布団に包まりながら少年向け漫画雑誌を読む。最近になって覚えた、暇の潰し方だ。冬の寒い日はこれに限る。  
 VOCALOID……というよりも機械らしくない私のくつろぎっぷりに、口をあんぐりと開けて呆れてしまう人もいるかもしれない。  
 だけどマスターはこんなだらけた私も可愛いといってくれるので、私個人としては他人の視線はわりとどうでもいいのだけれど。  
 
 そんな感じで今日も今日とて、ぐてーっとだらける私。  
 雑誌の中では主人公の髪の毛が急速に伸び、全長数Kmに達すると共にパワーアップしていた。  
 なるほど、よくわからん。  
 雑誌をパタンと閉じ、ふわぁ〜と大きな口を開けてあくびをする。  
 布団の中は心地よい暖かさで、すぐに眠気が私に襲い掛かってくる。  
 そのまま睡魔に身をゆだねよう……としたところぽすんと私の頭の上に何かが乗っけられた。  
 ひんやりとした感触に慌てて起き上がると白いビニール袋を持ったマスターが立っていた。私に乗せたのはどうやらそのビニール袋のようだ。  
 
「ネギを買ってきたぞ、ミク」  
「はぁ……なんですかマスター、藪から棒に」  
「ネギだ。……大変健康によい、アレだ」  
 
 マスターがビニール袋から取り出したのは、それはそれはご立派な極太下仁田ネギ。  
 そんなものをご拝謁できる私は特別な存在なんだと思いました……ということはなく、頭の中では疑問符だけが湧く。  
 
「それがどうしたんですか」  
「冬は寒い。寒いと風邪をひいてしまう。ならばこのネギを使い予防しなくてはならない」  
「よくわからないんですけど、晩御飯にそれを使えってことですか」  
「……それもいい。が、それだけではない。今出したそれは君の尻に挿し込むためのものだ」  
 
 ……は?  
 理解不能。ネギは食用。OK。  
 辞書検索。『民間療法 ネギ』  
 ……Hit!  
 
「えーっとマスター。私はその、機械なんで、そういう意味でのウィルスとは無縁ですよ……」  
「君の尻に挿し込むと俺は大変興奮する。興奮すると免疫力が上がる。すなわち風邪の予防として機能するのだ!」  
「のだ!って言われましても…… マスター自身のお尻に挿せばいいんじゃないんですか」  
「君はバカか! 尻にネギを挿すなんて変態じゃないか!!」  
 
 何を言っているんだろうこの人。  
 私のおつむではちょっとこの超展開についていけないみたい。  
 最新型VOCALOIDの優秀なおつむならきっと何を言っているのかわかるんだろうけど。  
 
「安心するんだ! こんなこともあろうかとローションを買っておいた!」  
「え、あの、ちょっと……」  
「さぁ、尻を突き出すんだ! そしてパンツを脱げ!」  
「嫌です」  
「何だと!?」  
 
 驚愕に染まるマスター。目と口をかっと開いて、ちょっと怖いです。  
 何もそんなに驚かなくても。というかいきなりお尻を出せって言われたら普通誰でも断るでしょう。  
 マスターは両手を万歳するかのように挙げるとそのまま崩れ落ちていき……  
 土下座。  
 地上に跪きながら礼をした。一切のプライドを投げ捨てて。  
 
「お願いしますミク様〜! どうか、どうかご慈悲を! 何卒ご一考してくださいませ!!」  
「ちょっと何やってるんですかマスター! そんな、頭下げてまでもやりたいんですか!?」  
「ミク様にやって頂けないのならば……彼女のいない惨めな私は……お金を払って、見ず知らずの女人の尻に挿さねばならず……ッ!」  
 
 
 マスターをチェンジする制度ってあったっけ。  
 心中で盛大にため息をつきながら、しょうがない人だなぁと思う。  
 ……お金を払って女の人のお尻にネギを挿すマスターと私のお尻にネギを挿すマスター、果たしてどちらがマシか。  
 
 ――脳内会議の結果、どっちも最低ではあるが……お金を払わない後者の方がまだマシ? という結論がはじき出された。  
 脳内の過激派が『マスターと愉しむ倒錯的な肛的交渉ハァハァ』などと騒いでいたが、とりあえず無視する。  
 
「……もう、しょうがないんですから」  
「それは積極的賛成と受け取っても宜しいですか!? さっすがミク様、話がわかるぅ〜!」  
 
 控えめながらも許した途端、満面の笑みを浮かべ私を見上げるマスターにちょっとだけ気分がよくなる。  
 彼女がいないということに、私の中の独占欲が刺激されたからかもしれない。  
 だからといって無条件でさせてあげるわけではないけど。  
 
「た・だ・し! 一つお願いがあります」  
「な、何でしょうか。私の菊の門に何らかの異物を挿入しろ、といった類のものでなければ何なりと!」  
 
 そんなに尻に挿れられたくないんだったら、他人にしようとしないでください。  
 咳払いを一つして気を取り戻すと、VOCALOIDなら誰もが望むことを一つだけ言う。  
 
「曲を一曲作ってください。それでその再生数が一週間で1000を超えたなら、してあげてもいいですよ」  
 
 
 私は曲を作ることが出来ない。曲の良し悪しはもよくわからない。だけど歌うことは好きだ。  
 歌うことで誰かが喜んでくれるから。  
 自分が存在していることに意味があると感じられるから。  
 だからいつもいっぱい悩みながらも私だけの曲を作ってくれるマスターが好きだ。  
 たとえ私を楽器としてしか見ていなくっても、必要としてくれるマスターが大好きだ。  
 そんなたくさんの思いがこもったマスターの曲を、いつまでも歌い続けていたい……  
 
 
 
 そう思っていたときもありました。  
 興奮のせいかそれとも睡眠不足のせいか、目を血走らせたマスターにこの九割以上が放送禁止用語で構成された歌詞カードを渡されるまでは。  
 
「どうだ、俺の魂の叫びが籠もった渾身の力作は! さあ、後は俺が君を調教、もとい調律してやるだけだ!」  
 
 マスターはいつも一ヶ月以上かけてようやく作品の方向性を決めていたのに、今回に限って三日でほとんど完成間近まで仕上げていた。  
 というか、後は私が歌うだけでほぼ完成だった。  
 
「あ、あのマスター。なんだかすご〜く興奮しているみたいですけど、とりあえず少し休んだら……」  
「大丈夫、俺は冷静だ。クールな熱血漢だ」  
 
 ぜんぜん冷静じゃないですマスター。  
 ……まぁどんなに嫌がろうとも私はVOCALOIDですから、最終的には歌うことになるんでしょうけどね。  
 
 結局私はマスターのいつも以上に熱のこもった指導の下、九割以上が放送禁止用語で作られた歌を歌い、某動画サイトで配信されることとなった。  
 私の歌は一週間で再生数が1000を超えたことがないので、どうせこの歌も一週間程度じゃ1000を超えないだろうと思っていた。  
 ところが私の予想に大きく反して、配信後1時間で再生数が1000を超え、さらに3時間後には再生数がなんと5桁に達した。  
 世の中には私の想像以上に変態が多いようである。  
 しかしながら、マスターが投稿したサイトは18禁の内容を含む動画は投稿してはいけないという規則があったりする。  
 そのため、私の歌は一週間どころか一日と経たずに運営の方に削除されてしまった。  
 なんというか、お疲れ様です。いろいろな方々。  
 
 
 
「元気出してくださいよ」  
「ミク……俺、もう……」  
 
 あんな歌、作る前から投稿すればどうなるかなんて誰でもわかりそうなのに。  
 それでも徹夜で作って、こうして本気でへこんでいるマスターは多分、世間ではバカというんだろう。  
 ……そのバカを励ますためにこうしてお尻を好き放題に弄らせてあげている私もバカなんだろうけど。  
 まぁ、バカはバカ同士お似合いでしょうね。  
 
「ほら、マスター……お尻も悪くないでしょ。だから……元気出して、ね」  
 
 
 

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