「客入れオンスケ通りです!」  
 「すんませーん!機材通りまーす!」  
 「ライト、3番4番チェックOKでーす!」  
 あわただしい雰囲気と、それに伴う多くの人間の声が、ステージ裏に響き渡る。皆、それぞれの役割を果たそうと、  
一心不乱に働き続けていた。  
 「ったく・・・どこ行ったんだ?」  
 そんな中でただ一人、所在なさげに辺りをきょろきょろと見回し、あちこちを歩き回る少年の姿があった。  
 それに気付いたスタッフの一人が、声をかける。  
 「どうしたの?レン君。もうすぐ本番よ?」  
 鏡音レンはスタッフの方に振り向き、いかにも困っているというような表情をしてみせた。  
 「あ、お疲れっす。・・・いや、それなんですけど、リン達が見当たらないんですよ」  
 「ええ?」  
 「さっきまで控え室に一緒にいたんですけど、ちょっと目を離したらいなくなってて・・・見てませんか?」  
 うーん、とスタッフが考え込む。  
 「この辺には来てないと思うけど・・・お手洗いじゃないかしら?」  
 「ええ、オレも最初はそうかなと思ったんですけど、ミク姉も、ルカさんもいないんです。3人そろってってのはちょっと  
  おかしいと思って・・・あ!」  
 突然、レンが短い声を上げる。スタッフがレンの視線の先を追うと、ステージ裏の一隅から、衣装を身に付けて歩いてくる  
リン、そしてミクとルカの姿があった。  
 
 「リン!ミク姉たちも!」  
 たたっ、とレンが駆け寄る。  
 「どこ行ってたんだよ、探しただろ!」  
 「えへへ、ごめんごめん、ちょっとね」  
 リンが笑顔で、ごまかすように答える。その様子に、ちょっと苛立ちを感じたレンが、語気を荒げて言い募った。  
 「ごめんごめんじゃないだろ!オレはともかく、スタッフにまで迷惑かけるような事して・・・!」  
 「ごめんね、レン君」  
 ぽん、とミクがレンの肩に手をやる。  
 「レン君の言うとおりだよね。私たちも、誰にも何にも言わないで席を外しちゃったのは本当に悪いと思ってるの。  
だからその分、ステージ上でのパフォーマンスでお返しするつもりだから・・・ね?」  
 キラキラと輝く瞳で見つめられてしまい、レンは顔を真っ赤にして口をつぐんだ。  
 ふとルカを見上げれば、彼女もまた、にこにこと意味ありげな笑顔を浮かべている。  
 「ま・・・まあ、ミク姉がそこまで言うんなら、オレは別にいいんだけどさ。ほら、もう始まるぜ?スタンバイしないと」  
 「うん!がんばろーね、レン!」  
 「うわっ、ちょっ、くっつくなって、リン!」  
 4人はそろって舞台袖へと移動していく。  
 
 
 「―――さあ、出番だ、行って来い」  
 そんな彼等の後姿を、リン達3人が現れた方向、機材倉庫の扉の陰から、じっと見つめる一対の視線があった事には、誰も  
気付いていなかった。  
 
 「俺の・・・俺だけのアイドル達」  
 
 
 (おかしい・・・何かが、変だ)  
 光あふれる舞台上で、激しいダンスを踊りながら、レンの心にはしかし、奇妙な靄がかかっていた。  
 今日のライブ中ずっと、何か違和感のようなものが引っかかっている。  
 ライブそのものには何も問題がない。スタッフの仕事は打ち合わせ通りだし、バンドやダンサーの調子もいい。観客の興奮も  
手に取るように伝わってくる。  
 そう、おかしいのは―――  
 ダンッ、とドラムが鳴り響き、曲が終了した。観客から大きな歓声が飛ぶ。  
 レンはこのままステージに残り、次の曲でリンとペアでダンスを踊る段取りだ。舞台袖で出を待っているリンの方をちらり、と  
うかがった。出番に備えて集中し、精神を高揚させているその顔は、レンもよく見知ったものだった。  
 (リン・・・)  
 それなのに、妙な不安が胸を苛む。  
 
 そもそもは、ライブ開始直後の、ルカの様子がおかしかった事がきっかけだ。  
 今回のライブはまず、ルカの独唱から開始する。聴衆を静かな緊張状態に置いておき、その曲の途中でレン達3人が参加、  
一気に場を盛り上げる、という構成になっているのだ。  
 そんな、とても重要なライブ開始の第一声で、あのルカが出とちりをしたのだ。  
 いや、出とちりとまでは言わないが、マイクに乗るか乗らないかのレベルで、喉の鳴る音が出てしまっていた。  
 観客や、あるいは一部のスタッフ以外は気付かなかったかもしれないが、レンの鍛えられた聴覚はそれをしっかりと捉えた。  
 (ルカさん・・・もしかして、調子悪いのか?)  
 だからと言って、それを誰かに伝えたり、相談するような時間はもちろんなかった。その時レンに出来たことといえば、  
その後の自分の出番で精一杯のパフォーマンスを見せ、そのような小さなミスを、誰の頭からも忘れさせてしまう事だけだった。  
 実際、それには成功した。最高の盛り上がりを見せて一曲目が終わるころには、レン自身でさえ、すっかり忘れてしまって  
いたのだから。  
 
 「そんじゃみんな、いっくよー!?」  
 リンのコールに観客が全力のレスポンスを返して、次の曲が始まった。激しいギターサウンドが響き、それに身を委ねたリンと  
レンが縦横無尽にステージを舞う。  
 散々練習したステップを軽やかに踏みつつ、レンはまた、回想を巡らせていた。  
 (そうだ、さっきのミク姉だって・・・)  
 
 数曲前、ミクのソロ曲が流れていた時のことだ。  
 その時レンはちょうど小休止のタイミングであり、いったん楽屋裏へと引っ込んでいた。スタッフから渡されたタオルで汗を  
拭きとり、ペットボトルの水をくい、と飲み干す。そして、その場に設置されたモニターで、ステージの様子を見届けていた。  
 (この曲・・・楽しみだったんだよな)  
 ミクが歌おうとしているのは、彼女の持ち歌の中でも大ヒットソングであり、レンもお気に入りの曲だった。  
音楽プレーヤーに入れ、移動中など、時間があればよく聴いている。  
 そんな、大好きな曲をライブ会場で聴けるというのは、レンにとってもファンと同じく楽しみなことなのだった。  
 しかし。  
 
 「―――――」  
 
 (・・・ミク姉?)  
 いざ歌い上げられたその声を聴いて、レンは、何かが違う、と感じた。  
 聞き込み聞き飽きたCD音源と、今この場にしか流れる事のない生歌に差があるのは当たり前だ。それくらいの事はもちろん  
レンだって承知している。  
 だがしかし、レンの感じた「違い」とは、そういう事ではなく―――  
 (・・・心が、こもってない)  
 歌の歌詞は、大好きな人への想いを、幼いながらも一生懸命に歌い上げる内容だった。  
 それなのに、今のミクからは、その想いを誰かに伝えようという意思が全く感じられない、心ここにあらずという状態だった。  
 その歌を聴き続けるうち、レンの心の中に正体の分からない不安が広がっていく。  
 (何だよ・・・なんなんだよ、これ)  
 ベコン、とレンの手の中で、空になったペットボトルが音を立ててつぶれる。  
 その一瞬、モニタの中のミクの下半身、スカートから露わになっている太股の辺りで、何かが不自然にきら、と輝いた事にも、  
もうレンは気付けずにいた。  
 
 「いえーっ!!」  
 リンの強烈なシャウトに、レンははっと意識を取り戻した。  
 (くそっ・・・余計な事考えてんじゃねーよ、オレ!これでオレがミスでもやらかしたら、それこそ本末転倒じゃねーか!)  
 はあっ、と大きく呼吸をし、意識を切り替えようとするレン。パートはこれから間奏に入り、リンとレンのユニゾンによる  
ダンスが待っている。  
 (そうだ、今はとにかくステージに集中して・・・!)  
 レンは全身の隅々にまで意識を行き渡らせた。ステージの、中央を挟んでちょうど反対となる位置で、リンも同じように  
ダンスを続けている。リンとレンの双子ならではによる美しいシンクロは見事に決まり、観客を大いに沸かせた。  
 (よしっ、決まった!あとは中央でハイタッチでシメだ!)  
 二人がステージの中央へと駆け寄り、それぞれ右手を高く差し上げた。本来ならば、その手を激しく打ち合わせ、そろって  
ステージ奥の階段へと登っていく段取りのはずだった。  
 だが、次の瞬間。  
 「・・・っ!?」  
 リンがすいっ、と手を動かして、レンの手との接触を避けた、ように見えた。少なくとも、レンからは。  
 一瞬、ほんの一瞬だけ、レンの思考は空白化した。  
 (どうしたんだよ、リン・・・?)  
 だが即座に気を立て直すと、かわされた右手を滑らかな動作で下ろし、元の振り付けへと繋げてみせた。ファンの目からは、  
それがアドリブのモーションには見えなかった事だろう。  
 階段を登りながら、ちらりとリンの方を横目でうかがう。そこにいるのはいつもの彼女であり、今起きた小さなミスなど、  
すでに忘れてしまっているかのようにすら見える。  
 (タイミングが合わなかったのか・・・?いや、そんな事はない、ちゃんとリハの時と同じように出来てたはずだ・・・)  
 いくら考えても、答えは出てこなかった。  
 
 結局、その日、リンとレンの手は一度も触れ合う事なく、ライブは終わりを迎えた。  
 
 
 「お疲れ様でしたー!」  
 その日の夜、とあるホテルのバーラウンジで、ライブの打ち上げが行われた。  
 レンの心配をよそに、その日のライブは大成功を収め、誰も彼もが機嫌よく浮かれている。会が進むにつれて酒も回り、  
主役であるミク達がいつの間にかいなくなっている事にも、誰も気を留めなかった。  
 それに気付いたレンは、トイレに行くフリをしてそっと会場を抜け出した。  
 (やっぱりおかしい・・・三人そろってどこ行ったんだ?)  
 ホテルの廊下を進み、入れそうな扉を片っ端からのぞいてみる。  
 そして、通路の突き当たり、あまり目立たず、使用されていなさそうな部屋をのぞいたところで、最悪の光景に遭遇した。  
 
 「あうんっ・・・はあっ・・・」  
 誰かの、喘ぎ声が聞こえる。  
 部屋の中央には、巨大なベッドが一つ、設えられている。その端に、一人の男が腰掛けていた。  
 そして、その男の目の前では、ミクが全裸になって男の下半身にまたがり、大きく腰を上下させている。  
 「あひっ!あふぅんっ・・・!」  
 ミクの腰がぱちゅっ、ぱちゅんっと男に打ち付けられるたび、その口から嬌声が上がる。誰はばかる事ない、身体の奥底からの  
悦びの声だった。  
 それを見て、男がふっ、と小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべる。  
 「全く・・・こいつはホントにセックス好きだな」  
 それに答えたのはミクではなく、ひょいと男の背中から顔をのぞかせたリンだった。  
 「なーに言ってんだか。元はと言えばマスターのせいでしょー?なーんにも知らなかったミク姉にオチンポブチ込んで、  
  無理やり処女奪っちゃったくせにぃ」  
 リンは男と身を寄せ合い、親しげな様子でキスを交わす。ぬちゃぬちゃと舌を絡ませ、べっとりとした唾液が糸を引く。  
 「ん、ちゅうっ・・・ぷはっ、それが今じゃ、マスターの言う事はなんでも聞いちゃうお人形さんだもんねー。今日だって  
  本番直前にナカで出して、そのままバイブでフタして歌わせたんでしょ?」  
 「ああ、なかなか面白かっただろ?」  
 「そーんな事言ってー。今日一日、ミク姉ほとんどボケっとしちゃってたんだよ?ま、誰にも気付かれなかったからいいけど」  
 そう言って、リンは男の背中から抱きつき、その身体をすりすりと撫で回す。  
 「それより、お前はどうだったんだよ?バレなかったのか?」  
 「当ったり前じゃん、そんなミスしないって。ちゃーんとおててにマスターの精液沁み込ませたままやり切ったってば。  
  ま、何回かヤバそうなタイミングもあったけどさ、実際」  
 リンがぱっと手を離し、改めてまじまじと見つめる。  
 「しんどくなってきた辺りで一人っきりになってさ、こうやって手の匂い思いっきり嗅ぐの。そうするとすぐにスイッチ  
  入っちゃうんだよねー」  
 「ははっ、何だそりゃ。お前もヘンタイじゃんかよ」  
 「失礼しちゃうなあ、あたしなんか可愛いもんだってば。ねえ、ルカちゃん?」  
 すっと、リンが床へと視線を落とす。  
 そこには男の足元にうずくまり、うっとりとした目付きで男の足の裏を丹念に舐め回しているルカの姿があった。  
 
 「んっ、はむっ、ふもぉぉ・・・ふぁい、わたくしが一番ヘンタイれしゅぅぅぅ・・・」  
 唇を大きく突き出して、ちゅぽちゅぽと指をしゃぶっているその姿に、普段の気品あふれる面影はどこにもなかった。  
 「わらくひはずっと、んっ、自分を偽っていましたぁ・・・ホントのわたくしは、誰かに仕え、奉仕するのがお似合いの  
メスだという事に、マスターが気付かせてくださったんですぅ・・・」  
 「ほら見てよ、このなっさけないカッコ。どー見てもルカちゃんが一番ヘンタイじゃん?」  
 そう嘲りながら、リンは足を伸ばしてルカの頭をぐりぐりと踏みつける。  
 「ああっ!ありがとうございますっ!わたくしをもっと貶めてくださいっ、辱めてくださいませっ!」  
 「ルカちゃんには何させたんだっけ?」  
 ルカへの責めをやめないまま、リンが男に問いかける。男はぶっきらぼうに答えた。  
 「口の中」  
 「あそっか、フェラさせた後、ごっくんしないままステージ上がっちゃったんだっけ。アレが一番ヤバかったよねー」  
 でろり、と男の踵から足の甲へと舌を這わせつつ、ルカが説明する。  
 「はっ、はいっ、マスターのザーメンを口の中に含んだまま、舞台に上がらせていただきましたぁ・・・。でもっ、そのまま  
  歌う事がどうしても出来なくて、つい飲み込んでしまって・・・」  
 「そー言えばルカちゃん、今日一日、お口臭かったもんねー。どっかでうがいしてくれば良かったじゃん」  
 「んちゅぅっ・・・ぷぁ、でもぉ・・・その臭いがするだけで、マスターとの絆が感じられるみたいで、その・・・」  
 言いながら、ルカは股間に伸ばした手を激しくぐちゅぐちゅと動かす。カーペットに数滴の沁みが舞い散った。  
 その瞬間、男が声を荒げる。  
 「おい、誰が自分でイジれっつった?」  
 「ひっ!もっ、申し訳ありません、マスター!わたくしごとき卑しいメスが浅ましくも自分の欲望のままに自慰など・・・!」  
 「分かってりゃいいんだ、ほら、さっさと続けろよ」  
 ルカはあわてて男の足にしゃぶりつき、先ほどよりも激しく舌を動き回らせた。  
 
 「あはは、ホントルカちゃんっておもしろーい。・・・でさあ、マスター?」  
 「ん?」  
 リンが太股をもじもじとすり合わせながら、媚びるような笑顔を浮かべた。  
 「そろそろあたしも、オチンポハメしてほしいんだけど・・・」  
 「ん・・・ミクの後でな」  
 「えー、それじゃまだまだ終わんないじゃーん」  
 不満げに、リンがミクを見上げる。  
 さっきからずっと、一定のペースで腰を振り続けているミク。しかしその顔は徐々に蕩けてきており、半開きの口も半ば白目を  
剥いてしまっている瞳も、もはや彼女が快楽の虜になってしまっている事を表している。  
 「ミク姉、こうなっちゃうと長いんだもんなあ。あたしも早くオマンコぐりぐりしてほしいのにぃ」  
 そう言って、自らの指をちゅぷちゅぷと割れ目へとめりこませていくリン。彼女の性器はすんなりと指を飲み込み、柔らかく  
与えられる刺激にひくひくと痙攣した。  
 「どうしてもしたいんなら、俺なんかに頼る必要ないだろ?レンにでも頼めばいいじゃないか」  
 「えー?別にいいよぉ、あんなの。いくら誘ったって一発もハメてくんないんだもん、面白くないったら。その点マスターは  
  違うもんねー。いつでもどこでも、リンがヤリたいって言ったら即ハメだもん」  
 「そりゃまあ、こんな可愛い女の子に迫られて、断る理由もないだろう?」  
 もー、と怒ったフリをしながら、リンがまた男に甘える。  
 とろんとした目付きで、二人がまた唾液の交換を始めた、その時。  
 
 「リンっ!」  
 
 バンっ、と部屋の扉が、大きな音を立てて開いた。  
 
 「リンっ!」  
 レンは扉を開け、部屋の中へと踏み込んだ。中の四人が一瞬、驚いて身をこわばらせる。  
 つかつかと男達の前まで歩み寄ると、レンは精一杯の声で叫んだ。  
 「お前達・・・一体、何やってるんだよ!?」  
 そして、目の前の男の顔をぎゅっとにらみ付ける。  
 この男の顔には見覚えがあった。今回のライブにもスタッフとして参加している、作曲者のうちの一人だった。以前から、  
リンやミクになれなれしく接しており、レンはこの男にいい印象を持っていなかった。  
 しばらくの間、男はあっけにとられていたが、やがて、にやりと笑みを浮かべた。  
 「何って・・・見てわかんねーのか?」  
 ベッドサイドからタバコとライターを手に取り、一息ふかしてから、言葉を継ぐ。  
 「アーティストとアイドルの、親睦をかねたスキンシップだよ」  
 「ふざけんなっ!」  
 ガァン、とレンが足元のゴミ箱を蹴飛ばす。その音に、ルカがびくり、と怯えて後ずさった。  
 「何がスキンシップだよ!こんなの・・・リンも、ミク姉も、どうしちまったんだよ!?」  
 訴えるような視線を、彼女達三人へと向けるレン。ミクはまだ男の膝から降りないまま、ぎゅっと上半身を男に預けている。  
 しばらく、誰もが無言のままだった。  
 ややあって、リンの「はぁっ」という、聞こえよがしのため息が響いた。  
 ベッドから降りたリンは、すっ、とレンの目の前に立ちはだかる。  
 正面からまっすぐにリンに見据えられ、レンは多少たじろいだ。  
 「な、何だよ・・・?」  
 「あのさ」  
 一言一言、宣告するような口調で、リンは言った。  
 
 「あたし達、みんな好きでマスターと遊んでんの。ジャマしたりしたら、承知しないからね」  
 
 「なっ・・・」  
 レンは、言葉が出てこなかった。  
 「そりゃ最初は無理やりだったりイヤイヤだったりもしたけどさ。今はもう全部忘れて、こうやって楽しくやってんだよ?  
  それをレンが、自分だけの勝手な都合でブチ壊しにするんだったら、あたし、許さないから」  
 レンはリンの瞳を見た。据わりきり、自分へと噛み付きそうな敵意を秘めている瞳。  
 だが、その瞳は、濁ってはいなかった。一分たりとも。  
 きっとこれが、リンの本心なのだ。  
 男に脅されているわけでも、だまされているわけでもない。本当の言葉。  
 見れば、ミクもルカも同じような目付きをして、こちらを冷ややかに見つめている。彼女達にとって、今のレンは自分達だけの  
聖域を侵しに来た、闖入者に過ぎないのだ。  
 
 「リン・・・」  
 わけのわからない感情があふれてきて、それがレンの瞳から涙となってこぼれ落ちる。  
 ふるふると震える手を前に差し出し、リンの両肩へと置いた。そして、力なく揺さぶりながら、言葉を紡ぐ。  
 「頼むよ・・・こんな事、やめてくれよ・・・。お願いだから・・・オレ、何だってするから・・・」  
 自分でも、わかっている。  
 こんな言葉が、リンにもう、届くはずはないと。  
 「ま、そういうこった」  
 じっ、と男がタバコをもみ消すと、やおら立ち上がった。ミクが振り落とされ、ベッドの上にごろんと投げ出される。  
 「これでわかったろ?あくまでも俺が強制してるわけじゃねえんだ。誰かに知らせたりしたら、コイツらの立場が悪くなる  
  だけの事だぜ」  
 それはその通りだった。この事を誰かに告発したとして、それでこの男が全ての元凶という事に落ち着いたとしても、三人の  
イメージは大きくダウンする。下手をすれば、引退にまで追い込まれかねない。  
 最初から、レンに選択肢などないのだ。  
 「そんじゃ、俺は会場に戻る。後はお前らで好きにすりゃいいさ」  
 服を着替えると、男はさっさと部屋から出て行ってしまった。  
 
 部屋に残されたレンは、ただ呆然と立ち尽くしていた。  
 そんなレンを、しばらくじっと見つめていたリンが、突然、その手を取り、ぐいっと引っ張った。  
 「うわっ!?」  
 なすすべもなく、レンはバランスを崩してベッドに倒れこむ。すかさずその上にリンが覆いかぶさってきた。  
 「なっ、何すんだよリン!?」  
 「何すんだよじゃないわよ。ここまでされてわかんないワケないでしょ?」  
 そう言って、にい、とリンが淫蕩な笑みを浮かべる。  
 「今からあたし達と、エッチしよーよ」  
 
 「・・・っ!」  
 
 ぱしっ、という乾いた音が響いた。  
 「あ・・・」  
 思わず、といった様子で、レンが自分の手を見る。  
 目の前では、リンが頬を押さえてうつむいている。  
 「ごっ、ごめん、リン!オレ・・・」  
 レンが取り繕うようにして言葉を発した時、リンが小声でぼそりとつぶやいた。  
 「・・・ひどいよ、レン・・・」  
 そして、ゆっくりと顔を上げた。その瞳いっぱいに、涙を湛えて。  
 ずきん、とレンの心が痛む。  
 「なんでこんな事するの・・・?あたし達、そんなに悪いこと、してる・・・?」  
 しゃくり上げるようにして、リンがとぎれとぎれに呟く。その声を聞くうちに、レンの中で罪悪感がどんどん膨らんでいく。  
 (・・・そうだ。どの道、オレに出来ることなんて、何もないんだ)  
 (だったらいっそ、リン達の思うようにさせてやるのが一番いいんじゃないのか・・・?)  
 
 
 (・・・ふふっ)  
 そんなレンの胸中を見抜いたかのように、リンがにやりと微笑んだ。  
 
 (ホント、単純なんだから)  
 
 
 「んぅぅっ・・・!」  
 レンの、切なげな吐息が漏れる。  
 「ほぉらぁ、レン・・・もっとベロ突き出して?」  
 その吐息すら自分のモノにしようと、リンが自分の唇をレンのそれにちゅうぅ、とかぶせて来た。  
 「んっふ・・・ぷぁ・・・ん・・ちゅぅぅっ」  
 リンの舌がレンの口の中へと侵入し、頬の内側から舌の裏側まで、余すところなく舐めまわしていく。その激しい舌使いに、  
レンの思考がみるみるうちに熱を帯びていく。  
 「はぁっ、ぷはぁっ、リン・・・うあっ!」  
 ずちゅんっ、という粘性の刺激を下半身に受け、レンは喘いだ。  
 「はぁっ!んひぃぃっ!いいよぉっ、レン君のおちんちんすっごく気持ちいいよぉっ!」  
 ベッドに仰向けになったレンの下腹部にはミクが腰を下ろし、その幼さの残る男性器を咥え込んでいた。  
 意図しない形でおあずけを受けていたミクの膣内は完全に出来上がっており、ずぶぶぶ、と飲み込まれるたびにレンのペニスを  
きゅぅぅっ、と締め上げる。  
 「あうっ!ミク姉っ、そんなにしたらっ・・・」  
 「はんっ!はぁんっ!気持ちいいっ!おちんちんじゅぷじゅぷするの大好きなのぉぉっ!」  
 ミクはレンの言葉も耳に届いていない様子で、ただひたすら腰を振る。恍惚の表情を浮かべたその口から一筋、とろり、という  
光の糸が滴っていた。  
 「ミク姉・・・」  
 呆然とその様子を眺める事しかできないレンに、リンが言う。  
 「幻滅しちゃった?レン。でもさ、これがホントのミク姉なんだよ」  
 そして、ぼそりと耳元でささやく。  
 
 「オトコノコなら、好きな人のどんな姿も受け止めなくちゃ、ね?」  
 
 自分の中の、何か大切なものが壊された気がして、レンはリンに向き直ろうとした。しかし、その瞬間。  
 「んんっ!?」  
 ビクビクと、レンの身体が震える。下半身から、またしても、未知の刺激が伝わってくる。  
 「・・・んちゅ・・んむぅっ・・・はぁっ、レン、気持ちいいですか・・・?」  
 ずんずんと腰を上下させるミクの向こう、レンのアナルに吸い付いたルカが、こちらを見上げているのが見えた。  
 「何も怖がることはありません・・・わたくしに、全て任せてください・・・ん・・」  
 そう言うと、再びルカが舌を伸ばしてくる。まるで粘性の生物が這うように、じわじわと与えられる愛撫に、レンは言いようの  
ないもどかしさを覚えた。  
 「うあっ・・・ルっ、ルカさんっ・・・」  
 「ああ・・・ごめんなさい、気持ちよくありませんでしたか・・・?わたくし、誠心誠意ご奉仕いたしますから、どうか、  
  お許しくださいませ・・・」  
 また、ルカがレンの顔を見上げる。いたたまれなくなったレンが、うめくように声を絞り出した。  
 「やめてよ・・・ルカさん、そんな目で、オレの事見ないでくれよ・・・」  
 機嫌を損なっていはしないかと、媚びへつらうような、卑屈な視線。  
 そんなルカの姿に、レンはまた、涙がこみあげてくるのを自覚した。  
 
 ―――どうしてだ?どうして、こんな事になっちまったんだ?  
 
 「あーあ、レン、また泣いちゃった。ホント泣き虫なんだから」  
 からかうようにリンが声を上げる。  
 それにも構わず、レンは声を押し殺して泣き続けた。  
 「しょうがないなあ。このままじゃ可哀想だから、慰めてあげるよ」  
 そう言うとリンはベッドの上に起き上がり、ミクの耳元へとそっと口を寄せて、何かを耳打ちした。  
 「ああ・・・ふぇぇ・・・?うん、わかったぁ・・・」  
 もはや意識を飛ばしかけているミクが、リンの言葉にこっくりとうなずく。  
 そして。  
 
 「―――――」  
 
 突如として響いたミクの歌声に、レンがはっと目を見開いた。  
 そう、歌声。ミクが、歌っている。  
 レンが大好きだった、あの歌を。  
 
 「うわあああっ!!」  
 
 レンが、絶叫した。  
 自分の想い人が、他の男に散々身体を弄ばれた挙句、今また自分の上で淫らに腰を振りながら、自分の好きな歌を歌い上げる。  
 これが悪夢でなくてなんだというのか。  
 「やめてよぉっ、こんなの、こんなのやだよぉっ!」  
 「どーしてー?」  
 リンがニヤニヤと笑いながらレンを見下ろす。  
 「レン、この歌だーい好きだったじゃん?だから、ミク姉に歌ってもらえば泣き止むと思ったのに、どーして嫌がるのぉ?」  
 その歌声は頼りなげにぶれ、時折甲高い嬌声が混じる。とても聴いていられず、レンは両手で耳をふさいだ。だが間近で  
高らかに歌い上げるその歌声を、完全に遮断することはかなわない。  
 「ひっ、ひくっ・・・」  
 もはや泣きじゃくることしかできないレンの上で、ミクは歌い続け、快楽を貪り続ける。やがてその声と動きのテンポが  
徐々に一致し始めた。  
 「あはは、面白ーい。ほら、もうすぐ終わっちゃうよ、レン?ちゃんと聴いて、一緒にイッちゃえ!」  
 ぐい、とリンがレンの手を無理やり引き剥がした。終わりが近づくにつれて、ミクの声が徐々に跳ね上がっていく。ルカも  
ここぞとばかりに、ずぶぶぶと舌を突き出し、レンの肉穴を大きくほじり返す。  
 そして、歌声が途切れたその瞬間。  
 
 「ふあっ、あっ、ああああっ!」  
 
 ミクとレンが、同時に絶頂を迎えた。  
 
 
 
 「――っあー、楽しかった」  
 ベッドの上で、リンが大きく伸びをする。体中くたくたになり、汗まみれの格好だ。  
 その傍らでは、だらりと寝そべり、虚ろな目で天井を見つめているレンの姿があった。  
 三人に、幾度もかわるがわる犯され、幼い性器はすっかり萎え果て、もはや身を起こす事すら出来ずにいた。  
 ミクとルカも、それぞれ肩で荒く息をしている。そんな二人に向けてリンが声をかけた。  
 「ほらほらミク姉、ルカちゃん。そろそろ戻んないと、さすがに怪しまれちゃうよ?」  
 その言葉に、二人はのろのろと起き上がると、タオルで身体を拭き、そこら中に散らばっている衣服を手にとって、身なりを  
整え始めた。  
 その様子を、レンはただ、ぼんやりと眺めている。  
 「レンは来ないの?しょーがないなぁ。ま、ここなら誰も入ってこないから、しばらく休んでても大丈夫だよ」  
 大きなリボンつきのカチューシャをぱちんと留めながら、事もなげにリンがそう言い放つ。  
 「そんじゃね、レン。マスターに話しとくから、今度は四人でいっしょに楽しもーよ」  
 そう言い残し、がちゃり、とドアを閉めて、三人は去って行った。  
 
 
 照明も落ちた、真っ暗な部屋で、レンはそのまま、身じろぎ一つせずにいた。  
 頭は霧がかかったようにはっきりとせず、とりとめのない思考ばかりが浮かんでは消えていく。  
 (・・・リン・・・ルカさん・・・)  
 そして、最後にたった一つ、レンの心に焼き付けられたものは。  
 
 (・・・ミク姉・・・)  
 
 
 「―――――」  
 
 
 やがて、静寂の中、かすかに歌声らしきものが響いてくる。  
 それは、ミクが歌っていた、あの歌。  
 レンが慰められ、励まされ、絶望に突き落とされた、あの歌。  
 
 
 「―――――」  
 
   
 何も見えない闇の中で、レンは歌い続ける。  
 その歌は、いつまでも、いつまでも、止む事はなかった。  
 
 
 

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