リーマンなカイトとOLなメイコ/カイト視点 
 
「はぁ……」  
昼休みの会社。屋上から見上げる空は、どこまでも薄青い。  
髪を撫でる爽やかな風は心地よいけれど、反して僕の心は暗雲が立ち込めているように暗い。ああ暗い。  
据え置かれたベンチに座り込み、パンを齧って遠くをぼんやり眺めていると、背後から声をかけられた。  
「そこに居るのはカイト殿か? なんだ辛気臭そうな顔をして」  
声のする方へ視線を向ければ、同僚の神威がそこにはいた。  
こいつも昼メシを食いに来たのか、小脇に刺繍の入った紫の布にくるまった重箱を抱えている。  
「……そんなにシケた顔してる? 僕」  
「してるもなにも、その面を鏡で見てきたらどうだ?」  
隣に座った神威は布を解き、弁当を開いた。重箱に綺麗に収まったおかずが実に美味そうだった。  
……同期で、同じ部署で働いてて、働き具合も同じのハズ。多分給料も。  
なのに僕の昼食とのこの差は一体何だろう?  
「仕事を何かしくじったのか? 愚痴なら聞くが」  
優雅に箸を運ぶ神威の方を、というか弁当を見ないようにしながら、僕は曖昧な返事をする。  
「正直、あまり辛気臭い顔で職場をうろつかれると我も困るのだ。お主目当ての女子社員が我に理由を聞いてくる」  
僕にはどうしようもない苦情を言われてもなー。ウチの職場は若い男が少ないから、神威と僕は目立ってしまう。  
僕は消去法で選ばれているのであって、決してモテるわけではない、と思う。神威は知らんが。  
「うーん……」  
「そんなに言い辛い事柄なのか? もしや女か」  
「……言い辛い=女関係ってのは、暴論すぎない〜?」  
「お主は業務をそつなくこなす。職場の人間関係も当たり障りなく接しておる。仕事でしくじった訳でないと申すなら、我が知る範囲でお主が悩む理由を思いつくのは、後は女関係ぐらいだ」  
…………………………。  
そんなに観察されていたとは。僕が浅いのかこいつが思慮深いのか。どっちにしろちょっとコワイ。  
でも、神威が身近の信頼できる友人の一人なことには変わらない。  
口も堅いヤツだし、考えが煮詰まってきたこともあったから僕はちょっと話してみる気になった。  
あー……空が青い。  
 
 
「……つまり、最近帰宅中に電車に乗り会う女に痴漢行為をされ、悪い気どころかむしろ気持ちが良くなってしまい、しかもその女の容姿がカイト殿にとって超ど真ん中で、なんといって声をかけて良いのか分からぬと?」  
抑揚のない声音で一気に言われると、なんだかアホみたいだな僕の悩み。思春期の中学生か!  
彼女を思い出す。多分僕よりちょっと年上。焦げ茶の髪。顎までのショートボブで、ちょっと勝気で凛とした雰囲気のある、いわゆる美人。  
身体もかなりスタイル良くって、押し付けられた胸とか大きかった。  
「うん、おおむね合ってる」  
「簡単ではないか。相手から触ってくるなら、こちらからも触り返して連れ込み宿にでもしけ込むといい」  
「でもあっちは女性だし、触った途端に僕を『痴漢』として突き出されたら目も当てられないよ」  
もしかして痴漢詐欺の可能性だって無きにしもあらずだ。ヘタしたら社会的な立場を全て失う。だから悩んでいた。  
「……ならば、女の弱みを握ればよい」  
「なに物騒なこと言ってんの?」  
こんな冗談言う奴だっけ? びっくりして神威を見れば……薄ら笑いを浮かべ、目が真剣だった。  
……あれ?  
「名前も知らぬ女なのだろう? ここで行動起こさないで見失ったら二度と会うことはできないのではないか? 遊ばれて悔しくはないのか」  
「それは……」  
そうだけど。でもそれじゃ、一般的な付き合い方なんか出来ないよ。  
「でも弱みって。彼女付け回して脅すネタ探すの?」  
「きっかけは何でもよい。なんなら、女がお前にしていることを盾にするのもアリだと思う。最終的には向こうが離れられなくなれば問題無かろう」  
なんかどんどんおかしな方向へ話が進んでいってるような……?  
腑に落ちない顔をしている僕に、神威は不敵に笑う。  
「時にカイト殿。今夜暇か?」  
「は? ああ、特に予定は……」  
呑みに行くのか? 予定はないが、神威に付き合ったら彼女と同じ電車に乗れないな。それだけが残念だ。  
「作戦会議をしよう。それと、面白い体験をさせてやる」  
「なんだそれ?」  
「我は仲間が欲しいのだ」  
全く答えになってない一言を残し、神威は屋上から立ち去った。  
訳の分からんヤツだな。私生活は謎だし、社内で親しい友人も多分僕ぐらいじゃないか?  
あの話し方と独特な雰囲気で周りから少し距離を置かれている神威。しかし本人は全然気にしていない。我が道を行くあの精神は武士道なのだろうか。  
……面白い体験ってなんだろ?  
一抹の不安を抱えつつ、見上げた薄青の空に始業のベルが響いた。  
 
 
神様。これは一体どういうことなんでしょうか。  
超展開に着いていけず、思わずそう言いたくなる光景が目の前に広がっていた。  
「あ……は……っ」  
低音のモーター音と切な気な嬌声が閉め切った和室の中に漂う。  
畳に敷かれた布団の上に女が横たわり、膝を立て爪先で敷布を掻いた。  
女は身体を縛られていた。僕は詳しくないんだけど、SMプレイでの縛り方に似ている。身体のラインをより良く見せるような縛り方だった。  
襦袢というのか、それの上から戒められて僕らに向かって大きく脚を開かされ、乱れた裾が捲り上がっている。  
しかも僕はこの女に見覚えがあった。  
開かれた脚の間にはバイブが刺さっている。剃毛されたそこに突っ込まれ、低く唸りながら彼女を苛んでいた。  
あっあっと、緊縛された女はくつろげられた胸元から豊満な片乳を零して喘ぐ。  
隣に座る神威は部屋着の着流し姿で、お猪口の酒を口にしながら女の悶える様を無表情に見つめていた。  
まるでつまらない余興を眺めている風情だった。  
 
ここは神威の自宅だ。  
終業後、神威の贔屓にしている常連客しか来なさそうな和風の居酒屋で酒と軽く食事をした後にヤツの自宅へと招かれた。  
コイツの家に来たのは初めてだった。古風な平屋の一軒家だ。こじんまりとしてて、なんか文壇に名を残す文豪が住んでいそうだった。  
中から出てきた人物に僕は驚いた。我が社のナンバー1受付嬢の巡音ルカさんだったからだ。  
巡音さんは綺麗な人だけど男嫌いで有名で、男性社員にはすこぶる冷たい。  
しかし男性全員に平等に冷たいせいか、彼女の隠れファンも少なくないのだ。  
有能でクールと謳われる彼女にこんな一面が……つか、神威お前ってヤツは何時の間に?  
僕の訝しむ視線に気がついた神威はくすりと笑う。  
「……驚いたか」  
「もうどこに驚いていいんだか分かんないよ……」  
神威と巡音さんの関係とか、人の前で恥態を見せつける彼女の性癖とかさ。  
頭が痛い。  
「ふむ。もっと騒ぐかと思ったのだが」  
「僕の理解の範疇を遥かに超えちゃってるんでね。ところで、面白いものってコレ?」  
確かに面白い。見知った女が半裸で喘ぎながら股を開いてる姿は、なかなか見れないし。  
彼女は僕らの視線を受けながら頬を染め、感じて秘処を濡らしている。剃られているから、アソコを良く観察できた。艶々光ってイヤらしいったらない。  
コイツがやったんだろーなーと、ちらりと見ると、神威は腰を上げると彼女へと向かう。  
「面白いのはこれからだ」  
 
「……神威さまぁ……」  
耳を疑う。泣きそうな声でなんて言った今?!  
僕は巡音さんの硬い声しか訊いたこと無い。こんな甘ったれた声だすんだな。  
神威は巡音さんを抱き起こし、縄と縄の間からはみ出る乳房の中心で実を結ぶ乳首を捻った。大きく身体が揺れた。  
「ひっ!」  
細い顎がカクカク震えている。神威は巡音さんの様子なんて意にも止めず乳房が持ち上がるほど引っ張った。  
「触られてもいないのに尖らせて。全くイヤらしい身体だ」  
「い、痛い……!」  
弱弱しく振られる頭に合わせ、豊かな髪がふさふさ揺れた。  
「も……やぁ……。他人に見られるの、イヤ……」  
僕のことか。そりゃあそうだよな。普通恋人以外に見られたくないよね。  
「我の友人に何を言う。失礼な奴だ」  
今度は顎を掴み、神威は巡音さんに顔を寄せた。  
「許して……」  
「『許して下さい』だろう? 先刻から言葉遣いがなってないようだな」  
指が食い込むほど乳房を握られた巡音さんは悲鳴を上げる。  
「だって、だってっ」  
半分泣いてる彼女は、多分いつもは神威の召使みたいな感じの言葉遣いをしているのだろう。神威との関係、この状況でそのくらいは推察できた。  
ただ、僕という闖入者がいるせいでいつも通りに振る舞えないのだ。彼女のプライドが、他人の前で神威と二人だけの時に見せる自分を隠そうとしているように思えた。  
巡音さん可哀そうだな。だけど、これは確かに面白い。  
――さっきから興奮しっぱなしの自分がいる。  
おかしいな。僕はそういう性癖、興味無かったはずだけど。  
ふう。神威が大仰に溜息をついた。  
「あれほど躾をしてやったのに、お前はこれっぽちも理解できていなかったと見える。これは仕置きが必要だな」  
「……や……っ」  
巡音さんの表情が引き攣った。神威は怜悧な視線を彼女に向け、冷酷に言った。  
「伏せろ、尻を出せ」  
布団の上に彼女を突き飛ばす。その拍子に股間の異物が外れた。  
うつ伏せに倒れ込んだ巡音さんは肩を使いながら慌てて身を起こそうとするが、神威の手が背中を押しそれを阻止した。  
結果、上体を低くし腰を突き出す姿勢になってしまった。  
許してと、もがく巡音さんに構わず神威は襦袢の裾を一気に腰まで捲り上げ、丸く白い臀部と秘裂がまろび出る。  
……良く見れば、お尻には幾つか小さな痕があった。  
「やぁっ!」  
その滑らかな曲線を神威の手が一撫ですると、ふるりと総身が震えた。  
「お、お許しを……神威さま……」  
「これはお前のためなのだ」  
手が上がり、鋭く空気を切り裂く。次いで乾いた音が耳に刺さった。  
神威が巡音さんの尻を打ったのだ。  
 
「ああっ!」  
びくんと身体が跳ねた。神威の手が容赦なく尻を何度も打った。  
打たれる度、ひっとかやめてとか聞こえる悲鳴が艶かしい。  
泣き濡れた頬を敷布に押し付け震える巡音さんの表情は……あれ、なんか……。悦んでないか?  
白いお尻は見る間に赤く腫れ上がった。神威はようやく手を止める。秘所に指を突っ込み、確認するよう動かした。  
ああ、と感じ入った溜息が聴こえた。  
「……判ったか? お前は我の何だ?」  
「玩具です……」  
泣き声で巡音さんが答えた。プライドも尊厳も砕かれて、放心している。  
「それだけか?」  
神威の指の動きに合わせて、湿った音が大きくなっていく。  
「……お、お尻をぶたれて、感じてしまうイヤらしい玩具……ひっ!」  
内腿に粘膜が垂れて道を作った。  
「お前にとって、我は何者だ?」  
「馬鹿で生意気な私を、教育してくれる、大事なご主人様……です」  
「よろしい……カイト殿、これを」  
懐から出した物を投げられ、キャッチしてそれを確認する。  
「……おーい」  
避妊具だった。  
「特別にルカを貸してやる。ただ、ルカは我専用だからそれを使え」  
神威がヘンな所で独占欲を見せる。だったら貸さなきゃいいのに。  
断る気はない。相手はあの巡音さんだし、連日電車の彼女に散々煽られている僕は、神威の申し出を有難く頂戴することにした。  
それでなくても、さっきから股間は痛いぐらいに勃起していた。  
巡音さんは不安そうに神威を見上げている。嫌なのだろう。でも、主人の命令に逆らえずといったところか。  
視線に気づいた神威が桃色の髪を撫でた。  
「なに、そんなに不安がることはない。我が介助してやろう」  
僕が前をくつろげて避妊具を付け布団に腰を下ろすと、神威が後ろから巡音さんの脚を広げさせる。  
膝裏を持って抱え上げると僕の腰に近づけた。  
複雑な表情の巡音さんの膣口へ僕は肉棒の位置を調節する。その顔に電車の彼女を重ねた。  
僕が何も出来ないと高を括って、好き放題する彼女。押し付けられる柔らかい身体。見上げる蠱惑的な表情。  
完全に僕を舐め切っている、彼女。  
先端を入り口が捕え、神威が身体を降ろしていく。  
「あ……あ……」  
巡音さんが呻いて僕を受け入れた。  
久しぶりに女の膣を感じ、僕は脳裏で「彼女」を犯す妄想に耽った。  
 
 
情事の後、僕と神威はまた酒を呑み始めた。  
僕と巡音さんが交わった後、神威も参加し始め二人で巡音さんを犯した。  
二人を相手にした彼女は今、神威の膝に頭を乗せ眠り込んでいる。その髪をヤツの手が梳いていた。  
「……ルカとは業務で関わることがあってな。なにかと突っかかってくるので、黙らせるために色々策を講じたら、今では我の所有物になった」  
なにしたんだよ。でも、いい思いさせてもらったから口にはしない。  
「神威はSの人だったんだ?」  
「……当時、あまりにもルカが自尊心の高い女だったので、それを壊していたら自然とそうなった」  
さいですか。お猪口の酒を舐めると、きりりとした辛さが舌に乗る。アイスが食べたくなってきた。  
……なんだかんだ言って、神威も巡音さんを好きなんだ。でなければ傍に置きはしないし、髪を梳く優しい手付きが物語っていた。  
「景気づけにはなっただろうか?」  
「……神威はさ、僕にも『彼女』にそうしろと?」  
「逃がしたくない女なら。お主次第だ」  
確かに電車の痴女はその行為を除いても魅力的な女だった。  
彼女に対し、一目惚れに近い感情を覚えている僕がいる。  
あの勝気な瞳。僕を下に見ている彼女を屈服させるのも面白い。立場が逆転した時の、彼女の顔が見たい。  
知らなかった。自分にこんな一面があったとは。  
「屋上でのアドバイス、参考にさせてもらうよ。ところで、なんでそこまで助言してくれるの?」  
神威は僕の問いに静かに笑った。  
「言ったであろう。仲間が欲しいと」  
僕は目を丸くする。そういやあの時、そんなこと言ってたっけ。  
まさかこういう仲間だとは思わなかった。  
 
「……成功を祈っててよ」  
 
僕は神威にそう告げ、残った酒をあおった。  
 
 
翌日の終業後、いつもの電車に乗るため僕はホームに立つ。  
人の流れとホームに流れる駅員の放送。なんの変哲のないこの場所で、僕だけが変わってしまった。  
これから車内でする犯罪を考えると少し緊張する。たすきかけの通勤カバンの中には、彼女を手中に収めるために神威から借りた道具。  
電車を降りたら彼女を誘って、道具を使うつもりだ。そうすれば彼女はもう僕から逃げられないだろう。  
小さく息を吐くと、電車が到着することを告げるアナウンスが聞こえた。定刻通りだ。  
後戻りはできない。僕は顔を上げた。  
ホームに滑り込んだ電車が扉を開く。  
吐き出される人を避け、僕は車内に足を踏み入れた。  
 
彼女を手に入れるために。  
 
 
おしまい。  
 

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