「……ん、んん、もう朝かあ……」  
 
 差し込んできた太陽の光を浴びて、彼は目を覚ました。ううん、と一つ背伸びをして、窓の方をぼんやりと見上げる。  
 そこには、快晴であることを示す青空が、いっぱいに広がっていた。  
 「今日も、いい天気だな。気持ちのいい日になりそうだ」  
 そういって、にっこりと微笑む。  
 彼――カイトは、ボーカロイドだけが住むアパート、「ボカロ荘」の管理人である。  
 住人たちに部屋を世話し、あれこれと面倒を見る。あるいは、アパート周辺の掃除や、花壇への水やりをまめまめしく行う。  
 自身もまたボーカロイドである彼は、それらの仕事を日々、せっせとこなしていた。  
 「……さて、と」  
 であるからして、今、彼が目を覚ましたこの部屋も、当然その、ボカロ荘の管理人室――  
 
 ――ではなく。  
 
 「おまわりさーん、おはようございまーす。僕、起きましたー。あ、あとすいません、何か着る物借りられますかー?」  
 
 パンツ一枚にマフラーのみ着用という出で立ちで、カイトは留置場の中から、外へ向かって呼びかけた。  
 
 
 「……今度やったら、間違いなく書類送検だから。わかった?」  
 「はい、ホント、すいませんでした」  
 
 借り物の、真っ白なシャツとジーパンを身に付けて、ぺこりと警官に頭を一つ下げてから、カイトは建物の外に出た。  
 鉄格子のはまった窓から見えた通り、今日は雲ひとつない青空で、太陽の光がさんさんと降りそそいでいる。  
 「うわあ、今日は暑いなあ、もう本格的に夏なんだな。……ん?」  
 眩しげに空を見上げていたカイトが、正面に視線を戻す。  
 と、彼方の門の外、路上に、誰かがこちらを向いて立っているのが見えた。  
 大きめのサングラスに真っ赤なノースリーブ、やや丈の短いタイトスカートを身に付けたその女性は、胸の前で腕組みをしながら、  
カイトの方にまっすぐ視線を向けているようだ。  
 「あれって……」  
 それが誰だかわかるのと同時に、カイトは大きく腕を振りながら駆け寄っていった。  
 
 「めーちゃん!」  
 「めーちゃんって呼ぶなっつってんでしょ、このバカイト!」  
 「あぶっ!?」  
 
 二人がちょうど一歩分の距離にまで近づいたところで、相手の女性が、渾身の平手をカイトの頬にお見舞いした。  
 「ひどいよ……何すんのさ、めーちゃん?」  
 頬を押さえ、その場にうずくまるカイト。『めーちゃん』と呼ばれた女性はカイトの目の前に仁王立ちになると、ビシっと  
カイトの眉間に指を突きつけた。  
 「何すんのじゃないわよ! あんたは毎度毎度おんなじ事繰り返して、そのたんびに警察のご厄介になって……! イチイチ  
  あんたを引き取りに来るあたしの立場も考えなさいっつーの!」  
 「……あ、いや、でもね、めーちゃん? 僕がいつもいつも、夜、裸で街をうろつくのは、決してやましい気持ちでなんかじゃ  
  ないんだよ。言うなればこれは僕という人間そのものの、表現形態の一つであって……」  
 「あんた一応ボーカロイドでしょうが! 歌で表現しなさいよ、歌で!」  
 「歌なんかじゃダメだ! 表現活動っていうのはもっと大胆で、刺激的で、衝動的であるべきなんだよ!」  
 その場で喧々諤々の言い合いを始めそうになった二人に気づき、少し離れたところから警備員が近寄ってきた。それに気づいた  
カイトがあわてて立ち上がる。  
 「と……とにかく、その話は後で。とりあえず、行こうか」  
 そう言って、ぱっぱと手に付いた砂を払い、まだ臨戦態勢にある相手の女性の手を取ると、そそくさと、足早にその場を離れた。  
 
 「ったく……あんたはホントに世話ばっか焼かすんだから」  
 「ごめん、めーちゃん」  
 「めーちゃん言うな」  
 べしっ、と隣に並んで歩くカイトの頭をはたく彼女の名前は、メイコ。カイトとは、遠い親戚筋にあたる。そして彼女もまた、  
ボカロ荘の管理人であった。  
 そもそもは、親類関係の諸々の事情により、彼女が務めるべきであった管理人の役割を、「面倒くさいから」という理由で、  
半ば無理やりカイトに押し付けてしまったのが始まりだった。幼馴染みであり、子供のころからメイコには頭の上がらないカイトは、  
不満をもらすでもなく、あっさりとそれを引き受け、その立場に甘んじている。  
 以来メイコは、カイトをこき使いつつ、名義だけ残しているオーナーとして収入の大半を巻き上げ、自由気ままに日々を過ごして  
いるのであった。  
    
 「……腹減ったわね、そこのラーメン屋入りましょ」  
 頬を伝う汗をハンカチで拭いつつ、メイコが目の前の店を指差した。時刻は昼過ぎ、二人の歩いている商店街からアパートまでは、  
徒歩でもそう遠くない距離だ。  
 「いいね。……あ、でも僕、お金持ってきてないんだけど……」  
 「心配しないで。あたしが持ってるわ」  
 そんな会話を交わしながら、二人は自動ドアをくぐった。  
 
 「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりですか?」  
 クーラーのよく効いた店内で、席へと案内された二人に向けて、店員が尋ねる。  
 「何にしようかな、ええと……」  
 「生一つ。あとレバニラ」  
 どっか、と席につくなりメニューも見ず、早々とタバコに手を伸ばしながらメイコが注文を告げた。その様子に苦笑しつつ、  
カイトがメニューを指して続ける。  
 「まったく、昼間から……あ、ワンタン麺と、このシャーベットを、食後にお願いします」  
 「かしこまりましたー」  
 注文を取り終えると、店員はキッチンの方へと去っていった。  
 
 「んっ……んっ……んぶっはああああ!!」  
 
 ジョッキを一気に半分ほど空け、だん、とテーブルに叩きつけるメイコに、カイトがまた、苦笑いを浮かべる。  
 「……美味しそうに飲むね、相変わらず」  
 「なーによぉ。何か文句でもあんのぉ?」  
 「いや、めーちゃん……一口飲んだだけでそのテンションになるのは勘弁してもらえない?」  
 早くも発動しかけていた、メイコのからみ酒をやんわりと回避しつつ、カイトはワンタン麺をずるずるとすする。メイコは  
ふん、と鼻を一つ鳴らすと、レバニラ炒めをがつがつとかき込み出した。  
 
 「……で、こないだも言ったけども、なんか収入増やすアイデア、考えた?」  
 「ああ、うん……やっぱり、空いてる部屋に誰かが入ってくれるのが一番だと思うよ」  
 コップの水をくいっと飲み干し、カイトが言葉を続ける。  
 「あとさ、そろそろ地デジが受信できるようにしてあげようよ。今のままじゃあんまりだよ」  
 「設備一式、いくらかかんのよ?」  
 「……わかんない。でもこの間、初音さんが『何とかならないですかね』ってぼやいてて……あ、そう言えば」  
 ぴたり、とカイトが箸を止めた。その様子に気づいたメイコが顔を上げる。  
 「どうしたの?」  
 「いや……初音さんのことなんだけど、彼女、今月の支払いが少し遅れてるんだ」  
 「ミクの?」  
 その言葉に、メイコがぴくり、と眉根を寄せる。  
 「……あたしのアパートで家賃滞納するとは、いい度胸してるわね」  
 「いや、でもさ、彼女も今月、仕事が見つからなかったみたいで、ちょっと厳しいらしくて……」  
 ひょい、とメイコがカイトの丼からワンタンをつまみあげ、ぱくり、と口に放り込む。  
 それをビールで流し込むと、厳しい口調で言い放った。  
 「問答無用。それ、帰ったらビシっとミクに催促しなさいよ。こういうのは放っとくと、クセになるんだからね」  
 「………」  
 少しの間、何かを考えているような表情でうつむいていたカイトが、丼を持ち上げ、ずず、とスープをすする。  
 それからテーブルに丼を戻すと、はあ、と一息ついてから、ぽつりと呟いた。  
 
 「……うん、わかったよ。めーちゃんの言う通りだ」  
 
 ふう、と食後の一服をくゆらせて、メイコがタバコをぐしぐしと灰皿に押し付ける。  
 「……あたし、ちょっと手洗ってくる。あと、先にお金払ってきちゃうわね」  
 「うん、ありがとう」  
 メイコが伝票を取って席を立つのと同時に、カイトの元に、デザートのシャーベットが運ばれてきた。それを目ざとく見つけた  
メイコが言う。  
 「あら、おいしそうじゃない。あたしも一口食べるから残しときなさいよ」  
 「……はぁい」  
 まるで子供のような、しゅんとしたカイトの返事を背に受けつつ、メイコは化粧室の方へと歩いていった。  
 
 数分後。  
 
 「……お待たせ」  
 支払いを済ませたメイコが、席へと戻ってきた。  
 「うん、アパートに戻ったら、僕の分のお金、払うから……」  
 「……え?」  
 「へ?」  
 メイコの、気の抜けたような妙な返事に、シャーベットに夢中になっていたカイトは、思わずぱっと顔を上げる。  
 目の前の、メイコが手にしている財布。  
 それは紛れもなく、カイトの愛用しているものに違いなかった。  
 「ちょっと!? それ僕のサイフ! 何でめーちゃんが持ってるの!?」  
 思わず声を張り上げるカイト。そんなカイトに、悪びれもせずメイコがしれっと答える。  
 「いや、ここに来る前にアパートの管理人室に寄ったら、部屋の中のタンスの引き出しの中に落ちてたから、つい」  
 「ナチュラルに泥棒だよ!? もー、めーちゃんは昔っから人のもの取ってばっかりだよ!」  
 「何よ! 男と女でご飯食べて、男がオゴんのは常識でしょ!? 大体あんた、何で社会人のクセにサイフに二千円札一枚しか  
  入ってないのよ! しかも小銭出そうとしたら一円玉ばっかで、ジャラジャラするったらありゃしないし!」  
 「いいじゃん一円玉! なんかかわいくて好きなんだよ! あと、サイフにお金が入ってないのは、めーちゃんが収入の  
  ほとんど持ってっちゃうからだよ!」  
 椅子から立ち上がり、ぎゃーぎゃーと諍いを始めた二人を見て、周囲の客が目を丸くしている。はっと周囲を見回したメイコは  
顔を赤らめ、カイトの腕を乱暴に引っ張った。  
 「も、もういいから、ホラ、とっとと帰るわよ!」  
 「え!? ああっ、待ってよ! まだ、あと一口残って……!  
 じたばたと、未練がましくシャーベットに腕を伸ばすカイトと、そんなカイトを力ずくで引きずるメイコ。  
 店員の「ありがとうございましたー」の声をバックに自動ドアが閉まり、二人は再び、炎天下の商店街へと戻った。  
 
 「……あれ、亞北さん?」  
 「ひゃっ!?」  
 やがて、ボカロ荘へと帰ってきた二人は、玄関で、黄色いサイドテールの少女と出くわした。  
 彼女の名前は亞北ネル。ボカロ荘の住人である弱音ハクの友人で、ときおり彼女を訪ねてくるのであった。  
 「こんにちは、亞北さん。今日も弱音さんのところへ? この頃、よく遊びに来られてますね」  
 カイトが素早く管理人モードに態度を切り替え、ネルに挨拶を送る。が、  
 「あう……えっと、その……さ、さよならっ!」  
 当のネルは、何故か顔を赤らめてしどろもどろになってしまい、二人の脇を逃げるようにすり抜け、小走りで去ってしまった。  
たたた、と小さくなってゆくその後姿を見送りながら、カイトが首をかしげる。  
 「どうしたんだろう、亞北さん……あれ?」  
 ふと、カイトがくるりと顔を振り向けると、廊下の奥、ハクの部屋のドアが半開きになっているのが見えた。  
 「ひっ!」  
 その陰から、ちらちらとカイト達の方をうかがうように、顔を半分だけ覗かせていたハクが、カイトの視線に気づくと、  
あわてた様子でばたん! とドアを閉めてしまった。  
 「弱音さんと、何かあったのかな……そう言えば彼女も、最近、何だかキレイになってるような気が……ん?」  
 ぶつぶつとつぶやき続けているカイトの傍らでは、メイコが何も言わず、ただ、ニヤニヤと笑みを浮かべている。  
 「めーちゃん、何か知ってるの?」  
 思わず、カイトがメイコにそう訊ねる。だがメイコは、  
 「んー? 別にぃ? ほら、それよりさっさと部屋入りましょ」  
 と答えると、ますます首をかしげるカイトを尻目に、すたすたと管理人室へ向けて歩き出すのだった。  
 
 「……はー、暑い暑い、クーラークーラー……っと」  
 部屋に着くなり、メイコはバッグをぽんとカーペットに放り出し、クーラーのスイッチを入れた。続いて入ってきたカイトは、  
 ポストに入っていた、大量のチラシを抱えている。  
 「やれやれ、一晩空けただけで、ずいぶん溜まってるなあ」  
 とぼやきつつ、それを部屋の中央のテーブルに置くと、ソファに腰を下ろし、ふう、と一息ついた。  
 ここは、ボカロ荘の管理人室。貸出し用の部屋よりもやや広めの間取りの上、しょっちゅう入り浸りに来るメイコが  
『あたしの居心地がいいように』と、上等な家具を片っ端から買い揃えている。おかげでカイトは、収入が少ないながらも自室では  
豪華な調度品に囲まれているという、なんともアンバランスな生活を強いられているのであった。  
 
 「……それじゃあ僕、ちょっとシャワー浴びてくるね。昨夜はお風呂に入れなかったから」  
 「はいはい、どうぞ行ってらっしゃい」  
 バスルームへ向かうカイトに、メイコはひらひらと手を振ると、空いたソファに腰掛けてテレビを点けた。もちろん、  
個人回線により地デジもバッチリである。  
 
 「♪せーかーいでー、いちーばんおーひーめーさーまー……」  
 
 「あー、また出てるわね、『ミク』……」  
 ディスプレイに映し出されたのは、華やかな照明に満たされたスタジオで、歌い、踊る、『初音ミク』の姿だった。もちろん、  
このアパートに住んでいるミクとは、全く別のボーカロイドだ。  
 「ったく、どっかの家賃滞納してるのとは似ても似つかないわね……うちのミクもこんくらい稼いでくれりゃ……」  
 ぶつくさと文句を言いつつ、メイコは煙草をふかす。  
 しばらくの間、そうしてくつろいでいる内に、バスルームから聞こえるシャワー音が止まり、がらり、と戸を開けてカイトが  
出てきた。  
 「あ、カイト、上がったんなら冷蔵庫からビール取って……って、ちょっと、聞いてんの?  
 メイコの呼びかけを無視するように、カイトはメイコに向けて歩み寄ってくる。濡れた髪からしたたる滴が、ぽたり、と  
カーペットに落ちた。  
 
 「……っ!」  
 
 そして、裸のままの上半身を、ぎしり、とソファに乗せると、戸惑っているメイコの頬にそっと触れ、その唇に口付けをした。  
 
 「ふむっ……!?」  
 突然の事態に、メイコが驚いて目を見開く。  
 そんなメイコにはお構いなしに、カイトはさらに強く、自分の唇をメイコに押し付けてきた。その力強さに、メイコの体は  
ずるずるとソファに沈んでいく。  
 「ぷはっ、ちょっと、カイ・・・んむぅっ!」  
 カイトは舌を伸ばすと、何かを言おうとするメイコを遮って、その口内へと差し入れてきた。柔らかいその舌が、メイコの内側を  
ぬるりと撫で回す。  
 「ひゃぅっ……!」  
 その感触に、思わずメイコの全身から力が抜ける。  
 と、カイトはメイコの肩に手をかけると、ソファに横たえさせ、自分はメイコを覆うように、四つん這いの体勢になった。  
 「ん……ちゅぅっ……  
 なおもカイトの接吻は続いており、自分の舌をメイコのそれに激しく絡ませる。交わり合う唾液がその動きを滑らかにさせ、  
いつしかメイコも、自然にそれに応じてしまっていた。  
 やがて二人は、どちらからともなく唇を引き、ソファの上でじっと見つめ合った。  
 「……いっつも迷惑かけて、ごめんね? めーちゃん」  
 にこり、と微笑みを浮かべてカイトが言う。それに対して、未だに恥ずかしさの残るメイコが、顔をふいと逸らして答えた。  
 「……まったく、何すんのよ、いきなり……」  
 「でも、僕がしてあげられることなんて、これくらいだから」  
 「だからって、こんな……」  
 しばらく、聞き取れないような小声で、もにょもにょとつぶやいていたメイコだったが、やがて、赤く染まった顔をカイトに  
向けると、上目遣いで訴えた。  
 
 
 「……せめて、布団敷いてからにしなさいよね」  
 
 「……んんっ……あ、んっ……」  
 布団に仰向けに寝転び、大きく脚を開いているメイコが、押し殺したような声で喘ぐ。  
 その中央に顔をうずめ、ぴちゃぴちゃという水音を立てながら愛撫をしていたカイトがそっと顔を上げた。  
 「……もっと、声出してもいいんだよ? めーちゃん」  
 「バっ、バカ! ヘンな事言わないでよ!」  
 「はいはい」  
 顔を真っ赤にしているメイコにくすっと微笑むと、カイトは再びそこに顔を下ろしていく。そっと伸ばした舌先で、ちろちろと  
陰核を揺らすと、メイコの身体がびくんと跳ねた。  
 「はぅんっ……! そこ、ダメぇっ……!」  
 その言葉とは裏腹に、ふるふると体を震わせて悦んでいることを悟ったカイトが、さらにその部分を弄ぶ。くりくりと上下に  
揺り動かされるたびごとに、メイコの体はますます熱を帯びていく。  
 「やだっ……! カイト、あたし、もうっ……ひゃうぅっ!?  
 その瞬間、つぷり、とカイトがメイコの膣内へ指を挿入した。  
 「ひんっ! ダメっ、そんな、いっぺんにしないでぇっ!」  
 メイコのもっとも感じる部分を心得ているカイトが、そこに指をぐりぐりと押し付ける。メイコの快感はみるみる内に増していき、  
その喘ぎ声のトーンが跳ね上がった。  
 「あっ、ああっ、あああっ!」  
 一際大きな嬌声とともに、メイコが大きく背中を反らす。と同時に、その股間がぷしゃぁっ、と盛大に潮を吹いた。びしゃり、と  
シーツに叩きつけられた愛液が、放射状の染みを残す。  
 「はぁ……んはぁっ……」  
 放心状態で息をしているメイコをよそに、カイトが傍らのタオルを手に取り、汚れてしまったメイコの太股をそっとぬぐう。  
そこを綺麗にし終えると、体を起こし、メイコの上半身の方へとにじり寄る。  
 そして、メイコの頭にそっと手を回し、じっとその瞳を見据えつつ、涼しげな笑顔を浮かべてささやいた。  
 
 「――気持ちよかったかい? メイコ」  
 
 「……っ!」  
 「? どうしたの?」  
 一瞬体を硬直させた後、メイコは物も言わずに腕を伸ばすと、カイトの両頬を、ぎゅぅぅっ、と思い切り引っ張った。  
 「いててて、痛い、いたいよめーひゃん」  
 「めーちゃんって言うな!」  
 
 
 (……こーいう時に限ってイケメンとか、反則なのよ、バカイトのくせに!)  
 
 
 「……ほら、早く来なさいよ」  
 四つん這いになったメイコが自分の股間に片手を添え、その部分をくぱぁと開き、後ろに立っているカイトを誘う。カイトの  
下半身はすでに大きく盛り上がっており、ぴくぴくと鼓動に合わせて上下している。  
 「そんなになってたら苦しいでしょ? ね、早く……」  
 腰をふるふると左右に揺らすメイコに対して、カイトがゆっくりと迫り、その下半身を両手で抱える。先端がわずかに陰唇に  
触れ、「んっ」とメイコが小さく声を上げる。  
 「うん……僕ももう、我慢できないよ」  
 カイトが下半身にぐっと力を込めた。股間がさらに押し付けられ、期待に顔を上気させたメイコの吐息が、さらに上ずる。  
 
 「……でも、今日は」  
 
 その瞬間、ずず、とカイトの先端がわずかに上へとずれた。  
 
 「……え?」  
 「こっちの方……でっ」  
 
 そして、小さくすぼまった肉穴に照準を合わせると、ずぶぅ、と一気にその肉棒を押し込んだ。  
 
 「あはぁぁぁんっ!!」  
 不意の挿入に、メイコの甲高い嬌声が尾を引いて響く。  
 太い肉棒の侵入に、肉穴はぎちぎちと絞まり抵抗する。しかしカイトは力任せに腰を打ち付けると、その全てを、メイコの  
中に呑みこませてしまった。  
 「んっ…ふぅ。この前より、少しゆるくなってるね。めーちゃん、こっちの方で遊んだりしてたのかな?」  
 「は……ぁっ……かはっ……  
 カイトの言葉にも応えず、メイコは顔を布団にうずめ、肩を震わせている。伸ばした両手の先には、ぎゅぅぅっとシーツが  
握りこまれていた。  
 
 「……それじゃ、動くよ?」  
 相変わらず優しい口調のままでカイトがそう告げ、徐々に腰を使い始めた。  
 「んんんっ! あぅぅんっ!」  
 一突きし、一抜きするごとに、メイコが歯を食いしばり、唸る。下半身の異物感に堪えつつ、必死でその部分の感覚に意識を  
集中させると、挿入されたカイトの肉棒が、直腸をずりずりと擦り上げ、痺れるような刺激が伝わってくる。それに反応して、  
メイコの肉穴が無意識にきゅっ、と締まった。  
 「んっ……めーちゃん、キツ……」  
 カイトの顔がほんのわずかに歪む。だがそれでも腰使いは止まらず、むしろ速度を増していった。  
 「はあっ、だっ、だってぇっ! こんなの、こんなの気持ちよすぎてぇっ!」  
 後ろの穴から膣内にまで響いてくる感触に、メイコの体は従順に反応してしまっていた。ひくひくと、悶えるかのように震える  
陰唇の奥では、真っ赤に充血した膣肉から、透明な液がとろとろと滴り出している。  
 「そっか……それじゃ、少し、ほぐしてあげるから……っ」  
 腰の動きを維持したまま、カイトは片手を伸ばし、メイコの前庭部へぴたりと添えた。それに気づいたメイコが、カイトの方を  
ばっと振り向く。  
 「ひっ!? だっ、ダメっ! 今そっちいじられたら、あたし本当におかしく……!」  
 「大丈夫だよ、おかしくなっちゃっても――」  
 ぐっと上半身を乗り出したカイトが、メイコの耳元で囁いた。  
 
 
 「――僕が、そばにいるからね」  
 
 その言葉と同時に、カイトの指がメイコの膣内へ差し込まれた。  
 「ひゃぅぅんっ!」  
 挿入による間接的な刺激に、膣肉を直接くにゅくにゅとこね回される感触が加わり、メイコの頭の中で火花が散る。その目は  
虚ろになり、開いたままの口からは一筋、とろりと光る糸が垂れ下がった。  
 「あ……は……ぁぁ……」  
 「ううっ……めー、ちゃんっ……!僕、もうっ……!」  
 さらに締め付けの強まるメイコの直腸内で、カイトが限界を迎える。愛撫を続けたまま、全力でずぶっ、ずちゅぅっと抽送を  
繰り返したのち、最奥へ向けて、渾身の力を込めて下半身を突き上げた。  
   
 「ああっ、はっ、あぁぁぁんっ!!」  
 
 メイコの裏返った嬌声を伴奏に、二人は同時に絶頂に達した。  
 カイトの先端からは精液がびゅぅっ、と噴き出し、メイコの体内に染み渡っていく。同時にメイコも、膝をがくがくと震わせて、  
女性器からは再び愛液を撒き散らしてしまっていた。  
 「ふぅ……っと」  
 やがて、ゆっくりと自分自身をメイコから引き抜いたカイトが一つ、長い吐息を漏らした。  
 「……お疲れ様、めーちゃん」  
 そして、未だ四つん這いで腰を上げたままでいるメイコに向けて、言葉を投げかけた。それに対して、荒い呼吸の合間から、  
メイコが切れ切れに答える。  
 「……はぁ……はあっ……。もっと……優しくしなさいよ……この……バカイト……」  
 「ごめんね。でも、満足してくれた?」  
 
 「………いでしょ………」  
 
 「え……うわっ!?」  
 突然、がばっと跳ね起きたメイコがカイトを押し倒した。仰向けになったカイトの下半身では、まだ衰えていないままのモノが、  
まっすぐ天井を指している。  
 メイコはカイトの体に跨ると、そこへ向けて、一気に自分の腰を落とした。  
 「ちょ……ちょっと、めーちゃん!?」  
 目を白黒させているカイトに、メイコがぎらり、と鋭い視線を向け、ゆっくりと口を開いた。  
 「……あの程度で、あたしが満足するわけないでしょ!? 今日はこのまま、足腰立たなくなるまで付き合ってもらうわよ!」  
 「いっ、いや、でも、僕この後、いろいろ仕事もあるし……!」  
 「んな事ぁどーだっていいのよ! 仕事とあたしとどっちが大切なわけ!?」  
 「そっ、それはもちろん、めーちゃんの方が……!」  
 「じゃあいいわね! よし決まり! はい決まり! そうと決まればさっさと続けるわよ!」  
 そう言うが早いか、メイコは自分の全身を激しく上下にピストンさせ、カイトの精を搾り取りにかかっていた。  
 
 
 ――結局、その後二人は、日がとっぷりと暮れるまで、布団を抜け出すことはなかったのだった。  
 
 
 
 「……ごめんね」  
   
 その夜。  
 すっかりくたびれた二人がシャワーを浴びたのち、部屋へと戻ってきた後で、メイコがぽつり、と呟いた。  
 「え?」  
 ソファに座り、テーブルに向かって帳簿の整理をしていたカイトが、眼鏡を外してメイコの方を振り向く。  
 「管理人、押し付けちゃって。ホントは、あたしがやらないといけなかったのに」  
 キッチンの流し台によりかかっているメイコの手には、缶ビールが握られている。それを一口、くい、と飲んで、メイコは  
そう続けた。  
 メイコの言葉に、カイトが苦笑する。何を今さら――と言わんばかりの表情だ。  
 「いいよ、僕は。めーちゃんのお願いじゃ、断れないしね。それに――」  
 そして、つと顔を上げると、管理人室の中をぐるりと見回した。  
 
 「僕、この仕事、好きだから。というか、ここにいる、みんなの事が好きだから」  
 
 「……」  
 メイコは黙ったまま、カイトの言葉に耳を傾けている。  
 「そりゃ、初音さんはちょっとむすっとしてるし、鏡音くんたちはあんまり僕と話してくれないし、巡音さんは……よく、  
  わかんないけど」  
 住人たちの事を話すカイトの声は、とても生き生きとして、明るい。  
 「……それでも僕は、このアパートにいるみんなの事を家族みたいに思ってるから」  
 「家族……ね」  
 ふいにメイコは、昼のカイトの言動を思い出した。  
 
 (彼女も、最近、何だかキレイになってるような気が……)  
 
 ハクの事だ。  
 実際、最近の彼女は変わりつつある。以前は適当に済ませていた化粧も、今はそれなりの時間をかけてするようになったそうだ。  
まあ、それが誰に見せるためなのかは、あえて詮索はしなかったけれども。  
 けれどそれだって、激的な変化というわけではない。遠巻きに、「他人」として眺めている分には、きっと気付かないだろう。  
 それなのに、カイトはきちんとそれを見逃さずにいた。  
 
 「カイト……」  
 「それにさ」  
 カイトが立ち上がり、閉まっていたカーテンを引いた。外には、満天の星空が広がっている。それを眺めながら、カイトは  
語り続ける。  
 「色々あって、マスターと離れ離れになっちゃったあの子達に、この広い世界の中で、『帰る場所』を作ってあげられるのって、  
  すごいことだと思うんだ。その『帰る場所』を守ってるって思ったら、やりがいも出てくるよ」  
 そこでメイコの方を振り向くと、はにかむような、照れたような笑顔を浮かべた。  
 
 「だからまあ、後は僕の給料が、ほんの少しでも上がってくれれば――なんて、ね」  
 
 「―――」  
 
 「……めーちゃん? どうしたの?」  
 黙りこんでしまったメイコに、カイトが訊ねる。だがメイコはそれには答えず、代わりに手の中のビールを一気に飲み干し、  
それを握りつぶすと、キッチンの隅のゴミ箱へ投げ捨てた。  
 そして、つかつかと部屋の中へ戻ってくると、おもむろに自分のバッグから財布を引っ張り出し、中に入っている紙幣を、  
数えもせずに一気につかみ取って、無造作にカイトへ向けて突き出した。  
 「何、これ?」   
 きょとんとした表情で、カイトが訊いた。メイコはカイトからそっぽを向いたまま、つっけんどんな態度で答える。  
 「夏のボーナスよ。いいから取っときなさい。使うあてが無いのなら、サイフの中に飾っとくだけでもいいから」  
 「で、でも……」  
 「それから」  
 戸惑うカイトに、さらにメイコが言葉をかぶせる。  
 「ミクの、家賃の件だけど。もうしばらくは、放っといてもいいわ」  
 「えっ……いいの?」  
 「あんたの家族なら、あたしにとっても家族でしょ? 家族がお金に困ってるんじゃ、無理強いはできないわよ」  
 カイトの表情が、ぱあっと明るくなる。差し出された紙幣をそっと受け取ると、屈託のない声で言った。  
 
 「ありがとう、めーちゃん!」  
 
 (……めーちゃんって呼ぶなって言ってんでしょ)  
 面と向かってそう言いたいのを抑えつつ、メイコはそっぽを向いたままだ。  
 絶対に今、カイトと顔を合わせるわけにはいかなかった。  
 
 ――ガラにもない事をしたせいで、照れて、真っ赤になってしまっている顔を、見られないためにも。  
 
 「それじゃ早速、コンビニで何かおいしいものでも買ってくるね! あ、あとお酒もね。待ってて、すぐ行ってくるから!」  
 そう言うとカイトは、ばたばたと支度をして、管理人室を飛び出していった。  
 それを横目で見送りつつ、メイコはふーっと大きく息を吐いた。  
 「あーあ、余計なことしちゃったかな……」  
 そう言いつつも、メイコはくすくすと笑い続けている。心の中に灯った、ほんのりと温かい気持ちは、もうしばらく消える事は  
なさそうだった。  
 「ま、あいつもあいつなりに頑張ってるみたいだし……今度、プレゼントの一つでも、してやろうかしらね」  
 頭に浮かんだそんな計画を、あれこれと検討し始めるメイコ。  
 (そうね……あいつ一応、見た目はいいんだから、もうちょっといいカッコさせてやらないと、勿体ないかもしれないわね。  
  となると、例えば、シルバーのアクセサリーとか……どんなのが似合うかな)  
 そこまで考えて、メイコはカイトの姿を思い浮かべようとした。  
 と、その時。  
 
 「……ん?」  
 
 何かが頭に引っかかり、メイコは首をかしげた。  
 数分前、ちらり、と視界の端に見えたカイトの姿を、もう一度思い出してみる。  
 部屋を出ようと、ドアノブに手をかけるカイト。  
 その手、さらに肩、そして全身は――  
 
 
 (――服、着てたっけ?)  
 
 
 「きゃああー!」という、空気をつんざくような婦女子の悲鳴が響くのと同時に、メイコは部屋のドアをバン! とブチ破り、  
夜の闇へ向けて猛ダッシュしていた。  
 
 「……あ、の、バカイトはぁぁっ!!」  
 
 
 ―――とりあえずは、太くて頑丈な鎖と、ずっしり重い首輪を買ってやろうと、強く心に誓いながら。  
 
 

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