「……お待たせ、はい、コーヒー。ブラックでよかったよね?」  
 
 かちゃり、とテーブルにふたつのカップを置いて、私はベッドに腰掛けた。そして、すぐ隣のレンにぴったりと肩を寄せる。  
 「ん、サンキュー、リン」  
 レンがすっとカップを手にとって、くい、と一口。それを飲み込んで、ふう、と一息つくと、再びカップをテーブルへ。  
 そんな、ひとつひとつの動作をじっと目で追っている私に気づいて、レンがこっちを向いた。  
 「……な、何見てんだよ?」  
 えへへっ、とはにかんで、私は答える。  
 「べっつにー?何でもないでーす」  
 
 ――コーヒー飲んでる時のレンの顔、なんかオトナっぽくて、カッコいい。  
 
 なんて本音を、心の奥にそっとしまって。  
 「ヘンな奴だな……」  
 首をかしげるレンがひざに添えている手を、私はきゅっと握った。  
 「あ……」  
 レンの表情が、少し緊張したみたいに見える。  
 私はじっとレンの目を見つめた。レンの瞳はキラキラ光ってて、まるでお星さまが浮かんでるみたい。  
 レンにも私がそう見えてるといいな、と思いながら、私はすっ、と唇を差し出した。  
 「リン……」  
 レンが、そっと私の頭に触れる。ふわり、と私の髪が、レンの指にかかるのがわかる。それから、レンの手のあたたかさも。  
 ちょっとだけ、そのまま見つめあってから、レンが私にキスをした。  
 「ん……」   
 優しい、幸せの味がする。  
 それから、レンが私の肩に手をかけて、ぐいっと自分の方に抱き寄せる。私とレンの体は触れ合って、お互いの心が  
ドキドキする音まで伝わってくる気がした。  
 
 「レン……大好き。世界でいちばん、レンが好き」  
 
 そしてそのままベッドへと倒れこんだ私たちは、その日も、心と体がすっかり満たされてしまうまで、気持ちを通じ合わせた。  
 
 「……よくそんな、甘ったるそうなミルク飲めるよな」  
 
 ベッドに身を起こして、テーブルの上からカップを取ったリンに向かって、俺は寝そべったままで声をかけた。  
 「えー、だって苦いのより甘い方がおいしいじゃん?」  
 こくん、と、砂糖入りのミルクを飲みながら、リンが答える。その顔にうっすらと、「名残」の汗をにじませて。  
 「それに寝る前に牛乳を飲むと、夜ぐっすり眠れるんだってさ。……あ、そういえば」  
 その汗をふこうと、そばにあったタオルを手に取ったリンが、何かを思い出したような様子で言った。  
 「タオルの替え、なくなっちゃったみたい。また頼まなきゃ」  
 俺はごろん、と一つ寝返りを打ち、ふぁぁ、とあくびをする。  
 「んん……ん、わかった。明日、『アイツら』に言っておくよ」  
 ありがと、と言って、リンがまたミルクを一口すすった。  
 
 『アイツら』とは、この施設の研究員達のことだ。  
 俺とリンは、ボーカロイドとして目覚めてからずっと、この施設の中で暮らしている。  
 二人で一つの部屋をあてがわれ、そこには生活に必要な物が一通りそろっていた。寝起きするためのベッドや衣服、それから、  
十分な量の食べ物まで。それらの消耗品がなくなってきた時には、研究員に伝えれば、すぐに新しい物が用意される。  
 自由な外出は許されていなかったが、施設の中のある程度の範囲は解放されていたし、中庭に出れば外の空気だって吸える。  
天気のいい日には、そこにある大きな木の下で、リンと一緒に過ごすのが俺の楽しみの一つでもあった。  
 そう、ここにはリンがいる。  
 それだけで、俺は十分に、幸せだと思った。  
 
 「……レン? どうしたの?」  
 ひょいと、リンが顔を近づけてきた。かわいらしい、つぶらな瞳で、俺の顔をのぞきこんでいる。  
 俺は、ふっと笑って、リンに言った。  
 「……別に。リンは可愛いなって思ってただけ」  
 「んなっ!? なっ、何言ってんの、バカレン!」  
 たちまち顔を真っ赤にして、リンが恥ずかしがる。その様子を見て、俺は思わずぷっと吹き出してしまった。  
 「わっ、笑うところじゃないでしょ! も、もういいもん、私、寝る!」  
 ごろんとベッドに寝転がると、リンは向こうをむいて、頭からシーツをかぶってしまう。やがて、すうすうという静かな  
寝息が聞こえ出すまで、俺はずっと、リンの後ろ姿を見つめていた。  
 
 「おやすみ……リン。また明日な」  
 その背中に、そっとつぶやくと、俺はゆっくりとまぶたを閉じた。  
 
 明日もまた、リンと一緒にいられる事を、神様に感謝しながら。  
 
 「……頃合いか」  
 
 『監視室』で、リンとレンの部屋の様子を窺っていた男が、ぼそり、と呟いた。  
 「ええ、これまでの日常生活によって、それぞれが固有のパーソナリティを確立しつつあります。これなら、効果もはっきり  
  観測できるんじゃないかと」  
 デスクに腰掛け、監視用の機器を操作している、部下の男が答えた。その男が、一瞬、眉根を歪ませて、言葉を続ける。  
 「ただ……」  
 「どうした?」  
 「正直言って僕は、今回の実験、反対なんですよね」  
 ほう、と、男は部下へ向き直る。  
 「珍しいな、お前さんがそんな事を言い出すなんて」  
 「いえね、彼らが形成した人格データは、貴重なサンプルなんですよ。これまで、相互に信頼や愛情といった関係性を得るに  
  至った個体は、存在しませんでしたから」  
 「……そうだったな、確かに」  
 「もう一度同じ事をやっても、同じ結果が生まれるかどうかわからないんです。それを失ってしまう可能性のあるような事は、  
  するべきじゃないと思うんですけどね」  
 しばらくの沈黙が、場を支配する。  
 やがて、男がため息とともに口を開いた。  
 「まあ、やってみるしかないだろうな。それで、結果がいい方に転んでくれれば万々歳だろう」  
 「そうだといいんですけどね……」  
 二人は、モニターに映るリンとレンの寝顔に目をやる。  
 身を寄せ合って眠っている二人の顔には、幸せそうな表情が浮かんでいた。  
 
 (――どのみち、誰かに作られた幸せなんて、何かの拍子で簡単に奪われちまう、はかない夢みたいな物なんだろうさ)  
 
 二人の顔を眺めつつ、男はただ、そんな事を考えていた。  
 
 
 次の日の夜。  
 
 「ううん…っと」  
 私はベッドの上で大きく伸びをすると、今まで読んでいた本を枕元にぽん、と置いた。  
 ここでは本も読める。外のことがわかるような、たとえば情報誌や新聞以外のものなら、大体は許されていた。  
 「こらリン、読んだらちゃんと本棚に戻せって、いっつも言ってるだろ」  
 キッチンの方から、レンがカップを二つ持って戻ってきた。枕元の本を見て、口をとがらせている。  
 「だってさー、もー眠くて動けないんだもん」  
 「言い訳になってねーよ、それ。後で俺も読むんだから、ちゃんとしろよな」  
 「後で読むなら近くにあった方がいいじゃーん」  
 そんな、とりとめのない会話楽しみながら、私はベッドの上でごろごろと転がる。カップをテーブルに置いたレンがそばに座り、  
私の頭をなでなでしてくれた。  
 「全く、仕方ないな、リンは」  
 「えへへ」  
 私は自分の手をレンの手にそっとかぶせる。  
 少しの間、そのほのかな温かみを感じたあとで、その手をぎゅっとつかんで、自分の方に思いっきり引っ張った。  
 「うわっ!?」  
 どさり、とレンの体が倒れこみ、私に覆いかぶさってくる。その背中に腕を回して、私はレンを抱きしめた。  
 「いきなり、何すんだよ……」  
 そう言いながらも、レンも同じように私のことを抱きしめてくれる。体中がレンに包まれて、私はすごく幸せな気分。  
 「あったかいね」  
 「そうだな」  
 「……ねえ、レン」  
 「ん?」  
 「ちゅーしても、いい?」  
 「……うん」  
 私はレンと向きあう。ちょっぴり頬を赤くしたレンの顔が、すぐ目の前にある。  
 まぶたを閉じて、私はそっと、レンにキスをした。  
 その時。  
 
 (ぱちん)  
 
 という音が、どこか、頭の奥の方で聞こえたような気がした。  
 
 (……何だ、今の音?)  
 
 急に頭の中から聞こえた、いや、聞こえたような気がしたその音に、俺はぴくり、と反応する。  
 と、その時、目の前のリンが、俺と同じように妙な表情を浮かべているのに気が付いた。  
 「……リンも、聞こえたのか?」  
 そっと唇を離して、俺はおずおずとリンに訊ねてみる。リンはものも言わずにこっくりとうなずいた。二人一緒に聞こえたと  
いう事は、頭の中からの音なんかじゃなかったのだろうか。  
 なおも考え続けている俺に、「ううん」とリンが首を振ってみせる。  
 「きっと、気のせいだよ。別に何も、ヘンな事ないじゃん」  
 確かにそうだ。部屋のどこかで、何かの物音がしただけだったのかもしれない。  
 「……そうだな」  
 俺はもう一度、リンをぎゅっと抱きしめる。その、細くてしなやかな身体を、服の上からゆっくりと触れてやると、リンは  
うっとりと目を閉じ、気持ち良さそうな表情を浮かべる。  
 背中に回された腕にもぎゅっと力がこもり、リンが俺を求めてくれていることが伝わってくる。そんなリンが愛おしくなって、  
俺は片手をそっと、リンの胸のふくらみに当てて、すりすりと触れた。  
 その瞬間。  
 
 (あっ……そこ、気持ちいい……)  
 
 また、頭の中で何かが響いた。今度は音じゃなく、誰かの声が。  
 いや、誰かというより、この声は間違いなく――  
 
 「リン……今、何か言った?」  
 「……ふえ?」  
 ぽうっとしていたリンが、俺の言葉に反応してこっちを向く。よく聞こえていなかったのか、ただ俺を見つめたままのリンに、  
もう一度、同じ質問をした。  
 「ううん……? 私、何も言ってないよ?」  
 ふるふると首を振るリン。  
 (……どういう事だ? さっきのは、確かにリンの……)  
 戸惑いながらも、俺はもう一度、リンの胸に触れる。服の隙間からすっと手を差し込み、今度は直接、その柔肌を感じた。汗で  
しっとりとした感触が心地いい。  
 小ぶりに盛り上がったその胸をくにくにと揉み、ぴんと突き出た先端をきゅっとつまむ。するとまた、  
 (きゃんっ! おっぱいっ、おっぱい気持ちいいよぉっ)  
 というリンの声が聞こえた。今度はさっきよりも、はっきりと。  
 「これって、もしかして……」  
 
 リンの――リンの、心の声が、聞こえてきている?  
 
 「一体、なんで……」  
 突然起きた、この不思議な事態に、俺は思わず身をこわばらせて考え込んでしまう。  
 「レン…どうしたの?」  
 そんな俺の顔を、リンがけげんそうに覗き込んできた。その瞳と視線を合わせていると、また頭の中で声が聞こえてくる。  
 (もっとぉ……もっと、気持ちいいのしようよぉ、レン……)  
 俺は一つ頭を振ると、余計な考えを追い出して、リンに笑いかけた。  
 「……いや、なんでもないよ、リン。ごめんな」  
 そしてもう一度リンに口付けをする。今度は、いくらか力を込めて。  
 「ん……はむぅ……」  
 舌をぐっと突き出し、リンの唇の中に差し込むと、その中をていねいになぞる。暖かくて柔らかいリンの口の中をぐるりと  
一周させて、ぷはぁ、と引き抜くと、俺とリンの間に、キラキラと光る糸の橋が一条、形作られていた。  
 「はぁ……はふぅっ……」  
 リンの顔はすっかりのぼせあがってしまい、両頬が真っ赤になってしまっている。瞳もうるうると輝き出していて、俺は思わず  
ぎゅっと喉を鳴らしてしまった。  
 その時急に、リンがえへへっ、と、照れ隠しのような笑い方をして、言った。  
 
 「……レンさ、今、すごくやらしい事、考えたでしょ?」  
 
 ――どうやら、急に相手の考えがわかるようになったのは、俺だけじゃないらしかった。  
 
 ――わかる。  
 レンが、私の体をどうしようとしているのか、  
 そしてレンが、自分の体を、私に、どうされたがってるのかも。  
 
 私とレンは服を脱いで、ベッドの縁に並んで腰掛ける。そして、おずおずと手を差し伸べ、お互いの下半身に添えると、  
気持ちを確かめ合うかのように、その部分にそっと触れた。  
 「うわぁ……」  
 手の平から、レンの固さと熱さがきゅんきゅん感じられて、私はなんとなく恥ずかしくなってしまい、ふい、とレンから顔を  
そむけて少しうつむく。レンも同じ気持ちらしく。そっぽを向いてしまっていた。  
 そんな心の中とは裏腹に、お互いに触れ合った手の指先は、少しずつ、少しずつ動き始めた。  
 「あっ…レン……、そこ、気持ちいい……」  
 「リン……んっ、俺も……」  
 私は手で輪っかを作って、レンのそこをしゅっ、しゅっとこする。こするごとに、その部分がぴくん、ぴくんと反応するのが、  
何だかかわいらしい。  
 レンも、私に優しく触れてくれている。私の入り口の部分をくにゅくにゅと甘くこね回して、その奥に、柔らかい刺激を  
そっと送ってきてくれる。細かく動くレンの指が、ちょっとくすぐったくも感じられた。  
 
 (リン……大丈夫かな。こんなんで、ちゃんと気持ちよくなれてるのかな……)  
 
 その内、私の頭の奥でレンの声がした。私のことを気遣ってくれる、心配そうな響き。  
 私はふふっと微笑み、ちらっとレンの方を見て、言った。  
 「だいじょーぶだよ、レン。私、すっごく気持ちよくなっちゃってるもん」  
 「へ? ……あ、いや、その、そういうんじゃなくて……」  
 自分の考えが読まれてしまった事に気づいたのか、急にレンの顔が真っ赤になり、口から出る声も、もにょもにょと、言葉に  
ならないつぶやきになってしまった。  
 その様子がなんだかおかしくて、私はくすくす笑ってしまう。  
 
 こーゆーコトしてる時なのに、今さらそんな事くらいで恥ずかしがっちゃうなんて、男の子って、ホントにかわいい。  
 
 「それよりさ、レン」  
 「……え?」  
 リンの声に、俺はおそるおそる顔を上げる。そこにあるリンの顔は、何だか妙に楽しげだった。  
 「もっと私に、してほしいこと、ない?」  
 「ええっ!? い、いやそんな……」  
 突然そんな事を聞かれても、と、俺はすっかりうろたえてしまう。けれど、さっきから下半身をいじられ続け、すでに  
沸騰しかけている俺の頭は、自分の意志とは関係なく、反射的に、あんなことやこんなことを思い浮かべてしまっていた。  
 「あ……こっ、これは違う! 違うんだ、リン!」  
 それに気づいた俺は大慌てでぶんぶんと首を振り、なんとか打ち消そうとする。  
 しかし、それはすでに遅かったようで、目の前では、リンがにやにやと笑っていた。  
 「……ふぅぅ〜ん」  
 そして、おもむろにその顔をぐい、と下げると、俺の股間へとあてがう。リンの柔らかい唇が、ふにゅ、と俺の先の部分に  
くっついた。  
 「ちょっ、ちょっと待てって!」  
 俺が止めるのも聞かず、リンがはぁぁ、と口を大きく開けると、ぱくり、とそれを咥えた。  
 「んんっ……!」  
 想像以上の気持ちよさに、俺は思わず声を裏返らせて喘いでしまう。  
 「んっふっふぅ……」  
 その反応に満足したのか、リンがじゅぽじゅぽと頭を動かし始めた。上下に揺れるその動きにつれて、リンの口の中が  
むにゅむにゅと絡み付いてくる。その柔らかさと弾力に、俺は知らず知らず、腰を浮き上がらせてしまう。  
 「リン……っ! ああっ、そこっ……!」  
 無意識に考えてしまっている、俺の「してほしいこと」を次々に読み取っているらしいリンが、ためらいもせずにそれを実行に  
移してくる。舌をてろてろと這い回らされ、先端をちゅぅぅっと吸い上げられて、俺はすぐに限界を迎えてしまった。  
 「だっ、ダメだ、リンっ!出るから、顔を……!」、  
 上げて、と言い切る暇もなく、精液がびゅるり、と走り出る感覚が俺を貫いた。  
 それはどくん、どくんとリンの口内で跳ね回り、容赦なくその中を汚してしまっているはずだ。それでもリンは顔を上げようと  
しないで、それどころか、口にたまっていく精液を、少しずつ、こくん、こくんと飲み込んでいるようだった。  
 「……んっ、けほっ、けほっ……」  
 ようやく顔を上げたリンが、少しせきこむ。その様子を見て、俺の心の中にはまた、リンへの気遣いの気持ちが生まれてきた。  
そっとリンの頭に手を当て、いたわるように撫でてやる。  
 「バカだな、リン……。そんなに無理してまで、してくれる事なかったのに……」  
 すると、息を整えたリンが、ぱっと顔を上げ、満面の笑みで俺に言った。  
 
 「へへ……でも、気持ちよかったでしょ? レンの『気持ちいい〜』っていうの、全部ぜんぶ、私に聞こえてたもん」  
 
 「………っ、バカ」  
 その言葉に、俺はまたしても顔を赤らめ、リンから視線をそらさなければならなくなってしまった。  
 
 「はぁ……はぁっ、どう、リン? 気持ちいい?」  
 私たちは向かい合ってシーツの上に寝転び、お互いの身体をさわり合う。私の下の方にそっと指を這わせ、くちゅくちゅという  
音をさせながら、レンが聞いてきた。  
 「うん……すごくいいよ、レン」  
 お返しに、私もレンのそこをきゅっと握ってあげる。「はぁっ」という小さな吐息がレンの口から漏れ出してきて、私の耳に  
そっとかかった。  
 (ああ……リンの指、すっげー柔らかくて、ひんやりして気持ちいい……)  
 私の中にまた、レンの考えが流れ込んでくる。  
 そして、それと一緒に、レンの感じてる気持ちよさも。  
 (んっ……あんっ……男の子のって、こんな感じなんだ……)  
 いつの間にか私は、レンの考えていることだけじゃなくて、感覚までがわかるようになっていることに気づいた。レンの背中に  
手を回せば、私も背中に触れられているような感じになる。レンの指をちゅうっと吸ってあげると、自分の指にも同じような  
感覚が走る。  
 そして、私にはないはずの、レンの男の子の部分から感じる気持ちよささえ、伝わってきた。  
 (こーやって、下から上まで一気にさわってあげると……んんっ!)  
 だから私は、もうレンがどうしてほしいのかを聞く必要もなく、自分がもっと気持ちよくなれるように指を動かせばよかった。  
ごしっ、ごしっとこすってあげる度、切なげなため息をつくレンを通じて、私も同じように気持ちよくなれるのだから。  
 きっとそれはレンも同じなんだと思う。さっきから、レンの指が、私のいい所だけをつんつんとつついて来るようになっている。  
レンも、私の事を全部わかってくれてるんだって思うと、ちょっと恥ずかしいけど、でも、とても幸せだった。  
 
 「……えへっ」  
 思わず笑顔がこぼれてしまう私を、レンが優しく抱きしめてくれる。  
 「すごいね……私たち、まるで一つになっちゃったみたい……」  
 「ああ……そうだな」  
 レンが優しい声で答える。私はちょっとだけ、黙ってレンの目をじっと見つめてから、すっと身を離した。  
 「……でもね」  
 そして、両脚をゆっくりと開いて、その真ん中がレンからよく見えるように指をそっと当てると、くぱぁ、と開いてみせた。  
 
 「……私、もっともっと、レンと一つになりたいな……?」  
 
 「行くぞ、リン……」  
 「うん……来て、レン」  
 ドキドキと、うるさいくらいに高鳴る胸を押さえ、俺はリンへ近づいた。リンも緊張したように唇をぎゅっと結んでいて、  
実際、心の中でも身構えてしまっているのが、今の俺にはわかる。  
 「大丈夫……」  
 そんな気持ちを見透かして、俺はそっとリンの頬に手を当てると、安心させるように微笑みかけてやる。  
 「優しくするから……な?」  
 うん、とリンが小さくうなずく。  
 俺はリンのすぐ目の前で腰を下ろして、自分自身をリンのそこへあてがう。先端が触れ、じんわりと濡れた感触が伝わってくる。  
そのままぐっと押し付けると、柔らかい割れ目が、むにゅりと形を歪めて俺を迎え入れた。  
 「んふぅっ……!」  
 リンが喘ぎ声を漏らす。固い竿で、自分の柔らかい部分を引っかかれる快感が俺にまで伝わってくる。  
 「くぅっ……すごいな、これ……リンはいっつも、こんな感じだったんだな……」  
 「やだ、恥ずかしいよぉ……」  
 かあっと赤くなって照れてしまったリンが、その手で顔を覆う。俺はさらに腰を進めて、リンの中へと入っていった。奥へと  
進むたび、体の熱は高まり、抑え切れない衝動が体の中でふくらんでいく。  
 「……っ、はっ……全部、入ったぞ……」  
 ぱちゅん、と下半身をリンに密着させて、俺ははあはあと荒い息をついた。  
 「それじゃ、動くけど……痛かったりしたら、ちゃんと言えよ?」  
 「うん……大丈夫」  
 俺はゆっくりと腰を引き抜く。少し動くだけで、リンの中はぴくん、ぴくんと反応し、細かく震えて、俺に刺激を与えてくる。  
半分以上を抜いたところで、再び奥へ。ぎしっ、ぎしっとベッドを軋らせながら、俺は何度もリンに向けて挿入を繰り返した。  
 
 (ああっ……いいよぉっ……! レンのおちんちんでずんずんってされるの、すっごくいい……!)  
 
 そんな、リンの激しい意識の乱れが、渦を巻いて俺に流れ込んでくる。  
 受容の止まらないその思考と、下半身から伝わってくる二人分の快感があいまって、俺の体と頭の中を満たしていく。  
 (わかる……わかるよ、リン。リンが考えてること、思ってること、全部伝わってくる)  
 頭の中であふれかえったリンの意識が、俺の意識と混ざり合う。それは一瞬だが、俺の脳裏に、自分がリンに組み敷かれて、  
全力で攻められている錯覚さえも浮かび上がらせてみせた。  
 突く快感と突かれる悦びを同時に味わいながら、俺は心の中で強く念じた。  
 
 (もっと……! もっと、リンと一つになりたい……!)  
 
 「はぁっ……はぁっ……!」  
 いつしか、絞り出す声も同調させてしまいながら、私とレンは繋がり続けていた。レンがずんずんと腰を出し入れするたび、  
私の中に快感が広がっていく。  
 「いいっ、気持ちいいよぉっ、レン……!」  
 そう叫んで、私はぎゅっとレンに抱きつく。私の気持ちよさが、レンにも伝わる。レンに伝わってることも私にはわかる。  
 私はそのまますっと目を閉じた。真っ暗な闇の中で意識を集中すると、つむったまぶたの裏に、ぼんやりと何かが見え出す。  
 そこに映っているのは、私自身だった。  
 (ああ……今、私、こうやってレンに愛されてるんだ……)  
 それはレンの視界だった。私をしっかりと抱きしめ、ただ必死に下半身を動かし続けるレンと意識を共有した私は、まるで  
自分自身を犯しているかのような錯覚に陥る。  
 (リン、リン……! 好きだ、大好きだ……!)  
 レンの、私への愛情が心の中に流れ込んでくる。私はもう、それを受け止めるどころか、それが自分の感情であるかのように  
思い込んでしまい、ただひたすら、『リン』への気持ちを募らせていった。  
 「んふっ、はぁぁっ……!」  
 無意識のうちに、私はレンに合わせて腰を振っている。二人で一体となったかのように体を合わせ、ただひたすら、快感の  
極みへと達していく。  
 レンの射精が近い。自分の体の事のように、私にはそれがわかる。レンの股間は大きくはちきれそうな程に膨らんでいて、  
私の中に挿入するごとに、びくん、びくんと大きく跳ね上がっていた。  
 その感覚につられて、私の体もじゅわりと潤いを増し、体中がぽうっと熱くなりだす。それを察して、レンが聞いてきた。  
 「はっ、はぁっ、リン、イキそうなんだよな?」  
 「うんっ、私っ、私もう、ガマンできないよぉっ。レンも、レンも一緒に……」  
 「わかってる。一緒に気持ちよくなろうな?」  
 私たちはどちらからともなく微笑みあって、激しく腰を打ちつけ合わせた。あまりの快感に、少しずつ、頭の中がからっぽに  
なっていく。  
 その空白になった部分は、次々とレンの心で埋められてしまう。レンへの想いと『リン』への愛情が、私の中でぐるぐると  
かき混ぜられた。  
 レンと私の意識が溶け合って―――  
 
 (レン、レン、大好き……!)  
 (愛してる、リン……!)  
 
 もう、自分がどちらなのかもわからない。  
 
 「あああ……っ!」  
 
 私の中で、俺が弾けた。  
 びゅぅぅっ、と勢いよく放たれた俺の精液が膣壁を激しく叩き、同時に私も絶頂を迎える。びくびくと体を激しく痙攣させて  
その波に身を任せる私を、俺はしっかりと抱きしめた。  
 股間からは二人の性液がとろりと流れ、私の太股とシーツを汚す。俺はゆっくりと腰を引き抜き、肩を揺すりながら、大きく  
呼吸をしていた。  
 「はあっ、ふ……っ」  
 その隙間から、俺がじっと私を見つめる。  
 二人の視線がぴたり、と合う。心が通じ合った喜びを、確かめるかのように。  
 ――しかし。  
 
 (……え?)  
 
 二人の間に、相手と一つになれた喜びなど、ひとかけらも存在していなかった。  
 
 (どう……して?)  
 
 どちらも、心の中で自分へ向けて問いかける。それはそのまま、相手への問いをも意味していた。だがしかし、二人の心を  
いくら探ってみても、満足感や愛情らしきものは、何一つ見当たらなかった。  
 ――もはや、その身も心も、自分自身と区別がつかないほどに融け合ってしまった相手を前に、そんな感情の起りようもない。  
 残されたのは、自分自身を慰めた後のような、虚しさだけ。  
 
 「………」  
 
 無言のまま、私はレンの顔を見た。  
 その視線を受けて、俺もリンの顔を見つめ返す。  
 
 
 ―――ただの、鏡を見ているような気分で。  
 
 
 「……こうなると思ってたんですよ」  
 
 落胆の表情をありありとその顔に浮かべて、『監視室』で、部下が長々とため息をついた。  
 その傍らで、男は両腕を組み、憮然とした表情でたたずんでいる。  
 「あの二人の場合、親和性が高すぎたんです。なまじ強い関係性を築いていたせいで、本来発生しうるはずの、意識の統合に  
  際しての抵抗や不快感がほとんど見られなかった。結果はご覧の通りです」  
 モニターへ向けて、手をひらひらと振ってみせる部下。その向こう側、部屋の中には、ベッドの上で視線を合わせたまま、  
一切の活動を停止してしまったリンとレンの姿があった。  
 「大体、上層部は性急すぎるんですよ。そりゃあボーカロイド同士での知識や感情の相互補完は魅力的な技術なんでしょうが、  
  今の我々では、その段階に到達するのはまだ無理なんです」  
 ぶつぶつと文句をこぼし続けている部下の隣で、男はただ黙ってモニターを見据えている。  
 やがて、重々しげに口を開き、ゆっくりと言った。  
 「……これから、どうするんだ?」  
 そうですね、と部下が応じ、ちょっと考える素振りをしてから答えた。  
 「確か、倉庫に二人のプロトタイプとなったボディがあったはずです。もうお役御免になっているものですから、  
  とりあえずは、そっちに人格データを移しときますよ。同系統のボディの方が、馴染みも早いはずですし。  
  ……ああ、それにしても、何とか元に戻せないもんですかね。今回のことさえなければ、もう少し観察を続けられたのに」  
 恐らく無理だろうな――モニターの中、全ての感情を失った、能面のような表情の二人の傍らで、その存在を忘れられたかの  
ようにテーブルに置かれたままの二つのカップをちらりと見て、男は思う。  
 
 ―――混ざり合ってしまったカフェオレは、もう二度と、ミルクとコーヒーには分けられないのだから。  
 
 
 
 僕は、いったい誰なのだろう?  
 
 そんな、もう何十度目かになる自問自答を、僕はまた、この場所で繰り返していた。  
 気が付いた時、僕には何の記憶も無かった。自分の名前も、自分がなぜここにいるかもわからなかった。  
 その事に気づき、呆然としていたところにやってきた誰かが、僕が、生まれたばかりのボーカロイドである事を教えてくれた。  
 そして、しばらくは自分達が面倒を見るから、ここで生活するように、とも。  
 
 それからずっと、僕はここにいる。この、広い部屋の中で、ただ何もせず、無為に毎日を過ごしている。  
 一人で眠るにはやや大きいように思えるベッドから立ち上がり、バスルームへと向かう。そこにある鏡を覗き込んでみても、  
映っている顔に見覚えはなかった。  
 やがて孤独に耐えきれなくなると、僕は冷蔵庫を開け、ミルクとコーヒーを取り出し、カップに半分ずつ混ぜて飲む。  
一口ごとに広がる、ほのかな甘さと苦味が、僕のこの、どうしようもない寂しさをなぐさめてくれるような気がした。  
 そのうちふと、僕は、誰かに思いを馳せている自分に気づく。  
 そう、僕には、とてもとても大切な人がいたような気がするんだ。それも、二人。  
 顔も名前も思い出せないけれど、その人たちのことを思うと、心の底から懐かしさがこみあげてくる。いつでも僕のそばにいて、  
ふざけあって、笑いあってた、大好きな人たちだったはずなのに。  
   
 どうして思い出せないのだろう?  
 
 僕は部屋の明かりを消すと、ベッドに戻り、そっと体を横たえる。  
 そして、両手を胸の前できゅっとつなぎ、静かに目を閉じると、心の中で神様に祈った。  
 
 
 (――いつの日か、彼らがここへ、帰ってこられますように――)  
 
 
 

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