「シテヤンヨのクリスマス」  
 
 
 私はシテヤンヨである。  
 初音ミクのアタマからにょっきり生えたツインテールを脚として、もぞもぞ動くどうにもキ  
モイ物体として創作された生命体也。  
 たぶん、おそらく、名前の由来は「みっくみくにしてやんよ」の歌詞からだろう。  
 とにもかくにも私は、どうにもキモイ生命体として名を馳せている。  
 ひどいものだ。  
 これならば、私の足下をいましがた這っている、やや大きめのクロゴキブリの方が、いくぶ  
んかマシではないか。人間というのはなんと冷酷な生き物だろう。  
 
「ヤンヨ」  
 
 私はそのクロゴキブリをえい、と踏みつぶした。  
 恨みはないが、なにせ我が家の諸君は大変にこやつを忌み嫌っているので、放置して発見さ  
れると、家中がパニックになってしまう。  
 とするなら、まあ、足が汚れて不潔だが、ここで私が抹殺しておくが賢明であるのだ。足は  
あとで拭けばよい。  
 
 さて、今日も朝が来た。  
 といっても我が家のあるじは学生ではなく、さりとて定職にもついていないので、出社する  
ことはなければ登校も無い。じつに広大なこの屋敷のどこかに閉じこもり、顔も見せぬ。  
 さらには何を生業としているのかさえ誰も知らぬ。  
 水木しげるの妖怪である可能性を否定できないが、とりあえずのところは人間らしい。  
 
 この、城かと思うほど広い屋敷には他に人間がおらず、残るはボーカロイドという名の人造  
人間どもと、私が在るのみだ。  
 あるじは我らが自由に使える金銭を、所定の口座へ振り込み続ける。  
 なにゆえそんな行動にでるのか、はなはだ謎ではあるが、おかげで我らは勝手気ままにやれ  
ておる所存也。  
 不況にあえぐ世の中を考えれば、有り難しと拝むべきであろう。  
 
 そんな家で、朝が来て真っ先に動き出すのは二四時間絶賛稼働中の私を除くと、ボーカロイ  
ドでありながら万能アンドロイドをつとめる、初音ミクである。  
 私のオリジナル也。  
 彼女は素敵な笑顔と愛くるしい姿に、可愛らしい歌声、さらに少々オッチョコチョイなキャラが  
受ける大人気者だ。  
 対して私の扱いは、どうにもキモイ生命体ときている。  
 
 頭部はほぼ同じなのに、この差はなにか。まったくもって私を創造した不届き者の事を思う  
と恨んでも恨みきれるものではない。  
 悩み知らずの初音ミクめ。私の、このフクザツな思いを知っているのかしらん――。  
 私はノホホンとパジャマ姿で廊下をやってくる彼女を見つめた。  
 目が合う。  
 と。  
 
「おっはよう、シテヤンヨ〜」  
「シテヤンヨ」  
 
 モフモフされた。  
 なお、我が家で唯一私をまともに扱うのは彼女である。というより、私をどこかからか持っ  
てきたのがこの者である。  
 あるいは私の存在に罪悪感でも感じてそうしたのかもしれないが、世話などはまったくして  
くれないし、このアホヅラを見ていると、とてもとてもそうとは思えないのがはがゆいところ  
也。  
 あるいは、それを計算でやっている魔性の女なのかもしれないが、そうだとしたら私の手の  
終える相手ではない。  
 私は、謀というものを苦手かつ敬遠と侮蔑しておる。  
 もっとも表情は動かせないし「シテヤンヨ」としか言えないので、そもそも意思表示を取れ  
ないのが無念であるが。  
 ……そうこうしていると、次の寝起き者が来た。  
 
「……お、おはよ」  
 
 この者はルカという。フルネームを巡音ルカといい、なんとなく福音を感じるありがたい名  
前なのだが、しかし私をどうにも苦手としている。  
 肌を多く露出させた、へんてこりんな着物を召しており、その抜群のプロポーションをこれ  
でもかと見せつけながらクールビューティなキャラを構築しているが、しかしどうにも私を苦  
手としている。  
 別に危害を加えるつもりなどないのに失礼な話だ。  
 なお、彼女の頭部をオリジナルとした、たこルカなる怪物がいるのだが、こちらはなぜかど  
うして人気である。  
 非常に腹立たしい(私に腹部はないが)ので、いずれ酢ダコにして喰ってやろうと画策して  
いる次第である。  
 しかし残念ながら、我が家にたこルカは居なかった。  
 
「シテヤンヨ」  
「……」  
「ヤンヨ?」  
「……」  
「シテヤンヨ」  
「……ぅぅ」  
 
 しばし見つめ合う。  
 素通りすることをためらっているようだ。  
 部屋なしの私はこの家にて、彼女の部屋から居間までの廊下を定位置としている。このせい  
で彼女は廊下を通れぬ毎日を過ごしているのだった。  
 その巡音EYEには、私はクラーケンやら、なにがしかの怪物に見えるらしい。  
 まことに無礼千万な話である。  
 抗議のためにもルカが私を恐れぬようになるまで、ここを退かぬ所存也。  
 ……ところで、いまクラーケンといったがこれは果たしていかなる怪物だったか。  
 
「そう怖がるなよルカ。こいつは置物みたいなもんだ」  
「そうですが……」  
 
 おお頭足類だ。  
 そうそう、クラーケンはイカやタコの怪物だった。なるほど、たこルカを意識したから対比  
するような生き物が脳裏に浮かんだ訳であるな。と独り合点をいっていたら、私を置物扱いす  
る不敬者が最後に起きてきた。  
 性別不明のあるじを除けば、我が家で唯一の男性であろうカイト氏だ。いや、ドロイドだから  
男性型というべきか……。  
 まぁともかく。  
 このカイト氏は、我が家の家事炊事身の回りの世話一切を請け負っている。  
   
 なにせ我が家のあるじは顔さえ見せないので、誰かが動かねばならぬのであるが、アンドロ  
イドまで主夫をやるとは、我が国も平和ボケきわまれり。  
 マァ、人間は高等動物らしいので本能に逆らい、男が巣に籠もり子育てし、女が狩りに出て  
行くのも時代であろうし、少年漫画の登場人物たちが、いつのまにやら少女ばかりになってし  
まうのも時代であろう。  
 しかし、そういう文化をつむぎ続けていった先には、何が待つのやら。  
 私は不安である。  
 
「ほれ邪魔だクリーチャー。ルカが通れないだろ、あっちいけ」  
 
 そこの青髪、聞いているのか。  
 いざという時に頼りにできるのはお前なのだぞ。解っているのか。アイスクリームばかり食  
している場合ではなかろう。  
 ……と、いう思いも空しく、私は廊下よりつまみ出されてしまった。  
 
 やむを得ず居間へ移動し、台所の隅に位置することにする。  
 ここは冷蔵庫と食器棚に挟まれたデッドスペースとなっており、家具設置者、すなわちカイ  
ト氏の計画性の無さを実感させられるのであるが、私が収まるにはちょうどいい案配也。  
 冷蔵庫の排熱がたちこめる故、夏は一分とおられぬが、この季節はじつにぬくい。  
 
 ここでじっと、カイト氏が慌ただしく動き回りながら朝支度をする様を見ていると、やがて  
着替えの終わったミクとルカが現れ、リビングテーブルの席につく。  
 そこで二人はだいたい当日のヴォーカル業務について談義を交すのだが……本日は違った。  
 なにしろ昨日の天皇誕生日からめでたさが続いておる。  
 
 と、思っているのは私だけらしく、彼女たちはこのクリスマス・イブに何をするかに意識を  
集中させ黄色い声をあげつづけていた。  
 世界標準化が進み、日本人も白人どもの聖誕祭も祝うようになって久しいが、たまには自分  
とこの神様ってなんだったっけと思い出して欲しくもあり、さみしい所存也。  
 
 そんな風に考え続けていると、朝食がテーブルへ運ばれてくる。手伝う者はおらず、それど  
ころかパジャマ姿のままの鏡音姉弟が遅れて現れた。  
 年齢をミクよりも低く設定されて造られているこの二人は、年相応にわがままである。忙し  
いカイト氏に朝っぱらからジュースをねだるのだ。  
 応じてしまうカイト氏も甘いものである。あるいは重度の甘党であることを、体を張って表  
現しているのかもしれぬ。  
 
「ねえカイト、今日どうするー?」  
「うーん……遠出しようかと思ったけど混んでそうだしなぁ。近場でパーティでもしようかと  
思っているんだが、リンはなにがいい?」  
「あたしはそれでいいよ! レンは?」  
「オレはなんでもいい」  
 
 料理の配置が終わる前に、モグモグやりはじめたレンがぞんざいに答える。  
 ここのところ、いわゆる中二病を発症しておるのか、とみとぶっきらぼうである。人間男子  
と云うものの心のありかたを太陽系で表すと、幼年期はみな自分を太陽だと思っている。  
 やがて青年になると地球ぐらいになり、おっさん前期になるにつれて月となり、おっさん後  
期ともなれば実は自分などスペースデブリに過ぎぬのだ、と気づく。  
 
 なかには故マイケル・ジャクソンのように、まことに地球レベルの器だったりする輩も存在  
するが、そういうものは例外ゆえ外して考えるとよい。  
 なかなかに愉快な変遷也。  
 が、なにもそんなところまでアンドロイドに再現させなくともよいだろうに、と思うのだが  
人間は……というか、ドラえもんとガンダムを愛して止まぬ日本人は、どうしても彼らの夢を  
現実のものとしたいらしい。  
 そのうち前者は例のポケット以外現実となったわけであるから、ガンダムが我が日本軍に  
配備されるのも時間の問題であろう。  
 ただし配備先は軍楽隊であると思われる。  
 
「ほれクリーチャー、餌だ」  
「ヤンヨ?」  
「さっさと食ってくれ。気持ち悪いから」  
「シテヤンヨ」  
 
 等々を考えていると、すっかり朝食の支度は調ったようだった。本日の献立は椎茸の炊き込  
み飯に、鶏肉のポトフとキクラゲの中華スープ。  
 以上をどんぶりにごっちゃりと、ねこまんまにしたものがデッドスペースに収まる私の前へ  
スプーンと共にコトリと置かれた。  
 文字通り猫並の扱いである。  
 イヤ、可愛がってもらえない分、猫以下か。  
 それにしても和漢洋折衷も、ここまでくると悲惨なものだ。もう少し味を統一した方が食を  
楽しめそうな気もするが、これもカイト氏の計画性の無さ故か。  
 
 ああ、たまには箸を持って、白い飯をキュウリの漬け物と共に楽しみたいものよ。  
 ……ところでよく私がどうやって箸や椀を持つか疑問に持つ者がいるが、なに答えは簡単で  
ある。  
 我がツインテール兼脚はさらに触手をも兼ねている故に、枝をにょきにょきと生やして器用  
に操ればよい。  
 この姿もまた「キモ過ぎる」と惨憺たる評価をくだされる故、人前では食事をしにくいのが  
我が悩みの種である。まったくどうして我が創造主には恨みを積んでも積みきれぬ。  
 
 ……ま、悲観していても始まらぬ。とりあえずは、この和漢洋がごっちゃになってひどいこ  
とになった食物の残骸を片付けねばならぬだろう。  
 スプーンを持ち、食った。  
 
「シテヤンヨ……」  
 
 マズイ。  
 個々で食えばキチンとした味だろうに、ねこまんまにされたからワケのわからない味になっ  
ておる。  
 しかし食わねば飢える。なにせ普段は朝しか飯を貰えないのだ。昼時は休日以外みな外出し  
ておるし、晩餐はみなバラバラに摂っている。  
 カイト氏は私を家族とは無論、ペットとも認識してはおらぬので朝の余分をくれてやる以外  
のことはしてくれぬ。  
 ミクも可愛がってはくれるのだが、時々菓子をくれるぐらいであとは放置されている。  
 どうもペットは飼えぬ性格のようで、彼女に飼われたのが金魚や犬なら早死にしていたとこ  
ろであろう。  
 まあ見捨てられぬだけ有り難いと考えるべきか。  
 
「さて……じゃ、俺はそろそろメイコを起こしてくるよ。みんなで何するか決めておいて」  
「あーい」  
 
 カイト氏が食事もそこそこに席を立つ。  
 いただきますも、ごちそうさまもない。すこしでも格式のある家でやったら、小一時間は説  
教されるであろうな、と思いつつその背を見送った。  
 基本的に教育者の介在せぬ我が家は、あまりマナーがよろしくないのである。  
 
 いま、氏が迎えにいったメイコというもっとも年長に設計されたものの、じつにだらしない  
性格のボーカロイドなどはその筆頭也。  
 この者、我が家が金にこまっていないのを良いことに、朝から晩まで酒を呑んでおる。日本  
酒からはじまり焼酎、ワイン、ウヰスキーにブランデー、ラム、ウォッカにジンに梅酒に老酒  
カクテルとなんでもござれ。ザルのように呑みまくる。  
 ボーカロイドとしての機能するのは泥酔し、よく解らない歌詞をくちずさむときぐらいだ。  
 
 昨日もべろんべろんになって帰ってきたものである。  
 介抱はやはりカイト氏の仕事であった。  
 アンドロイドなのにキチンと酔って吐くのでたまったものではない。  
 日本人はなにゆえ、機械をそこまで人間に近づけたがるのか。人間だったらもうたくさんい  
るではないか。  
 とんと理解がおよばぬ。  
 
 私はなんとかこのマズイ食物の残骸を口に押し込んで食事を完了すると、シンクに行ってど  
んぶりを洗い片付けてから、例の廊下へ戻ることにした。  
 私の主な日課は、この廊下でテツガクを考え、ときどき遊びにくるミクの相手をし、ゴキブ  
リが現れた場合はすみやかに抹殺することである。  
 ちなみに最近のお気に入りは、マキャベリの君主論についてアレコレと考察すること也。こ  
の理論、いまなおアレコレ賛否両論だが、絶対有用に絶対無用と、妙に二極化しておるのが目  
立つ。  
 
 そうではなくて、これさえ信じておけば万事オッケーなどという、絶対正義の理屈は宗教と  
と水戸黄門の中にしか存在しないのだから、ひとつの考え、ひとつの手段として理解し、頭の  
中にしまっておけばよい。そして役立つ場面が来たら、引き出せばよいのである。逆に邪魔と  
なれば、理解できている分、排除方法も見つけやすくなるというもの也。  
 
 さて。  
 もはやする事がなくなった。  
 あとは読者のため、時間を早送りいたすとしよう。  
 
・・・  
 
 夜である。  
 といっても我が家の周りは光が多いゆえ、周囲が寝静まったという感覚はない。それなのに  
音が無いというのは、家屋の防音が優れておる証拠也。  
 それと、ボーカロイド連中が外出していったのも理由のひとつか。  
 いつもなら、これぐらいの時間はまだルカが自室にてボイストレーニングに励み、居間では  
鏡音姉弟がコンピュータゲームに熱中し、カイト氏がメイコの介抱をしつつ、ミクが廊下で私  
と戯れておる。  
 
 それらが無いと静かなものだ。  
 結局、イブの夜は外でパーティをやることになったらしい。ミクは私をも連れて行こうとす  
るが、私が大通りに出ると通報される恐れがある故、なんとかして断った。  
 こういうときに「シテヤンヨ」としか言えずに表情も動かせぬというのは、じつに辛いもの  
である。  
 とにもかくにも留守番だ。  
 といっても、あるじは居る。部屋から出る気はないと思われるが。  
 それにセキュリティがかけられておるゆえ、実際の用心はあまり必要なさそうである……と  
思い、家の照明は全て消灯してある。  
 節約である。  
 私は暗闇でも動けるので、なにも問題はない。ついでにいうと睡眠も必要ない。なぜかは誰  
も知らぬ。  
 
「ヤンヨ……」  
 
 しかし。  
 私の判断、ひとつ間違っていたようだった。  
 廊下でじっとしていると、遠方より物音が鳴った気がした。最初は気のせいであろうと思っ  
ていたが、どうも違うらしい。  
 よもやあるじが部屋から出たのか、と驚愕したが、それを考えるより泥棒が入ってきたと考  
えた方が自然であろう。  
 まさかサンタクロースとは云わせぬ。  
 むろん、犬猫が進入できるほどセキュリティは手薄でない。  
 セコムを突破するとは大したものと考えるべきか、セコムは本気の賊相手には役立たぬと考  
えるべきなのか。  
 ともかくも侵入者あらわる。  
 
 ……とりあえずは撃退せねばなるまい。  
 もしかすると、食い詰めた者が泥棒に入ったのかもしれぬが、そこまで考慮するわけにもい  
かぬ。  
 私は気配を消し、宙に一センチだけ浮かびあがると、音無の構えにて音源へ向かって行った  
……と、ミクの部屋の前で何者か、黒い塊がもぞもぞ動いているのが見える。  
 それはすぐに人間であるということが判明した。  
 人間以外であっても困るのだが。  
 
 我が家は、それぞれの個室にもロックがかけられるようになっているが、どうやらそれを解  
除しようとしているらしい。  
 なにを盗もうとしているのやら知らぬが、とりあえず食い詰めたワケではなさそうだ。彼女  
の部屋に食物や金品はない故に。  
 
 よし、覚悟せよ悪党。  
 私は意を決して飛びかかる!  
 
「シテヤンヨッ!!」  
「うおっ!? な、なんだこいつはっ」  
「シテヤンヨー!」  
 
 悲鳴があがった。  
 まあ無理もあるまい。どうにもキモイ生命体が突然襲いかかってきたら、精強なイスラエル  
軍人でさえも最初は恐怖するだろう。  
 そして私の力は、これまたなぜか人間を大きく超えている。往年のマイク・タイソンが相手  
でも押し倒せる自身があり、どこかの亀の字などは相手にもならぬ。  
 ライバルはアフリカゾウと思いたいが、残念ながら日本から出たことのない私の実績は北海  
道のヒグマと喧嘩勝ちした程度である。  
 なお、誤解しないでもらいたいのは、私からヒグマを襲ったのではないということだ。あの  
ときは奴が私の鮭を奪おうとしたのである。防戦也。自衛也。  
 鮭はおいしくいただいた。  
 
「シテヤンヨ」  
「……」  
 
 さて、黙らせた。ミゾオチに一撃、重いのをぶちこんでやったので、もはや立つことは出来  
まい。  
 ふむ。こやつをどうするべきか。  
 本来なら警察に通報するべきなのだが「シテヤンヨ」としか喋れぬ私では、電話を使うこと  
ができない。  
 まあ代わりにセコムボタンを押せばよいのだが……しかし、せっかくのイブで、みな楽しん  
で帰ってくるだろう。  
 その気分を壊してしまうのはいささか躊躇われるもの也。  
 よって……解決策はひとつ。  
 
 私はこの賊を触手で絡め取ると、ずるずる引きずり出す。  
 あるじの部屋の前に置いておくのである。  
 これは我が家のしきたりのようなもので、我々のみで解決が困難な事例に遭遇した場合、と  
りあえずその証拠となるものを、あるじの部屋の前に置いておく。  
 すると、翌日には解決するか解決策が示されているのである。  
 ますます謎が深まるばかり也、我が家のあるじ。  
 
 しかしこればかりは詮索無用、と私の第六感が告げておる。  
 ゆえに、賊をあるじの部屋の前に置くと、定位置へ戻ることにした。今度はプラトンの理想  
主義についてでも考察しつつ、もう一度時間を早送りいたすとしよう。  
 
・・・  
 
 アレコレ考えた結果、今宵は「プラトニック・ラブ」という言葉をプラトンが聞いたら、落胆  
しつつ激怒するような気になった。  
 
 そのあたりでボーカロイド連中が、がやがやと帰ってきたので、思考が終わる。  
 またぞろメイコが泥酔しているからである。  
 騒ぐは、酒臭いは、私にまで絡んでくるはと、はなはだ迷惑也。酒は他人に迷惑をかけぬ程  
度に呑むべし。コンビニ店員に絡み業務の邪魔をするなどは、もってのほか也。  
 
「ただいあっシテヤンヨー!! お酒買ってきたぜえ!! お前も飲めのめぇッ」  
「おいメイコ、いい加減にしてくれ」  
「あによぅ! いいじゃん今日ぐらいぃ」  
「君は毎日だろ……」  
 
 勧められても私は飲めぬ。というより、アルコールに完全な耐性がある故、酔うという現象  
が起きぬ。私にとって酒というのはドリンクもどきに過ぎぬのだ。  
 が……死ぬまでに、一度は酔ってみたいとも最近おもう。  
 
「シテヤンヨー。おみやげっ。クリスマスケーキだよ。ごめんね、連れてってあげられなくて」  
「シテヤンヨ」  
 
 そしてミクからケーキを渡された。  
 連れていかれるとまずいので断った故、ミクが謝ることはない。  
 いまひとつ省みるとすればその審美眼が周囲に迷惑をかけるほどかけ離れている事実に、そ  
ろそろ気づいてほしいということぐらいだ。  
 
 ……さて。  
 ここらで私の語りはそろそろ終らせるとしよう。  
 あと一週間弱で、正月也。  
 この、たった数日で洋風一色だったムードが、鼓が打たれて三味線鳴り、紅白の垂れ幕が見  
える雰囲気にがらり変わるのだ。  
 
 クリスマス。  
 我が国最大の珍事である。  
 
 
終り  
 
 

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