闇○王(ヘタレ)×姫君メイコ(ツン) 
 
何度目かの寝返りの後、訪れる気配のない眠気に耐えかねてメイコは瞳を開いた。  
寝る前ベッドにあらゆる種類のアルコールを持ち込み、一滴残さず呑み干してから横になったというのに、まったく眠くならないとはどういうことだ?  
メイコの寝そべるベッドは、瀟洒で品のよい意匠の彫られた高価な天蓋付き。部屋の調度品だって埃ひとつなく一流の逸品ばかりだというのに、ベッドを中心にあちこちに転がる酒瓶が全てを台無しにしていた。  
視界は薄暗かったが今宵は満月。開かれたバルコニーから差し込む月明かりは、夜を青白く照らし、その光に慣れた目は天蓋の意匠を簡単に映した。  
訪れないのは睡魔だけではない。  
――あの野郎……。  
メイコは憂い顔に似つかわしくない舌打ちを寸前で止めた。代わりに奥歯を苦々しく噛みしめる。  
部屋に設えてあるバルコニーへ続く窓が開けっぱなしなのには、理由があった。  
つい最近まで、毎夜遅くにこの部屋へ忍んでやってくる男がいたからだ。  
メイコは小国とはいえ、一国の姫。城下の街の人々には『太陽の似合う姫君』と呼ばれている。  
その姫君の住まう、堅固な警備に守られた城に容易く忍び込んだ男がいた。  
三度ヤツの姿を認めた時に、護衛に突きださなかったのは……今考えてもよく分からない。  
ただ、メイコを見上げるその姿があまりにも哀れだったから、かもしれない。  
 
待って殴らないで! あやしいものじゃありません〜〜っ!  
 
深夜に妙齢の女性の、しかもこの国の、仮にも姫君であるメイコの寝室に現れたこの上なく怪しい変質者へ躊躇する事無く一発拳を見舞う。  
床に尻もちをついた黒衣の男は、早くも腫れ始めた頬を押さえメイコを見上げて「暴力はよくないよ?!」と涙ながらに懇願していた。  
メイコにしてみれば、こんな優男な変質者など飛んで火にいる夏の虫そのものだ。  
日頃、淑女たれ国民の見本であれと厳しく言い含められているため、立ち振る舞い一つにも気を使うメイコだが、その中身は酒を寝室に隠し持つ過激派もびっくりの乱暴者だった。  
普段は素の自分を表に出さないようにしている分、一目のない場所では反動も強い。  
姫君の私室に忍び込んだ不埒な男なんか、どんな目に合わせたっていいじゃない♪  
ちょうど良いストレスのはけ口が向こうからやってきたのだ。遠慮などしない。  
酒瓶を武器に掲げ、只ならぬ闘気を漲らせていたメイコは、ふとその青い髪と瞳と、情けない面に見覚えがあることに気づく。  
一年程前、こんな風に寝室に忍び込みメイコ自らにボコられ、『姫君の寝室に忍び込んだ、不埒な変質者』として司法に引き渡したあの時の男そっくりだ。  
メイコの記憶には、懲役期間はまだまだたっぷりあった気がするが、まあ良い。  
 
ていうか、やっぱり変質者には変わらないじゃないの! この女の敵が!  
 
『深窓の姫君』には似つかわしくない凶暴な眼光で、まずは酒瓶を振り上げる。  
うわぁと何ともマヌケな叫び声を上げる男目がけ、メイコは酒瓶が唸るほどの勢いで力強く落とした、が。  
 
…………?!  
 
酒瓶は虚しく宙を掻き、ごすっと危険な音を立てて厚い絨毯の上を叩く。酒瓶の先が絨毯の長い毛足に埋まり、指先から肘にかけてじぃんと不快な痺れが響いた。  
 
そんな、仕留めたハズ……!  
 
思わず赤い瞳を見開いた。黒衣の男が身に着けていたマントで身体を隠した瞬間、その上から確かに殴りつけた筈だ。  
 
……危なかったぁ。お姫様なのに、すごいコトするんだね貴方は。  
 
暢気な声が背後から聴こえ振り向けば、黒衣の男はこっちの気の抜ける程の能天気な笑っていた。  
それが後で人外と知ったこの男の、悲鳴と懇願以外で初めて聴いたまともな言葉だった。  
 
 
男はカイトと名乗った。  
 
「俺、吸血鬼だから、誰にも見つからずに忍び込むなんて楽勝なんだ。  
 あれ、なんで後ずさりするの?」  
「…………妄想乙」  
 
さらっと言ってのけたカイトの脳を危ぶむメイコの視線に、カイトは吸血鬼の特殊能力をさながら曲芸のように披露した。  
獣化や霧化、宙に浮くなど、人間には不可能な事象をやってのける様は、まるで大道芸人を思わせる程の軽やかさだった。  
大道芸人との違いはタネの有無ぐらいだが、タネの存在など不可能な不思議現象の数々を目の当たりにすれば、さすがにメイコもカイトが人外の者であることを認めざる得ない。  
しかし、禍々しさの欠片も感じないのは、この男の醸し出すのほほんとした雰囲気からだろうか。闇に生きる者のクセに、魔物に一番大事な『恐怖』や『不気味』をどこかに落としてきたような男だ。  
むしろ人間で女性のメイコの方が、魔物のカイトを威圧している。  
こんなヤツに攻撃をかわされたのか。私は。  
人外とはいえ、一撃必殺の酒瓶攻撃を避けられ少々自尊心が傷ついていたメイコへ、更に追い討ちをかけたことをカイトは知る由もない。  
さておき、自らを吸血鬼だと自称するこの男は、魔物であるにも関わらず危害を加えてくる様子もないし、逆にメイコの拳に怯える表情に警戒心が薄れた。  
 
「アンタ、痴漢じゃなければ、なにをしにまたここへ来たのよ?」  
「いや、あの時のお姫様にもう一回……」  
「殴られたいとか?」  
「やめて! 拳を握らないで! あの時も痴漢しにきたんじゃないし!  
今日来たのは、ただ君と話してみたかったんだよー!」  
 
必死で訴えてくるカイトの瞳の色は、満月の薄蒼い夜空に似ている。  
それがなんとなく気に入ったのと退屈していたのもあって、メイコは姫君らしく「ならば、話し相手になりなさい」と命じた。  
許しを得たカイトは嬉しそうに笑って恭しく頭を垂れ、メイコの手を取り甲に口付ける。  
それが逢瀬の始まりとなった。  
 
その晩から、毎夜カイトはメイコの寝室を訪れるようになった。  
吸血鬼だと自称するだけあって、カイトは本当に深夜近くにしかやって来ない。  
そして他愛もない会話を数時間程して、カイトはまた闇に消えていく。  
最初の内はただの暇つぶしでカイトを話し相手にしていたメイコだが、次第にこの状況を楽しむようになっていた。  
メイコは王家に生まれ、大勢の家臣に守られ傅かれて生きてきた。  
煌びやかな装飾に施された王宮で豪奢なドレスを纏い、高い教養を身につけ全身を飾り立てられて日々を優雅に過ごす。  
望む望まない関係無しに何でも与えられていたが、実は自由になる物など一つもない生活に心底倦んでいた。  
メイコには腹違いを含め何人か兄弟がいるため、王位継承から外されている。  
彼女に人の上に立つ能力と実力があったとしても、メイコの扱いは「女」であるというだけで、嫁に行くまで飼い殺されているのが実情だった。  
この平和な世の中で、王女の使い道は他国と同盟を結ぶための「婚姻」ぐらいしかない。いづれメイコも、政治の道具として嫁ぐことになる。  
国内で使い道のない姫は麗しく美しい程、他所の国へ出すには好都合だった。  
見た目ばかり豪華な王宮の内側で、心を許せる者もなく体面と建前に縛られて鬱屈は心に厚く降り積もっていく。  
いっそ王家などでなく平民として生を受けたならと何度も思ったが、他人が聴けば平民の暮らしを知らない姫君の戯言だと失笑されるのが目に見えて、口を噤むしかなかった。  
実際、メイコは飢える経験などない。  
だけどお忍びで市井に下りる度、市民の暮らしに憧れた。たとえ貧しくても、あんな風に自分で己の道を決めて、自由に生きてみたかった。  
そんな不自由で窮屈な生活の中で、カイトの訪問は刺激的だった。  
別にふしだらな関係を結んでいる訳ではない。  
ベッドの上でカイトを座椅子にし、その膝に優雅に座って上流階級の人間関係で鬱憤の溜まったメイコの愚痴をカイトに聴かせたり、寝酒で泥酔しカイトに絡んでうっかり絞めて落としかけたりとか、酔ったついでに無理矢理キスしたりとか。  
カイトが語る城下町の話しや、仲間の魔物の話しもメイコの好奇心を擽って、楽しい。  
成人した男女の深夜の逢い引きしては、あまりにもささやかな内容だった。  
しかしそれも、メイコが先日カイトに告げた一言で突然終わったようだ。  
 
「嫁ぎ先が決まったのよ」  
「へー?」  
 
カイトは翌日の夜から、姿を現さなくなった。  
 
 
最後に会った夜、いつものようにベッドの上でカイトを座椅子代わりにしていたメイコは、首を捻って背もたれの顔を仰ぎ見る。カイトは青い瞳を瞬かせ、きょとんとした顔をしていた。  
 
「嫁に? どこへ?」  
「ここからかなり離れた西の国。そこの王の後妻だって」  
「どんな人?」  
「知らない。会った事無いもん」  
「うっわ、ちょー興味無さそう。それなのに嫁ぐんだ?」  
「しょうがないわ。その為に、今までカネかけて育てられたんだから」  
「ふうん……」  
 
気がつけば、嫁ぐ国へ出立する日が間近に迫っている。城の中も、王女の婚礼準備に慌ただしい。メイコの準備といえば婚礼衣装の衣装合わせぐらいで、嫁に行く当の本人だけがやることが無い。  
あーんなこと、言わなきゃよかったかなー?  
まさかもう来なくなるなんて思わなかったから、嫁に行くその日まではあの呆けた面を眺めていられると考えていた。  
カイトとの深夜の逢引は、メイコの唯一の自由みたいなものだ。  
王宮の誰もカイトの存在を知らない。カイトを知っているのはメイコだけだ。その優越感のようなモノも気分が良かった。  
王女であるが故に、周りの人間はメイコの機嫌を損なうことを怖れて腫れもののように扱うため、心を許せる友人などいない。メイコも、彼らに弱味を見せるわけにはいかなかった。  
だけど城に連なる者じゃない、国民でなく人ですらないカイトになら、なんでも明け透けに話せた。  
……本音を話せて、素の自分を知られても構わない者と出会ったのは初めてだった。  
カイトに敬称を使わせず名前で呼ばせ、敬語も禁じた。カイトに会う時だけは淑女らしさなどかなぐり捨てて、王女ではない自然体の自分でいられた。  
楽だったし、面白かった。暇つぶしだった筈のカイトの訪問を心待ちにしていたことを、彼が来なくなってから思い知った。  
嫁いだらもう二度と会えないっつーのに、何やってんだあの野郎。  
こっちから会いに行こうにもカイトの棲家は知らないし、今のメイコは行動を制限されている。  
カイトは自由だ。闇の世界に生きて、何者にも縛られない。  
そう考えたら、カイトが自分に拘る必要はないんだ、ということに気がついた。メイコがいなくなっても、また新しい女の寝室へ行けばよいことなのだから。  
ある意味、結婚が決まったと話した直後に姿を見せなくなるカイトは、あまりにも正直だった。それを嫁に行くメイコが責める道理はない。  
ちょっとぐらい血をやってたら、少しは執着してくれたのか。  
たまに冗談めかして「血が欲しーな。吸血鬼は美女の血が最高の食事なんだよ」なんて言って細い首筋に唇を寄せ、その度メイコにグーパンを食らっていたカイト。  
吸血鬼のカイトがメイコの元にやって来る理由は、本当はコレなのだということを薄々感じていたけど、簡単に血をやるのも癪に障るのではぐらかしていたのだ。  
メイコにはカイトしか心を許せる者はいないのに。最後まで付き合ってくれたっていいじゃないか。  
カイトにしてみれば理不尽なことこの上ないだろう。最早言いがかりだ。しかし腹が立つ。  
……今頃、どこぞの令嬢の窓辺にでも行って愛を囁いているのかもしれない。  
寝返りをうったメイコの視界に、バルコニーの窓で揺れる薄いレースのカーテンが入った。  
カイトが来ないなら、窓を開けておく必要もない。  
メイコは立ち上がってバルコニーへ歩み寄ると、窓に手をかけ閉じた。  
小さく溜息をついて、皓々と照らす月明かりに背を向けまたベッドへ足を数歩踏み出す。  
その足元が翳り、メイコの背中に降り注ぐ月明かりが、不意に大きな影に遮られた。  
 
「こんばんわ。メーイコっ! ひっさしぶりーっ」  
場違いに明るい声が寝室に響き、メイコは後ろから抱きつかれて思わずたたらを踏む。  
窓は確かに閉じたにも関わらず、絡みつく腕はメイコの肢体を引き寄せ、背中にぴったりと張り付かれた。  
「ごめんねー最近来れなくって。寂しかった?」  
すりすりと髪に頬ずりされ、悪寒がしたメイコは躊躇いもなく肘を後ろへ見舞う。  
「離れろウザい!」  
うっと呻き声がし、メイコは拘束から解放され振り向く。腹を押さえ長身を屈めた礼装の男は、痛みで泣きそうになりながらその場に蹲った。  
このアホ面に魔物にあるまじき立ち振る舞い。閉じた窓の隙間から霧化して忍び込んできたのは、正真正銘のカイトだ。  
さっきまでは何故来ないと憤慨していたメイコだが、来たら来たで空気の読めない能天気さに不機嫌指数が急上昇する。  
「ぐ、相変わらずの破壊力……俺に会えなかったからって、そんなに怒んなくっても――って、待って! ぶたないでー」  
全身に闘気を漲らせたメイコに、カイトはぶんぶん首を横に振る。  
険しい顔をしたメイコはカイトへ視線をやると、無言でベッドへ指を差した。  
その意を正確に理解したカイトはにっこり笑って立ち上がり、ベッドに歩み寄ると腰を下ろして軽く膝を叩く。  
「はいはい座椅子ね。どうぞ、お姫様」  
メイコは無言で近づくと膝の上に腰を下ろし、背中をカイトへ思いっきり傾け凭れかかる。  
勢いが良すぎて、背後から「ぐぇ」とか聴こえたが気にしないことにした。後から両腕が回り、メイコの腹部を包み込む。  
「今夜もすごい呑んだねー。あれ? 最後に会った時より酒量が増えてない?」  
足元に転がる酒瓶に呆れたカイトの声に、メイコは鼻を鳴らすことで答えた。誰のせいだと思っているんだ。  
「……随分とご無沙汰だったじゃないの」  
「んー。ちょっと忙しくて」  
「忙しい? あんたニートなのに?」  
「ひど……っ! あのね、俺にも色々あるんだよ。ねぐらのリフォームとか、家族会議とかさ。あとね、旅行もしてた」  
旅行、ね。とメイコは俯いて唇を噛んだ。  
言外に、メイコが思うほどカイトは深夜の逢瀬を楽しみにしているわけではないと、言われた気がした。  
馬鹿野郎。婚礼のために旅立ったら二度と会えないのに。メイコばかりが別れを惜しんでいるようで、悔しいったらない。メイコの機嫌は悪くなるばかりだ。  
「帰ってきたら、城下町が賑わってびっくりしたー」  
姫君の婚礼が近いから、国を上げてのお祭り騒ぎになっているのだ。  
「まあ、家のことは御苦労さまだわね。旅行って何処へ行って来たのよ?」  
「あ、そうだ。これお土産」  
ポケットから小さな石の欠片を取り出し、メイコに掲げて見せる。  
赤瑪瑙がコロンとカイトの白い手袋の上で転がっていた。つやつやした滑らかな曲線が月灯りを弾く。メイコは驚きに瞳を見開いた。  
無理もなかった。つい最近、先方から送られてきた結納品に混じって、これよりも大きく、品質の高い赤瑪瑙の髪飾りを見かけたからだ。  
「い、いらないわよ! ……っていうか、アンタの旅行先って」  
「うん。メイコの嫁ぎ先に行ってみた!」  
――赤瑪瑙は、メイコの嫁ぎ先の国で採掘が盛んな鉱物で、赤瑪瑙を中心とした鉱物とそれらを加工したアクセサリーなどが主要輸出品でもあった。  
どこか得意げな声にメイコは一瞬言葉を失ったが、はたと我に返る。  
「どっ、どうして?」  
無理に身体を捩じって振り向こうとするメイコを、抑え込むように腕に抱きしめてその頭に顎をちょこんと乗せた。  
「どうしてって……気になるじゃん。相手がどういう男なのか、とかさ」  
「はぁ?」  
「メイコに聴いても知らないって言うし、だったら恋敵を自分の目で確かめようと思って」  
 
つまり会いに来なかった間、カイトはメイコの婚約者を拝みに行っていたという。メイコですら会ったこともない相手に。  
唖然とするしかない。しかもなんか、恋敵とかしれっと口走ってるし。  
「ところでさあ、この結婚本気なの?」  
「……え?」  
暢気な声音から一転、いきなり低くなったそれに、メイコはカイトの腕の中でもがくのを止めた。こんな真剣な声、聴いたことが無い。  
「年もかなり離れてた。メイコと年の変わらない子供もいたし、妾もたくさんいたよ。君が愛されるとは思えなかった。……そんな人と結婚するの?」  
カイトにとって、彼女の夫となる王が名君たる人物とか、そういうのはどうでもいい。  
目的は王の為人。それが知りたくて、メイコが嫁ぐあの国に偵察に行った。メイコを幸せにしてくれる人物なのかどうか。彼女を愛してくれる人なのか。  
王宮に忍び込むのはお手のもののカイトである。  
城の中をあちこち探り、また姿を隠しながら出入りする貴族や使用人たちの話しを小耳に挟んで、そのあんまりな内容にカイトは大いに落胆した。  
噂や伝聞のような不確かなものに惑わされず、自分の目で確かめないと! と思い直しメイコの婚約者の私室を覗けば、結婚間近にも関わらずベッドに女を連れ込む始末。しかも複数。  
…………カイトはがっくりと肩を落とした。  
メイコが笑顔で幸せに暮らせるなら、毎夜訪れたあの窓辺へはもう行かないつもりだった。  
魔の者と人間、しかも高貴な生まれの彼女では相入れる筈もない。自分の未練を断ち切るためにも、相手の人物像が知りたかったのに。  
その結果、益々メイコに未練が募り手放したくなくなってしまった。  
「…………それは」  
カイトの問いに、何事も明朗なメイコにしては珍しく口ごもる。  
一国の王なら、世継ぎの問題も絡むし愛人がいるのも仕方がないことだ。メイコの父だって側室を何人も持っている。  
第一、メイコは愛されに嫁ぐのではない。国の面子のために結婚するのだ。  
「身近に心を許せる侍女もいないクセに、味方のいない不慣れな環境でたった一人で暮らせる?」  
「…………」  
そんなことを言われたって、今更どうしようもない。婚礼のために旅立つまで後数日。嫌だなんて騒ぎ出しても、結婚を取り止めになんかできないのに。  
自分の事を自分で決めることを許されない、ままならぬ人生。  
だけど王家に生まれた以上、仕方ないと納得させた心を掻き乱すようなことをカイトは言う。  
口調は優しいのに、責められているみたいだ。  
メイコはぎりっと奥歯を噛みしめ勢いよく立ち上がり、その拍子に脳天でカイトの顎を突き上げた。  
声もなく悶絶するカイトの襟首を掴んで絞め上げると、メイコは抑揚のない低い声で言葉を搾り出す。  
「好き勝手なこと言ってくれんじゃないのよ……」  
「タンマ、く、苦し……」  
「大体、アンタが私の何を知ってるんだっつーの」  
ぎりぎり絞める腕は力が益々入り細かく震えている。カイトはよく考えたら自分は呼吸を必要としない死人みたいな存在だった事を思い出し、落ち着きを取り戻しながらメイコを窺った。  
俯いた顔を短めの茶髪が覆って表情は知れないが、震える細腕が感情を如実に表していた。  
「だって、しょーがないじゃない。私は自分自身のコトを決めることなんて、許されないの。どんなに嫌でも、私は……っ」  
メイコがいくら結婚を拒否しても、周囲に黙殺されるだけ。諦めて嫁ごうとすれば、メイコに一番近しいカイトがそれを責める。他の誰でも無い、カイトが。  
悔しくて悔しくて、感情が急速に高まっていく。  
 
「わ、私だって、好きでもない男と結婚なんかしたくないわよ!  
 愛人を何人もこさえてる男なんか、こっちから願い下げだわっ」  
 
叫んだ声は半泣きもいいところだった。メイコは手の甲で濡れた目元を拭うと、見上げるカイト目がけてぼかぼか拳を降り下ろした。  
 
「大体なによ! アンタだってどーせなんにも出来ないクセに、偉そうなことグダグダぬかしてんじゃないわ! 口先ばっかり! 説得力皆無なのよっ」  
「あだだ、お、落ちついてメイコ」  
ボカスカ殴りかかる拳は小さいけれど威力抜群で、カイトの頭や肩を容赦なく打つ。  
拳を避けながらやっとのことで暴れる身体を腕ごと抱きすくめ、カイトはホッと息をついた。  
「……全く、やっと本音言ったね。  
 いつも言いたい放題のくせに素直に嫁に行くなんて言うから、あの男のこと好きなのかと思ったじゃん」  
「〜〜っ、なワケ、ないでしょ……!」  
「はいはい、泣き止んで頼むから。だから、今日はちょっと提案をね、しにきたんだけど」  
「〜〜っ、提案ー?」  
カイトの腕の中で息を切らすメイコの言葉尻は胡散臭げだ。  
ぽんぽんと寝間着の背中をあやして、カイトは今度は正面から膝の上へメイコを乗せた。  
「そ。メイコがあの国へお嫁に行きたくないのはよく分かったよ。君が嫌なら、俺がどんな手を使ってでも逃がしてあげる。  
 でもその後は、この王宮に留まるのは難しいよね」  
カイトの言うことは尤もだった。結婚は正攻法では避けられないところまで来ているから、逃げ出すのが一番てっとり早い。  
だが花嫁が逃げ出したとなれば、先方に多大な恥をかかせるし、メイコも故郷へは戻れない。  
神妙な顔つきで見下ろしてくるメイコに、カイトは穏やかに語りかける。  
 
「……だからね。君さえよかったら、俺の家に来ませんか?」  
 
きょとんとしてカイトを凝視する瞳は、いつも強気で凛としているメイコとは程遠い。彼女の中にあった幼さが垣間見える。  
ああこんな顔もするのかと、彼女の新たな一面を知り、カイトの笑みも深くなった。  
「あ、で、でもね、今までみたいな贅沢はさせてあげられないし、ウチはあと二人家族がいてね、コウモリの魔物なんだけどこれがまた」  
わたわたと言い訳がましく息継ぎもしないで語るカイトを、メイコの一言が遮った。  
「行く」  
あっさりと、でもはっきりとメイコは頷いた。  
「え? あ、う? いいの?」  
「なんで誘った方がしどろもどろになってんのよ……。行くわ。でも、どうしてそこまでしてくれるの? 私アンタのコト殴ってばっかなのに」  
一応、殴ってばかりいる自覚はあった。妙な雰囲気になると、とにかく落ち着かなくてこそばゆくって、ついカイトを殴って誤魔化していたのだ。  
「そりゃ……好きだからだよ」  
「……殴られるのが?」  
これまたあっさり風味の告白に、メイコは眉を顰めた。  
「なんで? 違うよ! メイコが、だよ」  
「私の血が目当てだったんじゃないの?」  
「……血だけが目的なら、飲ませてくれやしないのに毎晩通ったりしないよ。余所に行くって」  
メイコの身体から完全に力が抜けているのを確認して、カイトは腕の拘束を緩めた。矢継ぎ早の問いに答えて、カイトは茶色の髪を梳く。  
「あは、照れてる」  
「うっさい」  
「好きだよ。大好き。照れるとすぐ暴力振るっちゃうのも含めてね!」  
ふにゃっと笑いながら繰り返すカイトに、メイコの顔が益々赤くなった。  
「〜〜〜〜アンタねぇ!」  
赤くなった頬に指を滑らせるカイトの手に熱が伝わる。手袋越しにもはっきり分かった。  
 
「でもさ、君にも覚悟をしてもらうことがあるんだよね」  
「覚悟?」  
「そう。俺は吸血鬼でメイコは人間でしょ。同じ時間を生きるためには、メイコをこちら側の住人にしなくちゃいけない……そうしないと、一緒に生きられないから」  
カイトは魔物だ。姿こそ二十歳前半程の青年だが、実はメイコが思いもよらない程の長い時間を闇の中で生きている。メイコの婚約者より遥かに年齢は上だ。  
吸血鬼は、その気になれば吸血行為中に相手を闇の住人にすることができた。しかし、同族になるというわけではなくあくまでカイトの支配下に置かれる。  
有体にいえばカイトの「餌」として共に長い時を生きるのだ。  
……正直なところ、カイトはそれを避けたかった。  
『太陽の似合う姫君』と謳われるメイコの輝きを、カイトは奪うことになる。  
気高く美しいメイコ。闇に生きる者としてはその眩しさに憧れ、強く惹かれた。カイトの支配下に下れば、二度と太陽の光を浴びることは出来ない。将来を約束された明るく照らされる道へは戻れず、また嫌でも彼の傍から離れられなくなる。  
メイコが自由を求めていることは知っているが、王家を出てカイトについてきても本当の自由はないのだ。  
そんなことを語っていたら、カイトの頬をメイコの白い手が挟み乱暴に上を向かされ、視線を合わせられた。  
「あのねー、自分から誘っときながら、さっきからまあぐちぐちと……。  
 私は『うん』って言ってんのに、何で今更そんなこというのよ!」  
据わった目で睨みつけられ、カイトは逃げ腰になるが顔を押さえられているのでそれも出来ない。  
「だ、だってさ! 僕と駆け落ちしたら、君は二度と帰れないどころか人間だって止めなきゃならないんだよ? 分かってんの?  
 もっと、こう、真剣に考えて、んっ?!」  
言葉が途切れたのは、メイコがカイトの唇を乱暴に塞いだからだった。  
手荒な所作とは裏腹に、合わさった唇からメイコの舌がカイトの口腔へそっと潜り込む。  
歯列を丁寧に辿る舌が目的のソレを見つけると、ソコばかりをちろちろと何度も舐める。むず痒い刺激にカイトの肩が小さく反応した。  
メイコの舌先が執拗に舐めるのは、カイトが吸血鬼である証。牙だった。  
存分に舐めた後、離れた顔を唾液の糸が引き、直ぐに切れた。  
「分かってるわよ。アンタと一緒に逃げて、私がどれ程のモノを失うかなんて知ってる。  
 でも、好きでもない男の所に嫁ぎたくないし、持ってた物全部捨てても私はアンタと一緒がいいって言ってんでしょ! 分かれ馬鹿っ」  
……しばらく、メイコの息を切らす音が静かな室内に響いた。  
バルコニーから差し込む月光を背中に受けているメイコの、その身体の輪郭が弱い光に縁取られている。その様がこの上なく美しく、カイトは思わず見惚れてしまった。  
「御託はもういい。一緒にいられれば、何だって……」  
しなやかな腕がカイトの首筋に絡み、身体が寄せられる。豊満な肢体をぴったりとカイトに預け、濃厚な口付けに濡れた唇が彼の耳元で囁いた。  
「早く私を攫ってよ」  
命令口調の中に含んだ哀願に、カイトは堪らなくなってその身体を掻き抱いた。  
月灯りを弾く艶やかな茶色の髪に鼻先を埋める。  
「大好きだよ、メイコ」  
背中に回った小さな手が、呟きに応えるようにマントを握りしめた。  
 
キスで潤んだ瞳に愛おしげに微笑んで、カイトは赤く濡れた唇に指を添えた。  
「いけないお姫様だなあ。こんなキス、誰に教わったの……?」  
「輿入れの決まった娘は、先方で困らないためにそういう教育を受けるの。  
 ……なによ、その複雑な顔は。なんかマズかった?」  
「や、良かったけど……誰かで練習とかしたの?」  
「うるさいわね、なんでそんなこと」  
「他の男とこんなことしてたら、妬けるから」  
やわやわとした唇に指を這わせて目を逸らさずに言うカイトに、視線を受け流せないメイコが今更ながら頬を染めた。顔を背けてぼそりと呟く。  
「………………前にアンタで試した」  
そういえば、以前上機嫌なメイコに唐突にキスされたことを思い出す。あれは随分と酒臭い口付けだった。  
あれは、酔っ払いの暴挙で他意はないと思っていたのだが。  
「あの時は、舌なんか使わなかったのに」  
「……無茶いわないでよ……」  
初めてだったのだ。嫁に行く前に、カイトとの思い出を一個ぐらい持っていったっていいだろうと思って、酔った振りしてあの時、キスした。  
それだけでいっぱいいっぱいになって、唇を触れ合わせるだけで精一杯だった。  
視線を逸らしたままのメイコをいつものように後ろから抱え直し、カイトは唇で首筋に軽く吸い付く。  
「んっ……」  
滑らかな肌は誘うように甘く匂い立っている。こみ上げる情欲を身の内に抱えながら、首から肩を唇で丹念に愛撫した。切なげな吐息を漏らすメイコは、どうやら敏感な性質のようだ。  
舌先で脈打つ血管の辺りを舐めれば、身体を竦ませ身を捩る。  
「も……っ、早く、吸いなさいよっ」  
顎を押さえてメイコを覗き込むと、瞳を揺らめかせ批難するようにカイトを睨んでいる。こんな時でも強気な彼女の唇を奪って、縮こまった舌を吸った。  
「ん……ふ……」  
さっきの乱暴なキスとは違い徹頭徹尾、丁寧に口の中を弄られメイコは瞳を閉じた。舌の付け根や裏、全体を絡め取られ全て探られる。  
甘く苦しい口付けからようやく解放されると、メイコはぼんやりとカイトを見つめた。  
年より幼く見える可愛らしい表情に、カイトは言い辛そうにもごもご口を動かす。  
「……あのさメイコ。吸血鬼の吸血衝動って、性衝動も伴うんだけ、ど……」  
ここはベッドの上で、メイコは身体をすっかりカイトに委ねていいるというのに。  
この期に及んでもメイコの顔色を窺うカイトに、ヘタレ! と思いつつも口から吐いて出たのは続きを乞う言葉だった。  
「いいわ、全部奪って」  
気弱だった青い瞳が真剣なもの変わり、メイコを射抜く。  
「……言質、取ったからね。後悔したって知らないから」  
「望むところよ」  
ふふんと鼻で笑うメイコの唇を再び奪う。軽く吸って離した後、カイトはメイコを抱き締め直した。  
「まったく……怖いもの知らずのお姫様だ。処女なのになぁ」  
「ちょ! な……なんで分かるのよ! やってみなきゃどっちが勝つか分からないでしょ?」  
「勝つってナニが?! 喧嘩じゃないんだからね!  
 ったく、匂いで分かるよー。初めて会ったときから気付いてた」  
くんくんと項に鼻先を埋めて当たり前のごとく平然と言い切ったカイトに、メイコの顔が茹だる。  
大体今さっき『輿入れ決まって教育を受けた』とメイコ自ら言ったのではないか。どんな見栄の張り方なのか、カイトにはさっぱり理解できない。  
「に、匂いって……ヘンタイ! やっぱりあんた変質者よっ」  
羞らいと怒りで苦し紛れに暴れようとするメイコを腕に閉じ込め、カイトは笑う。  
身動き出来ないメイコのふくよかな胸に、手袋を外したカイトの手が触れた。  
途端に肢体が強張る。その胸元に夜着ごと指が沈んだ。  
 
カイトの指には温度がなかった。  
寄せられる身体からもまるで体温が感じられない。普段は禍々しさの片鱗も見あたらないくせに、こういうところでこの男が本当に魔物なんだとメイコは実感する。  
首筋から肩に相変わらずカイトは唇を寄せ、たまに耳朶や貝殻の辺りを舐めた。同時に乳房を揉みしだき、その柔らかさを確かめるように握りしめる。  
愛撫に身体を震わせるメイコの中に宿った小さな熱源が、徐々に範囲を広げ内側をじりじりと灼くようだ。  
堪えられない吐息は次から次へ口から転がり落ち、大きく開いた夜着の胸元から侵入した手に乳首を捕らえられて、とうとう声を漏らしてしまう。  
「んっ……」  
肩から布地を腰元まで下げ露わになった上半身。二つの白くたわわな膨らみをカイトは下から持ち上げた。  
メイコの肩口から手にした優しい双球を眺め、カイトは薄く笑う。  
「大きいな〜。それに綺麗だ」  
「! 〜〜〜っ」  
手のひらに感じる質量にカイトは素直に感想を述べたつもりだったが、顔を染めるメイコは唇を噛みしめて何も言えない。  
自己主張をし始めた淡い色の乳首を弄ってやると、密着した身体がひくんと反応した。  
会う時は常に夜だったから、メイコの夜着姿しかカイトは知らない。  
しかし、ゆったりとしたデザインをもってしても彼女の見事な身体のラインを隠すことはできなかったし、戯れに時折押しつけられる胸は薄布で隔てきれるものではなかったので、カイトもメイコが豊満な身体をしていることを知ってはいた。  
だが、ただ眺めているのと実際素手で触れてその目にするのは大分違う。自分の手で直接触れるそれは、想像していたものよりずっと柔らかく淫靡でカイトの欲望を誘った。  
後ろから抱き締めたままメイコを横にし、ベッドが沈む。  
目の前にあるメイコの後頭部をさらりと髪が流れ、カイトの鼻先に僅かに香った。  
茶色い頭に腕枕をし、項や首筋を執拗に舐めながら指先で芯を持つ乳首を玩ぶ。  
指先で転がしながら抓んで、軽く引っ張る。胸を揉まれるよりも鋭い刺激に、メイコの吐息は乱れていつの間にか喘ぎ声を上げていた。  
白く細い首筋。その脈打つ皮膚を一際強く吸い上げると、赤い痕がつく。胸から手を離したカイトはその痕を指でなぞった。  
「怖くない?」  
「……怖くないわ。でも……あんまり痛くしないで」  
背後からふっと笑う気配。メイコは直前までの愛撫に上気した顔を伏せ、自ら首筋を差し出す。  
「痛くなんてしない」  
メイコの頭を腕枕していた腕で包むように抱え、低く穏やかな声がメイコの心を宥めて安心させる。  
「……愛しているよ」  
ぴくんとメイコの肩が震える。  
カイトの息が首筋に触れ、赤い印の上に濡れた感触と硬い何かが突き立てられた。  
ああ、キスのときに舌先で味わった牙だ。と理解した瞬間、それは皮膚の中へと沈み込んでいった。  
「…………! は……う……」  
深々と刺さった牙は皮膚と血管を食い破り、熱い血潮がカイトの口腔へと流れ込んだ。  
彼にとって、本当に久方ぶりの女の血だった。しかも美女で処女の貴重な血液。  
舌に絡む液体は酷く甘く、目眩がする程の美味だ。我を忘れ吸い上げると腕の中に囲った身体が跳ねたが、押さえ付け構わずその味を堪能する。  
焦がれて止まなかったその血を。  
「ふ……うっ……」  
鼻腔に満ちたメイコの血の匂いが、咽を通る温かさが、忘れかけた本能を呼び起こしカイトを興奮させて止まなかった。  
 
首筋に食らいついたカイトは、咽を鳴らしてメイコを貪る。  
牙が肌を突き刺した時、カイトの宣言通り痛みはなかった。……だけど。  
……これ、なに……? 痛みどころか、これ……。  
頭の芯が痺れる。想像していた苦痛はひと欠片もなく、ただ身体がとても熱い。  
そして感覚が酷く鋭敏になっている。カイトの指で遊ばれていた乳首は硬く勃ってじんじんと疼き、肌も纏う夜着が滑る些細な刺激に反応した。腰がだるい。  
それに疼くのは乳首だけじゃない。身体の中心、女の部分がものすごく……。  
自覚した瞬間、メイコは羞恥に瞳を堅く瞑ってシーツを握った。  
「メイコ? もしかして痛かった……?」  
ようやく咽から口を離したカイトが気遣わしげに耳元で囁く。ふるふると首を振り、メイコは潤んだ瞳で困ったようにカイトを見た。  
「痛く、ない。でも……身体が……おかしいの」  
はあ、と赤い顔で息を荒げるメイコは、色気を増していた。その姿にカイトが思い出したと言わんばかりに眉を下げた。  
「あ……っとね、吸血鬼が異性に噛みつくと、相手は興奮するものなんだ。『性的興奮』ってね」  
えへへと、幼く笑うカイトの説明に、メイコの表情が固まる。  
「せ……!」  
「簡単に言うと『感じてる』ってヤツ」  
首筋にあいた小さな二つの孔から流れ出す血液を惜しむように、カイトの舌が舐め上げた。  
「あんっ、あ……」  
「だって、痛いだけじゃ誰も吸わせてくれないじゃん。世の中良くできているよね、ホント」  
人間も魔物もね。そう言いカイトはメイコの咽に顔を埋めながら、なだらかな曲線を描く太ももを撫でる。  
咄嗟に息を詰め口元を押さえたメイコに構わず、何度か太ももを撫でてから夜着の長い裾を捲り始めた。程良く肉のついた脚が付け根まで剥き出しになり、月の光が青白く白い肌を照らす。  
男の前に肌を晒すことが、今更ながら恥ずかしい。  
いつもなら恥ずかしさで暴れてしまうメイコだが、身体はカイトの与えた快楽が蝕む範囲を広げて、熱に浮かされっぱなしだ。照れ隠しに抗うことも不可能だった。  
先刻からもじもじと脚を擦り合わせる振動に、横臥する彼女の後ろから寄り添っていたカイトが気付かないわけがない。  
目を細めて下肢を撫でていた手が肉感的な臀部へ回り、そこから脚の付け根の挟間に指を差し込んだ。  
「ああ……っ! んぁ……っ」  
下着の隙間を縫って、指が性器を一撫でする。カイトは指に熱い肉とぬめる雫を感じ、首から滴る鮮血を舌でなぞりながら薄く笑って、指が亀裂の形に添って動いた。  
「ひゃっ、あ、あぁんっ」  
「可愛い声だね」  
「く……あぁ……」  
粘膜はすっかり下着を濡らし、もう使い物にならない。それを一旦脱がしてまた指を這わせると、溢れる雫がカイトの指を濡らした。脚を閉じてたって、これだけ濡れていれば性器の間で指が動くにはなんの支障もなかった。  
柔らかい感触の中に半端な硬さを持つしこりを玩ぶと身体全体で反応し、甘い喘ぎが次から次へ唇から放たれる。口を閉じることができない。  
おまけに相変わらずカイトは首を舐めていて、それもまた快感を煽った。  
「ひぃっ、ダ、ダメ……ヘンになる、からっ! や……ぁ」  
くちゅんと跳ねるはしたない水音がメイコを狂わす。カイトが離さない肉芽は、弄られる程に感度を増していった。  
たった一本の指に、今まで味わったことのない強烈な快感を植えつけられる。  
散々身体を昂ぶらせた指はふとソコを離れ、そのまま亀裂を下方に滑って膣口の中へと忍び込んでいった。  
 
「……ふぁ……!」  
いきなり入ってきた指に、肩がびくっと震えた。  
直ぐにもう一本増やされたそれは、粘膜に濡れた膣を自由に動き回る。  
内側をなぞる動作に感じ、脚をぴたっり閉じても探る指を阻めなかった。  
「もっと身体を楽にして。痛くないでしょ?」  
落ち着いたカイトの声は安心するけれど、逆に自分の余裕の無さを浮き彫りにするようで少し悔しい。  
いつもだったら、メイコの方が主導権を握っているのに。  
「アンタが、ヘンなトコ、触るからっ、勝手に力が……ああんっ」  
「だって、君に気持ちよくなって欲しくって」  
「や、んっ、ソコだめ、そんなにしちゃ……ひ……っ」  
中を指の腹で引っ掻かれると、口から出るのは濡れた声ばかりで文句すら言えなくなる。  
「大分解れてきたかな……それにしても」  
「……なに……?」  
苦笑するカイトの気配に気がついたのか、メイコの怪訝そうな問いに「なんでもないよー」と暢気な声で答えた。  
指を強く食む膣の感触。なんてきつい。  
――ベッドに沈む前に「勝ち負けがどうの」って言ってたけど、こんなにきついんじゃ別の意味で負けそうかもしんない。  
「なによ……んっ」  
ちゅぷんと音がして、メイコの膣から指が抜けた。カイトはその手を口元に持っていく。  
「ちょっ……ちょっと!」  
咎める声に指を口に咥えて顔を見下ろす。一連の流れを見ていた彼女が泣きそうな顔で睨んでいた。  
「味見。こっちも美味し……」  
「馬鹿っ! もおやだぁ……!」  
笑うカイトから顔を背け、メイコはベッドにこれでもかと赤くなった顔を押し付けた。  
「ヘンタイっ、ヘンタイ……っ」  
「だってもったいないし。このくらい、男なら普通だよ」  
性癖が普通かどうかはさておき、性衝動もカイトにとっては当たり前の欲求なのだ。  
横になって身体を縮こませるメイコの肩に手をかけ、仰向けにし組み敷く。  
勢いに乳房がふるんと揺れ、驚いたメイコの見開かれた瞳にカイトは顔を寄せた。  
「それに、好きなコとこーいうことしてるんだもん。ちょっとくらい多めにみて」  
「……なによ。今までそんな素振り、全然見せなかったじゃない」  
片手でズボンの前をくつろげながら苦笑いするカイトに、メイコは口を尖らせた。  
「結構アピールしたんだけど……その度、ぶたれたけどね」  
王宮の中で蝶よ花よと育てられたメイコ。そのためか、恋愛経験がない分カイトが好意を示しても反応は鈍かった。むしろ拳が飛んでくる。  
とてもじゃないが甘い状況になりえなかった。  
抱き締めれば殴るクセに、座椅子になれと命じてカイトの膝に登るのだから性質が悪い。  
「おまけに君は、人の気も知らないで平然と嫁に行くとか言ってくれちゃうし」  
「だ、だって、あ!」  
脚を大きく割られ、カイトの身体が間に入り込む。熱っぽい視線を性器へ露骨に感じるが、固い身体に阻まれ脚は閉じられない。  
濡れて張り付く薄毛を撫でる指の感触がし、次いで秘裂をくいっと開かれた。恥ずかしい所を全部見られて、早鐘を打つ胸が苦しかった。  
ピンと勃つ小さな尖り、花弁に似た襞の挟間はカイトが触れなくても粘膜が滲んでくる。  
少し充血して赤みを増したそこが、控えめな月明かりを艶々と弾いていた。  
指で嬲っていた襞が震えるのを青い瞳に捕え、興奮に滾る肉の杭の先端をほんの少し、ぐにっと入り口に沈ませた。  
「んっ」  
途端に総身が強張った。カイトは殆ど服を乱さないまま半裸のメイコへ身体を重ね、咽の傷口へ唇を寄せた。  
「……もう俺のお嫁さんだから、誰にもあげない」  
同じ場所へもう一度牙を沈める。その瞬間、腰がぐっと押し付けられメイコの花弁がカイトの形に広げられた。  
「…………っ」  
「あ、っん……は……ぁっ」  
大きな手がメイコの手を握りベッドへ押し付ける。首筋を食む感覚と、カイトの咽の嚥下する動きがメイコの鎖骨に伝わった。  
同時に押し広げられた脚の間をカイトの腰がゆっくり前後する。その動きに合わせ、ベッドが軋みを上げた。  
 
「ん、あ、あっ……ああっ……」  
口から絶え間なく喘ぎ声が上がる。カイトは器用にも吸血しながら腰を振っていた。  
カイトが出し入れする動きに合わせ、ベッドのスプリングが弾む。  
カイトの手を握り、強烈な快感に打ち震えながらメイコはカイトを心の中で詰っていた。  
――ヘンタイ、ヘンタイ! なによこれぇ……!  
メイコは教育係から「初めては痛い。こればっかりは慣れるしかないから、我慢しろと」言い含められていた。  
ちらりと見えてしまった、生まれて初めて見た勃起した男の性器は想像より遥かに太くって、あんなの入るの?! と内心怯えていたのだ。  
ところがどうだ。押し付けられメイコの入り口は簡単に口を開き、捻じ込まれれば悦んで呑みこんでしまった。  
あろうことか胎内を貫かれると身体中が快感に痺れ、肉棒に思考も心も侵されていく。  
噛まれて起こる性的興奮が、処女でも挿入で問答無用で感じさせてしまうなんて。何この合法(?)ドーピング!  
カイトはきっと全部分かってて吸血をしつつメイコと交わってる。多分、メイコが痛くないようにと配慮しているのだろうが、こんなに翻弄されるなら痛い方がまだマシだ。だって、これじゃ処女じゃないみたい。  
快感に溺れる自分を否定したいのに、下肢の刺激に口から出るのは甘く乞う言葉ばかりだ。  
初めてなのに快楽を求めて大きく股を開く自分が浅ましくて、猛烈な羞恥がメイコに涙を浮かべさせた。  
「ひん……っ! あぁ、やぁ……んぁっ」  
カイトの動きはとても緩慢だった。奥までしっかり穿ち、時間をかけて引いてまた突き入れる。  
不規則に動きを止め、肉棒を埋めたまま膣を広げるかのように腰を回され最奥に擦り付けられる先端に悶えてしまう。絶え間なく粘膜が溢れ出て、じれったい感覚が全身を蝕んだ。  
気が済んだのか、カイトの顔が首筋から離れて身体を起こす。そのまま肉棒も抜き、メイコは膣に喪失感を覚えた。  
「……出てきたね」  
「え……?」  
カイトはメイコの力の抜けた両脚の膝裏に手をかけ、ぱっくり開く。直前まで肉棒が挿っていた膣の入り口を凝視するカイトは嬉しそうに微笑んで、更に脚を持ち上げた。  
「ま、待って……や、そんなトコ汚い!」  
悲鳴が上がったが、カイトは無視して性器に舌を伸ばし舐め始めた。  
正確には、襞の間から流れ出た破瓜の血を。  
「や、あ――……っ!」  
「ここの血も貰うよ」  
舐めまわし吸い付かれ、足りないとばかりに肉の亀裂に舌を潜り込ませる。  
文字どおり貪られ、メイコは涙を流して甘く鳴いた。  
恥ずかしい、気持ちいい。はしたない。でも…………!  
性器をカイトの舌が踊り、頭が動く度内ももに触れる髪の毛先にも感じて震える。  
急速に身体の中の熱が膨らんでいく。唇が襞を甘く食むだけで脳内を快楽が灼いた。  
追い詰める舌先にメイコの脚がもがき、縋る何かを求めてシーツを握りしめた。  
「はぅ……うあ……っ、や、だめ……カイ、あ、あ…………ひぃんっ!」  
絶頂が思考を真っ白に染め、メイコはびくびくと全身を痙攣させた。  
はーっ、はーっと胸を大きく上下させながら息を整えるメイコの股の間から、ようやくカイトは顔を上げて口元を拭う。  
「ゴメン、どうしても欲しくって」  
額にキスして言い訳がましく言ったところで、メイコの返事は何となく分かるのだけど。  
愉悦に抗う気力を奪われたメイコの涙を拭っていると、掠れた罵声がカイトに投げかけられた。  
「やっぱアンタ、ヘンタイよ……」  
自分としては男としての当然の欲求だと思っている。血液を欲しがる本能だってカイトは吸血鬼だから同様だ。  
だが、こんな時にすら弱々しくも罵るメイコが可愛くて「うん、そうかも」などと答えてしまったカイトだった。  
 
「メイコは後ろからだっこされるのが好きだよね」  
乳房を握る大きな手が、やわやわと柔らかな質感を愉しむように動く。  
後ろから抱きかかえ座った姿勢でメイコを貫き、結合部からは白い粘液と透明な雫が混じり合ってシーツを汚していた。  
既に一回カイトが中で達し、メイコも何度か昇り詰めている。ヒクつく襞の刺激に誘われて、カイトもまた下腹部を張りつめさせた。  
「あ、は……ぁっ」  
「だからいつも僕を座椅子にしていたんでしょ? 寄りかかって身体を預けてくれるの、嬉しかった。ちょっと辛かったけどね」  
齧りついていた首筋の傷口から新たな血が浮かぶ。それを舌で受け、カイトは耳の裏を舐めた。  
「ひぁ……」  
「首が無防備なんだもん。ガマンするの、大変だったんだよ」  
ピンと芯を持つ乳首を捏ねまわすと、膝の上でメイコは悶え鳴く。立て続けて与えられる刺激にメイコは思考を掻き乱され、今は切なく喘いで肉棒を締めるだけだ。  
股を開かせ繋がった性器を月明かりに晒しても、抵抗どころか自分から腰を揺らして求めてくる。  
「あぁ、んっ、カイ……っ、も……ズルい……」  
「ズルい? 何がさ?」  
きょとんとしたカイトを、メイコが首を捩じって見やる。上気した頬、蕩けた表情が悩ましい。  
「ア、アンタは冷静なのに、私ばっかり……」  
自分ばかり乱れるのがズルいとメイコは訴えた。  
「そんなに冷静でもないよ。ほら」  
下から突き上げて猛る肉棒の存在を示す。硬く膨らんだソレに膣を引っ掻かれ、ひっと声がして咽が反った。  
「メイコに気持ちよくしてもらうのも楽しそうだけど、それはまた今度ね。今は、もっと感じて」  
「あ、あ、うっ……ぁ……! 待っ、て」  
白い両膝を持ち上げ、揺さぶりが次第に強くなっていく。襞の挟間を抽挿する肉棒はぐちゅぐちゅ卑猥な音を高く鳴らし、結合部は互いの分泌物が泡立った。  
「はひ……ぃ、ああんっ、あ、あんっ、ああ……」  
半端に夜着を脱がされ腰に布地がわだかまるだけのメイコは、ベッドの反動を使った突き上げに悲鳴を上げた。身体が跳ねる度に乳房を揺らし、穿たれる衝撃を受けて膣が断続的に締まる。奥まで引き込もうとする膣の動きに射精感が募り、カイトは奥歯を噛んだ。  
メイコが考えているより、カイトに余裕はない。  
メイコの中は思っていた以上に極上だ。惚れた女ということも拍車をかけ、可愛がる程に膣が絡んだ。  
蠕動する膣壁を肉棒の先端が刺激し、子宮の入り口を小突くと奥が咀嚼するように動く。腰を落とさせ、最奥を抉るように先端で擦ればメイコは我を忘れて鳴いた。  
「も、もう、ダメ……! また、くる……っあ!」  
「ん? イキそう?」  
「ん、っ」  
カイトは口元に笑みを浮かべ、一旦己を抜いてからメイコの身体を前に倒す。四つん這いの格好になったメイコの腰を持ち上げ、再度肉棒を埋没させた。  
「……ぁ、はぁんっ!」  
勢いよく打ち付けると尻は肉を震わせた。膣から溢れる粘膜は腿を垂れていく。  
奥を先端が探り、メイコのより良く鳴く場所を見つけ細かく刺激してまた力強く打つ。  
 
「ああん! あ、あっ、あはぁ! ダメ、あんっ! ソコはぁ」  
「気持ちいいの……?」  
またきゅんと中が締めてきて、カイトは小さく呻いた。  
突き入れられて揺さぶられ、乳房が大きく振れる。下肢の疼きに負けて肘を付くとシーツに乳房が触れ、乳首が擦れて余計に感じてしまう。  
それも刺激になって鋭敏になった身体を煽った。  
「あっ、ふあっ、ひゃ……あっあっ、……っ、な、の」  
喘ぎの中に言葉にならない声を聴いて、カイトは首を傾げた。  
「すき……なの、ぁ……んっ、ふ……」  
「え……」  
「……すき……んっ、他の男と、結婚なんか、やだ……っあぁ……」  
初めてメイコが吐露した胸の内が、カイトの思考を一瞬止めた。  
普段、あんなに強気で姫君のくせにやたら暴力的で、他人の前では猫かぶり上等のあのメイコが。  
その様は強烈な劣情を誘い、自分が彼女をどれだけ渇望していたか知らしめた。  
家族のコウモリたちにメイコの肖像画を見せられ、街角で初めて声をかけた時を思い出す。  
あの日はぶん殴られ、後に彼女の手によって牢獄へ放り込まれて命の危機を味わったが、それでも諦められなかった。手酷い仕打ちを受けてもメイコへの向かう気持ちを抑えられなかったのは、一目で惚れてしまったからだ。  
乱暴者だが気高くて誇り高く、闇に生きるカイトが触れても尚曇らない輝きを持つ姫君に。  
「う、はっ……メイ、コ」  
快感を掴もうと激しさを増す腰の抽挿に、繋がる場所も水音が忙しない。  
「好きだよ。ずっと好きだった……!」  
実際にメイコと向き合ってみれば、王宮で孤立し本当は淋しがり屋のくせに甘え下手。  
自分にしか体面を繕わない自身を見せられないメイコを、放っておくなどカイトにはできなかった。  
どんなに言葉にしても言い尽くせず、もどかしさを衝動に変え激しく腰を動かす。  
「あっあっ、はぅ……んんっ……も、ダメ、ダメぇ……っ、ああぁっ!」  
しなやかな背中が反って、メイコは再度訪れた絶頂を全身を震えさせながら受け入れた。嬌声が高く糸を引く。  
「く……うっ……あ……っ」  
膣が肉棒を一際吸い立て、崩れ落ちる腰を支えながらカイトは全てを注ぎ込んだ。  
乱れた吐息が混じり合い、部屋に満ちた。一足先に呼吸を整えたカイトはベッドに倒れ込むメイコの背中にそっと覆い被さった。  
「大丈夫……?」  
未だ冷静を取り戻せないメイコはただ小さく頷くだけだった。ちょっと派目を外し過ぎたかと自嘲したカイトの聴覚が、小さな足音を拾う。  
その密やかな響きは段々こちらへ近づいてきた。  
城の中では夜でも働く者たちがいる。王家の者が深夜急を要する事態が起きた時のため、夜勤の侍女が主の部屋の近辺を見回るのも彼らの仕事の一環であった。  
カイトは一度ここで掴まっている手前、いつも見回りがやってくる時刻にはメイコの元から退散していたのだが、秘め事に没頭していてこの事をすっかり忘れていた。  
「やば……」  
「なに……え?」  
マズいと説明しようとしたカイトの問いかけにメイコの返事の語尾が疑問形になったのは、自室の扉がノックの後に断りもなく開かれたからだった。  
「姫様。なにやら物音が、いかが……なさ……」  
侍女が扉の前で驚愕に目を丸くして硬直している。  
自分の仕える主が、半裸で、ベッドの上で、見知らぬ男に組み敷かれているのだから。  
傍から見れば、王宮の中で嫁入り直前の姫君が暴漢に穢されたとしか見えない。  
「あ……あ……ひ、ひめさ……」  
言葉を失ったメイコより先に動いたのはカイトだった。もう開き直るしかない。  
腕の中のメイコを抱き寄せ、不敵に笑うカイトは身体を隠すように大きくマントを翻す。  
一瞬視界を奪われた侍女が再び目の前が開けた時には、暴漢も姫君も忽然と消えていた。  
 
「誰か! だれか――! 姫様が、メイコ様が――――――!!」  
 
 
そよぐ風がメイコの頬を撫で、髪が小さく揺れた。  
「見られちゃったね。でも、見られたのが女の子でまだよかった……」  
メイコを抱き締めたまま力なく誘拐犯は笑う。  
「よかないわよ……」  
王宮から連れ去られ、夜空を飛んでやってきたのは国境近くの森だ。その樹木の太い枝に小休憩といって、カイトはメイコを横抱きにしたまま腰を下ろした。  
「や、重要だよ? 男だったら俺が泣くよ? メイコの身体、他所の男に見られんの嫌だ」  
どっちにしろ、恥ずかしい事には変わりない。  
あんな場面見られたのが攫われる直前で良かった。あの侍女とこの先も顔合わすなんてことだったら、さすがにどういう態度を取ればいいのか分からない。  
「寒くない?」  
殆ど半裸、着の身着のままで出てきてしまったから、メイコの身体はカイトのマントで包まれているだけだった。  
「平気……はは、出てやったわ。王宮」  
自由なんだ。と思うと心が軽い。しかしカイトは複雑な表情でメイコを見つめる。  
「またビミョーな顔して……今度は何よ」  
「言ったじゃん。本当の自由はないって。俺の支配下でしか暮らせないって。メイコの憧れていた自由とは違うかもよ」  
しゅんと項垂れるカイトにメイコは溜息を吐いた。月光を弾く青い髪に手を伸ばし、慰めるように梳いた。  
「……そういえば、あっちの国に嫁いでも、アンタの傍に居てもどの道私に自由はないとかなんとか言ったわね。うだうだと」  
「……言ったね。うだうだとね」  
「私が自分の意思でアンタを選ぶのは、自由がないってのとは全然違うじゃない」  
「…………」  
「強制されたわけでもない。誰かに決められたわけじゃない。私がアンタを選んだの。  
 ……自分で自分の道を選んだのは初めて。こんなにすっきりした気分ってないわ」  
首を回してカイトを見上げるメイコは、晴れやかに笑う。  
結婚から逃げるためにカイトを選ぶのではない。逆なのだ。  
「それにアンタに縛られるなら悪くない。……私はカイトのモノでいいの」  
強い瞳にカイトは呆気に取られ、次いで穏やかに笑った。  
確かに、覚悟を決めた女に訊くべきことではなかった。  
「はは……じゃ、後悔しても知らないよってことで」  
「後悔? 上等じゃない。させてみなさいよ。出来るならね」  
「……わかったよ。度胸のよいお姫様」  
カイトはメイコを抱えて、危なげなく枝の上で立ち上がった。  
「吸血鬼の伴侶は体力も必要だから。そっちも覚悟して」  
え? と若干怯んだメイコに、吸血鬼のくせにこれでもかと言わんばかりの爽やかな笑みを、メイコに向けた。  
「さて、俺んちにいこっか。みんな待ってる」  
「みんなって?」  
「俺の家族。前話したよね。あの子たちメイコが来るの楽しみにしてる。  
 ねぐらのリフォームも手伝ってくれたんだ。  
 メイコが俺を選んでくれなかったら、あの子たちがっかりするし、全部無駄に終わってヘタレってどつかれるところだったよ」  
自分の元に来てくれないとメイコが拗ねていた期間は、自宅のリフォームやら恋敵の偵察やら、カイトは色々行動をしていたらしい。もちろん、全てメイコのためだ。  
「楽しみだわ」  
見当違いの事でムクれていた自分をほんのちょっとだけ反省しつつ、嬉しくて瞳を細め心からメイコは微笑む。  
その彼女を抱いて、カイトは枝から足を踏み出した。  
そして、太陽の輝きも月の明かりも届かない闇の中へ音も無く消えた。  
 
以後、闇ノ王に連れ去られた『太陽の似合う姫君』の行方は、杳として知れない。  
 
 
 
おしまい  
 

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