別段難しいことではない。  
 だから、ちょっと考えてみて欲しい。  
 男女一組が部屋にいる。  
 そして何の罪もないことに、二人は恋人同士だ。  
 そして二人がいる場所は、二人の私室――プライベートルームだとしよう。  
 ――恋人同士がプライベートルームですること、といえば?  
 音楽を聴くもよし、昨今流行の恋愛映画のBDを観るもよし、ゲームをするのもよし、二人の未来の話や、ともすれば他愛のない会話をするもよし、だ。  
 より深い関係なら、唇を重ねるのも、肌を重ねるのも、別段間違いではない。むしろ今の時代、普通のコミュニケーションといってもいいはずのことだ。  
 そう、普通のことだ。  
 
   
――熱い。  
 身体が熱い。瞳が潤んで目の前の相手の表情が、よく見えなくなってきた。声も、よく聞こえない。  
 ただ、ドクンドクンと、自分の鼓動の音がやたらと大きく聞こえる。  
 熱い。苦しい。助けてほしい。冷ましてほしい。気づいてほしい。  
   
 ――助かるための方法は、三つ。  
 ――そして『お前』は、もっともベストな選択を知っているんだろう? 気づかないふりをしているんだろう? 何のために?   
 違う。知らない。  
 ――知らない、それこそが嘘。いいじゃないか。悩む必要なんてない。頼んでしまえよ。半ば認めているんだろう?   
 そんなことない。大丈夫。きっと、きっと……  
 ――……殊勝で受身な態度も時にはいいが、  
 ――『気づいてほしい』と待ってばかりじゃ、この先ヤツとは付き合っていけないぜ?  
 
          *       *        *  
   
 歌が聞こえる。  
 バラードを歌ってるのだろう。切ない歌声。そして高音の美しい歌声、全英語歌詞を流暢に歌い上げる人物といえば、この家では一人しかいない。  
 歌姫としての仕事を終えたミクは、仕事で着ていたドレス・カラフルドロップ姿のまま声の聞こえる方――リビングへと向かうと、そっとドアを開く。  
 ミクのいるドア側に背を向け、窓のほうを見つめながら、同じく仕事で着ていたミクと似たようなデザインのドレス・フェアリーマカロン姿のままで、ルカは唄い続けている。  
(英語だから、よくはわからないけど……)  
 邪魔しないようにゆっくりと近づきながら、聞こえる英単語を出来るだけ日本語に変換してみる。  
(Or are you...gonna... leave from me...? 他にもforeverとか聞こえたし……えと、『それともいつかは去ってしまいますか?』かな?)  
 歌えと言われたら唄えるが、やっぱり直に聞いて意味を理解するのは難しいや、なんて思いながらソファにたどり着き、座る。  
 ちょうど唄い終えたらしいルカが、ゆっくりと振り返る。その瞳からは、涙が零れていた。ミクがいるとは思わなかったのだろう。ルカは、はっと驚いた表情をしたあと、  
ふっと柔らかい微笑みを浮かべた。  
「あの……」  
 まさか泣いているとは思わなかったので、ミクもどういう態度をすればいいのか分からなかった。だが変に気を使うのも、何か違う気もする。だから敢えて、明るく他愛もない言葉をかける。  
「お仕事終わった後なのにまだ唄えるんですねっ!」  
「なんとなく、そんな気分だったんですよ」  
 ルカも明るく笑いかけて、ミクの隣に座る。瞳から零れていた涙は、そっと拭って。  
「久しぶりにウチのスタジオだけじゃなくて遠出もしたし、ちょっと疲れちゃったなー!」  
 ここ最近の彼女たちはというと、歌など唄わずに、WiiをやってPS3をやってKinectをやってPSPをやってとニートよろしく遊び呆けていた。  
 そこで家長ことカイトが「歌わないVOCALOIDなど、ポケットのない猫型ロボットも同然だ!!!!」とマスターに主張し、歌の仕事を取って来いと頼んだので、  
ライブに収録にとしばらくハードなスケジュールだったのだ。  
「確かにハードでしたけど、……でも、歌を唄うのは楽しいですよね」  
「うんっ。それに今回は初めての人と一緒にデュエットしたりして、勉強にもなったし!」  
「そう……ですね」とそこでまたしてもルカが暗くなる。  
 
 ――今何に反応したんだろう、とミクは思った。別に普通の会話だったと思うけど。歌、デュエット……デュエット?  
 今日の仕事は別のスタジオでPV撮影と、歌のレコーディングだった。ミクは曲を、ルカはPV撮影だった。  
 ――そういえばルカさんたちが今日撮ったPVは、男一人と女二人の、愛憎入り混じったドラマ仕立ての――  
「……もしかしてルカさん」  
「か、勘違いしないでくださいねっ! 別に嫉妬してるわけじゃないんですからね!」  
「うわいきなりそんなツンデレテンプレセリフ言われても! 完全に墓穴掘ってるし!」  
 そうだ。そうだった。しかもそのPV、最終的には『想像に任せる』とは言ってあるものの、ルカさんが当て馬っぽい配役だったんだ。  
(そんなことを気にするなんて……可愛いぃぃぃぃ! 所詮はお芝居なのに!!)  
「ルカさん大丈夫ですよ! 所詮はお芝居、」  
「な、なんのことかあっしにはさっぱりで……」  
「うわ! なんかキャラが変わってる!? 何処の人!?」  
「えっと……フランス?」  
「フランスに居そうにないよ!! しかも疑問系!!」  
 なんだかいつもの雰囲気に戻ってきたのでミクは内心ほっとする。ルカはう〜と小さく唸っていたが、やがて諦めたように溜息をつくと口を開く。  
「違うんです。本当に、なんでもないんです。ただ、……寂しかったんだと、思います」  
「寂しい?」  
 ミクの疑問に、ルカは何故か頬を染めて困ったように笑う。  
「よく、分からないけど……あっ! そうだ!」  
 ぱん、と手を打ち合わせると、ミクは嬉々として語る。  
「ほら! がくぽさんの、え〜と、美振? だっけ? あれで切ってもらうとビートが感化して元気になるんじゃなかった? やろうよ!」  
「えっ? でも、持ち主じゃないと発揮できなくて」  
「そうなの!? なぁんだ〜……あ、ねぇルカさんは美振を使ってもらったことある?」  
「ええ。ありますよ」  
 にっこりと満面の笑みで答えるルカ。ミクは目を輝かせて興味津々の様子で、  
「どんな感じなの!?」  
「こう、ビビビっとくるんです」  
「それってあの、肩こりが取れるとかそういう?」  
「もっと、凄いんですよ。こう……全身にビビビっと電流が走って、ゾクゾクってして」  
「へぇ〜! 凄そう!」  
「ありとあらゆるところに染み渡るというか。押しては引く、押しては引くという絶妙な動きで」  
「……………………」  
「最奥まで突いてくれそうで、でも突いてくれなくて、もどかしくて。意地悪な人って、そうかと思えばいきなり最奥まで届いて」  
「美振の話だよね!? 美振の話だよね!?」  
 生娘には恥ずかしいようなこといわれている気がして、ミクは顔を真っ赤にしながら耳を傾ける。ルカは両頬に手を当て実に恍惚な表情で、  
「あぁ……素敵……」と感動していた。だから、ミクは気づいた。「寂しい」の意味に。  
 ――寂しいんだ! 色々な意味で! 最近仕事が忙しすぎて、触れ合う機会がないんだ! 色々な意味で!  
 恍惚な表情を浮かべるルカを見つめ「どこからどこまでが美振の話だったんだろう……」と考えてると、背後から「姉妹そろってな〜にやってんの?」とカイトが声をかけてくる。  
こちらもやはり着替えてなくて、白のブレザー姿だった。  
「あっカイ兄お帰り! ん〜とね、歌と不倫と美振について語ってたの」  
「うん、すごく奇妙な題材だね! 題材のわりにはルカがやけに恍惚としているのが気になるけど!」  
「うん……えっと、美振について語ってたんだけど……なんか、別のモノを指してるような……」  
「ああ〜……美振は美振でも自家製、とか?」  
 そこでどこかの世界に旅立っていたルカは、カイトの存在に気づくと「お帰りなさい」と会釈をする。カイトは敢えて聞いてみた。  
「なあルカ。何の話してたんだ?」  
「はい。美振の話ですよ」  
 迷いのない、まっすぐな表情だった。  
 
「絶対違う……」とミクは思った。そして、帰ってきたのがカイトだけなことに気づく。  
「ねぇカイ兄。カイ兄だけ? がくぽさんは?」  
「あ〜……殿はね、なんかリテイク出されちゃって、唄い直しさせられてたよ。だからあと一時間ぐらいで帰ってくるんじゃない?」  
「なにゅ! こんな状態のルカさんヤダよ! マスターにメールしちゃる!」  
 ミクは携帯を取り出す。頭の中で文章を整えると、年頃の女性らしく絵文字を多用してマスターにメールを打つ。  
「え〜と、『ルカさんをオンナとして輝かせたいから、がくぽさんを早く解放してあげて! それから美味しい食べ物送ってー』と」  
「どんな内容だよ! 娘も同然な可愛い年少からそんなこと言われるなんてマスター可哀想だよ!」  
「送信!」  
「送っちゃったよ!!」  
「カイ兄ブレザー似合うね! 格好いい!」  
「ありがとう!」  
 半ば自棄になりながら答える。一度溜息をつくが、ソファの、ミクの右隣の空いてるスペースに座って微笑む。  
(こういう風にじゃれあうのも久しぶりだよな……)  
 カイトは自然とミクの頭を撫でる。カイトの大きな手に撫でられて、ミクは心地良さそうに目を細めた。  
 その様子を見て微笑んでいたルカ――メールの内容は聞いてなかった――が小さく咳をし、喉に手を当てる。  
「ごめんなさい。話は変わるんですけど、ちょっと喉が渇きましたね」  
「あ、じゃあアレ飲もうよ! 栄養滋養ドリンク!」  
 そういってミクはソファに座った状態から華麗にバック転をすると、冷蔵庫に向かって小走りする。  
「なんだってそんな喉が余計渇きそうなものを……」  
「いいじゃないですか。元気のない私を気遣ってくれてるんですよね……ミクちゃん優しいです。大好きです」  
「がくぽさんとどっちが好き?」  
「ミクちゃんです」  
「バッサリ切った!」  
「がくぽさんは一人の男性として、愛してます」  
「実に大人な回答だった!!」  
 そんなやり取りをしていると、トレイにグラスを三つ乗せてミクが笑顔でパタパタと歩いてきた。  
 グラスにはそれぞれ青、緑、ピンクと色の付いた水が入ってる。しゅわしゅわと音を立てているので、おそらく炭酸入りなのだろう。  
「……待って、ミク。なに、これ。栄養滋養ドリンクだったんじゃなかった?」  
「栄養滋養ドリンクに決まってるよ!」  
「見えないよ! ソーダ水にしか見えないよ!」  
「炭酸ですよね……?」  
 ルカはおそらく自分用だと思われるピンクのものを手に取ると、香りを嗅いでみる。ふわ、とフルーティな香りがした。  
「なんでしょう……ピンクレモネードでしょうか?」  
「カイ兄の青綺麗だよね! なんか洗剤のジ○イ・シトラスミントの香り、みたいな色!」  
「一気に飲む気失せたんだけど! わざとなの!?」  
 カイトは青い色つき水の入ったグラスを取る。そして香りを嗅いでみると本当に柑橘系の香りがして、うっと唸った。今の言葉を聞かなければ、別段悪い香りじゃないのに。  
「わたしのはメロンソーダって感じ! じゃあ皆で飲もう!」  
 
 ちゃっかり自分は洗剤の色を避け、左手を腰に当てて右手はグッとグラスを掲げ、ミクは宣言する。  
「ローカルルール! “一気飲み厳守! グラスに口をつけたら、飲み干すまで口を離してはいけない!!”」  
「『なんでなの!? 罰ゲーム使用の飲み物なの!? ロシアンルーレット!?』」と大人二人のツッコミには答えずに、さぁ行くよ! と乾杯をするようにグラスを差し出す。  
カイトとルカは目で会話し、やがて諦めたようにミクと同じようにする。  
「『かんぱ〜い!』」と全員で叫び、グラスに口をつける。  
 全員がごくごくとそれぞれのペースで飲み干していく。別段不味いということはないようで、苦もなく飲み干していく。  
 グラスの中身が半分になったところで、  
「…………!!!!」  
 ルカが、固まった。  
 目を瞑り、必死に左手で何かを訴えている。だけど、わからない。いや、わかった。何かが起きたということは。けれども、「ローカルルール」を守って、  
彼女は決して口から離さなかった。女尊男卑というわけでは決してないが、それでもやはり女性が苦しみながら飲み干す姿は、痛々しい。  
「この場に殿が居なくて良かった」とカイトとミクは思った。ルカに顔を歪めさせてまで不味いものを最後まで飲み干させるなんて残酷なシーンを見せたら、たとえゲームで  
ルールであろうとも、斬られそう……。……………………  
 いや、もしかしたらあの人は既に「顔を歪めるほど不味いもの」を飲ませてそうだ、なんてことをカイトは思いながら飲み干した。グラスをテーブルに置き、ふぅと息をつく。  
 次いでミクも飲み干し、グラスを置く。二人してまだ飲み終わらないルカを見守る。ルールを守って必死に飲み続けるルカに対し、カイトもミクも好感度がうなぎ上りだった。  
 時間をかけて飲み終えたルカは、グラスをタンッ、と荒々しくテーブルに叩きつけ、両手で顔面を覆った。  
「る、ルカさん?」とミクが恐る恐る話しかける。  
「……喉越しは爽やかで、香りも素敵。だけど半分を過ぎたとき、ヤツは襲ってくるんだぜ……」  
「わけわかんないこと言ってる!」  
「半分を過ぎたら、激マズだったんだろうな……」  
「冷静に分析しないでよう! うわ〜んルカさんがぁぁぁぁ!」  
 ミクは、ルカの肩をガクガクと揺さぶりながら泣き喚いた。  
          *      *      *  
 
「最初は問題なかったんですけど、途中からすごく苦くなって……あんなに苦いもの、飲んだことなくて」  
「あ、ないんだ」  
 何故かカイトが一人納得してる。女性二人は首を傾げるが、二人とも深追いはしなかった。  
「お二人はどんな味でした?」  
「僕は、色に反してマ○ンテンデューみたいな味で、美味しかったよ」  
「わたしも色とは裏腹にドク○ーペッパーみたいで、美味しかったです!」  
 ルカはミクに貰った口直しのペロペロキャンディ(ピーチ味)を舐めながら、「私だけ……」と遠い目をしていた。雰囲気を変えるためカイトは、  
「ま、まあさ!ほら、今日で一旦仕事終わりで久々に休暇だし、皆で遊ぼうよ!」  
「そ、そうだねカイ兄! 皆でp○p'nでもやろうよ!」  
「伏字になってない! でも久しぶりにやろっか!」  
 と未だに顔を歪めながらキャンディを舐めてるルカを元気付けるべく、カイトとミクは阿吽の呼吸で娯楽のセッティングを始めた。  
 ――それから三人は、さまざまなゲームをして過ごした。「苦い苦い」としばらくは言い続けていたルカも、ゲームに熱中していくうちに笑顔を取り戻し、それまでの悩みも  
吹き飛んだように明るさをみせた。  
 ――ゲームを始めて一時間くらい経過した後。  
「あっつー……白熱したぁ〜……カイ兄ぃ〜……」  
「暑いならくっつくなよ! 嬉しいけど! 熱い!」  
「汗、結構かきましたね〜……」  
「……ルカ、大丈夫? なんか、僕たちより汗ひどい気がするけど」  
「えっ? そう……ですか?」  
 ルカの雪のように白い肌は、ほんのりと桜色に染まっていた。カイトもミクもゲームに熱中していたのでそれなりに汗をかいているが、ルカは二人以上に汗がにじみ出ている。  
「でも、確かに熱いです……ちょっと、汗を拭いてきますね」  
「うん。ちょっと休憩しよー!」  
 満場一致で休憩ということになり、ミクはソファにダイブ、カイトはもう一つのソファに腰を掛け、ルカは自室に向かった。   
 
 自室に戻る。なんだか凄く身体が熱い。暑いというよりは、熱いと表現したほうがいいくらいに。  
 いっそシャワーでも浴びようかとも思ったのだが、何故かそれが出来ない。なので、せめて芳香付きの汗拭きシートで身体を拭き、制汗スプレーだけはしておく。  
 だがやはり着替えだけはしようかと思い、クローゼットを開けようとして、  
「……!」  
 床に、座り込む。  
 身体が熱い。そして何より乙女の秘密の部分が、熱いのだ。  
(何……? なんだか、熱い)  
 確かに互いに多忙で、最近はしてなかった。恥ずかしい話、若干火照る感覚はあった。けれどもこれは、その比じゃない。熱くて、疼く。  
(どうして急に……!? 今日で仕事が一段落着いて休暇だからって、気が抜けた、とでも……?)  
 そんなバカな、と思う。しかし疼く。それに、……蜜が滲み始めているような感覚もする。  
 自分の異常な状態に愕然として、立てない。だから、  
「ルカ殿?」  
 といって部屋のドアが開き、最愛の男性に、Yシャツ未着用で素肌に黒スーツ姿で前をはだけさせた状態で入ってこられては。  
 ルカは驚き、戸惑い、今のこんな状態で会いたくないと思うし、ともすれば好きな人がいる嬉しさもあるし、彼の格好がPV撮影時の衣装と同じなので、PVの内容を思い出して  
しまい切なくなる、と一気に感情が大きく揺れ動くしかなかった。言うなれば、カオス状態。  
 だから、ルカの口から零れた言葉は、仕方がなかったと思う。  
 
「……っっっいやああああ!!!! 神威がくぽ! またの名を、“今もっとも会いたくなかった男”!!!!」  
「んなっ――!? 開口一番に拒絶された! 存在を否定された!!」  
 ルカの言葉にショックを受けて、がくぽはよろめく。そして踵を返して部屋から出て行こうとした。  
 ――待って、違うの! 今のは言葉の綾だったんです! お願い、行かないで――  
 ルカは去り行こうとする彼の背に、慌てて言葉を紡いだ。  
「Stay close to me, my love!!(愛しい人、そばにいて)」  
「えぇっ!? 流暢すぎてわからない!!」  
 慌てて紡いだのでつい英語になってしまった。ルカは、  
「い、今のは……こほん。『喉が渇いたわ。オレンジジュースを持ってきてくれてもいいのよ』と言ったんです」  
「実にルカ殿らしくない上から目線の言葉だった! いや、まあ、いいさ。所望するなら持ってこよう」  
 そういってがくぽは部屋から出て行く。日本語訳を信じたかどうかはさておき、どうやら引き止めることには成功したらしい。  
 ――さて、今のルカの状態を確認しよう。今の彼女は、既に潤み始めるほどの原因不明の性欲の上昇。そしてここは、彼女の私室。オレンジジュースを持ちに行ったがくぽは、ルカの恋人。  
 そばにいてほしいとは言ったものの。  
 ――どうしよう。  
 こんな状態では、会いたくありません。  
 
             *       *       *   
 
 もと来た道をがくぽは戻る。ルカの口から発せられた「“今もっとも会いたくなかった男”」という部分をリピートしながら。  
「はぁ……」  
 溜息が出る。どうしたのだろう。何か気に障ることでもしてしまったのだろうか。しかし心当たりがない。というか、二人で過ごす時間自体があまりなかったわけだ。  
 がっくりとうな垂れながらリビングに戻ると、ミクがドリーミーシアター2ndで遊んでおり、カイトがそれをお茶を飲みながら眺めている。  
「ふっふっふ。どうでぃ! これがわたしのマル秘フィンガーテクニック! とぉぉぉぉ!」  
「ただただ凄いよ……そんなにコンボ決められるなんて。――あれ、がくぽさんどうしたの? ルカのところに行ったわりには早い帰りだね」  
「カイト殿……実はだな、」  
「しかもなに、いつもは綺麗な姿勢なのに前屈みで。男の性? 勃っちゃった?」  
「違う! 貴殿と一緒にするな!!」  
「冗談だって。っていうかどういう意味だよ! ……まぁいいや。でも、本当にどうかしたの? さっきと打って変わって元気ないけど」  
「開口一番に、ルカ殿に拒絶された……なにかしたんだろうか」  
 ――えっルカが? と思いつつ、カイトは顎に手を置き、う〜んと唸りながらがくぽを観察する。  
「そうだなぁ。そのカッコじゃない? 胸元開きに左手の人差し指と薬指で輝く指輪。遊び人みたい」  
「しかしこれは衣装で、」  
「あのね、あのね」  
 ちょうど一曲プレイし終えたらしく、リザルト画面を見ながらミクが会話に参加する。  
「あのね、ルカさんね、がくぽさんのことずっと待ち焦がれてるんだよ! あとね、左手の薬指には今まで一度も指輪をしたことないんだよ!  
『いつか本当に大切な人がくれるまで、しないの』って言ってた! 乙女だよね〜!」  
「ぐはあっ!」  
 ミクの正直な告白、とりわけ最後の部分が「仕事ではめていた」がくぽの胸に刃としてもろに突き刺さる。  
「ミク! 最初の発言は良かったのに最後のは言っちゃ駄目でしょうよ!」  
「えっ! あっ……こほん。――自分、不器用ですから」  
「渋いごまかしかた! ま、まぁ、仕事だから仕方ないよな! うん!」  
「そ、それにしても今日のPV凄かったよね! 濡れ場満載でドッキドキでした! がくぽさんもルカさんと絡めて嬉しかったでしょ?」  
「ははは……そうだな。女性関係にだらしなくて、指輪をはめつつどちらの女にもいい顔して、最終的には男は幸せになれるのだからな。女のほうはどちらかがフラれるが、そう、  
男はいい思いで終わるのだからな。指輪をはめつつ」  
 カイトとミクは「やべーどうしよう」と思っていた。自虐的で乾いた笑いをしているがくぽの姿が、痛々しい。  
 ミクは唇に指を当て、う〜んと小さく唸り、小首を傾げる。  
「でもあれだけ待ってたルカさんが拒絶するとかないと思うけど――……っていうか一度拒絶されただけで逃げてくるとか男かきさまぁ!」  
「――あぁ、そうだ。ルカ殿からオレンジジュースを持ってこいと言われたんだった」  
 そういって若干フラフラとした足取りで冷蔵庫まで向かうがくぽの背を見つめつつ、カイトはミクに問いかける。  
「そういえばさ、ミクはさっきマスターにメール送ってたけど返事は返ってきたの?」  
「うん。結構早く返事が返ってきたよ。それでね、『美味しい食べ物送ってー』の部分について、『あとで届けるから、今はおいしい飲み物を飲んで我慢しなさい』って書いてあって」  
「……ああ。アレね。あのロシアンルーレットみたいなソーダ水?」  
「うん。『キッチンの隅にある小さいほうの冷蔵庫に栄養滋養ドリンクがあるから、三人で飲みなさい。どれか一つはアタリがあるよ』って!」  
 そういいながらミクはマスターからのメールを見せる。メールを眺めながら、カイトは息を呑む。  
「……待って。アタリがある?」  
 
 ゲームをした後、ルカだけ異常に汗が出ていた。そして彼女の飲んだドリンクは、とても苦かったという。  
「ってことはルカのドリンクがアタリだったのか。……いや、ハズレじゃないか!」  
 いや、待て。おいしいは、必ずしも“美味しい”というわけじゃないんじゃないか? そう、例えばミクとばったりお風呂場で遭遇するとか、そういう“オイシイ”かもしれない。  
 そう思うとなんだか全てが繋がる気がする。ルカだけ自分たちより汗が出ていたこと。待ち焦がれていた人物を拒否したという部分は、『“そういう気分”だからそばにいてほしくない、痴女だと思われたくない』だとすれば――  
「カイ兄どうしたの? 真面目な顔して」  
「つまり、今のルカの様子が変なのは『ルカルカ★サタデーナイトフィーバー』だからだ! Q.E.D.」  
「えぇっ!? いきなり“つまり”とか言われてもわかんないよ!」  
「なにかわかったのか?」  
 トレイに足つきの豪華なグラス――ゴブレットを乗せ、がくぽが寄ってくる。ゴブレットにストローまでささってるので「機嫌取りする気満々だ!」とミクは思った。  
「がくぽさん、大丈夫。謎は解けた。ルカは、がくぽさんを必要としているはずだと思う。ナイトフィーバー状態だから」  
「いや、踊ってはいなかったが」  
「そう意味じゃなくて。――あ、いやなんでもない。でも普通に接すれば上手くいくと思うよ」  
 ――あくまで自分の中の解答だし、正解だったとしても僕が言うことじゃないよな、と思ったのでカイトはただがくぽの背中を押すことに徹する。ミクは「せめてわたしには答えを教えろー!」と頬を膨らませてカイトの背中にしがみついていた。  
 
 
 ルカはセミダブルのベッドの上をごろごろと転がりながら、いろいろと激しく悩んだ。  
 ――こんな状態では会いたくないです! ふしだらと思われてしまいます! 絶縁されてしまいます!  
 ルカは想像した。今の状態を告白し、彼を誘うところを。なんとも冷たい瞳で、ルカを拒絶するがくぽを。――そして、誰か別の女性と去っていくところをルカはイメージした。  
 ルカは両手を頬に当てて絶望する。  
「冗談じゃありません! そんなことになったら、私は……」  
 右手に日本刀、左手に火炎瓶を持ち『暴苛露連合初代総長巡音流歌、夜路死苦』なんてことになっている姿が浮かんだ。  
 何故か、そんな姿が浮かんだ。人はショックを受けると変わると聞いたことがあったのだ。  
 とにもかくにも、今は自分の状態をなんとかしなければならないとルカは思った。オレンジジュースなど、持ってくるのに時間なんか掛かるはずもないから。  
 ――寝るのはどうだろう、と思った。しかし、秘所が疼いて眠れそうもない。なのでナシとする。  
 ――では、別の誰かに熱を冷ましてもらう――バカな、ありえない。がくぽ以外の男に抱かれるくらいなら、ロードローラーに撥ねられたほうがマシというもの。  
 ――かくなるうえは。  
「自分……で……」  
 じっと、ドレス越しに秘所を見る。自分で慰めたことなどただの一度もないのだけれど。夜、がくぽがしてくれたときの手の動きを思い出せば――……  
「…………」  
 そっと、ドレスの中に手を入れて。そして――  
「……やっぱり出来ませんっ!!!!」  
 うわあぁんと泣きながらベッドを飛び降り、ルカはバルコニーに飛び出した。  
「あんなことを考えるなんて破廉恥です。最低……」  
 くすんと涙を溢しながら外の世界を見る。そよそよと風が吹き、ルカの長い髪を揺らす。  
 次いで下を覗き見る。庭があり、ミクが一生懸命育てたネギ畑や、ミクとルカが一緒に育てた小さな花壇もある。  
「あ……その手がありました!」  
 
 ――ここから飛び降りて頭を打って気絶してしまえば、起きた頃には熱も冷めてるはず!  
 仮に冷めておらずとも、夜になっていればいい。ルカは「男を誘うことがふしだら」という考えではなく、「昼間から男を求めることが嫌」なのだ。  
 今現在は午後4時くらいで、夕方。昼というには遅く、夜というには早い。そんな時間だから辛いのだ。頭を打って気絶する、という普段の彼女からすればありえない奇行に走りたくなるくらい。  
 ルカは嬉々として手すりから身を乗り出し、下を覗き見る。  
「…………」  
 覗き見る。  
 ――確かに、高い。だけどここから飛び降りたのではただ痛いだけで、気絶するほどの衝撃は得られない気がする。  
「三階から飛び降りたほうがいいかしら……」などと考えていると、  
「……そんなところで何をしているんだ?」  
 背後からがくぽの声が聞こえた。おそらくオレンジジュースを持ってきてくれたのだろう。ルカは彼に振り向きもせずに説明した。  
「ここから飛び降りて頭を打って気絶しようと思ってるんです! どうです? 天才でしょう?」  
「今説明された行動のどの辺に、天才的要素があった!?」  
 ルカは手すりから下り、部屋の中に戻りながら「やっぱり、三階から飛び降りたほうがいいでしょうか」と呟いた。それに対し呆れたような声で「そうじゃないだろこの場合」と返ってくる。  
 テーブルにつく。ご丁寧にもゴブレットにオレンジジュースが注いであり、ストローまでもがささっている。  
 喉は渇いていなかったのだが、頼んだ手前飲むしかない。ルカはストローを咥え、オレンジジュースを飲む。  
「…………」  
 その様子を、ルカの対面に座るがくぽが頬杖をつきながら見ている。  
「…………」  
 見られてる。  
「えっと……飲みますか?」思わずそう聞いてしまう。  
「いや、別に」こちらも、そっけない返事だった。  
 もう一度ストローに口付け、飲む。じっと、彼を見つめる。やっぱり整った顔をしている、そう思った。見慣れているし、ずっとそう思っていたはずなのに、なんだかいつもより意識してしまう。大体なんでその服装のままなのか。  
前をはだけさせて胸元を大きく露出して。露出狂?  
 “自分こそ着替えずドレス姿のままで、肩周りを大きく露出させている”ことは棚に上げ、心の中でがくぽに悪態をつく。  
 ――大体なんで“洋”の服装なのか。いや、彼が“洋”の服装が似合わないというわけではない。むしろ似合っている。そもそも普段の羽織の下は保護スーツ状で既に“和”とはかけ離れているわけで。そもそも今の格好はPVの衣装だと  
理解しているわけで。問題はそういうことではなくて。今の自分の状態が変だから、どうでもいいことが気になってしまうわけで――  
  ――熱い。身体が、熱い。  
 ルカの頭の中で、誰かが囁きかける。  
 ――頼んでしまえ。頼んだところでなにか不都合があるというのか?  
 そう。そうだ。いいじゃないか。彼は恋人で、他に頼める相手もいない。ごくごく自然なことではないか。恥じらいなど、捨ててしまって。  
「……がくぽさん」  
「ん? なんだ?」  
 やわらかで、優しい微笑みをがくぽは返す。  
「あの、ですね……私を……」  
 胸の前でぎゅっと手を組み、ルカは言った。  
 
 
「私を、滝に連れて行ってください!」  
 
「何故!?」  
 突然のルカの告白にがくぽは心底驚き、頬杖をついていた手が滑る。しかし、ルカは至って真面目な顔だった。  
「滝に打たれて身も心も清めたいのです! あ、なんだったらシャワーの冷水を思い切りかけていただければ、結構です!」  
「なるほど、滝行か! ……いや、そんなことはどうでもいい! そのようなことをしなくともルカ殿は清らかだろう?」  
「お互い全てを見せ合った仲なのに、アナタ、ちっともワタシをわかってないのね……」  
「艶かしい声と台詞回しにゾクッとした! ……こほん。わかった。そんなにいうなら拙者も共に滝に打たれよう」  
「本当ですか? 嬉しいです。でしたら一緒に滝に打たれつつ、ディープキスでもしましょうか」  
「身も心も清めるんじゃないのか!? というか滝行にもキスにも集中できない! ……いや大惨事なうえに下手したら窒息死するわ!」  
「ああ……素敵……」  
「窒息死が!?」  
「貴方の全てがです」  
「いや、改めて言われると照れるな……ってそうじゃなくてだな!」  
「ふふふっ……」  
 実に楽しそうに、ルカは笑った。楽しい。こういう何気ない会話が、楽しくてたまらない。  
 ――だから、平気ですよね?  
 ――この発言が、二人の関係を壊すなんて事、ないですよね?  
 「あっ……」  
 ――熱い。  
 熱い。苦しい。助けてほしい。冷ましてほしい。気づいてほしい。  
 ルカの異変に不安に思ったのか、がくぽは気遣いの言葉を――今の彼女にとってはまさに希望の光、同時に爆弾を投げつけた。  
 
「大丈夫か? 何か拙者に出来ることがあれば、協力するぞ?」  
 
「……ほん……とう……に?」  
 ああ、とがくぽは頷く。ルカは思わず息を呑む。  
「今、身体が熱くてですね……」  
「ほう。冷ませばいいだろう」  
「ちょっと、普通の方法じゃ冷ませなくて。だから、例えば私が『私の熱を冷ますには、返り血を沢山浴びるほど人を斬ることなんだ……』と言ったら、それでも協力して  
いただけますか?」  
「ああ、うん、難易度が高すぎると思うのだが!」  
「ですよね。まあ、冗談だったんですけど。あのですね、私が助かる方法は最初は三つあったんですけど。一つは『私がこの生命を終えること』」  
「論外だな。そもそも『助かる』ことじゃないと思うのだが!」  
「死によって解放――幸福に繋がることも、なくはないと思います」  
「た、達観している……! た、確かにそれも一つの正論だ! しかしそれは駄目だ。次!」  
「もう一つは、『私が熱に耐えること』……ごめんなさい。これも、もう無理そうです」  
「では、最後の一つは?」  
「…………」  
 ドクンドクンと、自分の鼓動の音がやたらと大きく聞こえる。  
 さぁ、言おう。ベストを、尽くそう。  
 大丈夫、大丈夫だから――  
 ルカはゆっくりと立ち上がるとがくぽの正面にまで移動する。不思議そうな顔をする彼に、そのまま倒れこむように抱きつくと、耳元で告げる。  
「――お願い」  
「――――!」  
「貴方の全てで、私を冷まして」  
              *     *     *    
 
 ルカを抱きとめながら、がくぽは後悔を表すように表情を崩し、唇を噛んだ。  
 ――どうして言わせてしまったんだろう。  
 様子がおかしかったのは、わかっていたのに。  
 それに、よくよく考えれば言葉の節々に“それ”を感じさせるものがあったじゃないか。  
『滝に打たれて“身も心も清めたい”のです!』と。しかしそうかと思えば、  
『一緒に滝に打たれつつ、ディープキスでもしましょうか』と。  
 その言葉をいつもの――この家族間での団欒の一環として片付けてしまったから……いや、違う。その前から、オレンジジュースを飲んでるときから、なにか期待するような  
瞳で見られていたじゃないか。  
 冷まして、と頼んだ彼女は、それ以上はなにも言わず小刻みに震えながら、ただ抱きついてくる。  
 熱いんです、と言いながらこんなにも震えているのは。  
 ――口に出した願いを、自分を拒絶されるのを恐れているからだ。  
 がくぽは自分の愚かさに呆れて、おもわず溜息をついてしまう。ルカは大きくビクッと震えた。  
 その、愛しい彼女を力強く抱きしめる。あっ……と先程よりは安堵したような声がルカの口から洩れる。がくぽはルカを抱き上げると寝台に移動した。  
 
 黒一式で装飾されたセミダブルのベッドの真ん中に、自分の膝の上にルカを乗せる形で腰を下ろす。ルカが今着用しているドレスは、胸元が鎖骨が見えるほど開いている  
ものなので、彼女の背後からそこに両手を入れ、胸を掴む。  
「ひゃうっ!」  
 優しく掴んだはずなのに、予想以上に甲高い声をルカは上げた。久しぶりに聞く嬌声を悦ぶようにがくぽは胸を揉む。肩周りが大きく露出する造りになっているため、ドレスもブラジャーもストラップレスという  
肩紐がないタイプのものなので、あまりに揉みしだかれるとずれてしまいそうになる。  
「あぁ……あっ! ち、違うの……」  
「えっ?」  
 ルカの言葉に、がくぽは手を止める。ルカは僅かに振り向くと、胸を掴むがくぽの右手に自身の手を重ね、  
「……そっちじゃなくて、……こっち……」  
 と秘所へと誘導する。ショーツの上から彼の手が触れた途端、ビクッとルカは震え、声を上げる。  
 下着越しでもわかるくらいに濡れてしまっているルカの秘所。いつもより大胆な行動、まだそれらしいこともしていないのに異常に濡れた秘所に興奮を抑えることができず、  
がくぽは一気にショーツを引き下ろしてしまう。ドレスと同じ薄紫色のショーツを床に置き、直に秘所に触れる。  
「ひぁっ!」  
「すごく濡れてる」  
 ボソッとルカの耳元で囁く。ルカは恥ずかしそうに頭を横に振り、震えながらがくぽの右手を掴む。  
「言葉にしちゃ、ダメなんです……!」  
「そうは言っても、」  
 重ねられた手を左手で掴んで、濡れた秘所に触れさせる。ぬちゃ、という水音がした。  
「濡れてるだろう?」  
「も、……いじわる……」  
 秘所に触れさせたルカの手を退けて、がくぽは自分の指を花びらの奥に侵入させる。既に洪水状態の彼女の秘所は、彼の指をすんなりと受け入れる。  
 突き入れる指を二本に増やす。がくぽの長い指が一気に根元まで埋め込まれ、そうかと思えばまた引き抜かれる。その繰り返される動作に、ルカの身体に衝撃が走る。  
「あっ! ひぁっ!!」  
 二本の指が中をかき回す。そうすると、くちゅ、と生々しい音が響き、溢れる蜜がしたたり、二人の情欲をそそった。がくぽはかき混ぜながら親指で秘所の上にある突起を刺激する。  
「あ……あぁ! だめ、私、……あぁぁぁぁんっ!」  
 ルカは大きく嬌声を上げた。びくびくと身体が痙攣し、プシャッと音を立てて潮を吹いた。  
「はぁ……はっ、はぁ……」  
「え、っと、……ルカ殿、どうだ?」  
「あ、はい……気持ちよかったです」  
 “熱は冷めたか?” というニュアンスでがくぽは聞いたのだが、思いがけない返事が返ってきた。ルカは後ろのがくぽに身を寄せ、安堵したように息をつく。  
「ちょっと、落ち着きました」  
「どうして、こんなに?」  
「わからないんです。何故か、急に。……その、ご無沙汰でしたから、火照る感覚はあったんですけど、この数時間で急に。本当につらくて。自分で慰めるしかないのかな、  
なんてことも考えてしまったり」  
「む。それはちょっと見たかった」  
「…………」  
 ルカはむくれながら背後の彼に肘鉄を食らわせる。「痛ッ!」と小さく苦悶の声が聞こえる。その声を耳に入れながら、ある事に気づいた。  
 ルカの今の体勢は、がくぽの伸ばした脚の膝の上に、彼と同じように脚を伸ばすような姿勢だ。  
 すると下を向けば、彼のモノがどうなっているのかがよくわかる体勢という訳で。  
 ルカはがくぽの膝の上から退くと、彼の両足の間に顔を近づける。未だに苦悶していたがくぽもその状況に目を丸くする。  
「――えっ!? ルカ殿!?」  
「いつも私ばかりしてもらって悪いですから、私が、……して、あげますね」  
「する、って……?」  
 我ながら馬鹿なことを聞いた、とがくぽは思った。この状況で、あの発言で、何をするかなんて、わかることなのに。  
 既にルカはベルトを緩め、ファスナーを下ろしていた。正直に言えば嬉しい。けど、行為が行為だ。彼女を汚したくないとも思う。  
 そんな彼の考えは余所に、ルカのほうは現れたがくぽの欲棒に、ひゃっ、と驚きの声を洩らしていた。  
 じっと、まじまじとそれを見つめるルカ。猛々しく、いつもルカを翻弄するそれを、文字通り目の前で見るのは初めてなので、緊張する。  
「ルカ殿、それは、」  
「だ、大丈夫です! そこはかとなくやり方は理解しているつもりですから!」  
 よほど焦ったのだろう。持って回った妙な返事が返ってきた。  
 
 すっと、ルカの白く細長い指が伸びる。欲棒に触れる、と思った矢先に「あっ」と何かを思い出したような声をルカが出す。  
 ――どうしたんだろう、とがくぽは思った。いよいよされる、と思った瞬間に手を引っ込まれたので、良かったような、残念なような、いろいろな感情が駆け巡る。  
 だが、ルカのとった行動に、いろいろな感情など一気に吹き飛んでいった。  
 ルカは彼の両足に顔を近づける形で寝そべっていた身体を一旦起こすと、ドレスの胸元をグイッと下にずらす。薄紫色のブラジャーが現れ、背に手を回して留め金を外す。  
ストラップレスタイプだったので、留め金を外すとぶるんと大きく揺れて、彼女の魅力の一つである胸が出現する。  
 白く、丸い大きな膨らみに、中心で可愛らしく尖る桜色の乳首。久々に見る彼女の胸に、彼の心も、彼の欲棒も、ドキッと反応する。  
 ルカは恥ずかしそうに照れながら、もう一度先程の体勢になる。両手で自身の胸を持ち上げるようにして、彼自身を挟み込んだ。  
「うぁ……!? ル、ルカ殿、何処で、このようなこと……!」  
「んっ! ……えっ? あぁ、ダメですよ。そんなことを聞いちゃ。女の子の秘密の領域です」  
 そういって淡く微笑んで、胸を上下する。  
「……うっ、あ……っ……」  
「だ、ダメですよ! そんな、声を出しちゃ。 ただでさえ色気のある低音なんですから、私までドキドキしてきちゃいます……!」  
「こ、の状況で、声が出ない男がいたら、教えてもらいたいものだ」  
「他の男性としたくないですよ。……あ、先のほうから滲み出てきました。気持ちいいって事ですよね?」  
「聞かないでくれ……」  
「ふふっ。さっきのお返しです」  
 胸を上下しつつ、先走った液の滲む尿道口を舌先で突き、液を舐めとり、くびれた部分に舌を這わせた。なんだか妙に上手い。しかしその行為とは裏腹にルカの表情は、  
赤らめながらも「これで合ってるのかな?」という風にどこか不安そうだ。  
 その表情と、上下する胸。妙に上手い舌の動きに加え、――狙ってるのか天然なのかわからないが、時折上目づかいなのがすごく良い。  
 彼女の髪に飾られた黄色い花のアクセサリーも、なにもかも。全てががくぽを翻弄し、爆発の瞬間が訪れる。  
「……ル、カ殿! 限界だ……!」  
 そういったものの、ルカは放してくれなかった。上目遣いで微笑されてしまう。抑えることができず、がくぽはそのまま彼女の口の中で射精してしまった。  
「んっ!? んんん……うん……うくっ……ん」  
「うわっ! す、すまないルカ殿! 吐き出していいから!」  
「……?……ん、平気、です」  
 そういってごくんと飲み干してしまった。「どうして」とがくぽが驚愕しているとルカは、  
「――今日、とてつもなく苦い飲み物を飲んだんです。アレに比べれば、全然平気です。……だって、がくぽさんの、ですから」  
 そういってポッと頬を赤くして両手を頬に添える。  
 ――ああ、やばい。すごく彼女が愛しい。  
「――でも」  
 ルカはもじもじしながらがくぽを見る。「ん?」と首を傾げるがくぽにルカは、  
「えっと、せっかく少し熱は冷めたのにまた熱くなったといいますか。その、ここには、まだ注いでもらっていないと言いますか」  
 赤く染まる顔は横に向けながら、ドレスの裾をチラッとたくし上げる。  
 ――ああ、やばい。  
 彼女は何処までも、自分を翻弄する存在だ。  
 
 誘惑してきた彼女を、がくぽは押し倒した。横を向いていたルカにとっては不意打ちで、きゃ、っと悲鳴を上げる。  
 唇を重ねる。思えば、久々であった。互いの舌が絡み、貪るような口づけをしながら、ルカはすっと手を伸ばして彼の髪を解く。長い髪がばさりと拡がり、ルカは優しく手で梳く。  
 その行動に何の意味があったのか分かりかねない、という表情でがくぽはルカを見つめる。ルカは「いつもするときは髪を下ろしているから」と答えた。よくはわからないが  
彼女なりのこだわりがあるのだろう、とがくぽは思う。  
 ルカの長い脚を大きく開き、濡れた秘所に欲棒が当てられる。小さく声を上げるが、ずぷっとモノが侵入してくる感覚に大きく喘いでしまう。  
「ひゃあぁぁぁ……! あうっ……!」  
「……っ、やはりここが、一番気持ちがいいな」  
「は、い。……すごく、気持ちいいです。あ、あぁん!」  
 あんなにスムーズに侵入できた彼女の秘所は、がくぽが少し突くだけで締め付け、絡みつく。  
 奥深くまで欲棒が押し開いていく。最奥まで突いてくれそうで、しかし突いてくれずにぎりぎりまで引き抜かれる。その繰り返される行動に、もどかしくも感じてしまう。  
「はぁ、あんっ! だめ、焦らさないで、もっと深くまで……熱い、熱いの……」  
 ルカの求めに、がくぽは応えるようにぐっと突き入れる。最奥まで届く感覚にルカは震え、仰け反り、がくぽの背筋にも電撃に似た衝撃が走る。  
「あんっ! ひゃうぅ! 気持ち、いい……気持ちいいです……!」  
「くっ……拙者、も、だ……」  
 がくぽも、もう余計なことを考えられずにいた。ただただ本能のままに腰を動かし、ぶつける。そうする度に、二人に愉悦の波が拡がっていく。  
「はうっ……! すごい、熱い……あぅ、でも気持ち、いい」  
 ――こんな時間から求めるなんて、身体を重ねるなんて、……二人の関係が終わってしまうかもしれないなんて思っていた自分がバカらしく思える。  
 ルカは快感に震える手をがくぽの頬に添えて、喘ぎながらも微笑む。  
「あうっ! ん、んあっ! 私、もう……! あ、……いっぱい、注いでくださいね?」  
「……本当にルカ殿は、拙者を翻弄するな……」  
 
         *     *    *  
   
 あの後、何回したかわからない。  
 先程のようにがくぽの膝の上に乗り、彼に身を預けながらポツリと溢す。  
「明るいうちから服を着たままセックスするなんておかしいですよね……」  
「まぁ、アレだ。『そんな日もある』」  
 否定的でないがくぽの返事に、ルカは内心でとても安堵していた。  
「...Can you stay forever more?(貴方は永遠を誓えますか?)」  
「……え?」  
 言葉がわからない、という彼の不思議そうな声にルカはくすっと笑う。首を傾け上目遣いで彼を見つめて、  
「Stay close to me, my love(そばにいてくださいね)」  
「それはさっきオレンジジュースがどうのこうの……え? あれっ?」  
 うろたえるがくぽを余所に、ルカは笑顔で彼の手に手を重ね、指を絡ませたりして遊んでいた。そして、ふと、彼の左手に注目する。  
「……綺麗な指輪ですねぇ」  
「――――!!」  
 すうっと、がくぽの背筋が寒くなった。  
 
 一方、リビング。  
 一つのゴブレットに、二つのストロー。ゴブレットの中には紫色の飲み物が注いであり、しゅわしゅわと音を立てている。  
「ミク。これの香りは、普通。どっちかと言うと美味しい香り」  
「でもでも、カイ兄? わたし達が飲んだドリンクは香りとは裏腹に〜ってやつだったでしょ? これも香りとは裏腹にひどい味なんじゃない? たとえば、  
ナスの漬物の絞り汁とかだったらどうする?」  
「うぅわしょっぺぇぇ! 飲みたくねぇぇぇぇ!」  
「でもなんか気になるもんね。ルカさんが飲んだアレは直球ド真ん中ストレートの媚薬だったけど、わたしたちが飲んだのは香りと味が一致しないだけで普通だったし」  
「そもそもその時点で普通におかしいんだけどね! でもやっぱ気になるよな……よし、“せーの”で一緒に飲もう」  
「ルカさんみたいにちゃんとローカルルールを守ろうね!」  
 カイトとミクは頷きあい、それぞれストローに口付ける。思ったよりも顔が近く、二人とも頬を赤くしてしまう。お互いの表情を見て、お互いが笑い、“せーの!”と  
言い、吸う。  
 ドリンクよりも、目線をどこに置けばいいんだろうと二人して内心で焦っていた。だが恋人同士だ。前を、……顔を、見ればいいやと思い視線を相手に合わせる。  
 近い。顔が。唇と唇のキスだってしたことはある。それなのになんだが恥ずかしい。なのに、目を背くことなんてできない。瞬きすらできない。いや、出来ないんじゃない。  
したくなかったのかもしれない。  
 飲み終わる時間は、長かったのか短かったのかはわからない。ただ、妙に嬉しかった。お互い気恥ずかしそうにそっぽを向いて頬を掻く。  
「……ミク」  
「……カイ兄」  
 お互いを指差して、主張した。  
「『あのドリンクの味は、黒酢カシスベリーソーダの味だ!!』」  
「香りと味が一致してるとか、マスター適当すぎるだろ!」  
「でも漬物の味じゃなくてよかったよね!」  
 
 二人が飲み物の感想を述べ合っていると、リビングにがくぽとルカがやってきた。がくぽは髪は下ろしているが同じ格好なのに対し、何故かルカは着替えていて、  
サイレンスという名前のシスター服を着ている。  
「あ、戻ってきた。って、うわっ殿! なんかスゲーやり遂げた男の顔!!」  
「は?」  
 カイトのツッコミにがくぽは首を捻るが、そのままルカと冷蔵庫に向かいスポーツ飲料水を出して二人で飲んでいる。遠くゴウンゴウン、と洗濯機が回っている音も聞こえる。  
なんだか生々しいと思った。  
 ミクはグラスを持ってソファに腰掛けたルカを見つめる。  
 ルカはいつもどおり穏やかで落ち着いていた。だがさっきとは打って変わって元気なのがわかる。おそらく明日になればホルモンの影響がどうのこうので、肌の調子も  
今以上に良くなっているのだろう。  
(これが“オンナ”の内から滲み出る輝きなのかな?)  
 ――わたしも味わってみたい。オンナとしての悦びを――愛する人に包まれるという安堵感を。  
「どうしました?ミクちゃん」  
「ん〜ん。ただいつになったら『わたしのターン!』って言えるのかな……」  
「? ……ええと、次かその次?」  
「だといいなぁ。あ、ねえルカさん、なんで着替えてるの?」  
 理由はわかっていたけど。何故シスター服なのかが気に掛かったのだ。  
 ルカは恥ずかしそうに頬を赤らめて視線を逸らしながら言った。  
「その、未熟者ですからとんでもないことになってしまったので。頭に響いた声はきっと私の煩悩! ですからこの服を着て修行を――禁欲をしようかと思いまして」  
 キリっと表情を正して手を組み、語る。今の発言ががくぽとカイトにも聞こえたようで、「えっ!?」と驚いていた。カイトが代表してルカに問う。  
「じゃあさルカ。がくぽさんがその、したくなったら、どうすんの?」  
 ルカは今気づいた、というようにはっとする。目を瞑り考えを纏めると、両手を合わせてがくぽににっこりと微笑む。  
「一緒に禁欲頑張りましょうね!」  
「そうきたかぁぁぁぁ!!!!」  
 ――折角の休暇なのに? 久々に二人の時間が出来たのに? さっきのアレだけでしばらく触れてはいけないと言うのか!?  
「あっ、そうそう。シーツは洗濯中なので、今夜はそちらにお邪魔しますね」  
「ますます無理だぁぁぁぁ!!!!」  
「ははははは! ま、殿、頑張れよ」  
 ポンとカイトががくぽの肩を叩く。  
「さて! ミクちゃんなにかゲームでもしませんか?」  
「うん! あのねぇ、レイシキやろレイシキ!」  
 未だにショックを受けてるがくぽを余所に、ルカとミクは楽しそうにゲームを始めているのだった。  
 
 
「よ、夜眠るときはシスター服じゃない(神に仕える服じゃない)から襲うというのはどうだろう、カイト殿」  
「いやぁ〜……そりゃまずいだろ殿」  
 

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