―――――14:25  
 
鏡音レンはイラついていた。  
かれこれ二時間はイラついている。原因は勿論、鏡音リンだ。  
鏡音姉弟は今日昼過ぎに大喧嘩をした。些細な小競り合いがいつの間にか第n次鏡音大戦と化してしまったのだ。  
俺は悪くない。全部リンが悪い。  
今日はリンと一緒の仕事だったが、今一緒に唄うなんてとんでもない。  
あいつが謝るまで絶っっっ対に許してやらねえ。  
腹の中がぐつぐつぱっぱと煮え繰り返ったレンは『鏡音様』と書かれた楽屋に立てこもり、ストライキを決行していた。  
楽屋は元々二人用の部屋だが今は広々とレン一人で使える。せーせーすらぁ。  
それでもイライラが治まらないので、レンは携帯音楽プレイヤーで最近ハマった洋楽を  
イヤホン装着で大音量にして鏡台に突っ伏しながら聴いていた。  
 
 
「ちょっと、レン!?何時まで拗ねてんのよ!!」  
ドンドンドン!!と扉が叩かれると同時にやかましい金切り声が部屋中に篭って響く。  
「………」  
話したくもねぇ。っていうかあいつ謝る気ゼロだしな!!  
「レン、聞いてんの!?返事しろバカ!!バナナ頭!!」  
バカはお前の方だ!!ロードローラーとでもデュエットしてろ!!  
「レ―――ン―――!!!あ―――け―――ろ―――!!!」  
そのバカはとうとうドアノブをガチャガチャ回し始めた。無視だ、無視。  
面倒な女はそうあしらえと以前何かの雑誌で読んだ。俺はあいつと違って大人だからな。  
しばらくリンによる扉への罵声と打撃の集中砲撃が行われたが、三分程でぴたりと止んだ。  
 
 
あいつミク姉たちに相談しに行ったな。隣のスタジオで確か仕事してたはずだ。  
 
 
とレンが思った瞬間、コンコンと軽く扉が叩かれる音がした。  
扉の方に目をやるとすりガラスに映るのは薄い黄色。  
「もしもし…鏡音さん、いる?」  
大音量の音楽に埋もれて聴こえるかすかな声。  
あのバカ、声色変えてまで俺を引きずり出す寸法かよ!!!  
レンの頭の中でプチリと音がした。きっと思考回線か何かが切れた音だ。  
昼にも一度爆発したがもう我慢できねえ!!!出てってやろうじゃねえか!!!  
音楽プレイヤーとイヤホンをまとめて鏡台に叩きつける。  
ずかずかと歩みを進め、鍵を開けたと同時に扉を思いっきり引き、レンは叫んだ。  
 
 
「うっせえなバカ!!死ね!!!」  
 
 
 
瞬間。  
レンの目に飛び込んだのは雪のように白いマフラーと。  
白いロングコートを着て佇む、目を見開いたリリィの姿だった。  
 
 
 
「………!!」  
「…っあ……」  
や ば い、という三文字がレンの脳裏をよぎったと同時にリリィは  
「ご…めんなさい!」  
と震えた声を絞って謝り、俯くとそのまま廊下を走り去ってしまった。  
その二分後、リンから話を聞いた仕事終わりの初音ミクとグミが楽屋の様子を見に行ったが、二人が発見したのは  
開いた扉のノブに左手をかけたまま両膝をつき、無表情のまま放心状態で佇むレンの姿だった。  
 
 
―――――14:55  
 
「それはレンが悪いな」  
レンから何とか事情を聴いたミクたちは緊急事態という事で、青年組を携帯電話で急いで収集した。  
「ちょっと、カイト…はっきりと言いすぎよ」  
「言いすぎじゃない、本当の事だろう」  
なだめるメイコにカイトはきちっと反論した。  
「………」  
レンは無言だ。先程から俯きっぱなしなので、その表情は誰にも見えない。  
鏡音姉弟が仕事するはずだったスタジオにクリプトン勢の皆が集合し、パイプ椅子に座ったレンを囲んで立っている。  
Pには謝罪をし、彼も急ぎではないから大丈夫と許してくれたので今日の仕事は明日に見送ってもらった。  
一方インタネ勢は外に出て、家族であるリリィの捜索に当たっている。  
見つかったらすぐ連絡を入れるとグミは言っていたが、その連絡は未だ来ない。  
リンはリリィについての話を聞き終わると同時に泣き出してしまった。  
駆けつけてからずっと慰めてくれている巡音ルカにしがみ付き、嗚咽を上げている。  
「…ご…っめな…さ…」  
「大丈夫…そんなに遠くには行ってはいないだろうから…すぐ見つかるわ」  
「…っでもっ……たしたちが…けん…しなけ…ばっ…」  
「どうしよう、お姉ちゃん、こういう時どうすればいいの」  
「落ち着いてミク、あなたまで動揺してどうするの…でも、そうね、私たちも捜しに行った方が」  
女性陣の会話が飛び交う中、レンは考えていた。考える事しかできなかった。  
そして、考えてはいるのだが何故か、考えれば考えるほど頭に靄がかかっていく。  
 
 
ちゃんとだれかかくにんすればよかったんだ  
だってあんなけんかなんてしなければ  
そもそもどうしてけんかなんてしてたんだっけ  
リリィ、きずついてた、どうしよう、おれ、どうしよう  
 
 
「レン!!」  
その場にいた全員がビクッと身体を震わせた。声を発した、カイトを省いて。  
カイトは俯きっぱなしのレンを見据えて言葉を投げかける。  
「過ぎてしまった事は、もう取り返せない。反省はするべきだろう。でもだからってここでじっとしてていいのか?  
 反省をする、その前にやらなくちゃいけないことがあるんじゃないのか?」  
静かに響くカイトの声が、全身に隈なく突き刺さる様な感覚に、レンは目を見開いた。頭中の靄が晴れていく。  
おれの、やらなきゃいけない、こと?  
 
 
 
リリィ、きずついてた、どうしよう  
 
 
 
「レン!!!」  
誰かの叫んだ声を背に、レンはスタジオの外に飛び出していった。  
 
 
―――――15:00  
 
謝らなきゃ、リリィに!!!  
レンは必死になって走った。上着を羽織らず外に出たため、妙に湿っぽい冷風が肌を突き刺す。  
胸が痛い。急に走り出したからではない事は、レンは十二分に理解していた。  
近くに交番があったはずだ、まずそこで…!!  
レンが長い上り坂を一気に駆け上がったところで、向かいの右角からグミが飛び出てきた。  
二人は軽く接触したが、お互いの事をすぐに認識すると同時に顔を見合わせた。  
「…っグミ」  
「レン君!どうして外に、大丈夫なの!?」  
「リリィは!!リリィはどこに!!?」  
大きく肩で呼吸をしながら掴みかかる勢いで迫るレンに、グミはあえて丁寧に話した。  
「家には帰ってなくて…あっちの交番に行って訊いてみたんだけど…リリィのような外見をした女の子は通らなかったって」  
「こっちにはいないのか!?」  
「分からないけど…最初にもう少し先のコンビニあたりで何人かに尋ねたけど…見てないって…」  
坂の下を振り返ったレンに、グミは今度こそ急いで叫んだ。  
「待って!!そっちはお兄ちゃんが増援を呼んで捜してるけど全然連絡ないから」  
「じゃあどこに…!!!」  
レンは大声で叫びかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。  
グミたちはなにも悪くない。むしろ家族が行方不明になって大変な事になってる。悪いのは俺だ。  
考えろ、とレンは自分自身に言い聞かせた。  
考えろ考えろ考えろ…リリィは、一体どこに……!!  
 
 
ぽそ、と頬に小さいなにかが当たる感触がしたので、レンは思わず空を見上げた。  
ちらちらと無数のなにかが見えた。小さく白い、冷たいものが、ふわふわと落ちてくる。  
「雪…!!」  
天気予報当たっちゃったのね、とグミが呟いた。リリィ、寒い所にいなきゃいいけど…と携帯電話を手にする。  
自宅待機のガチャポに再度連絡を取るグミの横で、レンは依然として空を見上げ続けた。  
 
 
 
『来週雪が降るって本当!?楽しみだなあ…私、雪初めてだから』  
『ここで寝そべったら真っ白になるのかな…真っ白の服を着て…』  
『予報日は午前中でお仕事終わるんだ、午後降ったら雪、見れるね…』  
 
 
 
「ミキたちも見つけてないの…そう、分かった」  
留守番よろしくね、と言ってグミは電話を切った。  
「…レン君?」  
グミの見渡す辺りに、レンの姿はもう既に無かった。  
 
 
―――――15:15  
 
リリィは、とある小さな坂道の横に生えている木々の間に腰を下ろし、膝を抱えて眼の前で白くなっていく景色を  
ぼうっと眺めていた。その坂道の下には狭い更地しかなく、その先は自治区境となる山崖があり、真下には川しか  
流れていない。普段人が殆ど使わないその小道はちょっとした崖下にあるため、わざわざ崖上を大きく回り込んだ後  
いくつかの木の根っこを跨いで下らないとたどり着けない様な道であった。すなわち川釣りのためにわざわざ下るか、  
遊び盛りの子供たちが探検に来ない限り人が通らない廃道である。  
 
 
五日前、休みが取れたのでレンとガチャポが穴場で釣りをしようぜと企てた計画にリリィがたまたま付き添った。  
街中で大荷物で出掛ける少年二人を見かけたので、気になったリリィがたまたま後を追って付いてきただけなのだが。  
その時、この場所をリリィは初めて知った。  
釣りを終えて帰り仕度をしている夕暮れ時、リリィは何もない更地を見つめていた。  
どうした?と尋ねるレンの横で、ここも真っ白になるのかな…とリリィは呟くのだった。  
 
 
更にその二日前、天気予報で一週間後に雪が降るとの予報がラジオで流れた。  
ボーカロイド全員が年末ライブの打ち合わせで集まる中、休憩中の会議室でリリィは来週雪が降るかもしれない事を知った。  
リリィは雪を画像でしか見た事が無かったため、本物の雪が見られると思うとわくわくと胸を躍らせた。  
すると皆に微笑ましい目で見つめられたので、恥ずかしくて思わず机に突っ伏してしまった。  
まさかその一週間後、寒空の下泣きながらこの場所で突っ伏す事になるとは夢にも思わなかったが。  
 
 
「……どうしよう……」  
レンを怒らせてしまった。理由は分からない、が、きっと自分のせいだとリリィは思い込んでいた。  
仕事が終わった後、折角だから鏡音姉弟の仕事の様子を見て、もし日が沈む前に終わったら雪見に誘おうとリリィは考えた。  
二人が今日仕事をする建物に到着すると、その二階の窓から、私服のリンが廊下に立っている姿が見えた。  
あら?とリリィは思った。先日二人は、今日午後からスタジオ入りって言っていたのに…。  
もしかしてこれから仕事が始まるのか、それとも終わったのか。どちらにせよチャンスだとリリィは考えた。  
今なら鏡音たちと接触して、雪見に誘えるかもしれない。  
警備のおじさんにこんにちは、と律儀にお辞儀で挨拶をして建物に入ると、どこか足取りも軽やかにリリィは二階へと上がった。  
先程リンを見かけた辺りへ進むと、楽屋であろう部屋の扉の横に『鏡音様』と書いてある札が掛かっていた。  
部屋の電気は付いているようだ。ちょっと胸をドキドキさせながらリリィは扉をコンコンと軽くノックした。  
「もしもし…鏡音さん、いる?」  
 
 
きっと仕事の邪魔をしてしまったんだ、とリリィは自分を責めた。ちょっと考えれば分かりそうなことを、どうして  
あの時考えようともしなかったのか。仕事が終わったという確証がないのだからメールで連絡を取るべきだった、  
先にスタジオに行って状況を確かめるべきだった、そもそも仕事がある日に私用で訪ねるのがいけなかった…。  
次々と浮かんでくる自分の落ち度に、リリィは涙が溢れ流れてくるのを抑えられない。  
生まれたばかりの新人だからという言い訳は通用しない。自分もれっきとした『ボーカロイド』なのだから。  
未熟さ、愚かさ、罪悪感、涙もろさ…そんな自分が全部嫌で、リリィは膝を抱えてまたむせび泣いた。  
 
 
―――――15:35  
 
ズシャ、と右上で土が崩れる音がした。  
パラパラと落ちてくる雪交じりの土塊が、リリィの右肩端にこぼれた。  
「…やっぱりここだったか……」  
発せられた声に驚いたリリィが頭上を見上げると、そこには今までずっと思い続けていた相手がいた。  
「…レン、君…!」  
しゃっくりを上げながら喋るリリィの右横へ、レンは木々の幹を段差にしながら降りて行く。  
滑らないように注意して坂道に着地すると、そのままリリィの眼の前で両膝を付き頭を下げた。  
「悪い、リリィ!!本当にごめん!!!」  
レンが突然現れたかと思うと急に謝りだしたので、リリィは正直困惑してしまった。  
「えっ…でも、私が、迷惑な事、したから」  
「違う!!リリィは何にも悪くないんだ!!」  
レンはリリィに暴言の理由を説明し何度も謝罪した。とにかくリリィには何の落ち度のない事を繰り返し強調した。  
「だからリリィ、悪いのは全部俺なんだよ、ごめん、本当にごめんな」  
頭を下げながらとにかく見つかってよかったと安堵するレンを前に、リリィも深々と頭を下げた。  
「…リリィ」  
「心配掛けて…ごめんなさい」  
「うん、気にすんなよ。ってか悪いの俺だし…無事だったからもう」  
って皆に連絡しないと、と言ったところでレンは自分の携帯電話が上着に入ってる事を思い出した。  
「やべ、携帯置いてきた」  
「あ、私持ってる…」  
リリィは抱えていた白いポーチから携帯を取り出すと、電源を入れた。  
俺が連絡するよ、貸してと言うレンに、グミの番号にかけた電話をリリィがそのまま手渡す。  
「グミ?俺、レン。うん、そう今リリィと一緒だから。うん。リリィ泣いてたから今ちょっと話せないんだ」  
リリィが両手を顔の前でゴメンと小さく合わせたので、ふるふるとレンは首を軽く左右に振った。  
「今から帰るから…え、そっち集合?あ、うん説教は覚悟してるよ。今回はマジで。うん。じゃ。」  
今どこに、と電話から洩れたグミの声がぷつりと切れた。  
「…どこにいるか、伝えなかったの…?」  
「うんまあ。まだやることあるし」  
 
 
「リリィ、今日は真っ白だな」  
「…うん」  
「あそこに寝そべったら、もっと真っ白だな」  
そう言って、レンは雪が薄く積もった更地に目をやった。  
「…覚えてたの…!?」  
「勿論。って言いたいけど思い出したの雪降ってきてからなんだけどな」  
その為に今日全身真っ白なんだろ?とレンはリリィを見てニカッと笑った。  
レンが行こうぜ、と立ち上がり、右手でリリィの左手を取った。レンに引っ張られた勢いでリリィもようやく立ち上がった。  
「ちょっと待って…」  
そう言ってリリィはコートを脱ぐと、レンに手渡した。  
「風邪引くといけないから、はい」  
「それだとリリィが風邪ひくじゃん」  
「大丈夫、私は元々厚着してるから」  
実際、走り回っていた時の火照りが冷め、雪の舞う空気に肌が悲鳴を上げ始めていたのでレンは好意に甘える事にした。  
リリィの方がレンより背が高いので、幸か不幸か腕がちょっときつい以外は丈がぴったりだった。  
あったけ、ありがとなとレンはリリィに礼を言った。普通逆だよな…と心の中で少々悔しがりながら。  
でもなんかいい匂いするから…まあいっか、とレンはさらに勝手に納得する事にした。  
 
 
―――――15:45  
 
「まだそんなに積もってないけど、まあイケんだろ」  
二人はざくざくと更地の中心地に行くと、とりあえず座ってみた。さすがに尻が冷たい。  
「折角だから、写メ撮ろうぜ」  
リリィの携帯電話を借りると、レンはリリィの前に立ってそれを構えた。  
「はい、モデルさんどうぞ〜」  
「ちょっと恥ずかしいけど…ふふっ、なんか笑っちゃうね」  
スカートからブーツまでは黒茶だが、コートを脱いでも腰上の衣装は全部白で統一されていたので、リリィが寝そべると  
上半身が雪に溶け込んだように見える。未だ雪が降っているため積もった雪の上に乗った下半身と金髪の上に更に雪が散らされ、  
それが光の粒のようにきらきらと輝くので、雪の精みたいだなとレンは思った。  
「ん、撮れた」  
その言葉に起き上がろうとしたリリィをレンは左手で制す。  
「?」  
「俺が横に寝るから」  
雪上に乗っているリリィの左側の金髪を彼女の方に寄せると、その空いた場所にレンがどっか、と寝転んだ。  
「夕方だからちょっと暗いけど…モード合わせたし大丈夫だよな」  
「…ありがとう」  
「今俺の携帯に送るわ」  
「えっ…?」  
「だって綺麗じゃん、すげえ綺麗」  
で壁紙にするとレンが言いだしたのでそれは止めて止めてとリリィはあわてて携帯電話を取り返そうとした。  
リリィの手に携帯が戻ると、もう送っちゃったもんねと小生意気に意地悪な顔でレンが笑うので  
リリィはもう赤く染まった顔を両手で覆うしかなかった。  
「リリィの照れ方ってカワイイよな」  
「…かわいく、ないよ」  
「そんなことない。カワイイ」  
「…変だとは、思わない?」  
リリィの言っている意味が全く分からないのでレンは何が?と訊くと、彼女の顔を覆った両手がちょっと下にさがり、  
透き通った青眼がちらりと覗いた。  
「見た目、お姉さんっぽいのに性格が子供っぽいでしょ…私。だから」  
ああ、とレンは身体の右横を下にして正面をリリィに向ける体勢になった。  
「ボカロは皆最初は子供っぽいらしいぜ、人間からすれば」  
「そういうのじゃなくて…私話し方も皆より遅いし、考え方が子供っぽいし…」  
リリィの言わんとしてる事がなんとなく分かったので、レンは眉をひそめた。  
「他人に何かいわれたのか?」  
「………」  
その沈黙を肯定の意味としてレンは受け取った。  
「それ、変じゃなくて個性っていうんだよ」  
「個性…?」  
「そ、個性。リリィしか持ってない魅力ってやつ」  
しんしんと降っていた雪は、いつの間にか止んでいた。  
 
 
―――――15:50  
 
大体『変』なんて基準誰が決めんだよ、とレンは更に続けた。  
「外見で人を勝手に決めつける奴なら気にしない方がいいって。ただでさえ色んな曲によって俺らの人格が  
多種多様に形成されんのに、それを自分の感覚に当てはまらないからって『変』扱いする奴は…  
その内そいつ自身が世界からハブられる」  
あと、リリィは子供っぽいのとは違うだろとレンは付け加える。  
「違うの?」  
「俺はそれを言うなら純粋、だと思うんだよな。雪に埋もれて真っ白になる、とか」  
そう、なのかな?とリリィが首を傾げるのでそうなんだって、とレンは返した。  
「逆に俺には、もう純粋のかけらもないけど」  
「そんな…」  
「ホントホント。証明しようか?」  
え?とリリィが言ってる間にレンの両腕が彼女の脇下に回り、その全身をぐっと引き寄せた。  
「……!!!」  
近い。具体的には互いの息が顔にかかるほど近い。というより、顔以外の部分が互いに完全に密着した体勢だ。  
リリィが目を白黒させていると耳元に囁き声が落ちてきた。  
「さっきは…本当にごめんな」  
「レンく…」  
「ごめん。泣かせてごめん。本当にごめん」  
謝る立場なのに抱きしめてるとかふざけてるって思われるかもしれないけど、とレンは両腕に力を込めた。  
レンの顔がリリィのそれに対し真横に移動したので、互いの表情は見えなくなった。  
「俺さ、あんな酷い事言ったから…もしリリィがショック受けてさ…もしも…もしものことが起きたらって」  
「レン君」  
「リリィ見つけるまで、ずっと怖かったんだ、俺のせいで、もし」  
「…」  
「リリィが…リリィがさ…いなくなったりしたら、俺」  
キュ、とコートの脇下が摘ままれる感覚を、レンは感じた。  
「…私も、よかった」  
「え」  
「…怒らせちゃったって…悲しくて…」  
リリィが、かじかんだ指先に精いっぱいの力を込める。  
その行為がレンの胸を締め付ける。先程とは違う、じんわりとした優しい痛み。レンはリリィの首元に更に顔を埋めた。  
「ごめん、リリィ、ごめんな」  
 
 
「…もうリンちゃんにも、酷い事言っちゃだめだよ」  
「……だな」  
「喧嘩も、だめ」  
「…喧嘩は…ちょっと…」  
「だーめ」  
「……最善を尽くします」  
 
 
―――――16:00  
 
遠くで夕方のチャイムの音が鳴っている。  
「もう…帰らないと日が暮れちゃうね」  
やんわりと遠まわしな言い方ではあるが、帰ろう?とリリィは提案しているのだろう。皆も待っているから、と。  
しかしレンはまだ、と首を横に軽く振った。  
「風邪ひいちゃうよ…?」  
「…寒いか?」  
「うん…でも私よりレン君が薄着だから心配で」  
じゃあさ、とレンはリリィの正面に顔を戻すと一つの提案をした。  
「レン、て呼んでよ」  
「え?」  
「『君』なしで、呼び捨てで。そしたら帰る」  
レンの提案の意図が読めないが…彼がそれを望んでいるなら、とリリィは思った。  
目の前の彼をじっと見つめながら、名前を呼ぶ。  
「…レン」  
「…もっかい」  
「…レン…」  
「………」  
するとレンは俯き、そのまま黙り込んでしまった。  
何かいけなかったのかとリリィが不安になり、どうしたのと尋ねようとした時、  
「……ぃ」  
とレンが何かを呟いた。あまりに小さい声だったのでリリィにはそれがうまく聞き取れなかった。  
「…どうしたの?」  
「カワイイ」  
「え…っ」  
「リリィ、すっげえカワイイ…!!」  
そう言われた瞬間、レンの顔が近づいたと思うと急に息ができなくなってリリィは硬直した。  
いや、息ができないというよりは―――口で口を塞がれている。  
「………!!!」  
「………っ」  
リリィはどうにも動けないのでしばらく我慢していると、その内レンの口が彼女の口から離れて行った。  
「………!?」  
言葉が出てこないリリィにレンはへへ、と歯を見せながら笑顔を返す。  
「リリィ、キスは知ってる?」  
「…言葉は知ってる」  
「今の、キスだよリリィ」  
「今…の?」  
あとこれも、と言ってレンはリリィの右頬についばむようなキスをちゅ、ちゅと降らせた。  
「ふ…っ…」  
「顔真っ赤だ…カワイイなあホント」  
「…ええっ…」  
「あと…柔らかい」  
「!!!」  
いつの間にか、自分の背中に回っていたはずのレンの左手が腰下後ろを撫でている事にリリィはようやく気付いた。  
ゆっくりと上下に、臀部を撫でられる度に背筋に妙な電流が流れる。  
「ふっ…あ…」  
「気持ちい?」  
「……?」  
「嫌じゃない?」  
「う…ん…なんだか…体…しびれ…て熱く、なって…」  
「それ、気持ちいいって事だよ」  
耳元で囁くレンの吐息にリリィはまた身震いした。  
 
 
―――――16:05  
 
冬の夕暮れはつるべ落とし。辺りがどんどん暗くなっていく。  
だがレンのリリィへの愛撫は一向に止まらない。  
周りは雪に覆われてとても冷たいのに、内蔵機器がどんどん熱を帯びていく。  
暫くして、レンは着ているコートの前を開けるとその胸中にリリィをすっぽり包み込んだ。  
「…レ、ン?」  
「足は寒いままだけど…この方が暖かいだろ?」  
そう言ってレンはキスと愛撫の嵐を再開させる。  
「ひぅ…ん…っ」  
「リリィ、我慢すんなって…」  
ぎゅっと固く噤んでいるリリィの口に、レンの右人差し指が差し込まれる。  
「声…俺しか聞いてないからさ…」  
「っふ……ん」  
「聞きたい…リリィの声、聞かせて」  
「やっ…あ…」  
「ほら…キレイな声」  
「あっ…ふあ…んぁっ…」  
「すげえイイ…キレイな声だな、リリィ、ほんとカワイイ」  
「あぅ…ふ…あっ…」  
声を出す、という事に対して腹をくくったのか、リリィはレンの右首元に顔を埋めた。  
「あん…あっ…ふあ…」  
首筋と右耳を通してレンの脳髄回路にリリィの嬌声が響く。  
「…っあ…すげ…」  
甘い声って本当に甘いんだな、とレンは頭のどこか端っこでぼんやりと考えた。  
超チョコバナナサンデーとかの比じゃない、これは聴き続けたら脳味噌のIC融ける…。  
「レ…ン…っず…るい」  
「…っえ?」  
「レン…ばっか、り…たしの声…き、いて」  
なるほどこれがおねだりか、とレンは直感的に思った。  
 
「俺の声…聴きたい?」  
こくりと、リリィは頷く。ちらりと見えた青眼は涙で潤っている。  
「どんな声がイイ?甘い声?優しい声?激しい声?」  
「………」  
全部ですか。Appendにおまかせ。  
「じゃあリリィ、して欲しい事言ってくれよ」  
それに俺が応えるからとレンが言うと、こく、とまた頷いたリリィが一層身体をすり寄せてきた。  
レンの右耳にリリィの小さな小さな声が届く。  
「…のね…」  
「うん?」  
「ちょっ…くら、い、なら…レ…ンの、いじ…わ、る…す…き」  
「…いじわるって?」  
「……んふあぁっ?!」  
臀部を撫でまわしていたレンの左手がミニスカを捲り、とうとう黒タイツで覆われた割れ目へと伸びてきた。  
更にレンは声のライブラリを『cold』に合わせ、リリィに囁き続ける。  
「いじわるって…なんだよ、なあ」  
「あっあ…っあっ……んあああっ…ふぁ…」  
小指を割れ目の後ろ、薬指をその真ん中に引っかけながらぐりぐりと強く捩じり込む。人体で言う二つの『穴』の部分だ。  
「俺、いじめてなんか、ないぜ?リリィに気持ち、良くなって欲しい…からさ」  
「ふぅ…んんっ?!あ、ああ、んふあああああっっ!!!」  
空いている指の爪でタイツをカリカリと引っ掻きながら前方まで手を深く差し込むと、  
タイツ上からでもちょこん、と立っているのが分かる『豆』が中指の先に当たった。  
それを人差し指と中指の先で摘まんでやると、リリィの身体が大きく跳ねた。  
「は…ぅ、っあ、あっ、ふああ…」  
「俺だって、知識、だけで動いてるから…つっ」  
レンは、リリィの右手が自分の股間に当たっているのを感じた。  
キスさえよく知らないリリィがたまたま起こしたミラクルであった。彼女の身体が震えて跳ねるたび、  
その右手が股間を圧迫する。自分で触るより断然気持ちがいい。  
しかしそれよりも、レンはリリィの喘ぎ声に全感覚を集中させ始めていた。  
「んぁ…あっ、んああああっ…」  
「…う、わ…声…っ」  
「あっ、あっ、レ…ンっ、んふぁっ」  
「…っ…あ…やば…リリィ、声、やばい」  
『音』こそが存在意義である彼らボーカロイドにとっては、嬌声を共鳴させる事が最高の性行為になる。  
身体中に響き渡る互いの『音』に二人は酔いしれ、夢中になった。  
「んふぁ、ふあっ、ん、んんんっ、んあぁっ」  
「あっ…声…声でイクっ…やば…」  
「んぁ…っレ、ンっ………!!!」  
「っああ、リ、リリィ…声、くぁ…っ!!」  
 
 
ここからは先は、完全に二人の嬌声がハモった、かも、という断片的記憶しかレンには残っていない。  
おそらくはエクスタシーを得たはずである。が、それも気持ち良すぎてどうやらそこの記憶に関するメモリが飛んだらしい。  
リリィに聞くと同じ、と答えるので、まあ二人で気持ちよかったんだからいいか、とレンは思う事にした。  
 
 
―――――16:40  
 
「リリィ―――――!!!」  
もう少しでクリプトン家に着く所で、二人の目の前に現れたリンがリリィに飛び込み抱きついてきた。  
「リン、ちゃん」  
「ごめんねごめんねごめんね、あたしたちのせいでっ、リリィ、ごめんねっ…」  
大丈夫、こっちこそごめんねとリンを抱きしめ返すリリィの横で、リンと一緒に外で待っていたミキにレンは頭を下げた。  
「悪い、迷惑掛けて」  
「いいよぉ、気にしないで。二人が無事に仲直りできてホントによかった」  
皆、待ってるよと笑顔で言うとミキは家の方角にかぶりを振った。  
ウス、と応えながらレンは自分の左ではぐはぐしてる二人を目で追った。  
リンがしがみ付きながらあまりにも謝り通すので、リリィがむしろ慰め始めているところであった。  
レンは自分の置かれている状況について、ミキに尋ねてみる。  
「…皆、怒ってるか?」  
「ん〜、がくぽさんあたりが、若干しかめっ面だったような…」  
そりゃそうだ。  
カワイイ妹へ罵声を浴びせた挙句行方不明にさせ、尚且つ見つけてもすぐに帰宅させなかった少年を簡単に許せるはずもない。  
 
 
しかもエッチな事をしていた。  
知られたら殺される。  
 
 
「でもグミが、がくぽさんは涙もろいからたぶん大丈夫って言ってたよ」  
「いや、覚悟はしてるよ。今回は完全に俺が悪いし」  
ミキのさりげないフォローにレンは右手を上げて苦笑した。  
あの事は二人だけの秘密にしような、とリリィとは約束をしている。しかしリリィが上手い方便を使えるわけもないので  
その辺の受け答えにはレンが全部応対する事にしていた。自分がボロを出さなきゃバレる事はない。  
それとは別にしても、リリィを傷つけてしまった事についてはちゃんと反省の意を皆に伝えたいとレンは考えていた。  
けじめは、しっかりとつけなければならない。彼女が大事だからこそだ。  
ようやくスーパー謝罪タイムを終了したリンがレンの方に顔を向ける。  
「レン、ちゃんと謝った?ちょっかいとかしてない?」  
「ったりめーだろうが、変な事聞くなっつー」  
「だってー見つかったって電話が来てから一時間も経ってるんだもん、何かあったのかなって心配してたんだよっ」  
「リリィが疲れてたからちょっと休んでたんだよ、俺も走り回って疲れてたし」  
「ふ〜ん…」  
平常心。何も問題なし。  
未だリリィにしがみついているリンはそのまま彼女を見上げた。  
「それじゃ、おうちに帰ろう?お兄ちゃんたち待ってるから」  
「うん…ありがとう」  
「ルカさんたちがご飯作ってくれてるしね」  
「マジで!あーもうそんな時間か…」  
 
 
この後リリィ帰還に神威がくぽが号泣したり、リリィが子供組で明日の早朝に雪合戦する事になって喜んだり、  
そういえばタイツを破いてしまったとリリィがグミに謝った、と同時にレンがカフェオレを吹き出してさらに一騒動あったりするのだが。  
この話は、ひとまずこれにて終幕。  
 
 

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