「♪ツーマンネ〜、ツーマンネ〜・・・」
携帯から、物憂げな歌声が響き渡る。
「う・・・」
その持ち主である彼女は、息も絶え絶えの様子でどうにかこうにか手を伸ばすと、ようやく携帯をひっつかんだ。
おぼつかない手元でボタンを押して歌声を止め、ディスプレイの時計を見てみる。
午前11時。
(・・・なあんだ、まだ昼前かあ・・・)
すっかり安心しきった彼女は、酒瓶に囲まれた布団の中央で、ぼふ、と再び枕に顔を埋め、夢の世界へと落ち込んでいった。
その時である。
「・・・何べん電話させりゃ気が済むんだテメーは!」
どがん、とドアを蹴破り、黄色いサイドテールの少女が部屋に乱入してきた。
「ひいっ!?」
その勢いに、部屋の中で中央で眠っていた彼女は咄嗟に身を起こす、と。
「・・・んぐ・・・」
「お、おい・・・?」
突如、身を強張らせ、口元に手を当てたままで青ざめる彼女を、少女が不安げに見つめる。
次の瞬間、彼女はおもむろに立ち上がり、灰色がかった髪を振り乱して洗面所へと駆け込むと、さわやかな朝の目覚めを
知らせる元気いっぱいの歌声を、約10分間、流しの排水溝に向けて響き渡らせた。
「ああ・・・ごめんなさい・・・私、また今日もネルちゃんに迷惑かけちゃいましたね・・・。こんな私なんてもう死んだ方が
いいですよね・・・ていうか死にます・・・」
「誰もそこまで言ってねーよ、つーかウゼーよこの死にたがり」
ようやく落ち着いた彼女―――弱音ハクは部屋に戻ってくるなり膝を抱え込み、顔を伏せてぶつぶつと独り言をつぶやいている。
それに対して、部屋の扉を派手にブチ破った少女、すなわち亞北ネルはハクから少し離れた位置に座り、携帯電話をいじる手を
止めないまま、適当にあしらっている。
「いえ・・・やっぱり私が全部悪いんです・・・この前のイベントの日だって、私が寝坊したせいで・・・」
「・・・アレはまあ、日付間違えてたあたしも悪かった」
そう言ってネルはちらっと窓の方へ視線をそらす。木桟があちこちガタついているその窓の向こうには、さんさんと降り注ぐ
太陽の下、小鳥達が元気に宙を舞っている。あちこちに横倒しになった酒瓶が転がり、上着下着を問わず、とにかく衣服が
散乱しているこの部屋とはえらい違いだ。
ここは、ボーカロイドだけが住むアパート、「ボカロ荘」。
弱音ハクは、このアパートの住人であり、亞北ネルは彼女の友人である。
仕事上で知り合った彼女達二人の付き合いは長く、今では腐れ縁と呼んでいいほどの関係だった。
「・・・で、今朝は何であたしに電話なんか頼んだんだ?」
パタン、と携帯電話を閉じると、ネルがハクに訊ねた。ハクがのろのろと顔を上げ、それに答える。
「あ・・・ええと、今日はMEIKOさんが遊びに来るから、朝から準備しておかないとって思って・・・」
「あー、アイツか」
MEIKOはこのアパートのオーナーである。と言っても、アパートの管理自体は親戚筋であるKAITOに任せっぱなしで、
本人はその不労所得により、悠々自適の生活を満喫しているらしい。ハクとは飲み友達であり、気が向いたときにふらりと遊びに
やって来るのだ。
「ええ・・・だからネルちゃんにモーニングコールをお願いしたんですけど・・・」
そこでハクが言葉を切り、くすっと笑った。
「別に、ネルちゃん本人は来なくてもよかったんですよ・・・?全く、あわてんぼうなんですから・・・」
「いっくら電話してもテメーが出ねえからわざわざ様子見に来てやったんだろーが! 何だその言い草は!?」
立ち上がり、げしげしとハクに蹴りを入れるネル。
「ああっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「ったく・・・縁切るぞ、マジで。・・・つーか、もう昼だぞ、間に合うのか?」
「え・・・ああっ!?」
改めて時間を確認したハクが、驚きの声を上げる。
「そんな・・・! 本当なら朝早くに起きて部屋の掃除して、食事の買出しに行ってちょっと小粋なフランス料理的な小皿でも
作って、その上部屋にアロマキャンドルでも灯らせて万全の体制でお迎えするつもりだったのに・・・!」
「どんだけ自分に理想抱いてんだよテメーは!?」
あたふたと、あちこちから汚れていない衣服をかき集め、その場で着替え始めるハク。
「とにかく、せめて何でもいいから食べ物買って来なきゃ・・・! ネルちゃん、悪いけど、お掃除お願いします!」
「はあ!? 何であたしが!?」
「すいませんすいません、本当にすいません! あ、お酒が少しでも残ってるビンは捨てないでくださいね!」
「本当に悪いと思ってんのか、おい!」
びゅん、と背後から投げつけられた枕を避けるように扉を閉じると、ハクは小走りで商店街の方へと駆け出した。
近所のスーパーへとやってきたハク。そこで初めてサイフの中身を確かめた。
「・・・400円・・・」
今月はろくに仕事もしておらず、さりとて飲む酒の量が減らせるワケもなく、当然の帰結であった。
「とにかくもう、何でもいいからお腹にたまりそうなものを・・・」
カゴを手に取り、ふらふらと店内をうろつく。ドリンク売り場ではラジカセから、「♪や・さ・いジュースが〜・・・」という
CMソングがエンドレスで流れていた。
と、惣菜コーナーで、3個1セットの焼き鳥の缶詰を発見した。お昼の特売で350円である。
「やった、お肉・・・!」
素早くそれをカゴに放り込み、そそくさとその場を離れる。財布の中身はあと50円。
「これだけでも十分ですけど・・・何か、もう一つくらい・・・」
貧乏酒飲みのサガか、ついつい安くでつまめる食べ物を物色してしまう。あちこち歩き回っていたハクだが、生鮮コーナーで
ぴたりと足を止めた。
国産ネギ、一束48円。
一瞬、ハクの頭の中に、レンジで暖めたほかほかの焼き鳥の上に、小口切りにしたネギのさわやかな緑が織り成す、それはもう
美しい光景が広がった。目の前のネギが、買ってほしいと呼びかけているような気すらしてくる。
うっとりとしながらハクが手を伸ばした、その刹那―――
「あ、すんません」
突然、横から何者かが現れ、最後の一束だったネギに手をかけた。
「!?」
思わず、ばっとそちらを振り向くハク。
そこには、緑色のジャージに身を包み、髪の毛を無造作に縛った姿で立っている、初音ミクの姿があった。
「あ・・・ハクさん、どーも」
同じアパートの住人であるハクの事に気づいたミクが、ぺこりと頭を下げる。そして、手に取ったネギをひょいと自分のカゴへ
放り込むと、その場を立ち去ろうとした。
「ちょっ、ちょっと待ってください、ミクさん!」
「え?」
我に返ったハクが、あわててミクを呼び止める。その声に、ミクがくるりと振り返った。
「あっ、あのっ・・・!その、ネギ・・・!」
「・・・ネギが、どうかしました?」
「それっ、その・・・わ、私のネギなんです!」
「・・・は?」
ぽかんと口を開けるミク。そんなミクに向けてハクが早口でまくし立てた。
「あ、いや、実はその、わた、私の実家があの、あのあの、ネギ農家をやってまして、それであの、私も小さい頃なんかよく
手伝ってて、それで私、妄想癖があったもんだからネギ達に名前なんかつけちゃったりして、それでその、今、ミクさんが
お持ちになったそのネギが、私の大好きだったネギ太にそっくりで、つい懐かしくなっちゃって、だからその、そのネギ、
私に譲ってもらえませんか!?」
一瞬、二人の間に沈黙が訪れた。
「・・・よく、分かんないですけど、そこまで欲しいなら、どうぞ」
首をかしげつつも、ミクはカゴからネギを取り出すと、ハクに差し出す。ぷるぷると震える手で、ハクがそれを受け取った。
「じゃ、私、買い物の途中なんで、これで」
また、ぺこり、と頭を下げると、ミクはハクに背中を向けて、行ってしまった。一人残されたハクはしばらく固まっていたが、
やがて、ネギを片手にガッツポーズを決めた。
(勝った・・・! ネルちゃん、私、やりました・・・!私みたいなダメボーカロイドでも、やれば出来るんですね・・・!)
勝利の感動を胸いっぱいに抱きしめつつ、ハクは軽い足取りでレジへと向かった。
「お会計、税込み418円になりまーす」
「・・・へ?」
5分後、とぼとぼとスーパーから出てきたハクの手には、焼き鳥の缶詰だけが包まれた、ビニール袋が提げられていた。
「・・・あら?」
ハクがボカロ荘へと戻ってくると、なにやら玄関先の様子がおかしい。誰かと誰かが言い合いをしているようだ。
「・・・だから! もうちょっと家賃上げるなりなんなりしないと、アンタの給料も払えないって言ってんでしょーが!」
「だって、それってそもそもめーちゃんの取り分が多いせいなんじゃ・・・」
「めーちゃんって呼ぶなっつってんでしょ、このバカイト!」
ほうきを手に佇んでいる、管理人のKAITOに向けて、一方的にまくし立てている女性がいる。栗色のショートカットが、
昼過ぎの陽光によく照り映える。
その人物が誰だかわかると同時に、ハクは手を上げて呼びかけた。
「メイコさん!」
「あら、ハクじゃない。珍しく起きてたのね」
その女性、MEIKOはハクの方に振り向き、ぱっと笑顔を返した。
「ええ、ネルちゃんのおかげで・・・とにかく、部屋の方へどうぞ」
「そうさせてもらうわ。・・・それじゃ、いいわねバカイト! 何とかしないとアンタ来月から、給料抜きよ!」
「そんなあ」
情けない声を上げるKAITOを置いて、二人はさっさとハクの部屋へと向かった。
「ただいま〜・・・わあっ!」
部屋へと足を踏み入れたハクが、思わず、と言った様子で声を上げる。
そこは出かける前とは見違えるように綺麗になり、衣服やゴミの類は全てきちんと片付けられていた。漂う空気もすっかり
入れ替わっており、同じ部屋とは思えない。
「あら、随分キレイに使ってくれてるじゃない。持ち主としてうれしいわ」
後から入ってきたMEIKOもその様子を見て、ハクに笑いかけた。
「えへへ・・・まあ、それほどでも・・・」
「んなワケねーだろうがっ!」
出入り口の脇、洗面所の扉を勢いよく開けて出てきたネルが、持っていたタワシでハクの頭をすぱこんと小突いた。
「いったぁ・・・」
「誰がやってやったと思ってんだ、このドアホ!」
「あら、ネルも来てたの? ちょうど良かったわ」
MEIKOが軽くその状況を流し、ネルに言う。そして、さっきから重そうに手に持っていた、買い物袋をがさごそと漁った。
やがてそこから取り出されたのは、様々な銘柄の書かれた一升ビン。
突然目をらんらんと輝かせ始めたハクと、すでに引きつった表情を見せ始めたネルに向けて、MEIKOはにこりと微笑んだ。
「二人だけじゃ、片付きそうになかったから♪」
1時間後。
「・・・んっ・・んっ・・・んっはぁああっ!! やっぱ働きもしないで昼間っから飲む酒はサイッコーね!」
「・・・そうなんです・・・昼間だって言うのに私は仕事もしないでお酒なんか・・・ああ、死にたい・・・」
二人の酔っ払いに完全に支配された部屋の中、ネルはちびちびと酒をすすりつつ、
(・・・やっぱ帰りゃよかった)
と悔やんでいた。
ハクとMEIKO。この二人の酒の強さは折り紙付きであり、事実今も、MEIKOが持ってきた一升瓶はその大半がすでに
空いている。ハクが買ってきた安い焼き鳥の缶詰も食い散らかされ、二人はただただ、周りに立ち並ぶ瓶を手にとっては、中身が
残っているか振って確かめ、ちゃぽちゃぽと音がすれば一気に飲み干す、という行為を繰り返していた。
酒が強いだけなら、まだいい。この二人のタチの悪さは、その酒癖にあった。
「そうですよね・・・私なんて歌もヘタだしダンスもろくに踊れない、なんの取り得もないんですから・・・」
まあ、ハクの方は放っておいても問題はない。普段の自虐癖がさらに進行するといった程度なので、本気で泣き出したりしない
限りは特に対処も必要ない。
そう、本当に問題なのは―――
「ちょぉっと、ネルぅ! あんた全然飲んでないんじゃないの、あぁん!?」
ぐいん、とMEIKOがネルに顔を近づけてきた。ハンパじゃなく酒臭い吐息がネルにかかる。
「だぁいたいあんた、いつんなったらウチの部屋借りんのよぉ? あと一部屋余ってんだから、さっさと引っ越してこいって、
ずぅぅっと言ってんでしょうがよぉ」
からみ酒。それがMEIKOの酒癖だった。
「だ・・・だからあたしはこんなトコ住まないって、前から断ってるだろ」
MEIKOの口から顔を背けながら、ネルは答える。それに対して「ふぅん」と鼻を鳴らしながら、MEIKOは新しい酒瓶の
封を切った。
「こんなトコたぁ言ってくれるわねぇ・・・ええ? だったらこんなトコに住んでるコイツはどーなんのよぉ?」
ぐいぐいと酒を飲み干し、乱暴に手で口をぬぐってから、MEIKOがハクを指差す。どろんとした眼でそれを捉えたハクが
大きなため息をついた。
「ええ、そうですよ・・・どうせ私はこんなボロアパートしか住めない貧乏ボーカロ、いや、ビンボーカロイドですよ・・・」
「ちょっとハク! あんたまでウチがボロくて臭くて汚い底辺アパートだとか言うつもりぃ!?」
(・・・そこまでは言ってねーだろ)
心の中でツッコミを入れるネル。その傍らで、不機嫌そうに何事かをブツブツと呟いていたMEIKOが、突然、ニヤリ、と
奇妙な笑みを浮かべた。
「あーそう、いいわよいいわよ、そんならハク、あんた、ここ出て行きなさい」
さらっと言い放たれたその言葉は、いくら酔っているとは言え聞き流す事もできず、ハクはばっと顔を上げた。
「ええ!?」
「だぁってウチみたいなオンボロアパート住みたくないんでしょぉ? だったらいーわよ、ムリに住んでもらわなくたってぇ」
「そっ、そんな・・・! ここを追い出されたら住むところなんて・・・! お願いです、何でもしますから!」
「何、でも?」
MEIKOの眼がぎらりと輝く。
それを目ざとく見つけたネルの全身が、イヤな予感にぶるりと震えた。
「今、何でもって言ったわよね?」
「えっ・・・はっ、はい! ここに住ませてもらえるなら、何でもします!」
「だったらハク、今ココで、ネルとキスしてちょうだい」
「・・・・・・は?」
一瞬、ハクの動きが止まった。ハクだけでなく、ネルも驚きで口をあんぐりとさせている。
「出来ないの? だったら出て行ってもらうわよ?」
「いやっ、でっ、でもそれとこれとは何の関係が・・・」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ。やんの? やんないの?」
眼を据わらせて眉間に皺を寄せたものすごい形相で、MEIKOがハクを睨み付ける。その視線に耐え切れず、ハクはちらりと
目をそらした。
その視線の先にはネルがおり、二人の瞳がぱちりと合った。
「あ・・・」
ハクが、顔をぽっと火照らせる。いや、酒のせいですでに真っ赤ではあるのだが。
「いや、おい、ちょっと待て!」
ネルが両手をぶんぶんと振る。何か、とてもマズい方向に事態が進んでいる気がしたのだ。
だがハクはそんなネルに構わず、ずず、と四つん這いの体勢でにじり寄ってくる。ネルはあわてて立ち上がり、その場から
逃げようとした。
「じょ、冗談じゃ―――うわっ!」
しかし、足元に転がる瓶の一つを踏んでしまい、ネルの体はころんと転がり、部屋の中央の万年床に横たわった。
そこに、ハクがゆっくりと覆いかぶさってくる。
「な、なあおい、ハク・・・お前、飲み過ぎだよ、な?」
なんとか頭上のハクをなだめようとするネル。だがしかし、ハクはもはや自分の世界に入り込んでしまっており、ネルの言葉は
一切聴こえていなかった。
「ほら、キース! キース! キース!」
傍らで、MEIKOが手拍子を打ちながら囃し立てる。このセクハラ魔人が、と、ネルが心の中で舌打ちをする。
「ネルちゃん・・・ごめんなさい。私、いっつもネルちゃんに迷惑かけて・・・」
すっ、とハクが頭を下げた、二人の顔の距離が縮まる。
「でも、私本当は、ネルちゃんのこと―――」
その言葉の続きは、ハクの唇からは出て来ず、代わりにその唇は、ネルのそれへと優しく重ねられた。
「〜〜〜〜〜っ!?」
すっかり混乱した頭で、ネルは何とかこの事態からの脱出を試みようと必死にもがいた。だがネルより大柄なハクにしっかりと
手足を押さえられてしまい、身動きすらままならない。
「ん・・・ちゅ、はぁっ・・・」
その間にもハクは、ネルの唇へ何度も吸い付き、その度ごとに淫らな吐息を放つ。その、暖かく柔らかな感触を味わううちに、
ネルも次第にぼんやりとしてきた。
(くっそ・・・何だよこれ・・・何でこんなに気持ちいいんだよ・・・?)
「おーおー、眼福眼福。こりゃぁいい酒の肴になるわぁ」
隣でMEIKOが笑いながら酒をあおっている。そんな外野には目もくれず、いまや二人はお互いに激しく求め合っていた。
「んふ・・あうっ、ネルちゃん、ネルちゃん・・・」
「ハク・・・んっ、そこっ、気持ちいい・・・」
燃え上がる二人の情熱はもはや唇だけに留まらず、布団の上で互いを抱き寄せ、あちこちをもぞもぞとまさぐり合っていた。
ネルが、目の前に横たわるハクの豊満な胸を、むぎゅう、とわしづかみにする。
「あんっ・・・!」
「いっつもいっつも無駄にぶるぶるさせやがって・・・ほら、こうしてやるっ!」
弾力あふれるその乳房全体を、ネルが揉みほぐすように力を入れた。その度に、ハクの形のいい巨乳がむにゅり、と奇妙な形に
歪む。さらにはその先端のピンク色の突起を指先でくりくりと弄ばれ、ハクはすっかりとろんとした目つきになってしまった。
「はぁ・・・はぁ・・・ネル、ちゃん―――」
「これでわかったろ? ハクのくせにあたしを襲おうなんて、100年はえーよ」
そう言うとネルがやにわに身を起こし、組み敷かれていたハクと体勢を入れ替えた。アパートの安い白熱灯の下、先程とは逆に、
ネルがハクを見下ろす格好になる。
そして、ネルがぼそりと呟いた。
「・・・大体、あたしだって、ホントはハクの事・・・」
「え? 何、ネルちゃん?」
「! う、うるせぇっ!」
「きゃんっ!?」
つぷり、という水音をさせて、ネルがハクの下半身へと手を伸ばした。いつの間にか下着一枚になっていたハクのそこはすでに
濡れており、ネルの指はほとんど抵抗なく、その内部へと侵入した。
「あっ・・はぁんっ・・!」
ハクの口から、甘い吐息が漏れる。それをすぐ耳元で聞いたネルが、ぞくぞくぞく、と震えた。
「は・・・ははっ! どうだ、気持ちイイだろ? これからもっと良くしてやるよ」
ネルがさらにもう一本、自分の指をハクへと突っ込む。今度もまた、じゅくっ、という音をさせただけで、ネルの指はすんなりと
迎え入れられた。
そのままネルが指を出し入れする。ずっちゅっ、ずっちゅっ、という湿った音が、四畳半の部屋に響いた。
「あっ、あっ、ネルちゃんっ、いいっ、気持ちいいですっ!」
ぎゅっと拳を握り、自分の下でか弱げにふるふると震えるハクの姿に、ネルの胸がきゅんと高鳴る。自然と指に力がこもり、
ハクの膣内にぐりぐりと擦りつけられていった。
「もっ、もうダメですっ!」
「うわっ!?」
突如、ハクが両手両足を広げ、ついでネルの体に絡ませると、その全身でぎゅぅぅっと抱きしめてきた。その体の硬直具合から、
絶頂が近づいている事を感じ取ったネルがいっそう指の動きを激しくする。ごしゅっ、ごしゅっと愛撫を受けるたびに、膣壁から
じゅわりと愛液が沁み出してくる。
「ほら、イクんだろ、見ててやるから、思いっきりイっちまえ!」
「ああっ、ああああっ!!」
びくん、と一際大きく、ハクの体が跳ね、同時に、ぷしゃあっという音を立てて、布団に愛液が撒き散らされた。
「―――はぁ、はぁっ・・・」
しばらくそうして抱き合っていた二人だったが、どうにか息を整えると、ようやく、すっと身を離した。
「悪い、ハク・・・なんか、無理やりしちまったみたいで・・・」
「いえ・・・私、うれしかったです、ネルちゃん・・・」
そう言って、どちらからともなく、にこりとはにかんだ笑顔を向け合った、その時。
「・・・さあて、と・・・」
地獄の底から響くようなその声に、どきりとした二人が声のした方を振り向く。
何故か、すでに全裸と化していたMEIKOが、今しがた空になった一升瓶を投げ捨て、ゆっくりと立ち上がるところだった。
「二人とも・・・よくもまあこのあたしを差し置いて、盛り上がってくれたモンだわね・・・」
そもそもの発端はと言えばMEIKOにあるのだが、それを正面切って指摘できるほど、二人は命知らずではなかった。
両手の指をぽきぽきと鳴らし、曲げ伸ばしするMEIKO。その指は、すでに別の生き物のように妖しく蠢いて見えた。
「覚悟しなさい・・・アンタら二人とも、明日は布団から立ち上がれると思うんじゃないわよっ!?」
そう吐き捨て、MEIKOは大きく跳躍すると、身を寄せ合って怯える二人に向けて、躍りかかっていくのだった。
こうして今日も、ボカロ荘の日常は、何事もなく過ぎて行く。
夢も希望も見えない彼女達の人生だったが、
共に並んで歩んでくれる誰かがいる限り、その道の先には、必ずや素晴らしい未来が待っている事だろう。
「きゃああ! また変態裸マフラー男よ!がくぽ兄、助けてー!」
「ええい性懲りもなく! 今夜こそは貴様を我が刀のサビとしてくれようぞ!」
「いやだから違うんです! 僕はヘンタイじゃなくて、ただ上司から理不尽なストレスを押し付けられてるだけの・・・!」
・・・待っている事だろう。待っていると、思う。恐らく。