雪の積もる深夜の街道はひどく滑りやすい。転ばぬよう一歩一歩を確かめるかのようなゆっくりとした歩みで男は向かう。
自身のVOCALOID、巡音ルカが待つ自宅へと。
男はルカの誕生日プレゼントを数週間前から準備をしていたが、結局誕生日までに間に合わず、一日遅れの今日ようやくプレゼントが完成した。
プレゼントをゴルフバッグに詰め、後は彼女に渡すだけである。
一体どんなリアクションをとってくれるか、男はその様を想像し、思わず顔をほころばせながら家路に着いた。
「ただいま、ルカ」
「お帰りなさい。マスター」
わざわざ玄関に来て、挨拶を返してくれる。
ルカが来るまで一人暮らしだった男にとっては、こんな些細なことでも嬉しさを感じずにはいられなかった。
たとえ、相手が機械であっても。
「なんだか機嫌がよさそうですね。何かあったんですか?」
「その、一日遅れだけど……誕生日プレゼントだよ」
驚き、次に満面の笑みを見せてくれるだろう。しかし男の想像に反してルカが浮かべたのは困惑であった。
「あの……誕生日プレゼントって何ですか?」
「……そっか。ルカは生まれてから全然年が経ってないもんね。知らなくても不思議じゃないか」
「マスター?」
「よし、では僕がルカに手短にお教えしましょう! 誕生日にはね、みんなでその人が生まれてきてくれたことと、一年間無事に生きていてくれたことに感謝とお祝いをするんだよ」
なるほど、とルカが相槌を打つ。
誕生日というものを学んだ彼女は、男が自分の誕生日を祝ってくれていることに気づき、顔が笑みに染まっていく。
「それではマスター、これは……」
「うん、遅れちゃったけど。ルカ、お誕生日おめでとう」
「……ありがとうございます、マスター」
ルカが誕生日を理解して、さらに自分の誕生日プレゼントを喜んでくれた。
そのことに、男は例えようのないほどの幸福感を感じるのであった。
「プレゼント、今開けてもいいですか」
「ほら、玄関なんかじゃ寒いから。暖かい部屋に戻ってから、ね」
「はい、マスター」
「それじゃあ、開けますね」
「はい、どうぞ」
ルカの容姿は大人びているが、初めてのプレゼントを貰い興奮するその姿は年齢相応の子供っぽさであった。
ルカはごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりとゴルフバックのファスナーに手を掛け、じぃっと開いていく。
350度、縁を一周程度回転させファスナーを全開にすると、ルカは両手でゴルフバックの蓋を掴み、勢い良く持ち上げた。
瞬間、ルカは停止する。
ゴルフバックの中身と目が合ってしまったから。
無言で蓋を閉じる。
数秒間の沈黙の後、ルカは口を開く。
「……マスター、何ですかこれ」
「ルカの友達!」
もう一度、蓋を開ける。
ゴルフバックの中身と再び目が合う。
それは、人間だった。
イングランド系のナイスミドルであった。
「ヘイ、ルカチャン! ミーのネームはLEONデース。Nice to meet you!」
ルカは無言で蓋を閉じ、ファスナーを閉めなおした。
さらに台所から埋め立てゴミ用ゴミ袋(大)を持ってきたところで慌てて男が声を掛けた。
「ちょ、ちょっと待ってよルカ! 一体何がダメなの!?」
「たった今誕生日というものを知った私でも、プレゼントにイングランド系のナイスミドルを送るのはおかしいってわかりますから」
「いやいや、別に嫌がらせじゃないって! ルカってバイリンガルだから英語のデュエットもいいかな〜、と思って……」
ルカのジト目が、男に突き刺さる。
どうしてこうなった、と男は自問自答するが答えは出ない。
「ほら、LEONって本当は英語しか喋れないんだけど、ルカが日本語がいいって言った時のために日本語も教えたんだよ!」
男がゴルフバックを開くと、バックに詰まったままLEONは涙に潤んだ瞳でルカを見つめる。
「ルカチャン……ワタシ、頑張ッタヨ。大好キなマスターのタメに一杯ウタの練習シタヨ?」
「……」
「あぁ、ルカ!? ストップ! 殴っちゃダメ! LEONは初期型ファミコン並みに繊細なんだから!」
後日、ルカの英語でのやたら感情の籠もった過激なスラングとどこか色っぽさを感じさせるLEONの悲鳴によって作られた曲が某動画投稿サイトに投稿されていたが、彼らとの関連性は不明である。