2???年、10月某日。  
 
「ねぇ、マスター」  
ルカが声をかけてきた。  
「これ、私達も参加しませんか?」  
 
そう言って差し出してきたのは、町内会主催の行われるハロウィンパーティを知らせるチラシだった。  
「そっか、もうこの季節なんだ…今年はミクたちも一緒だろうし楽しそうだね。  
 あ、でも…僕この日仕事だ」  
「そう、ですか…休んだり抜けだしたりするわけには…いきませんよね…」  
と言うルカの声は少し寂しげだ。  
 
「大丈夫、なんとか早めに片付けてそのまま向かうから」  
「それじゃあ、その日私はミク達と一緒に、先に行っていて構いませんか?」  
「うん、いいよ、一足先に楽しんできて」  
「はい。マスター。あ、私が何の格好をしていくかは…」  
「おっと、それは当日の楽しみにしておこうかな」  
「でも…聞いておかずに、会えるでしょうか…?」  
「大丈夫。探しだしてみせるよ、ちょっとしたチャレンジかな」  
「…わかりました、ミクたちにもそのことは言っておきますから、楽しみにしててくださいね。…信じてます」  
遅れても僕が行く、探しだしてくれるとわかったからか、嬉しそうに微笑んでそう言った。  
 
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  
 
そして当日。  
 
さっさと業務を終え会社を出るとそのまま会場へと向かう。  
一応、あの3人に「Trick」をされないための「武器」は整っている…が、僕の仮装の用意はできていない。でも、まあいいか。  
『仕事終わったよ、今からそっちに向かうから』  
ルカに搭載された通信機能を利用しメールを送る。  
間もなく返事が送られてきた。  
『連絡ありがとうございます。待っていますね』  
 
皆どんな格好をして行ったのか気になるところだ。  
そして、ルカは何の仮装をしてるんだろうか。  
魔女が似合いそうだ…でも個人的希望をあげるなら…サキュバスもいいかな、なんて。  
い、いや…!人が集まる所でそんな肌がたくさん出そうな格好したら…。  
 
そんなことを考えていると、丁度タクシーが来たので捕まえて会場へ向かう。  
(お酒もあるだろうから、車で出るわけにはいかなかったし)  
 
数十分後、やや道が混んでいたがなんとかたどり着いた。  
 
パーティーはそれなりに大きいホテルで行われている。  
広さとしては程よい会場だが、人が多くてルカを探すのは容易ではなかった。  
仮装している人が多いゆえ派手ないでたちが多くそれも拍車をかけていた。  
 
「あ、いたいた、おーいお兄ちゃん!」  
ふと、元気な声が僕を呼んだ。  
 
「お兄ちゃんもきてくれたんだね、さて、と…お菓子くれなきゃ化かしちゃうよー!」  
振り向くとそこにはリンがいて、無邪気に駆け寄ってくる。和風の黒い衣装に髪型はサイドテール、頭には狐の耳。  
よく見ると尻尾まである。よくできたアクセサリーだ。  
 
「おや、こんなところにいたずら狐が…油揚げの方がお似合いじゃないかな?」  
「あー、ひどーい!」  
「冗談だよ、ほら」  
元気ないたずら狐に餞別を渡してやる。  
「ありがと!ねぇ、レンもこっちきてお菓子もらいなよ」  
 
ため息をつきながら、レンが歩いてきた。  
「たく、オレまでこんな格好させられて…お兄さんの前にでるの恥ずかしいよ」  
リンと同じく和装に狐、だが本人は不満そう。  
 
「なんだか、機嫌よろしくなさそうだね」  
「別の衣装にしたかったのに、リンがオレの意見をガン無視して「2人であわせようよ」ってさ…  
 なんどもイヤだって言ったのに、結局根負けしちゃったんだよ」  
「でも、狐の兄弟って感じでいいと思うよ、僕は」  
「まぁ…それも悪くないけどね」  
「あはは、照れてる、ツンデレンだー」  
「なっ…!さっきからおちょくりやがって!待てこらぁ!」  
相変わらず微笑ましい2人だ。からかうリンを追おうとするレンに  
「ほら、これ持って行きなよ」  
「ありがとう、お兄さん!ルカ姉ならあっちの方で見たよ、それじゃ!」  
 
元気に走り去っていく。人にぶつからないよう気をつけてね、と思いながら見送った。  
 
さて、ルカを探さないといけないところだが。  
 
「あ、ルカさんのマスターさんだ」  
続いて声をかけてきたのはミクだった。ピンクが基調の小悪魔風の衣装で決めている。  
 
「これはこれは、可愛らしい小悪魔さん」  
「こんばんは、あ、トリック・オア・トリート!」  
「はい、どうぞ」  
「わー、ネギ型ロングチョコ!ありがと、お兄さん!」  
うん、案の定気に入ってもらえてなにより。それにしてもまさかこんなものが売られているとは思わなんだ。  
 
「それにしても、とても可愛いね、その服」  
「うん、私もお気に入りなんだ。「ハートハンター」っていうんだって」  
「確かに、こんな悪魔にならハートを盗まれてもいいな、なんて…」  
「んー、そんなこと言ったらルカさんに怒られちゃうよ?」  
 
はっとした後、顔が熱くなってくる  
 
「あ〜、赤くなってる。お兄さんったらぁ〜」  
「お、大人をからかうもんじゃありません!」  
「えへへ…ところで、ルカさんを探しているなら、さっきあそこにいたような…」  
 
そうだ、急がないと。きっとルカの方も僕を待ってるだろうから…。  
 
「あ、グミちゃんが呼んでるから私行かなくちゃ、じゃあね」  
「うん、ありがとう。ミクも楽しんでね」  
 
とりあえずこれで渡せるものは渡したといったところだ。  
 
少しでも多くの時間を過ごしたいと思っている、だから少しでも早く。  
 
「ちょっと」  
自分の肩を叩く手に気付いて振り返ると…  
 
「わっ!?な、何…って、カイトさん?」  
「ああ、驚かせてしまいましたか、すみませんね」  
 
西洋貴族のようないでたちで、顔にひびが入ったようなメイクをしているカイトがいた。  
「すごいメイクだね、それ…ビックリした」  
「俺としてはそう言ってもらえるなら光栄ですよ。この日にはピッタリでしょう」  
 
「いつもの爽やかな感じとはまた違うわよね」  
「あ、メイコさん…って、その格好…!」  
「ああ、これ?可愛いと思うけどどうかしら?」  
「うん、可愛い…ですが、それ以上に…」  
スリットは短いし胸元が開いているとても大胆なチャイナドレス風の衣装。かつ猫耳と尻尾つき。  
「ん、どうしたの?」  
「いや、なんでも…」  
なんというかこの2人は大人の魅力がある。  
リンにレンやミク、それにルカの先輩でもある彼らだけど、すごくかっこいいし、色っぽい。  
 
「ルカを探しているんでしょ、今もいるかどうかわからないけど、あの辺探してみたら?」  
「速く行ってあげてください、さみしい思いをさせたくないでしょう?  
 俺たちにかまっていても、こうして見せつけられるだけですよ」  
「ちょっと…不意に抱き寄せないでよ」  
「そんな強気なところも可愛いんだから」  
「もう、なに言うのよバカイト」  
 
ありがとう、そちらこそ2人で心置きなく、と思いながら2人のもとを去る。  
 
友人達には会ってきたが、まだ彼女は見えない。  
人混みや色とりどりの衣装に紛れたルカを探しだすのは容易ではないかもしれない、  
ましてや彼女自身も今日に向けた格好をしてるから。  
 
ルカは美人で可愛いし、スタイルもいいからきっと周囲の目を引くだろう。  
それだけに、他の男性に言い寄られていないか心配になってくる。  
 
…その時。僕は視線に気づきゆっくりと辺りを見回した。  
 
予感は僕にある一点を見据えてその方向へ歩み寄らせ…そこにいた者に声をかけさせた。  
 
「ルカ…!」  
 
背を向けていた彼女は僕の方に振り返り、その長い桃髪をふわりとなびかせる。  
 
互いに少しのあいだ、みつめ合って…再び口を開いた  
 
「遅くなってごめん。"ハッピー・ハロウィン"」  
 
「…『Happy halloween. My master.』」  
 
長らく待たせていただろう、でも彼女は怒ることもなく、笑顔で応えてくれた。  
さすがバイリンガル・ボーカロイドだけあって流暢な英語だ。  
 
「ずっと1人だったの?ミク達といてもよかったのに」  
「ええ、みんなにもそう言われました。でも…マスターに探しだして、見つけてほしかったんです。  
 あなたの言葉を信じようって思ったんです…私も、あなたを強く想っているから」  
僕のことをそこまで。そんな彼女が愛おしい。  
「…ありがとう、待っててくれて」  
 
「ところで…その衣装なんだけど」  
「あ、これですか?魔女です、可愛いでしょう?」  
「うん、すごく似合うよ…でも…」  
「でも?」  
 
ルカが着ていたのは大きな帽子をかぶった魔女風の衣装だった。  
それは肩から胸元にかけて露出しており、一体型の黒一色のスカートは前面がシースルー、  
そこからはレオタードの股の部分が透けてみえる。  
そして、胸には大きなピンクのリボン…だが、それ以上に寄せられた大きな胸が…露わな谷間が…。  
その仮装は「可愛い」って言葉じゃ足りないくらいにすごくイイんだけれど、なんか直視できない…。  
 
「マスター、あの…どうしました?」  
「あのさ、その衣装可愛いけど…ちょっと刺激が強いんじゃないかな、なんて…」  
「私は気に入ってますよ、この衣装」  
「まあ…ルカがそう言うならいいんだ。僕も好きだな、それ」  
お互いに笑い合う。  
 
その後は2人一緒で片時も離れない。  
というより、彼女を待たせていて少しでも淋しい思いをさせたなら、  
ぼくが隣にいることでそれを埋めたかったから。  
 
ルカもずっと手をつないでくれていて、時々視線を向けると微笑みを返してくれた。  
 
それからも個性的な仮装を散々目にしたけれども、どれも僕の隣の魔女の魅力には敵わなかった。  
 
光陰矢のごとしとはよく言ったものであっという間に時は過ぎて…パーティーは終わった。  
 
そしてタクシーを拾って僕らは家へ舞い戻る。  
 
「ふぅ…よく食べたし飲んじゃった…」  
「あの、マスター」  
「何?」  
「この格好…ドキドキしました?」  
答えは1つだけ。ルカの可愛くもセクシーな魔女スタイル…たまらなかった。  
「う、うん、すごくね…素敵だったよ、ルカ」  
「ふふっ。嬉しいです、マスターが私に魅せられてくれて。  
 …マスター、ありがとう。とても素敵な時間でした」  
「あ、うん、こちらこそ」  
 
「そういえば…まだ、言っていませんでしたね」  
 
そう言うと、ルカは不意に身体を密着させてきて…  
 
「マスター…   
 
 "Trick or Treat"?」  
 
艶のある声で囁き…そして、目を閉じる。  
 
それに応えるように彼女を包みこみ、その唇に"Treat"を捧げた。  
 
ハロウィンの夜、1人の魔女が僕に魔法をかけた。  
それは、逃れようのない魅惑の呪文。  
 
――それは、永遠にとけることのないもの。  
 

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