちらから折れてしまう。  
 
「……で、本題なのですが」  
私たちの漫才にたえかねたのか、レンくん達の一人が声を掛けてきた。  
 
「は、はい!」  
観客を忘れ、緩んだ表情を締め直して、レンくん達の話に耳を傾ける。  
 
「お宅のレンくんは、ボーカロイドエンジンが不調とか」  
ビクッ。  
「そんな事まで話ちゃったの」  
確かにレンくんは、ある事情によるプログラム障害を起こしてる。  
それにより、ボーカロイドなのに、上手く歌うことが出来ない。  
これは、重大な問題だ。  
下手をすれば、レンくんは回収、破棄されてしまうほどの……。  
そうなれば、私だって生きてはいけない。  
結果、レンくんの後を追うだろう。  
しっかり話をつけなきゃ……。  
 
「……レンくん」  
知らず、声のトーンが落ちる。  
「い、いや。  
上手くいけば、解決するかもなんだ。ハク姉」  
何故か怯えたように、レンくんが答えた。  
「えっ?解決って……」  
 
「先程お話した通り、我々には合唱用のシンクロソフトが、インストールされています」  
レンくん達の一人が言う。  
「お宅のレンくんと接続し、シンクロさせることは可能だと思われるのです」  
 
つまり、レンくんが歌えないのはソフトの異常だから、その部分を他のレンくんで肩代わりする。  
そしてハード、レンくん自体の動作をバックアップしておけば、次からは自力で歌えるのでは……。  
そんな計画だった。  
実は、これに近いことはやっている。  
私に合わせてだ。  
少し、成果も出ている気がするので、効果は有るだろう。  
しかも、今度は同形五体、直結のサポートで……。  
 
「お願いします」  
深々と頭を下げ、お願いした。  
あんな事態を招くとも知らずに……。  
 
 
続く  
 
 
 

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