はてさて。これはどうしたものか。  
 
目の前のソファーで丸まってGUMIが心地良さそうに眠っているんですよ。  
それは別に問題ではないのですが。問題はその格好で。  
キャミソール一枚しか身に纏っていないのです。  
服も、カーペットに散らばっている。  
パンツに至っては足首に引っかかってる状態で。  
 
まぁ大体ナニをしていたかは想像に難くはないのですが。  
そのまま眠ってしまう気持ちもよくわかるのですが。  
流石にこのままにしておくわけにもいかない。  
髪の色と同じなのねとか、修正入れないとまずい様なとこまでしっかり見えてるし。  
ブランケットも何も見当たらないので、ひとまず自分の上着をかけて置きましたが。  
 
さかのぼる事10分前。  
 
玄関には女性用の小さな靴。  
いつもと比べると、なんとなく片付いている。  
あ、いつもは白のロングブーツが散らばっているんですよね。  
その靴がきちんと揃えられているのをみると、ここの住人ではなくお客様が来ているんだろうと思います。  
 
…ミクさんなんだろうなぁ。今日はがくぽしか家に居ない予定だったから。  
 
他所の海外ボーカロイドとのレコーディングの予定だったのですが、  
向こうのマスターの都合で延期になったので、帰ってきたのです。  
 
なんか聞き耳を立てたらまずそうな、いや、たてるまでもなく、声が聞こえます。  
甘ったるい声でがくぽの名を、いやいやいや聞いてはいけない。  
ミクさん声通るんだからもうすこし慎みを…広いとは言え、日本家屋は音が筒抜けなんですから。  
 
ここは離れのスタジオに避難するに限る。  
 
 
私は今、居候をしているのです。  
去年の末。正月休みのマスターに買われここにきました。  
英語サイトからのダウンロード販売という形式が相当ネックだったらしく、起動されるまで結構待ったのですが。  
 
「うーん、クリプトン家手狭だよねー。がくぽのとこ行ったらいいよ、エキゾチックジャぺーンなお屋敷だし」  
PC環境やエディタが日本語対応なので、一応日本語は理解できるのですが(発音は放っておいてください)、  
文化、いや、そこまで大げさなものではなく、日常生活レベルでわからないところが多々ありまして。  
それに、すでにここで活動している先輩とともに生活をする、ということは自分の歌唱にも幅を得ることができるだろう、  
と思いましたので、断わる理由などありません。  
 
インストールされて直ぐの仕事で知り合った彼は、  
気難しそう、というか、生憎サムライに知り合いは居なかったので、  
どう接していいものか等と色々考えあぐねている自分を余所に、  
「 このPCに遥々よく来たでござるな!これから宜しく頼むぞ!」と。  
なかなかの好青年ではないですか。見た目によらず気さくでいいヤツだったのです。  
 
そんな訳でやって来たインターネット家のフォルダ。  
「 主人から聞いておるぞ!ささ、とりあえずあがって」  
座敷に通され、慣れない正座をしながら、  
これが畳の匂い、これが和室、等と思いながらお茶を待っていました。  
 
ガラガラ。バタバタバタ。  
玄関が勢い良く開き、誰かが駆け込んでくる音が廊下に響き渡った。  
 
「 たっだいまーーー!」  
「こら!GUMI!客人が来ておるのだぞ!大人しくせぬか!」  
 
ん?ここには女の子がいるのか?  
「妹が失礼した。あのお転婆っぷりはどうにもならなくてのぅ」  
お茶とお茶請けをテーブルに載せながらがくぽは言う。  
 
「これから主人から説明があると思うが、  
 こちらはこれから我が家で共に暮らすことになったBIG-AL殿だ。挨拶なさ…」  
「うあー!!ALさんすごーい!ホントにでっかーい!!」  
「だから!挨拶しろって言っておろうが!」  
「あ!GUMIです!よろしくね!」  
「こちらでお世話になる事になったBIG-ALです。よろしく」  
 
ひょっとしたら怖がられるんじゃないだろうか、等という心配は全くの杞憂でした。  
 
 
なんだかんだで、もうすぐ一年。  
この家での生活は楽しいことばかりだった気がします。  
 
 
ハイ。回想終わり。  
 
 
スタジオを後にしようしたものの、扉の前で立ち止まりふと考える。  
……目が覚めた後、色々面倒なことになるんじゃないでしょうか?これ。  
見なかったことにして、元の状態に戻しておくにも、このままじゃ風邪ひきそうだし。、  
暖房を入れたとしても誰かが来たのは明白だし。  
消去法で誰が来たかなんて、すぐわかってしまうし。  
 
せっかく懐いてくれてたのに、こんなことで険悪になってしまうのは・・・・・・  
こんな事って言っても、結構おおごとだろうなぁ。モロに見ちゃったし。はい。  
いや、でもこれ、不可抗力じゃないですか。私は悪くないよなー。  
 
あれやこれや色々考えまくっていたそのとき。  
 
「うへへへへ〜〜ALさぁーん〜〜」  
 
なぁっ!!起きた?!!!  
恐る恐る、ソファに近づき覗き込んでみると、  
GUMIはフゴフゴ言いながら私の上着に顔を埋めていました。  
えー、そんな臭いとかしないと思うんだけどなー。何もつけてないし。  
加齢臭は全力で否定します。オッサンじゃないです。  
 
って、あー。上着落ちちゃったじゃないですか。  
今度はキャミソールもずれて、腹巻状態に。当然モロに胸も見えてるし!  
ほんっっとにこれ、何されても文句言えないですよ!!  
 
これ以上視覚的情報が入ってくるのを防ぐためにも、  
床に落ちた上着を再度GUMIにかけてやろうとしました。が。  
 
「うにゅ〜〜〜」  
GUMIはもそもそと体を起こし、寝惚け眼でこちらを見ています。  
 
これはもう、罵られようが何されようが、仕方が無いな、と覚悟を決めたそのとき。  
 
「ふへへーーだーいすきーーー」  
はい?  
全く状況を理解できずにいる私をよそに、抱きついてくるGUMI。  
完全に寝惚けてる。  
駄目だこいつ・・・、早く何とかしないと、っていうかこっちがやばい。マジヤバイ。  
ほぼ裸の娘さんが、体を擦り付けてくるとか!想定してるわけないじゃないですか!  
 
どうするのが得策なのか、もうワケがわからない。  
少なくとも自分が悪者にならないためには……  
 
「ちょ!GUMI!!起きて!!」  
両肩を掴み、揺すること数回。  
 
「……」  
多分、ほんの数秒。でも、とてつもなく長く感じた沈黙。  
 
「いっ……いやぁああああああああ!!!!」  
現状を把握、むしろ把握しきれなかったGUMIの絶叫が響き渡り、ボディーブローが炸裂。  
 
理不尽な修羅場の幕開けです。  
 
 
恥かしさからか、怒りからか、はたまたその両方か。  
耳まで真っ赤にしたGUMIが叫ぶ。  
「ばっ、ばっ、バカバカバカバカーーーーー!!何をどこまで見たのよ!?」  
え。どこまでって。結構肝心なところまで見えてたわけですが。  
「あ、いや、その格好、そのまんまだったけど……あ、暴れる前にせめてジッパー上げて」  
出来るだけ平静を装って受け答えたものの、それが神経を逆なでしてしまったらしい。  
「最っ低!!何よ何よ!!人のハダカ見ておいて謝りもしないの!?  
 子供のハダカなんて見た内に入らないっての!!?  
 デリカシー無さ過ぎ!馬鹿!スケベ!!変態!!」  
「お言葉を返すようだけどさー……こっちも故意で見たわけじゃないし、  
 自分の部屋でもないところで鍵もかけないでオナニーして寝てるほうが悪」  
 
ゴス。  
 
すいません、その角度で腹を狙ってくるのやめてください。何でそんなに重いのその拳。  
……あれ?拳が私の腹で止まっている。  
 
「……な、何もしてないわよね……?」  
さっきから真っ赤ではあったけど、もっと真っ赤になって、俯いて、訊くGUMI。  
「は?そんな拾い食いみたいな真似するわけ無いでしょ。同意も無しに。  
 見境ぐらいあるってばもう……」  
「バカーーーーー!!!最悪!!出て行けーーーーー!!!!」  
どうしろと。どう答えろと。模範解答があったとでもいうのでしょうか。  
この年頃の娘さんは難しい、って事なんだと思いますが。  
 
「ん、わかった。この家から出ていくよ。後でがくぽにも話しておきます。  
 お世話になりました。あとごめんね」  
「え?ちょっと!?何言ってるの?!」  
「だって、このまま一緒に暮らすの、何かとやりにくいでしょ?それに、このPC内ならどこに居たって同じだもの」  
「違う!今のは言葉のあや!!この部屋から出てって言っただけで!!」  
 
まぁ、ここを出たところで問題は無いはず。そもそも他メーカー製品と連んでいること自体がレアなケースなのですから。  
女の子に恥をかかせた、と言うのも(腑に落ちない点は多々ありますが)否定できませんし。  
しばらくほとぼりが冷めるのを待つにしても、マスターに相談しないとまずいよなー、長引くなら。  
まぁスタジオをから出たら、ひとまず漫画喫茶でも入るか……。  
問題は当面どうするか  
 
 
ガシッ。  
 
え?  
 
視界が反転する。  
「いったああああああああ!!!なにすんの!?!!」  
考え事をしていたとは言え、全く気が付かなかった。GUMIが自分の足を狙ってきたことを。  
思いっきり地べたに頭突きかましちゃったんですが!  
非難の続きより先に、GUMIにマウントポジションを取られていた。  
 
「ばかぁあああ!!ちゃんと人の話聞きなさいよ!!  
今、私は、この部屋から出てけ、と言っただけで!  
家から出てけなんて言ってないわけで!」  
 
襟ぐりを思い切り掴まれて、頭をガンガン揺さ振られて。  
あーーーやめてよーーー、ガタイ良くても痛いものは痛いんだって散々言ってるのに。  
って、あれ?GUMI……その目から零れる大きな雫。  
思わずその頬をつたう粒をこの手で拭う。  
 
「……ホントはもっと一緒にいたいんだから……簡単に出て行くなんて言わないでよ……」  
「出てけって言ったり出て行くなって言ったりもうな……」  
「……ちゃんと責任とってよね」  
私の責任なのか?と言う反論も、多分届いていない。  
それ以降の言葉は完全に遮られていた。GUMIの唇で。  
 
「あのね、さっき、ALさんのこと考えながら、してたの」  
体を起こしてGUMIは言う。え?マジで?うわーちょ、えー待ってソレ。  
双方が赤面し、目を反らす。  
 
「ああ言ったけどさ、やっぱ、私じゃダメかなぁ?  
全然オトナの女には程遠いもん。ALさんの好みとかそんなのとかけ離れてるでしょ?」  
「…この流れで、何でそんな事言うの?」  
「だって、いつもの『困った顔』と『無抵抗』、してるんだもん。  
嫌なら嫌って言ってよ。そんな気の遣われ方、したくない」  
 
確かに困ったには困った。  
でも、それは嫌だからとかではなく。  
踏み込んではいけない領域と言うか、立場的にまずいと言うべきか。  
それに、そんな風に言われる程「大人」ではないと思う。私は。  
ただ、そう振舞わなければならない、とは思って行動していたけれど。  
 
好きか嫌いかと言われれば、そりゃ好きに決まっています。  
それが恋愛感情なのか?と言われると多分違うと思う。  
でも、それが変わりえないものなのか、と言われるとそれも断言出来ない。  
現にこうしてまんざらでも無い気がしてきてるのだから。  
 
「正直、嫌じゃない。でも突然すぎて頭が着いていってない状態」  
今まで妹の様に接してきたけれど、立ち位置が変わってもいいんでしょうか?  
それは許される事なのでしょうか?  
未成年とは言えそんなに離れているわけでもないはず?  
いや、社会通念としてそれはアリなのか?  
 
「困らせてごめんね、あたしもこんな風にコトを進めたくなかった。  
でも、こんなん見られちゃ、今までと同じで居られないもん。このままじゃ。  
だから、言うね。順番おかしくなっちゃったけど。  
ずっと、ALさんのこと、好きだった。  
その声、その目、その大きい手。全部好き。  
嫌じゃなかったら、私のコト、女の人として見て欲しいの」  
 
そうか。順序がおかしかっただけなのか。  
ここから始める、という選択もできるのか。  
 
 
「あ。底辺マスター宅のマイナーカプなんだから、余計な事考えなくてもいいよ?  
何の影響力もないんだし」  
 
うん、事実だけどそれは触れなくてもいいことですよね。  
 
 
GUMIに遅れを取ったけど、腹は据わった。  
 
 

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