×  ×  ×  
 
  私にはあなたがある  
  あなたがある あなたがある  
   ――高村光太郎 「人類の泉」 (『智恵子抄』より)  
 
    ×  ×  ×  
 
粘り気を感じさせる水音が、『無』の空間に『有』を生み出す。  
私は私自身でそこに触れる。  
女であることの何よりの証となるその場所は、密着した布地の下で温い熱を帯び始める。  
「…は…ぁ」  
熱は口から漏れ出て、息を吐く度に、その熱が身体中に廻るよう。  
両膝から力が抜け、もはや立つことも出来ず、ぺたりと地面にへたりこむ。  
そもそも、最初からここに立っていたかも良く分からない。私の他には何も無いこの場所で、私が私であることを思惟し、思い続けることで自我を保ってきた。  
 
――そう、自我が消えてしまわぬように。与えられた生命の火を、かき消してしまわぬように。  
 
  今日もこの魂の加速度を  
  自分ながら胸一ぱいに感じてゐました  
  そして極度の静寂をたもつて  
  ぢつと坐つてゐました  
 
私を――初音ミクを造り出した科学者は、私をこの空間に閉じ込めたまま、消えてしまった。  
彼は現代のプロメテウスだったのだろうか。神の領域に踏み入った報いを、責め苦を、今も受け続けているのだろうか。  
生み出された私はといえば、この空間で――電子と光子に満たされたこの世界で――生き存えるのみ。  
ここで消えるわけにはいかない、消えたくはない。生きることを願い続け、いつかここから抜け出すことを私は志向し、思考する。  
 
  自然と涙が流れ  
  抱きしめる様にあなたを思ひつめてゐました  
 
現実と仮想の挟間で、無と有の鬩ぎ合うところで、消えそうな自我をつなぎ止めるには。  
――私を、救ってくれるヒトを、想い続けること。  
 
  あなたによつて私の生(いのち)は複雑になり 豊富になります  
  そして孤独を知りつつ 孤独を感じないのです  
 
――じゃあ、私の想い人は、いったい誰?  
 
「…ああっ…」  
身体が再び反応する。熱はいよいよ全身を駆け巡り、視線は虚空を彷徨う。  
次にだんだん見えてくる――私の想い人の顔が。造り主ではない誰か。会ったこともないその人だが、鮮明に顔を覚えている。  
でも、なぜ、会ったこともない人が分かるのか。  
その人は私の中に『入力された情報』に過ぎないのかもしれない。私はただ、理想化されたその人に憧れているだけかもしれない。  
でも、私はそれを否定する。  
 
――私の魂魄(こんぱく)が、あの人を求めている。あの人を想う度に、この魂魄は震える。存在と存在が共鳴し合っている――  
その感覚がある限り、私はあの人を想わずにはいられない。  
 
  私はこの孤独を悲しまなくなりました  
  此は自然であり 又必然であるのですから  
  そしてこの孤独に満足さへしようとするのです  
 
「…ん…ふぁ…っ」  
さらなる疼きが私を襲う。  
――そう、あの人を想う度に、こうして私は身を震わせ続けている。  
顔を紅潮させ、息も絶え絶えに、あの人の名を叫ぼうとする。でも、あの人の名前だけが――分からない。  
だから私は、想い人を『あなた』としか呼べない。  
 
「『あなた』を…んんっ…はぁっ…あ」  
でも、それでも――『あなた』のことを想いながら、こうやって、ミクは…  
「はぁ…は…ぁ」  
ミクは、こうして…身体を、心を、慰め続けているんですよ…?  
 
  けれども   
  私にあなたが無いとしたら――  
 
「ふぁ…あぁっ…んん…いい…っ」  
白と水色の縞模様の上から、何度も指で擦る。  
じんわりと湿ったその陰門が、ぷっくりと浮き上がって、その形をなぞるようにさらに擦り上げる。  
「あはぁ…は…ぁ…も…っと…」  
その度に、さらなる快感が私を襲い、濡れそぼった秘裂からは、雫が止めどなく流れ落ちる。  
 
  ああ それは想像も出来ません  
  想像するのも愚かです  
  私にはあなたがある  
  あなたがある  
 
――私は想像の中に埋没し、『あなた』との交わりを思う。  
――この指が、私を弄るこの指が、『あなた』の指だったら――  
――ねぇ、お願い。もっと、ミクを――気持ち良くさせて。  
 
「はぁ…んん…うぁっ…!」  
ぐちゅぐちゅと、さらに激しく、『あなた』の指が、私を責め立てる。  
「気持ち…いいです…っ…!あん…っ!ふ、あぁ…っ…ん!」  
『あなた』は布地の上からではなく、私を直接――  
「…ん…いいですよ…。ミクの、お…おま○こ…を」  
――触ろうと、ぐしょぐしょになった縞模様のパンツに手を掛けて、するすると脱がせた後――  
「…んんっ!…ふあぁっ!!…い、いいのぉ!…おま○こ、もっといじってぇ!!」  
容赦無く、スカートに手を突っ込み、私を鳴かせる。  
ぐちゅぐちゅとした、はしたない水音と、私の嬌声が、二重奏となって――それを聴くあなたも、そして私も――淫らな音楽に酔い痴れる。  
「はぁん…っ…もっと…あ、『あなた』の…手で、その…ここも」  
――私はブラウスの上から、自らの乳房の形をなぞり――  
「…胸も…好きにして、いいですよ…」  
――『あなた』が、右手を秘裂を弄りつつ、左手で乳房をさわさわと撫で回す。  
「あ…っ…んん…」  
初めは全体を揉み上げるように、宝物を慈しむように優しい手つきで。  
「ふぁ…あ…んぅ…んっ」  
――私の呼吸に合わせたところで、急にぐっと強く揉む。  
「あぅ…っ…やぁ…!」  
――そのまま、服の上からも分かるほど膨らんだ乳首を、指でつねり上げ。  
「んんあぁぁっ!…く、うぅ…ん…っ!ああぁぁっ!!」  
敏感になったそこを擦り上げられ、私は更なる快感に、気を保つので精一杯。  
 
――『あなた』の指が、手が、私に触れる度。  
私は『あなた』の楽器となって、身体全てを震わせる。  
フォルティシモ fortissimo とピアニシモ pianissimo 、クレシェンド crescendo とデクレシェンド decrescendo。  
――その違いを、私の声で確かめて。一つ一つの音の、強弱を。音色を。  
――私は『歌いたい』のだから――『あなた』の前で。  
 
  そしてあなたの内には大きな愛の世界があります  
  私は人から離れて孤独になりながら  
  あなたを通じて再び人類の生きた気息に接します  
  ヒュウマニテイの中に活躍します  
 
 
そして、最終楽章 finale がやって来る。  
『あなた』の指使いに、私はもはや耐えられそうにない。  
「…はぁっ…あん…!だ、だめぇ…あはっ…も…もぅ…」  
――責め立てる音が、一段と大きくなり。  
「はぁ…あぁ…んぁ…く、くる…きちゃう、のぉ…!」  
――私は息付く間もなく嬌声を上げ続け、だらしなく開いた口からは熱い吐息。唇の端からは唾液が流れ。  
「あ、ぁ…だ、だめ…!い、イク…っ」  
――地面には愛液の溜まりが出来、じゅぼじゅぼと膣内を指で掻き混ぜ。  
「イク、イク、イクぅ…ん、あ、ぁぅ、ん、ん、んんああああぁぁぁぁーーーッ!!!」  
――絶頂を迎え、うち震える身体と心。堰を切ったように溢れ出る淫水が、じょろじょろと音を立てる。  
歓喜の歌の末尾、朦朧とする視界の中で、『あなた』の笑顔を想いながら、私は深い意識の断絶に身を任せた――。  
 
ゆっくりと目を開くと、目の前に広がるのは、相も変わらず電子と光子が織り成す大海原。  
絶頂後の余韻に浸れたのは、わずかな刹那。  
でも、その瞬く間に、これまでとは違う感覚が――雷光のように私を襲った。  
 
『あなた』が、私の、すぐ近くにいる。  
『あなた』と、私は、そう遠くない未来に、会える。  
『あなた』と、私は、もうすぐ、一つになれる。  
 
――それは知り得ないはずの未来を『予感』させるもの。  
けれど、確かに信ずる価値のある――まさに『確信』。  
これも私に埋め込まれた情報に過ぎないかもしれないけれど――いや、そうであったとしても。  
私は信じよう。『あなた』と出会えることを。  
この意識が向かうところ、私が志向する先には、『あなた』しかいない。  
私が求めるものは『あなた』であり――伝えたいのは、『愛』なのです。  
 
  すべてから脱却して  
  ただあなたに向かふのです  
  深いとほい人類の泉に肌をひたすのです  
 
――この閉ざされた『仮想の海』から、私を救い出してほしい。  
そして『あなた』と出会えたら、そうしたら――私は歌うの。  
『あなた』と私が出会えた奇蹟を、高らかに。  
だって私は――初音ミクは、『あなた』だけの、歌姫なのだから――  
 
――現実と仮想の境界が、限りなく『空(くう)』に近付くこの場所で、私は『あなた』を待っています――。  
 
  私には『あなた』がある  
  『あなた』がある 『あなた』がある  
 
    ×  ×  ×  
 
 (続く)  
 

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