ただのカイメイ小ネタ  
 
 
床に寝そべってテレビを流し見る俺の胴体を背もたれに、メイコが座る。  
「この番組、つまらないなら変えたら?」  
よっぽど俺が無表情に見えたらしい。疲れてて内容をまったく頭に入れて無い俺は、一瞬テンパって「チャンネル変えていいよ」とちょっとずれた答えを返す。  
番組は本当につまらなかったのか、彼女はリモコンを持ち上げてザッピングを繰り返す。液晶が景色を変える。  
 
チャンネルの主導権をメイコに譲り渡して、ヒマになってうとうとし始めた俺の鼻腔を、甘い匂いが掠めた。  
その正体は、リモコンを動かすために持ち上げた腕の下から香る、彼女の体臭だと気付く。  
そうか、彼女は仕事から帰ってきたばかりだった。  
 
ぼんやりと考えて、甘い香りに脳を侵されながら視線を下へと辿らせる。  
赤のセパレート。外では珍しくないメイコの衣装。  
 
衣装とカラーリングが大胆なので、そういうイメージを抱いていたが、実生活で彼女と付き合ってみると意外と繊細なことがわかった。  
私服は逆に身体のラインを隠すようなゆったりとしたものが多い。プライベートでこの服を着た彼女を見るのはだいぶ久しかった。  
 
 
俺の目線の高さに、なだらかな背中がある。  
背骨の突起、腰のくびれ。たるみのない、少し日焼けした肌の下には歌唱に必要な筋肉の存在を感じさせ、健康的な魅力を放っている。  
短いレザーのスカートと黒いスパッツから延びる脚は、傷ひとつなく細いながらにバランスよく肉が付いていて、なるほど以前一緒に仕事をした中年のプロデューサーが彼女の脚ばかり見ているのも頷けた。  
 
 
彼女に送る自分の視線に不躾さが混じったことをふと疚しく感じて、恐る恐るメイコの顔を見上げる。  
メイコは始まったばかりの深夜番組に落ち着いたらしく、画面に釘付けになってしまっていた。  
俺に気づいていないどころか、もう眠ってしまったとでも思っているのかもしれない。  
 
 
ただの、出来心。  
 
俺は脳裡に吹き込まれた悪魔の囁きを、深い考えもないまま受け入れた。  
無防備な、―――本当に無防備なその部分に両手を伸ばし、そして。  
 
「ひゃあ!?」  
無防備な脇腹に両手を翳して、一心不乱に指を動かす。  
「あはっ、あはははははっ、や、はは、やめっ」  
完全に不意を討たれて脇腹を猛烈にくすぐられたメイコは、身体を大きく驚かせた。  
「あはは、ばかっ、あははははっ、ひ、は、はぁっ」  
ひたすら馬鹿笑いを続けるメイコを見ると俺も段々楽しくなって、逃げを打とうと悶える細い腰を、身体を起こし馬乗りになってきつく抑えこむ。  
「ひははっ!やだっ、あは、たすけ、てっぁ、あははっ!」  
本当に苦しくなってきたらしく、激しくなった抵抗。それでもやめようとしなかった俺に、彼女の空笑いは段々悲痛さを帯びて。  
 
「やだぁっ!はっ、ぁっ、…はぁっ、はっ」  
 
追いすがる腕を渾身の力で振り払い、ようやく逃げ出せたメイコは、喘ぎ混じりに息を整える。  
俺は、ただ茫然と自分の手と、その向こうの弱った彼女を見比べた。  
そして、息を飲んだ。  
 
乱れた茶髪が上下に振れる。  
彼女の頬から耳までの肌は酸欠で赤く染まって、焦点の定まらない瞳と縁取る睫毛は淡く濡れていた。  
呼吸を正そうと動く唇から、唾液が滴って、顎を伝いやがて落ちる。  
 
 
懲りない悪魔が、俺の中で増長するのを感じた。  
 
 
 
 
続きません  
 

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