「高野へ行け」
ディレイ・ラマから送られてきた手紙には、縦読みでそう書いてあった。
「メイコさん! これは、私の行く先を示すメッセージでしょうか。示すメッセージでしょうか」
ミクは昼間っから酒盛りに興じているメイコに手紙を見せた。
「なんで二回言うのよ……あら、裏にもなんか書いてあるわね。なになに、第二回高野山菩伽呂(ぼかろ)寺
合同合宿についてのお知らせ……」
「合宿ですか!? 私合宿ってはじめてです! ネギは何本まで持ち込み可ですか!?」
合宿への期待に無邪気に薄い胸を膨らませるミクとは裏腹に、メイコの表情はどんよりと暗かった。
メイコは思い出していた。酒やアイスの持込みが一切許されなかった、禁欲的な生活を強いられたあの
第一回合宿のことを。まだミクがボカロ荘へやってくる前に行われたそれは、カイトが卑怯にも
脱走を試みるも失敗しラマ達から折檻を受けたり、メイコは禁断症状に襲われて意識不明に陥るなど、
実に悲惨な結果に終わった。そのことをミクに告げると、彼女の合宿への期待はガラガラと音を立てて崩れ落ち、
その場にへたり込んでしまった。
「そんなのって……そんなのってあんまりです……」
「前回で懲りたし、あたし今回はパス。ミクも適当に理由つけて断っちゃいな」
「はいはーい! リンはその日整地の予定があるので行けませーん!」
いつの間にか茶の間に入ってきたリンが、二人の間に割って入ってきた。
「でも……でもせっかくのお誘いですし、みんなで断ってしまうというのも……」
ミクの良心回路が疼く。
「んじゃあミク姉ひとりで行ってくればいいじゃん」
みかんをほおばりながら、リンがさらりと言い放つ。
「あぅ……それはそうなんだけど」
「別に僧侶のことなんて気にすること無いのよ。どうせあたしらより人気無いんだし」
「あたちらってひとくくりにされても、メイコ姉とミク姉の人気には雲泥の差g……痛っ!」
メイコのハリセンチョップで、リンの頭がパーンといい音を鳴らした。
その時、襖を開けてレンが入ってきた。なにやら機嫌が悪そうだと、三人は察知した。
「さっきから黙って聞いてりゃ、ずいぶん自分勝手なこと言ってくれるじゃねえかオメェら……
一日二日、ネギやミカン食えなかったり酒飲めなかったりが我慢できなくてどうするんだよ!
自己管理能力がなきゃロクな大人になれねえぞ! オレは歌が上手くなりたいんだよ、
みんなもそうじゃないのかよ! 見損なったぜ、目を覚ませよみんな!」
まさに正論。レンの熱い説得とまっすぐな瞳が胸に響いたのか、
三人とも何も言い返すことが出来ずにたじろいでいる。
「確かに……レン君の言うとおりですね」
「レンが行くならリンも行くー!」
長いため息をついて、メイコも妹達に従う。
「ふう……仕方ないわね。あんた達だけじゃ心配だし、あたしも付き添うわよ。ちょうど禁酒もしなきゃっ
て思ってたところだしね」
と、四人の気持ちが一つにまとまったその刹那、台所からなにやらガサガサと物音が聞こえてきた。
台所には、大きな風呂敷包みに冷蔵庫から次から次へとアイスを詰め入れているカイトの姿があった。
目を血走らせながら、四つん這いになって息を切らせて必死に風呂敷と冷蔵庫間を往復するカイト。
さっきの話を聞いていたのだろう、カイトはどうにかしてアイスとともにこの場から立ち去り、
合宿から逃げようとしていた。が、時すでに遅し。
「かーいと♪」
メイコの死の宣告。ひぃっ!と情け無い声をあげるカイト。背後のアイスの山を体全体を使って隠そうとするが、
とても彼の体だけでフォローできる量では無かった。
「め、めーちゃん……ち、違う違う、これは決してアイスもろとも逃げようとかそんな――」
「卑怯」
リンが畜生を侮蔑するような口調で冷たく言った。
「カイト兄……汚ねえよ、大人として汚えよ!」
「カイトさん……」
レンの純粋な少年の心と、ミクのうるんだ瞳と無言の圧力にカイトは居たたまれなくなり――逃げ出した。
「待てコラァァァァァ!」
窓から外に飛び出して行ったカイトを、メイコが一升瓶片手に追いかける。
数時間後、メイコは青あざを顔中につくって妙に聞き分けのよくなったカイトと仲良くボカロ荘へと戻ってきた。
どんなに辛い合宿でも、大好きなみんなと一緒ならきっと楽しくなりそうだ。そうミクは思った。
<完 合宿編は書きませんw>