「いやあっ、まだ帰りたくないの…」  
 ふらつく身体をタクシーの後部座席に押し込まれながら、ルカが小さく叫ぶ。  
「ルカ、あんた今日はちょっと飲みすぎよ。帰った方がいいわ」  
 メイコがタクシーの外でひらひらと手を振る。  
 そう言うメイコも、かなり酔った様子で、隣にいるカイトに肩を支えられている。  
 
 ここは飲み屋が連なる歓楽街。  
 とうに日付は変わったものの、ギラギラ輝くネオンサインと排気ガスで噎せ返るような街は、  
 まだ人でごった返している。  
 
 「新・大人組」で集まって飲むなんて珍しくて嬉しくて、いつもより早く出来上がってしまったルカを気遣って、  
メイコはルカの桜色の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。  
「今日は帰りなよ。ね?また今度、みんなで一緒に飲も?」  
「めーこさぁん…」  
「ね?」  
「めーこさんは、どうするの?」  
「え?あたし?あたしは…そうだなあ、カイトとがくぽと、もう少し飲んで帰ろうかなあ」  
 少し上気した頬で、メイコがカイトに笑いかけた。  
 カイトが少し困ったように眉を下げる。  
 カイトはメイコほど酒が強くない。だから飲み会の間もずっと、ウーロン茶か、甘いサワーでみんなに付き合っていた。それでもいつも最後まで残るのは、ただただメイコを心配するからだ。  
「俺は帰るよ」  
 そこで、ひときわ低い声が言った。がくぽだ。  
 男二人を引き連れて行きつけのバーへ繰り出そうと算段していたメイコが、不満そうに鼻を鳴らした。  
「がくぽ、帰るの?」  
「明日、早いんでね。それじゃな。キヨテルせんせ、ルカのことは頼むよ」  
「はい」  
 結構飲まされた割に、少しも酔った様子のないキヨテルは、ルカが乗っているタクシーのドアを片手で押えながらにっこりした。  
 
 これまで「大人組」は、カイト、メイコ、がくぽ、ルカの4人で構成されていた。  
 だが今回新たにキヨテルが加入することになり、それまでと区別するため、  
名称を「新・大人組」とすることにしたのである。  
 今日はその結成後初めての仕事を無事に終えた打ち上げの集まりだった。  
 
 「新・大人組」の中で、新規加入のキヨテルの面倒を一番みてやったのがルカだった。  
 それまで末っ子的立場だったのが、自分より年若の者が出来た(実際にはキヨテルはルカより年上の設定だったが)嬉しさから、  
身の回りのこまごまとした世話をやいてやっていたルカとキヨテルの距離が近くなったのは自然な成り行きで、  
今ではプライベートでもふたりきりで会ったりするほどの間柄である。  
 
 あっという間に人ごみにまぎれて見えなくなったがくぽに、メイコが「あーあ」とため息をついた。  
「飲む奴が減っちゃったあ。しょーがない、カイト、あんただけでも今日はあたしにとことん付き合ってよね」  
「どんだけ飲むつもりだよ、もう。キヨテル君、ホント、ルカのこと頼むよ」  
「わかりました」  
 
 酔ったメイコがカイトの首根っこを掴んで裏道へ消えていくのを見送ると、キヨテルはようやくルカの隣に乗り込んだ。  
 行先を運転手に告げる。すぐにタクシーは歓楽街を滑るように走り出した。  
「行先、どこ?」  
 ルカが、酔って潤んだ目でキヨテルを見た。  
「え?」  
「今、行先、どこって言ったの?」  
 視線がフワフワしている。結構酔ってるな、と彼女を見ながら、キヨテルは、  
「僕のマンションですよ」  
と言った。  
 ルカはそれを聞いても特に動じず、ただ唇を尖らせた。  
 キヨテルの家に行くのはこれが初めてではない。が。  
「いや。私、自分ちに帰る」  
「これから帰るのには、ルカさんのマンションは遠いでしょ」  
「でも」  
「でも、何?」  
「こんな時間に男の人の部屋になんか…」  
「仕方ないでしょ、そんなに酔っぱらってるんだから」  
「でも…」  
 目元をほんのりと赤らめながら、ルカは口ごもり、  
「でも、なんか…こう……ほら、……あなたと私で、また変な風な雰囲気になったら困るじゃない?」  
 そこまで言うと、かあっと頬を紅潮させた。  
 彼女は見かけによらず、結構な恥ずかしがり屋だ。  
 キヨテルは面白そうに腕組みをしながら長い指でメガネに触れた。  
「変な雰囲気って?」  
「……言わせようとしてるでしょう。もう。性悪!」  
 ははは、と笑うキヨテルの顔はいつもどおり優しく穏やかで、ルカは自分ばかり恥ずかしがって心を乱されているようで面白くないと思う。  
 
 睨んでやろうと見上げると、思いがけずメガネの奥の目が真剣な色をしていて、少し驚いた。  
「…別に、変な雰囲気になってもかまいませんよ」  
「え?」  
 急にキヨテルの雰囲気が変わって、ルカはうろたえる。  
 ひそめられた彼の声も、普段よりぐっと低い。  
「変になってもいいですよ。明日、オフでしたよね?」  
「え、ええ。そうだけど。…でもっ」  
「いやですか?」  
 そこでルカはふと、自分の左膝の上にキヨテルの右手のひらが載っていることに気がついた。  
 丈の短いチュールレースのスカートの下は素足で、キヨテルの手はじかに白い足に触れている。  
「ちょっ、と、何触って…。やらしいっ」  
「何言ってんですか。ルカさんがさっき自分で載せたんでしょう」  
「えっ」  
 見ると、ルカ自身の細い指が、キヨテルの右手の小指を掴んでいた。  
 慌てて手を離す。  
「ルカさんは、段々酔いがまわってくると、隣にいる人の手とか指とか触ってくるでしょう。飲み会の度に、それを見て僕がどれだけ気を揉んでるか、知ってます?」  
 今日の飲み会でルカの両脇に座ったのは、キヨテルとメイコだった。  
 そういえば、最近の飲み会ではこのふたりに挟まれて座ることが多い気がする。  
「今日はメイコさんの指に指をからめて遊んでたでしょう。いくら相手がメイコさんでも、あなたが他人と指をからめあうのをあんなに見せつけられて、僕が穏やかでいられると思ってるんですか?」  
「…で、でも、ほら、めーこさん女の人だし…」  
「もし男の人とあんなことしてたら、速攻で店から連れ出してますよ」  
「あ」  
 わずかに怒った口調でキヨテルは言うと、右の手のひらでルカの左膝を包み込んで丸く撫でた。  
 手のひらは、ルカの細い骨のかたちをなぞるように、膝を撫でた後、ゆっくりと上に這い上がってくる。  
 
 ルカは抗議の声をあげようとしたが、薄暗い車内で、逆光になった彼の顔が真剣に自分を見つめていて、  
思わず口を噤んでしまう。  
 その間にも、スカートが徐々にたくしあげられていき、ルカは肌が泡立つような感触に声を上げてしまいそうになるのを、必死にこらえた。  
 視線を落とすと、白い太腿の上を、キヨテルの大きく骨ばった手が覆っていた。  
 キヨテルに初めて会った時、男性にしては華奢な方だと思ったことを思い出す。  
 しかしそれは外国で育った自分の認識違いで、実際にはキヨテルは、ずっと骨っぽくしっかりとした体躯をしていたし、手のひらだって身体だって、  
ルカと比べると遥かに大きく頼もしかった。  
 そのことは、何度か肌を合わせたことがあるから、よく知っている。  
 急に抱き寄せられて、ルカは小さく悲鳴を上げた。  
「…今、何を考えてるんです?」  
 一瞬ほかのことを考えていたルカを咎めるように、キヨテルは今まで膝を撫でていた右手を彼女の細い肩にまわして、ぐっと引き寄せた。  
 自然と、ルカはキヨテルの肩にもたれかかるようになる。  
 …ほら、こんなに。力だって強い。  
 自分を包み込む腕から伝わってくる体温が、いつもより高い気がして、ルカはキヨテルを見上げた。  
 メガネの奥の茶色の目が、自分をじっと見ていて、ドキッとする。  
「…キヨテルさん?」  
「…ルカさん、酔って眠ってるふりをしてて」  
「…え?」  
 油断して緩んでいた膝頭から、今までお留守だったキヨテルの左手がすうっとルカの左内腿を撫で上げた。  
 思わず、ひゃっと声を上げそうになったのを、すんでのところで堪える。  
 慌てて腿を閉じようとすると、逆にキヨテルの左手を挟み込むようになってしまい、どうしようと狼狽しているうちに、  
男の手はルカの内腿の柔らかい部分を撫でさするようにしながら、徐々に上にあがってきた。  
 
「やあっ…」  
 キヨテルがルカの耳元で、しいっ、と言った。  
 手は内腿の付け根に達して、ショーツと皮膚の境目をなぞっている。  
 前後に何度もなぞられているうちに、感覚がそこに集中して、何も考えられなくなってしまう。  
 とうとう、ぷっくりと盛り上がったショーツの中心に指が達した時には、ルカは思わず、微かな悲鳴を上げてしまった。  
「ダメ…っ」  
「ルカさん、静かに。運転手さんにバレますよ」  
 そう言うキヨテルの顔は、しかし明らかに今の状況を楽しんでいる。  
 ルカは器用な指先にショーツの上からまさぐられながら、キヨテルを睨んだ。  
「変態っ…!」  
「ふふ」  
 肩を抱く右手に力がぐっとこもり、ルカの額がキヨテルの肩に押し付けられた。  
 タクシーの運転手の視線から自分の表情を隠したと分かり、ルカは微かに安堵の息を吐く。  
 後部座席でこんないかがわしいことをしてるなんて運転手に知られたら、恥ずかしすぎていたたまれない。  
 早くマンションに着いて欲しい、と祈るように考えていたルカの耳に、キヨテルが唇を近づけた。  
「濡れてる」  
「…っ!」  
 薄々分かっていたことを告げられ、ルカは益々赤面した。  
 ショーツの上から執拗に触られ、内側が堪え切れず蜜を溢れさせて、ショーツを濡らし始めている。  
 こんな刺激じゃ足りない、もっと気持ち良くなりたい、と身体がじんじん疼くのを、もう無視できない。  
 固く締めようと頑張っていた膝頭が思わず緩んだのを見逃さず、あ、と思っているうちに、するりとキヨテルの指がショーツの隙間から中に入り込んだ。  
「…ぁっ、…!!」  
 咄嗟に男のシャツをぎゅっと握りしめる。  
 
 ちゅぷっ、と微かな音を立てて、キヨテルの指がルカの一番敏感な部分を撫で上げた。  
 そのまま、クリトリスを直にぬるぬると愛撫する。  
「ゃあ、…ぁ…ぁん」  
 悲鳴をなんとか堪えようと、必死に唇を噛む。  
 それに気付き、キヨテルが運転手から見えないように覆いかぶさりながらルカの唇を自らの唇でふさいだ。  
 噛みしめていた歯列をこじあけ、喘ぎ声を飲み込んでしまう。  
「んっ、んふ…」  
 しがみつく指に力がこもる。  
 キヨテルの指は、ルカの気持ちいいところを知っていて、そこを微妙に避けてじらしながら、淫猥な動きで執拗に愛撫する。  
 悲鳴があがらなくなったと見てとったキヨテルが唇を解放すると、溺れた人のようにわななきながらルカは息をついた。  
「も…ダメ…」  
「かわいい」  
「ひどい…っ、変態…っ」  
 キヨテルが何とも言えず幸せそうな笑みを浮かべたその時、突然タクシーが急ブレーキを踏んだ。  
「!」  
「ひあ…っ!!」  
 それは、急に信号が変わって止まっただけの、キヨテルものんびりと首をそちらに向けただけの急ブレーキだった。  
 しかし彼の指はその瞬間を待っていたかのように、車の振動を使って一気にルカのひだの中心にぬるりと入りこんだ。  
 急激な侵入に、ルカは思わず悲鳴を上げてしまう。  
「すみません、大丈夫ですか?」  
 運転手が前の座席からバックミラー越しに声をかけてきた。  
「大丈夫です。連れがちょっと酔ったみたいで。眠ってるんです。寝言かな」  
 にっこりとキヨテルが返事すると、運転手は安心したのか、再びハンドルを握り直した。  
「あ、運転手さん。すみませんが、ラジオの音を今よりもっと上げてもらえませんか?」  
「いいですよ」  
「ありがとうございます」  
 信号が変わり、タクシーが発進する。  
 ガクガクと震えるルカの内側で、キヨテルの指が二本、ゆっくりと抜き差しをはじめた。  
 
「あ、あぁ…ん」  
 タクシーは少し細い路地に入った。  
 カーブするたび、車内の振動が不規則にキヨテルの指を振動させ、あるいは深く入り込んで、ルカの気持ちいいところを刺激する。  
 もう、中に入った指のことしか考えられなくなって、思わずとろけた声を上げそうになる唇に、再びキヨテルがキスをした。  
 深く舌をからめとり、悲鳴も喘ぎも全部吸い取る。  
「んっ、んん、ん…っ」  
 指が、角度を変えて深いところを突いてきた。  
 ルカの身体がびくんびくんと震え、指をきゅうう、と締め付ける。  
 同時に親指がクリトリスをゆっくり撫でる。  
 …もう、ダメ。  
 ルカの絶頂が誓いと分かったのか、キヨテルは突きあげる指のスピードを少し早めた。  
 目の前がチカチカしてくる。  
 もっと。して…!  
「ん、ふ……っ!!」  
 一層大きくびくんと身体を震わせて、ルカの中がキヨテルの指をきゅうきゅうと締め上げた。  
「んんん…っ!ぁ…」  
 やっと唇を解放されて、くにゃりと弛緩した身体を抱きとめられ、ルカは声も無く荒い息をついた。  
 
「も…お」  
「かわいかった」  
「…!ばかっ!!」  
 指を抜く時、恥ずかしくて目をそらすルカを、キヨテルが目を細めてじっと見た。  
 それを知りながら、無視してそそくさとスカートを直す。  
 まだ、身体の奥がじんじんしてて、それから、指じゃなくてもっとイイものが欲しいと感じてる。  
 キヨテルが、堪え切れないという感じで、小さくつぶやく。  
「…ここがタクシーの中だとか、そんなの無視して、今すぐあなたをここで抱きたいですよ」  
「…!」  
「タクシー止めてもらって、そこのビルの陰で抱こうかなとか。今、かなり本気で考えてました」  
「え…」  
「ビルの裏で、あなたのここに、立ったまま後ろから入れるところを想像した」  
「い、いやよ。ばか」  
「でも、残念ながら、もう着くみたいです」  
 われ知らずホッとしたルカに、キヨテルは、意味深な笑みを一層返した。  
「ねえ、こんな媚態を見せられて、このままで済むとお思いですか?」  
「見せられてって、あなたがあんなことするから…って、あ!」  
 ふいにキスされる。  
 その唇に、無意識に身体が反応して、その先の何かを期待してしまう。  
「今夜は眠らせないですから、そのつもりで」  
 にっこり笑うその顔、そのメガネの奥の目が、全然笑っておらず、肉に飢えた獣みたいになってるのを見て、ルカは震えあがった。  
 でも、身体は。期待して、奥がとろけだす。  
 
 タクシーがキヨテルのマンションに到着するまで、あと数分。  
 それまで、収まるどころか高まっていきそうな欲望を持て余して、ルカはキヨテルに再度「ばか」と言ったのだった。  
 
 
 終わり!  
 
 

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