「わ、私って、そんなにダメ……?」  
アルコール漬けの声で呟かれたその言葉を、ルカはもう何度目聴いただろうか。  
 
六畳ほどの広さのこの部屋は、ルカのプライベートルームだ。自分好みにレイアウトした空間はルカにとって実に居心地のよいもので、深夜のもう寝るだけのこの時間は本を読んだり好きな音楽を聴いたりして睡魔を待つのがルカの日課だった。  
しかし、今は転がり込んで泣きじゃくるルームメイトを宥めるのに心を砕いている。  
「そんなに泣かないでメイコ。目が溶けちゃうわ」  
「だって、ルカぁ……」  
ベッドの側面に背中を預けながら脚を抱えていたメイコは、泣き濡れた顔を埋めていた膝から上げルカを見上げる。真っ赤になってしまった目尻が痛々しい。ルカはティッシュを数枚引き出すと、頬に流れる涙を拭ってやった。  
「はいはい。ほらチーンして」  
ルカに促され鼻を鳴らしたメイコはがっくり項垂れ盛大に溜息を吐く。茶色い髪のさらりと流れる頭頂部を、くず入れにティッシュを放り込んだルカが眺めた。同じマスターの元で唄うルカとメイコは部屋をシェアし、その間柄もだたの友人関係よりもう一歩踏み出した間柄だ。  
仕事で苦労を共にし、私生活での悩み事も打ち明け解決策を一緒に探したり愚痴を言い合ったりできて、また話したくない時は放って置いてくれる。お互い、絶妙な距離感を保っていた。  
普段あまり泣きごとを言わないのに、今回の問題で煮詰まったメイコはルカに愚痴を零すことを選んだようだった。最近、こうしてルカの部屋に転がり込む回数が増えた理由はただ一つ。メイコが半年前から付き合い始めた男にあった。  
「カイトは相変わらずなの?」  
こくんとメイコの顎が縦に振れる。その瞳から、またぼろっと大粒の雫が零れた。  
「カ、カイトは、本当はっ、私とっ、別れたいんじゃ、ないかな……」  
膝頭に落ちた涙にルカは途方に暮れた。実はメイコとその彼氏のカイトを引き合わせたのは、ルカとルカの彼氏である神威だった。  
飲み会の席でメイコの方が物腰の柔らかいカイトに好意を持ってルカに相談し、ルカがカイトと友人関係にある神威に話を持ちかけて二人は交際するようになったのだ。  
「んー……カイトは嫌だったら最初から付き合ったりしないよ。ああ見えて、嫌なことはしっかり断るタイプだもの」  
神威を通じてしかカイトを知らないので、ルカも漠然としたことしか言えないがそれは事実だと思ってる。柔らかく笑ってばかりいる友人が、意外と頑固で困ると神威が漏らした事があった。  
「……じ、じゃあ、なんでっ」  
メイコがしゃくり上げ、苦しそうに息を継ぐ。  
「カイトは私に、なんにもしないんだろ……?」  
メイコが何度もルカの部屋に転がり込み、酔いに任せて泣きながら愚痴る内容はコレだった。  
付き合って半年余り、メイコが言うにはカイトは言葉とキス以上の愛情表現をしないらしい。それはメイコが一人で暮らしているカイトの自宅に泊ってもなのだという。  
「この間もね、泊った時カイトったら寝室で自分のベッドの横に私の寝る布団敷いて、『じゃぁお休み』って速攻で熟睡したんだよ? これどうなの?!」  
ルカは自分の知るカイトを思い出してみる。人当たりがよく温厚。物柔らかに話し静かに笑う。紳士的な感じで、よく『KAITO』に言われるヘタレとは違う。目の前のメイコとあのカイトでは、メイコの方が子供っぽいくらいだった。  
「手を繋いだり、ハグしたり、キスはするのにそれ以上のことは全然ないの! ねぇルカ、私ってそんなに女としてダメなのかなぁ?」  
「そんなことないって。今まで付き合った人でメイコの容姿に文句言ったヤツ、いないでしょ?」  
再び泣き始めたメイコの頭を、ルカは優しく撫でる。メイコは出る所は出て凹む所は凹んだグラビア系アイドルのようなプロポーションをしていて、友人の身贔屓を抜いたってルカには魅力的に映っていた。  
……正直、カイトが何を考えているのかルカにもさっぱり分からない。どうして付き合っているのに手を出さないのだろうか?  
 
「色々、こう、誘ってみたりしたんだけど全然ダメなの。……もう、好かれてる自信も無くなってくるよ。どうしたらいいのか分かんない」  
涙で湿った溜息をメイコは吐く。未成年設定のボーカロイドが多い中、メイコもルカも成人女性型だから男女の恋愛にセックスは不可欠だと思っている。  
好きな相手とに触れられ交わりたいと思うのは性的な問題だけでなく、その行為が愛情を示す行動の一つだと認識しているからだ。  
メイコが性の対象外にされて混乱してしまうのは、ルカにも理解ができた。多分同じ立場になれば自分でも首を捻るだろう。  
「少なくとも嫌われていたら、カイトは付き合いもしないって。  
 逆に考えてみたらどうかな? 身体だけ求められるとか、もっとイヤじゃない。カイトにもなにか考える所があるのかも」  
何の慰めにもならないことはルカ自身自覚しているが、友人の哀しむ顔は見たくない。落ち着かせようと宥めるアルトの声はメイコに通じ、段々呼吸が落ち着いてくる。その様子にルカは安堵の微笑みを浮かべた。  
「今日はここで寝ていけば?」  
「……うん。そうする」  
ルカの好意に甘え、メイコは背もたれにしていたベッドに登り始める。横になるメイコを確認し、ルカも布団に入って部屋の照明をぎりぎりまで落とした。  
泣いた余韻でまだ鼻を鳴らすメイコを、よしよしと子供にするように髪を梳いてあげる。  
「ほら、寝ちゃって忘れちゃお。きっと大丈夫。ね?」  
「いつもゴメンね。ルカ……」  
「そんなのいいから」  
基本的にルカもメイコも、仕事関係ぐらいしか互いに相談を持ちかけることはない。そのメイコが酔った上で子供っぽさ全開でルカに愚痴るのは、相当思いつめているからに他ならないのだ。迷惑云々以前に、心配になる。  
全くあの青い髪のボーカロイドは、どうして大事な友人をこうも悩ませるのか……。  
メイコの赤くなった鼻の頭と濡れて閉じられた睫毛を見ながら、ルカはどうしたものかとこっそり溜息をついた。  
 
 
 
翌日、単独の仕事を終えたメイコは家路につくため夕方の街を歩いていた。その足取りは軽くない。昨夜酔いに任せてルカに絡んだことが尾を引いていた。  
――ああもう、どうしてこう……。  
後悔しても時は既に遅すぎるのだが、考えずにはいられない。ルカに愚痴ったって仕方がない事なのに。  
きっと困らせた。ルカは後輩だけどしっかりしているから、ついやってしまった。やっぱり自分はダメな女だ。  
カイトはルカ経由で紹介してもらった人だから、あんな愚痴聴かせたら心配させるに決まっているのに。  
カイトと付き合うようになってからもう半年余り。  
きっかけはルカと街で買い物している時に、ちょうど近くで仕事をしていたルカの彼氏である神威が仕事を終わらせ連絡してきて、こっちも友人が一緒だから合流しようという流れで連れてきたのがカイトだった。  
穏やかな物腰に惹かれ、それから四人で度々遊ぶようになりメイコから告白し交際に至ったのだけど……。  
なんだか、少ないとはいえこれまで経験した恋愛とは様相が違って、戸惑ってしまう。交際が始まった頃は何をするのも楽しくて、確かにあまり周りが見えていなかった。カイトは付き合う前と変わらず優しく柔和で、交際が開始してからはメイコを大切にしてくれた。  
最初に疑問を感じたのは、カップルに似合いなイベントを迎えた時だ。  
初めてカイトの部屋にお邪魔して、そろそろそういうコトをする時期かも? と期待していた。ありがちだけど、こういうイベントはえっちなコトをするには弾みになるかなーとか、内心ドキドキしていた。  
しかしそんなメイコの気持などお構いなしに、いつも通り・健全にその日は終わってしまった。  
……。その時は、きっとカイトがそんな気分じゃなかったんだ。次回だってあるし気にしない! と楽天的に考えていたのだが、メイコが遠回しに誘っても、故意に胸を押しつけるように抱きついても、恥ずかしいのを堪え頑張って今夜は泊ってもいい?   
と聴いても、カイトはニコニコ穏やかに笑うだけ。決して手を出そうとはしなかった。  
そんな日が続くと、浮かれていた気分が陰り段々萎れてくる。好意を壁打ちしている気分になって、なんだか身体の関係を求めている自分が日増しにイヤらしく思えてきた。  
 
ルカの言う通り、身体だけ求められたって嬉しくもなんともないが、自分を好きだと言ってくれてまた自分も好きな相手に触れてもらえないのは淋しい。  
カイトだって性行為に無知とか、不能ということはないだろう。メイコ以前に何人か彼女がいたらしいし、過去の恋愛で元カノと全くしなかったってことはないと思う。  
……じゃあどうして? メイコのことは好きだけど、身体は好みじゃないとか? ソッチの好みはツルぺたなのがいいとか、あんまり育ち過ぎた身体には興奮しないとか?   
聴いてしまえば早いのだろうけどこんなこと聴けるはずもなく、メイコの危惧が当たっていたらもう終わりの気がする。  
――っていうか、自分から「抱いて」てってお願いして、身体が無理とか返されたら再起不能すぎる……!  
ふとデパートのショーウィンドーに映った自分の姿に、とぼとぼ歩いていた脚が止まった。  
あーあ、冴えない顔。昨日泣いたまま寝ちゃったから、朝ちょっと腫れちゃってカバーするのに化粧も濃くなっちゃったし、おまけに今日の服装は地味なスーツで冴えなさ三割増しだ。  
今日の仕事先での打ち合わせで、相手方が固い性格の人だからきちんとした格好をしてこいと、マスターから命令されたからだ。開襟ブラウスの胸元を飾るシンプルなネックレスに付いた透明で小さな石が、夕方の光を反射している。  
また重い溜息が口から漏れた。カイトの服装はいつもカジュアルで、下手するとちょっと学生っぽい。  
ただでさえメイコは年上だし、大人っぽい格好で隣に立つとちぐはぐかなと、彼に合わせるような服を着るようにしたり、化粧も控え目にとか……陰で色々気を使って努力をしていたつもりだった。  
もしかして相手の好みを探ったりとか、そういう行動がカイトには透けて見えていて、逆に興を殺いでしまっているのかも?  
デートの度に、見てもらえない下着を真剣に選ぶのも最近ではかなり切ない。でもひょっとしたらと思うと、いい加減なモノは選べなくてデートの帰りには気落ちするのだ。  
女の方から求めるって、おかしいのかな……?  
好きになって告白して、カイトも自分を好きだと言ってくれているのに、こんなことで気持ちを疑うなんて。そうは思いつつも、じゃあなんで手を出されないの? と正直なもう一人の自分が嘆いてる。  
自分と付き合っているのはカモフラージュとかで、カイトには口に出せない本命とかいるのだろうか? ロリコンだったり実は男が好きだったりして?!  
ショーウィンドウ越しに、通行人の視線がメイコにチラチラ向けられるのに気がついてはっと意識を戻す。ガラスに映る自分の顔が、想定した妄想に百面相をしていたみたいだ。  
慌てて無表情を装った。疑心暗鬼に陥って、証拠もない妄想に振り回されてる。八方塞だなコレ……。  
メイコは拳を握った。昨日はルカに心配かけちゃったから、お詫びにちょっと奮発してデパ地下のお惣菜買って帰ろう。ケーキも買って、ルカとお腹いっぱいおいしいもの食べて気を紛らわそう。そして今夜は酒に頼らない!  
よし! と意気込んでデパートに足を向けた時、ポケットの携帯が震えた。  
威勢を挫かれ、メイコは携帯を取り出し着信を見るとそこにはメイコを悩ませる張本人の名前が表示されていた。なんてタイミング。いいんだか悪いんだか判じかねるが、それでも指は通話ボタンを素早く押した。  
「もっ、もしもし?」  
『あ、メイコ? 仕事終わった?』  
耳に穏やかな低音が流れ込んでくる。カイトだ。恋する女の条件反射で、落ち込んでいた気持ちが声を聴いただけで急上昇する。なんて簡単なんだ自分は。  
「うん。よくわかったね。どうしたの?」  
『僕、今日早く終わったからさ。メイコも仕事終わってたら、ゴハン一緒にどうかなって』  
メイコのスケジュールを知っていたわけではなく、偶然だったらしい。それでも嬉しくてメイコは二つ返事で了承する。  
待ち合わせ場所を決め通話を切って、ルカに今夜は夕食外で食べるとメールをし、心の中で昨夜のワビは必ずするからと拝んだ。  
さっきまでとは打って変わった軽い足取りで、メイコはうきうきと待ち合わせ場所へと急いだ。  
 
しかし、浮かれていた気持ちは一気にぺしゃりと押し潰されることになった。  
メイコは俯き加減だった顔をそっと上げ、上目遣いに向かいに座るカイトを盗み見ればカイトは黙々とパスタを食べていた。こちらへ向かない視線に気持が塞がれ、メイコはまた俯いてドリアを口に運んだ。  
おいしいと評判のお店のハズなのに、味を感じられない。  
さっきからカイトの様子がおかしいのだ。電話ではそんなこと無かったのに、合流してからこのイタリアンレストランに向かう途中も、食事中の今もずっと表情が固く口数も少なかった。こんなカイトを見るのは初めてで、メイコは戸惑うばかりだ。  
いつもならメイコが語る話しに耳を傾けて、カイトだって仕事場であった出来事を笑顔で話してくれて会話は弾むのに。  
機嫌が悪いのだろうか? でも、食事に誘う電話の口調はでは普通だったのに会った途端に機嫌が悪くなるなんて……。理由は一つしか思いつかない。  
メイコの視線がテーブルの下、自分のスカートに向く。暗く濃い色をした、地味なタイトスカートに包まれた膝。  
……これ、かなぁ。  
待ち合わせ場所に先に着いていたカイトは、声をかけたスーツ姿のメイコを見て息を詰まらせ驚いたように一瞬黙って彼女を一瞥し、慌てて店へと促した。  
店に向かうすがら口数はどんどん減って、今は食事中だというのにこのテーブルは会話はない。沈黙が重たかった。楽しそうに談笑する他のテーブルの声が、やけに耳につく。  
メイコだって話を振ったり会話を回そうとしたり試みたが、どんなに頑張っても全て不発に終わり途中から諦めた。そしてカイトの不機嫌の理由を考えて、自分の服装に思い至ったのだ。  
カイトにこういう固い格好を見せるのは初めてだ。今までと明らかに反応が違っていて、やっぱりというか確実に自分の彼女がこういう格好をするのが好きではないのだろうと推察がついた。  
でも服装ぐらいで? 今までカイトはこんな些細なことで態度を変えるなんてことなかった。  
そりゃ、地味目スーツはあまりデートに相応しい格好じゃないのはメイコだって分かっているけど……もう少し考えてから誘いを受ければよかった。  
今夜も酒飲んで寝るの決定だな。酔い潰れるぐらい呑んで、せめてルカの部屋に突入する事態は避けたい。  
悪化する一方の雰囲気を肌で感じて、メイコは唇を噛んだ。胃袋は役目を放棄し、食欲はとうの昔に失せている。デザートを断り、カイトがアイスを食べる時間をコーヒーを飲みながら窓の外を見てやり過ごす。  
大きな窓に反射する店内は、女性連れや仕事帰りのカップルでほぼテーブルが埋まり、どこも楽しそうだ。陰鬱とした空気の流れるテーブルなどここだけ。  
会社帰りと思われる女性たちもスーツを着用しているが、みんな明るく洒落た装いだった。  
地味なスーツを纏うメイコはカジュアルな格好のカイトといると、妙に浮いて見える。やぼったい年上のお姉さんが、大学生の男子生徒と逆援助交際でもしているように見えるかもしれない。そう思うと居心地すら悪くなってきた。  
……ずっと考えないようにしていたが、カイトとこのまま続けていくのは無理なのかもと、メイコは長い睫毛を伏せた。彼が何を考えているのか、自分との交際をどんなふうにしたいのか、それが全然分からない。  
なんだか、セックスがどうこうという問題ではなくなっている気がする。もっと根本的な所が分かりあえていない。そしてそれを問い質すことが、メイコとカイトの間でできないのだ。  
付き合っているのに、本音が言い合えない関係ってなんなんだろう?  
溜息を噛み殺し、コーヒーの残りを咽に流すと不意に名を呼ばれた。顔を上げると自分で呼んだくせに、カイトは目を逸らし気味にしている。地味にショックだ。  
 
「あのさ、これから時間ある? 前に探してるって話してた楽譜、手に入ったから渡したいんだ。ウチ寄れないかな?」  
カイトの言う楽譜は古いもので、メイコが以前ずっと探しているのに見つからないとボヤいたものだ。  
カイトはそれを覚えてくれていたようだ。断る理由もないし、勇気を出せば家で不機嫌だった理由とか、上手くすれば気がかりだったことも聴けるかもしれない。そうすれば、今後の付き合い方も見えてくるかも……。  
カイトの返答によっては別れも視野に入れて話し合うことになるかもしれないが、それでもメイコは頷いて了承した。  
会計を済ませ、カイトを店の外に待たせて化粧室でメイクを直す。ちょっと濃い目なのをナチュラルにしようとすれば時間ばかりがかかってしまうので、目元と口紅だけ手を加え外に出た。  
カイトは店から少し離れた所にいたのだが、誰かと話し込んでいる……若い女の子だ。濃い緑の髪にオレンジ色のゴーグルが特徴的。  
確か、同じボカロでグミと呼ばれている子だ。親しそうな様子に、顔見知りなのだろうとメイコは当たりをつけた。  
カイトが笑顔でその子の髪を撫でる。グミは楽しそうに笑って頭を下げ、手を振りカイトから離れ近くにいたスタッフらしき人たちの輪の中へと帰っていった。  
 
…………。あからさまに差があり過ぎるんじゃないの? カイト。  
 
食事中、いや、会ってから一度もメイコに見せてくれなかった笑顔を他のコには気軽に向けるカイトに、複雑な気分に陥った。  
カイトを信じていたけどそれも揺らいでくる。メイコがどんなに話しかけても視線すら逸らしていたのに、他の子にはあっさり笑顔を浮かべたカイト。それが自然にそうするものだから、余計にやり切れない。  
一応、自分はカノジョのポジションにいると思っていたから、触って欲しかったしもっと好きになって欲しかった。でも、カイトの様子を見ていると無理そうな気がする。  
本当は自分みたいな女じゃなくて、カワイイ系の年下の女のコの方が好みなんじゃないかなぁ……。  
ああいうのはメイコには無理だ。完成されたボカロとしての成人女性の容姿は、簡単に変えられない。研究所に依頼すれば『咲音メイコ』になることも可能だが、決定権はマスターにある。メイコのマスターがそれをとても許すとは思えない。  
自分じゃどうすることもできないし、やったとしても……多分、惨めになるだけ。  
服装や化粧で印象を変えるとかならまだしも、年齢を変え殆ど別人の姿にまでなってカイトの好みに合わせようとか……そんなの、自分で自分を全否定してるようなものだ。  
大体メイコは『MEIKO』の姿でカイトに告白してる。この姿を好きになって欲しいし、愛されたい。  
年下の女の子が好みなら、なんでメイコに好きというのだろう? 見えない心の内が猜疑心を呼んで、カイトの言葉を信じられなくなっている自分が怖い。  
こりゃ、本気でお別れフラグが立ったかな……。  
惨めな気持ちを持て余しつつ、メイコは肩にかけたバッグの持ち手を握り締めて店の前で待っているカイトの元へとゆっくり歩き始めた。  
 
 
道中は相変わらず会話はない。いくつか口を訊いたが、それも続くような話題じゃなかった。いつもは引いてくれる手も、今日は不自然なくらい触れ合わない状態だ。ケンカしてるわけじゃないのに……。どうしてこうなった。  
電車で何駅か移動して、街灯の照らす住宅街をカイトの部屋の向かい歩く。カイトの半歩後ろを歩くメイコが話しをどう尋ねようかと脳内シュミレーションを繰り返している内に、彼の住むマンションに辿りついた。  
沈黙が続いたせいか、それとも履き慣れないパンプスのせいか、いつもより長い道のりを歩いた気がして、一気に疲れを感じる。  
「……入って」  
「お邪魔します」  
玄関に通され、メイコが先頭に立って廊下を歩く形になった。リビングへ進みながらどうやって話しを切り出そうか? なんて言えば角が立たないかな? セックスしないのはどうして? とかは、いくらなんでも直球すぎるし。ううん、それ以前の問題で……。  
などと本来ここに来た目的そっちのけで深く考え込んでいたから、いきなりカイトに肘を掴まれて大袈裟なほど驚いた。肩が跳ね、思わず身体が硬直する。  
「へっ?」  
「こっち」  
引かれる肘に痛みすら感じて振り返れば、寝室のドアを開けるカイトの無表情な横顔が目に入った。強い力で引っ張られ、部屋の中に引き摺りこまれる。  
なにがなんだか分からない内にベッドに放られ、スプリングに跳ねながら横倒しになったメイコの上に重みが加わった。  
「えっ、な?」  
なに? と首を捩じって顔を上げたメイコの頭部を大きな手が押さえ、乱暴に唇が押し当てられた。  
 
驚いて動けない。メイコの唇を割り強引に舌がねじ込まれ、口腔を犯しながら身体を仰向けにされて更に体重をかけられた。背中でベッドが抗議の音を立てている。  
なにが起こっているのか理解し切れなかったメイコも、ここまでされればカイトの目的が分かってくる。  
口の中を蹂躙する舌は欲望剥きだしで、メイコの舌の裏をカイトのそれが嬲るように這うと、華奢な肩が電気に触れたようにびくっと震えてしまう。  
最後に口紅を舐め取るように吸い、やっと荒々しかった口付けから解放されてメイコは胸を喘がせながら呼吸を繰り返していたが、いつの間にかジャケットの内側に潜る手が、今度はブラウスごと胸を掴んで揉みしだいてきた。  
指が肉に埋まる感覚に喘ぎ未満の吐息が漏れた。  
「あっ……まっ……!」  
とにかくカイトの豹変したカイトを落ち着かせようと、身体を離すために固い肩に手をかけるも、首筋を舐めるぬるりとした感触に腕の力が抜けた。  
「〜〜〜っ! カイ、トってば……」  
そうこうしている間に揉まれていた胸元がたわみ、開襟ブラウスのボタンが一つ外れて下着に包まれた豊かな胸が垣間見えた。視界にそれを捉えたカイトの頭が、首筋から下がっていく。  
口も利かないほど不機嫌だと思っていたら、いきなりコレ? しかも有無をも言わさず求められてる。数時間前と落差が大きすぎて、メイコの混乱は増すばかりだ。  
無論、嫌ではない。でも納得いかなかった。今まで性的な欲求なんて欠片も見せず、むしろ誘うメイコを完全にスルーしていたカイトがなんだって急に……。一体どうしちゃったのだ?  
肌にかかる荒い息遣い。触れてくる乱暴な手つき。男の身体の重みと高い体温。普段穏やかなカイトに欲求の塊を押しつけられているみたいで、少し怖い。  
「ね……待ってよ、んっ」  
胸に熱い息がかかって勝手に身震いしてしまう。圧し掛かっていた重みが引いて視線を向けると、カイトが両脇に手をついて身体を離して熱っぽく揺らぐ青い双眸がメイコを見下ろしていた。  
視線は痛いぐらい感じても、カイトは無表情で何を考えているのか全く窺えなかった。怒っているようにも見える様子に、また不安に胸が掻き立てられる。  
「……メイコ、どうして今日はそんな……今までそんな格好しなかったのに」  
「え? あ……。えっと、仕事先で必要で……カ、カイトはスーツ好きじゃなかった? 私、全然知らなくて……今度から気を付け、んっ!」  
仕事から直行で会いに行ったから、着替える暇なんかない。異様な剣幕に押され、つい捲し立てるメイコの口をカイトがまた塞ぐ。両手で頭を固定されて啄んでは舐め上げ、歯列をなぞられると腰にぞわっと快感が走った。  
糸を引いて離れたカイトの唇は、激しいキスのせいでメイコがつけていた口紅の色が移ってしまっている。メイコを覗き込む目が欲情に染まっていて、思わず怯んだ。理由が分からなさ過ぎる。  
「違うんだ」  
「違う……?」  
ちゅっとリップ音を立てて顔中にキスを落とす感覚に震えながら、カイトの言葉を反復する。なに? なにを言われるの? 全然予想がつかない。  
「逆だよ……すごく、いい」  
搾り出すような囁きが、鼓膜を刺激した。しかしカイトの発言はメイコの疑問を深めるばかりだ。思わず間抜けな声が出てしまう。  
「へ?」  
 
「――似合ってるよ。ものすごく興奮する……!」  
 
「は……?」  
はぁぁぁぁあ? 思考が完全停止をし目が点になるメイコの身体を、再びカイトがまさぐる。  
「ちょ、ちょっとカイト?」  
「スーツや会社の制服で腰のラインがはっきり分かるのとか、ストッキングの脚とか、ブラウスから見える肌とか! 僕、そういうのが好きなんだ。むしろ、そうじゃないとダメっていうか」  
腰から尻を撫でられ、上がりそうになる声を慌てて抑えた。カ、カイトってまさか?  
「スーツ着たら絶対似合うって思ってたけど……すごいよメイコ、似合いすぎる! 最高だ」  
喜色に彩られた声音に、メイコは未だ思考がついていかない。  
「あ、やんっ、んんっ、だったら、なんであんなに怒って……」  
「ずっとガマンしてたんだ。あんな下半身にストレートな格好を目の前でされたら堪らないよ! 襲いたくなるのガマンするので精一杯だった」  
手首を掴まれ引かれる。導かれた先はカイトの股間だった。ボトムに隔てられていても硬く太く、勃起している感触が手のひらに伝わりメイコがびくっと怯む。それは嫌悪からではなく、むしろ……。  
 
「カイト……欲情してるの……?」  
「……うん。だから、だからメイコ……」  
「ひぁ……っ」  
ジャケットを剥がし、カイトはブラウスの前を開け始めた。全開にすると中のキャミソールをふくらみの上まで引き上げ、ブラに包まれた乳房の間に吸い付いてくる。  
「やらせて。お願いだ」  
「あっ、あっ」  
「僕のこと、嫌いになっていいから……」  
夢中でむしゃぶりつくカイトに困惑しつつも、身体は刺激に素直すぎるほど反応した。同時に今まで手を出されなかったことや、誘っても乗ってこなかった理由も、呆気なく氷解していく。  
カイトは……そういう性癖、あるいはフェチなのだ。思い返せば、カイトの前でスーツっぽい格好なんてしたことない。  
もし、フェチを拗らせてこういう姿にしか欲情できないんだとしたら、カイトの趣味に添わない格好をしていたメイコが求められなかったのも理解できた。  
な、なーんだ……。分かってみたら、なんか簡単……。  
「あっ」  
ブラのカップを下げ、硬くなり始めた乳首を咥えられてカイトの舌がねっとりと形をなぞる。久し振りの感覚に、メイコは震える手で乳房に顔を埋めるカイトの頭をそっと抱きしめた。  
 
 
「うぅ……あ……」  
横臥し身体を胎児のように縮こませるメイコの耳元にキスを落としながら、カイトは片手で乳房を揉んでいた。  
後ろから添うように横になるカイトに上半身をより乱され、完全に開かれたブラウスの中に大きく温かな手が差し込まれている。フロントホックのブラから解放された豊かな美乳が、その手のひらの中で形を歪めた。  
「耳、弱いんだね」  
「んっ」  
「ここも……」  
柔らかな乳房の中心、桃色の芯を転がされると身体中がぴくぴくする。  
「気持ちいい?」  
「ふ……っ、あ……」  
開けたブラウスの隙間から零れたふくらみをむにむに揉んで、指の腹で勃った乳首を擦られる。気持ちよくて、脚が勝手にもじもじ動いた。  
あ、あ――……。胸を弄られると気持ちよくって、じっとしていられない。  
私、こんなに感じやすかったっけ? と、自問自答するも、カイトの指先に思考が定まらなくなる。  
「カイト……おっぱい、好き?」  
「好きだよ。こんな風に、大きいおっぱいがブラウスからチラチラ見えるのも、大好きだ」  
囁く声に顔が火照り、同時にほっとした。小さいのを好んでいるワケじゃなさそう……。だけど、カイトって最中にこんなこと言うんだ。恥ずかしさに拍車がかかった。  
性癖からいって当たり前だが、カイトは服を脱がしてくれない。中途半端に服を乱されるのが、こんなに羞恥を呼ぶとはメイコも予想だにしなかった。  
「こっちはどうかな」  
腰のラインを撫でるだけの手に息が弾んだ。腰に、尻に、脚に感じる手のひらの感触に胎の奥がじんじんする。脚の間が、熱い……。  
指がタイトスカートの裾にかかり、太ももまで上げられた。ストッキングの薄い生地でカイトの手と視線を遮ることはできず、感嘆の声を上げたカイトは満足そうに微笑んだ。  
「キレイだ。メイコ」  
「……ひぁっ」  
「メリハリのある身体をしているから、スーツのラインが際立つね。そそるよ」  
すっと手がスカートの中へ滑り込み、ストッキングに覆われた臀部を撫でまわす。何かを確かめているようなその手つきに、メイコはあ、と思い出した。今日の下着……!  
尻たぶの間を指が掠めて、腰が揺れた。  
「……Tバック?」  
一気に耳まで熱くなった。普段はTバックなんて穿かないけど……だってぇええぇっ。  
「し、下着のラインがスカートに響くの、イヤなんだもんっ!」  
「そうだね。でも、下着の存在が分からないと、ちょっと期待しちゃうよ」  
期待ってナニが? 狼狽するメイコの耳に、くすくす笑うカイトの声が届いた。性行為を懇願した時とはうって変わった落ち着きぶりが、憎たらしい。  
 
腰に手を添えた手にころりとうつ伏せに転がされ、そのまま下半身だけ引き上げて尻をカイトに突き出す格好なる。  
後ろから熱い溜息が聴こえた。尻を覆った両手が緩やかに肉を揉み、メイコは枕に顔を伏せシーツを握り締めた。ヘンなの、なんだか、ヘン……。  
「タイトスカートだと、お尻の動きがよく分かる……下着の線が見えないから穿いてないみたいだ」  
「……っ」  
カイトはタイトスカート越しに動く尻の肉を視姦していた。むっちりとした腰から太もものラインが布地に張り付き、形を際立たせる様を興奮しながら眺めている。  
それがメイコにありありと伝わって、服を着ているというのに裸にされるより心許ない。  
「そういうの、すごくいい」  
「あ……ぁ」  
スカートを捲り上げ、ストッキングに包まれた臀部が露わにされる。食い込んですっかり色が変わっているだろう大事な部分を指で撫でさする感覚に、尻の輪郭が震え、咽を競り上がる喘ぎがいくつも枕に吸い込まれていった。  
尻をこんなに集中して愛撫されたことなんかない。自分がこれまで経験した恋愛がカイトの前では殆ど通用しないのも、メイコが混乱する一因だった。  
カイトは性癖のまま触れてきて、それはまた的確にメイコを昂ぶらせる。そんな自分に戸惑いもするが、性に淡白だと思ってて一切手出ししようとしなかったカイトから発情剥き出しで触られれば、どうしたって反応してしまう。  
だって、ずっと待ってた。想像していたセックスとはちょっと違ったけど、嬉しい。  
尻を堪能していたカイトがメイコを引き上げ、膝に横抱きして唇を塞いだ。背中を支える腕に身体を預け、絡む舌を甘噛みしてカイトに応える。  
下肢に伸びた手がひとしきり脚を撫でた後、緩く合わせた脚の間を伝い指先が、下着とストッキングの上から閉じた性器を愛撫し、スカートが脚の付け根まで捲れた。  
「ふっ……うぅん……」  
喘ぎも吐息もカイトの口に塞がれて、温い刺激が下肢を伝う。指先は割れ目に添って悪戯に撫でるだけだけど、ショーツは自分でも分かるぐらいに濡れているのが分かるし、ストッキングにも染みてカイトの指を汚しているだろう。  
十分感じているけど、でも……。唇を合わせながら性感に潤む瞳でカイトを見ると、青い目元が優しく緩む。下唇を強く吸ってから離されて、顔を覗き込まれた。  
「……なに?」  
「お、おねが……これじゃ……あっ」  
爪の先で、布越しにクリトリスの部分を掻かれて背中が反り返った。かりかりと引っ掻く微弱な刺激に、どうすることもできずふるふると頭を振った。  
「もっと、して……アソコに、ちゃんと触って……」  
股間を弄るカイトの手に自分の手を添え、上から押し付けながら自分の腰も動かす。まるでオナニーを見せつけているみたいだ。  
「早くぅ……」  
イヤらしく動く腰と膝頭を揺らす脚を凝視していたカイトは、今度はメイコを後ろから抱きかかえる。前傾するカイトの重みが背中に伝わり、肩にカイトの顎が乗せられた。  
「分かった」  
てっきり脱がしてくれると思っていたのに、カイトは何をする気だろう? 楽しそうな声に、一抹の不安が走る。  
両手が脚の間に入り、股に張り付くストッキングを浮かせるのを目撃して、カイトがしようとしていることをやっと悟った。慌てて脚をバタつかせるがもう遅い。  
「ヤっ、ヤダ。ダメよ! ストッキングこれしか」  
「ゴメン」  
メイコの懇願は一言で切り捨てられてカイトの腕に力が篭る。イヤな音がし股の部分がものすごい力で大きく裂かれ、カイト指が素早くクロッチを分けてメイコの性器に触れる。  
「いやぁっ、あ……っ! んっ、ああっ」  
口を封じるように嬲ってくる指に、悶えることしかできない。指は熱く濡れそぼる性器を遠慮なく弄り、上部のしこりを押し潰した。待ち望んだ快感は強すぎて簡単にメイコの思考を飛ばす。  
脚はいつの間にか自ら大きく開き、ぐっと奥へ突き入れられた指先が膣壁を掻くとくぷくぷはしたない水音が鳴った。  
「は……ぁっ、ああ、あぁんっ」  
「メイコ、気持ちいい?」  
大きな嬌声を上げる口元を押さえて、メイコはこくこく頷く。カイトが乳房を下から持ち上げて中の指を蠢かせば、薄紅色の襞を震わせとろりとした粘膜が乾くことなく溢れ出る。  
「……いっぱい出てくる」  
「っ、そんなの、言っちゃ、イヤ……っ」  
「ストッキングの裂け目からメイコのアソコ、丸見えになってるよ。ほら」  
 
肩口から視線を落とすカイトの言う通り、ショーツをずらされ引き裂かれたストッキングから剥きだしにされた性器が零れてる。裂けたストッキングは脚にいくつも伝線を作り、揺らめく腰にはスカートがわだかまったまま。  
離してくれない乳房は指が食い込んで、ブラウスもブラもキャミソールも中途半端な状態で身体に纏わりついている。  
「嬉しいよ、ものすごくエロい。……僕、興奮しっぱなしだ」  
「あ、んぁっ」  
熱い吐息が耳にかかった途端、感じる部分を集中的に擦られ胎内が疼く。吸い付く唇を肩口に覚え、耳を塞ぎたくなるほど音が立つ膣を指でぐちょぐちょ責められた。ぞくぞくっと背筋を駆け上がる性感に、メイコはカイトの膝に縋った。  
「はっ、あぅ……イ、イク……ひぃっ――――!」  
細い首を反らしてカイトの肩に後頭部を押しつけながら、びくびく肢体が跳ねた。性的な快感は本当に久し振りで、忘れかけてた愉悦にくらくらする。弛緩する肩を撫でていたカイトが、メイコの身体を傾けそっとベッドに押し倒した。  
未だ自由の利かないメイコは、自分の上で服を脱ぎ始めたカイトをぼんやりと見つめた。  
初めて見るカイトの裸体に胸が高鳴る。筋肉の乗った、引き締まった身体。細身だと思ってたけど、貧相なところなんか一つもない。腹の筋肉のすぐ下に猛る肉棒が血管を浮き上がらせながら欲望を形取っていた。  
自分の姿にカイトが欲情していること。それがメイコの発情を促して、胎の奥からとろりとした新たな雫が垂れ流れるのを強く感じていた。  
「メイコ……」  
太ももの外側を一撫でしてから、カイトは自分の顔をメイコの脚で挟み込んだ。ストッキング越しにむちむちした感触を味わって、幸せそうに頬ずりしている。  
穴が空いて伝線し、破けてみっともない脚なのになぁ……。  
おかしなことかもしれないが、その表情に心底安堵した。レストランで食事をしていた時の不機嫌そうな顔よりずっといい。時折、薄毛の飾る割れ目に小さなキスとなぞる舌先を感じて爪先が伸びる。  
薄い生地に包まれた脚を存分に愉しんでいるカイトに、自分の下肢を自由にさせる。心ゆくまで脚を愛でたカイトは膝裏に手をかけ、左右に大きく割ると濡れそぼる中心に視線を当て、そしてメイコを窺ってくる。  
「このまま、挿れるよ」  
潤んだ瞳でこくんと頷いたメイコに、カイトは嬉しそうに微笑んだ。  
ぐずぐずにストッキングの裂け目とずらした下着の合間から覗く性器に亀頭が擦りつけられ、圧迫感と共にそれがくぷんと押し込まれる。  
「あ……っ」  
小さく振れたふくらはぎを取り、カイトが唇を寄せた。そのままじれったいほどゆっくり、小さな膣口を押し開きながら膨れた肉棒が侵入してくる。襞が徐々に開かれて埋没していく感覚と硬く張りつめる欲望に、メイコは熱い溜息をついた。  
「んんっ、ふ……ぁ」  
「……あぁ……」  
内側を擦られる感触にぞくぞくし、貫く硬い存在を反射的に締めてしまう。根元までしっかり収め軽く揺さぶられただけで、甘い声が零れた。  
「あぁっ! カ、カイ……」  
締まる肉に逆らいながら中ほどまで引き抜き、奥まで落とす。胎の底まで衝撃が響き、爪先が跳ねあがった。  
「ま、まっ、ひっ!」  
「ゴメ……無理だ」  
最初こそ緩やかだった抽送は今や忙しなく、蕩けた肉を容赦なく突き上げられる。両の二の腕を掴みベッドに強く押し付けてメイコを揺すぶり、激しさに乳房が上下に振れると共に胸元のネックレスも踊った。  
「カイ、やっ、つ、強いのっ! ねぇっ」  
「っは……中、動いてるね……絡んでくる」  
「ひぁっ! あぁんっ」  
握られた乳房、柔らかい中でただ一点自己主張して止まない乳首を抓まれ、悲鳴を上げた。壊されるんじゃないかというぐらい叩きつけてきて、過度の刺激に反応した身体がどんどん追い込まれていく。  
セックスは本当に久し振りで、おまけにカイトと繋がるのはこれが初めてだ。枯れていたメイコの中の『女』が息を吹き返し、惜しみなく与えられる快楽に翻弄される。  
 
「破けたトコから全部見えてるよ。僕のを咥え込んで、ヒクヒクしてる」  
「や……見ないで……」  
指摘されなくても自覚はあるのだ。疼く膣が粘膜を垂れ流してカイトを受け入れ悦んでいる。  
「うぅん……」  
妖しく動くくびれた腰に、カイトが眉を顰めて身震いした。  
「腰……振ったらダメだ。出ちゃうよ」  
「だ、って、きもち……、っは、ソコ、イイ……」  
――カイトが、中にいる。私の中に。  
待ち望んでいたソレは、メイコの胎内を一杯に埋め尽くした。好きって言ってくれるのに抱いてくれないのが淋しくて、果てはカイトの気持ちまで疑って。  
身体だけがすべてではないけれど、愛情を確認する最大の行為を避けられ、哀しかった。  
「あぁ……カイト、もっと……んぁ」  
突き上げる肉棒に膣の筋肉が収縮する。全身でカイトを感じ、身も心も満たされていく。求められることに悦びを覚えた。羞恥も隠し事もなにもかも曝け出し、互いを夢中で貪りあう。  
カイトの性癖なんて、最早メイコにとっては些細なことだ。カイトが自分の性癖を気にして触れてくれないのなら、むしろこれでいいとすら思う。  
もっと、もっとして。うわ言のように繰り返すメイコに、カイトの腰のピッチも上がった。  
「メイコ、メイコ……すごい……」  
「あっ、あっ、……好き、好きなの。大好きぃ……」  
揺すられる肢体を震わせたメイコの声は哀切を帯び、切なく膣が締まる。  
「僕も……僕だって……だから」  
膝裏を胸の下を掴んだカイトの手が、一際激しくメイコを揺すぶり結合部の水音が増した。カイトの腕に爪を立て、甲高く鳴くメイコの喘ぎが空間に響く。  
力強く穿つ肉棒に、その時は呆気く来た。  
「……っ、イク! はぁっ、ぁ、あ――――……」  
背中が反り返り、中がぐっと肉棒を吸い込む。耐えきれずカイトの肉棒が弾けて、欲望が解き放たれた。  
「――うぁ……っ!」  
強い腕に抱きすくめられ、膣の奥深くに精液をたっぷり注ぎ込まれる。がくがく腰をぶつけてカイトは膣の中で己を扱いた。  
息が荒くまだ絶頂の余韻の残るメイコの唇に、カイトのそれが触れ舌先を触れ合わせ萎えた陰茎が引き抜かれた。  
「ん……っ」  
中からカイトが出て行っても、酷い有様になった全身を見下ろす視線に火照りは引かない。ブラウスはくちゃくちゃ。見る影もなくなったスーツは精液とメイコの粘膜が混じったモノで汚れ、大事な部分を裂かれストッキングはぼろぼろだ。  
下着は二度と使い物にならない状態。一部分だけ剥きだしにされた性器からは、出されたばかりの白い欲望が流れ出し卑猥さを底上げしていた。  
とてもじゃないが、合意の上で行われた性行為には思えない。目撃する者がいれば、強姦されたようにしか見えなかった。  
酷い有様だったが、メイコは充実感に浸っていた。あのカイトが、こんなに激しく触れてくれた。それが無性に嬉しい。  
息も整いきれないメイコの顔に影が差し、ぼんやりしていた瞳が焦点を結んだ。まだ熱を持つカイトの眼差しに、まだ終わっていないことをメイコは悟る。  
伸ばされた手が柔らかな乳房を掴んだのと同時に、メイコはその手に自分の手のひらを重ねた。  
「カイト……っ」  
「ゴメン、メイコ。ゴメン……」  
もう一回と呟き、乳首を口に含まれ肩が竦む。二人の体液に汚れている下肢を割る力に、逆らえない。  
「はぁ……んっ、ダメ、そんなに吸っちゃ……ふ……」  
割れ目を滑る指が中に埋没し、どろどろの膣を掻き回す。新たな快感に再び戦慄く身体がその先を欲しがって、メイコは力をなくした身体をカイトへ再び委ねた。  
 
「……ほんっと、ゴメンねルカ。連絡しないで外泊して……うん、心配してくれてありがと。このお詫びは必ずするね……」  
通話ボタンを切って、メイコは肩を落とした。物騒な世の中だから、外泊する時はお互い連絡を入れることが約束事だった。電話口のルカにちょっと怒られ、メイコはそれを素直に受けた。  
「……メイコ? 起きたの?」  
「あ、カ、カイト……おかえりなさい」  
かけられた声に振り向くとリビングのドアが開いてカイトが姿を現した。手にはコンビニの袋を提げ、服もすっかりいつも通りのカイトは外から帰ってきたところだった。  
「スーツは夕方には仕上がるって、クリーニング屋の人が言ってた。あと食事と……その、これ」  
小さなビニール袋をメイコにおずおず差し出す。受け取って中を見ると、ショーツとストッキングが入っていた。  
「ええと、コンビニで売ってたから……上とは全然合わないんだけど、無いよりマシかと」  
「あ、ありがと……。使わせてもらうね」  
メイコはそれを持って、そそくさと洗面所に駆け込んだ。昨日のアレで、メイコのショーツはストッキング諸共、再起不能の状態になってしまっていた。  
着ていたスーツもクリーニングに出さないと使えなく、メイコは今カイトのシャツを借りてこの場を凌いでいる。……さっきまでノーパンだったのだ。  
結局昨夜は、今までの淡白さはなんだったんだというほど求められた。最後はメイコが白旗を上げて、終わってもらったようなものだ。それ程カイトの責めは激しかった。  
買ってもらったショーツはシンプル過ぎる上、ちょっとサイズが合わなかった。尻の肉がはみ出そうだったけど、ランジェリーショップで買ったものではないから文句は言えない。穿いてないよりずっとマシだ。  
リビングに戻るとカイトがソファーに腰掛け、ローテーブルの上に買ってきたパンを並べているところだった。二人並んでソファーに座り、遅い朝食を摂り始めた。  
初めての朝を迎えた恋人同士の朝食にしては、奇妙な沈黙が降りている。昨日の夕食時のような居心地の悪いものではないが、気恥ずかしいし、なにより……。  
 
「あの……」  
「昨日はさ……」  
 
同時に口を開いて、顔を見合わせた。また黙り込んでしまったが、メイコは意を決して話を切り出した。  
「ねぇカイト、ずっと私に触ってくれなかったのって……スーツが原因だったからなの?」  
 
直球過ぎる問いにカイトは息を詰まらせたが、メイコから顔を背けて自分の膝辺りへ視線を落とし、頷いた。  
「……うん。僕はああいうのでしか、その、欲情できなくて……」  
非常に言いにくそうに口を開いたカイトの言葉尻がどんどん小さくなって、最後の方はボカロの聴覚をもってしてもかろうじて聴き取れるほどになってしまった。項垂れたまま、カイトは続ける。  
「本当は、もっと普通にセックスしたかったんだ。今まで付き合った女の子とも、頑張ればスーツなんかなくったってできたし。でも、メイコは」  
「わ、私は?」  
俄かに声が緊張してしまった。他の女の子とは普通に出来てメイコが無理だった理由が、性癖のスーツ着せないとやる気が起きないぐらいメイコに問題があるとかだったら、ちょっとヘコむ。  
やっと好きな男と通じあえたと思ったのに、カンベンして欲しかった。  
だが、カイトは意外なことを話し出した。  
「気を悪くしないで聴いて欲しいんだけど……神威に紹介されてメイコと初めて会った時、スーツ着せたらすごく似合うなって思ったんだ。過去に付き合った女の子の中でもダントツで。  
 一緒に遊ぶ内にメイコの内面も知って、好きになって……本当は僕の方から告白したかったけど、あんな理由がきっかけで惹かれたから後ろめたくて、なかなか言い出せなかった。結局メイコに言わせることになっちゃうし……」  
今まで気付けなかった事がカイトの口から語られ、メイコは自分の胸元を握った。カイトより自分の方が『好き』の比重が大きいと思ってた。自分ばっかりがカイトを求めていると思っていたのに。  
やけっぱちになっているのか、カイトはこれまで口にしなかった自分の押し殺していた内心を包み隠さず曝け出す。  
「メイコを欲しいって、自分のモノにしたいってずっと思ってたよ。  
 でも、メイコに関しては初対面の時に『スーツがいい』って強烈に思い込んじゃったみたいで、普通の服装じゃどうしても……勃たなくてさ。なまじスーツが似合うから余計に。  
 性癖のこと、言えば引かれるのは目に見えているし、嫌われたくなくてとてもじゃないけど触れなかった」  
確かに何も知らなくて、これから始めるぞって時にスーツを差し出されたら、流石にびっくりするだろう。  
カイトは自分の性癖が異常だと認識し、それにメイコを巻き込んだことを恥じている。メイコと決して目を合わせようとせず、カイトは俯いて自分の膝を見つめたままだった。  
「カイト……」  
「昨日は、ゴメン。夕食の時もイヤな思いさせて。夜も……追い詰めて、求めさせるように仕向けて、強引に奪ったようなものだし。謝って済むことじゃないの分かってる。  
 でも、ずっと着てくれたらなって思ってたスーツ姿を間近で見て、もう正気でいられなかったしガマンなんかできなかったんだ」  
嫌いになったろ? そう言ってカイトは自分の顔を片手で覆った。隠していた事を何もかも話して、放心しているようにも見えた。  
表情が見えないのが不安で、メイコはカイトの手を降ろさせその顔を覗き込む。青い瞳を頼りなく揺らすカイトを、横からぎゅっと抱きしめた。  
「もぉぉぉぉう……」  
脱力したような声とは裏腹にしがみ付いてくるメイコに、カイトは怪訝に首を傾げる。  
「……メイコ?」  
「もっと早く話してくれればよかったのに。私、ヘンな誤解してたよ」  
「誤解?」  
「抱いてくれないのは私の身体が女としてダメなのかなとか、若い子の方が好みなのかなとか、あと男の人が好きで私はカモフラージュなのかなって……」  
カイトがぎょっとしたのが気配で分かった。  
「そんなわけないだろ! なんでそうなるんだよ」  
「だって! 昨日は私には仏頂面なのにグミちゃんには笑って頭とか撫でちゃってるし、理由も分からないままセックス避けられて、私だってこんなこと突っ込んで聴けなくって、もう終わりかと思ったんだからぁ!」  
「あ、あの子は同じ事務所の後輩の子で、そんなんじゃないよ! 挨拶しただけ! 確かに昨日の僕は感じ悪かったけど、それもスーツ姿に中てられて態度おかしくなっただけだよ」  
「……そんなバカなこと考えるぐらい、私も悩んだんだよ。カイトがスーツフェチなくらいで、嫌いになったりしないよバカ」  
 
メイコの腕の中、力いっぱい抱き付いた硬い身体が弛緩するのを感じる。張りつめた緊張が解けたのか、カイトはメイコの頭を緩やかに撫でた。  
「好きだから、尚更言えなかった。こんなこと告白して嫌われたくなかったし別れたくなかった……本当に、イヤじゃない?」  
「そりゃ驚いたけど、別れることの程じゃないでしょ?」  
髪を撫でていた手が首の後ろに移り、メイコの顔が上がった。カイトの視線がメイコを真っ直ぐ見据え、おそるおそる口を開く。  
「また……着てくれる?」  
頷きかけたメイコの眉がうっと顰められ、途端に難しい顔になる。  
「それは……困るわ」  
青褪めたカイトは慌てて首を振った。  
「や、あの、う……ごめん調子に乗った! えっと、スーツなくてもできるように僕も意識改革を」  
「……スーツ、あの一着しか持ってないの。毎回汚されちゃうと、昨日の仕事みたいな時に困っちゃう」  
あ。とカイトの目が丸くなった。それはそうだ。スーツは飾りでなく、正当な使用目的があるからメイコも所有しているのだ。  
「じゃあ……さ、僕が用意したら、着てくれる?」  
「そ、それはもちろん。でも、スーツって安くないよ。そんなの……きゃ!」  
「本当に? 僕、本気にするよ?! 着てくれるなら、いくらでも買ってくるよ!」  
思い切り抱きしめられ、カイトの腕に閉じ込められた。ぎゅうぎゅう締めつける抱き締め方は初めてだったが、弾んだ声から力加減を忘れているのが分かった。嬉しそうなカイトに、メイコも身体の力を抜いて腕を回す。  
カイトの「恋愛感情」と「性的興奮」はイコールではなく、間にフェチ要素が加わって初めて発動するのだ。理解して、メイコはやっと本音でカイトと話せたような気がした。  
カイトもまた、微妙に受け入れてもらい難い自分の性癖に悩んでいたのだ。  
自分たちは大人だ。子供と違い、言葉だけでは時として信じることができなくなって、身体のみ求められれば不安になる。メイコの勘違いも抱いてくれないことへの不信感も、結局身体を繋げて理由を聴かなければければ、分からないままだった。  
「身体、辛くない? これで最後かもって思って、昨日は思う存分しちゃったからさ」  
「だ、大丈夫。あのね、元カノともスーツでしてた?」  
メイコは勢いで実は気になっていたことを、どさくさ紛れに訊いてみる。『破局』という最大の懸念が消え失せたカイトはさして気にも留めず、さらっと答えた。  
「いや、さすがにそれは言えないよ。何とか頑張ってしてた。ちょ、メイコ? どうしたの?」  
抱きつく力が増して驚くカイトの首筋に、メイコは頬を押し付けた。これまでのカノジョの中で、メイコしかカイトの性癖を知らないことが優越感を擽る。  
カイトがひた隠しにしていた性癖を引き出したのだって、メイコのスーツ姿なのだ。嬉しくて嬉しくて、仕方がない。  
「カイトっ、私、がんばるね!」  
「え?! う、うん?」  
満面の笑顔を向けてきたメイコとその発言に、カイトは少し顔を赤くして促されるまま柔らかな肢体を抱きしめた。  
彼のシャツ一枚羽織っただけの姿で密着しているというのに、カイトの身体は無反応だ。ある意味欲求に忠実だなあと苦笑しつつ、メイコは満足感に浸りながら幸せそうに笑った。  
 
 
おしまい  
 

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