これはきわめて日常的な会話である。
「お兄ちゃん、大好き」
「うん、俺も大好きだよ」
黄色が特徴の妹はブラコンで、とにかく蒼いのが特徴の兄を独占したくてしょうがない仕様なのだと、彼女の対の双子である鏡音レンはそう語る。
けれども、その恋慕としか表現しようのない思いを受け止める立場にあるバKAITOは、笑えるほどに天然で鈍く、弟の立場から見ても感心するほど素直な『いいひと』なのだから、リンのアプローチはパワータイプコマンドの無駄骨折り損と分析するしかない。
アプローチ法を間違えているのだ。
あの兄が『大好き』だと言ったら、それはあくまで下心無い家族愛兄弟愛に満ちたLOVEだ。むしろその単語が出た時点で、その後に広がるべき夢見がちな進展は閉ざされたと理解するべきだろう。
自分が姉だと主張している妹の頭につけてるリボンがしなん…となるのを確認して、レンは緩む頬を我慢し機嫌良く部屋を出た。万一気づかれて逆鱗に触れたりするとロードローラーで轢かれるからだ。
バナナでも買ってこよう。
だから、この後の展開についても間違いなく 事 故 だと彼は断言する。
それ以外は認めない。
「大好き」と言われて嬉しかったので、「俺も大好きだよ」と答えたのに、しなん…となってしまった妹を見て、KAITOは動揺した。
「リン?」
何か悲しいことがあったのか。
こういうとき、リンの気持ちが一番理解できるレンをと探したが、タイミング悪く、さっきまでそこでマガジンを読んでいた弟はそこにいない。
「あっ、あのね! お兄ちゃん」
戸惑う兄の気配を敏感に察し、リンはこみ上げる思いを言葉にせずにはいられなかった。「お兄ちゃんはリンのこと、大好きなんだよね!」
強くしがみつく妹にコートを引っ張られ、「っ!?」KAITOはそれでも兄として妹を慰めるべく安心させるように微笑み、黄色い頭髪をよしよしと撫でた。
「うん、大好きだよ」
そこは即答である。
リンは口をへの字に曲げ、アゴに梅干しを作った不満げな表情全開で、それでもしばらくは撫でてもらえる気持ちよさに身を任せていた。
だが、これではちっとも良くない! のである。
大好きと大好きの間にどえらい境界線があるのである。
自分のLOVEはただ一つにLOVEだが、お兄ちゃんのそれにはなんか明らかに&Peaceて単語が付属している。
こうして常に二人っきりでいられるのならば文句のない状況だけれども、お兄ちゃんのLOVEは全方位に拡散しすぎなのだ。きっとレンだろうが、ミクだろうが、MEIKOにだろうが「大好き」だと言うだろう。これはゆゆしき事態である。
「お兄ちゃんは、リンのこと、すごく好きなんだよね」
「うん、すごく好きだよ」
「だいっすきなんだよね!」
「うん、だいっすきだよ」
「すっごく! 大好きなんだよね!」
「うん、すっごく大好きだよ」
リンはふにゃあと泣きたくなった。
どうして伝わらないんだろう。
なんで分かってくれないんだろう。
「リン…」
兄が優しく頭を撫でる。
「大好きなんだよ…ね?」
「もちろんじゃないか」
こんなYESはYESじゃない。
黙るリンに、KAITOは考えを巡らせる。どうもリンが何をそんなに不安がっているのかが分からない。
だから、問いかけてみた。
「じゃあリン。…どうして欲しいんだい?」
とっさに「お嫁さんにして」と即答しそうになって、リンの肩がぴくりと動いた。
案外、こういうときに頭は冷静な計算を始めるものである。
『お嫁さん』案は却下だ。
今までの流れから行って、この至極まっとうな兄妹観をもつ兄は、「それは無理だよ」とか言う。
じゃあ何だろう。
デートというwktkイベントも希望するが、これはこれで時間を置いたら、ウザい邪魔が入りそうな予感がする。
冷静だ。冷静になれ、リン。
邪魔が入らないうちに即実行可能なベストチョイスを検索するんだ。デートとかお嫁さんは未来の地図に含まれていれば良い。
……。
検索完了。
でも、口にする言葉に力が入りすぎた。
「きっ!」
「木?」
リンの顔がボンと紅潮する。だから残りはごにょごにょと。
「…っす、…して…欲しい…」
キスをして欲しいの。
リンの音声データがつながって、KAITOは「…ああ! うん」と頷いた。
頷いた後で、音声データが言語データに変換され、妹が言ったことの意味を理解する。
「うん? え? あ?」
キスをして欲しい!?
誰が? 誰に?
てか、俺がリンに!?
「ええっ!?」
ちょい待ちとタンマをいれるタイミングもなく。
「だからほら本当に仲の良いキョウダイの人間は仲良くキスするでしょ!
だから大好きならキスするのよ! ね! お兄ちゃんはリンのこと本当に
大好きなら、キスしてしたりしたりぎゅってしたりするんだし、あたしは
そうして欲しいんだし、さっき何をして欲しいかて訊いてくれたのお兄ち
ゃんだよね!」
「だからって、リン。キスとかそういうのはえっっと」
「あたしたち、仲良しなんだよね!?」
「うん、そうだけど」
「仲良しなら仲良しの証拠をしなきゃ」
「……。」
「証拠が欲しいの、お兄ちゃん…」
お兄ちゃんという単語は、無敵だ。
「お願い」
それで妹の不安と悲しみがとれるというのなら…と、KAITOは思ってしまったのだ。
何より、いつも元気いっぱいな可愛い妹のリボンがしなん…となる姿は見たくない。
「…リン」
KAITOはスッと身を屈め、リンのおでこにキスをした。
唇が離れる。
「違うよ、お兄ちゃん、キスは唇にしなきゃ」
薄桃色に頬を染めたリンが瞳を閉じる。
KAITOは恥ずかしそうに目をそばめていたが、やがてリンの唇に自分の唇を添わせた。