めー誕2012/カイメイ 
 
「……めーこ、さん……?」  
肩に軽い重みを感じて視線をそちらへ向けると、茶色い艶やかな頭部が僕の肩に傾いていた。  
並んでソファーに座っているめーこさんを覗き込めば、長い睫毛を閉じていていつの間にか眠ってしまったようだ。  
頬に差した赤味と呼気から香る僅かな酒気が、アルコールに誘われて彼女が夢の国へ旅立ってしまったことを物語っている。胸の膨らみが緩やかな呼吸に合わせ静かに上下し、その安らかな寝顔を僕はぼんやり見つめていた。  
……『MEIKO』って酒好きなイメージだけど、めーこさん弱かったんだ……。  
そんなに呑ませたつもりはなかった。誕生日プレゼントもまだ渡していないのになぁ。まさか『KAITO』の僕よりアルコールに弱いとは、誤算だった。  
今日はメイコさんの誕生日で、『お祝い』と称しウチに誘って宅呑みをしていた。めーこさんにはちょっと事情があって、普通に食事に誘ってもなかなか成功しない。  
だから今日OKしてくれたの、すっごく嬉しかったんだ。  
 
身体の片側にかかる心地よい重みと温かさを感じながら、僕は今日の宅呑みまで持ち込んだ道のりを思い返し始めた。  
 
僕とめーこさんは、同じ音楽事務所の先輩後輩で、めーこさんが先輩だ。  
ボーカロイドの所有形態は様々で、ボカロのみ集めた事務所もあれば人間のみの所もあるし、マスターがボーカロイドを所持し個人で音楽活動を行っている場合もある。  
僕らの所属する事務所は人間もボーカロイドも混在していて、他に比べれば人数が多い分大所帯の事務所だ。僕がめーこさんの存在を知ったのは事務所に購入されてから結構な月日が経ってからだった。  
知り合うきっかけになったのは、めーこさんが僕のライブでコーラスを担当することになったことから。  
今思えば先輩に対し失礼極まりないが、初めて顔を合わせた時は初対面の『MEIKO』だと思い込んでいたのでてっきり外部のボーカロイドなのだとしばらく勘違いをしていた。  
めーこさんは無名のボーカロイドといっていい。同じ事務所に所属しているのに、僕がめーこさんを知らなかったのはそのためだ。  
ボカロだから歌は抜群に上手いし、ちゃんと個性もある。甘味のある声は鼓膜に気持ちがよく、旋律に乗る歌声はブレずに僕の声を支え引き立ててくれた。  
仕事を一緒にしながら、なんで僕はこのヒトのこと知らなかったのかと不思議に思ったほどだ。  
だがその疑問も、仕事を通し彼女を知り周りの評価も加味すれば消え失せた。  
 
めーこさんは、いわゆる「運のない人」だった。  
 
名が挙がりそうな大きな仕事が舞い込めば、その仕事はことごとく途中頓挫し消滅する。  
ソロの仕事はプロデューサー側の都合でダメになることが必要以上に多い。チャンスを活かせない。おまけにプロデューサー自体にとことん恵まれなかった。  
相性が合わず、これまで一緒に仕事をしたプロデューサーはめーこさんの持ち味を引き出すことのできない人ばかりだ。したがって、実力はあるのにこれといった代表作を彼女は持つことができずにいる。  
とにかく、なんの呪いが彼女にかかっているのかと首を傾げたくなるぐらいに、めーこさんが単独で仕事を得ようとすると、端からプロジェクトが壊れていくのだ。  
よって、現時点でめーこさんの主な仕事は仕事仲間のコーラスや、外部出張で余所のミュージシャンのサポート。口の悪い者は陰で、どん底の『MEIKO』と呼んでいる。  
いつだってスポットライトの中心に立てない。めーこさんはそんな人。  
本人も運の無さを自覚していて、目の前で失われていくチャンスにどんどん内向的な性格になってしまったと聴いた時は、他人事とはいえやるせない気持ちになった。  
それでもめーこさんは、自分の出来る範囲の仕事をきちんとこなし唄えるだけで幸せだと言う。  
中には「あのボカロは験が悪い」とめーこさんの運のなさを厭い、裏方ですら使いたがらない音楽関係者だっているのに、仕方ないよー本当の事だもんね。と苦笑している。  
一方僕は、『絶滅危惧種』・『KAITOの本気』・『ダッツ育ち』タグを有り難くも頂き、自分で言うのもアレだけど楽曲にもプロデューサーにも、なにより運に恵まれた『KAITO』だった。  
僕を知る人は『KAITO』らしくない『KAITO』だと笑う。世間で知名度もそれなりにあって、事務所の中で稼ぎ頭の末席にいるらしい。  
他人に言われずとも、自分でもびっくりするぐらい音楽活動は好調だった。『KAITO』は挫折を味わっていることが多いが、僕にはそれもない。  
ボカロ仲間にもマネージャーにも「お前は強運と幸運の持ち主だよな」と呆れ半分に言われる。  
主題歌を唄った連続ドラマが当たって曲も大ヒットしたり、期間限定で組んだタイアップ付きのバンドが売れるわ、他の歌い手が辞退したプロジェクトに代打で入って当たるとか、その他にも色々ラッキーが重なった。  
どういうわけなのか、僕は「引き」が強い。宝くじでも買えば高額当選するんじゃないかって勢いだ。  
あまりに売れて偶に身に覚えのない悪意を感じることもあるけれど、やっかみは気にするなと友人たちは言う。音楽関係者との関係も良好。仕事は順風満帆で遮るモノなんて見えないぐらい未来は明るく拓けていた。  
めーこさんはメディアに出ないから、あの時僕の楽曲のコーラスに入らなければ彼女との接点は今でも繋がらなかったかもしれない。  
仕事場の噂話は直ぐに耳に入ってくる。めーこさんの境遇を知り、それを自分に置き換えて想像したらぞっとした。挫折らしい挫折を知らない僕に、めーこさんの置かれている立場はありにも不安定すぎた。  
しかしめーこさんはめげない。大人しくて、「運に見放された『MEIKO』」と周囲の露骨な視線に委縮している部分もあるけれど、それでも静かに前を見ている。  
逆境に負けない芯の強さと屈託ない彼女の笑顔に、僕はすっかり参ってしまった。超簡単にいえば惚れたのだ。  
 
ここから僕の地味なアプローチが始まる。  
 
試しに肩を揺すってみたが、めーこさんは目覚める気配がない。小さく唸って更に深く眠ってしまう。起こすのも忍びなく、寝るには若干辛い姿勢だ。  
僕はめーこさんを抱き上げ、寝室へと運ぶことにした。少し眠らせた方がいい。密着した柔らかな身体から、アルコールで体温の上がった肌の香りが鼻を掠めて何ともいえない気分になる。  
めーこさんをベッドに横たえ、僕は端に座って寝顔を眺めた。めーこさんの意識がない内の特権だ。額にかかる髪をそっと指で払っても、めーこさんは目を開けなかった。酔いだけでなく、疲れているのかもしれない。  
めーこさんは自分がメインの仕事がない分、他のミュージシャンのバックアップの仕事を事務所から沢山振り分けられている。仕事だけは豊富だった。ただし単価が安いために、仕事を次々こなさなければいけない。  
それを知ったのは、めーこさんを食事に誘うようになってからだ。  
先ずは仕事で後輩の立場を使いそこそこ仲良くなった。めーこさんが事務所のミニスタジオで一人で居残ってレッスンしていれば、「僕も一緒に練習いいですか?」とか申し出たり。  
その内、食事に彼女を誘ってみた。表面上は和やかに言ったつもりだったけど、内心かなり緊張していたのを覚えてる。  
その時は拍子抜けするぐらい呆気なくOK貰えて有頂天だったけど、後に誘っても、今度は断られる回数の方が多くなってしまった。なんで?  
めーこさんに特定の男がいないことは確認済だった。僕がイヤだからか? しつこかったかな? それとも何か気に障る事をしてしまったか。  
 
「めーこさん、最近ゴハン一緒に食べてくれないね。僕何かしちゃったかな?」  
 
居残りレッスンの帰り道、後輩らしくそれとなく理由を訊ねてみた。めーこさんは驚いて薄茶の目をまん丸にして、慌てたように首る横に振る。  
「へっ? や、別にカイト君が悪い訳じゃ……!」  
「でも、今日もダメなんでしょ? どうしてかなって……」  
僕が言い終わるや否や、きゅう、と小さいが無視できない音を耳が拾った。出所に視線を向けめーこさんの顔を見ると、俯いて耳まで染めて可哀想なくらいに真っ赤になっている。  
音の出所はめーこさんのお腹だ。腹の虫は、本人よりずっと正直だった。  
「…………………………ちょっと、今月厳しくて。ごめん……」  
「そ、」  
「そんなの奢りますよ!」って言いそうになって、止めた。今までめーこさんと食事をする時は、常に割り勘だった。食事代をこっそり全額支払おうとして、そういうのはイヤだと初回に言われたからだ。  
「誘ってくれるの、嬉しいんだけど……その、あまり余裕のある生活をしていないから……先輩なのに、情けないんだけどね」  
苦笑するめーこさんに、僕の方が穴があったら入りたい気分になった。……好きな人に、恥をかかせてしまった。  
いくら僕が売れていても後輩に奢らせるのは気が引けるのか。どっちにしろ簡単に金を出して済ませることではなさそうだ。  
現に目の前のめーこさんは、お金がなくて食事を断っていたことを恥じている。  
ならば、めーこさんはどうすれば気軽に誘いに乗ってくれるのか。嫌われているワケではないことを確信した僕は、打開策を求めた。考えに考えて、ある結論に達する。  
後輩に奢られることに抵抗があるのなら、僕が料理を覚えてご馳走すればいいんじゃないか?  
「最近料理にハマって、つい作りすぎちゃうからめーこさんも食べない?」とか言って。店で食べるとどうしても支払いを気にしてしまうけど、自分で作るならその辺は有耶無耶に出来そうな気がする。おまけにこれだと実に自然に僕の家に招けるのだ。  
この目論見は大当たりだった。必死で料理を覚え、素知らぬ顔で「食事作りすぎちゃったんだ」とめーこさんを誘うと、今度は素直に頷いてくれたのだ。  
もちろん材料費は出すって言われたけど、それはそれ。めーこさんに負担にならないような低い金額を提示した。  
そうして僕の趣味は自動的に「料理」となり、めーこさんは誘いに応じてくれることが多くなった。  
割と凝り性の僕は料理の腕もめきめき上がって、めーこさんはウチに来る度に「カイト君、すごいね。ご馳走になる度おいしくなってる」と驚いてくれる。  
そうやって僕はめーこさんを自分のテリトリーに引き込……もとい、親密度をじりじりと上げて、今日の宅呑みに至ったのだ。  
 
眠るめーこさんの寝顔は、とんでもなく無防備だった。後輩とはいえ、酒が入っているとはいえ、独り暮らしの男の寝室でこうも寝こけているのは問題アリなんじゃないか?  
自分が男として認識されていないのではないかと思わなくもないが、仲良くなるために「先輩を慕う後輩」としてアプローチを仕掛けたので、仕方なくも感じる。その方が近づきやすかった。  
僕は好みのコがいたら自分からガンガンいくタイプだ。それで失敗したことは今までなかったが、めーこさんは勝手が違う。  
現実問題、めーこさんが僕を異性として意識してくれているか、それは分からない。分からないけど、メールしたり食事したりオフが重なれば遊びの誘いをかけている僕の好意を、少しは感じてくれているはずだと思う。そこまで鈍くはないだろう。  
遅々として進まない進展具合に、紫の髪の侍風ボカロやメガネ公務員ボカロの悪友たちには、  
「さっさと告って押し倒せ! やり口が地味な上に手間がかかり過ぎるだろ苛々する!」  
とせっつかれる有様だ。お前の方がダントツに売れているんだから、遠慮する必要ないと。……ていうか、それ犯罪スレスレってかもうはんza(ry。パワハラじゃね?  
すやすやと穏やかに寝息を立てるめーこさんの髪を撫でてみる。まあ、あいつららしい応援なんだろうけど、でもなぁ。  
だってさ、それやっちゃうとめーこさんとは決定的に分かりあえなくなると思うんだよ。ただでさえ立場に差があって、しかも後輩の方が売れてて収入も仕事内容も段違い。  
強引に迫れば多分、受け入れてくれるだろうけど……でもそれは僕を好きだからじゃない。  
そんな風に手に入れてしまえば、僕の気持ちなんて絶対に信じてもらえないだろう。拒めば仕事をやり辛くなるとか、優しい人だから僕を傷つけないようにとかで身体を許してはくれそうだけど、身体だけなんてそんなの虚しい。  
好きだからこそ、ここまで手間暇かけてめーこさんの信頼を得て、家に来てもらえるように頑張った。……ねー、めーこさん。自分の誕生日に付き合ってもない男の家に誘われて来るとか、すごく期待しちゃうんですが。  
本当は今夜、あわよくば告ろうとずっと様子を窺っていた。いい機会だと思ってたんだけど、めーこさんがココまでアルコールに弱いとは誤算だったよ。  
計画は半分叶ったけど、半分はご破算だ。でもまぁ、僕が精魂込めて作った料理をめーさんは美味しいと喜んでくれて、可愛い笑顔を見ることができたのは収穫かな?  
酒に弱いのを知ることができたのも良かった。……もしかしたら、今後に活かせるかもしれないし。  
名残惜しいがそろそろ起こさないといけない。付き合ってれば迷わず泊めるところだけど、……そうもいかないな。事を急いて嫌われたくない。  
「めーこさん。そろそろ起きて」  
「んー……あ、カイト君だ……」  
強めに肩を揺すると、重い瞼がようやく開かれた。視線が動いて僕を認めたが、寝ぼけているのか瞳はとろんとしている。話し方もなんだか幼い。  
「もう起きて帰らないと」  
めーこさんは目を擦りながらゆっくり上体を起こし始める。  
「ここ……?」  
「寝室だよ。めーこさん寝ちゃったから……」  
流石に寝室には入れたことがない。不思議そうに部屋を眺めているめーこさんに、誤解を与えないよう噛んで含むような言い方で説明すると、うん。と生返事を返された。  
そしてそのままベッドにぱたりと倒れる。  
「ちょ?! めーこさん?」  
「布団、気持ち……」  
酒はまだ抜けていないようだった。僕の枕をぎゅっと抱きしめ、再び眠る体制に入ろうとするのを慌てて阻止する。  
「ダメだって! あ、いや、ダメっていうか……〜〜っ、もー頼むよめーこさん!」  
好きな人が自分のベッドで無防備に身体を投げ出しているというのに、なにもできないとかさ、どーいう拷問なのか。ドМ検定?  
起きて起きてと手の中にすっぽり入ってしまう肩を必死で揺すると、眉が苦しげに顰められうっすら目が開いてぼんやり視線が彷徨う。眠いの分かるけど、起きてくれないと僕の理性と神経が可哀想なことになるよ!  
もそもそと俯き加減でもう一度身体を起こすめーこさんに起きる意思を感じ、胸を撫で下ろす。  
その力が抜けそうな身体を支えようと僕が身を寄せたのと、めーこさんが顔を上げたタイミングが不幸にもばっちり揃ってしまった。  
気がつけば僕の顔とめーこさんの顔が重なって、ついでに唇も重なっていた。  
 
事故だ。  
頭では理解できているけど、自分から顔を離すのはなんかもったいなくてできなかった。幸いというか、めーこさんは自身に何が起こっているのか寝ぼけて事態を把握していない。  
触れるだけのキスがふと離れ、沈黙が僕らの間に流れた。こんな状況で気持ちが落ち着いていたのは、めーこさんは相変わらずきょとんとしてて首を傾げていたからだ。  
「……ちゅー、しちゃったね」  
「ねー」  
おそるおそる呟いた僕に、にぱっと笑っためーこさんは超絶可愛かった……。というか、酔っているだけじゃなく、寝ぼけてる。うわ、めーこさんってこんなに子供っぽくて素直なカンジになるんだ。  
普段はもっと先輩っぽく振る舞って失敗する人なのにな。そこも可愛いんだけど。  
さっきは速攻で寝落ちされたから分からなかったけど、なにこれちょっとスゴい破壊力かも。酔いデレ&寝ぼけとか。  
「合わせ技バンザイ!」  
「?」  
つい声高に叫んでしまい、慌てて口を噤んだ。不思議そうにじっと僕を見つめてるめーこさんの頬に手を伸ばし、怯えさせないよう語りかける。  
「イヤじゃなかった?」  
唇を親指でなぞりながら聴くと、ヤじゃないよ。とよい子のお返事。  
「もいっかい、したいな」  
「……ん」  
にっこり笑っためーこさんに、もう一度唇を合わせた。  
前言撤回。ちょっと前まで「無理に関係を持つのは云々」など耳触りのよいことを連ねていたけれど、それとは別な部分で、なんつーかもう我慢できなかった。  
柔らかさを味わいながら唇の隙間を縫い、口腔へ自分の舌を滑らす。んっと微かな声が上がったが、抵抗はなかった。その鼻に抜けるような吐息も僕を煽る。  
小さな舌先を絡め取りながら、頭の中ではがんがん警鐘が鳴っていた。  
ヤバいマズい。これ以上こんなことしてたら、歯止めが利かなくなる。  
知り合った頃、めーこさんは僕に対して委縮していた。  
何度か声をかけても世間話ぐらいしかできなくて凹んだ時期もあったけど、僕らが話している姿をたまたま見たスタッフに「メイコさん、カイトさん相手だと緊張するみたいですね」と後で言われたことがあった。  
意味が分からなくて首を捻ってたら、「あっちは鳴かず飛ばずだし、売れっ子に声かけられたらビビるんじゃないすかね?」と半笑いで告げられ愕然とした。同じボカロで、自分たちにそこまで差があるとは思ったことなかったから。  
しかし彼女と立場を逆にして考えてみれば、スタッフが言うことも分からなくはない。僕だってベテランの歌い手さんに相対せば、気後れする。  
彼女を委縮させているのが僕ならば、僕の方から時間をかけてそっと歩み寄るしかなかった。だから今まで悪友どもに何を言われたって、じりじりとめーこさんとの距離を詰めていったのに。  
やっと逃げられなくなりお愛想じゃない笑顔を見れた時は、臆病で懐かないネコにようやっと撫でさせてもらったような錯覚に陥ったものだ。  
首の後ろを手のひらで包み、項を指先で辿りながらめーこさんの唇を吸った。啄んでふっくらした唇の形に合わせて舌先でなぞると、切ない吐息が上がって堪らない。また口内深く舌を差し入れる。  
このままじゃ、あんなに時間を費やしやっと獲得できた信頼を僕は自分の手で壊してしまうだろう。あんなに慎重に事を進めてきたのに、一瞬でぱぁだ。  
でも、今更この手を離せるのか? 染まる頬は色っぽいわ、熱っぽい身体は力が抜け始めて僕が支えている状態。めーこさんの手は僕の腕を縋るように握ってる。  
熱っぽく見上げてくる視線に、自制心も理性も軋みを上げて決壊間近だ。心の底では、これでお終いなんてイヤだと本音が駄々を捏ねている。  
だけど……。  
息苦しさからか濡れた唇同士が離れ、唾液の糸がぷつりと切れた。ああ、終わりかな? 離れてしまえば途端に惜しくなる。  
 
「あのさ、めー……」  
「……なんだか、都合のいい夢……」  
とろりと瞳を潤ませためーこさんは、ぽつりと呟いた。  
「え?」  
「だって、ありえないもん。こんなの。カイト君と、ちゅーとか……」  
言い切られた言葉に目が点になる。鈍い刃物でさくっと刺され、ついでに傷に塩を塗り込められた気分に陥った。あ、ありえないってなに……。つか、キスどころか片思いもたった今終わった。強制終了だ。  
再起不能のダメージを与えられ、やめてもうカイトのHPはゼロよ! と打ちひしがれていると、静かな声でめーこさんが言葉を続ける。  
「カイト君が、私とちゅーとかするはずない……」  
……ん? めーこさんの言葉に引っかかるものを感じた。それは僕からめーこさんにキスすることがないってこと?  
なんでそうなるのか思考を巡らせる僕に、めーこさんが腕を伸ばしてきゅっと抱きついてきた。  
素面で正気の時は、絶対こんなことしない。どきどきする。  
……そういえば、都合のいい夢……ってどういう意味?  
「どうして僕がめーこさんにキスしないとか、思うの?」  
「……カイト君が、私を好きになるわけないもん」  
甘えたような声の中に、やけに確信に満ちた気配があった。なんでだよ。確かに告ってないけど、自分なりに好意を示していたんだけどなー。  
「……………………好きだけど?」  
思わず口から転げ出た。酔いと寝ぼけで正気でないめーこさんに告白なんて、ノーカンにしかならないのは承知の上。自分の意思を否定されたら言わずにはいられない。めーこさんはくすくす笑う。  
「優しいから、カイト君は」  
「信じてくれないの?」  
「信じるも何も……売れっ子のカイト君がどーして私みたいなのを好きになるの……? ぜーぜん売れなくて、最高に運がなくて……カイト君に気を使わせてばかりいるのに」  
あ、あれ? 気分が段々高揚してくる。終わったと思った片思いは、もしかしたら一方通行じゃない、のか?  
でもめーこさんは、僕が彼女を相手にするはずないと頑なに思い込んでいる。  
しばらく「好きだよ」「ウソツキ」と攻防を繰り返したが、酔っ払いにまともな答えを求めるのは荷が重かったらしい。かるーくあしらわれ、堂々巡りだ。  
焦れてきた僕はめーこさんをベッドに押し倒した。ぼんやりした目が僕を見上げて首を傾げる。  
「じゃあ、夢の中なら信じてくれる?」  
こうなったら実力行使、だ。  
「夢……?」  
「そう、これが夢なら僕がめーこさんを好きなの、信じられるんでしょ? キスしても……触ってもさ」  
こんなの詭弁だ。ずるいよな。僕、夢で終わらす気なんて毛頭ない。細い首筋に鼻先を埋めて呟いた。  
「だったら、いいよね?」  
組み敷いた肢体は、抵抗も拒絶もない。しばらくじっとしていためーこさんの腕が動き、僕の肩に絡まった。  
「……夢なら、いいのかな……」  
その台詞をきっかけに、僕はめーこさんの身体の輪郭を辿り始める。首筋に吸い付きながら、耳の裏の薄い皮膚を舐め、「あ」と、漏れたか細い声に一気に身体が熱くなった。  
 
肌を合わせ、めーこさんの柔らかさと匂いを感じながら綺麗な鎖骨を舌で舐める。咽が軽く反ってひくりと返ってくる反応を見つめながら、両手で寄せ上げたおっぱいの中心、尖った乳首へ舌を伸ばすとめーこさんは息を詰めて喘ぎを殺した。  
全裸に剥いてみると、めーこさんの思っていたよりずっとスタイルが良かった。と言えば聞えはいいが、正直な感想は「スタイルが良い」というよりエロい身体つきだ。  
服の上からでもイイ身体してんだろうなーと下世話な想像を何度もしたけど、実際脱がせてみればグラビアアイドルみたいに凹凸ばっちりな身体をしていて、うっかり生唾飲んじゃったよ。  
「やぁ……そこ、ばっか……ぁ……」  
「乳首、コチコチになってるよー。充血しちゃってカワイイね」  
片方をちゅっちゅと吸い立てもう片方を抓んでぐりぐり転がせば、甘い嬌声を上げて茶色い毛先が左右に振れた。  
「ん……もぉ……っ」  
乳首を軽く引きながら吸い上げ、音を立てながら離してやる。こんもりとした白い魅惑的な膨らみがぷるぷるして、雄の視線を愉しませてくれた。  
おっぱいばかり弄られてが堪らないのか、めーこさんは身体を捩じって横向きになり僕からそれを取り上げてしまう。  
「どーして隠すかな」  
「あ、こら……んっ」  
自分の腕でおっぱいを押し潰すその下を無理矢理潜って揉みしだき、肩口を齧った。僕の手にかけられためーこさんの指が刺激に緩んで、その柔らかさを堪能する。むにむに揉まれるおっぱいは、手のひらに馴染んで心地よかった。  
「やぁん……!」  
じっとしていられないのか、めーこさんは身体をまた捩じり始め僕から逃れようとする。  
「だめ。逃げないで」  
横臥する肢体に添いながら項に唇を這わせていると、華奢な肩が竦んだ。  
「……まって……かんじ、すぎるの。一度、スイッチ入ると……ひゃぁん!」  
語尾が悲鳴に変わったのは、ほんのイタズラ心で乳首を強めに抓んだからだ。めーこさんは完全に背中を向けてしまった。  
「スイッチ入ると、感じやすくなるの?」  
彼女が多分言いたかっただろう台詞を僕が引き取ると、肩を震わせながら茶色の頭が縦に小さく振れた。  
可愛くて、口元に笑みが浮かぶのを抑えられない。背中に覆いかぶさりながら白い背筋を唇と舌で丹念に愛撫する。ぴくぴく震え、吐息の未満の喘ぎが鼓膜に届く度、自分の下半身が反応し張りつめていく。  
……後、どのくらい我慢できるか。  
めーこさんの「スイッチ」はしっかり入ってしまっているようで、僅かな愛撫にも合間の甘噛みにもその都度背中が応えてくれる。  
その感度に気を良くしながら、徐々に下がって括れた腰からこんもりしたお尻に愛撫は移っていった。  
「じっとしてね」  
「あ……!」  
声に困惑した色が混じる。すべすべの桃尻を撫で回していた僕の手が、割れ目を左右に開いたことに、戸惑っている様子だ。  
視線の先に細かい皺の寄る小さな窄まりと、桃色に光る性器が半分だけ顔を覗かせていた。  
「……あ――……。結構きてるね。触って欲しかった?」  
自分としては大したことしてたわけではなかったのに、めーこさんの身体はそうではなかったらしい。下のお口は熱を持ち、陰毛をぐっしょり濡らす程とろとろになっていた。  
「んく! ひゃぁああんっ」  
軽く腰を浮かせ、カエルのような不格好な姿勢にしてから指を秘裂の中へ忍び込ませた。出し入れしてやれば途端に膣が締まって、涎を垂らしながら僕の指を食んで汚す。  
「あぅ……はあぁ」  
「さっきよりも濡れてきた」  
肉壁を掻きながら指を前後に動かす。くちゅくちゅ卑猥な音を奏でながら後から後から溢れ出て、内股を伝って滴っていった。  
「あ……あんっ、やぁんっ!」  
ぴくんと跳ねるお尻が、他よりも敏感に反応する箇所を如実に教えてくれた。試しに強く押すと、喘ぎと湿った吐息が高まる。  
「ここがイイんだ?」  
「……っ、う、ん……」  
優しく撫でてあげると、腰が気持ちよさそうに揺らぐ。おねだりにもに似た仕草は、普段の穏やかなめーこさんとはかけ離れていて余計に僕の興奮を促した。  
「んっ、は……ぁ……?」  
急に指を引き抜き腰を掴んだ僕に、めーこさんが首を回して視線を向けた。温い快感を取り上げられ、どうして? と言っているのが目だけで分かって、行動で答えることにする。  
腰の手に力を入れ、めーこさんを仰向けにし股を割った。  
「もっと気持ちよくしてあげるから、ね?」  
脚の間からそう言うと僕は再び襞の間に指を入れて、今度はクリトリスにしゃぶり付いた。  
 
「あ、ぁあっ!」  
既にしこって、触れられるのを待っていたピンクで剥き身の肉芽は乳首より頼りなく、でも過敏だ。膣の良かった所をさっきより強く指をピストンさせると、めーこさんはあられもなくよがり、鳴き出し始めた。  
「ひぁ! あぅっ、ダ、ダメぇ……っ、二か所も……あぁっ」  
口に含んだクリトリスを緩急つけて吸い舌で弾き、尚且つ膣はイイ部分を集中的に探られて、彼女の理性は振り切れた。  
人の後ろで唄っている生活が長いせいか、自己主張もあまりなく、他の『MEIKO』に比べて活発でもないし、ましてや乱暴でもない。控え目で大人しくて、そして逆境にもめげず唄う芯の強いめーこさん。  
その人が僕の愛撫に乱れて、イヤらしい格好をし全身で悦ぶそのギャップが堪らなかった。  
「ひっ! ダメぇ、イっちゃう! イクぅ、んっ、んぁああっ――――!」  
びくびく身体中を震わせ、腰とお尻が一瞬浮いた。  
剥けたクリトリスから駄目押しとばかりに音を立てつつ離し、ヒクつく膣から指も抜いてしまうと、それだけで感じた眼下の肢体はふるっと一つ身震いをした。  
めーこさんは全身を上気させまだ息も整わない。でも僕はその熱を帯びた身体に乗り上げ、大きく上下するおっぱいの間にはち切れんばかりに膨らんだ肉棒を置いた。  
「……できる?」  
未だ夢から覚めない、とろんとした目で胸に置かれたソレを眺めていためーこさんは、ゆっくりした動作で手でおっぱいを寄せて肉棒を挟んだ。  
先走りの滲む先端に舌先を感じて、僕は息を詰めた。  
普段のめーこさんを見ていると、男の影も無いし下ネタとは無縁の人だったから、ひょっとして処女なんじゃないかと疑ったけどそんなことはなかった。  
豊満なおっぱいに肉棒を挟み、亀頭をしゃぶるめーこさんの舌先がちゃんと男を知っていることを教えてくれた。  
まあ、パイズリとか覚えるぐらいには男性経験があるのだろう。  
めーこさんは僕より稼働年数が長いし、恋愛の一つや二つしてたっておかしくない。僕にしたって色々あって今に至るので、彼女の男性経験は気にしてない。  
この先、めーこさんが余所を向かないように捕まえていればいい話だ。  
むしろ、処女じゃないのなら少し羽目を外せるかなと余裕すら出てきた。  
めーこさんのおっぱいに扱かれる肉棒は谷間に埋もれ、先端は小さな唇の中。舌で亀頭をくるりと回すようになぞり、時折鈴割れをれろれろ舐めてくる。  
腰を振ると、タイミングを合わせ口の中でちゅぅっと吸われてしまい、つい出しそうになるのを寸でで耐えた。  
「……っ、は……気持ち……出そ……」  
「ん……いいよ……出しても」  
肉棒の括れた部分に、小さなキスを幾つもしながらめーこさんが囁く。口に中に肉棒を収めてくれたのを合図に、僕は腰を進めた。  
竿への緩い刺激と敏感な亀頭を舐めまわす丹念な舌使いに、腰砕けになりそう。めーこさんにこんな一面があるとは、意外だった。  
腰から這い上がる快感がじりじり神経を灼き、舌先の愛撫と白い柔肌の感触が僕を追い詰めていく。  
「う、あ……っ、あ、イク……!」  
強烈な吐精感に、肉棒がちゅうっと吸われる。息を弾ませてどぷどぷ放出した欲望を、めーこさんは殆ど口内で受け止めた。最後の一滴まで漏らさずに。  
ずるりと生温い口から引き抜いて呼吸を整えていると、めーこさんが唇に散った白い残滓を舌で舐め取っているのが視界に入った。  
赤い唇に付くねっとりとしたそれを、丁寧に艶やかな舌の乗せる。嚥下する咽の淫靡な動きに、もう我慢なんかできなかった。  
「……あんっ」  
圧し掛かり、乱暴に両脚を大きく広げさせる。粘膜が溢れ熟れた性器の猥雑さ。  
イヤらしい仕草に再度滾ったそれを、ヒクヒク誘う桃色の小さい穴へと一息に突っ込んだ。  
「――――――っ!」  
「あ、ちょっめーこさ、うわ……!」  
入れた途端、めーこさんにしがみ付かれて中が痙攣みたいな動きをした。射精を促す膣に慌てて下っ腹に力を込め、踏ん張る。  
「うぅ……」  
涙目で身体を震わせるめーこさんを抱き締め、汗ばむ肌を撫でた。  
「挿れただけでイっちゃったの?」  
「……うん」  
「びっくりしたよ。そんなによかった?」  
「だ、だって……んんっ」  
僕にしても挿れっぱなしなのはキツいので腰を動かすと、ぬぷぬぷ音を鳴らして膣が絡みついてくる。  
「わ、スゴイよ。なんか、中の動きヤバい」  
腰を掴んで奥までしっかり穿つとおっぱいがたゆたゆ揺れて、見ているこっちも興奮が増した。  
 
「あぁ……ふ、あ、く……っ」  
腰をくっつけて最奥にぐりぐり肉棒の頭で抉る。弓なりに身体を反らしてあられもない声でめーこさんは甘く鳴いた。  
「あ、あ、ダメ、とろけちゃう……ひんっ!」  
「なにやらしーこと言ってんの」  
大陰唇の端っこを親指で広げると、結合部は僕の肉棒にいいようにされてぐちゃぐちゃ。ピストン運動で襞が捲れ、粘膜が奥から押し出されてシーツを汚す。  
一回出した僕はまだまだ余裕があるけど、対してめーこさんはイったばかりの身体を持て余し気味で、腰が妖しく揺れ誘ってきた。  
「んんっ、あ、あぁん……そんなに、したら、また……っ」  
「んー? こう?」  
「あう! ひぃんっ、っ――ああぁあぁん」  
乳首に吸い付いて中を責める角度を少し変えたら、めーこさんは呆気なく果てた。二度立て続けに登り詰めためーこさんはぐったりして息を弾ませていたが、構わず僕はその身体を反転させる。  
尻を持ち上げもう一度濡れた挟間に押し入る。ぶるりと震えた背中に覆いかぶさり、下向きになってぷるぷるしているおっぱいを捕えて握り締めた。  
「今度は僕の番ね」  
「…………っ」  
「大丈夫。これは夢なんだから、何も心配することないんだよ」  
力の入らない身体を支えながら揺すり上げると、愛撫に膣が締まった。  
「あっ、うぁ、いやぁん! あっ、あっ」  
悶えるめーこさんの膣にずぶずぶ自分を埋めて、下から突くと応える中が気持ちいい。  
「あぅんっ、そんな、掻き回したら……っ、あ――――……!」  
「腰上げて。脚開いて。恥ずかしくないよ夢なんだからさ……」  
めーこさんを操る魔法の言葉を耳元で囁く。下肢をこじ開け、僕は欲求を追いかけた。  
 
 
「めーこさん」  
「……」  
「めーこさん、落ち着いた?」  
「………………」  
一夜明けて。僕らはベッドの上に裸に近い格好で座っていた。めーこさんは頭から毛布を被り僕に背中を向けて、なにやら青黒いオーラを纏っている。さっきからずっとこうなのだ。  
今朝、僕はめーこさんの悲鳴で目が覚めた。  
何事かと思って声のした方向を見れば、僕を凝視したまま音が聴こえそうな程青褪めているめーこさんがいた。  
どうしたのかと思って手を伸ばしたら、その手を避けるように後ずさりし、ベッドから転落した。それ程動揺していたのだ。  
とにかく、テンパって「帰る」を連発していたんだけど、この状態で帰すわけにもいかない。なんか絶対勘違いしそうだしね。  
取りあえず、宥めすかして――今に至る。  
酒が入っていたとはいえ、昨夜の僕は殆ど素面で正気。酔った勢いとかない。このままめーこさんと付き合う方向に持っていきたいんだけど、めーこさんが思いっ切り酔っていたからなぁ……。  
ただ、めーこさんは酔っている時の方が素直で正直だ。いや、あっちの方だけじゃなくてね。  
「私をカイト君が好きになるはずない」とめーこさんは言った。じゃあ、めーこさんは? 自分の誕生日にウチに来てくれて、酔っていたからとはいえキスして……それ以上のことも。  
酔って、寝ぼけて、「夢の中なら」ってなんでも許してくれてさ。しかも、自分から進んで身体開き招き入れてくれた。  
それって、現実だったら出来ないから夢ならいいよってことでしょ? 現実の僕は、めーこさんを求めるなんてないと思い込んでるから。  
それ、もの凄く都合良く解釈しちゃうんだけどな。  
「あ、あの……」  
めーこさんが遠慮がちにだけど、やっと口を利いてくれた。  
「ご……ごめんなさい! 私、とんでもないこと……!!」  
後ろ向きで俯き、めーこさんの第一声はコレだった。あれ? えー……。  
びっくりして二の句が告げられないでいると、身体を縮ませてめーこさんは言葉を続ける。  
「昨日のは私の方から誘ったようなものだし、事務所で大事にされてるカイト君をっ…………傷モノにしちゃうなんて! 私、わたし……!!」  
どうしよう〜〜〜と頭を抱えるめーこさんに目眩を覚えた。昨日の出来事を忘れないでいてくれたのは良かったけど、そっか、めーこさんの中ではそういう認識なわけね。  
 
「や、どっちかというと、ソレは女の人に使われる言葉じゃないの?」  
「私のコトはどうでもいいの! カイト君は私とは違うんだから、もっと自覚持って! とにかく、昨日のことは……忘れよ。それがいいよ」  
「――――ちょっと待って。何それ、なんで勝手に決めんの」  
肩越しに振り向いためーこさんは、それが当然と言わんばかりの顔をしていた。  
「当たり前でしょ。私なんかと関係したなんて知れたら、きっと酷いこと言われる!」  
「めーこさんが?」  
「んもー! カイト君がだよ!」  
意味が分からん。再び錯乱し始めためーこさんは、僕が「売れない先輩ボカロに食われた」とか「年増女に騙されてハメられた」って嗤われるに違いないとか口走ってる。なにそれ……。  
「だから、このことはキレイさっぱり忘れ……」  
「やだよ。せっかくめーこさんとヤれたのに」  
「なっ、何言ってるの。昨日は……私もカイト君もお酒入ってたし、その……流されちゃったけど、こういうことは好きな人とした方がいいよ」  
「僕めーこさん好きだよ。だからしたんじゃん。……昨日のこと覚えてるなら、僕の告白も覚えてるよね?」  
めーこさんはぽかんとして僕を穴が開くんじゃないかってほど見つめた。手のひらを眼前でひらひらすると、はっと我に返ってぶんぶん首を横に振った。  
「いやいやいや、待ってカイト君。ちょっと待ってありえないでしょ」  
「僕としては、どうしてそこまで頑なに僕の好意を信じてくれないのかが疑問なんだけど!」  
「信じられるはずないでしょ!」  
「なんで?!」  
「だって……今まで家に来ても、何も言わなかったじゃない」  
急に声のトーンが落ちて、めーこさんはまた背を向けてしまう。  
「……おうちに呼んで手調理ご馳走してくれてたの、お金のない私に気を使ってくれてたってことちゃんと分かってた。  
 外での食事あんなに断ったのに、それでも嫌な顔しないで家にまで呼んでくれて。手料理食べさせてくれて……。  
 でもなんどおうちに来ても、カイト君何も言わないから違うんだって思った。カイト君にしてみれば、貧しい生活している先輩のプライドを折らないよう、気を配ってくれていたのだと」  
…………。その、なんだ。僕の計画が裏目に出たっていうか……そんなカンジ? めーこさんに、好意自体は伝わっていたんだ。だけど、少しづづ関係を深めようとしていた僕のスピードがトロ過ぎて、めーこさんは「勘違いした」と思ったってところか?  
はあ、と肺の奥から溜息をつくと、項垂れているめーこさんの腰に腕を伸ばし、引き寄せる。  
「こーらー……カイト君!」  
「なんでそんなに卑屈かな? そこまで自分を下に置くことないじゃんか。僕はめーこさんを好きだけど、哀しくなってくるよ」  
「立場が違うのは、事実じゃない」  
「頑固だなー。他人の言うことなんて気にしなきゃいいのに」  
「私は何言われたっていいけど、カイト君が言われるのは……」  
めーこさんは慌てて口を噤んだ。僕の表情筋がなんとも締まりなく弛んでいるのを見咎めたのだ。  
「自分じゃなくて、僕がアレコレ言われるのがイヤなんだ?」  
ねえどうして? 覗きこもうとすると顔を染めて更に背ける。そんな仕草、卑怯だよめーこさん。  
 
「それは…………」  
「もう何度も言ってるけど、めーこさんが好きだよ。だから仲良くなりたくて何度食事を断られても諦めなかったし、ウチへも呼んだんだ。  
 直ぐに告白しなかったのは、めーこさんの気持ちが僕に向いているか探っていたから。で、めーこさんは? 僕のことどう思ってるの?」  
「………………私みたいな底辺ボカロのどこがいいの。からかうのは止めて」  
「僕がステージで唄っているとき、僕が安定しためーこさんのコーラスにどれだけ助けられたか、知らないでしょ?」  
信頼できるメンバーが後ろに控えているから、僕は客席に向いて安心して唄っていられる。ぎゅっと腕に力を込めて囁くと、居心地悪そうにめーこさんが身じろいだ。  
「何を言われても、どんな状況でも、前向きに歌を唄ってがんばってるめーこさんが好きだよ」  
「……カイト君は、私のこと買い被ってる。そんな大層なものじゃ……淋しくて、よく知らない人とホテル行ったことだってあるのよ、私」  
「じゃ、これからは淋しい時も僕を呼んでくれれば喜んで! 過去のことなんて気にしないし。  
 ところでめーこさんてセックスは尽くすタイプなの? 色々してくれて気持ちよかっ――――」  
「あああああれは、ぜ、全部夢だと思ってたから――っ!」  
僕の台詞を遮り毛布を深く被り直そうとする彼女に、後ろからほっぺたにすりすりして、どさくさ紛れに毛布の上からむぎゅーとおっぱいを掴み上げる。  
「〜〜〜〜っ、カイト君そんなキャラだっけ? あ、や……っ」  
「人懐っこい後輩キャラで責めた方が落としやすいかなって考えてたから、今までネコ被ってた。で、めーこさんは僕をどう思ってるの?」  
「それは……っ」  
「――まだなにかあるワケ?」  
「…………う、運が…………」  
「?」  
「私のせいで、カイト君の運が下がっちゃったら……」  
消え入りそうな声で紡ぐ言葉は、めーこさんを知らなければ本気でそんなこと思ってんのかと呆れてしまうだろう。  
しかし、その運の無さで苦労しているのはめーこさん自身で、それが感染でもして僕まで落ちぶれるのを心配する彼女はいじらしかった。多分、めーこさんにとって最大の懸案はそこなのだ。  
毛布から覗く肩が震えていて、その華奢さに僕はなんとなくめーこさんの孤独を悟った。  
どんなに前を向いて毅然としていても、努力は報われなく時には疎まれたら……ネガティブになることもあるだろう。  
特に後輩の僕の前では、こんな風に弱さを見せることなんてなかった。  
彼女なりのプライドは後輩と寝てしまったことで掻き乱され、今や僕を受け入れるか拒否するかの瀬戸際でふらふら揺れている。  
付きまとう『不運』がめーこさんの自信を根こそぎ奪い信じることに疲れているのなら、僕はこの強烈な『幸運』を武器にするまでだ。  
「大丈夫!」  
逃げられないように力一杯抱きしめた。もちろん掴んだおっぱい諸共だ。  
「僕は強運の持ち主だから。めーこさんが悪運に取り憑かれてるなら、そんなの吹き飛ばしてあげるよ!」  
めーこさんの不運悪運になど負ける気なんかしない。なんといっても『不憫キャラ』の多いKAITOの中で、僕は『最強に運のいいKAITO』なのだ。めーこさんに纏わりつく不運など、蹴散らしてくれる!  
「信じて。大好きだよ!」  
めーこさんは驚いた顔をしていたけど、やがて消え入りそうな声で「知らないからね」と身体を預けてくれた。  
そして小さく漏れ聞こえてきた嗚咽。ようやく手に入れた彼女の体温と孤独を腕の中に感じながら、僕は子供みたいにしゃくり上げる肢体をゆっくりあやした。  
 
 
おしまい。  
 
 

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