【 注 意 事 項 】  
 ・カイメイ(若干ヘタレ×若干ツンデレ)  
 ・カイト=童貞 メイコ=非処女  
 ・メイコの過去の恋愛話含む(相手は名無しのモブ的扱い)  
 ・メイコが好きで好きでしょうがないカイト/粘着気味  
以上が苦手な方はスルーよろしく  
 ※校正はしたけど誤字脱字にはご容赦を。  
 
 
 
 
 
「はいOK! よかったよ、おつかれさん」  
 
プロデューサーの「OK」が出て、カイトは真っ先に壁にかけられた時計を見上げた。  
――予定の時間過ぎちゃったけど、まだ間に合う!  
独特の緊張感が漂うブースの空気が緩む中、カイトは大急ぎで帰り支度を始める。その背中に、仕事仲間が声をかけた。  
「お疲れ〜。なぁカイト、これから皆で呑みに……」  
「悪いパス!  スミマセン、今日はこれで失礼します。お疲れ様でしたっ!」  
前半は仕事仲間へ、後半の台詞は彼らの向こう側にいるプロデューサーに向けてカイトは身を翻す。あまりの剣幕に呆気に取られる人達の視線を背に受け、脱兎の如くブースを飛び出した。  
大丈夫、まだ間に合う! 廊下を走り、エレベーターを待ってられず階段を一段抜かしで駆け上がる。  
今日は、彼女もこのスタジオで収録なのだ。彼女が居るであろう階にたどり着き、辺りを窺う。  
――嘘? いない……。  
その辺にいたスタッフを捕まえ聴いてみれば、彼女はついさっき仕事を終えてスタジオを後にしたという。  
げっ、一足違いかよ!  
礼もそこそこ、スタッフに踵を返しカイトはまた駆ける。元来た通路を走り、階段を三段抜かしで落ちるように降りた。奇妙なモノを見るような周囲の目なんてキニシナイ!  
出口を飛び出して辺りを巡らせると、青い瞳は目的の人物を捕捉し鋭くなった。いた!  
丸い頭に茶色いさらさらの髪。小柄だけど、付くとこに肉がバランス良く付いてるスタイル抜群の身体。何よりいつも見ていた姿をカイトが見間違えるはずもなかった。  
「……待って! メイコっ」  
つい叫んだ大声に通りを歩く人がカイトを振り返るが、メイコはその中で背を向けたまま脚を進めていく。ボカロの声量を使ってるというのに、聴こえない振りで立ち去ろうとする姿は周りの目がカイトに向けられている中で、いっちゃなんだが余計目立っていた。  
「丸無視かよ?!」  
ネタ曲で培った運動神経を活かし間を詰めて追い付き、カイトは逃げる彼女の手首を掴んだ。  
「ちょっと、無視はないでしょ!」  
反射的に振り向いたメイコは振り払おうと手を振るが、がっつり掴まれた手首は微動だにしない。  
カイトにしたら、ここで逃がすわけにはいかないから必死だ。  
「や……っ、離して!」  
「離さない。俺の話し、ちゃんと聴いてよ」  
「話すことなんて何にもないでしょ? ……だって」  
涙目だが険しい眼差しが、カイトをきっと睨めつけた。  
「カイトが別れるって言ったんじゃない……!」  
搾り出すようにメイコが言う言葉に、カイトは苦々しく溜め息をついた。  
 
2  
 
とにかく、ここは場所が悪い。  
そう説得すると、メイコは衆目を集めまくっていることに気がつき、渋々カイトに従った。  
往来で痴話喧嘩紛いの修羅場を演じていれば、注目の的になるのは当たり前だ。  
しかもここは仕事場の目の前で、さっきまで顔を合わせていた仕事仲間が通りかかる可能性が高い。目撃されてヘンな噂をたてられるのは互いにゴメンだった。  
初めはカイトの意見を拒否していたメイコも、通り過ぎる人間が好奇の視線に何も言えなくなる。カイトを振り切るのは難しいし、背を向けてさっきみたい大声で話されたら目も当てられない。  
飲み屋やレストランでする話題ではない。メイコにしてみれば仕方なくカイトの部屋に行くことになった。  
「……はい、コーヒー」  
ローテーブルにメイコ専用にカイトが選んだマグが置くが、メイコはラグに座ったまま俯き、微動だにしない。  
全身からカイトを拒絶する怒りのオーラが漂っていた。ぷんぷん怒るメイコもカイトにとってはカワイイのだが、いかんせん萌えてる状況じゃなかった。怒りを解くことが先決だ。  
固い態度を崩そうとしないメイコを見下ろし、カイトはまた漏れそうになる溜め息を噛み殺してローテーブルの角を挟んで胡座をかいた。  
そっぽを向いて意地でも視線を合わせないメイコの横顔を眺め、カイトはどうしたものかと考える。  
確かに『別れよう』と言ったのは紛れもなくカイトだ。だけどそれは言葉のあやで、言った本人にそんな気は欠片もなかった。だが、その台詞を真に受けたメイコはそうはいかない。  
カイトは同じ事務所に所属しているというのに問題発言以来、避けられ続ける有り様だった。  
まるでカイトの存在をなかったことにしているようなスルーっぷりに誤解を解くこともできず、あまりのスルースキルの高さに、カイトは亡き者になった気がした。  
心にもない台詞を吐いた自分が一番悪いのは、良く分かっている。が、カイトだって追い詰められた結果での暴言だったのだ。  
「あのさ」  
「なによ」  
「……俺たち、付き合ってるじゃん」  
「一昨日まではね」  
にべもない答えにカイトは強かに傷ついたが、へこたれてはいられない。  
「別れるとか言って、悪かったよ……」  
「……」  
メイコは視線どころか顔すら反らしていた。  
痛すぎる沈黙の中、いきなりカイトが大きく動いてメイコの身体がびくんと跳ねる。うっかりカイトへ目を向ければ……そこには正座をし、長身を屈め額を床に擦り付けているカイトがいた。  
「ゴメンなさい。別れたくないです。ほんっと、スミマセン……」  
それはもう、完璧かつ見事な土下座だった。  
ああ、マジカッコ悪すぎる俺……!  
目を丸くするメイコへ深々と頭を下げながら、カイトは自分の情けなさを嫌と言うほど噛み締めていた。  
 
 
メイコはカイトより二ヶ月ほど先輩の同僚で、一目惚れの相手だ。  
カイトの熱烈なアピールと、諦めないド根性と、何度も告白して呆れ混じりに軽くあしらわれても口説き続けた粘り強さが功をなし、出会って数年、カイトはメイコの隣に立つことができたのだ。  
押して押しての寄り切り勝ちだった。  
仕事帰りに食事がてら遊びにくるのも慣れてきた頃、初めて抱き締めた。  
その次にカイトの部屋に来たときはキスする事を許してくれた。角度を変えてより深く探るカイトのキスにメイコから咎める視線投げかけられたが、染まった頬では効果も半減だ。むしろカイトをそそった。  
そんな夜を繰り返し、カイトが柔らかな肢体に意図を持って触れようとしたとき、それまで拒まなかったメイコから待ったがかかったのだ。  
待ってと言われれば、待てる。カイトはメイコが振り向いてくれるまで年単位待ったのだ。恋愛対象外だった頃を思えば楽勝だ。  
ぎゅーはメイコの方からしたがることだってあるし、キスも嫌がる素振りはなかった。嫌われているわけじゃない。しばらくはこのままでもいっか。とカイトは暢気に考えていたのだ。  
だが、何となくいい雰囲気になってそれとなく身体を寄せれば、メイコはカイトの欲望を察知したかのように詰めた距離を空ける。それも何度も。  
……。  
仕方ない。カイトは男だから好きな女の子を前に、どうしたって性欲を覚えてしまうけど、女の子は気持ちの問題らしいし。  
うん、まあ仕方ないよね。  
だからカイトは――拝み込んだ。  
 
おっぱい触らせて下さいと。  
 
3  
 
「あのですね。メイコ」  
カイトのみ居住まいを正し、正座を崩さないままメイコに向き直る。  
この間は勢いでメイコを怯えさせた挙句傷つけてしまったから、カイトは丁寧に接する事を心がけた。  
「俺たち、付き合ってから結構経つよね?」  
「……そう、ね」  
目を丸くしていたメイコも土下座が効いたのか、先程までの取り付くしまもない態度を軟化させた。  
「今日で五ヶ月と三日ほどが経過したんだよ」  
「記憶力が良いのはカイトの長所だけど、面と向かって言われるとドン引きね」  
眉を顰めたメイコを意に介さずカイトは続けた。  
「それでですね。この間のアレも、もうそろそろ、いいんじゃないかと思った末の所業でありまして」  
真剣な眼差しで見つめてくるカイトが何を言いたいのか、メイコには分かっていた。  
伏し目がちになるメイコに、カイトは言い募る。  
「……セッ」  
「いっ、言うなぁ! 直球過ぎるわバカ!!」  
ムギュっと両手でカイトの口を塞いだメイコの顔は真っ赤だった。  
実は、今回の『カイトのなんちゃって別れ話』もこの辺が理由なのだ。  
メイコはカイトが誘いかけてもはぐらかし、時に本気で抵抗する。カイトは嫌がる相手を無理矢理コトに及ぶのは趣味じゃないし、付き合ってるのだから素直に受け入れて欲しいのが本音だ。  
しかし、メイコはどうしても許してくれない。正にカイトの心メイコ知らずだ。そりゃあ身体だけが目的ではないけれど、成人男女の付き合いにしてはプラトニックが過ぎる。  
あの日だって、あんまりにもメイコが嫌がるからつい「俺がそんなに嫌なら、別れよ」と口走ってしまった。  
もちろん本気じゃなくて、『別れ』を切り出したらメイコがどんな反応を見せるのか知りたかったのと……下世話に言えばやらせてくれないかと、若干期待したのも否めない。  
が、メイコは「分かった」と一言残し、呆気に取られたカイトを残して部屋を飛び出してしまったのだ。焦ったのはカイトだ。  
無理に受け入れなくとも、せめてメイコに自分と別れたくないと言って欲しかった。ちょっとで良いからメイコに好かれていると実感したかっただけなのに。  
以後三日間、音信不通で連絡不能。華麗なる自爆にカイトは頭を抱えるかなかった。仕事先でメイコを捕まえるまで、カイトは本当に気が気じゃなかったのだ。  
メイコの手首を掴んで口から剥がすと、カイトは小さな溜め息をついた。  
「メイコ。一つ聴きたい。俺が嫌なの? それともセックスがダメなの?」  
「う、えぇ? い、いきなり何言い出すの!」  
「俺はメイコとしたいよ。ずっとメイコが好きだった。……メイコが欲しいって思うのは、そんなに悪いことかな?」  
「あ……うぅ、ちょっと待ってよ」  
あからさま過ぎるカイトに、メイコは視線をさ迷わせた。嘘のつけないメイコは隠し事もヘタクソだ。  
「それは……えっと」  
きっとカイトを、性行為を拒否する理由があるのだろう。だがメイコは頑固に口を閉ざし、カイトはもどかしくてしょうがない。  
脳内回路をフル回転させているメイコの隙をつき、焦れたカイトは身体を寄せる。気が付いた時には、メイコの視界はぐるりと回転しラグの上に押し倒されてた。  
「や……っ」  
早速首筋に唇を寄せたカイトにメイコは強く藻掻いた。あんな会話の後で、身の危険を感じない訳がない。  
拒絶する身体を宥めるように撫で、カイトは囁いた。  
「それとも他に、俺としたくない理由があるのかなー」  
「……っ、やぁ……」  
服の上から布地を押し上げる膨らみをそっと握る。優しく揉み始めると、組み敷いた身体に力がこもった。  
やだやだと駄々っ子みたいに繰り返すメイコに、カイトは耳をれろりと舐めた。  
「んん……」  
「イヤじゃないっしょ? メイコ、コレ好きじゃん」  
耳朶に吸い付いて服の裾から内側に手を差し入れる。乳房を覆うブラのカップをずらし、まだ柔い乳首を抓んで指先でクリクリ愛撫するとメイコの手から力が抜けた。  
「いつもこうすると、すぐ勃つし」  
慣れた手つきで裾を胸の上までたくし上げ、強引にブラのカップを下げて自己主張する淡色のソレを口に含み吸う。  
「あ……っ」  
軽く吸引される刺激にメイコの背中が反った。硬くなるメイコの乳首を唇で感じながら、もう片方の乳房の柔らかさを愉しんだ。  
豊かな双丘に顔を埋めたりすべすべの肌触りを確かめたりしていると、メイコはカイトの与える感触に逆らうことを止めた。  
しかし、ここからが問題なのだ。結果は予測できているが、カイトは浅く吐息をつくメイコの下肢へさりげなく手を移動させた。  
太ももの外側を下から上へ撫で上げスカートの中へと手を潜り込ませると、メイコの様相が一変する。  
 
「や……いやっ! ヤダヤダっ、やめてぇ!」  
 
4  
 
弱々しかった抵抗は今や本気モード。カイトの身体の下で、愛撫を受け入れていたメイコはいつものように大暴れを始める。  
圧し掛かっていたカイトが身体を引くと、乱れた胸元を隠し彼から距離を取ってまたそっぽを向いた。  
「触るのはいいって言ったけど、それ以上はダメ!」  
予想はしていたけど、相変わらずの激しい拒絶はカイトをヘコませるのは十分で。落胆に肩が下がった。  
本当に解からない。メイコはカイトにここまで許しているのに、その先の段階へ進もうとするとこっちの身が危険になるほど抵抗するのだ。  
「おっぱい触らせて下さい」と拝み込んだあの日。カイトの必死さが伝わったのか、メイコは渋りながらも了承してくれたのだ。  
微妙な顔つきのメイコが気にならないぐらい、カイトは嬉しかった。  
胸元を押し上げる服のボタンを外し下着も取り、初めて触れた女性の乳房は大きくて温かくてふにふにのたゆたゆで、ものすごく興奮した。  
初めの頃は本当に触れるだけだった行為は、日を追う内に白い膨らみにキスしたり吸い付いたり……乳首をしゃぶったりとエスカレートしたが、多少の抵抗は見せつつもメイコは許してくれた。  
調子に乗ってエスカレートついでに本番へと進もうとすると、また待ったがかかった。  
今度はおっぱいのときのように、どんなに頼み込んでも頑としてメイコは首を縦に振ってくれなかった。ならば強引にと思えば、大暴れで嫌がる。  
カイトは困り果てた。メイコだって女だから男の自分が本気で組み敷けば力で押さえつけられるが、何が哀しくて恋人同士でありながら初めてを合意なしで行わなければならないのか。  
なんちゃって別れ話を出した夜だって、あまりにも頑ななメイコに煮詰まってしまったカイトが、彼女の本音が聴きたくてあんこと口走ってしまったのだ。その結果、撃沈してしまったのだけど……。  
もう何度目か数える気もおきない溜息をついて、カイトは腕を伸ばしメイコの腕を掴んで引き寄せた。  
「もうイヤっ。いい加減に……!」  
「もうなんもしない。本当にしない。信じて」  
座ったままむぎゅっと腕の中に拘束して、背中をぽんぽんと叩く。メイコの身体は固いが、とりあえずは閉じ込め成功だ。  
逸る心を諌め、カイトは安心させるように背中を撫でた。メイコだってカイトが無理強いするとは思っていないからこそ、腕に中に収まってくれるのだから。  
「ねぇメイコ。俺はメイコを何年も好きでやっと振り向いてもらえてさ。そしたらやっぱ、えっちなことしたくなっちゃうよ。男だしね」  
「……」  
「でも、無理矢理はしたくないんだ。メイコに本気で嫌われたら、すげーきっつい」  
「……身体を、触るだけじゃだめなの?」  
俯いているメイコからは表情は窺えない。うーん、とカイトは唸る。  
「おっぱいとかお尻とか触らせてくれるのは嬉しいんだけど、物足りないかなー? どうしても嫌なら、メイコがGOサイン出すまで待つよ。でも、せめて理由は知っておきたい」  
カイトの腕にかかるメイコの指が袖を握った。  
「理由を聴けて、納得できればもっと我慢をがんばれると思うし。教えてよ」  
メイコは黙り込んでしまった。逡巡し、やっと口を開いたかと思えば、メイコはとんでもないことを言い出した。  
「……ダメ、やっぱり言えない。そんなにやりたいならカイトは我慢なんかしないで、私と別れて他の女のコとすればいいよ」  
帰る離してと再び暴れ始めたメイコをカイトは必死で押さえ込んだ。今の話の何を聴いていたのか、メイコ以外の女の子と寝たって無意味だというのに。ほんっとーにメイコは頑なだ。  
本来なら面倒臭いことこの上ないが、惚れた弱味か別れる気が一切起きない自分をカイトは不思議に思う。実はマゾだったらどうしよう。  
「なんでそーなるんだよ!」  
「だって、イヤなんだもん」  
「俺? ひょっとして俺に問題がある? あ、もしかして俺が童貞だから? そうなの?」  
「い、いきなり何をいいだすのよ!」  
暴れていたメイコはぴたりと動きを止め、真っ赤な顔で怒鳴った。  
カイトの言うことは事実で、初めて好きになったのがメイコであり他の女の子は眼中になく誰とも付き合わなかった。しかもしつこく諦めなかったため、カイトは清い身体なのだ。  
「や、でも俺メイコ以外としたくないしな〜。ヤバいマジ困った……」  
「違う! カイトの経験の有り無しなんて関係ないわよバカっ」  
「んー、じゃあ……」  
カイトはメイコを更に強く抱き締めた。これではもう逃げられまい。  
「……まだ、元カレのことが好きとか?」  
さっきまでの暢気な声はなりを潜め、低く真剣な声音がメイコの中に響いた。  
 
5  
 
メイコの元カレは男性ミュージシャンだ。  
新人だった頃、メイコの方が惚れ込んでいて片想いの頃は正に恋する乙女状態に陥った。当時カイトは恋敵への賛辞を耳にタコができるほど聴かされていたのだ。拷問だった。  
相手の男は女性関係が派手なだけあって、メイコにも優しく接していた。仕事でミスをしてヘコんでいたとき慰めてくれたその男に、メイコはいっぺんで恋をしてしまったのだ。  
いつも女の影がちらつくし、評判もよろしくない。軽くて調子がいいだけの感じがしたからカイトはメイコのことを差っ引いても、水が合わずそのミュージシャンのことは好きにはなれなかった。  
今でこそ仕事も人柄にも定評のあるメイコだが、新人時分は善くも悪くも思い込んだら一直線のところがあった。外野が何を言ったって当時のメイコは聞く耳をもたない。  
カイトから見れば男が適当にメイコに接しているのが分かるのに、本人だけが気が付かないのだ。歯痒かった。  
熱を上げるメイコの傍らでカイトは苦々しい気分になる。もうちょっと周りの意見を訊くといいのにと思っていた矢先、メイコから「あの人と付き合うことになった」とはちきれんばかりの笑顔で報告され、気が遠くなった。  
ちょっと待って、今まで軽くあしらわれていたくせに何その超展開? 本当にあいつはメイコが好きなの? 大丈夫か? ――って訊きたかったけど、無理だった。  
報告しに来たメイコのあんな嬉しそうな笑顔を見たのは初めてで、とても反対なんてできなかった。  
笑顔に口を噤み、がんばってね、と恋愛成就への祝いにしては少々見当違いの言葉を言ったような気がする。  
そしてカイトは、メイコが誰と付き合おうが諦めるつもりなんて更々ない粘着男子だということを、この時嫌と言うほど痛感することになった。  
心配だったけど、これ以上はカイトが口を出す範疇じゃない。そっと見守っていたけれどやはり破局はあっさりやってきた。  
メイコは付き合う報告をしに来た時と同じように、カイトへ「振られちゃった」と告げに来た。  
ただ、あの時見せた輝くような笑顔は消え失せ、無理しているのがバレバレの失敗した作り笑顔が胸に痛かったのを覚えている。  
 
 
「……な、なに……?」  
メイコは戸惑った。カイトが何のことを言っているのか、一瞬理解できなかったからだ。  
思わず顔をカイトへ向けると、カイトもメイコの顔を覗き込んでくる。  
「メイコはさ、身体は触らせてくれるけどその先はダメじゃん。……でもあいつには許したんでしょ」  
「……」  
きっと今、ちょっと嫉妬剥き出しの顔してるかも。カイトは男の嫉妬は醜いなと、顔が見られないようにメイコの顔を自分に押し付けた。  
柔らかくていい匂いのする身体に触れるたび、メイコが漏らす堪え切れない吐息が甘くて、もっと奥まで触れたくなった。  
最後の一線は越えさせてくれないのに、素肌に触れるのを許すメイコも不可解だ。セックスは嫌。だけど身体に触るのはよしとするメイコの意図が分からない。  
メイコはどうしたいのだろう? 経験ナシの童貞くんなのが拒否の理由じゃないのなら、カイトが思いつくのはメイコの前の男ぐらいだ。  
呆気なくメイコを振ったあの男を彼女がどれだけ好きだったか、カイトは傍で見ていた。  
まだ未練があって、その上で現在の彼氏のカイトとの肉体関係を拒否しているとしたら……もうどうしたらよいのか。八方塞りだ。  
メイコがカイトを嫌いじゃないのは知っている。でも、嫌いじゃなと好きは必ずしもイコールではない。こんなにも大きくて深い差があるのかと、カイトは今ひしひしと実感していた。  
 
6  
 
パン! と乾いていてどこか小気味の良い音が空間に鳴った。  
時間差でカイトの左頬がじいんと痺れて熱を持つ。メイコに平手打ちを食らった頬が痛い。  
「冗談やめてよね! なんで私があんな最低男なんか……!」  
きょとんとするカイトへメイコが突き刺さすような視線で睨みつける。  
メイコはこれまで元カレとの別れについて言及したことはない。カイトの周囲でもその話しが出たことはないから、きっとメイコは誰にも言っていないのだ。  
どうやらそれが、メイコの拒絶の理由になっているようだった。  
「……違うの?」  
「有り得ないわ! あんな女を食うしか頭にない男なんかっ」  
メイコの剣幕に驚いて瞬いたカイトに、彼女は慌てて自分の口を押さえた。勢い余ってしゃべりすぎたようだ。  
「話してよ」  
穏やかだけど、カイトの声は有無を言わせない響きがあった。先を促す青い虹彩に負け、メイコは俯いて唇を一度引き結んで観念したように口を開いた。  
「……あんなの、付き合った内にも入らないわ」  
「え? だって、あんなに喜んでたじゃん」  
大輪の花のような笑顔を思い出し、カイトはメイコを見下ろす。確かに短かったが、確か一ヶ月ぐらい交際していたはずだ。  
「最初は、ね……」  
あの頃、メイコは起動して数ヶ月。社交スキルが絶対的に足りていなかった。成長を期待するための叱責も、その場限りのお世辞も、全部真に受ける。純粋、といえば聞こえはいいが、ただの世間知らずのボーカロイドだった。  
あの男に出会うまで、悪意を持って接しられるこいうことが幸か不幸かなかったメイコは、女を見れば甘い言葉を吐く男の真意を全く疑わず、一方通行の恋愛にのめり込んでしまった。  
「付き合ってるって思ってたのは私だけ。あっちは私のことを、数多くいるやれる女の一人のつもりだったの」  
「……………………」  
恋人でもなかったことに絶句した。そういえば、メイコのから付き合って別れた事実しか聴いていなくて、あっちの言い分とか訊いたことはなかったかもしれない。  
「えっと、それは一体何股……」  
「そんなの知らない。ただ……あっちは私の中身じゃなく、身体に興味があったのよ。最初から、そのつもりで……」  
付きあおっかと言われて有頂天だったあの日、メイコは即日ラブホに連れ込まれた。  
「初めてだったし、好きだったけど流石に不安が勝って断ったわ。  
 でも、そしたら急に冷たくなって……断ったら二度と会わないって言われて……」  
選択を迫られ、すごく混乱した。恋人だと思っていた男は優しかったはずなのに、関係を拒むメイコを冷めた目で眺めている。  
どうする? 帰るならもう会わないけど。そう告げられて逃げ場がなくなる。怖かったけど、恐る恐る頷いた。  
遅かれ早かれ通過する道だと強引に納得して、抱かれたのだ。  
思い出したらあの時の不安と混乱が込み上げてくる。鼻の奥がツンとして視界がぼやけてきたけど、もう止めることはできなかった。  
「……っ、い、痛かったの。だけどっ、これを我慢すれば一緒にいてくれるって思って、わたし……っ」  
その夜から何度か男の都合のいい時間に呼ばれ、身体を自由にされた。その目的以外で会ったことはなく、デートらしい外出もしたことがない。  
「何回か寝たら、連絡すらこなくなった。こっちから連絡しても返事ないし、会えなくなって……」  
男に夢中だったメイコもいい加減に気が付いた。自分が都合のいい女なのだということを。見ないようにしていた複数の女の影が、何を意味するのか。  
それでも、気持ちの整理をつけるために男を捕まえ問い質した。帰ってきた答えは「いい身体してるからやってみたかった」だ。何度かやれたからもういいやと言われた。  
馬鹿だと思った。浮かれて周りが見えなくなっていた、浅はかな自分が。それでメイコの恋は終わった。  
「やり捨てられたのよ、私。あっちにとって私は何時でもやれる女で、彼女ですらなかったの」  
頬を伝う涙が顎へ流れ、カイトの手の甲に落ちた。  
 
7  
 
「だから、俺がいくら告白してもなかなか付き合ってくれなかったんだ」  
メイコが破局した後、しばらくしてカイトは猛アピールを開始した。横からメイコを掻っ攫われるのは二度とご免だった。  
メイコはものすごくつれなくて、何度告白してもはぐらかされてなかなか頷いてくれなかったのだ。  
「……辛いこと、話させてゴメン」  
「あの頃、好き好き言ってるカイト見てたら昔の自分を思い出しちゃって、恋に恋してるんだとばっかり……」  
つまり、本気だと思われていなかったということか。もうちょっとポイントを押さえて告ればよかった。  
興奮が治まったのか、メイコの涙が止まる。それでも睫毛に涙は溜まっていて、瞳はまだ潤んでいた。  
「えっと……セックスは嫌な思い出なんだ。それで」  
「……カイトが私を好きなのは分かってる。大切にしてくれているのも。でもカイトだって、その……したら、私に興味がなくなるかも……って思っちゃって。  
 してもしなくても別れるなら、しないままでいたかった」  
「別れるって……そんなこと、ずっと考えてたの?」  
こくんと茶色い頭が縦に振られる。  
別れを前提にカイトと付き合っていたことに冷や汗が流れる。浮かれてて、全く気づかなかった。  
「カイトと一緒にいるのが楽しいほど、したいって言われるほど別れるのが怖くて仕方なかった」  
え? カイトはメイコの肩を掴んで少し身体を離した。真顔で自分を見つめるカイトに、メイコは落ち着かなくなる。  
「な、なに?」  
「それって、俺と別れたくないってこと?」  
メイコは頬を染めて顔を逸らし押し黙ったが、もうそれが答えそのものだ。カイトは嬉しくて、メイコを引き寄せ強く抱き締めた。  
いつかは別れなければならないと思いつつも別れたくないって、なんだよそれ。  
付き合う当初から別れを考えていたことにほんの少しの苛立ちもあるけれど、自分と離れたくないと苦しんでいたメイコの気持ちが切なかった。  
「くっ、くるし……!」  
「あっ、ゴメンゴメン! メイコからの意思表示ってあんまりないから、つい嬉しくて」  
腕を弛めると、メイコはもうと拗ねたような表情をした。  
「あれ? そーすると、セックスは嫌なのにどうしてお触りオッケーしてくれたの?」  
「おさ……! もうちょっとマシな言い方ないの?」  
「そこまで許せば、普通にその続きができると思うじゃんか」  
後はごにょごにょ言って、メイコは答えようとしない。  
「いーよ、メイコが口を割らないのなら当ててやる」  
カイトは脳内で情報を整理し始めた。  
メイコはカイトを嫌いじゃない……というか、好き。  
前の男には身体だけを求められて振られた。そのせいでカイトと肉体関係を結べば、カイトがメイコへの興味をなくす=別れる、と考えている。  
以上の理由でセックスはNGだけど、お触りを許したのはカイトと別れたくないから。あれ?  
別れたくないから、触らせてくれた?  
「…………もしかして、お触りは譲歩?」  
「!!」  
メイコの表情が固まって、カイトは確信を得た。  
「セックスしたら俺と終わりだと思っていたから、お触りだけは許してくれたんだ?」  
身体の関係を拒み続ければ、いつか必ず別れがくる。  
どうしても受け入れられないから、せめて身体に触れることを認めてくれたのはメイコにとって最大の譲歩だったのだ。  
ちょっとでも別れを先延ばしできるように。  
カイトと少しでも長く付き合っていられるように。  
 
8  
 
「分かり辛いよ!」  
唖然としてメイコを見下ろせば、もう可哀想なくらい真っ赤になって肩を竦ませていた。  
「カ……カイトと付き合うようになって、色んな所に一緒に行ったり遊んだりして……楽しかったの。好きって言ってくれるのも、は、恥ずかしいけど嬉しかった。  
 カイトが私としたがってるのも痛いぐらい分かってたけど、でも、したら……また前みたいになるんじゃないかと……怖くて……」  
尻すぼみになる言葉にまた涙が混じり始めたメイコの身体を、今度はゆっくりとした動きで抱き締めた。  
心配ないと背中を撫でるとメイコも胸に顔を押し付け、カイトに縋りつく。  
「馬鹿だなー。そんなワケないじゃんか。メイコを振り向かせるために、どんだけ待ったと思ってんだ」  
「だって、カイトもあいつと同じこと言うんだもん。もうダメだって思った」  
――俺がイヤなら別れよ。確かに言った。メイコの気持ちを確かめたくて口走った台詞は、カイトが考えるよりもはるかに酷くメイコを傷つけたことにようやく気が付いた。  
「ホントごめんね。待つよ。メイコが俺をちゃんと信用してくれるまで、幾らでも待つし、そんなことじゃ別れない」  
メイコがカイトに身体を任せられないのは、根深い男性不信からだ。カイトを好きだけど、好きだけではメイコの中に深く根を下ろす不信感を払拭できないのだろう。  
「……でも、私」  
メイコの髪をカイトはゆっくり撫でる。  
「セックスしたいのは本音だけど、それは相手がメイコじゃなきゃ意味がないんだよ」  
「カイト……」  
「メイコが好きだから触りたくなるし、したいって思う。他の誰かじゃヤダ。それは分かってね」  
「……」  
「好きだよ。大好きだよ。ちょー愛してる」  
「……ばか」  
ようやく笑ったメイコの額に自分のそれをコツンと当てて、カイトも笑った。  
まあ、今はこれでいい。メイコが自分をちゃんと好きでいてくれてるのも実感したし、精一杯気持ちを伝えていけばきっと一緒に朝を迎える日がくる。  
それで満足だった。  
ぽんぽんとメイコの頭を軽く叩いてカイトは立ち上がった。  
「もう遅いし、家まで送るよ。終電がなくなるとマズい」  
「え? そんな時間?」  
「このままウチにいたら、またえっちなイタズラしちゃうぞー。早く準備するー」  
冗談めかして笑いながら壁にかけて置いたジャケットを羽織ると、その背中に温かくて柔らかい感触が包む。メイコが後ろから抱き着いてきたのだ。  
「メイコ?」  
「…………」  
「? あの、メイコさん。おっぱい当たってる。嬉しいんだけど今はちょっと」  
困る。しかしメイコは離れるどころかもっと身体を押し付けてきた。  
「……さっきの、ホント?」  
「へ? えっちなイタズラは冗談だよ? 流石にそれは」  
「そうじゃなくて……私じゃないと意味ないって」  
「あたりまえでしょ。まだ疑ってんの? しょーがないなぁ」  
たははと苦笑し、抱き締めようと向かい合った瞬間だった。カイトの首にメイコの腕が絡んでそのまま引き寄せられた。  
唇にちゅっと小さな音がして、呆気に取られるカイトの胸にメイコは顔を伏せる。  
メイコからキスしてきたのなんて初めてで、思考が止まった。  
「……なら、いいよ」  
「へ? あの、え??」  
いいって、ナニが? ついさっきまで、しばらくはそういうコトはないと思い込んでたから脳がついていかない。どうしたって都合のいいように考えてしまう。  
「む、無理しなくていいよ! もう焦らないしっ」  
メイコは無言でカイトの胸に顔を伏せたままだ。  
「俺初めてだから、多分ヘタクソ……」  
降って沸いた展開に怖気づき、わたわたと埒もないことをカイトは口にする。だがメイコの肩が震えているのに気が付いて、手のひらでそっと包み込んだ。  
「本当に、いいの……?」  
私の奥まで、触ってカイト。  
ぎゅっと縋りつくメイコの震える声は小さかったけど、確かにカイトの鼓膜へ届いた。  
 
9  
 
裸になって、ベッドで重なりながら沢山キスした。触れるだけだったそれは直ぐに深くなり、角度を変えて舌が絡む。  
柔らかい身体のあちこちに触れ、興奮に先走りそうになる身体を押さえ込むために、メイコの肌に自分のそれをぴったりとくっつけて抱き合った。  
互いの素肌から伝わる温もりに、カイトはほっと息をつく。膨れ上がる欲望に流されてメイコと交わるのは不本意だった。  
「……カイトとこういうことをする日は来ないと思ってた」  
「え?」  
「セックスって生臭いものだし、やり捨てられるのもご免だった。カイトとは綺麗な思い出のまま終わりたかったの」  
首筋に埋めていた顔を上げ、覗きこんだメイコは淋しい笑みを浮かべていた。  
「それなのに、いつの間にか離れがたくなっちゃった。繋ぎ止めたくて、触ることだけ許してカイトに我慢させるとか……最低ね私」  
「そんなことないよ。触らせてくれたのすごく嬉しかった。あれがメイコの限界だったんだろ?」  
「……うん」  
丸い額に唇を落とすと、メイコはそっと瞳を閉じた。  
「しかしですね。最初っから別れることを前提に付き合っていたのは頂けない。 お仕置きね」  
「え?」  
ぱちっと音がしそうな勢いでメイコが目を開く。次いで胸元にむずむずしたものを感じ驚いて胸元を見れば、青い頭がそこに埋まっていた。  
「ん……っ、やだカイト、くすぐったいってば、ふふっ」  
白い膨らみにちゅ、ちゅと繰り返し吸い付き、メイコはこそばゆくて笑い出してしまう。しかし次第にくすくす笑う声は抜けるような吐息に変化していった。  
少しだけ芯のある乳首を唇で包まれると、肢体がびくんと跳ねる。  
「あ……!」  
指がもう片方も撫でれば直ぐに固く尖る。ツンと勃った乳首を強めに抓まれてしまえば、メイコは甘い声で鳴いた。  
「ふ……ぅん」  
「乳首尖った。可愛い」  
盛り上がる乳房の中心で、ぷっちり硬くなった両方のそれを指で細かく弾く。くにくにと乳首が弄られると、メイコの中心がどんどん熱を持ってくる。  
「んぁ……あ……」  
ふっくらした白く魅惑的な肉を寄せ上げ、カイトは谷間に顔を埋めた。毛先が乳房を擽るのも、今じゃもどかしい刺激だった。  
「柔らかい。ふにふにして、すげー気持ちいい」  
乳房に頬をすりすり擦り付け、その感触を堪能する。おっぱいは何度も触らせてもらったけど、その度感じるこの幸せは一体なんなんだ。  
カイトは胸を掴んだまま鎖骨に一つ口付けて首筋を舌でたどった。生温かいそれに重なる身体がひくんと反応する。  
「も……あぁ……っ」  
耳朶を食み喉元に幾つも口付けて舐めると、鼻にかかった色っぽい吐息がメイコの口から零れた。  
「ウソつき……」  
「え? 何がウソ?」  
ぱちくりと目を瞬かせてメイコを見れば、カイトを睨んでいたが赤い顔では愛らしいだけだ。  
「ど、童貞なんて、ウソでしょ……こ、こんな、あっ……!」  
カイトが乳首を押し潰し、またひくんと肢体が小さく跳ねる。  
そのままぐりぐり弄る刺激にあっあっと喘ぐメイコを眺め、やれやれとカイトは苦笑した。  
「こんなウソついて、俺にどんなメリットがあるんだよ。ウソじゃないし」  
「だ、だって、すごく手馴れて……ぅ……」  
「お触りしているときに反応のいいトコ覚えたんだ。首とか乳首とかすっごく……いて」  
おでこを叩かれ、ぺちんと腑抜けた音がした。  
「バカ! 恥ずかしい……ん」  
涙目で怒るメイコに軽いキスをして、可愛いことを言う口を塞ぐ。そんなこと言われたら、こっちがもたない。  
触れるだけの唇を離すと同時に、やんわりと乳房を揉んでいた手をそっと離して、カイトの手はゆっくり下肢へと伸ばしていった。  
 
10  
 
「んんっ」  
割れ目を辿る途中で指は狭間へ沈んでいった。  
初めて指先に感じた女性器の感触は濡れて柔らかく、ただ熱い。乱暴にしたら壊してしまいそうだ。  
「メイコ、あの……」  
カイトは戸惑いがメイコへ伝わる。どうしたのだろうと不安になって、続きを待った。  
「ココ、とろとろ」  
大事な部分で動く指が次第に大胆になり、くちょくちょと水音を跳ねさせる。  
「ひんっ、あ、くぅ……」  
「もしかして、今までもそうだった? お触りするたびこうだったの?」  
「あ、ソコは、ん……っ」  
「ねぇ……」  
小さなしこりを指が掠め、腰が揺れた。奥からどんどん溢れてくるのが分かる。中心どころかそこから身体全体に熱が灯り、メイコを火照らせ口から出てくるのは無意味な喘ぎばかりだ。  
尚も動く指は微細な振動をクリトリスに伝え、じっとしていられなくさせる。  
「あんな風に、触られ、たら……わ、私だって、ずっと、カイトと……っ。あぁ……」  
カイトが触れるたび、身体の奥がじんと痺れるのを感じていた。下肢の狭間が熱っぽくなって、濡れてるのもちゃんと自覚していた。  
このまま流されてしまってもいいと思ったことだって何度もあったけど、心にしまい込んだはずの記憶がいつだって邪魔をする。  
それにカイトを受け入れて、もし離れていかれたら。あの時の比じゃないくらい立ち直れなくなる。……好きだから尚更。  
だけど本当は、本当はずっと。カイトと。  
「ん、ズルイよメイコ。このツンデレ!」  
「ふ……んっ」  
なだらかな腹にカイトの唇を知覚した。小さな音が何度も鳴って、それは徐々に降りてくる。  
脚の付け根までくると、カイトはうっすらと恥丘を覆う陰毛を撫でた。  
「脚、開いて?」  
「……恥ずかしい……」  
「見たいよ。メイコの。メイコだって俺の見たでしょ」  
「あ、あれは裸になるときでしょ?! どうしたって見えるじゃない……」  
「お願い、ね?」  
緩く閉じた太ももを撫でてカイトは懇願する。  
つい竦んでしまう身体を叱咤し、メイコは膝を曲げおずおず脚を左右に開いた。そこへカイトがすかさず身体を入れて、中心に顔を寄せる。  
見られてる。しかもじっくりと。羞恥で血液が沸騰しそうになって、とてもじゃないが耐えられない。メイコは両手で顔を隠してしまった。  
「カイ……」  
「女の人のココ、こんな風になってるんだ……」  
「許して、む、無理……!」  
もうだめと閉じかけた脚はカイトに遮られ、もっと大きく開かされた。それどころか、指がぽってりした大陰唇を広げてくる。  
身体の中で隠す場所なんてもうない。全部を晒されて顔から火が出そうだ。じっとそこを眺めていたカイトが感じ入ったような溜息をもらした。  
「すごく、綺麗だ」  
「……っ」  
性器は薄紅色。クリトリスは弄りすぎたせいか包皮から顔を出し、僅かに口を開けた襞からとろりとした露が溢れ出る。  
てらてら濡れるその場所は綺麗だけど、エロすぎて腰にキた。半勃の下半身が一気に痛いほど張り詰める。  
「うわ、入り口小さい。これで挿るの……?」  
「きゃっ」  
襞の下からつぅっと秘裂をなぞり、指を沈ませた。肉の道は狭かったが、粘液に助けられスムーズに進む。膣の中にはざらりとした部分があって、そこを撫でるとメイコが鳴いた。  
「ひゃ、あん!」  
「……気持ちいい?」  
指を出し入れしながらそこを重点的にさする。無駄な肉はないがむっちりした腰がうねるのを押さえつけながら、カイトはさっき指で弄ったクリトリスにキスした。  
「やっ、ま、待ってカイト!」  
「ゴメン、これ以上は待てないよ」  
散々お預けを食らってきたのだ。この上の「待て」は勘弁して欲しい。  
そのまま吸い付くとひんっとメイコが甘い声を上げる。こりこりしたそれを食み、緩急つけて吸い上げる。  
包皮を剥かれたそれは過敏になっていて、些細な刺激でも苦しい。カイトの頭をメイコの手が押し退けようとしたが、執拗な愛撫に負け青い髪の間に指が埋まっただけだった。  
中を探っていた指を抜かれほっとしたのも束の間、今度は襞の間を舌が蠢いた。ねっとりとした舌の動きに釣られ腰が浮いてしまう。  
「はぁ……っ、あ、うぅん」  
視線を上げ、カイトの頭に手をかけて肢体をくねらせるメイコをちらりと見た。自分の愛撫に感じ悶える白い肢体は、エロ本やAVなんて目じゃないぐらい興奮する。  
カイトもそういった雑誌や動画を見ることはあるが、現実は情報にはない生々しさがあってもっと触れたくなった。  
小さな尖りを抓み、舌先でちろちろ舐めるとメイコが高い声を上げた。それは耳に心地よくカイトを奮い立たせる。メイコは無意識に快感から逃れようとシーツを爪先で引っ掻き、布地を波立たせた。  
 
11  
 
「あっ、やあんっ、あ、あぅ……あぁあ……っ!」  
背中が反って、尻が跳ね上がり頭に触れる指にも力がこもった。急速に押し上げられやってきた絶頂に痺れ、刹那の快感がめまぐるしく身体中を走り思考が止まる。  
充血したクリトリスを強く吸われ、限界だった。メイコは痙攣のようにびくびく身体を震わせて、くったりとシーツに身を沈ませた。  
汗ばむ総身が艶かしい。気力を根こそぎ奪われたメイコはもう身体を隠す気も起きなかった。喘ぐ乳房が乱れた息に合わせ揺れる。  
投げ出された脚の間。カイトが弄ったその場所は余韻に未だヒクつき、彼を誘って止まなかった。  
 
 
セックスを、気持ちのよいものだと認識したことはなかった。  
メイコの気持ちなんて少しも考えない、一方的な交わりはいつだって痛くて終われば空虚なものだ。女性誌なんかで偶に見かける官能体験談なんて、絶対ウソだと思ってた。  
それぐらい性行為には冷めていたのだ。  
いくら心を寄せても報われない淋しさ。そのためだけに呼び出される夜。終わった後一人残されるの惨めさは今でも胸に蔓延っている。あんなの、もう沢山だった。  
のめり込むような恋愛から目が覚めてからは、唄だけに没頭した。時間と熱中する何かを無意識に欲しがっていた。脇目も振らずに仕事をこなす、そんなメイコの傍にいたのはカイトだ。  
カイトはメイコによく好意を寄せている素振りを見せていたが、好き好き攻撃をされても本気に思えなかったし、本当は付き合う気なんてなかった。  
成り行きで付き合うようになってからも、身体の関係だけは避けようと固く心に決めていた。  
のほほんとしてて人畜無害そうなカイトだって、男なんだから。その目的だってあるだろう。男の欲望に振り回されて傷つけられるのは真っ平だ。  
男の人はそういうものだと分かってはいても、過去の経験から受け入れられるかは別だった。カイトに求められたら終わりにしようと、始まった交際だった。  
だけどカイトとの交際は楽しかった。優しいのは知っていたけど、意外にしっかりした一面も知った。  
どこか掴みどころのない部分もあるけど、メイコを大事にしてくれる。そんな風に扱われたことなかったから、照れくさくててつい素直じゃない態度を返してしまうけど、本音の部分は嬉しかった。  
段々にカイトに惹かれる自分がいて、抱き締められたときもキスしたときも、今までにないくらい心が震えた。  
身体を求められたときは反射的に拒んでしまったけど、胸を触らせてと拝まれた時は嫌悪より申し訳なさが先に立った。……同時に、保身に走る自分への自己嫌悪も。  
好きなのに、セックスをして関係が壊れるのが嫌だった。前の恋愛を引きずって拭い切れない不安がカイトを傷つけることが、とても辛かった。  
「く……」  
カイトの腰が、大きく開いた脚の間にゆっくりと沈んでいく。  
襞が捲り上がり広げられて、侵入してくるのを実感する。膣は久し振りに猛る肉棒を受け入れ、多少の痛みを覚えたが不思議と不快ではなかった。  
「あ……ふ……っ」  
ぬるぬるの粘膜が進む肉棒を滑らかに誘い、奥へ侵入するにつれ身体の中がカイトでいっぱいになる。  
完全に肉棒が収まると、カイトは何故か動かなくなった。胎内のカイトは膣の奥まで隙間なく埋めて、ちょっと苦しい。  
メイコを抱き締めながら、腹の底から搾り出すような嘆息漏らし耳にかかった。  
「……どうしたの?」  
むーと唸る声がして、カイトがほんの少し重なる身体を浮かせた。  
「うん……あのさ、童貞が伊達じゃなかったてことが分かった」  
「? は?」  
見上げるカイトは眉を寄せ、困った顔をしている。どうしたのかと首を傾げるメイコに、ちょっと情けなく答えた。  
「イっちゃいそうなんだ。メイコの中気持ちよすぎるよ!」  
「な、ちょ、カイ……っ」  
「わ、動かないでっ、出る! ただでさえ締まるのに」  
押さえつけるようにカイトの腕が引き寄せまた密着した。荒い息がメイコの首筋に触れ、辛そうに我慢している。  
……もう、我慢なんてしなくていいのに。  
肩に埋められた髪を撫でて、メイコは呟いた。  
「イっていいよ」  
「え? でも……直ぐ終わっちゃうのは、男としてちょっと」  
「ばか、童貞のくせにヘンに見栄張らないで。いいよ」  
そっと触れるだけのキスをすると、膣に埋まる肉棒がヒクンと反応した。  
 
12  
 
「……面目ない」  
許しを得て、カイトが動き出す。探るように動き出したそれは直ぐに快感を求追って激しくなった。衝撃が下肢に響き、抉るように膣を突き上げられる。  
夢中になって穿つ女を知らない肉棒は、遠慮がなくてほんの少し痛みを覚えた。快楽より貫く勢いで息が上がる。  
性急に求めるような突き上げにシーツを強く掴んで耐えていると、不意に名を呼ばれ意識がカイトへ向いた。  
「メイコ……メイ……ぁ……」  
滑らかな膣に締められる刺激に眉を寄せ、堪えながら息を切らすカイトのこんな表情は今まで見たことがない。男っぽくて、色っぽかった。こんな顔するんだ。  
メイコの中で刺激され、快感を得て一生懸命なカイトが愛おしい。  
胸の奥がきゅっと疼く。胎内で脈打つ肉棒がぴくぴく脈打つのを感じると、腰が蕩けそうになった。  
「く、ぁ……っ」  
「んん……!」  
大きく抽送を繰り返しながら、カイトは絶頂をがっちり掴んだ。搾る膣に放出する肉棒が扱かれ、脳天を強い快感が突き抜ける。  
メイコの中に萎えゆくモノを収めたまま息が弾む身体を重ね、首筋に腕を回す。しなやかなメイコの腕が応えるように汗の玉の浮く背中にそっと触れた。  
「……っ、ゴメン……先に、イって」  
「いいってば」  
「気持ちよく、なかったろ?」  
「そんなことない……」  
「……ありがとね。大好きだ」  
耳元にキスされて、メイコはカイトの背中を優しく撫でた。嫌じゃなかったことや嬉しかったことが、少しでも気持ちが伝わるように。  
力を失った陰茎が膣圧に押し出され、カイトは身体をずらしてメイコに沿うよう横たわると、今まで繋がっていた肢体を抱き寄せた。  
「すごいね、セックスって。ぐわーっと快感が押し寄せてきて、一気に攫われるカンジ。すごく気持ちよかった……」  
「私も。カイトみたいな気持ちよさじゃないけど、これって痛いだけじゃないんだって、びっくりした」  
胸に顔を伏せるメイコを見下ろし、カイトは驚いたように目を瞬かせた。  
女性の身体は良く分からないが、メイコは今まで性行為で快感を得ていなかったような口振りだ。カイトが触るだけで、あんなに濡れていたのに。  
「セックスって、ずっと痛いものだと思ってたから。でも違うのね。割り切れない気持ちのままするのとじゃ全然違う……上手く言えないけど」  
身体だけじゃない。充足感とか幸福感とか、今までセックスで感じたことがない温かなものが胸に満ちている。  
「カイトだからかな……」  
胸元でポロリと呟いた言葉に、カイトはメイコの頬に手を当て、顔を上げさせた。  
「俺だから? もっと言って!」  
「……っ、もう言わない!」  
この状況で上目遣いで怒った顔されても、こっちはにやけるしかない。益々喜色満面になるカイトへ何を言っても無駄と、メイコは口を尖らせた。  
「でもセックスって、癖になるかも。好きなコとしてこんなに幸せな気持ちになるんだもんな。もっと触りたくなるし、繋がりたい」  
最上級の愛情の交歓なのだ。カイトはメイコの額に唇を落として囁いた。  
「一緒に気持ちよくなりたいって思う」  
背中から太ももを撫でる大きな手のひらがメイコを誘う。唇から漏れた溜息は仄かな温度を持って、カイトの胸を擽った。  
それを合図に身体の位置を入れ替え、カイトがまた覆い被さって深く口付けるとメイコは素直に身体を開いた。  
身体をまさぐる手に、肌を啄ばむ唇に喘ぎを零すメイコの身体の中心に再び官能の熱が宿る。  
「ん……」  
「俺、早く上手くなるよう頑張るからさ。メイコの協力なくして上達は有り得ないので、よろしくね♪」  
両の乳房を掴み、その間から顔を覗かせニンマリ笑うカイトにメイコは眦を吊り上げた。恥ずかしいことを言う口を黙らせようと咄嗟に振り上げた腕は、乳首を吸われて阻止される。  
「やっ、ばかぁ! ふ……っ、あ……」  
ちゅうっと吸われ舌に舐め回されると、もう口からは甘ったるい鳴き声しか出てこない。あっという間に身体も性器も熱を帯び、奥がじんじんしてくる。  
愛撫に蕩けながらも、セックスの後も何も変わらないどころかより愛情表現を示すカイトにメイコは涙ぐんだ。  
「大好きよ、カイト」  
精液と粘膜が垂れるぬかるみへ指が這う。そこを拡げ潜る感覚に全身が震えメイコは動く指へ神経を集中させた。そしてそっと青い頭を抱き締める。  
再び全身でカイトを感じるために。  
 
 
おしまい  
 

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