「♪みっくみっくにしーてあげる〜・・・」  
 
 携帯から、さわやかな歌声が鳴り響く。  
 「んん・・・」  
 その持ち主である彼女は、ごろん、と一つ寝返りを打つと、眠気が充満した意識のまま、もそもそとそれを手に取った。  
 ボタンを押して歌声を止め、ディスプレイの時計を見てみる。  
 午後3時。   
 「・・・あー、もうこんな時間かあ」  
 ぽつりとつぶやくと、ぽい、と携帯を放り投げ、そのまま二度寝を始めてしまった。布団に残る体温が心地いい。  
 今日は1時から、バイトの面接の予定だったのだが、もう、そんな事はどうでもよくなってしまった。  
 
 彼女の名前は初音ミク。ボーカロイドである。  
 ボーカロイドだが、マスターはいない。彼女は一人でこの「ボカロ荘」に住んでいた。  
 少し前までは彼女にもマスターがいたのだが、その、あまりにもやる気のない性格が災いして、  
 マスターから暇を言いつけられてしまったのだ。  
 「はあ、じゃあ、まあ、お世話になりました」  
 とくに別れを惜しむでもなく、ミクはさっさとマスターの家を後にした。  
 その後、町をふらふらしている間にこの、ボーカロイドだけが住むアパートの噂を聞きつけ、今に至っている。  
 以来、仕事についたりやめたりを繰り返しながら、何とかかんとか生活しているのだった。  
 
 「・・・お腹すいたな」  
 しばらくして、腹の虫がごろごろと鳴いたのをきっかけにして、ミクはのっそりと立ち上がった。  
 寝巻き兼用のジャージを着たままで顔を洗い、長く伸ばした髪にくしをざっと通すと、適当に一本に縛り上げる。  
 部屋の中に雑然と転がった様々なモノの中から、ひょいとサイフと鍵を拾い上げると、  
 それを無造作にポケットに突っ込み、部屋の外へ出た。  
 がちゃり、と鍵を閉め、アパートの玄関へと向かおうとした、その時。  
 「さあ行こうよリン!僕は君とならどこにだって行ける気がするんだ!」  
 「うれしい!私もいっしょだよ、レン!レンのこと、大好き!」  
 隣の部屋のドアが勢いよく開き、中から一対の少年と少女が現れた。  
 二人は楽しげに言葉を交わしており、その顔はキラキラと光り輝いて見える。  
 だが、それを見たミクの顔は対照的にみるみる曇っていく。  
 「・・・どーも」  
 すれ違いざま、ミクが二人に挨拶する。軽い会釈を伴う、ぶっきらぼうな調子で。  
 だが、二人はまるっきりそれを無視し、相変わらずお互いの間だけで会話を続けていた。  
 「レン、私のこと置いていなくなったりしないでね?そうなったら私、生きていけない!」  
 「バカだなあ、僕がリンを一人ぼっちにするわけがないだろ?僕たちはずっと一緒だよ!」  
 「うれしいっ!」  
 鏡音リン、レン。彼と彼女もまた、ボーカロイドである。  
 この二人が、どういういきさつでここに住んでいるのか、ミクは知らない。  
 彼女がここにやって来た時にはもうすでに、二人はここの住人だった。  
 だが、いついかなる時でも二人一緒に行動し、お互いのこと以外にまったく興味を持とうとしない二人を見て、  
 なんとなく原因を推察することは出来た。  
 (・・・きっと、マスターの事もこんな風に無視して、二人だけで盛り上がってたんだろうな)  
 そんなことをぼんやりと思っているうち、二人はさっさとアパートの玄関から出て行ってしまった。  
 それを追うように、ミクも歩を進める。かすかに差してくる午後の日差しが、その身体を照らした。  
 
 「やあ、ミクさん。こんにちは」  
 玄関を出たところで、このアパートの管理人と出くわした。  
 KAITOという男性型ボーカロイドであり、物腰の柔らかそうな好青年だ。  
 玄関先をほうきで掃除しながらにこりと微笑みかけてきたKAITOに、ミクはあいかわらず無愛想な挨拶を返す。  
 それに気を悪くした様子もないまま、KAITOはミクを見送った。  
 「お出かけですか?今日はいい天気ですものね。行ってらっしゃい」  
 その声を背中に受けながら、ミクは商店街へと向かう道路を歩き続けた。関わり合いになりたくない。  
 あの管理人が、毎晩夜中になると、上半身裸に下半身はパンツだけを身に付け、マフラーを巻いただけの格好になり、  
 夜な夜な近所を徘徊する趣味があるということは、住人の間ではもはや公然の秘密だった。  
 
 やがて、近所のコンビニへとたどり着いたミクは、店内に入るとすぐ、レジ横のスタンドへと向かった。  
 目当ては、そこに置いてある求人雑誌。バイトの面接をすっぽかしてしまった以上、何か次のあてを探さなくてはならない。  
 ぱらぱらとめくってみるも、どの仕事もキツそうだし、あんまりお金になりそうもないものばかりだった。  
 「・・・まあ、人間だって余ってる時代だしね。ボーカロイドなんてなおさら・・・」  
 そうひとりごちながら、『求ボカロ』ページにも目を通してみる。  
 店内放送のアナウンサー、イベント、アトラクションのMCなど、様々な仕事が並んでいる。  
 だが、どれもこれも、条件欄には  
 『要アペンド機能』  
 『VC3シリーズに限る』  
  などの文字が並んでいる。ミクは、そのどれらにも当てはまらなかった。  
 はあ、とため息をつきながら、無料配布のそれを小脇に挟み、スタンドを離れる。  
 雑誌のコーナーを物色し、新発売の雑誌を手に取った。  
 しばらく、その雑誌を立ち読みして時間をつぶしていたミクの耳にふと、店内の有線放送の曲が流れ込んでくる。  
 
 「♪あなたーといらーれるそれだけで〜・・・」  
 
 『初音ミク』の歌声だった。  
 その声を耳にしたとたん、ミクの心になんとなく、物悲しい気分が立ち込めてきた。  
 (・・・もういいや、早く帰ろう)  
 そして、雑誌を本棚に戻すと、目的だったコンビニ弁当とドリンクを手に取り、会計を済ませて店を出た。  
 
 コンビニを出ると、もう夕暮れ時だった。  
 オレンジ色の西日に染められ、コンビニ袋を提げて、てくてくと帰途に着く。  
 やがて、ボカロ荘へと戻ってきた時には、もう大分日も暮れていた。  
 玄関先にKAITOの姿はなかった。掃除を終え、管理人室へと戻ったのだろう。  
 ミクは自分の部屋番号のポストを開け、特に何も入っていない事を確かめると、部屋へ戻ろうとした。  
 その時。  
 「あら?そこにいらっしゃるのはミクさんではなくて?」  
 背後から、声をかけられた。  
 (・・・はあ)  
 その声に、心の中で大きなため息をついてから、ミクは渋々といった様子で振り向いた。  
 そこにはピンク色のロングヘアーを風になびかせる、長身の美女が立っていた。  
 「ああ 、やっぱりミクさんでしたのね!背中から貧乏の匂いが立ち上っていたのですぐにわかりましたわ!」  
 ミクの向かいの部屋に住んでいる、巡音ルカだ。  
 身長を生かした上からの目線で、ミクを見下すようにしながら言葉を続けた。  
 「ほーっほっほっほ!貴女は相変わらず貧乏がお似合いですこと!  
  あら?あらあら?その手に持っているものはなんですの?まさかそんな粗末なお食事を召し上がる気でいらして?  
  よかったらわたくしが最高級のディナーを施してさしあげてもよろしくってよ?ほほほほほ!」  
 なんだか知らないが、初対面以来、彼女はやたらとミクにからんでくるのだった。最近はすっかり慣れっこになってしまい、  
 特に返事をする気も起こらない。  
 それに 、金持ちぶってはいるが、彼女だってこのアパートの住人なのだ。何か問題を抱えているのは疑うべくもない。  
 「・・・結構です。じゃ」  
 すげなくそう断るとくるりと向きを変え、ミクは廊下をつかつかと歩き出した。  
 後ろから、追いかけてくるようにルカの声が飛ぶ。  
 「ああらそうですの?残念ですこと。まあ、庶民には庶民の暮らしがありますものね。  
  気が変わったらいつでも言い出してくださって結構ですのよ?それでは御機嫌よう、おーっほっほっほ!」  
 ルカの高笑いをBGMに、ミクはさっさと自分の部屋へと戻った。  
 
 「あー、食べた食べた」  
 食事を終えてしまうと、ミクはごろん、と布団に横になった。もう、何もする事がないのだ。  
 テレビはアパートの設備不足のせいで地デジが映らず、パソコンも持っていない。  
 本を読んで時間をつぶそうにも、そう多くもない家の本はあらかた読みつくしてしまっている。後は風呂に入って眠るだけだ。  
 何をするでもなく、ごろごろと転がっているうち、どこからかかすかに声が聞こえてきた。  
 (・・・本当にリンはかわいいね・・・まるで天使みたいだ・・・)  
 (・・・もう、レンったら、おせじばっかり・・・)  
 鏡音家の声だった。壁の薄いこのアパートでは、隣室の声もかなり漏れてくる。  
 ミクの方はそれで困る事などないが、鏡音家はそれを知ってか知らずか、毎晩のように会話をしているのだった。  
 聞くともなく、ミクが二人の声に耳を傾けていると、そのうちに様子が変わってきた。  
 (・・・おせじなんかじゃないさ、ほら、こんなにふわふわして、いい匂い・・・)  
 (・・・やだ、レンったら、ダメだよ。まだお風呂も入ってないのに・・・)  
 どうやら、二人が何かを始めたらしい。だが、それに気付いても、ミクは顔色一つ変えることなく、  
 (ああ、またか)と思うだけだった。  
 あの二人が「何か」をしているのは、別に今夜に限った事ではない。  
 そもそも、彼等はボーカロイドなのだから、年齢とか近親とか、そんな人間同士のタブーを当てはめる必要もないのだ。  
 そんな風に、普段なら委細構わずすやすやと眠ってしまうミクだったが、今夜はなんとなく勝手が違った。  
 「・・・んん・・」  
 身体が、もぞもぞする。  
 さっき、ルカにさんざんバカにされた時に、顔にこそ出さなかったが、胸の奥で、ささぁ、という感情の波が起きた。  
 それが、隣室の二人の声を聞いているうちに、変な形で身体に現れてしまったのかもしれなかった。  
 (・・・ふぅ、はあっ、気持ちいいよ、リン・・・)  
 (・・・んちゅ、ぷはっ、えへへ、うれしいな。もっとしてあげるからね・・・)  
 リンとレンの行為が次第にエスカレートしていくのが分かる。そんな様子を壁越しにうかがいながら、  
 ミクの体の火照りはますます高まっていった。  
 
 「ああっ・・・もう」  
 じれったさに声を上げ、ミクは布団をばっと払いのける。  
 そして、あたふたとジャージと一緒にパンツをずり下ろすと、すっかり湿っているそこへ指を這わせた。  
 つぷぷ、という水音とともに、指があっさりと飲み込まれていく。  
 (はっ、はっ、リンっ、どおっ、気持ちいいっ?)  
 レンの荒い息遣いが聞こえてくる。それと一定のリズムで繰り返される、かすかな振動。  
 自分で自分を慰めながら、ミクは、レンがリンに馬乗りになって、抽送を繰り返している光景を夢想した。  
 未成熟なその男性器で、同じく幼いリンの割れ目を、ずんずんと責め立てる。  
 成長しきっていないとはいえ、自分の指よりは太いであろうソレを想像する事で、ミクが感じる刺激も強まっていく。  
 (いいよぉっ、レンっ、あたし、あたしイッちゃうよぉっ)  
 甲高いリンの声が聞こえる。それにつられるようにして、ミクも小さく声を上げた。  
 「あんっ・・・くふぅんっ・・・」  
 くちゃくちゃと動かす指のペースを速め、気持ちいいところを存分に刺激する。  
 そうして快感が最高潮に達したところで、ちょうど隣室も終わりを迎えたらしかった。  
 (ああっ、リンっ、出るよっ!リンの中に全部射精するよっ!)  
 それを最後に、声はもう聞こえなくなった。  
 
 「・・・はあ・・・ふぅぅ・・・」  
 ミクは一人、行為の余韻にひたっていた。未だとろとろとあふれる愛液を指に絡め、にちゃにちゃと弄ぶ。  
 ぽうっとなった頭の片隅では、とりとめもない思考が展開していた。  
 (・・・お風呂・・・入らなきゃ・・・でも・・)  
 そうして、すうっと目を閉じる。  
 (・・・明日でいいや・・・)  
 やがて、すうすうという静かな寝息が、部屋の中に満ちていった。  
 
 
 同時刻。  
 「あんっ・・・あっはぁんっ・・・」  
 ミクの部屋の、廊下を隔てて向かい側。ルカの部屋にも淫らな水音と喘ぎが響いていた。  
 ルカが握り締めたディルドーを股間に突き立て、その度に腰をびくびくと跳ねさせる。  
 「はんっ!・・・あぁ、今日もミクに断られてしまいましたわ・・・一体、何がいけなかったのかしら・・・」  
 熱い呼吸の合間に、そんなことを呟いている。  
 「わたくしはもっと、ミクと親しくなりたいだけですのに・・・んっ、そしていずれは、あんな事やこんな事を・・・」  
 よからぬ妄想を繰り広げるルカの口元から、つつ、と涎がこぼれ落ちる。  
 それをずずう、とふき取りながら、ルカが首をぶんぶんと横に振った。  
 「はっ!いけませんわ・・・そんな事をしては、また嫌われてしまうかもしれません。  
  あの時も、わたくしがちょっと興奮してしまったばっかりに、マスターに追い出されてしまって・・・」  
 過去を振り返り、少し遠い目をするルカ。  
 「とにかく今は、一人でこうして慰めるほかありませんわ・・・はぁんっ!」  
 一際大きな嬌声を上げ、ルカが絶頂を迎えた。  
 はあはあと荒い息をつきながら、しばらくの間ぐったりとしていたが、やがてよろよろと立ち上がり、バスルームへ向かう。  
 熱いシャワーを浴びて、体の汗を流しながら、ルカはまた、ミクの事を考えるのだった。  
 (・・・明日はあの、かわいらしいお洋服の話題で話しかけてみようかな。とっても素朴で、庶民のミクにお似合いの・ ・・)  
 
 こうして、ボカロ荘の夜は、何事もなくふけていった。  
 傍から見れば、決して幸福とは言えない彼女達かもしれないが、  
 それでも、彼女ら自身が望む限り、この平穏な日常は、いつまでも続いていくことだろう。  
 
 
 「きゃああ!変態裸マフラー男よ!がくぽ兄、助けてー!」  
 「おのれ不埒な狼藉者が!拙者が切り捨ててくれる、そこに直れい!」  
 「いやっ、ちょっ、違うんです!僕はヘンタイじゃないんです!ただちょっと性癖が人と異なってるだけで・・・!」  
 
 

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