一年に一度きりだけじゃ……  
 
 
 
「……はぁ」  
ため息と共に私は窓の外を見つめる。  
今年もあの人は帰ってくるのだろう。  
憂鬱だ。  
別にあの人の事が嫌いな訳じゃあ無い、なにせ告白したのは私だし、  
初めてを捧げた相手があの人でよかったと今でも思っいる。  
それでも、一年に一度しか会えないんじゃ気持ちも冷める。  
七夕祭の日の一日だけ、それが私とあの人が恋人として一緒に過ごせる唯一の時間。  
馬鹿げてると思う、だって浮気し放題じゃない、いや、あの人が自分から浮気するとは思えないけど、  
それでもあの人は顔だけは良いし変に誰にでも優しいから、  
流されてって事も有り得る。  
ううん、その可能性はかなり高い。  
そういえば、結構居たなぁあの人に優しくされて勘違いしちゃった女子。  
あの人の方は、私の浮気なんてちっとも疑ってないんだろうな…  
私は、そんなあの人に胸を張って浮気してないなんて間違っても言えない。  
男友達と二人で出掛けた事もあるし、いわゆる男の子の下心を利用したりもした。  
友達の一線を越える事をした積もりはないけど、人によってはアウトだろう。  
「リンちゃん、どうしたの?ため息ばかりだけど」  
私の前の席に座る少女、あの人の妹…ミクがなんだか心配そうな顔をして私の顔を覗き込んで来る。  
「うーん……もうすぐカイ兄が帰ってくるなぁって」  
私の答えにミクは一瞬キョトンとした顔をしたあと、ハッと口に手を当てる。  
「え?え!?リンちゃんまさかお兄ちゃんの事モガッ」  
「違うから、嫌いになったとかじゃないから」  
言いかけたミクの口をふさぎ、そのまま訂正する。  
声が大きいよ、今は昼休み中で教室には結構な人がいるんだから。  
それと、なんでちょっと嬉しそうなのよ…  
「モガ、モガガガ?」  
口を押さえられたまま、ミクがなにか言っている。  
多分『じゃあ、どうして?』って聞いているんだと思う。  
「ん〜?」  
改めて聞かれると言葉にしづらい、飽きた?疲れた?好きなまま気持ちが冷めた?  
なんだかどれも合っているようで違う気がする。  
「フガッ、リンちゃんもあんまり理解出来てないの?」  
「ん、そんな感じ」  
私の手を解き聞いてくるミクに、そう曖昧に返事をする。  
ミクはちょっとだけうーん、と唸りながら考えていたけど、  
ポンッと手を叩くと、指をピッと立てて  
「じゃあ、気分転換しない?」  
なんて事を言ってきた。  
「気分転換?」  
「うん、今度の土曜日、クラスの何人かで出掛けない?って話が出たから、リンちゃんも一緒に行く?」  
土曜日……多分カイ兄が帰ってくる日。  
「あ、お兄ちゃんが帰ってくるのは早くてもその日の夜だから、  
昼の内は平気だよ、ていうか、私は夕飯用の材料の買い出しも兼ねてって感じで」  
私の気持ちを読んだかの様に、ミクが答える。  
ていうかなによカイ兄、私にもメールかなにかで知らせてくれたって良いじゃない。  
「分かった、じゃあ行く」  
「うん、分かった。  
みんなー、リンちゃんも行くって!!」  
私の返事を聞くやいなや、ミクは何人かに報告しに行く。  
「え、鏡音さんも来るの、ヤタッ」  
なんて言っている男子がいたが、あれ誰だったかな?  
確か勉強はそこそこだけど、バスケ部所属で顔が良い…カイ兄の方がカッコイイけど…から  
そこそこ女子にモテた。  
…………  
まあ、バスケ部くんで良いか。  
 
 
「…………はぁ」  
窓の外に流れていく景色を眺めながら、ため息をつく。  
理由は二つ、一つはつい最近仕事をクビになったから。  
これで何度目の失業だろうか、自分で自分が情けなくなる。  
そしてもう一つ、こちらの方が締める割合が大きいだろう、  
今、故郷へと向かっているからだ。  
二つ年下の恋人、リンの顔を思い浮かべる。  
幼なじみで、ミクとは別のもう一人の妹みたいな存在だった少女。  
彼女と合うのは去年の七夕からきっかり一年ぶり。  
逢いたいか逢いたくないかと聞かれたら、逢いたい。  
いますぐにでも、声を聞きたい、この手で触れたい。  
それでも、彼女と逢うのは憂鬱だ。  
僕の気持ちは、彼女と付き合い始めた頃から、呆れるくらいに、ちっとも変わらない。  
でも、と思う。  
僕のこの気持ちは、彼女を苦しめているんじゃないか?彼女を縛ってしまっているんじゃないか?って。  
一年に一度しか逢えないなんて、残酷過ぎると思うから。  
解き放ってあげたいと思った。  
七夕祭で彼女と逢ったら、別れをきりだそうって、決意した。  
だから、憂鬱だ。  
僕は臆病でヘタレだから、決意してから彼女に連絡をとることさえ出来ていない。  
彼女の存在を感じてしまったら、決意が鈍りそうで。  
「………でも、それじゃダメなんだろうな」  
自分に言い聞かせるように、呟く。  
こんな事でさえ躊躇していたら、彼女を解き放ってあげる事なんてきっと出来ない。  
携帯電話を開く。  
ふと、彼女の照れ臭そうな顔が浮かんだが、必死に打ち消す。  
このままじゃ、僕も彼女も前に進めないから……  
 
 
 
 
携帯電話を眺めながら、ミク達を待つ。  
服装は適当に、ホットパンツとそれに合わせたTシャツ。  
ミクには女の子らしくない、なんてよく言われるけど、この恰好はこの恰好で動きやすくて好きだ。  
携帯電話のメール機能を立ち上げ、受信メールを確認する。  
未読メールは0、当然だ、5分前に確認したばかりなんだから。  
カイ兄は元々こういうのにマメな方じゃないから、そんなにはメールをしてこない、当然通話も。  
どちらも三日に一回がいいところ、というか通話は私からする事が殆ど。  
でも、今日帰ってくるんでしょ?明日はもう七夕祭なんだよ?  
メールの一つぐらいくれたって良いじゃない、一応、恋人同士なんだから。  
「リンちゃんゴメーン、お待たせ!!」  
横断歩道を少し駆け足で渡りながら、ミクが手を振って私を呼ぶ。  
時間は待ち合わせ時間の5分前、別に遅れてる訳じゃ無いんだから、謝らなくてもいいのに。  
「他の人達は?」  
軽く周囲を確認しながら、尋ねる。  
「うーん、もうすぐ来るんじゃないかな?」  
私と同じように周囲を見渡しながら、ミクが答える。  
「あ、来た来た」  
ミクがそう言ったのでその視線の先に目を向ける。  
クラスメイトが何人か、こちらに手を振っているのが見えた。  
基本的には女子ばっかりだけど、男子も何人か混ざっている。  
ていうか、結構多いな……  
 
 
とりあえずは皆でショッピングモールを回る事にして、ぞろぞろと移動する。  
あれがカワイイとかなんだかんだ皆でワイワイやっていると、憂鬱な気分も少しは晴れてくれた。  
途中、ふとモール内に展示されている浴衣に目が留まる。  
紺色のシックで大人っぽい浴衣、ではなく、その隣の可愛らしい水色の浴衣。  
カイ兄色の浴衣。  
去年の七夕祭に会った時は、私は浴衣を着ていって、カイ兄はカワイイって言って微笑んでくれたっけ。  
そんなことをぼんやりと考えながらしばらくぼーっとしていたけれど、ふと我に帰る。  
「あ、あれ?」  
辺りを見回してみるけど、皆がいない、はぐれちゃったのかな。  
「鏡音さん」  
名前を呼ばれて視線を向けると、そこにいたのは、件のバスケ部君。  
「あ、あれ?皆は?」  
「鏡音さんがなんかその浴衣に見取れてたみたいだったから、俺だけ残って皆には先に回って貰ってる」  
そう言ってバスケ部君が指指したのは、紺色の大人っぽい浴衣。  
「ああ、うん、ごめんね」  
「いいよ、いいよ、俺的にはラッキーだから」  
バスケ部君はそんなことを言って、笑顔を向けてくる。  
その笑顔は多分爽やかっていう表現が相応しい笑顔なんだろうけど、  
私にはなんだかギラギラしてるように思えてしまった。  
「じゃあ、早く皆と合流しよ?」  
「あー……」  
私がそう言うと、バスケ部君は頭をポリポリかき、少し残念そうな顔をする。  
「それよりさ、先にお昼食べてからにしない?もういい時間だし」  
そういえば確かに、そろそろそんな時間だ。  
「……うん」  
どうしようかと少しだけ考えてから、首を縦に振る。  
別に………いつもの事。  
「うん、分かった、じゃあ皆には連絡入れておくから」  
バスケ部君はぱあぁっと嬉しそうに笑うと携帯を取り出して操作しだした。  
別に…………いいよね。  
 
 
 
バスケ部君が連絡し終ってから、適当に店を探して歩きだす。  
こういう状況に慣れているんだろう、歩く早さを女の子の早さに合わせてくれる。  
鼻唄を口ずさみながら、機嫌の良さを隠そうともしない。  
この積極性はカイ兄とは正反対だ。  
はじめての時だって、カイ兄が全然手を出してくれないから、  
私の方が痺れを切らして半ば無理矢理ホテルに連れ込んだんだっけ…  
適当な店に入り、向かい合って座る。  
「鏡音さんはさ…」  
注文して、料理が来るまでの間、バスケ部君は積極的に話しかけてくる。  
女の子を楽しませる方法を知っているんだろう、こちらの反応を窺いながら、色々な話題をふってくる。  
何となく、私にはこういうのが性に合っているんだと思う。  
ロマンチックだけど切ない遠距離恋愛より、楽しいだけの普通の恋愛。  
でもなんでだろう、今男の子と向かい合って話しをしているのに、会話が全然頭の中に入って来ない。  
料理もなんだか味気無い、カイ兄の情けない笑顔が、頭から離れてくれない。  
「か、鏡音さん?」  
「あ、ううん、なんでもない…」  
カイ兄の顔を打ち消す為に、頭を振る私に驚いたのか、バスケ部君が目を大きく見開いている。  
その瞳に、私の姿が写っているのに気づく。  
あぁ、私ってこんなにブスだったっけ?  
バスケ部君の瞳に写っている私は、なんだかムスッとしていて、全然可愛く無かった。  
 
『タララランッランッラララ』  
不意に、機械的な音楽が響き、私は携帯の入ったバッグに目を向ける。  
このメロディーは……  
「ちょっといい」  
「え、ああ、どうぞどうぞ」  
携帯を開く、そこにはメール受信の文字。  
 
 
差出人:カイト  
タイトル:ゴメン  
本文:いろいろあってそっちにつくのは明日の夜になりそう。  
だから、七夕祭の神社で直接会いたい。  
話したい事もあるから。  
 
 
…………  
「ごめん、私帰るね」  
「え?え?鏡音さん?」  
バッグから財布を取り出し、千円札を二枚テーブルの上に置いて立ち上がる。  
「代金はここにおいておくから」  
「え?い、いや、俺が奢」  
「お釣りはいらないから、じゃあっ」  
バスケ部君が何か言っていたけど、無視してお店からでる。  
駅に着いて、電車を待っている間にメールの返信を打つ。  
内容は『分かった』の一言だけ。  
なんで、こんなタイミングでメールをしてくるの?  
なんでか、ショッピングなんて楽しめる心境じゃなくなっちゃったじゃない。  
別れよう。そう、決心する。  
明日の七夕祭で、最後。私とカイ兄の恋人関係を終わらせよう。  
そうすれば、このもやもやと苦しみからともさよなら出来ると思うから。  
きっと、それで正解。  
だから、まずは家に帰って明日着て行く浴衣の準備をしよう…  
 
 
 
七夕祭当日。  
私は浴衣に着替えて、出掛ける準備をした。  
浴衣の着付けは去年、意地で覚えた。  
あの頃はカイ兄への想いも全然冷めてなくて、カイ兄との久しぶりのデートだって舞い上がっていたから。  
「あれ、姉貴もう出掛けんの?」  
玄関に手を掛けた所で、レン、私の双子の弟が二階からひょっこり顔を覗かせる。  
「おめかししちゃって、カイ兄と会えるのがよっぽど嬉しいんだな、おー熱い熱い」  
からかうような口調に、ちょっとイラッとして、振り返ってレンを睨む。  
「そんなんじゃないわよ!!」  
そう、本当にそんなのじゃない、私は、別れる為にカイ兄に逢いに行くんだから。  
だけど、レンは、  
「またまた、そんな嬉しそうな顔で言われてもねー」  
なんておかしな事を言ってきた。  
嬉しそう?そんな訳無いじゃない。  
「じゃ、お土産にチョコバナナでも買ってきて、あ、朝帰りだろうし無理か」  
そんな言葉を残し、レンは二階に引っ込んでしまう。  
私は釈然としない気持ちのまま、家をでる。  
考え事をしながら、神社へと向かう。  
数分程歩いて、神社に到着する。  
やっぱり早く来過ぎたらしい、まだ太陽は落ちきっておらず、空は赤く染まっている。  
人もまばらで屋台もまだ準備中の所が殆どだ。  
 
「……はぁ」  
適当に木の影に腰を下ろし、溜め息を一つ。  
今日で、私とカイ兄の関係は終わる。  
私には、遠距離恋愛は向いてない。  
「あの頃は楽しかったなぁ…」  
そんな言葉を呟いて、私は過去の思い出を掘り起こしていく。  
私とミクとレンにとって、カイ兄は頼りないけど、大好きなお兄ちゃんだった。  
四人でよく遊ぶ内、私のカイ兄への想いは大好きなお兄ちゃんから、  
大好きな男の人へと変わった。  
それがいつだったかは覚えてない、いつの間にかそうなっていた。  
中学時代、私は結構な数の男子に告白されたけど、カイ兄以外の男子には全く興味がもてなくて、  
片っ端からフッていった。  
高校の入学式の日、私はカイ兄に告白して、私達は恋人同士になった。  
ああ、そういえば、ミクが拗ねて、その後しばらく口聞いてくれなかったんだっけ。  
中々手を出してくれないカイ兄ムカムカしたり、他の女の子に優しくしてるカイ兄にヤキモチ妬いたり、  
なんて事もあったけど、最初の一年間は凄く幸せで、夢の中にいるような気分だった。  
だけど、カイ兄が卒業して、東京へ行っちゃって、遠距離恋愛が始まって……  
終わっちゃうんだなぁって、終わらせようとしてるんだなぁって思う。  
でも、仕方ないよね、私には遠距離恋愛なんて向いてないよ。  
…………  
『お兄ちゃんのばかぁぁっっ!!!!』  
「!!!?」  
なんだか変な声が聞こえきて、ハッと我に帰る。  
兄妹喧嘩?と周囲を見渡して、そこで初めて気付く。  
空はもう暗くなってしまっていて、神社の参道の方は人混みで溢れかえっている。  
お祭、始まっちゃってるなぁ……  
そういえば、カイ兄との待ち合わせ、何処で何時にとか決めてなかった……  
もう来てるかもしれないし、探した方がいいよね、やっぱり。  
立ち上がり、ふらふらと人混みの方へと歩きだす。  
ホントは、携帯で連絡をとった方がいいんだろうけど、そんな気分じゃなかった。  
でも、やっぱり結構人多いなぁ……  
「リン!!!!」  
後ろから、声が聞こえた。  
澄んでいて、よく響く声。  
懐かしい……声。  
心よりも速く、体が反応した。  
躊躇うよりも速く、体が勝手に振り返る。  
唇が勝手に、目一杯の愛しさを込めて、あの人の名前を呼ぶ。  
 
「カイ兄!!」  
 
 
 
 
「……迂闊だった」  
神社に着いた所で、自分の迂闊さに気付く。  
リンとの待ち合わせ、時間も具体的な場所も決めていなかった…  
いつもそうだ、肝心な所で要領が悪い。  
右手の携帯電話を見る。  
携帯電話で連絡をすれば早いんだろうけど……  
何となく、そんな気分じゃなかった。  
『ターラーララー、ララーラララーラーラーラーラ』  
携帯電話をしまおうとした所で、着信音が鳴り響く。  
リン………じゃないな、この着信音は。  
ディスプレイに表示されている名前は、ミク。  
 
とりあえず電話にでる。  
『あ、もしもしお兄ちゃん?』  
「うん、ミク?何の用?」  
リンを探さなきゃ、と気持ちが逸っていたので、少し早口になってしまう。  
『うーん、お兄ちゃんもしかして神社に直接向かってる?』  
「え?あっ!!うん……」  
そういえば、実家には今日の夜帰るとしか伝えてなかったっけ……  
『ふーん、つまりリンちゃんとデートなんだー、可愛い妹に顔も見せずー』  
「う……はい、ごめんなさい」  
ホントはデートなんかじゃないんだけど……  
「ああ、そういえばミク?」  
『なにー、妹よりも彼女優先なおにーちゃん』  
いや、うん、だからさぁ。  
「だからそれは……いや、リン、さ。最近どんな様子だった?」  
『……うーん、リンちゃん?』  
僕の声に真剣さを感じとったのか、ミクも真面目な声になって返事をする。  
『何て言うか最近、溜め息が多かったかなぁ……昨日も皆で遊びに行ったんだけど、  
お昼頃、一人で帰っちゃったし…』  
「そっ、か………」  
やっぱり、と思う。  
僕の気持ちは、一年に一度だけの逢瀬は、彼女を苦しめていたんだと。  
『あ、そうだ、お兄ちゃん。リンちゃんとデートなら、晩ご飯いらない?』  
「………いや、多分すぐに家に向かうと思うよ」  
ミクの質問に、そう返す。  
『ううん、絶対遅くなるよ……あーあ、せっかくこの日の為に料理覚えたのになー。無駄になっちゃった』  
だけど、ミクは何故かどこと無く憂いを含んだような声色で、そんな事を言う。  
「いや、ミクの思」  
『あ、そうだお兄ちゃん、お兄ちゃんとリンちゃんが付き合い始めた頃、  
実は凄く言いたかった言葉が有るんだけど、今言っていい?』  
僕の言葉を遮り、またミクが訳の分からない事を言う。  
「……別にいいけど」  
『うん…』  
僕が答えると、ちょっとだけ間を置き、受話器の向こうから、スウゥー  
という、息を吸い込む音が聞こえてきた。  
「?」  
 
『お兄ちゃんのばかぁぁっっ!!!!』  
「!!!?」  
電話越しとはいえ、至近からの大声に、一瞬聴力が麻痺する。  
『……大丈夫だよ』  
グワンッグワン言っている頭を軽く振って周囲を見渡すと、結構な  
人数が何事か、といった感じで僕の方を見ていた。  
「あ、いいえ、気にしないで下さい」  
軽く笑顔を作って、周囲の人にそう告げる。  
そして、ミクにちょっと文句を言おうと再度携帯電話へと視線を向ける。  
『ツー、ツー、ツー、ツー』  
………切れてた。  
「全く、なんなんだよ」  
なんて呟いて、ああ、と思い出す。  
僕とリンが付き合い始めて、一番ショック受けてたのも、そのあと  
一番祝福してくれたのも、ミクだっけ……  
ゴメン、と心の中で謝る。  
僕は、今日、終わらせるつもりなんだよ、ミク。  
別れを告げる為にリンと会うんだ……  
携帯電話を、ポケットにしまい、周囲の人混みに目を向ける。  
この中からリンを見つけるのは大変だろうな、なんて思ったけど、その心配は杞憂に終わった。  
簡単に、見つかった。  
 
僕の目に映り込んだ後ろ姿。  
随分髪は伸びているけど、去年と同じ浴衣。  
そしてなにより、僕があの娘の後ろ姿を見間違えるはずがない。  
 
「リン!!」  
 
心よりも速く、体が反応していた。  
躊躇うより速く、唇が勝手に、目一杯の愛しさを込めて、あの娘の名前を呼んだ。  
あの娘が振り向く  
「カイ兄!!」  
 
 
 
一年ぶりに逢えた カイ兄/リン は  
苦労してるのか、少し頬が痩せていたけど/髪が伸びて、随分大人っぽくなっていたけど  
その 情けない/照れ臭そうな 微笑みは、一年前と変わってなくて  
その顔を見た瞬間  
それまでの葛藤も不安も  
全て、吹き飛んだ  
 
 
ああ、やっぱり 私/僕 は、あなたがいい………  
 
 
 
カイ兄との七夕祭でのデートの後、私達は家に帰るのが惜しくって、手を繋いで夜道を散歩していた。  
自画自賛じゃないけど、デート中、カイ兄の瞳に写った恋する女の子を、  
物語に出て来るお姫様にも負けないぐらい、可愛いと思ってしまった。  
二人、肩を並べて歩く。  
カイ兄は女の子のペースに合わせるなんて器用な事は出来ない、  
カイ兄が合わせるのはいつも、私のペース。  
女の人みたいに綺麗だけど、やっぱり男の人の大きさの手から、優しい温もりが伝わってくる。  
ああ、やっぱりカイ兄はカッコイイなぁ……  
「……ねぇ、リン」  
カイ兄に呼ばれて、視線を上げる。  
そこに有るのは、少し悲しげなカイ兄の微笑み。  
ドキリ、とする。  
その微笑みに見取れた以上に、微笑みに込められた意味に、不安を感じて。  
「愛してるよ」  
だけど、カイ兄の口から発せられたのは、そんな言葉。  
一瞬の間を置いて、唇を塞がれる。  
「んっ……んむ…」  
唇から伝わる甘い感触に、思考が蕩けそうになる。  
(……ブルーハワイ)  
ホントは、分かってる。  
こんなのはダメだって、また来年も同じ事の繰り返しだって……  
でも……  
「んっ……プハッ」  
重なり合っていた唇が離れる。  
一瞬の静寂の中、カイ兄の瞳を見つめる。  
「カイ兄……愛してる…」  
今度は私から、カイ兄の唇を塞ぐ。  
やっぱり私は、カイ兄がいい。  
他の誰かなんて、考えられない……  
 
「愛してるよ」  
そう言って、リンの唇を塞ぐ。  
「んっ……んむ…」  
脳が蕩けるような甘い感触を感じながら、思う。  
こんなのはダメだって、来年も同じ事を繰り返すだけだって…  
(……いちごミルク)  
でも、無理だよ……  
「んっ……プハッ」  
重なり合っていた唇が離れる。  
頬を染め、惚うけた様な表情で、僕を見つめるリン。  
その可愛らしい顔が、表情が、愛おしくて。  
「カイ兄……愛してる…」  
その言葉が、堪らなく嬉しくて。  
 
この気持ちに、嘘なんて付けないから……  
 
 
 
一年分の想いを確かめ合うかのように、私とカイ兄は、何度も何度もキスを交わして、  
少しだけ落ち着いてから、また、二人並んで歩きだす。  
会話は無かったけど、向かおうとしている場所は同じだって、何と無く思った。  
二人揃って、足を止める。ラブホテルの前。  
やっぱり今日は利用者が多いのか、殆ど部屋は空いてなかったけど、どうにか一部屋だけは空いていた。  
その部屋番号を見て、少しだけ驚く。  
私とカイ兄が初めて結ばれた時と、同じ部屋だった…  
「「………」」  
やっぱり二人共無言のまま、部屋に入り、鍵を閉める。  
「えっと、リンからシャんっ」  
何か言おうとしたカイ兄の唇を塞ぐ。  
そのままの勢いで、押し倒す様にベッドへと倒れ込む。  
全然、足りない、我慢なんて出来ない、早くカイ兄と、繋がりたい……  
「カイ兄ぃ……」  
好き…好き、好き、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き  
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き  
想いが、溢れ出して、全然、止まってくれない……  
 
 
 
「カイ兄ぃ……」  
多分に甘えを含んだ、リンの声。  
(そんな声、出されたら)  
脳が痺れて、切なくて、愛おしくて、止まらなくなる。  
体を反転させて、リンとの位置を入れ替える。  
リンに覆いかぶさる体勢で、見つめ合う。  
「んんぅ………んっ」  
今度は僕から、リンにキスをする。  
さっきよりも深く、舌を絡めて、リンの口内を味わうように。  
「……んはぅ」  
唇を離すと、混ざり合った二人の唾液が、糸を引く。  
 
それが垂れるよりも早く、今度はリンから唇を重ねてくる。  
「…ん……ちゅぱっ……んぅ……はぁ……んっ…」  
そんな風に、何度も何度も、獣みたいに、貪る様に、互いの唇を求め合う。  
どんどん高ぶっていく、僕とリンの欲情。  
キスの繰り返しに区切りを付け、僕はリンの髪を右手で掬う。  
「髪、随分伸びたね」  
金の糸の様に美しいそれに、鼻先を寄せ、軽く匂いを嗅ぐ。  
「カイ兄は、私の髪、好き?」  
汗の匂いと、柑橘系の香り、多分リンが使っているシャンプーの香り。  
「うん……大好きだよ」  
リンの、なにもかもが。  
「嬉しい……」  
髪の毛から手を離し、幸せそうに微笑むリンの頬に、手を当てる。  
そのまま、輪郭をなぞるように、指先を這わす。  
頬…顎先…首筋…鎖骨……少しずつ、下に向かって……  
そのまま、リンの浴衣の胸元をはだけさせる。  
「……んっ…」  
レモン色の可愛らしいブラが覗いて、リンが羞恥に少しだけ顔を歪める。  
そんなリンのブラのホックに手をかける。  
「外していい?」  
「……うん」  
リンの了解を得てから、ブラのホックを外す。  
ブラから解放され、あらわになったリンの双丘を手で軽く揉みながら、リンの耳元に口を寄せる。  
「少し、大きくなった?」  
「んひゃんっ!?」  
耳元に息がかかったからか、リンが驚いたような声をあげる。  
リンは相変わらず、耳が弱いみたいだ。  
「んっ…んふん、んあっ………カイ兄の、いじわる…」  
桜色の突起を指先で転がしながら、顔を離すと、少し頬を膨らませたリンの顔が目に写った。  
「気にしなくてもいいのに」  
ちゅっ、と一度だけ、軽いキスをする。  
リンのは、まあ、お世辞にも大きいとは言えない。  
「でも、男の人は、大きい方が」  
「僕は好きだよ、リンの胸」  
そう言って、今度はリンの蕾を口に含む。  
唇で挟みながら、舌先で転がし、時々強く吸い込む。  
「ひゃあぁっ、ん、やあっ、あぅっ!!」  
丹念に丹念に、唾液を染み込ませるかの様に、汗の味を味わうかの様に、なぶる。  
「それじゃ不満?」  
一通りリンの蕾を堪能したら、唇を離し、そんな風に問い掛ける。  
 
「…カイ兄が好きなら……やっぱり小さくてもいい……んっ」  
今度はリンの方からキスをしてくる。  
熱を帯びた唇から、リンの荒い息遣いが直接伝わってくる。  
「……カイ兄ばっかり、ズルイ」  
リンが、僕の首筋に唇を当ててくる。  
そのまま強く吸って、離す。  
「…えへへ、キスマーク」  
「うん、じゃあ僕からも」  
同じように、リンの首筋にキスマークを付ける。  
「カイ兄ぃ…」  
甘く、蕩けるような声色で僕を呼びながら、リンは右手を僕の股間へと伸ばす。  
「んくっ……リ…ンっ」  
「カイ兄ぃ…カイ兄ぃぃ……」  
リンの小さくて柔らかい手が、ズボン越しに僕の秘部を刺激する。  
「ふっ、やぁ……カイ兄ぃ…」  
お返しとばかりに、リンのパンツの隙間に手を入れ、陰部の突起を弄ぶ。  
「カイ……兄……レロッ」  
僕の股間を扱きながら、リンは首筋に舌を這わす。  
「んっ……はぅっ……ひゃっ!!…」  
なめ回したり、痛くない程度に歯を立てたり、唇で皮膚を挟んだり。  
これは、リンの欲情が一線を越えた証拠、子猫が甘えるように、目一杯僕に甘えてくる。  
「リン……リンっ……リン!!」  
リンの淫核を、更に激しく弄りながら、リンの髪に鼻先をうずめる。  
さっきよりも強い、汗の匂いと雌の匂い。  
「あぅんっ……やぁ…んっ……カイ兄……カイ兄…カイ兄カイ兄!!」  
「リンッ……くっ……リン!!……うわぁ…リンッリン!!リン!!」  
互いに互いの秘部を激しく弄りながら、名前を呼び合う。  
どんどん、どんどん、昇っていく、高まっていく。  
「んんっ……はあ……やん……!!」  
「くうっ……ん…リンッ……くあぁ」  
リンが嬌声をあげる度、僕が呻く度、二人の愛撫は激しくなっていく。  
「カイ……兄……ほしいよぉ……」  
「リ……ンッ……僕も…」  
リンのその言葉に、二人揃って愛撫を止める。  
もう、我慢の限界だった、僕もリンも、強く繋がりたかった。  
「うん……ちょっと待ってて」  
はやる気持ちを理性でなんとか抑え、一旦冷静になる。  
確か、ゴムは……  
「…やぁっ」  
ゴムの用意をしようと離れようとした僕に、リンが抱き着いてくる。  
「リン?」  
「やぁっ、直接がいい、ゴムなんてやあぁっ」  
抱き着いている腕に力を込め、リンが駄々っ子みたいにぶんぶんと首を振る。  
「だって、一年ぶりだもん、目一杯、カイ兄を感じたいよ……」  
リンの言葉に、理性が崩れた。  
僕も同じだ、ホントは目一杯リンを感じたい。  
「……うん」  
ちゅっ  
リンの額に、キスをする。  
……愛しい。  
 
「リン、いい?」  
ズボンからギンギンに勃起しているイチモツを取出し、先端をリンの秘部にあてがう。  
「……うん」  
リンが頷くと同時、一気に奥まで貫く。  
「……っ!!……はぁ…は…カイ、兄……」  
「…んっ……く……くう……リン……」  
一年ぶりのリンの中は、相変わらずきつくて、ギュウギュウに締め付けてくる。  
「カイ……兄……動いて……一年分……私を、犯して…一年分…愛して」  
「うん……リン…動くよ」  
ゆっくりと、リンの中を味わうかのように、動く。  
「カイ兄、カイ兄…カイ兄………!!」  
「リン…リンッ…リン、リン!!」  
でも、そんなの少しの間ももたなくて、快楽と愛おしさに押され、動きは一気に激しくなる。  
「カイ兄!!カイ兄カイ兄!!カイ兄!!!!」  
「リン!!リンッ!!リン!!!!リンッ!!!!」  
結合部からの水音も、肉同士をたたき付ける音も聞こえないぐらい、  
ただひたすらに、相手の名前を呼び合う、求め合う。  
「ふっあっ…カイ兄!!カイ兄!!…あんあぁっ…カイ兄!!」  
「リン!!…ぐっあリン!!リン!!くっは…!!」  
リンが、繋いぎあった手を痛いぐらいに握ってくる。  
僕も、同じぐらい強く、リンの手を握り反す。  
もっと、もっと強く、もっと、もっともっと深く、繋がりたいから。  
でも、それでもまだ全然足りない、まだ、物足りなく。  
「はっあ!!カイにんぷっ……ふまぁ…むぁ…」  
「んふぁ……くむっ…ぷはぁっ、リン!!くちゅっ……」  
更に腰を強く、先端が子宮口をノックするぐらい深くたたき付けながら、リンの唇を塞ぐ。  
舌で口内を犯しあい、唇が離れたら、どちらからともなくまた相手の唇を求める。  
そんな風に、より強い繋がりを求めながら、犯し合う。  
「カイ兄!!チュパッ…んれむ……んっ…カイ兄!!ふあぁっ!!」  
「リンッ…くちゅ……くむぅ……リン!!くっ、あっ…」  
パンッパンパンパン  
次第にリンの中がピクピクと痙攣し始め、僕の射精感もどんどん高まっていき、限界が近くなってくる。  
(流石に……中は)  
「リ…ンッ!!そろそろ…」  
僅かに残った理性を総動員し、リンの中からペニス抜こうした瞬間、  
ガシッ  
リンが両足で僕の腰を掴み、更に抱き着いてきた。  
「リン!?」  
「全部、中に出して…んっ…くぅんっ…カイ兄の…はうんっ…全部が、欲しい…」  
そんな風に懇願されて、我慢なんて出来る訳が無くて…  
トピュッ、ビュルルッ、ドクドグ  
「くぅ…はぁ…リン……」  
「カイ兄の……はぁ…熱いの……中で……んはぁ……はぁ」  
リンの最奥で、ありたっけの性を解き放つ。  
「はぁ……はぁ……リン」  
繋がったまま、絶頂の余韻に浸る。  
「カイ兄……」  
ぼんやりとした声で、リンが僕を呼ぶ。  
 
「ん?」  
「淋しいよ……ずっと…」  
声に、少しだけ嗚咽が混じる。  
「リン……」  
僕は、そんなリンの名前を呼んで、頭を優しく撫でてあげる事しか出来なかった。  
僕が………  
 
 
 
 
絶頂の余韻の中、私は確かに何かを口にした。  
でも、ぼんやりとした頭は、その時何を言ったかはっきりと認識していなかった。  
でも、カイ兄の優しい声と、手の平の温もりだけは、しっかりと感じていた。  
やっぱり私には、待ってるだけなんて性に合わないな………  
 
 
 
私達はその後、何度も何度も、一晩中求め合って、結局レンの言った通り、朝帰りになってしまった。  
とりあえずレンのニヤニヤ顔がムカついたので、思いっきりぶん殴っといた。  
 
 
 
 
「ほら、リン」  
「ありがと、カイ兄」  
自販機で買ったジュースの片方をリンに渡して、そのまま隣に座る。  
駅の構内のベンチ、見送りに来てくれたリンと一緒に、電車を待つ。  
周囲を見渡す。  
田舎の駅だけあって、余り人はいない。  
「リン」  
ジュースを一口だけ飲んで、隣のリンへと声をかける。  
「なあに、カイ兄?」  
僕の方を向いて、リンが可愛らしく首を傾げる。  
「えっと、さ」  
決意なんてモノは、言葉にして、実行しないときっと意味なんて無いんだと思う。  
「何て言うか、うーん、頑張るよ」  
「ん?」  
ちょっといろいろはしょり過ぎたかもしれない、リンがなんだか不思議な顔をしている。  
「……やっぱり、一年に一度だけじゃ、足りないから、さ……」  
補足する為に言った言葉に、リンは合点がいったような表情を一瞬だけした後に、  
嬉しそうな微笑みを浮かべる。  
「カイ兄、私ね、大学の推薦取れそうなんだ」  
「え?お、おめでとう」  
「ありがと」  
急に話の方向が変わり、ちょっと戸惑ったけど、とりあえずおめでとうを言っておく。  
「だから、ね。今より時間が取れるようになるから……」  
そして、リンは一旦俯き  
「私からも、会いに行っていい?」  
満面の笑顔を浮かべ、そう言った。  
だから僕も、同じような笑顔で答える。  
「うん、勿論!!」  
僕達の間に、甘酸っぱい空気が流れ、どちらからともなく顔を近づける。  
「「んっ……」」  
「お兄ちゃ〜ん!!お母さんが野菜も持って……」  
……………  
「うわあぁぁん!!!!一年ぶりだったから油断したぁぁぁっ!!  
見せ付けてんじゃ無いわよぉっ!!バーカ、バーカ!!!!」  
……………とりあえず聞かなかった事にしよう。  
 
 
「ねーねーリンちゃん、お兄ちゃん何か言ってた?」  
「ん?例えば?」  
カイ兄を見送り、駅から家までの道中、ミクがなんか聞いてきた。  
「例えば、『ミクとあんまり話せなかったな』とか『ミクともうちょっと一緒に過ごしたかったな』  
とか『ミク可愛いよミク』とか『ミクとちゅっちゅっしたいお』とか?」  
「…………」  
とりあえず無視した、ガン無視した。  
「む、無視しないでよぉ!!」  
「………とりあえずミクの事は特に何も言ってなかったかなぁ」  
マジ泣きしながらすがりついてきたので、仕方なく答える。  
「えーっ、じゃあ何話してたのぉ?妹には兄の全てを知る権利があるんだよぉ?」  
そんな権利は無い。  
「んー……」  
さっきの話、別に秘密にする理由は無いんだけど……何となく……  
ていうかミク、さっきいろいろ台なしにしてくれやがりましたし?  
だから私は、ものすっっごくムカつく笑顔を作って、ミクに向けた。  
「フフフ、ヒ・ミ・ツ」  
 
 
 
 
 
一年一度きりだけじゃ  
 
全然物足りないから  
 
今度はこっそり会おうね  
 
二人だけの  
 
秘密の  
 
 
 
ミルキーウェイで……  
 
 
 

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