初音ミクは不満だった。
何が不満かというと、氷山キヨテルの口調が不満だった。
キヨテルは基本女声陣には敬語で話しかける。しかし男声陣にはフランクに話をする。それが気に食わない。
しかも女声陣にはわざわざ『さん』付けで呼ぶ。とても気に食わない。
彼が自分に紳士的な態度で丁寧に話しかけてくれるのはよく分かる。だからこそ気に食わない。
あまりにも不満が蓄積したのでミクはキヨテルに直談判を行った。
「…と言いますと?」
「他人行儀っぽいでしょそんなの!それがイヤなんだもん」
「そう感じてましたか…それは気付けなかった」
今度発表するデュエット曲の収録が終了した二人は、帰宅前に控室で一息ついているところであった。
畳の上で湯呑の緑茶を飲み干したキヨテルは、隣に正座しているふくれっ面のミクの表情を見て素直に陳謝する。
「申し訳ありません。良かれと思ってしていた事が裏目に出てしまい」
「だーかーらー!!」
途端ミクは天井を仰ぐ形で大声を張り上げた。
「なんで一緒に仕事した仲間にそうも敬語口調なのよぉー!!」
「…いや、これはもう性分といいますか」
「男共にはタメ語じゃない!!」
「それは、一度皆でカラオケに行ってそれ以来」
「見苦しい!!あー見苦しいよ言い訳なんてセンセ!!」
キヨテルがぐっと声を詰まらせたのでミクは、ほれ見た事かという風に目の前の眼鏡を睨み付けた。
「ミキやユキちゃんやいろはさんには普通に喋ってるし!!」
「同じ屋根の下に住む家族にわざわざ敬語は使いませんよ」
「ほらまたですます口調」
「……」
キヨテルの眉間に皺が寄った。言い訳はムカツクが先程から目を逸らさずにいるのは評価しようか。
誤解しないでよね、とミクは注釈を付け足す。
「別に全部の口調を変えてって言ってるんじゃないよ?ただ私には変に気を使わずにタメ語で話して欲しいの」
「……」
「折角一緒の仕事したからもっと仲良くなれると思ってたのに…妙に線引きされてるみたいでイヤ」
ミクは頬を膨らませたままぷいっとそっぽを向いた。
わがままではない。決して私はわがままではない。
キヨテルが先生という肩書を持っている事も知っているし、それ故の丁寧な口調である事も承知している。
しかし自分は彼の生徒でもないし、また年上でもない。実年齢ではなく、設定年齢だが。
今までも散々アプローチしたのだ。このような直接的な形ではないもののさり気なく、友達の様に接してくれと。
しかし結果はこのザマである。この唐変木!!
音楽の世界に生を受けた歌姫はやはり自分は正しいと心の中でふんぞり返った。
「なら言わせてもらいますがね」
「?」
キヨテルが未だ反論口調で話すので、ミクは横向きの顔をそのままに両目だけ彼の方へ睨み動かした。
目に映ったのは普段と印象が違う顔―――眼鏡を外したキヨテルの姿であった。
「先生と呼ぶのは止めてもらえないかな」
「え?」
「君はよく僕のことを先生と呼ぶ。そんな態度じゃとてもタメ口にはなれない」
眼光が急に鋭くなったキヨテルに、ミクは一瞬たじろいた。が直ぐに反応を返す。
「べ、別にキヨテルさんの事を本気でそう呼んでるわけじゃ」
「そうやって『さん』も付ける。自分がやっている事を人にはするなと言う」
「っ…!!」
「タメ語で話して欲しいならそれもいい。しかし、何故怒りながらそれを伝える?」
「う…」
「わざと可愛げの無い反応をして。相手を煽る様な態度を取って」
そう言いながらキヨテルは右手で摘まんでいた眼鏡を顔に掛け直すと、ふう、と息を吐いた。
「それでは話すこと自体億劫になってしまいますよ」
「……」
だって、と言いそうになる口をミクは必死に抑えた。
ここで反論をすれば今まで築いてきた関係が本当に何もかも破綻する事位、ミクにも予想ができた。
ここまで簡潔にザクザクと言葉を突き刺されたのは久し振りかもしれない。いつもは、家族と他愛の無い喧嘩をする位だ。
身体に響いた彼の台詞を思考回路で反芻して懸命に咀嚼する。ここでだらだらと返答すべきではない。
「…ごめんなさい」
「…ミクさん。僕が言いたいのは」
「うん、ちゃんと分かった…求めるだけじゃなくて、私も歩み寄ればよかったんだよね」
ミクが再度ごめんなさいと頭を下げた。そのため、キヨテルが右腕を挙げた事にミクは気付かなかった。
ぽん、と軽い衝撃がミクの頭に降りてきた。ミクの頭に触れた右手でキヨテルは静かに、少し驚いた彼女を撫でる。
「まあ確かに僕にも落ち度があったんでしょう…はっきりと伝えてくれたのは好かったですよ」
「…そですか」
「そですよ」
再度ぽんぽん、と頭を軽くタップされたのでミクはゆっくり顔を上げた。
ミクが恐る恐るキヨテルを見上げる。彼の表情には微笑みが浮かんでいたので、ミクは無意識にほっと息を吐いた。
「あのう」
「はい?」
「せn…キヨテルさんて眼鏡OnOffで性格変わるの?」
「そんな設定をして生かせるほど僕も若くはないですよ」
ミクの質問に軽く声を出して笑いながら、キヨテルは眼鏡の端を右手で持ちズレを直した。
「でも一種の仮面の意味はあるかもしれないですね、眼鏡を掛けている時は『先生』であるという」
ミクの中で何かが疼いた。何かと問われれば困るのだが、とにかく何かが。
脳裏をよぎったのはキヨテルがロックバンドのライブで熱唱している姿。
そうだ、あの時彼は眼鏡を―――。
「キヨテルさん、こっち。こっち向いて」
帰路に着こうとキヨテルが控室の扉を開けようとしている後ろから、ミクが声をかけた。
振り向いたキヨテルの顔にミクは即座に両手を伸ばし、素早く彼の眼鏡を奪い取る。
「っ、と」
「えへへ〜」
ミクは眼鏡の無くなったキヨテルの裸顔を眺めると満足そうにふにゃっとにやけた。
「…何の真似かな」
「眼鏡無いとアイスマウンテン・テルになるんだね」
視力が落ちた所為かキヨテルが若干目を細めているので、それを見てミクはそうそうコレコレと自分の中で勝手に納得をした。
少し細目になる事で彼の持つ柔らかい雰囲気に対し、いい具合に男気が加わりそれがきりっと締まる印象を受けたからだ。
いわゆる男前、今で言うイケメン顔である。あくまでミクにとって、だが。
素顔もカッコいいからコンタクトもありかもね〜、などと軽くはしゃぐミクにキヨテルは駄目元で尋ねてみる。
「返してくれないかな、夜目は特に悪いんだ」
「イヤです」
「……はぁ」
「酷い、純粋な乙女の前でそんなに深いため息とかっ」
いやんいやんと体を左右に振り、すっかり普段の調子に戻ったミクにキヨテルは閉口した。呆れている訳ではない。
これがミクの魅力なのだ。カラフルな彩で現れる、二度と同じ景色を持たない花畑の様な、まさに乙女の塊。
そんな姿を隠さず見せているのは、ミクがキヨテルを信頼している事を表す。
実際、キヨテルに対して礼儀正しく優しい印象をミクは強く持っていた。だから信頼もするし、冗談で『先生』と呼んだりしていたのだ。
しかし先程の件も考えるとあまり調子に乗ってはいけないな、と流石にミクは思ったので
「ごめんごめん、はいどうぞ」
と眼鏡を畳んでキヨテルに返そうとした。
バチン、という音と同時にミクは目の前が真っ暗になった。
瞬間、身体が若干浮いた感覚と共に背中に何かが巻き付き、胸側に固い壁の様な物が押し付けられる。
違う。これ、壁じゃない。
「それなら…純粋じゃなくせばいいのかな」
「ふ、え?」
部屋の電気が落とされた。キヨテルの暖かい吐息がミクの耳朶に落ちる。というか彼に抱きしめられている。
ミクの背中に回されたキヨテルの腕が、右の方だけするりと腰下へ下がっていく。
「え、ちょ、センセ」
「先生はないだろミク…折角二人きりなのに…」
甘い囁きと臀部が摩られる感覚に襲われ、ミクはひぅ、と声を漏らして軽い痙攣を起こした。
「あ、ダメ、そんな」
「随分ありきたりな言葉を吐くじゃないか…」
キヨテルは左手でミクの右手から眼鏡を奪い返すと、彼の左下に置かれたバッグの上にそれを投げ置いた。
ついでにミクの肩に掛かっていたショルダーバッグも剥ぎ取り、床に捨てる。
「歌姫の名は飾りかな?」
「う、な、なんで」
「それなら…勝手に囁かせてもらうよ」
狼に豹変したキヨテルにミクが対応できないまま泡を食っていると、彼の左脚がミクの内腿の間に侵入して来た。
ミクはキヨテルの左脚に跨る形で恰好を固定され、自身の左耳に彼の唇が引っ付く。
地面から浮いた身体では身じろぎもできず、ミクはキヨテルの肩にただしがみ付くしかなかった。
「さあミクよく聴くんだ…これが、俺の声」
ミクは、自分の息がどんどん荒れていくのを止める事ができない。
もうどれくらい時間が経ったのだろうか。キヨテルはミクの耳元で甘い言葉を囁き続け、左脚をリズムよく揺らし続けている。
身体の震えが止まらない。耳と秘部に熱が溜まり、思考が融解する感覚。
「あ…うぅ…」
「気持ちいいのかな?腰が勝手に揺れてるよ」
「っ…違…」
「違わないね…ミクが廻して押し付けてるんだろ…」
キヨテルは脚の動きを止めると、ミクの腰が一層揺れるのを確認してくつりと笑った。
「こんなにエッチな娘だとはね…」
「い、やぁ…」
「本当に嫌なら最初に逃げられた…だろ」
そうしてキヨテルは数十回目のキスをミクの耳たぶに落とし、そのままそこにしゃぶりついた。
背筋を駆け抜ける電流に誘われ嬌声を叫びそうになるのをミクは必死に我慢し、唇をぎゅっと結ぶ。
「……っ……」
「…駄目だなミク、自分を偽っちゃあ」
キヨテルの右指のどれかが、ショーツの上からミクの後ろ穴に強く押し込まれた。
「んぁああぁあああっ!!」
とうとう漏れた自分の喘ぎ声にミクは恐怖した。このまま、このままじゃ…!!
「ミク…一人で唄うのはもう飽きたよ…」
彼の声と刺激に、飲まれ、る―――…!!
「だから…今度は一緒に…」
ううん…の ま れ た い…
「…唄おう?」
高らかに響く自分の嬌声によって、ミクの理性はシャットダウンされた。
欲望と官能の渦中に急激に沈められたせいか、ミクは視力回路の正常動作を奪われた。
ついでに三半規管を担うジャイロも機能停止したらしく、上下左右の感覚も失っていた。
ミクが感じられるのはキヨテルが発する声と彼が全身に這わせた愛撫による快楽だけだ。
「んあぁ…っふあ!あっ…」
「随分恥ずかしい恰好をする、な」
「ひぅっ!!あ、あぅ…」
「そんな風に…いつも男にねだるのか」
自分がどのような恰好をしているかなど、ミク自身にはわからない。
キヨテルによって淡々と囁かれる己の状況を聴いて、想像を掻き立てられたミクは増々興奮するしかなかった。
つぷつぷつぷ、と何やら生々しい音がミクの鼓膜を揺らす。
「…悪い娘だ」
「ごっ…めんな、さぃ…」
ぷちぷちぷち、と更に妙な音。
「ああ…前言撤回だ。ミクはハナっから純粋じゃなかったな」
「……めんなさぃぃぃ…」
痙攣する体中から液という液が流れ出る感覚。その中で唯一逆流する熱い何か。
ぷちゅる、というおトガハじケタかトオモt
「…この、淫乱娘」
初音ミクは不満だった。
何が不満かというと、氷山キヨテルの口調が不満だった。
キヨテルは基本自分には敬語で話しかける。それが気に食わない。
しかもわざわざ『さん』付けで呼ぶ。とても気に食わない。
彼が自分に紳士的な態度で丁寧に話しかけてくれるのはよく分かる。だからこそ気に食わない。
「…ホントに?」
「本当ですよ」
目が覚めたミクが、キヨテルに背負われて帰路に就いているのに気が付くと先程の事を繰り返し彼に尋ねるので、
もう何度目かになる説明をキヨテルも繰り返す羽目になっていた。
「服の上からボディタッチしながら耳元で囁いていただけ。本当です」
「ウソ」
「嘘も何も、涙の跡があるのと汗しか掻いてないのが自分でわかるでしょう」
先程から「本当」と「嘘」の掛け合いの繰り返し。一向に話は進展しない。
流石にミクも頭が冴えてきたのか、自分の体験した事例を挙げてキヨテルの右耳に直訴し始める。
「でっ、でもなんだかスゴいコトになってたよ!?恥ずかしいカッコしてるって」
「それは嘘です」
「なんか、ぷちぷち変な音したよ!?」
「それは僕の声で作った破裂音です」
「だっ…だって!!なんかドクドクって流れてたもん!!入れられて出されてたよ絶対!!」
「何の話か全く分からないのでもう少し具体的に」
「センセのバカァ!!」
そう言うとミクはキヨテルの短い髪を両手で掴み思いっきり引っ張った。
痛い痛い、抜けるから止めなさいと流石に声を張り上げたキヨテルにミクはタメ語話してくれないからイヤと叫び返す。
「分かった、分かったから…痛いから離してくれミク」
キヨテルの口調が自分の思い通りになったので、ミクはそれでよい、と彼の髪を両手から解放する。
「やっぱりそっちの喋り方がいいよ…」
えへへ、と軽く笑うとミクは両腕をキヨテルの首元に巻きなおした。
「……えっち、した、よね?」
「服の上からボディタッチしながら耳元で囁いていただけ…ってもう何度目かな」
「ウソ、したよ」
「挿入という意味ならしてないよ」
ショーツが自分の分泌液で湿っているのは見ずとも分かったが、確かに女性器に液体が溜まっていたり、
垂れてくる様な感覚をミクは感じなかった。
「…演技、だったの?」
ミクの腕に緩く力が込められた。返す様にキヨテルはミクを両腕で押し上げて背負い直す。
「途中で半気絶したから離そうとしたんだ、けれどがっちりとしがみ付かれていたからね。
これは完全に寝てもらわないといけないなと思って、無い事色々囁くしかなかったんだ」
「でも…」
ミクの声が弱くなった。幾ら音に敏感で感化されやすいボーカロイドとはいえ、それだけで幻覚まで起こしてしまうとは。
未だに自分の身に起きた事が、全部空想だという事実をミクは受け入れられない。
「じゃあ…どこまでホントだったの?」
ミクの質問にキヨテルはどこまでだと思う?と返すと見透かした様にクスリと笑った。
「君にはいろいろ意地悪をされたからね、その分お礼をしようと思って」
「ううぅ…」
ミクはキヨテルの右肩に顔を伏せて、黙る事しかできなくなってしまった。
確かに何度かキヨテルをからかって楽しんではいたが…その報復をこんな形で返されるとは……。
おとこのひとって、こわい。
暫く沈黙していたミクは、小声のままキヨテルに確認する様に話しかけ始めた。
「…でも…一緒に唄おうって…」
「それは本当」
「…あと…おしり…さわった…」
「ああ…後ろ穴に中指押し込んだら柔っこくてびびった」
「テルさんのエッチ!!変態!!最っ低!!!」
ぎゃあぎゃあと耳元で喚き出したミクをキヨテルは背中から落としそうになりながら騒ぐな、と大声で諌めた。
「通報されたらどうする!」
「いいよされれば!!それでボイスチェンジ使って被害者会見出るもん!!」
「色々飛躍しすぎだそれは!ってちょっと、眼鏡返しなさい転ぶだろ!!」
もうすぐクリプトン家に到着する。
結局ミクは最後までキヨテルに背負って貰っていた。
キヨテルは降ろす素振りを見せなかったし、ミクも自分で降りるとは進言しなかったからだ。
先程の眼鏡争奪戦で勝利したミクの額の上にはキヨテルの眼鏡が掛けられている。加えてその顔は晴れやかだ。
「もうすぐ着いちゃうね…ちょっと寂しいな」
「明日も一緒に仕事だろう、PVの撮影で」
「そういう意味じゃないの!もう…」
テルさんの唐変木〜とミクが口を尖らせながら嫌味を言うと、キヨテルは振り向く様に軽く顔を右に向けた。
眼鏡を外しているためにやはり細目になっている彼の顔を見て、ミクは更にニコニコした。
「…さっきから気になるな、その呼び方」
「え、『テルさん』の事?勿論ご褒美だよ」
ご褒美?意味不明。と言いたげな表情をキヨテルが浮かべたと感じたミクは、その顔に向かって飛び切りの笑みを返す。
「『ミク』って呼んでくれたし気を使わずにお喋りしてくれる様になったから」
だからご・ほ・う・び♪と言いながらミクはキヨテルにうりうりと頬擦りをした。
実に上目線だ。本人は意識していないだろうし、半分冗談なのを相手も承知しているので結局双方気にはしないが。
すっかり本調子を取り戻したミクにキヨテルもあえて冗談を返す。
「いつから僕は君の下僕になったんだい」
「え〜、Sなセンセが下僕な訳ないよぅ」
「何だよSって」
その一言で先程の出来事を思い出したミクは、それは…と言葉を濁らせた。頬が赤いのは擦った所為では、きっとない。
「だって…あんなコトとか…沢山言われた…」
「試しに色々囁いたら罵声が一番反応好かったからそれで攻めただけだし、それを言うならミクがMなんだろ」
「ちっ、違うもん!」
「違わないね、明日証明してあげようか?証明得意だから。最後までしてあげるからコンドーム持参しなさい」
「やっぱりサディストだ!テルさんの変態!!バカ!!大好き!!」
ぎゅうと両腕で首元にしがみ付いたミクに「はは、告白されたし」と返しながらキヨテルは破顔した。
俺でよければ喜んで、淫乱娘?