「もーラブラブにーなっちゃってー……♪」  
 
 携帯電話から、にぎやかな歌声が流れ出す。  
 「んん……よいしょ、っと」  
 初音ミクは、ごろりと寝転がり、電話へと手を伸ばしてアラームを止める。眠い目をこすりこすり、ディスプレイの時計を  
確認した。  
 午前8時。  
 「ん……そろそろ起きなくっちゃ……」  
 口の中でもごもごとつぶやきながら、よっこいしょ、とばかりに掛け布団をひっぺがす。そのとたん、安普請の窓のすきまから  
忍び込む、冬の寒気がミクを襲った。  
 「うう……寒っぶぅ……」  
 がちがちと歯の根が合わなくなり、思わず、今這い出してきたばかりの布団へともぐり込みたくなる。が、もちろん、そういう  
訳にもいかなかった。  
 「今日のバイトサボったら、また家賃払えなくなるもんなぁ……」  
 彼女の暮らすアパート――ボーカロイドだけが暮らす「ボカロ荘」の家賃は決して高くはなかったが、それでも常にかつかつで  
暮らしているミクにとって、仕事を選ぶほどの余裕はないのだった。   
 はぁ、とため息をつきながら、半ばあきらめたような表情でのっそりと立ち上がるミク。  
 
 と。  
 下半身に、何か違和感のようなものを感じたミクは、何気なく視線を下げて――絶句した。  
 
 「……え?」  
 
 冬場の部屋着兼、冬場の寝巻き兼、たまに外出着としている、ミク愛用の若葉色のジャージ。  
 そのズボンの前側が、前方に向かってぱんぱんに張り出していたのである。  
   
 「………」  
 
 口をぽかんと開けたまま、きっかり3秒静止してから、ミクはおもむろにがばっ、とジャージと下着を脱ぎ捨て、下半身を  
さらけ出す。  
 果たして、そこに現れたのは、仰角30度を保って天を望む、神をも恐れぬ穢れたバベルの塔――  
 早く言えば、男性器であった。  
 「ええええええ!?」  
 ようやく理解と衝撃の追いついたミクの口から、今さらながらに驚きの声が飛び出す。  
 「なな、何で、どうしてこんなモノが私の体に!?」  
 これ以上なく取り乱した様子で、室内をあてどもなくうろつき回るミク。当然ながら股間のモノもそれに追従し、ぶるんぶるんと  
上下に揺れる。   
 「……まさか!」  
 と、その時。  
 ティッシュや弁当の容器に混じって、ゴミ箱のそばに転がっている一つの空きビンを目にしたミクが、はっと何かに思い当たる。  
 「……ゆうべ飲んだ、『誰でもアペンド君』の効果なんじゃあ……!」  
 そう、ミクが先日通販で注文したサプリメント、『誰でもアペンド君』。  
 これさえ飲めば、どんなボーカロイドでもたちどころにアペンド機能が身に付くという宣伝文句とともに、怪しげな通販  
サイトで210円の値段がつけられていた品物だ。  
 どのバイトも、応募条件が「要アペンド機能」となっていた昨今、ミクにとってはまさに、渡りに舟ともいえる一品だった。  
 のだが。  
 
 「――騙されたぁっ!!」  
 
 がっくりと畳に突っ伏し、絶望するミク。  
 「商品説明に『※怪しくありません』って3回も書いてあったのに……! 信じた私がバカだったのか……!」  
 擁護しようもない失策に、一人悔恨の涙を流すミク。その最中にも下半身の男性器はびくびくと跳ね上がり、いやがおうにも  
その存在をミクにアピールし続けていた。  
   
 「……あぁっ!」  
 
 はっと何かに気付いたミクが、あわてて時計を見る。  
 8時30分。もはや遅刻ギリギリの時刻である。  
 「と、とりあえず、バイト行かなきゃ……!」  
 ぶんぶんと首を振ると、股間の一物のことはいったん忘れる事に決め、ミクはあたふたと出かける準備をする。顔を洗って  
髪をざっとすくと、脱ぎ捨てた下着を再度身に着け、その上からズボンをはく。  
 が、ゆったりとした作りのそのズボンでは、未だ収まらないその「昂り」が、外から丸わかりになってしまった。  
 「これじゃダメだ……! 何か、もっとキツめのやつじゃないと……!」  
 大あわてで洗濯機に顔を突っ込むと、昨日はいたばかりのくたびれたジーンズがあった。それを取り出してはき替え、ベルトを  
ぎゅうっ、と締めると、どうにかこうにか外に出られる格好となった。  
 しかし、きつく押し付けられた男性器からは、かえって強い疼痛が走り、未知の刺激にミクを悩ませる。  
 「うう……何コレ……! むずがゆくって気持ち悪い……!」  
 その感覚に顔をしかめながらも、ミクは上着をはおるとサイフや携帯を拾い上げ、支度をすませる。どうにも収まらないズボンの  
ふくらみに辟易し、両手でその突っ張りを押さえながら部屋を出た。  
 と。  
 
 「あ、おはようございます、初音さん」  
 
 ドアを開け、廊下に飛び出した。まさにその瞬間。  
 ちょうどミクの部屋の目の前で、廊下を掃除していた管理人のカイトと出くわし、ミクはその場に棒立ちになってしまった。  
   
 「今朝は早いお出かけですね。お仕事で――」  
 にこやかなカイトの挨拶が途中で打ち切られ、ミクの顔に向けられていた視線が、腕を伝ってゆっくりと下がっていく。  
 「………え」  
 視線が下がりきった所で、その表情がけげんなものに変わり、物問いたげに再びミクの顔へと上ってきた、その時――  
 
 「そぉい!!」  
 
 ミクの、渾身の力を込めた垂直チョップが、カイトの脳天にごすん、とクリーンヒットした。  
 「はぅあっ!?」  
 突然の一撃に、目から火花を飛び散らせつつ、カイトはその場にばたん、と倒れこむ。一拍おいて、その手に握っていた  
ほうきが転がり、からんからん、という音を立てた。  
 「ああ……! しまった、ついうっかり……!」  
 大の男を昏倒させた一件を「うっかり」で済まそうとするミク。目の前で引っくり返っているカイトを前に、右往左往して  
うろうろと歩き回る。  
 が、すぐに気を取り直すと、  
 「……まあ、やっちゃったものは仕方ないか。もしかしたら、今ので記憶喪失になったりしてくれてるかもしれないし、結果  
  オーライだよね」  
 と、さっさと罪悪感をかなぐり捨てると、事態の収拾にとりかかった。とりあえず、この場に放置しておくわけにもいかない  
ので、カイトの両足を持ち上げると、そのままずるずると自分の部屋の前まで引きずる。  
 「んん……っと。さすがに重いなあ……」  
 そして玄関のドアをいっぱいに開くと、「どっこいしょっ!」と部屋の中へ放り込み、そのままドアを閉めて鍵をかけた。  
 「……ふう、これで一安心……って、ああっ!」  
 額ににじむ汗をぐい、とぬぐった所で、廊下の壁にかかっている時計がミクの視界に入る。  
 9時30分。  
 
 「遅刻だぁぁっ!!」  
 
 もはやなりふり構っていられなくなったミクは、股間に残っている大問題のこともすっかり忘れて、全速力でアパートから  
飛び出していくのだった。  
   
 (よりによって……! よりにもよって、こんな日に……!)  
 
 どさり、と、両手に抱えた段ボール箱を地面に降ろしながら、ミクが心の中で大いに嘆く。  
 今日の彼女のバイトは、ティッシュ配り。今しがた、バイト先の事務所から運び出してきたポケットティッシュを、この  
駅前広場で通行人に手渡す仕事だ。やせてもかれても一応はボーカロイドであるミクにとって、その声量を生かせるバイトの  
ひとつである。  
 が、しかし、今日ばかりは勝手が違っていた。  
 (どうして、今日に限ってこんなカッコをするハメに……!)  
 そう、問題はかかって、彼女が身に付けている衣装にあった。  
 ――首元を彩る、真っ赤なスカーフ。白地に鮮やかな、青のラインが走るセーラー服。  
 そして、丈のうんと詰まったプリーツスカートと紺のハイソックスに身を包んだミクは、どこからどう見ても制服姿の  
女子高生だったのだ。  
 
      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇        
 
 20分ほど前。  
 
 「すいません! 遅刻してホントすいません!」  
 「ああ、もういいから」  
 バイト先の事務所に猛ダッシュで駆け込み、息をぜえぜえ言わせながらも必死で遅刻をわびるミクに、担当者は面倒くさそうに  
答えた。  
 「それより、そこのロッカーに衣装が入ってるから、さっさと着替えて仕事始めてくれるかな。他の子はもうすでに、外に  
  出てるから」  
 「はい! ありがとうございます!」  
 その場でバイトをキャンセルされなかった事にほっとしつつ、ミクは大急ぎでロッカーを開けた。荷物をぽい、と放り込むと  
顔を上げ、吊り下げられている衣装を確認する。  
 
 「……う」  
 
 そしてそこに、ただ一着、ぽつんとぶら下げられているセーラー服を見つけ、苦々しげに顔をしかめた。  
   
 「何やってるの? ティッシュはそこの箱に入ってるから、早く――」  
 ロッカーを前にまごまごしているミクに気付き、担当者が声をかける。  
 それに対して、ミクは困りきった表情で振り向き、問いかけた。  
 「……あの、これ……他に、何かないっすかね? できれば、ズボン系のやつ、とか……」  
 「いや、今回はそれしか用意してないけど」  
 「でも、あの、ちょっとサイズが小さいかなーって……」  
 「他のサイズも用意はしてあったんだよ? だけどそれは他の女の子が着て行っちゃったんだろう。そもそもは、君が遅刻を  
  しなければ――」  
 次第に担当者の声がイラ立ち始めたのを感じ取ったミクは、話がマズイ方向へ向きそうになったのを察し、あわてて首を  
ぶんぶんと振ると、  
 「やっ、いやっ! 大丈夫っす! コレ、これ着て、すぐ行きますんで!」  
 と、大慌てで着替えをすませると、連絡用の携帯電話だけをポケットにねじ込み、ティッシュの詰まった箱を抱え上げると、  
逃げるように事務所を駆け出してきたのだった。  
 
      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇        
 
 「よろしくお願いしまーす……あ、よろしくお願いしまーす」  
 
 そんなわけでミクは今、標準よりもやや小さめのセーラー服を身に付けて、寒空の下、引きつった笑顔でティッシュを配る  
ハメになっているのだった。  
 (……まったく、世の男どもはどいつもこいつもJKJKって……! そんなにJKが好きならJKん家の子供にでも  
  なれっつーの……!)  
 心の中で毒づくミク。そんな苛立ちが芽生えるほどに、スカートの丈は短く、ティッシュを補充するのにしゃがみ込むたび、  
内側が見えないように苦心しなければならなかった。  
 おまけに今日は、風が強い。  
 
 「きゃっ……!」  
 
 びゅう、と吹き抜ける一陣の風が、アスファルト上の枯葉をかさかさと舞い上げる。そのついで、とでもいうように、ミクの  
スカートの裾がふわり、とめくり上げられた。  
   
 「やばっ……!」  
 ミクはあわててスカートを押さえると、辺りをきょろきょろと見回す。幸い、誰かに見られてはいなかったようだ。  
 はぁぁ、とため息をつきながら、ミクは自分の下半身をきっとにらみ付ける。そう、今日のミクには、パンツどころではなく、  
絶対にその中をのぞかれてはいけない「理由」があるのだ。  
 (万が一、こんなモノがぶら下がっている事が知れたら、いったいどうなる事やら……)  
 言うまでもなく、男性器のことである。  
 
 ……アパートを飛び出し、約束の時間に間に合うようにと必死に走ってる間、ミクの意識からはその事がすっぽりと抜け落ちて  
いた。それが功を奏したのか、事務所で着替える際にふと思い出したそれは、朝と比べて、すっかり縮んでいたのである。  
 これなら隠し通すのも難しくはないだろう、とほっとしたのもつかの間、ミクが着替え終わって街頭に立つ頃には、まるで  
存在を思い出してもらえた事を喜ぶペットのように、またむくむくと元の大きさに戻ってしまったのだ。  
 男性用のそれとは違い、余分なスペースのない女性用の下着は、容赦なく内側を圧迫する。  
 (んんっ……!)  
 ティッシュを手渡そうと、ミクが通行人へ数歩近づくそのたびごとに、下半身からは、とくん、とくんという鼓動が伝わって  
くる。それは一向におさまる気配を見せず、どころか、時間の経過とともに少しずつ強くなっていくように、ミクには感じられた。  
 
 (何っ……これっ……。男の人って、どうしてみんな、こんなの付いてて平気なんだろ……?)  
 次第に、ミクの頭がぼんやりとし始める。  
 息を荒げ、うつろな目をしたミクの目の前を、何人もの通行人が妙なものを見る目付きで通り過ぎていく。先ほどから、手に  
持ったティッシュの枚数は減らないままだ。  
 (やだっ……もしかしてみんな、私の体のことに気付いてるんじゃ……!)  
 にわかに、そんな不安に囚われるミク。状態を確認するのも恐ろしく、さっきから自分の下半身は見ないようにしているが、  
ずしり、と伝わってくるその重みからは、もはや下着を飛び出して、外側のスカートを持ち上げてすらいるのではないかと思えた。  
 
 このままではいけない。何とかしないと。  
   
 (どこか……一休みできるところに……)  
 救いを求めるように、ミクは周囲を見回す。と、駅前広場の一角に、公衆トイレが備えられているのが目に入った。  
 (あそこだ……! ひとまず、身体を落ち着かせなくちゃ……)  
 そう決意したミクは、手元のティッシュを制服のポケットに突っ込むと、股間の盛り上がりが目立たないよう、いくぶん  
前かがみの体勢で、トイレ目指してひょこひょこと歩き出した。  
 
      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇        
 
 「……ふぇぇ、恥ずかしかったよぉ……」  
 
 女子トイレの個室に飛び込み、かちん、と鍵をかけたミクは、その場でへなへなと崩れ落ちる。とりあえず、誰かに見られて  
しまう心配は回避したと言えるだろう。  
 ――とはいえ。  
 「……ホントもう、何なのよコレ……全然小さくならないじゃない」  
 洋式トイレに腰を下ろし、スカートをまくり上げて下着を下ろすと、まるでバネ仕掛けのように、びよん、と男性器が跳ね  
上がった。スカートからはみ出してはいないか、というミクの不安はさすがに錯覚であったが、一向に衰える気配を見せない  
ソレに対し、ミクは半ば、あきれ返ったような視線を送る。本当に、世の男性は誰もかれも、よくこんな凶暴なモンスターと  
付き合えるものだ。  
 「……さて」  
 ミクがパン、と膝を打つ。  
 どうすれば、このモンスターを退治せしめるのであろうか。  
 人気のない所へ逃れ、彼女自身はいくぶん冷静さを取り戻せたとはいえ、股間の状態がこのままでは、同じ事のくりかえしだ。  
どうにかして、この場で解決してしまわなくてはならない。  
 「……そもそも、一体どういう原因で大きくなったり小さくなったりするのか……」  
 不思議そうに首をひねるミク。先ほど、路上に立っていた時に感じたのは、下着からの圧迫感がいわゆる「痛気持ちいい」的な  
状態になっていたことだ。この刺激によって肥大化が誘発されてしまったのなら、その拘束から解放してやれば、逆に縮むのでは  
なかろうか、とミクは考えた。  
 ところが、こうやってトイレに座り込んで下着を脱いでも、一向にその兆しは見えないままだ。  
   
 「うーん、上手くいかないなあ……」  
 ミクは困りきった表情で、ぴくぴくと小刻みに跳ねるその部分をじっと見つめる。今朝のことを思い返すと、いったん完全に  
忘れさってしまえれば何とかなるのではないかとも思えたが、圧倒的な存在感をもって鎮座している男性器を目の前にしていては、  
それも無理な話だった。  
 こうしている間も、バイトの時間は刻一刻と過ぎていく。あまりぐずぐずしているわけにもいかなかった。  
 「どうしたもんか……ん?」  
 うんうんと頭を抱えて悩むうち、ミクはふと、自分の乏しい性知識の中に、何か引っかかるものを感じて顔を上げた。  
 「確か、男の人の勃起って、ココに血が集まるのが原因なんだっけ?」  
 男性器の内部には、海綿体というスポンジのような組織があり、それが血液を吸ってふくらむことで、性器全体が大きくなる、  
というような話を聞いた事がある。  
 だったら逆に、その血液をしぼり出してしまえばいいのでは?  
 つまり――  
 
 「――マッサージとかしてみれば、もしかしたら縮むかも!」  
 
 突如舞い降りたこのひらめきに、にわかに色めきたつミク。血行を良くして、血液を股間から他の部位に流してしまえば、  
収縮するのではないかという寸法だ。  
 「物は試しだ、とりあえず……」  
 ずりずりと便座に座り直したミクは両手を構えると、おそるおそる自分の下半身へと近付けていく。  
 そして、硬くそそり立つ肉棒にそっと添えると、ぎゅうっ、と思い切りわしづかみにした。  
   
 「うわぁ……熱ぅ……っ」  
 握りしめた陰茎の、予想外の熱さに驚きつつも、ミクはマッサージを始めた。  
 両手の指を総動員して性器全体を包み込み、ぐいぐいと揉みほぐす。上から下へ、下から上へと、その中に含まれているで  
あろう血液の流れを意識して、ひたすら両手を動かし続けた。  
 「んぅ……はっ……なかなか……小さくならないなぁ……」  
 しかし、そんなミクの奮闘もむなしく、股間の肉棒が縮むことはなく、むしろ、さらに大きくなっているようだった。  
 「やっぱり……このやり方も違うのかな……? でも、もう少しだけ……」  
 それでもめげずに、ミクはマッサージを続ける。いくぶん、手の力を強め、指だけでなく手の平全体を上下に動かして、  
しゅっ、しゅっとこすり続けた。  
 そうする内に、ミクは、自分の体内にこみあげてくる、『何か』の存在を感じ取った。  
 「あんっ……くっ、なん……だろ? この感じ……」  
 肉棒をしごくたびに、じわじわとせりあがって来る、小波のような感覚。その感覚に後押しされて、ミクの手を動かすペースが、  
知らず知らずのうちに早まっていく。  
 「あ……んっ……! ダメだよぉ……! 何か、何かが来ちゃうっ……!」  
 はっ、はっとミクの息が荒くなり、頬が赤く高潮する。体内の感覚は、高まるごとに股間に集中しはじめ、そこから何かが  
放たれようとしているのが、ミクにも分かった。  
 「出るっ……! おちんちんから、気持ちいいのが出ちゃう……っ!」  
 その感覚が、限界にまで達した瞬間。  
 
 びゅくぅっ! という、迸るような快感とともに、力強く握り締めたペニスの亀頭から、真っ白な精液が噴きあがった。  
 「あはぁぁっ!」  
 初めての射精に、ミクの身体がびくびくと反応する。どくどくと、尿道を通り抜ける精液の感覚が両手に伝わり、その快感を  
倍化させる。  
 二度、三度と白濁液を発射した後、ミクは体中の力を抜き、だらりと便座の背もたれによりかかった。  
   
 「はーっ……はひぃ……っ」  
 あまりの気持ちよさに、ミクの目がくらくらとかすむ。見上げた天井にぶら下がっている電燈の光が、ちかちかとまたたいて  
いるように見えた。  
 やがて、その口からぽつり、と吐息がもれる。  
 「そっかぁ……おちんちんの中には、『コレ』がつまってたんだね……」  
 ゆるゆると首を下げて下半身を見やれば、肉棒は依然として、勃起を保っている。だが、先ほどまでと比べると、心なしか  
そのサイズは縮んでいるようだ。  
 「だったら……全部、出し切らなくっちゃ……」  
 ぼうっとした口調でつぶやきながら、ミクが、再度両手に力を込める。その瞬間、  
 「ひゃんっ!?」  
 先ほどの射精により、肉棒の先端にまとわりついた精液がローションの役割を果たし、ミクの手をぬるん、とすべらせる。  
 「何、これ……さっきのより、気持ちいいよぉ……」  
 その滑らかな感触は新たな快感となり、ミクの中に流れ込んでくる。ミクは両手に残った精液を、性器全体にべとべとと  
なすりつけるように手を動かした。  
 「あふぅっ……ぬるぬる、べとべと、気持ちよすぎるぅ……」  
 再びガチガチと隆起しはじめた陰茎を両手で撫で回し、ミクは思いのままに快感をむさぼる。その手淫はとどまる所を知らず、  
いつしか、ミクの頭はその事でいっぱいになってしまった。  
   
 「おちんちん……おちんちんいいっ……男の人のおちんちん、最高っ……」  
 うわごとのようにつぶやき続けるミクの目が、とろんと蕩けていく。半開きの口からは涎が一滴、つう、と流れ落ち、その手の  
動きだけがさらに加速していく。やがて、さっきと同じように、快感の波が体の中に起こり始めた。  
 「あはっ、来たっ……さっきのすごいの、また来たよぉっ……」  
 それを素早く捉えると、決して逃がすまいとミクは意識を集中させる。目を閉じて、その刺激に身を委ね、どう手を動かせば  
気持ちよくなれるかだけを考えながら、ぬりゅぬりゅと自分への愛撫を続ける。  
 「あひんっ! ココ、ココすごくいいっ! ココいじるのが一番気持ちよくなれるよぉっ!」  
 カリ首の根元を指でつつう、となぞりながら、ミクが背中をびくん、と反らす。自らの性感帯へと執拗な責めを続け、自分の  
中の快楽を大きく育てあげながら、ミクは射精に備える。  
 「またっ、また来るっ! 気持ちいいどっぴゅんまた来ちゃうからぁっ!」  
 迫り来る期待に目を輝かせ、ミクは夢中でペニスをしごく。ごしごしと動かす手の一擦りごとに小さく喘ぎつつ、その根元に  
滞留している精液の塊を、ぐいぐいと押し上げていくように。  
 「早くぅっ……早く出したいよぉっ……えっちなお汁、どくどくって、びゅっびゅって出しちゃいたいっ……!」  
 もはや完全に射精の虜となり、ミクは無我夢中で自慰を続けた。  
 そして。  
 
 「あっはぁぁぁんっ! イッちゃうっ! おちんちんでイッちゃうよぉぉっ!!」  
 
 一際大きな嬌声を上げながら、ミクは二度目の絶頂に達した。  
 びゅるるるっ、びゅぶぅっ、と一度目よりも大量の精液をまきちらしながら、両脚をばたつかせる。その間も両手の動きは  
なお止まず、残らず精液をしぼり出そうとしていた。それに呼応して、ぶびゅっ、と飛び出す粘液が、熱を帯びてミクの足を  
どろりと流れていく。  
 「あぁぁ……あふぅぅぅ……」  
 全ての力を使い果たしたミクが、がくん、と脱力する。思考を焼き切るような快感に脳がしびれ、もう、何も考える事が  
できない。  
 
 (……気持ち……よかったぁ……)  
 
 天井の電燈を見上げるうち、いつしかミクの意識は、真っ白な光の中へと溶けていった。  
 
   
 
 
 「――ん……あ……あれ?」  
 
 かくん、と首が前に倒れた拍子に、ミクはふっと意識を取り戻した。自分でも気がつかないうちに眠ってしまっていたらしい。  
 「ええと、私、何してて……あぁ……」  
 ずび、と唇からこぼれるよだれをぬぐいつつ、ぼうっとしたまま周りを見回すミク。そして、自分が先刻からトイレにこもり、  
男性器を相手に悪戦苦闘していたことを思い出した。  
 「うわあ、ひどいな、これ……」  
 個室内のあちこちに飛び散っている「痕跡」を眺め、ミクが思わず顔をしかめる。壁といわずドアといわずへばりついたそれらの  
粘液からは、むっとした青臭い匂いが漂っていた。  
 「あーあー、壁だけじゃなくて服にまでこんな……ん」  
 そのうち、だらしなくまくり上げたスカートと、紺色のハイソックスにまで白い汚れが飛び散っているのに気付き、はたとミクの  
頭に疑問が浮かぶ。  
 「……私、どうしてこんなカッコしてるんだっけ?」  
 少しサイズが小さめの、女子高生風セーラー服。  
 現在、自分の置かれている時点から、それを着るに至った経緯を順繰りにたどっていくうち、ミクの口から  
 
 「…………あ」  
 
 という声が漏れる。  
 その時、ポケットの携帯電話が鳴り、ミクはそれを取り出す。  
 ディスプレイに表示されている時刻は、17時10分。  
 
 ちょうど、バイト先の事務所から、十回目の着信が届いたところであった。  
   
 
 「……はぁぁぁぁ……」  
 
 オレンジ色に輝く夕日が、そろそろ、その身を西の彼方に沈めようとしている時分。  
 ミクは大きなため息をつき、がっくりと肩を落としてうなだれながら、とぼとぼと家路についていた。  
 その右手には、家を出るときには持っていなかった、大きなビニール袋が提げられている。  
 「散々な一日だったなあ、まったく……」  
 早くも星のまたたき出している空を仰ぎ、ミクはぽつり、とつぶやく。  
 
 ……バイトの終了時刻を過ぎても一向に戻ってこないかどで呼び出しを受けたあと、ミクはあたふたと後始末をすると、事務所  
へと戻った。ノルマである個数のティッシュを配りきっていない事により、バイト代は大幅にカット。さらに汚した衣装については、  
自腹でのクリーニングを請求されてしまったのだ。  
 「いや、あのう、これには深い事情があって……」  
 と、一応言い訳をしようとしてみたものの、担当者のじろり、という厳しい目付きを前に何も言えなくなってしまい、衣装を  
持ち帰るために袋に詰め込むと、すごすごと事務所を後にしたのだった。  
 
 「……まあ、どっちにしろ、正直に話せるようなコトでもなかったしなあ。それに、証拠になるモノも、もうなくなっちゃったし」  
 アパートへ帰る道すがら、ミクは歩きながら自分の下半身をちらりとうかがう。そこにはもう、不自然な突っ張りも、あの独特の  
むずがゆさも残ってはいない。  
 そう、トイレで目覚めた直後はぼんやりとしていて気付かなかったが、あの時すでに、ミクの男性器はきれいさっぱり消え去って  
しまっていたのだった。  
 どうして消えたのかは、ミクにはわからない。まあ、効果はともかく、持続力はしょせん、怪しげな薬のそれに過ぎなかったと  
いうことなのだろう。  
   
 それはそれで一件落着なのだが、あのモンスターが引き起こした一連の事態を思い返すと、やはり、むらむらと腹が立ってくる。  
 「くっそー、次に買い物する時はもっと慎重に……ん?」  
 そんな決意をしながら、ミクがアパートの目の前まで帰ってくると、入口のあたりがなにやら騒がしい。どうも、誰かと誰かが  
言い争っているような声がする。  
 
 「……だから! どーしてあんなトコで寝てたのか、納得いくように説明してみなさいって言ってんでしょ!?」  
 「い、いや、ホントに僕、何も覚えてなくて……!」  
 アパートに近づくにつれ、その声はどんどんボリュームを増していく、よく聞けば、どちらも聞きなじみのある声だった。  
 「っとに、グチグチグチグチ男らしくないわね! いーわよ別に! あんたがミクとそういう仲だってんなら、正直にそう  
  言えばいいでしょ!? あたしにはなーんにも関係ないことなんだから!」  
 「ごっ、誤解だよ! 僕が、めーちゃん以外にそんな……!」  
 「めーちゃんって呼ぶなぁっ!!」  
 「へぶっ!?」  
 続いて、バチーン! という何かが叩きつけられるような甲高い音が響いたかと思うと、突然玄関からメイコが飛び出してきた。  
怒りに我を忘れているらしい彼女は、あっけにとられているミクにも気付かず、あっという間に路地の向こうへと去ってしまう。  
 「まま、待ってよめーちゃん! ……あれ、初音さん?」  
 ややあって、その後を追うように姿を現したのは、左の頬を反対側と比べて倍ほどにふくれ上がらせた顔のカイトであった。  
 「あはは……すいません、みっともない所を……」  
 なんとも言いづらい場面に遭遇してしまい、なんとも言いにくい顔をしているミクに対し、カイトが照れたようにぽりぽりと  
頭をかいてみせる。  
 「自分でも、何がなんだかわからないんですが……お昼頃、目が覚めたら初音さんのお宅の玄関に寝ていまして……。どうして  
  そんな所にいたのか思い出そうとしても、何故か記憶があいまいなんです。……初音さん、何かご存知ありませんか?」  
 「………」  
 
 事態の原因と結果、大体の成り行きを把握したミクは、その場でつかの間、黙り込む。  
 数秒後、いかにも自分は無関係であるという風を装ったミクの口から飛び出したのは、  
 
 「いや、知らないっすね」  
 
 という一言であった。  
   
 「そうですか……あ、それはそうと」  
 
 がっくりとうなだれたカイトだったが、何かを思い出したかのように、再びミクに話しかけてくる。  
 「何すか?」  
 「今月分のお家賃、いただけます?」  
 その言葉に、フリーズを起こしたようにその場で固まるミク。  
 前述の通り、本日のバイトによる収入はゼロ(どころかマイナス)であり、サイフの中には諭吉どころか、一葉の顔すら  
見当たらない。  
 
 「………」  
 
 やがて、硬直の解けたミクは、何も言わずにすたすたとアパートの廊下を歩き出す。  
 「あ、あの、初音さん?」  
 あわてて追いかけてくるカイトには目もくれず、自分の部屋のドアを開けると、その内側へと身体をすべりこませる。  
 そして、ほんの数センチだけ空けたドアの隙間から、上目遣いでカイトの顔をちらっと見上げると、  
 
 「…………また、今度」  
 
 と言い残し、がちゃん、とドアを閉めた。  
 
 
 ――こうして今日も、ボカロ荘の日常は、変わる事なく続いていくのであった。  
 
   
 

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