【 注 意 事 項 】  
 ・カイメイでヘタレ×ツン  
 ・歌モチーフのお話(闇ノ王)←今回は作中で連呼しているので伏字なし。  
 ・もちろんパラレル(独自設定てんこ盛り)  
 ・リンとレンは双子設定  
 ・相変わらずエロまで長い  
 ・エロのみ! の方は10〜13くらい  
 
 
 
闇○王(ヘタレ)×姫君メイコ(ツン)2 
 
苦しい。  
身体が鉛のように重い。体内は何かが消滅する度に新たなモノが生まれて、死滅したそれの代わりに途切れがちの息吹を繋ぐ。それがこの苦痛を助長しているかのようだとメイコは思った。  
身体中が熱を持って、喘ぐ咽からは声が出ずに意味を持たない乱れた吐息が次々零れた。どうしても止まらない。  
暗いのは目を開けられないから? 闇を怖れる子供のように、心が萎縮した。  
死ぬのだろうか? 浮かんだ言葉が思考のままならない頭を過ぎる。  
じわじわと蝕む熱はとても苦しく、不安で泣きそうになる。誰にも気づかれずたった一人、熱に骨の髄まで灼き尽くされて逝くの?  
肉親どころか周囲の人間も遠ざけていた自分だったのに、今更孤独に怯えるなんておかしかった。……この熱のせいだ。熱さと苦しさが、メイコの心細さに拍車をかける。  
こんなに弱い人間だったかな? 不自由な環境の中でどんなに意に副わぬことがあっても、自分の道だけは貫こうと頭を上げて生きていくって心に決めていたのに。  
本当は、人に温かさに飢えててこんなに弱かったのかしら。本当は……。  
熱に記憶が曖昧になって過去も現在も綯い交ぜになり、益々不安が募る。  
僅かに動くのは指先のみ。シーツを掻き彷徨うそれが、温度の低い何かに包まれる。思わずそれに縋った。大きな手のひらだった。  
「……苦しい?」  
穏やかなテノールが耳朶に滲むように響く。こくりとメイコは首を縦に動かした。それが精一杯だった。  
「こ……わ……、い……」  
目尻に浮かんだ涙が一粒、目尻を流れた。それを追い涙が指で拭われるのを感じ、一人じゃないことを知る。  
途切れ途切れに綴った音は単語になっているのか怪しい。でも、正直な気持ちだった。傍に誰がいるのかを知りたくて、睫毛を震わせ無理矢理瞼を開く。煙る視界に滲む青が見えた。  
「頑張ってメイコ。大丈夫だから」  
優しく包み込む声に、一瞬苦痛が和らいだ気がした。メイコの手を握る強さが増し、そこから安堵が染み渡る。  
「これを乗り越えれば……」  
瞼の重さに負け、また瞳を閉じた。暗くなった視界の中、手を握る感触と優しい声が心の拠り所になる。  
大丈夫だよ。そう繰り返す声が誰なのか、朦朧とした頭では判別がつかない。  
ただ励ますその低音に心を委ねて、メイコの意識は再び闇の中へと引きずり込まれていった。  
 
目の前に広がる景色は一言では言い表せない。  
テラスの柵に手をかけ見上げる夜空は月がなく、夜の帳に降るような星が幾つも瞬き、時折光の欠片が流れては消える。  
藍色の空の境目には聳える山脈が遠くに影を作り、その手前には街らしき灯りが一帯を淡く照らし出している。あれは、メイコの生まれ育った王国の首都だ。  
視線を下ろせば闇夜に黒々と色を変えた森が、古城の足元一面に広く展開されていた。  
只人が近寄らないよう、人間が足を踏み入れれば必ず迷う惑いの森なのだという。  
「あー! メイコ姫起きてたぁ。おはよー!」  
背後から元気の良い声がかかり、メイコは室内用のドレスのスカート翻し振り向く。そこにはニコニコと元気いっぱいの笑顔を向ける金髪の少女と、彼女の半歩後ろにそっくりの顔をした少年がいた。  
二人の両の肩口からには黒く艶々した華奢な羽が垣間見える。  
「おはよう。リン、レン」  
トコトコ近づくリンがメイコの腰に抱きついた。  
「朝ごはん持って来たー。一緒に食べよ!」  
ぐりぐりと胸に顔を押し付けるリンの頭を撫でながらレンを見れば、料理の乗ったワゴンを指差している。  
「ええ」  
わーいとはしゃぐリンと無言でテーブルに料理を運ぶレンに、メイコの頬は知らず緩んでゆく。  
ここはメイコが長く暮らした王宮ではなく彼女を誘拐した犯人がねぐらにしている国境近くの古城だ。  
王宮から連れ出されたあの夜、メイコはここに辿りつく直前にいきなり体調を崩し意識を失った。  
次に目を覚ました時にはこの古城の一室のベッドの上で、目に飛び込んだのは金色の髪をしたこの双子だ。あの男が言っていた家族とは、この子たちのことだった。  
以来、この古城でメイコと遊んだり城内を案内したり、何かと世話になっていた。夜目覚めて最初の挨拶が「おはよう」なのにもようやく慣れてきたところだ。  
「もっとパン食べる?」  
「もうお腹いっぱい。ありがとうリン」  
どうせなら食後の酒が欲しいところだが、双子の外見年齢はどう見ても未成年にしか見えない。子供相手に我が侭を言うのは何となく躊躇われ、メイコはここに来てから自然に禁酒状態となっていた。  
正直、酒が恋しい。  
「じゃあ、俺がもらうー」  
「レンは食べすぎ! お腹壊すよ」  
「お前こそ食わねーと育たないんじゃね? そのつるぺたとか、つるぺたとか、つるぺたとか?」  
「ひどーい、メイコ姫レンがいじめる! お仕置きして!」  
「レン。あまりレディに失礼なことを言うもんじゃないわ」  
半泣きのリンに乞われメイコが笑顔で指を鳴らすと、レンはうっと唸った。  
目覚めた当初、レンに「これがあの呑んだくれ姫君か」と開口一番、生意気な口を叩かれ鉄拳制裁をしたことが利いているようだった。何事も最初が肝心ということをメイコの拳が如実に語る。  
苦い顔をするレンにリンが満足そうに頷き、メイコの袖を引いた。  
「ねえ、メイコ姫! 今日は何して遊ぶ? 湖に夜しか咲かない珍しい花畑あるんだ。行こうよ! レンもねっ」  
「花畑ぇ?」  
顔を顰めたレンは不服そうだ。実年齢は幾つだか知る由もないが、この双子は見た目相当の精神年齢をしている。人間で言う思春期程の年頃ならば、レンに花畑はきついだろう。  
「さっきリンにシツレイなこと言ったんだから、言うこと聞いてついて来るの!」  
へいへいとやる気のない声を出すレン。リンがメイコの手を握って立ち上がる。  
「そうと決まったら行くよ!」  
「ちょ、ちょっと」  
そのまま手を引き、リンはテラスの柵に脚をかける。慌てたのはメイコだ。  
リンとレンはコウモリの魔物。その羽で飛んでいける。しかし、メイコは違った。  
古城は断崖に建っていて、地上は闇に消えて見えないほどの遥か下だ。墜落したらただでは済まない。  
今にも飛び立とうとするリンに引かれる身体、その腰を後ろへ引っ張ったのはレンだった。  
「だ――っ! リンやめっ! 俺らはいいけど、お姫サン死ぬっつーの」  
 
リンが振り向いて、「あ」と目を丸くした。急いで手を離しメイコの横に降り立つ。  
「ごめーんメイコ姫! 怖かったよね。つい、いつもの調子で」  
拝むように手を合わせるリンに、大丈夫とメイコは金の髪を撫でた。  
「ちょっと驚いただけ」  
「ゴメンなさい。メイコ姫の身体はあたしたちとは違うのに」  
しゅんとしたリンを抱き締めてあやすと、すぐに笑顔になったリンは嬉しそうに抱きつき返す。  
メイコにも同腹妾腹問わず弟妹はいたが、彼らは王族らしい性格でメイコとは反りが合わず王宮で関わりを持たなかった。年下の子にこんな風に懐かれるのは初めてで、なんだかくすぐったい。  
それに魔物とはいえ恐ろしさはなく、むしろリンとレンは底抜けに明るかった。保護者の影響だろうか。  
「おーい、湖行くんじゃねーのかよ」  
一人取り残されたレンが呆れてぼやく。リンは瞳をきらーんと光らせ、意地の悪いニンマリとした顔でレンを見た。  
「なになに? 羨ましいの? リンたちが仲良しでさみしーの?」  
「そうなのレン? いらっしゃいよ、背骨が砕けるまで抱き締めて、あ・げ・る」  
「指鳴らしながら凄みのある笑顔で言われても嬉しくねーよ! 下の門通ってさっさと行くぞ!」  
肩を怒らせ扉を出て行くレンの後姿に、メイコは笑いを噛み殺しリンは腹を抱えお構いなしの大笑いをした。  
 
 
古城からさほど離れていない、森の中の開けた場所にある湖畔には白い花が敷き詰められたように咲き誇っていた。それが僅かな星の光を湖が反射し、花が淡く光る様は美しい。  
燐光が浮かび瞬き消える儚さ。言葉もなく見入っているメイコに、リンが繋いでいた手を軽く握った。  
「メイコ姫、ちゃんと見える?」  
「う、うん。すごく綺麗ね」  
「ちゃんと魔物になってるな、お姫サン」  
メイコを挟みリンと反対側にいるレンがにぃっと笑う。  
今夜は新月。星のもたらす僅かな光源じゃ人間ならば、この光景は肉眼で見ることは叶わない。人間の頃の目ならば真っ暗でただの闇しか見えないだろう。  
しかし今メイコの目には幻想的な光景が映っていて、双子のように空は飛べなく何の力も持たなくても、本当に自分が魔物になったのだと実感した。  
リンに手を引かれ花畑に連れ出される。はしゃぐリンと、湖の水際を興味深そうに眺めるレンを座り込んで見ていたメイコは、ふと両手を持ち上げ手のひらへ視線を落とした。  
ここに連れて来られた当初、メイコは熱を出して倒れ二週間ぐらい寝込んでしまった。  
目が覚めたとき傍にいたリンとレンの説明によれば、人間から魔物へ変化するため身体中の細胞が入れ替わり、そのため眠り続けていたらしい。  
双子も詳しいことは知らないようなので詳細は知る由もないが、こうして人間だったら不可能の事実が出てくると納得するほかない。  
他にも、少し身体が傷ついてもあっという間に傷が治ったり、明け方になると抗い難い眠気が襲ってきて強制的に眠りへ落ちたり。  
ブラックアウトするように眠りに落ちるので、寝酒は必要なくなったほどだ。  
ただ、メイコは魔物といっても双子のように種族の一員ではなく、老いず寿命では死なない身体になっただけだ。  
人間より肉体は多少頑丈になって風邪や疫病などには罹らないが、大きな衝撃を加えれば並みの魔物よりはるかに脆く肉体は壊れてしまうと双子に言われた。  
だからリンがうっかりメイコの手を引いてテラスから飛び立とうとした時、メイコもレンも慌てたのだ。メイコは魔物的には最下層の弱い立場だった。  
死なない身体……。自分で選んで望んだ結果だ。後悔はしていない。だが、それを与えた張本人を思い出した途端、メイコのこめかみに青筋が刻まれた。  
くそ、思い出さないようにしてたのに……!  
メイコは眺めていた自分の手のひらを握りしめた。その形は最早拳だ。  
他国の王との結婚が決まっていたメイコをここに連れてきたのは古城の主であり、吸血鬼のカイトだ。だが、メイコは目覚めてから現在まで、カイトの姿を一度も見ていない。  
メイコが眠っている間にどこかへ出かけて、一向に帰ってくる気配がないのである。  
 
またか! またこのパターンなのか! のほほんとしたマヌケ面が脳裏に浮かび、消し去りたくとも一旦思い出すとなかなか拭い去れない。  
メイコは幼少時、お気に入りのハンカチにつけてしまったおやつの油汚れを思い出してしまった。なんか悔しい。  
「メ、メイコ姫……なんで拳作ってんの?」  
若干怯えるリンに、瞬時に笑顔を作る。王宮で身に付けた、笑顔のポーカーフェイスだ。  
「なんでもないわ」  
「スゲー。闘気みたいなのが背後から立ち上ってんぞ、お姫サン」  
魔物を怯えさせるほどの闘気ってどんなだ。そういえばアイツもいい反応を見せてくれたっけ。  
王宮にいたときも、「笑いながらも不機嫌」と何度周りに影口を言われたことか……。  
「まあしょうがねーか。カイト、全然帰ってこないもんな」  
見透かしたようにカイトの名を出され、メイコは面白そうな顔をするレンを睨む。  
「ふらっとどっか行っちゃうのはいつものことだけど、今回は長いね。どこ行ったかレン訊いてる?」  
「知らね。いちいち訊かねぇもん。あれでも闇ノ王だから、忙しいんじゃね?」  
はたとメイコは瞳を瞬かせる。今、なんて言った?  
「闇ノ王……って」  
ぽつりと呟いたメイコにくるりとした二対の瞳が同時に向けられた。  
「あ、メイコ姫は知らないっけ? カイ兄はね『闇ノ王』って呼ばれる、魔物の中で一番強くて地位の高い魔物なんだよ〜」  
いや、知ってる。『闇ノ王』自体は。メイコの生国では『闇ノ王』は魔の象徴である。子供の頃から教会とか神父の説教とかで耳にしていた。  
聖なる者の相対する、禍々しい強大な悪として聖書や果ては絵本にまで描かれていたのである。  
子供の頃はイタズラする度に乳母から「悪いことをする子のところには闇ノ王がやってきて、頭から食べられてしまいますよ」とよく言われたものだ。そんな夜は、頭から布団に潜って震えてた。  
メイコにとって『闇ノ王』は無慈悲な悪と心に刷り込まれている。でもそれは、伝説や聖書の中のお話だとメイコは思っていたのだ。  
それが。それがあのカイトだと?  
メイコの鉄拳を嬉しそうに顔に受け、へらへら笑っているあのカイトが?  
闇の世の頂点に君臨すると伝承に伝わる『闇ノ王』とカイトが同一人物……だと?  
「えへへ。びっくりした?」  
リンは得意げな顔で、唖然としたままのメイコの腕に絡みつく。  
「びっくりしたなんてモンじゃないわよ! それホントにホント?!」  
「カイトはあれでも魔の者の中じゃダントツの魔力だからなー。結構長く生きてるし」  
「それも意外すぎるわ。私、あいつの魔物らしいところなんか曲芸っぽいのしか見たことないんだけど」  
「力が強いからこそ、色々なことが簡単っぽく見えたり、人間を魔物にしたりできるんだよ」  
「何しても曲芸っぽくなるのは、本人のせいだと思うけどな……」  
「でもホント、どこほっつき歩いてんのかねー。こんなに城を空けるのってないよね」  
「意外と、お姫サンが目覚めるまで他の女の血、吸いに行ってたりな」  
きひひと笑うレンはさっきの仕返しだと言わんばかりだ。  
「え〜? メイコ姫いるのに? 起きたら吸い放題じゃん」  
「ばっかだな〜。起きたら堂々と他の女の血を吸いにいけないだろ? カイト、ナンパがヘタで血の味忘れそうになっていたんだぜ?  
 そこのお姫サンで久々に血の味覚えて、咽が余計に渇いてもおかしくなくね?  
  お姫サンを自分ちにキープしておいて、余所で女の寝込みでも襲ってる可能性も……って、いって――――!」  
何時の間にかレンの前に立っていたメイコは、五指を広げてその顔を覆うと指先に思いっきり力を込めた。  
「大人をからかうなんてナマイキだわ。どうやら初対面の時の一発が足りなかったようね……」  
失礼なガキに情け容赦は無用である。  
「リン助けろ! 片割れだろ! だ――っ、いってぇ――っ!」  
「レンが悪い」  
リンは相方を冷ややかに見つめるだけで助けようとしない。こざかしいと鼻を鳴らすメイコの手が離れると、レンは頭を抱え花畑にしゃがみこんで悶絶した。  
「深窓の姫君なんてウソだろ……」と断末魔の声を上げながら。  
 
明け方近くになって、メイコは身体をベッドに投げ出した。  
窓は閉じられ、かけられたカーテンは日差しを完全に遮断し、寝室は闇に満ちていた。  
思考も身体も次第に主のいうことをきかなくなる。太陽が姿を現す気配に比例し、眠気は徐々に強くなりメイコを支配していった。  
そんな状態でも思考は、メイコが希って自分を王宮から攫ったあの男に悪態を吐く。  
アイツがいないだけで、どうしてこんなに胸を乱されなきゃならないの! 面白くない!  
それに、カイトの正体だって驚きだ。つーか、信じたくなかった。  
暢気で魔物の癖に人畜無害な顔してウザくて、メイコの拳や酒瓶攻撃に吹っ飛ばされているカイトが、あの闇ノ王って……! 子供の頃、怖がっちゃったじゃないのバカっ!!   
それを知って、心に染み付いていた『闇ノ王』への恐怖は漂白剤で洗ったかのように綺麗さっぱり消えた。幼い頃、ヤツに怯えていた過去が今や黒歴史へとすり替わる。  
ベッドの上には枕は二つある。自分が使っていないほうの枕へ、苛立ち紛れに拳を叩き込む。枕はぼふっとこもった音と羽根を撒き散らした。  
羽根はふわふわとベッドに舞い落ちていく。その様をぼんやりとメイコは見つめた。  
ここに来てから何も不自由していない。意識が戻れば双子がいたから困らなかったし、カイトが用意してくれたらしいドレスも肌触りのよい上品なものばかりだ。  
どんな生活が待っていようと文句を言うつもりはなかったが、正直意外だった。だが、闇の世界で王であるのならばなんとなく納得できる。  
ねぐらと称したこの古城だって、見た目ばかりは呪わしいが内装は落ち着いた趣があり、実はあまり華美な装飾が好きではないメイコには好ましく映った。  
自分を飾らずありのままの姿で暮らしていける生活は、王宮より格段に居心地が良い。全部カイトの配慮のお陰だ。  
メイコはカイトの素性を『吸血鬼』としか知らなかった。ニート呼ばわりしていたのと、何時でもへらへら笑っていたからつい気楽な身分なのだと思っていたけど、認識を改めなくてはいけないようだ。  
しかしメイコはカイトを知らな過ぎる。だって、今まで冷酷無比で恐怖の対象だった『闇ノ王』が、あのカイトとか。一体何の冗談だ?  
どこか惚けてて、威厳なんて全然なくて、優しい……。  
「…………」  
メイコはカイトが噛んだ首筋に触れた。魔物になって鏡に映らなくなったから、痕が残っているか確認できない。だが、カイトは確かにここに喰らい付き血を吸い、メイコを闇に生きる者に変えた。  
地位も身分も持っていたもの全てを捨て、カイトのものになった。だが、彼はメイコが知らなかっただけで、闇に生きるものの全てを統べる強大な魔物……らしい。  
捨てたものに未練などない。でも、メイコにはもうこの身一つしかなかった。  
人間の世界と闇の世界の位を比べるのもおかしな話だが、最下層の魔物でしかない自分では釣り合わないではないかと、思わないでもないのだ。  
意識不明になって目覚めるまでの間、ひたすら熱くて苦しかったのを覚えている。断続的に浮かび上がる意識の中、励ます声と握られた手の感覚。  
その手を、そっとシーツに這わせる。まさぐるその動きは何かを求めるようであり、確かめるようでもあった。  
「……こんな広いベッド、一人寝には広すぎるわよ……」  
朝日が完全に姿を現し、同時にメイコの手が止まって意識も途切る。襲い来る睡魔に何も考えることができず、メイコは深い眠りの中へと沈んでいった。  
 
「たっだいまー!」  
陽が落ちて間もなくのことだった。魔力で灯った光に照らされる回廊に、場違いな明るい声が響き渡る。  
カイトがねぐらにしている古城に帰還したのは、メイコがここに連れてこられてから一月、目覚めてから二週間ほど経っていた。  
「あー、カイトだ!」  
城の奥から軽い足音がして、リンとレンが出迎えた。  
「遅せぇよカイト。何処ほっつき歩いて……なんだよ、ご機嫌だな」  
笑顔を隠さないというか終始笑顔のカイトを、レンが気味悪そうに見やる。  
「え、そうかなー♪ ところでメイコは? 具合どうなの?」  
「もう全快だよ」  
「ぴんぴんしてる。すっかり魔物の身体になったみたいだぜ」  
カイトは回廊を進みながら意外そうに青い瞳を瞬かせた。  
「え? 起きたの? 本来なら魔物になるのにもっとかかるんだけどな。さすが俺のヨメ!」  
「ねえカイ兄。メイコ姫って面白いね! お姫様なのに強くってレンのムダ口黙らせるし、リン大好きー」  
カイトの腕に纏わりつくリンが笑う。頭の白いリボンがゆらゆら揺れた。  
「強いっつーか、『べらぼーに強い』っつーか……。本当に人間だったのかよ、あのお姫サン」  
「うんそう、人間だった頃からあんなカンジ。天性の格闘家というか……って、君たちっ、腕にぶら下がるのやめて! おっ、おも! 腕抜けるっ!」  
両腕にリンとレンがそれぞれぶら下がり、カイトの脚がぷるぷる震える。子供とはいえ、十代半ばの少年少女にぶら下がられては叶わない。  
「ねーねー、お土産は?」  
「遊ぼうぜカイト! 女の相手はつまんねぇーよー」  
「ちょ、ちょっと待って……」  
「あ、メイコ姫だ」  
えっ、とカイトが顔を上げる。回廊を抜けた玄関の広間、古びてはいるが重厚な階段の中程に、ドレス姿のメイコがいた。  
「メイコ!」  
両腕の双子をころんと転がして、カイトは足早にメイコへ歩み寄った。  
「起きたんだね、良かった。身体は平気? ってか、ドレス姿初めて見たんだけどすごく似合うね。ちゅーしていい?」  
どさくさ紛れに余計なことを口走るカイトへ、メイコの手が差し伸べられ長身の身体に巻きつく。それを見た双子が「おお!」と色めき立った。  
「え? 何そんなメイコ、大胆……ん゛、う゛ぁ?!」  
だらしなくにやけていたカイトの顔が瞬時に青褪める。身体に巻きつくメイコの細腕が、カイトをぎりぎりと締め上げているのだ。今やカイトの身体はサバ折状態だ。  
ごき。と小さくとも不気味な音が、ぽかんと口を空けている双子の耳に届いた。  
足元に崩れ落ちたカイトらしき物体に、メイコは冷たい目で見下ろす。  
「ご覧の通りよ」  
一言言い捨てると、メイコは階段を下りて古城の出入り口へ続く回廊へと歩き去ってしまった。  
「ぐ……、またこのパターン……か」  
床に突っ伏し一人ごちるカイトの周りに、双子がしゃがみ込んでつんつん突く。  
「カイトー。大丈夫か? 傷は浅いぞ」  
「抱きつかれちゃった♪」  
床から顔だけをを上げ、へらっと笑うカイトにレンが心底嫌そうな顔をした。  
「うわ、笑ってるよ。ちょー嬉しそうに笑ってる。キモっ」  
「カイ兄すごーい! 打たれつよーい!」  
「ぐはっ、リンちゃん背中乗らないで〜。ダメージ二倍に、あでででで首もげる!」  
リンはカイトの背中に馬乗りになって、おでこに両手をかけ後ろに引っ張る。そしてレンを咎める目つきで見やった。  
「レンが余計なこと言ったから、メイコ姫怒ったんじゃないの〜?」  
リンのしかめっ面にえーとレンが口を尖らせた。  
「? なに? 何の話?」  
「実はかくかくしかじかでねー」  
「ふんふん?」  
カイトは億劫そうに身体を起こしながら、リンの説明に耳を傾けた。  
 
メイコは何処へ行ったのか。双子に聴けば古城の外には湖しか行っていないというので、室内着の軽装に着替えると古城を出た。  
人が近づけない崖の上にひっそり聳え立つ古城。断崖から古城を繋ぐ唯一の道を下り、昏い森の小道を少し進むと、目的地に辿りつく。  
開けたその場所を木立から覗き見れば、畔を眺めるよう花畑の中で膝を抱えるメイコがいた。  
カイトへ向けている背は小さく、時々流れる風が白い花弁を僅かにさざめかせ艶やかな茶色の髪を揺らしている。  
「……メイコ?」  
そっと背後に立ち、静かに声をかけてもメイコは無反応だった。でも、拒絶は感じない。  
「横に座っていい?」  
反応を窺いつつ、メイコのつむじを見下ろす。メイコの返事は、予想外というか予想内というか、そんな感じだった。  
「……座椅子」  
心得たように笑うと、カイトはメイコの後ろから抱きつきながら座り込み、身体に手を回した。引き寄せられ、背中に張り付くカイトにメイコは身動ぎし、据わり心地の良い位置に収まる。  
「身体は大丈夫? 長く城を空けてゴメン」  
「双子がいたから平気」  
「騒々しくなかった?」  
「あのくらいの方が退屈しないわ」  
メイコの口調は淡々としていてつれない。  
「素っ気いなあ……妬いてんの?」  
「はぁ?!」  
やっと声に感情を乗せたメイコは、半眼でカイトを睨んだ。  
「や、だって……リンが、レンがヘンなこと話したって教えてくれたからさー。他の女のところになんか通ったりしてないよ?」  
「違うわよ、バカ」  
「じゃあ何でそんなに不機嫌なの? 新婚早々、君に嫌われるの困るんだけどさ」  
「……嫌ってないわよ」  
抱えた膝にメイコが顔を伏せてしまった。カイトの眼には茶色い髪から覗く白い項と、肩甲骨ぎりぎりまで開いた襟口から現れる滑らかな肌が映る。  
鼻先に香る肌の匂いにメイコの血の味を思い出し、カイトはこみ上がる欲望を静かに抑えた。  
「それとも不安になっちゃった? ……帰りたい?」  
言ってる方の口調が不安にぶれてる。  
ここで帰りたいとか言ったら、こいつはどうするんだろうとメイコは思う。きっと、ここに連れてこられてきた時みたいに、何としてでも元の生活に戻れるよう尽くすのだろう。  
やっぱり信じられない。こんなお人好しすぎる男が『闇ノ王』だなんて。  
「そんなワケないでしょーが。私から攫ってって言ったのよ? ばぁか……ちょっと!」  
逃がさん! と言わんばかりに抱きつくカイトに抗議の声を上げた。首筋に当たる青い毛先がくすぐったい。  
「良かったあ……俺んち、王宮の暮らしより全然質素だしメイコには居心地悪いんじゃないかって心配で、やっぱ帰るとか言われたらどうしようかと!  
 双子もいいコなんだけど、調子に乗るとたまにシャレにならんことするし!」  
金の髪の同じ顔でも性格の違いがくっきり分かれるあのリンとレンを思い出し、メイコの口元が綻んだ。  
「いい子よね、あの子達」  
「……うん」  
「リンは無邪気で可愛いし、レンは小生意気だけどやっぱり可愛い。  
 元気いっぱいで、私を王女じゃなく私個人として認識してくれてる。あんな風に感情を出して懐かれるの、初めて」  
「元々、俺にメイコの存在教えてくれたの双子なんだ。あの子たち、君がここにくるのを楽しみにしてたよ」  
あの時、双子は面白半分でメイコの肖像画を差し出したのを、カイトはちゃんと理解している。それにあえて乗ったカイトがメイコとこういうことになろうとは、彼自身も流石に思いもよらなかった。  
「不安ってワケじゃないんだ。良かった」  
「ああでも、ある意味不安になったっていうのはあるかもね」  
「へ?」  
「……起きたら、いないし」  
メイコの腹部で組んでいる手に、彼女の指が突き立てられ痛みにカイトは悲鳴を上げた。  
「いだだだだっ!」  
仄かに染まった頬を隠したくて、メイコはそっぽを向いた。  
 
爪を立てられひりひりする手の甲を擦りながら、カイトは未だ痕の残る首筋に頬を寄せる。  
「俺がいなくて淋しかったんだ」  
「……」  
「ねえ」  
顔を覗き込もうとするカイトから顔を背けてメイコは逃げる。そんなの当たり前だ。苦痛を伴う悪夢を見た後、安心できる存在がいて欲しかった。  
リンとレンがいてくれたけど、カイトは別格なのだから。  
「……眠っている時、苦しかった。死ぬかと思った……なのに、なんでいないのよ」  
メイコらしくもなく、尻すぼみになる言葉の最後は弱々しい。  
「ちょっと、用事ができて……心配はしてたんだ。身体が作り変えられるのはかなりの負荷がかかるから。それにまさか二週間で目を覚ますと思わなくってさ。  
 普通もう少し時間がかかるものだから、メイコが寝ている間に用事済ませて帰ってくるつもりだった」  
今まで暮らしていた環境とは全く違う場所。夜型の生活。身体に至っては種族すら変化している状態。  
いくらリンとレンを傍に置いてきたとしても、全てが一変したメイコの戸惑いや不安は計り知れなかっただろう。  
メイコが頼れるのはカイトしかいなかったのに。  
「ゴメンね」  
ぎゅーと抱き締めるカイトの手にメイコの手が重なり、軽く握られた。  
「もういいわ。サバ折仕掛けたのも八つ当たりだし。カイトの暢気な顔見たら、腹立ってね……寝込んでいる時、手を握ってくれてありがとう」  
「覚えてたの?」  
「ちょっとだけ。あの時、その、弱ってたから……助かったわ」  
弱さを潔しとしないメイコの意外な言葉に、カイトは苦笑した。  
もっと普通に甘えてくれればいいのに、できない不器用さが可愛い。  
「メイコ、お詫びといってはなんだけど、お土産あるんだ。貰って!」  
虚を突かれ、メイコの瞳が丸くなる。  
「酒?」  
期待に満ちた目で見つめられ、カイトはたじろいだ。見た目年齢思春期程度の双子の前で酒を飲むのは憚れ、酒好きのメイコは禁酒状態だ。  
なければないで過ごせるけど、あるならば呑みたい欲求がむくむく湧き上がってくる。こんなところは人間の頃と変わらない。  
「あ……うん、珍しいお酒も買ってきたよ。それは明日以降の便で双子用のお土産と一緒に届くんだ。そーいう美味しいモノじゃないんだけど」  
カイトは早口で捲くし立てながら、メイコの左手の指にするりと何かを通した。  
「?! へ?」  
薬指にはめられた何かは指輪だった。透明な青い石と紅い石を中心に、白い光を放つ小さな石が添えられている。美しかった。  
呆気に取られて指を見ているメイコに、カイトは腹で組んだ手の指に力をこめた。  
「……実は、これを急いで作らせてた。ねぐらを整えて、準備オッケーって思ってたけど、なんか足りない気がして思い出したんだ。結婚指輪のこと」  
驚きに言葉も出ないメイコに、視線を彷徨わせカイトは続ける。  
「メイコ、あいつにもらってたでしょ? 思いついたら悔しくて、急いで用意した……目覚めたら渡そうって」  
王宮の中で他国の王との結婚が決まって、先方から結納品が贈られた。  
装飾過剰のそれらにあまり興味をそそられなかったメイコは、そいういやそんなものもあったかなーぐらいの認識でしかなかったのだが。  
「……あの、メイコ? 気に入らなかった……?」  
黙りこくるメイコにおずおずとカイトが話しかける。  
「カイト、アンタ本当に私でいいの?」  
「え?」  
出し抜けに思いもかけない返事をされ、今度はカイトが目を丸くする。メイコは静かに、でも強い視線でカイトを見つめていた。  
「私、この指輪に対して返すものも何にもない。全部捨てたから、カイトに返す術がないわ」  
あの王宮で燻っていたメイコが一番欲しかった自由は、カイトが与えてくれた。しかし相応の礼がしたくとも、何も持たない身ではそれもできない。  
高い地位や、高貴といわれた出自。傅かれ、只人より恵まれていた自分。でもそれらに価値を見出せず、あっさりメイコは捨ててしまった。  
王女という身分を剥がし現れた自分自身は、あまりにもちっぽけだった。魔物の仲間入りを果たしても魔力が使えるわけではなく、本来なら餌でしかない。双子のように空を飛ぶような力もない。  
闇の世界で王を名乗るカイトとは、身分違いも甚だしい気がするのだ。  
王女であればカイトの好意に同等の品物を返すことができたけど、何も持たない今の自分にはもう不可能だ。  
心のままに生きられる自由が欲しかったのに、自由と引き換えに相応の礼を返す術を失くすなんて。皮肉だった。  
 
メイコの視線を受けていたカイトが、小さく笑った。  
「……メイコは、結構身分に囚われているんだね。俺みたいな素性の知れない男を友達みたいに部屋に招きいれてたから、意外だ」  
「これでも一応、元王女よ。下らないことだとは思っているけど、生まれた時から身体に染み付いてるわ」  
「メイコからは、もうたくさん貰ったよ。例えば、寝室の窓辺に通う許し。俺を君の話し相手にしてくれたこと。キスも、処女も、血も」  
それに、とカイトは笑みを深くする。  
「心もね」  
魘されていた夜、メイコの手を握ってくれた手が今は茶色の髪を撫でていた。  
髪を滑る感触の心地よさに睫毛が下がる。  
「闇ノ王なんて呼ばれているけど、所詮闇の中でしか生きられない中途半端な存在だよ。そんな俺なんかに最初に手を差し伸べたのは、メイコじゃないか」  
晴れやかな笑みを浮かべるカイトはメイコの手を取り、その甲に口付ける。優雅な所作は、話し相手になれと命じたあの夜と変わらぬ恭しさだ。  
「高嶺の花だと思っていた。太陽の似合う姫君と呼ばれるメイコが眩しかったよ。君からは欲しかったもの全て貰っているのに、俺は物でしか返せないのが歯痒い」  
「……カイト」  
「貰ってくれる?」  
淡く微笑み、メイコはようやくこくりと頷いた。左手を夜空にかざし、微々たる星明りに煌めく石を見つめた。  
「綺麗ね。こんなに少ない光源も弾いてる」  
「まあ、普通の石じゃないし。魔石というか、そういうのなんだ。メイコの知る鉱石とは少し違う。入手するのと加工にちょっと時間かかっちゃって」  
だから帰りが遅かったのかとメイコは納得し、罪悪感に良心をちくちく刺された。  
「……サバ折りして悪かったわ」  
居心地悪そうにもごもごとメイコは謝るが、反してカイトは機嫌よさそうにニコニコしている。ついに目覚めたか? 怪訝そうなメイコの目付きにカイトは答えた。  
「いや、あの時当たってたから……これ」  
メイコの腹部にあったカイトの手が、ドレス越しにむぎゅっと乳房を掬い上げ、指がわきわき動く。  
「相変わらず大きくて柔らかいね。役得だった!」  
唖然として硬直していたメイコはその指の動きに我に返り、カイトに向き直り拳を握った。  
「いきなり何すんのよ!」  
唸る豪腕。顔面に力加減なく繰り出されたストレートに身の危険を感じたカイトは、咄嗟にそれを避ける。  
頬すれすれで掠めた拳はカイトの前髪を風圧で揺らした。あの細腕にどれだけの力が込められているのか、想像に難くない。  
が、拳をかわされたメイコは急には止まれなかった。勢いを殺せないメイコの身体はバランスを崩して否や応にもカイトへ雪崩れ込み、結果二人とも花畑に埋もれた。  
「なんで避けるの!」  
カイトの上に突っ伏すメイコが、がばっと上半身だけ起こし怒鳴る。さっきまでの殊勝さは星の彼方へ去ってしまったようだ。  
「あれは避けるでしょ! なんか顔がもげそうなイキオイだったよ?!」  
「アンタが痴漢行為、んんっ!」  
気づかない内に、メイコの後頭部へ回された手のひらに引き寄せられる。強引に唇を重ね、割り開かれて舌が侵入された。腕で突っ張って抵抗しようにも、腰を押さえる手がそれを阻む。  
もがいている内に体勢を入れ替えられ、カイトが上になって角度を変えながらキスを深めると、メイコは徐々に身体の力を抜いた。  
最後に濡れた唇を啄ばんで、カイトはゆっくり顔を離す。  
「……ヘンタイ、バカイト」  
息を弾ませ、潤んだ瞳で悔しそうに睨み上げるメイコにもう怒りの様相はない。  
「うん」  
「うんじゃないわよ。罵倒してるんだから肯定すんな」  
「うん、あのさメイコ。俺、スイッチ入った」  
「へ? つーか、『うん』の後会話が繋がってない、いっ? ひゃぁっ!」  
語尾が悲鳴に変わったのは、カイトがスカートの中に手を突っ込んでドロワーズを引き下ろし始めたからだ。その動きは素早く、メイコはスカートの前を押さえることしかできなかった。  
 
「待って待って待って――――っ!」  
「あ、このドロワーズ穿いてたんだ」  
「手に持って掲げるな! 止めてよヘンタイ!」  
「だってどれもこれも俺が選んだし? レースついてて可愛いなって」  
どうやらドレスどころか下着までカイトのチョイスらしい事実に、メイコは真っ赤になって絶句した。  
捲り上がった裾からはみ出たナマ脚をカイトの手のひらが撫で上げ、首筋に唇を這わす。  
「こんな所で欲情すんな! バカっ」  
「そんなこといったって、俺がどんだけ待ったと思ってるの?」  
自分のものにはならないと思っていた女を手に入れて、一度その味を覚えてしまえば欲求は募るばかりだ。ましてメイコの味は血液も身体も極上だった。  
「ホントに待ってよ。ここじゃイヤ、あ、うぅ……」  
「こっちこそ限界。あんな可愛いトコ見せられて、いい雰囲気で、おっぱい柔らかいし。もー無理」  
「雰囲気なんか、たった今台無しになったでしょ! ヤダ、それ解かないでよっ」  
カイトの唇がメイコの胸元を留めていた飾り紐を器用に解いていく。次第に弛められるドレスにメイコは焦ったが、カイトに止める気配がなかった。  
「ん……っ、誰か来たらどうするの……」  
「来るとしたら双子ぐらいだし、今は空気読んでるよ。多分」  
「分かんないでしょそんなの! それに花が潰れちゃう」  
「終わった後でなんとかする」  
そんなに『闇ノ王』は万能なのか? いくらなんだって都合良くチートすぎるでしょ! そう叫びたかったが、身体を撫で回す手や指にそんな気力も萎えた。  
「それに、数十年振りに血を飲んだから、余計に咽渇いちゃって……我慢しきれない」  
咽ですんとカイトが鼻を鳴らした。肌に触れる僅かな息にすら声が出そうになる。飢えと渇きと、それに直結する欲望がカイトの振る舞いを急き立てた。  
「いい匂い」  
以前噛み付いた痕を一舐めして、カイトの頭が下がった。弛めた胸元から零れる乳房を鷲掴み、揉みながら舌先で桃色の乳首を嬲る。  
「あ……っ」  
敏感な部分を吸われると、嫌でも声が漏れる。カイトの舌に誘われぷちっとしこってくる乳首。スカートは腰までたくし上げられて、隠すべき所が丸見えになる。  
ベッドの上ならまだしも、屋外で半裸にされる心許なさは半端なかった。しかしそれでもカイトの愛撫にきっちり反応する身体が信じられない。  
メイコはもちろんカイトしか男を知らないし、たった一度しか肌を重ねたことがない。それなのに、どうしてこんなに翻弄されるのか。  
乳房を優しく揉まれ、尖った頂を何度も啄ばまれる。その度身体中に快感が走り、下腹が疼いて性器が熱くなった。奥がじんじんして、何かが滲んでくる……。  
「ひっ」  
歯に乳首を挟まれ軽く引っ張られた。限界まで引いて離されると、豊かな膨らみがぷるりと揺れる。  
「いい眺めだなあ」  
谷間に小さなキスを幾つも降らせてカイトの唇は咽へと登る。噛み痕の上から何度も吸い付いて指で恥毛を引き、割れ目を幾度も擽った。  
メイコが固く目を閉じると、閉じた脚の中心に長い指が差し込まれる。  
「……っ、う……」  
「メイコもこのままじゃ終われないでしょ?」  
灯された欲情の燠火が広がり始め、メイコの神経を侵食していく。  
「で、でも、こんな場所とか、動物みたい……」  
強引に割れ目の中へ這わせる指先に、カイトは滲む粘膜を感じた。  
性感に震え戸惑うメイコから先程の威勢はすっかりなりを潜め、羞恥に歪む顔で首筋に鼻先を埋めたカイトを受け止めていた。  
「やってることは動物みたいなものだよ」  
「わたし、人間……」  
「違うよ。君は魔物。俺のでしょ」  
「は……っ!」  
噛み痕の上から位置を違わずカイトの牙が沈んだ。一瞬だけ強張った身体は徐々に力が抜け、下肢も緩まる。久方振りの甘く芳しい血液を啜りつつ、カイトの指が割れ目の奥へ進んだ。  
 
潤み切った性器を確かめるように指が上下し、こりこりしたクリトリスを捕らえる。芯を持つそれを指で撫で、小刻みに振動を与えるとメイコは鳴きながら腰を揺らした。  
「あっ、やぁん! んあぁあっ」  
カイトが咽を鳴らし啜る血液の代わりに、痺れに似た快感が身体も思考も支配する。それはあの夜メイコに植えつけられた、抗えない程の強烈な悦びの記憶を掘り起こした。  
「蕩けてる……すごい」  
咽に空いた孔から溢れる鮮血を舐め、性器に侵入した指が自由に動く。軽く出し入れされれば、くぽくぽイヤらしく音を立てた。  
「ひぁ! あぅんっ」  
差し込まれた指が胎内を掻き回し、粘膜の雫が垂れ流れる。この先の愉悦を知っている身体は乞うようにカイトの目の前で自ら脚を広げた。  
濡れそぼる性器は瑞々しい。小さな入り口から続く襞は物欲しそうにヒクつく。  
身体を起こし、そこを見つめていたカイトは青い目を細めた。  
「……なんで……?」  
「え?」  
顔を上げメイコを見ると、涙目で非難するかのようにカイトを睨んでる。  
「なんで、そんなに余裕なのよ。腹立つ」  
……似たような台詞を初めての夜にも聴いた気がする。  
愛しているから、痛がる顔より気持ちよくなってるメイコが見たいだけなのに酷い言われようだ。  
まあ、色っぽく悶えるメイコが見たいスケベ心も否定しないが、こんな時でも負けず嫌いを発揮するメイコには苦笑するしかない。  
「でも、メイコ触れるの?」  
馬鹿にされたと思ったのか、途端に柳眉を逆立てメイコの目付きが険しくなった。  
「やってやろうじゃないの!」  
何やら不穏な空気が立ちこめ、握りつぶされるんじゃないかと考えないでもないが、メイコに性的なことをもっと教えるいい機会だと納得した。というか、好奇心が勝った。  
ボトムの前を空けメイコの手をそっと取り、そこへ導き宛がう。口では強気でもメイコの反応は正直で、昂ぶりに怯みほんの少し触れただけで手が逃げた。  
それをカイトは自分の手で上から押さえ付け、擦るように動かす。  
「怖い? イヤ?」  
「怖くないわよ!」  
眦を吊り上げ怒鳴るメイコはやけくそ気味だ。  
手を重ね硬いそれにメイコを慣れさせると、カイトが手を離してもメイコの手はもう逃げなかった。カイトは膣内でゆっくり指を動かし、メイコの震える指が欲望を形どるそれを自らの意思でなぞる。  
「……っ」  
恐る恐る触れてくる指に、カイトは息を詰めた。指先が掠める刺激がじれったい。  
布越しに形に合わせ何度も撫でていた指が一旦止まり、意を決したようにボトムの中へ滑り込んでメイコの手が下着の中から勃起する陰茎を引き出す。  
カイトはまたメイコの手に自分のそれを重ね、反り返った陰茎を握らせた。  
「こう……して」  
扱き方を教え手を離し、膣に埋めた指を深く忍ばせる。メイコの柔らかな手のひらに包まれて扱かれる肉棒は硬く張り詰めるが、刺激は温い。逸る興奮はカイトの息を乱した。  
「硬い……」  
溜息をついてメイコがぽつりと呟いた。手の動きはぎこちなく、男の欲望に初めて触れた怖れも手伝いおっかなびっくりといった態だ。  
それでもカイトの要求を飲んでくれるメイコの気持ちが嬉しかった。  
 
「ふ……、ぅんん……」  
悩ましい声、荒い息、探り合う性器は互いを高め合う。  
「カイト……なんだか……」  
自分の手に感じる湿り気に、メイコは困惑した顔をした。カイトは少し面食らったが、メイコは通り一遍の味気ない性教育しか知識のないことに思い至る。  
他国との婚姻が決まってから褥の作法を受けたと言っていた。  
「男も濡れるよ、ちょっとだけどね」  
先走りが出てきたところで肉棒から手を離させ、膝の裏を掴んで脚を開きながら腰が浮くほど持ち上げる。  
「イヤ! この格好イヤぁっ」  
メイコはあまりの恥ずかしさに脚をばたつかせたが、片足の靴が脱げただけに終わった。高々と尻を持ち上げ開脚された格好は、後ろの孔までよく見えた。  
カイトに見られるのだって抵抗があるのだ。双子だけじゃなく、誰が来たっておかしくない状況でこんなあられもない姿を他人に見られたりしたら、屈辱で軽く死ねる。  
「あ〜……大丈夫だから。誰も来ないって。さっきまでだってイヤらしいことしてたけど、来ないでしょ?」  
「だけど、こんな……誰か来たら全部見えちゃう……」  
互いを触りあっていたときより大股開きなのだ。スカートの裾は腰までたくしあがって、外気を感じる尻や性器に心細くなる。  
「来ないよ。信じて」  
愛しい女の媚態を他人に見せたい男が何処にいる。  
宥めても嫌がるメイコを黙らせるため、股に顔を落とした。  
熟れて滴る性器に吸い付くように口付ければ、メイコはもう文句を言うことはできなかった。股からリップ音が鳴る度、微細な刺激が言葉を奪う。  
襞の間から漏れる粘膜を根こそぎ舐め取るように舌が這うが、それは新たな雫の呼んだ。  
「んっ……あぅんっ」  
「コレ好きでしょ……外だって興奮してるじゃないか。それとも外だからかな?」  
「ちが、や、ここじゃ……んぅ――……っ!」  
実際、開いてる襞はこれ以上ないくらい粘膜を溢れさせているのに、メイコは認めようとしない。  
刺激に尻を揺らめかせながらも、いやいやをするメイコにカイトはやれやれと溜息をついた。そっと脚を下ろし入り口に先端を添える。  
我慢も上限を超えていて、ほんの少し膣に肉棒を埋めて固定すると腰を掴んで一気に引いた。  
「んぁっ!」  
いきなり勢いを込めて最奥まで貫かれ、メイコの肢体が慄く。本人よりずっと素直な膣は待ちかねたように肉棒を締め上げてぞわぞわ絡み、抑制の枷は簡単に弾け飛んだ。  
「う……」  
圧し掛かりながら細い両肩を押さえ、本能のまま首に噛り付いた。甘い血液の味が欲求を満たすどころか更に昂ぶらせる。深く身体を沈ませ、そのまま抽送を開始した。  
「ああっ……ぁ、カイ、ト……、はげし……っ」  
強すぎる律動に何度も身体が跳ね上がる。  
ベッドとは違い柔らかな土と植物の感触が背中に感じ、外だということをより認識した。もがく手が行き場を探し、これ以上花を傷めるのが躊躇われてカイトの腕に縋った。  
血液で舌を濡らし、傷口を離した唇が耳の後ろを強く吸う。腕の中に閉じ込めたメイコは息を継ぐのも苦しそうに喘ぎ、カイトの激しい突き上げに乳房がぶるぶる上下させた。  
「や……やぁ……ん、く」  
「何がヤなの? こんなになってるのに」  
結合部をわざと鳴らすよう腰を突き刺せば、ぐちゅんと卑猥にそこが涎を垂らす。抜けるぎりぎりまで引いて体重を乗せ腰を落とし奥を強く刺激すると、メイコの呂律が怪しくなる。  
「おねが……、優しく……やさしく、して……あぁ……っ」  
負けず嫌いも勝気な態度もかなぐり捨てて懇願する声は切ない。意識せず泣き出しそうな顔をするメイコに、カイトは虚を突かれて動きを止めた。  
メイコの背に腕を回し、繋がったまま抱き上げる。胡坐をかくカイトの胴をメイコの脚が挟み込み、対面座位の格好になった。  
二の腕にメイコがしがみ付き、カイトに押し付けられた膨らみが形を変える。背中をあやしながら耳元でカイトは囁いた。  
「ずるいよメイコ……あんなお願いの仕方、うっかり萌えたじゃん……」  
あのまま最後までいこうと思ってたけど、普段見せない甘えた表情されたらそれもできない。一気に終わらせるのが惜しくなる。  
「優しいのがいいんだ?」  
こく、と細い顎が縦に振られた。カイトは少し涙で湿った睫毛に唇で触れる。  
「これがいい?」  
「……っ」  
膝に乗る身体をそっと揺らすと、二の腕を握る手に力がこもる。メイコは言葉なく喘ぎ、もう一度頷いた。  
 
この姿勢の方が安心するらしく、素直にカイトに身体を任せてくる。どうやら、身体を晒す範囲が狭いのが安心感に繋がるようだ。  
これだとナマ脚は出てるけど大事な部分はスカートの中だし、胸はカイトにくっついていれば誰かが来ても見られることはない。  
ただ、何をしているのかは一目瞭然だが。……根本的な解決にはなっていない。メイコはとにかく身体を隠したくて、そこまで頭が回っていないようだった。  
「激しいのはイヤだった?」  
スカートの中へ手を忍ばせ、ムチムチして触り心地のよい尻を掴んで股間へ押し付けた。  
「う……っ、まだ、怖いの……」  
カイトの肩に頬を乗せ、震える声で呟く。初めての時だって、本当は怖かった。虚勢を張って自分から誘ったけど、予想だにしなかった狂おしい快楽に自分を忘れてしまう経験はメイコにとって恐怖だったのだ。  
それでも優しくしてくれたから耐えられたのに。  
「そっか。じゃあ、少しづつ慣れようね」  
支える尻を回し深々と刺さった肉棒で膣をゆっくり掻くと、メイコはまた鳴き始めた。荒く吐き出す息を肩に感じ、血の浮かぶ傷口へカイトは噛り付く。  
花と草と、メイコの匂いが鼻先を抜けていった。  
「ひぅ……! あぁ、あふ……っ」  
顕著な反応を示す部分をゆったり擦る緩やかな刺激にメイコは浸かる。きゅ、と吸い付く膣は可愛い。それに小突いて応え、首を舐めた。  
「……っ、ふぁ……」  
ふるっと震えてメイコが自ら腰を動かす。カイトがしたように腰を回し、ぎこちなかった動きはすぐに滑らかになっていった。  
「うん……上手だよ」  
動きやすいよう腰を支え、胸の膨らみ初めの部分に何度もキスしていたら、メイコの腰は大胆に揺らいだ。  
その動きに合わせ、徐々に結合部の出し入れを大きくしていくと、ぐちょぐちょとはしたない音が大きくなる。  
「あ……あぁ……んぁ……」  
「気持ちいいの?」  
「う……ん……」  
脚の付け根を覆うように掴み、親指をクリトリスに添える。ぬめる粘膜にそれは擦られ、指の腹にくにくにとした感覚が何とも頼りない。  
「あっ、ふ、あぁあ……!」  
唇を吸い合い、小さな頤へ零れる唾液を舌先が掬う。  
腰が妖しくうねって奥が余裕なく肉棒を引き込むように蠢き、指輪が飾る指の間接が白くなるほどの力でカイトの肩に突き立てられた。  
意地っ張りで誇り高いメイコが寄る辺を求め全身で縋る様は、カイトの支配欲を大いに擽り興奮させる。それに艶かしい内部の刺激も加わり、そろそろ耐えられそうにない。  
「少し我慢してて……!」  
募る吐精感に追い詰められて、カイトは尻を掴み肉に指を食い込ませながら荒々しく揺らした。緩やかだった交わりとは一変し、硬く勃起した肉棒が膣を擦り奥を打つ衝撃は強烈でメイコは悲鳴を上げてしまう。  
「ひぁあっ……!」  
がくがく揺さぶられ、メイコは喘ぎ息も絶え絶えだ。繋がる性器は解れて乾くことなく粘膜が滴り、継ぐ息の中で掠れた声が必死にカイトの名を紡ぐ。  
声と息と衣擦れと、消しようのない淫猥な音が、宵闇満ちる花畑に響き渡っていた。  
「う、カイ……ダメ……ぇっ」  
メイコの背中が反って爪先が空を掻く。乳房がたぷたぷ揺れる姿がいやらしいったらなかった。  
「うぅ……あ、んあっ! あぁん――っ」  
突き上げに狂わされる。絡む襞と膣がなす術もなくきゅうっと狭まり、メイコの総身が戦慄いた。いっそ凶暴なほどの快感が互いの身体と脳を灼き、カイトも欲望を放出する。  
「うぁ……っ」  
勢いよく弾けたそれは、止めようとしてもどうにもならない。興奮冷めやらぬ膣内に収まり切れず、零れた精液は肌と花畑を汚した。  
「あ……あ……」  
言葉にならず、絶頂の残滓が零れ落ちるメイコの濡れた唇が視界に入り、吸い寄せられる。押さえ難い欲求のままカイトは自分の唇をそれに重ねた。  
 
「おかわり」  
メイコがグラスを差し出すと、計ったようにすかさず並々と液体が注がれる。  
それを優雅な手つきで掲げたメイコは、口元に嬉しそうな笑みを浮かべた。  
「美味しい……」  
幸せそうな微笑は見る者を魅了するが、生憎うっとりと葡萄色の液体を見つめるメイコには、傍らで葡萄酒を注ぐ目の周りに青タンを作ったカイトの姿など映ってはいなかった。  
「そんなにおいしーの?」  
メイコが深く腰かける一人がけのソファーの肘掛に寄りかかり、身を乗り出すリンに彼女は麗しく微笑みかける。  
「ええ。もー禁酒明けだし、この際安酒だって最高級の味よ」  
「ひ、酷い! 安酒じゃないよー。高級品選んできたのに……」  
レンに哀れみの視線を投げかけられているカイトを無視し、メイコはグラスの残りを優雅に傾けた。  
やっと酒にありつけたのだ。酒が不味くなるような辛気臭いを面を見たくない。  
今手にしているのは、カイトが外出先で購入した土産の酒だった。  
しかしメイコはしばらくそれにありつけなかった。何故なら、また寝込んだからである。  
カイトが帰ってきた夜、「まだ足りない」と寝室に引っ張り込まれ、一人で寝るには広すぎるとぼやいたベッドを存分に使った後、二日寝込んだ。理由は『貧血』。  
お陰で酒があるというのに呑めず、やっと動けるようになったメイコが起き上がって一番最初にしたのは、カイトをぶん殴ることだった。痛々しい青タンはその結果だ。  
「痛そーだな、オイ」  
「やめてレン! つつかないで痛いよ!」  
「グラスが空よ」  
「あ、はーい」  
いそいそとグラスに酒を注ぐカイトにレンはげっそりした声で呟いた。  
「マジかよ。『餌』に酒を注いでるあれが『闇ノ王』なんだぜ……」  
「カイ兄、結構サマになってるね。傅くっていうか、侍るってあんなカンジ?」  
いつの間にかレンの傍らに来ていたリンが笑う。  
「みょーに嬉しそうだしな。あ、またしばかれた」  
呆れるレンと面白がるリンの視線の先には、メイコの隙を突いて頬にキスしたカイトが平手でぶたれる姿だった。  
「お似合いだよぉ。何だかんだ言って、メイコ姫ったらちゃーんと指輪してるしぃ♪」  
「最早アレは武器じゃねーの? 俺には恐怖政治の始まる予感しかしない……それにカイトのあの顔見ろよ、艶っつや」  
「トマトジュースしか飲めなかった頃とは全然違うねっ」  
「お姫サン寝込んだし、カイトのヤツ相当いい思いして……」  
「レーン? 何を話しているのかしら?」  
リンに向けていたのとは明らかに違う、メイコのド迫力の微笑みは「余計なこと口走るな」と言外に語る。  
レンにしたって、こう見えても弱くはない魔物だ。しかし最下層の魔物で、しかも立場的にはカイトの餌でしかないメイコに戦慄を覚えるのは何故なんだ。  
面白くないが、初対面で刷り込まれた鉄拳制裁の激痛は記憶に刻み込まれ、なかなか拭えない。  
「なんでもねーよ! 軟弱ヘタレ王と酔いどれ暴力姫君でお似合いだって言ってんの! このDVカップル!」  
カイトがお似合いだってー、と抱きつこうとするカイトを尻目に、メイコが勢いよく立ち上がった。  
「ちょっとレン待ちな……カイトっ、邪魔しないでよ! はーなーせー!」  
レンはリンの手を掴んでテラスから飛び立つ。三十八計逃げるが勝ち。レンは後始末をカイトに任せることにした。  
「んもー! 逃げられたじゃない」  
「まあまあ、いいじゃん。どーせレンはメイコに勝てないんだから。ほら、お酒呑むんでしょー?」  
「呑むわよ! 大体アンタが無理させるから禁酒が長くなって……もうっ」  
すっかりむくれたメイコはおかんむりもいいところだ。背中から羽交い締めにしているカイトの腹に、腹立ち紛れに肘を打つ。しかしカイトはめげない。  
「だって一ヶ月振りで、吸血もアッチも止まんなかったんだよ。あー可愛かったなぁ……イク時の、いでっ」  
記憶を反芻し、ふざけたこと抜かす口を黙らせるためにまたぶった。  
しかしカイトはくすくす笑うばかりだ。メイコは怪訝な表情を浮かべる。  
「……なによ?」  
「いやいや、すごく仲良しだなあって。嬉しいんだ」  
「へ?」  
「メイコが、リンやレンと仲良ししてるのが嬉しくて堪らない」  
 
カイトは、これ以上ないほど締まりなく……否、幸せそうに笑う。毒気が抜けるその笑顔に、メイコは握っていた拳を下ろした。  
カイトは身体をメイコの前に移動させると、その身をを屈めてくる。それに耐えられなくなったメイコは、尻から座っていたソファーに逆戻りする羽目になった。  
「きゃ! や、なに?!」  
そのまま胸に顔を埋められ焦ったメイコだが、カイトの様子がまるっきり子供が母親に抱きつくそれで、何事かと首を傾げる。  
「ど、どうしたの?」  
戸惑いながら頭を撫でてみたりしてみる。殴り所が悪かったか? 人前でべたべたされるのが苦手だからって、ちょっとやりすぎたかも……。  
「ん――……、幸せなんだ。か……いで」  
「え?」  
語尾が聴こえず、メイコは胸元のカイトの声に耳を欹てた。聴き返しても、カイトはもう答えない。  
本当に子供みたいだ。親に甘えるような子供。いつもとは違う別物の頼りなさを感じ、撫でる手で髪を梳く。瞳と同じく深い青が指先を流れた。  
幼い頃、魔の象徴だった闇ノ王が今メイコの胸に凭れて顔をすり寄せている。そこに禍々しさや忌まわしさはなく、乱暴にしたら脆く崩れてしまいそうな希薄さがあった。  
そんな姿に母性本能に似た何かを刺激され、黙ってカイトの髪を丁寧に滑らせていたのだが。  
そうこうしている内に、腰に回った腕に引き寄せられ胸に顔が擦り付けてくる。  
くすぐったいなぁと肩を竦めると、大きくカットされた襟ぐりから覗く膨らみを食まれ、ぞわりとした感覚と共にメイコのこめかみに青筋が立った。人が絆されていれば、この男は……!  
「……かぁいとぉっ! あんたねぇ」  
「あは。なんか顔が気持ちよくてつい」  
「ついじゃないでしょっ、ヘンタイ吸血鬼!」  
「そんなに怒ったら血圧上がっちゃうよー。噛み付きたく、へっ?!」  
メイコが撫でていた手を振り仰き、カイトは目を見張った。手の中には既に空き瓶になった葡萄酒のボトルが握られている。  
「えっ? 待ってメイコっ。酒瓶で殴るのダメ、ゼッタイ!」  
「問答無用よ! このチカンっ。何時になくしおらしいから、大人しくしていれば……」  
唸りを上げる酒瓶から標的は器用に逃げる。カイトはすっかり通常運行で、さっきまでのしおらしさなど欠片もなかった。若干焦るも余裕綽々の足取りが、尚更メイコの癪に障る。  
「あ、やっぱ今のデレの一種だったんだ」  
へらっと言われて、メイコの中で何かが切れた。それは沸点の低い彼女の忍耐かもしれない。  
「アホーっ!」  
酔っ払いに持たせた酒瓶は、人間魔物問わず大変危険だ。  
じりじりと間合いを取る緊迫した状況だというのに、酒瓶を握り締める指に光る指を目に留めたカイトは嬉しそうに笑う。  
その笑顔に、メイコは苦々しく歯を噛み締めるしかないのだった。  
 
 
おしまい  
 

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