はっ、いかん。疲れすぎて、つい寝てたか。  
 開けっ放しの窓から、入ってくる風が涼しい。  
 それに少し光が赤めに差し込んで、もう夕方みたいだ。  
 どれ、とベッドから起き上がろうとすると、俺の腕を何かが掴む。  
「マスター?」  
 長いツインテールの女の子。  
 ああ今朝、拾ったんだった。  
 
 まだ涼しい六時頃、道の近くに植えてあった、花の匂いを嗅いでた。  
 何の花だか知らないが、女の子は噂のボカロさんだってことは分かって、  
 で、主さんはいないのかな? と、見ていたら視線に気づいたみたいで、こっち見た。  
 一瞬視線が合って、下に落ちた。  
 とても悲しそうな顔をしていた。俺は心配で、立ち止まってたんだな。  
 彼女は気にしたのか、黙って歩き出して、俺の横をすれ違った。  
 溜息が出たな、何となく。  
 そしたら、足音が止まったんだ。  
 
 じっとしてるのはタスケテの合図だと思って、俺は振り返って、彼女に声をかけた。  
 それで家に連れて来て、部屋に入れたら力抜けたように尻餅突いて、放心状態。  
 訊くと、元の主は精神を病んで、彼女と別れてしまったそうだ。  
 放任主義で扱われてきて、彼女もそんな感じに慣れ育ったある日、突然さよなら。  
 合意の元で別れることにはしたらしい。嫌だとは言えなかった。  
 ただ、責任を感じている。主の異変に気づけなかったことを。  
 お前はお前らしく生きていれば良いと言われ、自分でもそう思っていたのが、全部失われた。  
 
 辛い思い出は消した方が、楽だ。彼女は消せる。  
 だが、せめて誰かに聞いてもらってこのことを分かち合えたら、消さなくても少し平気になれる。  
 彼女は俺に、自分の大切な記憶のばっくあっぷになってほしい、って言った。  
 見ず知らずの相手に結構重たいこと頼むのな。  
 断らない。ただし、そんな記憶だけ預かるのは御免だ。  
 俺とも、新しい思い出を作って、共有していく。それなら良いけどな。  
 
 彼女の名前はミク。  
 彼女は泣き出したりはしなかった。でも、しばらく俺に甘えていた。  
「私は誰かがいてくれないと、ダメです」  
 俺なんかで安心してくれる人(ボカロ?)がいると、とても甲斐が出来る。  
 しかし、腿や二の腕を見せる衣装を着ているだけあって、モデルみたいに細い。  
 そんな体で縋りついて、出るとことかしっかり出てるの分かったり、やましいこと考えてた。  
 それから、少し休ませてくださいと言われたので、ベッドを貸してあげた。  
 後、自己紹介とかいろいろあって、今に至る。  
 
 彼女は今、歌いながら料理を作っている。  
「あーべれいじはすーごいやつ♪」  
「あーべれいじはすーごいやつ♪」  
「あーべれいじがしーごとにうーちこーむとー♪」  
「かーいしゃーのぎょーせき さがりますぅ♪」  
 何だそれは、って感じだが、何でも元の主に構ってもらえないことも多かったようで、  
 段々とラジオやテレビと友達になっていったようだ。それで聴いたことを、覚えて歌にしてる。  
 妙に調子外れ、てか調整が下手なのだろうか。そんな感じに聞こえる。  
 可愛い声してるから、まあ良いかとは思うけども。  
 
「マスター?」  
 見惚れてた。裸エプロンに下着とソックスなんて格好に。  
 扇情的と言うか、面白いと言うか。  
 衣装は一張羅、汚れてはいなかったが汚しちゃ悪いので、今はハンガーにかけてる。  
 後で扱い方を訊いておこう。  
「もうすぐ出来ますよ」  
 彼女は元の主が必要としなかった為に、料理なんてあまり出来ない、と言った。  
 それでも少ないレパートリーの中から何か作りたい、とも言った。  
 
 昼寝をする前。  
 くっついて、いろんな話をしながら時間を過ごして、本当は少し離れたかった。  
 朝から女の子分を擦り込まれ過ぎて、疼くような熱っぽさが溜まっていたもので。  
「ミクさん」  
「はい?」  
「そろそろほら、暑いし汗でベタベタしてミクさんに悪いし、少し自由にしても?」  
 すると彼女はそうですね、と納得して、部屋の隅まで行ってそこにしゃがんで、  
 それから考え事でもするように、急に喋らなくなってしまった。  
 
「ごめんね。悪いこと言った?」  
「マスター、そうじゃないんです。あの、私は、ミクです」  
 困った顔だ。  
「だから、いつもマスターの言うことに従います。そうしてさえいれば、何されても良い、間違いないって」  
「そうか」  
「でも、今は自信、ないです。私はあなたまで失わない為に、どうしていくべきなのか」  
 同じ失敗を繰り返さないように、彼女なりに考えている。  
「なら、時々わがままになれば良い。今日だってそうしたように」  
「わがまま?」  
「ミクさんにも欲求とかあるはず。それを相手に訴えること」  
 求め合えなくなったら多分、ダメなんだと思ってる。  
「そうすればきっと、同じ結末にはならない」  
 
 彼女は俯き加減のまま、立ち上がった。  
 無言で、表情は陰になってよく見えない。でも、俺の方に向かって来た。  
 最初はゆっくり踏み出したのが、二歩目は速くて、三歩目はもっと速い。  
 そのまま思いきり飛び込むように、彼女は抱き着いてきて、  
「!?」  
 そして、キスしてきた。  
 微かにじんじんと震える感覚。唇を押し当てられて、少し探るように動く彼女。  
 はむ、と何度か貪って、そのまま流れるように、顔を肩の上に乗せてきた。  
「ありがとうございます、マスター。少し、勇気が出ました」  
 愛らしい体を、俺は抱き締めた。  
 
 もっと慰めたい、慰められたい。  
 本当は言葉だけで満足してくれてたのかもしれないが、別に良かった。  
 彼女をベッドに押し倒して、体を重ねた。  
 こんなに暑くても、熱で満たしたくなる。目の前の、愛すべき人(ボカロ?)を。  
 興奮を抑えながら、衣装とその奥の体に触れて、邪魔にならないように脱がした。  
「あっ」  
 感じるような吐息につられて、綺麗な裸に、愛撫。  
 彼女はしきりに俺を、退けようとはせずに、ぎゅっと掴んできて離さなかった。  
 そして、繋がる。  
 真っ直ぐに俺を求めてくれる彼女。人の女の子よりも、濃い純情を感じた。  
 守れるならば、これからこの子をずっと。  
 そう思いながら、俺は思いと欲求を、彼女の中に、注いだ。  
 
 テーブルの上のお皿に乗っているのは、ホットケーキミックスで作った、ホットケーキ。  
 甘い匂い。俺はマーガリンとジャムを、真ん中に落とした。  
 本当に簡単な料理だ。でも、彼女の手作り。  
「いただきます」  
 ナイフを入れて、フォークで一口。  
「あむ」  
「美味しい、ですか?」  
「うん、美味しい」  
 俺が作るともっと違う味になる。これは彼女の、ミクの味。  
「良かった」  
 喜ぶ顔を見るのは、嬉しい。  
 このまま俺は、彼女を求めて、好きになっていける。  
 
「マスター起きてる? 暑いからってだらしないっすよ」  
 ん?  
 ああ、何だ夢か。  
「ふぁふ、なぁにレンくん」  
「なぁにじゃないって。収録どうなってんの?」  
「あぁ。俺、夏バテみたいなんで、適当にやっといて」  
「ダメだこりゃ」  
 しかし、夏の暑い時に見る夢にしては、奥行きがあったな。  
 
「あらレン、どしたの」  
「ご覧の有様だよ」  
「なるほどー。マスターもお疲れみたいね」  
 そうです、と手をひらひらさせる。  
「今日はお休みにしよっか。その方が、私たちも良いでしょ」  
「調子良いなぁ、全く」  
 仲の良い双子はそんな訳で、部屋を出ていった。  
 
 しばらくして、買い出し担当が帰ってきたようだ。リンたちが騒がしい。  
 そして、早速俺の部屋にも来てくれる。  
「ただいま、マスター」  
 顔を直視出来ない訳じゃないが、あんな夢を見ると意識はする。  
「おかえり、ミクさん」  
「冷たいゼリー買ってきましたから、後で食べましょう?」  
 ちょいちょい。  
「?」  
 手で合図をすると、何か? と簡単にこっちに来てくれる。  
 なので、ばっと抱き込んで、ベッドに倒れる。  
「なっ、ちょっ! セクハラですよマスタぁ!」  
 どうせ俺は最初っからミクにセクハラ三昧ですよ。  
 
「みーくー」  
「そうやって、懐かないでください」  
 しかし相変わらず、いろいろと甘い子だ。  
 抜けてるとも言うし、単純とも言う。でもそこが最大の魅力。  
「そんなに私のこと、好きなんですか?」  
「分かってるじゃない。俺はミクさん好きだよ」  
 そう言えば、反抗してこない。黙って俺の腹の上で照れてる。  
 少し間が出来た。  
「はぁ。バテちゃって、収録放り出していたんじゃないんですか?」  
「ちょっと甘えたくなってね。違うミクさんと出会う夢を見たのよ」  
 
 隣で俺の腕を抱かせながら、ミクに夢のことを話した。  
「マスターは、その子の方が良かったんですか?」  
「違うよ。でも、夢だと思ったら、急にうちのミクさんが恋しくなりましてね」  
 ほんの少し、嘘かもしれない。そういう夢も良いと思うのなら。  
「だからミクさ「そういうのはダメですっ!」  
「って、まだ何も言ってないのに。俺が何すると思った?」  
「どうせ、夢とおんなじこと、させて、ほしい、とか」  
 段々声が小さくなる。  
「ふーん?」  
「あ、別にマスターのこと、嫌いな訳じゃ、ないです。ただ、リンやレンもいるからっ」  
「じゃ、せめてもう少し、くっつかれてたい」  
 すると溜息を吐いて、でもいそいそと、体を寄せてきた。  
「マスター、意地悪ですね。後でちゃんと起きてこないと、ゼリー食べちゃいますから」  
「それは困るな。でも、いつもありがとう、ミクさん」  
 そう言って顔を覗くと、やっぱり少し照れてるのか、可愛い顔してるミクだった。  
 
 
適当に終わり  
 
 

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