「いたっ」  
浅瀬をゆっくり漂っている途中、右太腿に刺激痛を感じたグミは小さく声を上げた。  
そして渋い顔をしながらおもむろに額のゴーグルを装着し海面に顔を付ける。  
波に揺れる橙色のパレオから覗いた太腿の内側に、点々と赤いただれ跡が付いていた。  
即座に、クラゲのぽよぽよ浮いている様が脳裏へ映る。  
「……あちゃあ」  
顔を上げたグミは少し離れた場所の女声たちに「先にあがってるね」と一声かけると、  
左脚でけんけん跳びをしながら一人、陸を目指した。  
 
じりじりと照りついた浜辺に上がり、グミはパレオを絞りながらボカロたちが立てたパラソル群に  
戻ろうと辺りを見回す。目からゴーグルを外すと、四連パラソルの下に一人ボカロが鎮座している  
ことに気が付く。  
「勇馬君」  
「……おかえり」  
グミがパラソルに辿りつくと、胡坐でじっと海を見ている勇馬が出迎えた。  
昨日は髪がピンクだったのに今日は黒髪だ。表情の変化がよく分からないのは相変わらずだが。  
「お留守番? 兄貴と替わったの?」  
「がくぽは……リンとユキに引き摺られていった」  
「あっはは、モテモテだね。財布が」  
「そう、財布」  
かき氷だのアイスだのをおごらされるであろうがくぽに、グミは心中合掌した。  
後で自分も何かをたかろうかと考えながらシートの上にしゃがみ、インタネ家のバックを  
手繰り寄せる。そして水の入ったペットボトルを取り出す――と同時に。  
その細い右手首が骨ばった大きい左手に掴まれた。  
 
グミが目を見開きながら咄嗟に左を向くと、勇馬の無愛想な顔が息のかかる距離にあった。  
「駄目だ」  
「っ、え?」  
「お酢」  
思わぬ至近距離に対し急激に耳朶へ熱を集めているグミを余所に勇馬は続ける。  
「クラゲはお酢じゃないと、駄目だ」  
グミにペットボトルを手放させると、少し離れた勇馬はいつの間に彼の右手に握られた瓶の蓋を  
開け始めた。それを見たグミは慌てて瓶へ自分の右腕を伸ばそうとする。  
「あ、い、いいよっ自分でやるから」  
「誰にも」  
瓶中の黄色い液体が、ちゃぷんと音を立てた。  
「言わなくてもいいけど、俺は気が付いたから、心配する」  
攻撃的な日差しが流れ雲に隠れ、静かな影が辺りを覆う。それに呼応するかのように落ちる――沈黙。  
グミの長い横髪から、雫が垂れてシートにぽたりと落ちた。  
「……なんで、そう思うの」  
「皆は優しい。伝えていたら、絶対誰か一緒に付いて来る」  
「……そうだね」  
グミは伸ばそうとしていた右腕を降ろすと、火照った顔で苦笑する。  
「皆が楽しんでる雰囲気に水を差す必要はないと思ったの」  
グミの言葉に勇馬は無言で頷く。それ以上の反応は返ってこなかった。  
しかしその沈黙が、どこか優しさを含んでる様にグミには感じられた。  
「でもクラゲってよく分かったね」  
「早く消毒」  
「あ、うん」  
水分で脚に張り付いたパレオを捲ったグミはそこで、太腿を思いっきり相手に見せていることに  
気が付いた。頬が再度にわかに熱を帯びる。  
「で、でも後は自分でやるから」  
 
グミの進言にも関わらず、勇馬は彼女の右膝裏を大きい左手でがっちり掴むと、もう片手に持つ酢を  
赤く腫れた内太腿に垂らした。患部に強い刺激が染みる。  
「ひうっ……!」  
「我慢」  
次に勇馬は携帯ティッシュを取り出しその一枚に酢を含ませると、それをそっと患部に当てた。  
グミの身体が一瞬ぴくりと跳ねる。そのまま勇馬はグミの左手をティッシュを抑える様に誘導した。  
「そのまま、十五分くらい」  
「う……ありがと」  
手当の後片付けを始めた勇馬を前に、グミはゆっくりとこうべを垂れた。  
酢が腿に染みて痛いから、ではない。  
「……なんだかなぁ」  
グミは自分の顔のほてりが、対する勇馬の態度と比べ非常に滑稽に感じられた。  
こういうところで乙女心が表にしゃしゃり出てくるのは、惨めだ。  
手当してくれた仲間がたまたま男だった――というだけで赤面するなんて。  
「……怒った?」  
「え、え!?」  
急に話しかけられたグミが慌てて顔を上げる。既に元の位置に片付いた荷物を背景に、勇馬が  
胡坐を掻いて彼女に向かい合っていた。  
「姉さんに以前注意された。突拍子もない動きは周りを混乱させ時に迷惑をかける、らしい」  
「う……んと、でもおかげで間違えずに治療できたし」  
口以外微動だにしなかった勇馬の両目が、瞬きと同時に若干伏せられた。  
「手脚を急に掴まれたら人は怒ると今、気が付いた」  
「そんなこと、ないない! だって非常事態だったし私は気にしてないし!」  
 
嘘ばっかり。頬の熱は未だひかないのに。  
 
「寧ろお礼しなきゃいけないのはこっちなんだから、ね?」  
落ち着いた口調とは裏腹に紅潮したままの笑顔をグミが向けると、勇馬は軽く息を吐き頷いた。  
湯気が出そうなその頬の色の意味を、勇馬に気付かれなかったのは今のグミにとっては幸いだった。  
 
「そういえば、どうしてクラゲだってわかったの?」  
目に刺さる様な日差しが戻った海岸を見つめる形で、二人は傘下に並んで座っている。  
「……見てたから」  
「ああ、海をね」  
ここで彼が自分を見ていた、と勘違いするほどグミは自らが乙女脳ではないことを自負している。  
既に顔の熱は引き、太腿を走り続けた刺激痛も和らぎつつあった。  
「おっす、二人とも」  
左側から飛んできたのは聞きなれた少年声。  
鏡音レンとミキが砂浜を熱そうに早足で、二人の傍に歩いて来た。それぞれ両手にカップを持っている。  
「がくぽがかき氷『奢って』くれたぞ」  
「二人のはテキトーにイチゴとメロンを……ってグミちゃん、脚どうしたの?」  
ミキはグミに緑のかき氷を渡そうとして、グミが両手で右太腿を押さえてることにすぐ気が付いた。  
「えへへ、クラゲにやられました」  
「えっ、大丈夫!?」  
「うわ、マジでクラゲいんのかよここ!ナスに知らせ……ない方がいいな、めんどくせ」  
「うんよろしく、面倒だから。もう痛くないし処置もしたから大丈夫」  
ティッシュが剥がれない様に両脚を内側に引き締め、グミはお礼を言いながらかき氷を受け取った。  
その隣で勇馬もレンから赤いかき氷を受け取り、先の開いたストローで氷の山をザクザクと刺す。  
 
「もしかしてお邪魔だった?」  
アホ毛を揺らし首を傾げながらのミキの発言に、グミは口に含んだ氷を思わず吐き出しそうになった。  
「や、やだなにいってんの!?」  
「う〜ん……さっき、遠巻きに見ても二人なんかいい雰囲気だった気がして」  
「あ、それ禿同」  
「レン君、挙手いらないから!」  
グミが苦笑しながら声を上げる横で、レンはストローを咥え勇馬の前でヤンキー座りをしてニヤリと笑う。  
「で? 本当のトコロどうなん?」  
「わくわく」  
「ミキも目を輝かせないでよ、もうっ! さっきまで勇馬君が海を見ていたって話をしてただけだって!」  
「なんだよ、ホントにそんだけ?」  
レンとミキの強い視線を浴びながら氷を咀嚼していた勇馬が、それを飲み込んだ後に喋る。  
「ああ……海と、同時にグミを見てたけど」  
両目を見開くレンとミキ。それが何か?という感じに無表情で氷を食べる勇馬。  
かき氷を零しそうになりながら後ろ側へ腹這いに突っ伏すグミ。隠れた表情は察してしかるべき。  
 
どわっと上がった喚声がパラソル下から消えるのは、グミの太腿のティッシュを外す頃となるのであった。  
 
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魅惑の四肢でチックチクにシテヤンヨ  
 
※クラゲの種類によっては酢ではダメな事もあります。ムヒなんて以ての外だからな!  
 
 

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