それは、寒くありつつも太陽が顔を出した天気のいい日でした。  
 
家の片付けがすんで午後を回った頃、マスターが声をかけてきました。  
「今日は休みだし、2人でどこか行こうか?」  
 
普段は仕事でお忙しいのです…けども、  
そのぶん、休みの日には私といる時間を多く作ってくれていました。  
私が歌う曲を作ってくれたり、2人ででかけたり。  
 
「デートのお誘い、ですか?」  
「うん、まぁね」  
「それなら、行く以外ありえません」  
 
私は逸る気持ちを抑えつつ準備を進めました。  
 
「準備できました、いつもの散歩コースでいいですか?」  
「うん、いいよ、ルカの好きなところで」  
 
車でドライブすることもありますが、私は、散歩をするほうが好きなのです。  
なぜならそれは…  
 
「手をつなぎたいです」  
「いいよ、ほら」  
 
差し出された大きな手と、私の白い手が触れ合うと…彼のぬくもりが伝わってきます。  
それを感じながら、一緒に歩くのが大好きなのです。  
 
「太陽が出てるからいつもよりはマシだけど、今日も寒いね」  
「そうですね、でも…手は温かいですよ、あなたのおかげで」  
「うん、ぼくもさ」  
そんなことを言いながら笑い合うのも、私は楽しいのです。  
 
ポプラが並ぶ街路樹。  
…初めてマスターに外に連れだされた時にも通りました。  
「ここも…すっかり馴染みが出てきました。  
 初めて通った時は、外にこんな素敵なものがあるなんて、思いもしませんでしたわ」  
「そうそう…これをルカに見せたくてで一緒に歩いたっけ。すっかり気に入ってくれて嬉しいよ」  
 
お気に入りの街路樹を通ると、市内の公園にたどり着きます。  
子供たち、犬を連れた飼い主、老人、若いカップル、家族連れ…  
こんな季節でも、ここにいる人々は活気にあふれています。  
季節によって様々な表情を見せるこの公園は、私もマスターも大好きです。  
 
「…相変わらず、眺めているだけでも、落ち着くなぁ」  
「そうですね、みんな楽しそうで。子供たちが、元気いっぱいで可愛らしいです」  
 
広場を歩いていると、様々な人が目に入ってきます。  
私達と同じように、男女2人で一緒の人たちを見ては…  
「私とマスターもあんなふうにできないかな」と思ったりしていました。  
 
でも、私は…ここへ来るたび、あるものを見て現実を思い知り、心苦しくなることもありました。  
 
「…ルカ?」  
 
2人でベンチに座っていたその時、ふと心配そうに、マスターが私に呼びかけました。  
 
「あ…なんでもありません、気にしないで」  
 
そう言って場を繕いました。  
 
そして、しばしの間ベンチで寄り添い合いながら景色を眺め、ひとしきりした時…公園を後にしました。  
 
やがて家に帰り…夕食の準備を始めようとした時でした。  
 
「ねぇ、ルカ」  
「あ、マスター、ありがとうございます。今日も楽しかったです…マスター?」  
 
「ちょっと、いいかな…聞きたいことがあるんだ」  
いつもとは違い…少しトーンの落ちた神妙な声でした。  
 
「さっき、公園で少し、寂しそうな顔をしていたから…それがどうしても気になって」  
やはり、マスターはあの時の私の顔に気づいていたようでした。  
 
「踏みこむようでほんとうはいい気しないんだけど…ぼくでいいなら、どうしてなのか、言ってほしいんだ」  
 
私の顔を、じっと見つめてきました。その真剣な表情に…口を開かざるを得ませんでした。  
 
「…マスター、私は…行く先々で親子連れを見るたび、思ってたんです。  
 
 …私たちは、ああいう風にはなれない って」  
 
 
 
それは…私も、マスターも、きっと目を背けたかった現実なのです。  
 
これまで、何度も互いに愛し合いました。けれど結晶はできない。私は"人間ではない"から。  
 
その時、マスターの腕がぎゅっ、と私を包み込みました。  
 
「ルカ、ごめんね」  
むせびながら、声を震わせていました。  
 
「ぼくは…ルカがぼくとの子供を欲しいと望んでも…なにもできないんだ、無力なんだ。  
 そのくせ、君への言葉はいつもキレイなだけで…特別な力もないクセに。  
 こんな風に抱きしめることしかできないんだ…いや、そんな資格さえぼくには…」  
 
マスターは…泣いていました。肩が震えていました。  
でも、その腕はまるで私を一生懸命守ろうとするように、優しく包み込んでいました。  
…頬を伝う涙はほかでもない、私のためのものでした。  
 
その流された涙に、私ができることは―――。  
 
「マスター。あなたは謝るようなことなんてしてません」  
彼は、ゆっくりと顔を上げて、涙ぐむ目で私を見ました。  
互いに目を見ながら…私は語りかけました。  
 
「私のこの身体は…造り物です。だから赤ちゃんはできません。  
 マスターも私も、我が子をを肩車したり、その隣で笑顔で見ているようなパパやママにはなれません。  
 私達にも、それに逆らう術はありません。  
 
 そんな私のために、あなたが泣いてくれている…  
 改めて、あなたという存在の大きさを知ったんです。  
   
 私の歌う声を好きだと言ってくれて、曲作りも頑張られて、  
 何も知らなかった私にたくさんのことを教えてくれて、  
 なによりも…私の心を救い、想いを受け止めてくれた、たった1人だけの人。  
 
 だから、ご自身のことを悪く思わないでください。  
 マスター、あなたは…私の笑顔の理由であり、幸せのみなもと なんですから」  
 
今日、2人ででかけたことだって。  
周りからは何気ない散歩のようでも、私にはとても大事な時間だったから。  
 
「…ありがとう。お世辞だったとしても、嬉しいよ」  
「本気です。今の私は、本当に幸せで…それは他でもないあなたのお陰です」  
「…うん、その言葉、信じるよ」  
「はい、あなたなら、そう言ってくれると思いました」  
 
「…っ、ありがとう、ルカ。もう大丈夫だよ」  
涙を拭いて笑ってみせたマスターの、真っ赤な目がなんだか可笑しくて。  
「ふふっ、よかった。やっぱりあなたはそうして笑っている方が似合います」  
「君のおかげだよ、本当にありがとう…うん、これからも頑張るよ」  
 
ふと、じっと見つめ合う私とマスター。鼓動が高なって…互いに目を閉じました。  
ほどなく、私の唇に温かい物が触れました。…それは、すごく優しいキスでした。  
 
「マスター…やっぱり、あったかいです」  
「ルカのほうもね」  
 
微笑み合うあなたと私…いつもの2人が、そこにいました。  
 
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「ルカ、新しく唄ってほしい曲があるんだ。歌詞はこんな感じなんだけど…」  
「あなたらしい、明るくも優しい歌ですね、マスター…任せてください」  
「うん、頼んだよ」  
 
私は、全ての想いを込めて、歌います。  
あなたが心から愛してくれていること、知っているから、それに応えるために。  
 
全ては、巡りあったこと。  
どれだけ時が経とうとも、あなたの手で響きあう音に流れる歌を捧げます。  
 
だから、これからも…私の全てを見てください、マスター。  
 
Fin  
 

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