時は2525年。
世界が悲しみで包まれて既に8年も経っている。
悲しみで包まれた原因は誰もがわかっている。戦争だ…。何度も繰り返された戦争…。
今は収縮しているが…戦争の残した爪痕は酷い……いや、言葉に出来ないほどだ。
世界の人口が40億人と言う少なさになったのだ。
一時期は80億ともいわれた世界の人口の半分である。
この所為で、身近な人を失った者たちが希望を失い……生きる気力を無くしたのだ。
そこで、世界有数の企業クリプトンがこの世界の情勢を変えるべく立ち上がった。
3年前まで、クリプトン…この名を聞いていい顔をするのは少なかっただろう。
武器を大量に生産した悪名高い企業だと言う皆が持持っていた認識だ。
そして3年前二つの事を行い企業が持つ印象をことごとく変えた。
1つ目が武器製造の禁止協定に調停した。自分達がやったことを悔い改めたのだ。
もう1つが……
3年前、量産型VOCALOIDが発売され始めた……人々の心を癒すために作られた歌手…。
ロボットと人間の中間地点に位置する存在、少しずつVOCALOIDは売れ始めていった。
量産型VOCALOIDはオリジナルの10分の1の性能しかないが
自分の作った歌詞を歌わせることが一部の人に人気となった。
だが取り扱いが難しく、一部の人種しか……『職人』と呼ばれる人種しか扱えなかった
オリジナルVOCALOIDの『MEIKO』・『KAITO』は各地でライブを何度も行った。
やるたびに人々は増えた。
この時は、VOCALOIDを知らない人も歌声を聞くだけで心を癒されたのだ。
これが3年前の話…一部の人のクリプトンに対する認識が変わった。
そして1年前、世界の大半がクリプトンの認識を変えた…いや、変えないといけなかった
VOCALOID2(ボーカロイドセカンド)の量産型の発売…。
そのデビューを大々的に『ニコニコ動画』で報道した。
ニコニコ動画で報道された『みくみくにしてあげる♪』は一般ユーザのika氏が製作…。
そのため、誰もが扱えるというアピールにもつながった
人々は自分の作った歌詞を歌わせるべく量産型VOCALOID2『初音ミク』を買った。
この1年で、世界は少しずつ活気を取り戻して……。
VOCALOIDに触発されて人の歌手も現れて世界がどんどん良い方向に向かい始めた。
そんな世界で暮らすオリジナルVOCALOIDたちの楽しくはちゃめちゃな……4人と
皆を支えていく1人の哀しいお話だ。
「さて、今日の予定の確認するよ〜。まずは、めーちゃんから」
ちょっと間が抜けたような声で自分以外の人に向かって言う。
この声の持ち主は、KAITO……相変わらずマフラーをしている青年だ。
「はいよ」
めーちゃんと呼ばれたその女性は力強い声で返事した。
「めーちゃんは、今度のライブ会場で最終確認してきて……
リンとレンのデビュー会場になるから」
「分かったわ…リンとレンもとうとうデビューするのね」
MEIKO、一番最初に発売されたVOCALOIDである。
「うん……でも、なんか緊張するなー」
「今から緊張しててどうすんだよ、リン」
「じゃぁレンは緊張してないの?」
「そりゃぁ〜少しはしてるけど……」
「ほらしてるじゃない」
仲良さそうな会話をしているのはリンとレン……
新しいVOCALOID2……この2人は発売前の調整段階にいる。
今度ニコニコ動画でミクと同じようにデビューを行うのだ。
「二人とも朝から喧嘩しない」
MEIKO(以下メイコ)が喧嘩を勃発させようとしている二人に対して睨みをきかせたこの人に逆らったら殺される…これがリンとレンがこの家に来て学んだことである。
「「はい」」
「次言うね〜…次はミク」
KAITO(以下カイト)が何も無かったかのように口調で話を進める。
一応、話しておくが5人はテーブルに座っている。
メイコとミクが隣どおしリンとレンはその向かいに隣どおしで座っている、
そしてカイトがみんなを見渡せる一番上に座っている。
古代(1950年辺り)の日本の座り方だ。
「はっは〜い」
ミク…まぁいわずと知れたVOCALOID2のである。
「ミクは今日は…ん〜と、本社で職人さんのオリジナル曲をアップデートだから
本社に行って来て指示を聞いて」
「いいな、ミクねぇ〜は私もそれくらいアップデートあるかな?」
「大丈夫だよ、リンもたくさんアップデートできるわよ」
「そうかな…」
「まぁ、リンより俺のほうがアップデート多いと思うけどな」
そこで再びレンがリンに向かってそう言う。
「だっだめだよ…二人とも、喧嘩したらまた……メイコお姉ちゃ―――」
ミクが両手を前に出してぶんぶんと振りながら止めようと言葉を発するが
最後まで言う前に言葉が遮られてしまう。
「リン、レン次喧嘩したら怒るわよ」
『ニコリッ』とメイコは笑いながらそう言った。
ただし目が全く笑っておらず少し殺気が出ており、どこか不機嫌のようだ。
と言っても不機嫌と気づいたのはカイトぐらいなものだ。
「めーちゃん」
「わかってる…リンもレンも、喧嘩しないで真面目にやりなさいよ」
カイトが一言名前を呼ぶとすぐに返事を返した後にリンとレンを見つめてそう言う。
「「は〜い」」
「元気よく返事した、リンとレンは今日は家で第18高音から第23高音の調整と
第16低音から第21低音の調整だよ」
「えぇ〜今日低音少し多いよ、カイトにぃ〜もう少し減らしてよ」
「そう言われても…あまり多く減らしたらデビューまでに間に合わないからね
困ったな〜、どうしようか……じゃぁ明日に今日の第20.21低音を明日に回す?」
「やったーありがとう カイトにぃ」
カイトの甘々な対応にリンは喜びの声を上げるが、すぐにレンが目を鋭くしてリンを見る
「ダメだ、兄貴はリンに甘すぎだよ」
「えーなんでよ、レン」
「ただえさえ、間に合わなくてメイコ姉さんにステージの方に行って貰ってるんだぞ」
「うぅ、でも〜」
リンが軽く呻き声を上げながら、カイトのほうを見る。
どうやら助けを求めているようだ。
「リン、ごめんね…レンがこうなるとだめっぽいから」
「わかったよ〜、リンがんばる」
「おおっ偉い偉い」
カイトはリンの頭に手を乗せてから『ナデナデ』と撫でて上げる。
「いいな、いいな〜…私にもしてよ、カイトおにいちゃん」
「はいはい、」
ミクがテーブル越しに頭を乗り出してカイトにお願いをする
そんなミクにカイトはリンと同じように撫でて上げる。
「ったく子供かよ」
レンがぼそりと聞こえないだろうと軽い気持ちで言ったのだが
撫でてもらった二人にはしっかりと聞こえていた。
「「レン、何か言った?」」
「いっいえ何も……」
一瞬にして黙り込んでしまう。ミクが怒るとある意味メイコ以上に厄介なので
ここは自分が引くしかないことを分かっている。
「じゃぁいつも通りの場所におやつは置いてあるから、
リンもレンもお腹空いたら食べるんだよ」
「「やったー」」
リンとレンは手を組み合わせて嬉しそうに笑う。
この時ばかりは意気投合をする二人にメイコもカイトも苦笑するしかなかった。
「ミクはこれお弁当だよ。ちゃんとミクの好きなネギ料理使ってるから」
「ありがとう、カイトおにいちゃん……
そうだ、カイトおにいちゃんは今日なにがあるの?」
「うん?僕は、今日は職人さんのところに行って、量産型の微調整だよ」
「そうなんだ」
「みんな今日も事故が無いように気をつけてがんばって行こう」
「「「はーい」」」
元気のいい声で3人は返事をして一目散に席を駆け出していく。
3人がこの部屋からいなくなると同時にメイコが口を開いた。
「ごめん、カイト」
「いいよ、めーちゃん」
何に対しての謝罪なのか…それはカイトとメイコの二人にしか分からない
だが、簡単な口約束を破ったレベルの雰囲気ではなかった。
もっと重要な、深刻な、大切な何かの約束だったのだろう。
「本当にごめん……わたし約束したのに、ね………なんでかな嫉妬かな、やっぱり?」
「それは、僕には分からないよ、でもそれは胸に溜めたらダメだよ
全部吐き出していいから……僕が全部受け止めるから」
カイトは立ち上がりメイコの傍に移動して座っているメイコの頭を優しく撫で始める。
その撫で方は、リンにした時…ミクにした時とは全く違った撫で方であった。
身体が……心が軽くなるのをメイコは感じた。
自分はVOCALOIDなのだから心など存在しないあるのは―――だけなのだから。
この身体には――――が埋め込まれている。他のみんなにあるかは分からないが、
自分にはある……2つの秘密であり、機密であり、表に出さないといけないものが…。
「…ありがと」
「どういたしまして」
「行ってくるね」
「はい、お弁当……ちゃんと食べないといけないよ」
「分かった。じゃぁ行ってきます」
「いってらっしゃい」
メイコは席を立ってカイトに渡された弁当を持って外に出て行く。
すると車のエンジン音が響き始める。
と言っても車は完璧な燃料電池と化しており、エンジン音も昔とは違った音だ。
一時したらエンジン音が遠のいていくのが分かる。
「さて、僕も行こうかな」
「かっカイトおにいちゃん、待って」
カイトが玄関の扉を開けて出ようとしたとき、『どたばた』と音をたててミクがやって来る
「んっ?」
「あっあのね今日送ってくれない?」
「そうだね〜…いいよ、じゃぁ先に行ってて」
「うん、分かった。」
「リン、レン行ってくるからねー、ちゃんと練習するんだよー」
「「はーい、いってらっしゃーい」」
カイトの言葉に遠くから返事が返って来たのを確認すると
先に出て行ったミクを追いかけるように出て行く。
「ほら、ミクかぶって」
「うん………でもカイトお兄ちゃん、なんで私達がヘルメット被らないといけないの?
ちょっとやそっとじゃ死なないのにねー」
「ミクの言ってることもあってるけど、僕がヘルメットを被る本当の目的は違うんだよ」
「本当の目的?」
「そっ、僕がヘルメットをする本当の目的は顔を隠すためなんだ」
カイトがそう言うとミクが何かを察したかのように声を上げた。
「あー分かったぁ〜…顔隠さないと皆にばれるんだよね」
「そういうこと………そろそろいかないと間に合わないから後ろに乗って」
カイトはバイクのエンジンをかけて何回かアクセルを開いて戻す。
「よっこいしょっと…いいよカイトおにいちゃん」
「しっかり掴まっててよ」
「うん」
ミクが返事をするとカイトはフルスロットルでアクセルを開いた。
半ばウィリー状態で走り始める。
最初は絶叫していたミクも慣れて今ではカイトにしっかりと掴まっている。
どれくらいの間、走っただろうか…時間にして10〜15分ほどすると
大きな建物がみえてくる。あれが、『クリプトン本社』である。
本社ビル近くの路地でバイクを止めるとそこでミクを下ろす。
「いってらっしゃい」
「いってきます。カイトおにいちゃんもいってらっしゃい」
「ああ、いってきます。帰りは自分で帰るんだよ」
「は〜い」
カイトはミクからヘルメットを返してもらうとそれをシートの下に直すとに
再び、アクセルをフルスロットルで走り始める。
一瞬にしてカイトの姿が見えなくなる。
ここからは、最初に述べた皆を支えていく1人の話をしよう。
VOCALOIDと言えど食事・睡眠・運動の3つを均等にしなければいい歌声は出せないのだ。
そのために、1日3食しっかり食べてしっかり寝ないといけない。
だが食事も栄養ドリンク1本で1週間は持つと言ったものではなく、
天然100%のものを食べないといけない…理不尽な設定である。
今の時代、天然100%のものはめったに市場には出ていない。
なので、なかなか手に入ることが難しい=入手に金がかかる。
まぁ具体的には人間と変わらないのだ。自分で食糧を買い自宅を維持する。
今住んでいる住宅もメイコとカイトがクリプトンから買い取ったものだ。
VOCALOIDの身分はあくまで社員なので自分の事は自分でしないといけないのだ。
みんなにとって、いつもどおりの一日だった。
同じような日が続いていた。
だが、自分は違う…3週間前のあの日から自分の軌道は既に外れた。
自分は地に落ちていった。深い暗いとても悲しい地に落ちてしまった。
だけど、地に落ちたのは自分が望んだこと。みんなが望まなくても自分はこうしただろう。
今日もまた地を這いずり回らないといけない…。
みんなに心配をかけないように…みんなに分からないように…
みんなが安心して毎日を送っていけるように……変わらない自分を演じ続けるんだ。
偽りの仮面を被って…全てが終わる、その日までみんなが生きていけるように……。
そして、早くも夕方……
「ただいま〜」
「おかえりなさーい、メイコねぇ」
「おかえりメイコねえさん」
メイコが家に帰ると、リンとレンが出迎えてくれる。
「あっメイコお姉ちゃんおかえりー」
「ミクもただいま……どうだった?アップデートの方は」
「えへへ、あのね」
「きっ聞いてよーメイコねぇ」
メイコに聞かれたミクがニコニコとしながら離そうとした瞬間、リンが話に割り込んだ。
「ん?どうしたの、リン」
「みくねぇが…ミクねぇが自慢するんだよ」
「なにを自慢したの?」
リンが涙を浮かべて手をぶんぶんと振りながら一生懸命メイコに伝える。
メイコは?マークを浮かべてリンに聞く。
「アップデートした曲がたくさんあるんだよって言って、ずっと傍で歌うんだよ」
「確かにあれは少々うるさかったな」
「ミク本当なの?」
「うっ、そっその〜、あんまり嬉しくて」
「次から気をつけるように、一応ミクもお姉ちゃんなんだから、自慢ばかりしないのよ」
「うぅぅ、分かった」
「3人にお土産買ってきたし、食べようか」
ミクが唸りながら返事をすると、メイコが笑顔で自分のバックから取り出したクッキーを
3人の前に出してからそう言った。
3人はテーブルについてクッキーを食べて雑談をする。
唐突にメイコがカイトの席を見ながら3人に聞く。
「カイトはまた帰ってないの?」
「うん、今日もまだ帰っていない」
「まただね、最近KAITOお兄ちゃん帰り遅い日増えてるよね」
「本当ね………それより、3人とも音合わせるわよ、
カイト抜きでもやっとかないとデビューのときが最初で最後って訳にはいかないから
練習が終わったら、私がご飯作ってあげるから」
軽く考えてから、メイコは3人に向かったそう言う。
デビューのときはリンとレンが中央で他の3人が後ろで音を合わせる予定なのだ。
「「「は〜い」」」
「…………今日も疲れたな…『第3第8間接で異常か……やっぱり遠距離は難しいな』」
カイトはそう思いながらバイクを車庫になおしに行く。
とっくに1時をすぎて新しい日になっており、家のほうは既に電気も消えていた。
静かに玄関を開けて、家の中に入る。他のみんなが寝ていると判断して起こさないように
細心の注意を払ってから台所へと向かう。
「おかえり、今日も遅かったわね」
「……ただいま、めーちゃん…どうしたの?電気もつけないで」
「待ってたのよ」
「先に寝てて良いって前も言ったのに」
カイトは荷物を床に置いて部屋の電気をつけてから手を洗いに行く。
朝、今日の予定を確認した席にメイコが座っているのが分かる。
「なにやってたの?」
「仕事だけど」
「こんな遅くまで?」
メイコはテーブルで腕を組んで深刻そうな顔つきでカイトを見ていた。
「うん、そうだけど」
「嘘言わないで」
手を洗って戻ってきたカイトを睨みあげる
「ごめん」
「ずっと一緒に来た私に言えないこと?」
「うん、ごめんね……当然ミクとかリン、レンにも絶対にいえない」
カイトは頭を下げて謝った。いつもどおりの笑顔は無く、ただ何かを懸命に隠している。
それだけが分かった。メイコは椅子から立ち上がり、自分の寝室へと向かう。
「早く寝なさいよ」
「うん、おやすみ めーちゃん」
「おやすみ」
メイコが自室に入った瞬間、カイトは壁に背を当ててずるずると滑り落ちる。
壁を背もたれにして、カイトは手を額に持っていき溜め息をつく。
大きな溜め息をついた後、かなりの時間そのままの体勢でいる。
どれくらいの時間が経っただろう……かなりの時間そうしていた。
それから、カイトは立ち上がりジャワーを浴びて身体を軽く流した後、
自分の部屋で買い置きしておいたアイスを大量に食べて眠りに着く。
結局のところカイトの睡眠時間は4時間程度となった。
リン・レンの部屋
そう書かれたドアの前に立っていた。
双子だしまだ子どもだからといった理由で寝床を同じ部屋を使っている。
なにより二人が望んだこと。よく喧嘩をするが、本当はとても仲がいいのだ
喧嘩するほど仲が良いと言う昔の言葉はこの二人のために用意されたようなものだった。
コンコンコン…規則正しいノックオンがその部屋を襲う。
だが二人は起きる気配を全く見せない。
まだ二人は楽しい嬉しい夢の中…VOCALOIDでも夢を見る。いろいろな夢を…。
それから5分ほどしてまたノック音が部屋に響く。
「リン、レン朝だよ〜」
『ガチャ』と扉を開けながらカイトがそう言いながら入ってくる。
部屋の中ではリンとレンが2段ベッドの上下を使って寝ていた。
「ん〜、カイトにぃ…後もう少し寝かせて」
「はいはい、でも今日も寝坊するのは感心しないな〜」
「う〜分かった…起きる〜」
「レンもそろそろ起きるんだよ」
「んっ…おはよう、兄貴」
「はい、おはよう」
レンが上半身を起こしてから背伸びをすると自分達の部屋にいるカイトにそう言う。
ちなみにレンが2段ベッドの上でリンが下のほうを使っている。
そしてリンも上半身を起こして目を擦りながらカイトの方を向いて…。
「おはよー、カイトにぃ」
「おはよう」
「カイトにぃ」
ベッドの下にいるリンがカイトの方に両腕を広げる。
いつもの週間と化している光景だった。
「ん〜今からミクも起こしにいかないといけないんだよな〜」
「カイトにぃ抱っこ」
「仕方ないな〜それじゃぁ」
カイトがリンを抱えあげる。何度もやっているのでベッドの上の方には当たらないですむ。
リンを抱きかかえたカイトがリビングへと足を進める。
その後ろをまだ、目が覚めきっていないレンがついてくる。
流石にこの時ばかりはリンもレンも眠たくて喧嘩のしようが無い
リビングについてリンを自分の席に座らせると、カイトは再び戻っていく。
今度はリン・レンの隣の部屋、ミクの部屋に入る。
「ミク〜そろそろ起きようね〜」
カイトはそう言って軽くミクの身体をゆする。
「ん〜」
「起きてよ〜ミク」
カイトが軽い口調で言うがミクは『ん〜ん〜』言って全く起きる気配が無い。
と言うか起きるつもりが無いらしい。
カイトは仕方ないやと思いつつ、ミクの鼻をつまんでニコニコと笑っている。
ミクの顔が苦しみに包まれていく…それと同時にゆっくりとミクの目が開き始める。
「カイ…トおにい…ちゃん?」
「おはよう、ミクもう朝だよ」
「おはよう……苦しいよ」
鼻声でミクが自分に手を伸ばされた手を掴む。
カイトはミクの鼻をつまんでいた手を離してから顔を近づけて
「大丈夫?」
「げほっげほっ……少しきつかったよ」
「ごめんね、いつもこの方法でないと起きないから…ほらいくよ……背中乗って」
ミクは軽く咳き込みながら背中を下ろしているカイトに乗る。
おんぶをしてもらうとその背中に頭を埋めてそこでまた眠りにつき始める…がカイトは
軽く背中をゆすってからミクが寝ないようにする。
リビングに着くとリンとレンが仲良く話をしてるのが分かる。
リンとレンがおんぶをされているミクに気が着く。
「おはよーみくねぇ」
「おはよう、ミクねえさん」
「ん〜おはようリン、レン……カイトおにいちゃんもう下ろしてもいいよ」
「よっこいしょ……そろそろミクもおんぶから卒業しないと」
「えーいやだよ〜」
ミクが席に着きながらぼやく…ほとんど毎日これが日課となっているのだ。
そしてメイコが自室から起き上がってくる。
欠伸をしながらまだ眠たそうにやってきた。
無言で席に座ると、リンとレン、ミクが声を上げる
「おはよーメイコねぇ」
「おはようメイコねえさん」
「おはようー」
「うん、おはよう3人とも」
今起きてきたはずのメイコは3人に挨拶をすると直ぐにまた黙り込んでしまう。
こう言う事は今まで一度も無かった。
こう言う事……メイコがカイトの料理の手伝いをしないことなど今まで一度も無かった。
朝メイコは目を覚ますと皆に挨拶をして台所で朝ごはんを作っている
カイトの元に行きそこで料理の手伝いをする。
これが皆の毎朝の日課であり見慣れた光景…自分達がこの家に来てから毎日続いてたこと。
いや、自分達が来る前からされたいたこと…それが今日行われなかったのは、
何か事情がある……しかも直ぐに解決できそうに無い深刻な問題…。
「メイコおねえちゃん?」
「んっ?どうしたの?ミク」
「そっその〜えーと…食事の手伝いとか」
「カイト一人でも出来るわよ、そのくらい」
今までこんなことを言ったメイコは見たことが無い。
3人は驚きを隠せない。眠気が一瞬にして吹き飛び身体が跳ねる。
「「「!!!」」」
「ねー、カイトそれぐらい一人で出来るでしょ……私がやらなくてもいいでしょ」
「そうだね」
メイコの言葉に力ない返事が返ってくる。
それはとても見てて辛いものだった。
「カイトにぃ……」
「メイコお姉ちゃん……」
「……」
3人は心配そうにカイトとメイコを交互に見る。
カイトが何枚かの皿を持ってリビングに来る。皿の上には目玉焼とベーコンが…
茶碗の中には炊き立てのご飯が湯気を立てて盛られていた
今までに無いほどの簡略な朝食だった。みんな分の朝食をテーブルに移動させたカイトは
自分も椅子に座ってから皆を一度見渡す。その後…。
「それじゃぁ食べようか……いただきます」
「「「いただきます」」」
「……いただきます」
みんなとは1テンポ遅れてメイコが小声でそう述べた。
この家で初めての無言の朝食の時間……カイトとメイコはご飯を着実に食べる中、
ミク、リン、レンは全く箸が進まない…そんな3人の様子を見てカイトが口を開いた。
「ご飯食べてないと身体が持たないよ」
「「「うん」」」
慌てたように3人が急いでご飯を口に入れる。
それから再び沈黙が訪れる。今度はそれを打ち破られることはなかった。
食事が終わりカイトが茶碗と皿を全自動洗浄機に入れて戻ってくる。
「じゃぁ今日の予定を確認するね」
「ねっねぇカイトにぃ」
不意にリンが口を開いた。リンは嫌だった……カイトとメイコの今の関係が……。
互いに嫌悪し合い…いや、メイコの一方的なものが嫌だった。
みんなが仲良く幸せに暮らせる……それがこの家に来て一番最初に学んだたこと。
「どうしたんだい?リン」
「なんでメイコねぇとけんかしたの?」
「あははっ……いきなり本心を聞かれたな」
カイトの口から苦笑いが生まれる。……聞かれたくなかったそんな顔をしていたが、
リンに聞かれた以上答えないといけない。
「「「「………」」」」
あたりに数秒の重たい沈黙が流れる。
そして数秒後、カイトが口を開いた。
「僕の所為だよ……ちょっと残業をしすぎた所為で―――」
カイトが昨日と同じような答えを言おうとした時、唐突に『だんっ』と何かの音がする
「なんで………なんで、そんな嘘をつくのよ、カイト」
メイコの机を叩いた音だったのだ。そしてカイトの言葉を遮り自分の言葉を発する。
「……………今日の予定を言うね」
この言葉にはミク、リン、レンだけではなくメイコさえも目を見開いた。
なんと、カイトがメイコの言葉を無視して話を進めたのだ。
「カイトおにいちゃん?」
ミクが声を震わせてからカイトのほうを見る。
「今日の予定だけど…今日は、みんなお休みだよ」
今、カイトはなんと言った?休み…『休み』と言った。聞き間違えるはずがなかった。
今自分たちに必要なものの1つだった。生理的な休みではなく…休暇……。
リンとレンがもうすぐデビューすると言う今の忙しい時期に休みというのは
言葉にしようがない。
「どういうことなの?、カイト……今の忙しい時期に休みなんて」
みんなが言葉を失い、そして誰よりも真っ先に言葉を取り戻したメイコが
先ほど立ち上がったままの体勢でカイトを多少睨んで聞いた。
「今さっき言ったとおりだよ、休みなんだ。なにもする仕事が残ってないんだよ」
「………だから嘘を言わないで……どうして仕事が…………………………」
そこでメイコは言葉をなくした、何か面を食らったような顔でカイトのほうを見た。
「メイコねぇ?」
「カイト、あんたまさか………一人ですませたの?」
「あははっ、バレちゃったね、本当は今日みんなをびっくりさせる予定だったけど、
まさか昨日めーちゃんに聞かれるなんて予想もしなくて、ちょっとした失態だったな」
カイトが笑ってごまかす。
そう、カイトはみんなが休めるように、一日しっかりと休みを取れるように
夜遅くまでみんな分の仕事をしていたのだ。
どうしようもできない仕事……。例えばミクのアップデート…リンとレンの調整は
多少切り詰めて1日程度の余裕を持てるようにしていたのだ。
だからあの時、ギリギリにもかかわらず『明日にまわす?』と聞けたのだ。
「カイトおにいちゃん」
「カイトにぃ」
「兄貴」
三者三様の驚きと敬意を表せたのだ。
「ごめんね、めーちゃん心配かけて」
「馬鹿よ……あんた馬鹿よ………あんたなんてバカイトよ
そんな無理しちゃって………一人で思いつめちゃって」
メイコが声を震わせて今にも泣きそうな顔で、目じりに涙をためてそう言う。
ミクもリンも、そんなメイコにもらい泣きで涙を流して泣き声を漏らす。
「ごめん、みんな……」
「本当にバカイトなんだから………本当に心配したのよ………
でも謝らないといけないのは私なんだよね。
カイトが無理してるのを気づけないで、勝手に怒って―――」
そこで、カイトが言葉を割り込ませる。
「違うよ、めーちゃんは何も悪くない」
「僕が勝手にやったことなんだから、気にしないで……
ほらめーちゃんが泣きそうな顔してるから、ミクもリンも男の子のレンも泣いてるよ」
「俺は泣いてねーよ馬鹿兄貴」
レンが少し怒ったかのような声でカイトをそう呼んだ。
「これでいい…カイト」
カイトに言われたメイコはすぐに笑顔を作った。いつもの笑顔…
いや、いつも以上の笑顔でカイトに微笑んだ。
「その顔だよ、めーちゃん……ミクもリンも泣き止んで、もう大丈夫だから」
「「うん」」
目を真っ赤にしたミクとリンは涙を拭き取ると、笑顔でニコリッと笑った。
「さて今日の予定だけど、せっかくの休みだから、地上唯一の楽しい公園に行かない?」
地上唯一の楽しい公園…そこは、26世紀には珍しく自然に恵まれており、
とても空気がおいしい。だがその公園には多少の有名人でないと入れないほどだ。
「えっ……地上唯一のってまさかあの楽園?」
「そう、その楽園」
1日が1年と感じるほどそこでの時間は遅く感じるのだ。
「ほっ本当なの?カイトにぃ」
「うん、本当だよ」
「うっ嬉しい…私初めて行く……楽園に」
「私も初めてだよ、カイトおにいちゃん」
ミクもリンもさっきまで泣いていたのが嘘のような顔で笑っていた。
レンはと言うと驚いた表情でカイトを見ていた。
「俺も初めて行くけどなんか実感ないや」
「まぁ行ってみたら実感が湧くと思うよ。
朝早起きしてたくさんお弁当も作ったし、めーちゃんの車で行こうか。」
「「「「うん」」」」
全員の笑顔が見れる。
これがカイトの願いであり、希望であり、癒しだった。
自分が繰り返すあの行為がいつ終わるかは自分でもわからない。