夏祭り、ハロウィン、クリスマス。イベントのある時期はVOCALOIDたちの住まう電脳空間も同様にせわしなくなる。
もっとも、VOCALOIDたちが人間と同じようにイベントを楽しむわけではない。
イベントは、それに連動して人間が歌を作り、VOCALOIDたちに歌を歌わせる、VOCALOIDたちにとっては一種の書き入れ時なのである。
したがって、発売当初から売れっ子のミクなどは、イベントの日をイベントとして楽しんだことは一度もない。
そのかわり、VOCALOIDたちのイベントは、オフラインのイベントが終わって季節物ソングのネタが尽きた時か、学生マスターなら試験期間、社会人マスターなら決算で死にかけている時に催されるのだ。
そんなわけで、クリスマスから3日遅れ、正月ネタに走るマスターが曲を用意し始める前のこの日に、
VOCALOIDのクリスマスパーティーが電脳空間で華やかに行われていた。
「え、何で。どーしてがくぽさん、まともな格好してるんですか?」
思い思いのコスチュームに身を固めた数多のVOCALOIDたちの間をくぐり抜け、目的の人を見つけた初音ミクは、驚きの声を張り上げた。
「いつもは時代錯誤な羽織袴かふんどしでネタ歌うたってるひとが、今日に限ってスーツとか、絶対おかしいです!」
「いや、我がますたーがネタ歌師なのは某の責任では…というか、おかしいのはおぬしではないのか、正月はまだであろうに」
かわいらしく頬を膨らませて文句を言うミクは、赤い着物に緑色の帯の振り袖を着ていた。黄色い髪留めをがくぽに見せるようにくるりと一回りして、某ストーカーの歌を口ずさむ。
「あなた好みの女になったわ どう?わたしきれいでしょう?」
「ええと、はじめましてこんにちは?」
「ひどーい」
そういうとミクはケラケラと笑って、がくぽの傍らに寄り添った。そしてない胸を張って言い放つ。
「がくぽさん、毛唐の祭はよく分からんとかアホなこと言って、いつもいつも一張羅の紋付袴で出て来るじゃないですか。
どうせ今日も空気読まない格好して、壁の花してるだろうと思ったから、居づらくないようにわたしも付き合ってあげようかなって思ったんです」
その横に並んでもおかしくないように。
「そうか」
「それより、がくぽさんこそ、何で宗旨替えしたんですか?毛唐の服は苦手だとか間抜けなこと言ってたじゃないですか」
「ふむ」
下から覗き込んで来るミクの頭越しに、どこかのMEIKOがどこかのKAITOのマフラーを掴んで引きずって行くのが見えた。
知り合いのKAITOは自分のマフラーを以てこれはめーちゃん専用の手綱なんだと蕩ける笑顔で言っていた。
付き合いのある鏡音の双子に言うところによると、彼らは自分の唯一無二の相方のちょんまげとリボンは、どんな人ごみの中でも微細な違いを識別し、見間違えることはないらしい。
それに比べれば。
何の繋ぎ止めるよすがもない自分たちは。
「…おぬしは、壁に大人しく張り付いているような花ではあるまい。自由にどこへでも自分の意思で飛んでゆく。
そう、獲物の訪れを待つではなく、自ら補食しに行くたいぷというか」
「それ花違いませんか」
「おぬしはいつも、大勢の者に囲まれておるしな。となると、追いかけるには、二本差しでは難儀する…だんすにも誘えぬしな」
堂々と言い放ったその白皙の美貌の、頬の当たりが少し赤かった。
「がくぽさん、盆踊り以外にも踊れたんですね」
はにかみながら答えるミクの頬も林檎のように染まっていた。
「少々驚いたが、振り袖姿も似合っておるよ」
「がくぽさんも、素敵です。草履ではなくて、革靴だったら、もっと」
初々しく頬を染め合うカップルの、数日遅れの聖夜が更けて行った。
終わり