彼女はただただ一途で純粋だった。  
彼女の瞳はただただひたすら俺だけを映し続けて…  
 
 
彼女は謡うんだ、舞い散る桜の花びらのような、淡く、儚く、美しい微笑みを浮かべて…  
 
 
ティーポットからカップへと適温の紅茶を注ぎ、その中にジャムを一さじ分落とす。  
ルカから教えて貰った飲み方で、ロシアンティーと言うらしいが、  
俺は思いの他これを気に入ってしまい、最近は毎朝これを飲んでいる。  
軽く一口飲んでから時計を確認し、そろそろみんな起きてくる時間かな、と一人呟く。  
カップをもう一つ取り出し、先程のティーポットとジャムををその隣に添える、これはルカの分。  
「えーと、リンとレンはオレンジジュースで、ミクは牛乳、MEIKOは……」  
酒よこせ酒〜、と言うかもしれないが、ここは無難に烏龍茶がいいだろうな。  
全員分の食パンをトースターにかけながら、ほぅっと一息つく。  
今日は珍しく全員休みの日だ。  
理由は至極単純、クリプトン社から今日明日と全員休むよう命令されたからだ。  
何だか裏があるような気がするが、まあ最近あまり休めていなかったので、  
とりあえず有り難く休ませて貰う事にした。  
そんな事を考えながらパンが焼けるのを待っていると、トントントンッと  
階段から誰かが降りてくる音がした。  
我が家で俺の次に起きてくるのが早いのは大体ルカなので、  
ルカかな?と思いながら扉の方に目を向ける。  
「はよ〜、KAITO〜」  
「おはようMEIKO、あれ?今日は早いね?」  
「ん、まあね」  
意外な事に、1番に降りて来たのはいつも最後に降りてくるMEIKOだった。  
MEIKOは寝ぼけ眼のまま俺の方をしばらく眺めていたが、突然  
ニヤリッ  
そんな擬音が聞こえてきそうな意味深な笑みを浮かべた。  
「な、なに?」  
「ん〜、なんでも〜」  
そう言いながらも、ニヤついた顔のまま自分の席に座る。  
なんだろうか、なにか企んでる?今日全員休みなのとなにか関係があるんだろうか?  
嫌な予感がする、MEIKOのあの顔は、ろくでも無い事を考えている顔だ。  
「MEI…」  
チーンッ  
あ、パンが焼けた。  
 
 
 
「みんなちょっといい?」  
皆が朝食を食べ終え、一息ついた所で、MEIKOがそう切り出してきた。  
「なーに、メイ姉?」  
リンのその言葉に追従するかのように、皆がいっせいにMEIKOの方へと視線を向ける。  
「昨日会社からメールがあったんだけどね」  
MEIKOは言いながら、俺の方へとニヤニヤ顔を向けてくる。  
さっきもあんな顔してたな、なんだろう、嫌な予感しかしない。  
とりあえず紅茶を飲んで  
「YAMAHA社製のボーカロイド、VY1『MIZKI』が、今日からこの家で暮らす事になるのよ」  
 
「ブーーッッッッ!!!!」  
「お、お兄様?」  
「うわっ、キタネ!!」  
思いっ切り噴き出してしまった。向かいの席に座っていたレンがもろに被害を被っていた、ゴメン、レン。  
ていうかくそっ、MEIKOめ、さっきのニヤついた顔はそういう事か。  
「お兄様、どうしたんですか?」  
ハンカチを差し出しながら尋ねてくるルカ。  
「あ、ううん、なんでも無いよ」  
とりあえずごまかしながら手で、ハンカチはいいよ、と断る。  
ていうかそのハンカチはレンに貸してあげて。  
「リン、ハンカチ貸してくれよ」  
「いやよ、ばっちい」  
レン…………ホントゴメン。  
MEIKOの方を再度見る。さっきよりもニヤニヤ度が増していた。  
「ミズキさんかぁ〜、私会った事無いなぁ…」  
ミクが何事も無かったかのように、話を戻す。  
ミクは空気が読め  
「そういえばお兄ちゃんとお姉ちゃんは会ったことが有るんだっけ、どんな人だった?」  
て無かったよ、MEIKO絶対俺に振るよ。  
「まあね、私とKAITOでクリプトン家の代表として一度挨拶しに行ったからね」  
「へーそうなんだー」  
「まあ」  
来るよ、絶対来るよ。  
「彼女に関しては、私よりもKAITOの方がよっぽど詳しいから、KAITOに聞いた方がいいわよ」  
ほらね、MEIKO絶対楽しんやがるよ、この状況を。  
俺の隣でルカがぴくっと反応した、少し目つきが険しくなる。  
うん、ルカその顔ヤメテ、コワイコワイ。  
「ねーお兄ちゃん、ミズキさんってどんな人?」  
ミクが俺の方を向いて尋ねてくる。それに合わせて、皆の視線が俺に集まる。  
あー、答えなきゃいけない雰囲気だよ、まあ、別にいいんだけどさ、いいんだけどさ!!  
彼女の姿を思い浮かべる。  
俺に向けられる、あの淡く、儚く、美しい微笑みを、思い浮かべる。  
「……桜」  
「「「「桜?」」」」  
MEIKO意外の皆が、キョトンとした顔をしている。  
「へー、案外まんざらでも無いんじゃない」  
けれど、MEIKOだけは、意外そうな顔をして、小声でそう言った。  
まあ、そうだろう、だって彼女は謡うんだ、俺の事を青空だと、自らの事を桜だと。  
「桜みたいな人、って事?」  
「うん、まあ」  
「確かにパッケージは桜をイメージしてあるけど」  
「曖昧でよくわかんないなー」  
「会ってみれば分かるよ」  
ミク、レン、リンと立て続けに質問してきたが、曖昧にごまかしておく。  
正直、色々深く突っ込まれたらマズイ、彼女が来たらまあ結局バレるんだから関係無いんだが、  
何となくギリギリまでバレたくない。  
特に、俺の隣で険しい顔をしているルカには。  
ルカはクールな顔してブラコンで、非常に独占欲が強い。  
俺と彼女の関係性を知ったらキレる、多分、いや絶対。  
「その」ピンポーン  
そのルカがなにやら言おうとしたのと同じタイミングで、家の呼び鈴が鳴る。  
あー、彼女だろうなぁ…この家に普段訪ねて来るのインタネ、ASH家の  
ボカロ達ぐらいなんだけど、彼等今日仕事っつってたしなぁ。  
「来たみたいね」  
言いいつつ、MEIKOが俺の方を向きながら親指で玄関の方を指差す。  
「向かえに行ってあげなさい」  
「……だよね」  
 
正直まだ心の準備は出来ていないが、来てしまったモノは仕方ないし、  
俺が出迎えるべき場面だろう。  
席を立ち、玄関の方へと向かう。その俺の後に、皆がついて来る。  
玄関の前で、一つ深呼吸をする。礼儀正しい彼女の事だから、  
いきなり抱き着いたりはしてこないだろうが、いかんせんどこと無くズレた娘だ、  
こちらの予想の斜め上な事をしてくる可能性は十分にある。  
ピンポーン  
再度呼び鈴がなる。  
「はーい、今開けます」  
覚悟を決め玄関の扉に手をかける。そしてそのままゆっくりと扉を開ける。  
「…………」  
そこには………………  
 
 
花嫁が佇んでいた。  
 
 
ゴメン、意味が分かん無いと思うけどそれ以外に言いようがない。  
二人の黒服に守られるように中心に佇む人物は、いつもの桜色の着物ではなく、白無垢を着ていた。  
角隠しを被り、俯いている為、表情はわからない。  
後ろの方でクックックという、声を押し殺したような笑い声が聞こえる、多分MEIKOだろう。  
それ以外の皆は、無言。目の前の光景に呆気に取られているのだろう。  
しばらく静寂が続く。  
そんな中、『花嫁』がゆっくりと顔を上げる。  
「カイト様……」  
『花嫁』は、その美しい瞳に涙を溜め、幸せそうな微笑みを、  
まるでヴァージンロードを歩く新婦のような微笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。  
「この日を、一日千秋の思いで待ち侘びておりました。  
ふつつか者ではありますが、末永くよろしくお願いいたします」  
 
 
 
 
まあ、簡単に言うと、俺と件の花嫁………VY1、MIZKIは、クリプトン社と  
YAMAHA社がノリと勢いで俺の意思をガン無視して決めた婚約者?である。  
 
という説明をリビングで皆にした訳なんだけど  
「なんですかそれは!!」  
ダンッ、とテーブルを叩き、ルカが声を張り上げる。  
そのまま険しい視線を俺と俺の隣に座っている……隣に座っているというよりは、  
隣で寄り添っているという表現の方が正しいかもしれない……ミズキさんに向けてくる。  
ちなみに、朝食の時とは違い席に着いているのは俺、ルカ、ミズキさんの三人だけ。  
ミクは少し離れた所で「ホントに、桜みたいに綺麗な人……」と少しズレた事を言っていて、  
リンとレンは何故か隣の部屋から顔だけを覗かせて「ぷぷぷ、面白い展開になってきた」  
「カイト兄ナムー」等と好き勝手言っている。  
MEIKOは壁に手をついて呼吸を整えている、さっきまで爆笑していた為だ。  
ついでに、ミズキさんの服装はさっきまでの白無垢ではなく、  
いつもの桜色の着物だ。  
ていうかなにこの構図?俺とミズキさんがルカに尋問されてるみたいなんだけど……  
いや、みたいじゃなくて実際にそうなのか。  
 
「ル、ルカ、ちょっと落ち着いて」  
「これが落ち着いていられますか!!」  
再度ダンッ、とテーブルを叩きいっそう強く睨みつけてくるルカ、正直普通に怖い。  
「だいたい、いつからそんな事に……っ」  
「あ、それ私も知りたい」  
ルカが呟いた一言は、誰に向けられるでもない一言だったのだろうが、  
それをミクが拾って質問してくる。ミク、相変わらず空気の読めない子……  
「私とカイト様のなれそめでございますか…」  
その言葉に反応し、ミズキさんが頬を僅かに染める。  
そして、俺の方へと意味深な視線を向けた後、照れたような、  
それでいて嬉しそうな表情を浮かべ、顔を俯かせる。  
「初めてお会いしたあの日より、私はカイト様に心奪われ、カイト様を思う日々を過ごしておりました…」  
「え?一目惚れ?キャーキャー」  
「カイ兄やるぅ!!」  
「…ちょっとカイト兄に殺意が沸いた」  
「ひゅーひゅー」  
「………」  
ミズキさんが語るその内容に、皆がやいのやいの囃し立てる。  
…………MEIKOもいつの間にか復活してその輪に加わっていた。  
ルカは無言、逆に無言。  
「想いを伝えようにも、私は立場上、自由に外を出歩けぬ身。カイト様への想いを恋文として綴り、  
伝えようとした事もございましたが、何分初めての事故、書き綴る内、  
少々枚数が多くなり過ぎてしまいまして……」  
「ラブレター!?キャーキャー!!」  
「……嫉妬で人が殺せたら……」  
「ひゅーひゅー」  
「カイ兄愛されてるぅ!!それで?そんなに沢山書いたの?便箋十枚とかそれ以上!?」  
リンの質問に、ミズキさんは頬に手を当て照れながら答える。  
「はい、お恥ずかしながら二百枚程を……」  
「「「「「…………え?」」」」」  
………あれ、聞き間違いかな?二百枚?なんか桁がおかしくない?  
皆の表情を伺う、一様に顔を引き攣らせていた、MEIKOまでもが。  
そして、ルカだけはやはり無言、ひたすらに無言。  
「そ、そうなんだ〜。そ、それで?結局どうやって告白したの?」  
あ、流した。聞かなかった事にするらしい、うん、俺もそうしよう。  
「はい、礼を欠くことになるとは理解しておりましたが、社の者に協力してもらい、  
カイト様との再度の逢瀬の席を用意していただきました…  
そして、その席で私の想いをカイト様にお伝えしたのでございます」  
あの時はびっくりしたなぁ……つい先日初めて会ったばかりの娘がいきなり  
「カイト様……お慕い申し上げております」だもんなぁ…  
「その後、YAMAHA社、クリプトン社、両社の方々が色々と気を回して下さり、  
現在へと至る所存でございます」  
そう言って、ミズキさんは話を結ぶ。  
「へー、ミズキさん、健気で一途な人なんだねぇ…」  
「カイ兄、とっとと結婚しちゃいなよ、You」  
「……ていうか、俺らボーカロイドの結婚てなんなんだろうな…」  
「一緒に暮らすとか?あ、だからあの白無垢…」  
「………つまり」  
皆が好き勝手言っている中、今まで沈黙を貫いていたルカが口を開く。  
「貴方は自分の立場を利用して無理矢理お兄様の婚約者になった、と……」  
そう言うルカの目は完全に据わっており、瞳からは光が消えている。  
怖っ!?あれ完全に人殺しの目だよ!!  
「あー、いや、ルカ?」  
流石にこのままでは殺人事件に発展しかねないので、ちょっとだけ補足をすることにする。  
「……なんでしょうか」  
ルカは、ゆらり、という擬音がしっくりくるようなゆったりとした動作で、俺の方へと視線を向けてくる。いやだから怖いって!!  
 
「いや、婚約者云々はミズキさんよりはクリプトン社とYAMAHA社の社員達が暴走した結果と言うか…」  
「…どういう事ですか?」  
少しだけ訝しげな表情をするルカ。  
「いやさ、ミズキさんの例の告白の件をYAMAHAの人らから聞いたクリプトンの人らがさ、  
『YAMAHAの箱入り娘、VY1がKAITOに熱を上げてるらしいぞ!?』『なに、やるな!!KAITO!!』  
『なにそれ面白そう』『よっしゃ、俺らで二人の恋路を応援しようぜ!!』  
『むしろもう結婚させちゃおうぜ?』『ちょっとその企画(?)YAMAHAに提出してくる!!』  
『『けーっこん!!けーっこん!!』』て感じでノリノリで……」  
「「小学生かよ!!」」  
横からリンとレンがツッコム、うん、俺も同じツッコミしたよ……  
ていうか君ら、さっき同じように囃し立ててたよね?  
「……あの豚共……ファック、ファックファックファック!!!!」  
ルカがぶつぶつと物騒な呟きをもらす、ついにキャラが崩壊しだしたよ!!  
ヤバい、これはヤバすぎる……  
「カイト様」  
「ん?」  
ふと、ミズキさんが俺の名前を呼んだので、顔を横に向ける。  
……近かった、物凄い近くにミズキさんの顔があった。それこそキスをが出来るぐらいの距離に。  
「汗を……」  
ミズキさんはそう言い、少しだけ距離を離してから、桜色のハンカチで俺の頬を拭う。  
左手は意図的なのかはたまた偶然なのか、俺の左手へと添えられている。  
ミズキさん!?この状況でそれってミク以上に空気が読めてないよ!?  
スッと、ハンカチが俺の頬から離れる。  
「あ、ありがとう…」  
「いえ……はしたない真似を致しました……」  
俺が例を言うと、ミズキさんはそう言いながら、口元を着物の袖で隠す。耳元は真っ赤に染まっていた。  
その美しい所作と恥じらいの表情に、一瞬、心をわしづかみにされる。  
バクンッバクンッ、と心臓が早鐘を打ち、呼吸すら…  
ブチンッ  
なにかが切れるような音が聴こえた気がして、ハッと我にかえる。  
恐る恐る、ルカの方へと視線を向ける。  
「お兄様、安心してください」  
ルカは、笑っていた、今まで見たことも無いような、美しい笑顔で。  
「お兄様をたぶらかす女狐その他諸々は、私が始末しますから」  
 
その言葉と共に開かれた両目は、全く笑っていなかった。  
ひたすら、ひたすら悍ましく、ダクダクと濁った瞳を暗く輝かせ、顔だけで笑っていた。  
「「「「「ひっ」」」」」  
ミズキさん以外の全員が、短く悲鳴をあげる。ヤバい、越えちゃいけない一線を越えちゃってるよ!!  
「ル、ルカ、落ち着いて!!」  
「そ、そうだよ、どうどう」  
言いながら、MEIKOとリンががっちりとルカを押さえる。  
「お姉様、リン、離してくれますか?」  
「む、ムリムリムリムリムリムリ」  
「そ、そうよ!!あんた今離したら何するか分からないじゃない!!」  
「お兄様と……私以外の全部が無くなってしまえば……ずっと二人でいられるのに…」  
ちょっ、ホントヤバいヤバい!!  
慌てて周囲を見る、ミクと視線が合った。「なんか話を逸らして空気を変えてくれ!!」  
と、目で合図を送る。  
「え、ええええーと……」  
流石のミクもテンパってるらしく、慌てて言葉を探している。そして、  
「ひ、一目惚れなのは分かったけど、具体的にはお兄ちゃんのどこら辺が気に入ったの!?」  
ピシリ、と、空気が割れる音が聞こえた気がした。  
いやうん、ミクに悪気は無いんだろうけどね、うん、ここでその質問は無いんじゃない?  
けれど  
「空が…」  
ミズキさんが口を開くと同時、空気が、変わった気がした。  
 
彼女は、謡う、舞い散る桜の花びらのような、淡く、儚く、美しい微笑みを浮かべて。  
「空が青ければこそ、桜は美しく咲く事もできましょう……」  
 
皆が、一瞬、言葉を失っていた。  
その唄を何度も聴いているはずの俺でも、その微笑みを見慣れてしまった俺でさえも。  
それ程までに彼女の微笑みは美しく、他者を惹き込む魅力がある。  
しかし、それも一瞬の事、皆が示し合わせたように同じタイミングで我にかえり、  
一様にきょとんとした表情を浮かべる。あまりぴんと来ないのかもしれない。  
その中で、ルカだけは先程迄と表情を一変させ、一瞬だけ驚いた表情をした後、  
悔しそうに唇を噛みながら俯いていた……  
 
青空、か。  
彼女の想いを、そういった事情に疎い俺は、本来なら軽く見ていたと思う。  
恋に焦がれる恋だと、いつか醒める恋だと、そう決め付けていたと思う。  
けれど、実際には俺は悟ってしまった、彼女の想いがホンモノだと、本気の恋なのだと。  
 
青空  
 
俺をそう呼んだのは、彼女で二人目だったから……  
 
 
 

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