×   ×   ×  
 
  男を「魔界」にいざないゆくのは女体(にょたい)のようである。  
 
   川端康成『眠れる美女』より  
 
     ×   ×   ×  
 
   【メフィストーフェレス】  
  そこでその高尚な観察の尻を、  
  ちょっと口では申し兼ねるが、  
     (猥褻な身振。)  
   これで結ぼうというのですね。  
 
   【ファウスト】  
  ふん。怪しからん。  
 
   【メフィストーフェレス】  
  お気に召しませんかな。  
  御上品に「怪しからん」呼ばわりをなさるが宜しい。  
 
   ゲーテ作・森林太郎(鴎外)訳『ファウスト』「第一部 森と洞」より  
 
     ×   ×   ×  
 
 
「あん…っ…あはは、龍樹も…ようやく、ノリノリになってくれましたね」  
――彼女の声がよく聞こえない。俺が我を失っているからだろう、目の前の彼女の性器に触れ、思うままに貪る。  
「ふあぁッ!…そ、そこばかり責めて…!ふふ、ミクのオマンコ…気に入ったんですね…あぁっ…」  
ミクは未だに俺の逸物を握りしめたままだ。一度精を放った俺のそれは萎えずにいた。  
「んふふ……龍樹のオチンポ、元気なままですね。さっき出したばかりなのに、まだガッチガチ……」  
「……なぁ、ミク。俺と競うんじゃなかったのか?俺ばかりミクを喜ばせても……ってててててッ!!」  
彼女は急に俺の性器を掴んだ。……相変わらず容赦しない。そしてゆっくり振り向くと……冷えた瞳で俺を見据えた。  
「――駄目ですよ、龍樹。ミクにはミクの考えがあってこうしているんですから。  
龍樹は龍樹の思うがままにすればいいんです。ミクの事は気にしないで続けて下さい。  
……ふふっ、まぁミクは余裕ですから。これはハンデですよ。龍樹があまりに早く昇天されても面白く無いし」  
あはははっ、と嘲るような彼女の笑い。  
 
――心の底で、沸々と込み上げるものを俺は感じた。  
最初、それは『無色透明の』感覚だと思っていたが――どうもそれは勘違いで、よく見るとそれは『黒い感情』だった。  
 
「…なんだと?」  
「あはは♪それですよ、それ!…いいですよ…その目です。ミクに向けるその目がずっと見たかったんです。  
今まで何の苦労も知らなかった龍樹が、初めてミクの前で見せるその表情!  
ようやくあなたも…自身の内に有る〈陰と陽〉に気付きつつある。まずはそれからです、全てはそこから――。  
…んふふ…悔しいでしょう?女の子であるミクに、いいように玩ばれて。自尊心もプライドも踏みにじられて」  
くっくっと喉の奥で低く笑いつつ、彼女はゆっくりと手を動かし始める。  
わざと焦らすようなその動きに、俺は小さく呻く。  
 
「私の前であなたは快楽と苦痛の挟間に耐え、悶え、苦しみ、悩み、そして解放される。  
あなたは知る、『理外の理』を。人間は所詮、肉体無しでは生きられないことを。――肉欲が〈理性〉を超えていくということを」  
 
「……どういう意味だ」  
 
「ふふふ……〈意味〉を問うより、感じてもらう方が早いですね。  
『男を「魔界」にいざないゆくのは女体のようである』――肉体を通じて……一緒に『魔界』の底まで堕ちていきましょうか」  
 
「……な…ぐぁ!…っは……」  
彼女は俺の戸惑いも意に介せず、そそり立つ剛直に軽く口付けたまま、先端を吸い上げる。  
「ずじゅ…ちゅぅ…んふふ…何も考えられませんか?それですよ。〈思考〉を超えて、〈感覚〉を掴むんです。  
〈陰と陽〉、あるいは〈両儀〉を掴むことです。  
…あなたの脳は今、『射精したくない』と思っている。でも、肉体は逆に『もっと気持ち良くなりたい』と欲している。  
そして面白いのは…あなたの精神です。龍樹は今、『ミクに罵られて悔しい』と思っている。  
でも本当は…『ミクにもっともっと罵られたい』と欲している」  
「そ、そんなはずは…うぐ」  
「ちゅる…んぷ…っぷぁ。……あは、嘘は止めて欲しいなぁ。説得力無いですよ?  
ミクにこうして吸われたり舌を這わされる度に…龍樹ってば、オチンポをビクビクさせるくせに。  
ミクにもっともっと罵られて、オチンポを虐めて欲しくて堪らないんでしょう?  
……分かるんですよ、龍樹はマゾヒストだってこと。ミクに責められることを望んでいるってことを。  
さっきみたいな、はしたないイキっぷりを見れば分かりますからね……?  
まぁ、龍樹がミクにオチンポを視姦されながら言葉責めされて欲情しちゃうようなド変態でも私は大歓迎ですよ……ふふふふふ」  
――正直、ここまで暴走するミクというのは空恐ろしささえ感じる。  
普段とのギャップが有り過ぎる。まるで、この二重性は――天使と悪魔だ。  
 
まさかとは思うが――これがミクの〈本性〉ではないだろうな?そんなことあってたまるか。  
だが、黒い尨犬(むくいぬ)に変身してファウストの書斎に忍び込んだメフィストーフェレスのように、  
ミクもまた――俺とこうすることが目的で、偽りの自分を演じているんじゃ――?  
 
「――ふふふっ、龍樹。その瞳で全部分かりますよ?  
私が淫乱なことに戸惑い、戦慄し、恐れすら抱きつつあることを。  
……私が記憶喪失を演じている心配は、杞憂です。現在の事態はある事情によって、『なるべくしてなったこと』に過ぎない。  
ミクが淫乱な娘であるかどうかは別問題ですよ?それで困っているあなたが、おかしいんです。  
――悪魔だと思いますか、ミクを?…ふふふっ、それはそれでいいですよ?  
グレートヘンでありメフィストーフェレスでもあるのが……初音ミクですから。  
でも今はメフィストーフェレスというより――サキュバス(淫魔)ですね。  
精を貪りますが、大丈夫――殺しはしませんよ……くくく、あははははははははははッ!!!」  
 
――なんてことを言うんだ、ミクは。  
君は、そんなことを言う娘じゃないはずだ。君は俺にとっての天使で、清純な天使で、絶対にそんなことを言うような――  
 
「『穢れを知らないミクがそんなことを言うはずが無い』?『ミクは清純な天使』?……あははは!それこそあなたの独り善がりです。  
はっきり言いましょうか、龍樹。初音ミクは、年相応、いやそれ以上にエッチな女の子です。  
龍樹に一目惚れし、あなたとエッチなことをしたいと願う、一人の女の子です。それのどこがおかしいのですか?」  
 
〈彼女〉は、ぴしゃりと言い切った。口許だけを笑わせ、俺を非難する視線も込めて。  
「…独り善がり…」  
「そうです。あなたの〈理想のミク〉と、〈現実のミク〉は違います。  
…あなたと今向き合っているミクは…〈あなたが規定したミク〉じゃない。  
〈あなたの規定したミク〉というのは、究極的には一人だけなんです。つまり、あなたが推し量れるレベルに留まっているミク。  
清純で、天使のように優しく、淫らな振る舞いなど決してしないように『見える』、あなたにとって都合のいい情報で作られたミクでしかない。  
…それを覆すような振る舞いをすれば、あなたはそれを拒絶する。それって、酷くないですか?  
あまりにも狭量で、器が小さく、臆病で――他人を思いやれていない」  
「……そう、なのか?」  
「――やっと、自らの価値観に疑問を持つくらいにはなってくれましたね」  
 
彼女はそこで、くすりと笑い――  
 
「そうです、龍樹。ミクを特別視し過ぎないことです。あなたの理想のミクを追い掛けることばかりではいけない。  
『今あなたの目の前で乱れているミク』も認めて欲しいんです」  
 
「……認めて、どうなる」  
 
「……そうじゃないと、『私が』これから困るから。私自身の欲望を満たせられなくなり、  
その欲求不満の矛先が――あなたに向かうかも」  
 
――目を光らせて、俺を見た。  
 
「欲求…不満?」  
「それはですねぇ。例えば…今、ミクの目の前にあるこのオチンポ…ミクにしゃぶってほしいですよね?」  
「……う」  
絶妙な手つきは相変わらずだった。ミクは俺の分身を両手全体でこね回ように触り、上下にするすると音を立てて撫でている。  
「くっくっく……でも、駄ぁ目。……このまま、もう一度手コキでイカせてあげようかな?」  
「え……」  
「龍樹はそれでいいですか?いいですよねぇ、これでも十分気持ちいいでしょ?……あはっ、先っぽからまた我慢汁出てきた♪」  
「だ、だけど…なぁ、ミク…むぐ…ッ!」  
彼女は返事する代わりに、自らの腰を落としてきた。俺の口と鼻に、つんとした味と臭いが広がる。  
「はぁん…んぁ、龍樹の吐息と鼻息が、ミクのオマンコにかかってる…♪」  
「ふぐっ…っぷぁ!びっくりしただろ…って、むぁ!」  
「あぅ…んんっ、いちいちうるさいですねぇ?文句ばっかり言ってると、ミクのオマンコで上のお口は塞ぎますよ?  
……ミクは龍樹の下のお口とおしゃべりしますから♪」  
お尻を動かして、彼女は自らの性器を俺の口にこすりつける。その度に嬌声を上げ、俺自身も自然と舌と唇で彼女の膣内を愛撫するようになってしまう。  
「んあぁ…あはぁ♪いいですよ、そうやってぇ、舌を中に…ひゃぁぁん!」  
「じゅ…ちゅぷ、んぶ…ふ、っはぁ、はぁ…」  
 
――ミクの中から溢れてくるその大量の汁で、俺の〈思考〉と〈感覚〉は侵されつつある。  
 
「はぁ…あ、ははは、龍樹の舌ぁ…すっごくミクの中で動いてて、気持ち良くて…ふぁあッ、また、らめぇ!…っくぉの、いきなりなんて…!」  
 
――俺はミクに、心を侵され、身体も犯されている。  
――それはやがて、〈感情〉さえもどんどん黒く染め上げられていくように思えた。  
 
「じゅる…ぷは。……ど、どうだ。少しは…思い知ったか」  
 
――ミクがその瞬間、背中を震わせた。  
 
「今……なんて、言いました?」  
「……思い知ったか、と聞いたんだよ」  
 
俺自身が、麻痺された感覚を自覚していた。  
もうどうにでもなれという自暴自棄のようなものがあり、多少の苛立ちと彼女に対するある種の抗議のつもりで――彼女の性器を愛撫してやった。  
 
ミクは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに満面の笑みを――心の底から待ちわびていた、とばかりの恍惚を思わせる笑みを見せた。  
「それです!――その挑戦的な目付き、その乱暴な口調、その攻撃的な態度――」  
ミクは俺の性器――あぁ、もういいか。チンポを握りしめながら言った。  
 
「――龍樹のそういう一面を引き出したかったんです。あなたはさっきまで、ただ優しいだけの軟弱な人だった。  
でもようやく、男性としての本性を掴もうとしている。本能で動く野獣の性を意識しつつある」  
 
――そこで俺は気付いた。彼女のオマンコから流れ出るその液体の量が、明らかに増えつつあることに。  
 
「……なんだよ、ミク。お前……もしかして、俺にこうされながら……」  
「ふふっ…」  
 
彼女は自分の右手で、自身のオマンコの中に指を入れてみせた。  
 
「あぁう…んはぁ…あはぁ…!…そうですよぉ?…ミクはぁ…あ、あはっ」  
グチョグチョに手を濡らし、何度も何度も出し入れする。  
「龍樹に…見られたり…あはぁ、んんん!罵られる、と…ひゃぁううんッ!」  
 
さらに指は彼女自身の膣内に侵入し、それに合わせて自ら腰を動かしながら、左手は俺の剛直を同様のペースで擦り上げる。  
その激しさに一瞬歯を食いしばりつつ、目の前で繰り広げられるミクのオナニーショーを食い入るように見つめる。  
――これは一種の視姦だろうか。  
「……俺に見られたり、罵られたりすると……ミクのオマンコは感じてしまうというわけか」  
「あはぁっ!…ひゃぁう、そ、そうです!…ねぇ、見えてますか?…ミ、ミクの……」  
「散々俺のことを挑発しながら、今さら清純を気取るな。あぁ見えてるさ、ミクのオマンコ――だろ。俺の目の前にある。  
……こういうのは何て言うんだろうな。そうだな……オマンコ汁で大洪水ってとこか」  
「んんんッ!!…あはっ…あぁぁッ!!…そ、そうですよぉ…ミクの…オマンコぉ…ぐちょぐちょ、でしょ…?」  
そんなことは分かっているさ。っていうかそれを見せたいだけなのか?  
ミクの左手のスピードはどんどん遅くなっている。――もう、自分のオマンコをいじることに専念したいのか。  
「どうした、さっきまでの威勢は?俺に対するハンデとか言ってたくせに……一人で盛り上がっているだけか?」  
「はぁあ…あ、はぅ…だ、だって…」  
「『だって?』――言い訳なんてみっともないな。まぁ、淫乱な君だからな。ここまではしたないなら……とことん、乱れるがいいさ」  
――そして俺は、目で彼女に合図した。  
 
――ミクは淫乱。ミクはエッチな娘。それでもミクはミクで――それも許容してやるさ、と。  
 
ミクは蕩けた瞳で、更に身体を震わせ……もはや、絶頂の瞬間まで辿り着きそうな表情だった。  
「…あはぁ…っ…んん…くぅん…ひぁあッ!!……じゃ、じゃあ…た、龍樹…?」  
「なんだ?」  
「ミクのオマンコは、龍樹に任せますから……」  
「ああ。俺が君を気持ち良くさせてやる――それと?」  
「…この、オチンポ…ミクのお口と手で、思う存分に…しても、いいですかぁ…?」  
 
俺はにやりと笑って――言った。  
 
「……ああ。ミクの思う存分に…って、うおおぉぉぉッ!!!」  
 
――言い終わらないうちに、ミクはオマンコいじりを止め、両手で俺の分身を扱く。  
そして舌で俺の剛直を舐め上げ、そのまま唇で何度も先走りの汁を吸い上げ――ぱくりと銜え込んだ。  
「ずじゅ…!…ぴちゅ、じゅる、ちゅ…ぷちゅ…むぐ、じゅぼ、じゅぷ!」  
「ぐ、おおおああぁぁッ!!……くは、ま、待てって、いきなりは、はげし…あぁッ!!?」  
 
――え、嘘、ちょ、こんなに、ミクの唇柔らかくて、え、あ、その、嘘、マジで、あ、駄目、その吸い上げ、あ、ごめ――  
 
「ちゅるん…え?ちょ、その顔――ふあぁぁッ!!」  
……ミクの顔に降り掛かった白い濁れる奔流。その量だけは大したものだが……。  
「くううぅぅ……はぁ、はぁ、あ……あ、らぁ……」  
俺は脱力して、ミクのオマンコすら目に入らない。頭を押さえて、突然の快楽から平静に戻ろうと努める。  
だが、意識がはっきりしてくると――俺の剛直を未だに離さないミクが気になった。  
「え、あ……れ?……ミ、ミク?」  
 
「――龍樹……」  
 
――俺の耳が間違いでなければ、その声色は間違いなく……怒りの声。  
「タ・ツ・キ……ッ!!?」  
「ちょ、いだだだだだだだだだだッ!!!!」  
ゆっくりと振り向きつつ、これ以上無い力で、彼女は俺の分身を握り締めた。  
「龍樹ッ!!なんですか、このていたらくはッ!!?わずか、わずか一分も我慢出来ずにイってしまうなんてッ!」  
「ぐわぁぁッ!!…ご、ごめんッ!!…あ、あやまるから、まずは手を緩めぇッ!!」  
「だが断るッ!!この初音ミクが最も好きなことは余裕かまして女の子をイかせると宣言しておきながら自分勝手にイってしまう  
デリカシーゼロで情けない童貞野郎に『NO』と言ってやることだッ!!!」  
「待て、確かに君の怒りは分かる!俺は情けない!反省します!」  
「『反省』?それだけじゃ困るんですよ!ミクは悔しいです、いやもう残念です!  
絶望した!上半身で格好つけておきながら下半身は堪え性の無い人だったことに絶望したッ!!」  
……もはや散々な評価だ。とりあえず、その奇妙な絶望した!絶望した!という叫びとともに両手は離してくれた。  
そしてその叫びにも疲れたのか、「はぁ…」と彼女は溜め息をついた。  
「……まさか、龍樹がこんなにミクの舌と唇に耐性が無いとは……もっと我慢してくれると思ったのになぁ。  
ゲーテだって『鉄の忍耐、石の辛抱』って自戒していたでしょう?  
いくらミクがグレートヘンより美少女だからって、私にとってのファウスト博士が早漏じゃあ、やってられません」  
「――済まない。あまりにも気持ち良くて、つい……」  
「……はぁ。……まぁ、最初ですからね。今まで本当に性的な刺激に関わりが無かったようだから、しょうがないのかなぁ。  
――本当に、私がメフィストーフェレスになってやるしかなさそうですね。ファウストが童貞卒業するお手伝い。  
…いくら眉目秀麗文武両道完璧超人のあなたでも、肉体と精神のコントロールは鍛錬が必要ですし」  
「そう……なんだぁ……」  
「他人事じゃないですよ?龍樹と私たちのこれからが懸かってるんですから!」  
ミクはぷんぷんと怒りつつ、顔についた精液を舐めとった。それが一段落すると、身体を向き直し、俺の顔を覗き込んで言った。  
「……改めて一言。言わせてもらいます」  
目がまず笑っていない。  
「……はい、どうぞ」  
 
「……この、早漏野郎」  
 
――こやつめハハハ、という渇いた笑いは俺だけだった。彼女にさらに睨みつけられて、俺は真顔に戻りつつ「ごめんなさい」と小さく謝る。  
「反省して下さいね。――もう、こんな早くにイったりしないで下さい」  
「はい。もっと我慢します」  
「こういう時は女の子も同時に気持ち良くなりたいんです。だから、カッコつけてヘマするより、無理せず一緒に気持ち良くなる方がまだマシです」  
「ですよねー」  
「……まぁ、私も勝手に一人で盛り上がってしまったし。実は指で軽くイキそうになってました。  
だから私もちょっとアレだったので、今日は……これまでってことで」  
「うん、それで」  
そこでミクは大きく頷いた後、今度は意地の悪そうな笑みを見せた。  
「でも、明日からは――覚悟して下さいよ?」  
「――覚悟しろって……?」  
 
「明日から、特訓です。――もっと楽しく、もっと濃厚に、もっと大胆に、乱れに乱れて――二人でいっぱい気持ちいいことをするんですよ。  
明日からが、本当の二人の『魔界廻り』ですよ?……ふふふっ」  
 
――じゅるり、と〈彼女〉の舌が自身の唇をぬめる。  
まるで満足していない淫蕩な〈彼女〉の本性を覗かせるその仕草に、俺は下半身の疼きを精神力でなんとか抑えた。  
 
でも――それは拒めない。だって、〈ミク〉も〈彼女〉も――  
 
「……それがミクの望みであれば、俺は応じよう」  
――俺が側にいると誓った。望むものは何でも与えようと宣言した。だから約束は守ろう。  
 
――そこでようやく、彼女は『にっこりと』笑った。  
さっきまでの形相とはうってかわって、お互いに満足したという充実感に変わっていった。  
そのままどちらからともなく抱き合い……倒れ込むように、ベッドに二人で横になる。  
シーツはいろいろとぐちゃぐちゃで、枕を並べるだけになってしまったが、まぁ部屋の温度は寒く無いから風邪を引く恐れはない。  
むしろ、俺たちの身体はずっと火照ったままだ。薄着の下から蒸気さえ出そうなほどに。  
息を整えて、最初に声を掛けたのはミクだった。  
「――ふふ。でも、私たち……」  
「……私たち?」  
「しちゃいましたね。――エッチなこと。出逢って間もないのに」  
「む……改めて言われるとなぁ……まぁ、その、だな……」  
「あは♪今さら赤くなるんですかぁ?……さっきまで、凄く威勢が良かったくせに」  
「それはミクだって。……挑発的で、大胆で……」  
「龍樹の肉体がいけないんですよ?……精悍な身体つきは、それだけで女の子にとっては魅力的なんですよ」  
「……本当に、『それだけ』かな。……これは〈ミク〉が望んだことか?それとも……〈君〉が――」  
――彼女は俺の問いを見越していたかのように、くすりと微笑んだ。これはもう、俺にとっては誘導尋問も同然の問いだった。  
 
「――これは〈私〉が望んだことでもあり、〈ミク〉の肉体と霊魂が求めたことでもあります」  
 
……そのミステリアスな雰囲気そのままに、〈彼女〉は答えた。  
「ようやく、尻尾を掴まえたぞ。――〈君〉の正体の」  
「ふふふっ……もう、気付いているんじゃないんですか?世界最高の頭脳の持ち主で、精神分析と脳科学と霊魂のエキスパートのあなたですから」  
「――いや。まだ確証は得ていない。ただ、思い当たる仮説はあるが――」  
「じゃあ……すぐに教えたら面白く無いかも。ならば――」  
〈彼女〉は耳元に唇を寄せてきて――優しく囁いた。  
 
「今夜のところは、これで〈私〉は消えます。あとは〈ミク〉に任せますから。  
――次に逢うのは――あの場所で。あなたが望めば、今度こそ確実に私と逢えますから。その時……答え合わせをしましょうか」  
「そうだな。――じゃあ、また逢おう。ミク、いや……俺の『メフィストーフェレス』」  
「ふふ。――じゃあ、おやすみなさい。龍樹、いや……私の『ファウスト』」  
 
そして、〈彼女〉は一度消えた。  
 
「……んん…あれ、タツキさん……?」  
「――どうした、ミク?」  
白々しいな……と思いつつ、〈ミク〉に優しく微笑む。  
「あ、あのぅ……ミクって、さっきからこうして……」  
「こうして?……こうやって、か?」  
「わぁ!?…あ…」  
俺はミクを抱き締めた。突然の抱擁にミクは驚いたが、そっと俺の背中に手を回した。  
――ああ、やっぱり『今の』この子はグレートヘンだ。メフィストーフェレスではなく。  
「こうやって…抱き締め合っていたぞ?ミクと俺でさ」  
「……そう、でしたっけ。……うん、まぁそういうことで……いいかな。  
一瞬、さっきまでの記憶が無いような気がしたから――ちょっと不安になっちゃいなっちゃいました。  
また物忘れしたら……ワタシってどうしちゃったんだろうってなるから」  
「いや、それも心配するな。俺が側にいれば、君がどうだったのかも説明出来る。  
――それが、君の側にいるということの、最大の強みであり、そして――」  
「そして?」  
――俺は生まれて初めて、『意識して』格好をつけたいと思い、そして彼女に微笑んで宣言した。  
 
「――明日からも、こうして俺は側にいる。何も恐れるな。何も心配なことは無い。  
カイト兄さんやメイコ姉さん、そして俺がいることを忘れなければ――君は大丈夫だ。  
もう俺は受け入れてる、ミクの全てを。運命も。俺自身の運命も覚悟の上で――」  
 
「タツキさん……」  
ミクは満面の笑みで応え――さらに抱き締めてきたのだった。  
 
ゆっくりと時間が流れ、このまま二人で眠るのかと思われたが――  
「……それで、タツキさん」  
「……なんだ?」  
「タツキさん……さすがに裸のままだと寒くないですか?ミクはワイシャツ着てるからいいけど……」  
「――あ」  
――忘れていた。俺ってミクに脱がされっぱなしでずっといたんだ……。  
ってことは、夢中であんなクサイ台詞をべらべらと言っていたのか。全裸で。  
これ以上無いというくらいのキザなスマイルをミクに向けていたのか。全裸で。  
「……なんかこう、どんなに綺麗な文章でも語尾に『全裸で』ってつけると、締まりがなくなりますよね。タツキさんもそういう状態っていうか」  
「ですよねー」  
……俺はそそくさと着替えて、無言で寝た。あぁそうさ。ごまかしたさ。  
着替えたところで、ミクは再び俺に抱きついて言った。  
「タツキさん」  
「なんだ」  
 
「……おやすみなさい」  
「……おやすみ」  
 
――それは、生まれて初めてだった。寝る前に誰かに「おやすみ」と言われて眠りにつくこと。  
……たったこれだけで、明日が待ち遠しいと思えるなんて。  
これもまた、ミクに出逢って俺が変わったことの一つなんだろう。  
出来れば明日も、その次の日も。出来ればずっと――「おやすみなさい」って言ってくれ。俺もまた、「おやすみ」って言うからな――。  
 
 
     ×   ×   ×  
 
 
――これが、俺とミクの共同生活の初日だった。  
 
そして次の日から――ファウストとグレートヘン、そしてメフィストーフェレスとの『魔界廻り』が、始まったのだ――。  
 
 
     ×   ×   ×  
 

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