ケンカップルなカイトとメイコ/V3編  
 
夕方、仕事が終わり路地を歩くメイコの頭上には暮れかけた空が広がっていた。通りを歩く人たちも増え、家路につく者や夜の街に繰り出す者で昼とは違う賑わいを見せている。  
メイコはこれから帰宅をするのだが。  
 
…………。  
 
肩を竦めて首に巻いたマフラーに小さな顎を埋める。今夜は長く家を留守にしていたカイトが、やっと帰ってくる日だ。  
仕事とか旅行とか、そういったことでカイトは家を空けているのではない。カイトが出かけていた先はボーカロイドの研究所。  
ボーカロイドのV3化の話は昨今同業者の中で群を抜いて話題になっているが、その先駆けが『KAITO』なのだ。  
例に漏れず二人のマスターも所有する『KAITO』のバージョンアップを即決し、数週間前からカイトはV3化のため研究所に赴いていた。  
カイトのV3化も帰ってくるのも、もちろん嬉しい。  
ほぼ毎日舌戦を繰り広げて小憎たらしい口を利き、その度にメイコを激昂させケンカばかりしている相手でも、一緒に暮らしていて、その、カイトは一応そういう相手だ。  
ずっと待っていた。戻ってくることに胸は高鳴る。どんな風に変わったのか、どんな歌声を聞かせてくれるのか。  
V3……か。メイコはボーカロイドの中で一番古いエンジンだ。この先、カイトと一緒に暮らしていくのに、不安がないと言えば嘘になる。  
カイトのこれまでの記憶がリセットされるわけじゃない。日常に変化が出ることはないはずだ。  
だけど今まで同じエンジンを持っていた肩割れだけが最新型に変わってしまうことは、メイコにとって未知だった。  
後輩だったカイトが先にV3化するということに、若干の嫉妬もある。  
もしかして、V3になったカイトを使ってみたマスターが、エンジンの違いから二人をデュエットさせなくなるかもしれない。  
性能が別物になってしまったら、声が合わなくなる可能性だってある。調声作業だって、V1とV3じゃかかる手間が違うだろう。  
口ゲンカの度にメイコが使っていた「後輩にクセに!」という、相手に理不尽さを抱かせつつも強引に黙らせる魔法の言葉が、今後通用しないかもしれないことだってありうる。  
口達者なカイトを黙らせるのに有効な文句だったのだ。  
その内自分の身もV3があるだろうが、カイトの後追いとか。先にV3化したアイツの先輩面とか問答無用で腹が立つ。なんか解せない。  
家を出る時の、「V3お先に♪」とか言ってドヤ顔していたカイトを思い出してイラっとした。  
……まぁ、カイトがV3になったところで、メイコは先輩には違いないからゴリ押しするが。  
V3がなによ。DBが4つもあって羨まし……くなんかない! 断じてない!  
公式衣装とかマイナーチェンジしちゃってさー。ちょびっとカッコよくなっちゃってるしナマイキ!   
あとマフラーなんかスケルトンじゃん。アレでナニが隠せるっていうの? 丸出しじゃないの!  
つらつらそんな悪態を胸の内で吐きながら、でもメイコの顔は穏やかな笑顔だ。  
嬉しくて、でもちょっと不安で。白黒はっきり付けたがるメイコらしくもなく、曖昧な気持ちを抱えながら駅へと向かっていった。  
 
玄関の鍵穴に自分の鍵を差し込んで回すと、何故か鍵が閉まった。  
メイコの目が丸くなる。あれ? もしかしてもう帰ってきているの?  
この時間じゃカイトが外で夕食を摂っている可能性は低い。  
疲れたーとソファーにだらしなく寝転び、ストックしてあるお菓子かメイコのツマミを頬張って「早くご飯作ってよ」とか催促されそうだ。  
リビングに無造作に荷物を広げて何かしら食い散らかしている姿が目に浮かぶようで、メイコはげんなりと肩を下げた。  
もう一度鍵を回し玄関に入ると、見慣れた男物の靴が視界に入った。でもなんだか、違和感だ。  
「…………」  
他所の『KAITO』はどうだか知らないが、この家のカイトは性格が悪い上、生活に無頓着なところがある。  
外から帰ってきたら靴を揃えろと、メイコがカーチャンのように小言を言うのはいつものことだ。  
だが今日は、常なら投げ出されている状態の靴がきちんと整えられて玄関に鎮座している。口煩く言っていた日頃の効果が出たのだろうか? でも、なんで今???  
しかも、さっきから鼻を掠めるこの匂い……美味しそうで、欠乏中の胃袋をやたら刺激してくる。メイコは首を傾げるばかりだ。  
カイトが料理なんてしているところなど、ついぞ見たことがない。違和感は募りメイコを妙に不安にさせた。  
玄関に上がり、廊下を何となく足を忍ばせ進む。リビングのドアをそっと開けて中を窺おうとした時、いきなりそれが開かれた。  
「メイコ! 久しぶりだね」  
つんのめってしまったメイコを抱きとめたのはもちろんカイトだ。カイト、なのだが。  
「なかなか中に入ってこないから、なにかあったのかと思ったよ」  
プライベートでは聴くことも見ることもあまりない、カイトの爽やかな声と全開の笑顔にメイコは思わず固まってしまった。  
…………………………え? 誰コイツ?  
整った顔立ち。青い髪と揃いの瞳の色は、家を出た時と何ら変わりない。  
カイトだ。分かってる。『KAITO』は数多存在しても、自分ちのカイトを見間違えることなんか有り得ない。目の前のカイトは、メイコのよく知るカイトだった。  
…………でも。なんなのだこのカイト。  
メイコの知るカイトは、底意地悪くて捻くれた性格で、メイコを怒らせることに長けた能力を備えた不敵な……いやそんなカッコいいもんじゃない。単にイヤなヤツだ。  
「あ、あの……」  
「ん? ハニワみたいな顔しちゃって、どうしたの」  
「……ぇえ?」  
「あはは。メイコはそんな顔もカワイイなあ」  
事もなげに言い放った歯の浮くような台詞に、ぞわわっとトリハダが立った。  
目の前のカイトは、他所で多く見かける『KAITO』のように甘い笑顔を浮かべて穏やかな声を響かせ、メイコをまるで世界で一番お姫様みたいな目で見ている。  
メイコは開いた口が閉じれない。顎が落ちそうだ。  
「仕事お疲れ様。ゴハン作っておいたよ」  
玄関より強く漂う食事の匂いは、カイトが作ったらしい。今までそんなことしなかったくせに、そのこともメイコを驚かせた。  
しかも、部屋も散らかっているどころか朝メイコが掃除の状況が保たれているのだ。あり得ない……。  
「あ……あり、がと?」  
戸惑いにイントネーションがおかしくなる。あまりにもいつものカイトと違いすぎて、唖然とする。  
動けないメイコを、カイトはぎゅーっと抱きしめた。  
「……久しぶりだね、メイコ」  
「へっ、へぁ?」  
メイコの額に一つキスを落とすと、カイトは艶のある茶色い髪を撫でた。しかしカイトの言葉や仕草ひとつひとつが、メイコを更なる混乱に突き落とす。  
こんな、まるでリア充バカップルみたいなこと、されたこともしたこともない。  
カイトとは同じマスターの元で歌い同居しつつ、何となくそういうカンジになり成り行きでセックスし、だらだら続いているフシがあった。  
お互い譲らない性格のため、告白もしないまま今まで暮らしてきた。  
遠慮ナシ言いたい放題ケンカ上等の生活の中でやることはやる……という、最初っから倦怠期の夫婦じみた空気を醸し出す二人なのだ。  
こんなあからさまなイチャつきとか、経験したことない。ナニゴトだ?!  
想定できない行動と態度を取られて、メイコは頭が真っ白だ。  
身動ぎ一つできずにされるがままのメイコの耳に、カイトの唇が押し付けられる。  
「お帰りメイコ」  
そこまではよかった。が、これまでカイトから聴いたことのない囁き声に、メイコの目が見張られる。  
 
「ゴハンにする? おフロも沸かしてあるよ? それとも…………僕にしようか?」  
ぞくっと、背中を何かが這ってカイトの腕の中でメイコは身体を震わせた。コレって、え? え? 何よこの声! 頭の中はパニックの極みだ。  
「お……」  
「ん?」  
端正な顔に甘い微笑みを乗せてカイトはメイコを覗き込む。メイコの方がその顔を直視できなかった。恥ずかしくて。  
 
「おフロ! おフロ入る――っ!!」  
 
あらんばかりの声を張り上げ、やっとのことでメイコは叫んだ。  
 
 
メイコは脱衣所でぐったりと洗面台にもたれ掛かった。  
風呂は本当に準備してあるらしく、浴室の扉から僅かな湿気と温かな気配を感じる。が、それどころではなかった。  
カイトが変わってしまった。何だか予想の範囲をとてつもなく超えたカンジで!!  
フロとか! 料理とか! しかもメイコのためにだと?! そんなのしたことなかったジャン!  
ぶ、ぶいすりーって、皆あんな風になっちゃうの?! 確かに記憶はリセットされていないけれど、メイコのことも覚えているが。だけど!!  
なにあの少女漫画の男の子みたいなカイトは……性格まで弄られちゃったのか?  
元々『KAITO』にしては規格外な性格をしている。それも個性の一つなのに、研究所では問題視されちゃったんだろうか?  
だったら、じゃあこれまでどうして放ったらかしにされてたんだってハナシだ。ってか、カイトは研究所でV3化以外に一体何されてきたのだ!? まさかあの性格コミコミでV3なの……?  
「おそるべし、ぶいすりー……」  
もうそれしか出てこない。  
メイコはその場にペタンと座り込んでしまった。  
以前のカイトと、あまりにも性格が違いすぎる。あんな愛想良くて甘ったるい笑顔とか愛情(らしきモノ)ダダ漏れの所作とかは、恋愛曲のPVでしかお目にかかったことがなかった。  
しかもそれら全部が、メイコに向けられるとか。いつもの鋭い舌鋒より破壊力増し増し過ぎる。攻撃されれば応戦することができるが、こういうのは……。  
あのカイトの様子に合わせ、ノリ良くメイコもデレられればいいのだろうが、無理だ。  
かつて付き合っていた男とは、甘ったるいアれやコレをしていた気もするが、昔すぎて自分がどんな態度をとっていたかなんて覚えていない。  
大体あの頃は恋愛初心者だった。自分を作ってて、無理が祟って捨てられたというか……まあ、今は関係ないことだ。  
それよりカイトだ。あの変貌ぶりはなんなのだ?! 小言を言わなくても家事をしてくれたり、過度なスキンシップを仕掛けてきたり、その上なんだか性格も、や、優しい? カンジ??  
……今のカイトがV3のカイトならば、メイコと暮らしてきたV1のカイトはどうなっちゃったんだろう?  
先輩を敬わずメイコ限定で失礼で口が達者で憎たらしくて鬼畜で遅漏だけど、だけど、メイコにとっては…………。  
カイトには過去の記憶はある。きっと、バージョンアップで彼の性能はこれまでよりも段違いに上回っているのだろう。それでもって性格が良くなったとくれば支障などどこにもない。  
メイコだって、正直に言えば、あの捩じくれた性格はどうにかならないものかと考えていたことは何度もある。  
だけどコレ、もう別人なんじゃ……。そんなの、困るよ。……わたし、どうしたら……。  
「メイコ? あれ? まだ入ってないの?」  
「ひゃぁ!」  
突然脱衣所のドアが開き、カイトが姿を見せた。何もメイコは本当に風呂に入りたかったわけではない。ただ、カイトから離れて現状を把握したかっただけだ。  
「えっ、あ、なに?」  
「背中流そうかと思ってさー」  
は? メイコの目が点になった。ナニソレ?  
「ほら立って、脱がないと」  
「なっ、ちょ、ちょっとちょっと――――!」  
メイコの腕を取って立たせたカイトは、そのまま服を脱がそうとする。大慌てで阻止しようとしたメイコだが、カイトは払おうとする手をかいくぐって器用に服の中に手を差し入れた。  
「待って! ねぇ……!」  
脱がすと言いながら、大きな手のひらが服の中へ侵入してくる。肌を撫でる手つきは、とても風呂で背中を流すだけだなんて思えない。  
逃れようと身体を捻っている内にも、慣れた仕草でメイコの肌に触れる感触に心ならずも反応の兆しを見せた。  
「やっ、やぁだ……っ、出ってってよ一人で入る、ってか、コレ違っ……んっ、んん……っ」  
脱がすと言いながらその手は既に始まっていて、柔肌を攻めてくる。正面から抱き寄せられて、唇を塞がれた。すかさず侵入してくる舌はメイコのそれを簡単に絡め取り、ねっとりと動く。  
抵抗が弱まった隙にカイトの手が服の中で背中に移動し、ブラのホックを外しにかかった。  
 
「ん……はぁ……っ」  
「そんな顔してエロいなぁ。風呂場でって思ってたけど、もうここでいいよね……?」  
甘い囁き声はメイコの理性を溶かし、触発されて肌が火照ってくる。ブラの下に潜った手のひらが乳房を掬い、やわやわとした手つきがもどかしい。  
しかし、いつもより身体の反応が妙に早い気が……そんなことを疑問に思っても、メイコの弱いポイントをついた絶妙な愛撫の前では霞む。  
立っていられなくて洗面台に腰を預けやっと身体を支えるけれど、その腰は愛撫に小さく揺れていた。  
久々の抱擁もキスも快感を探る指先も気持ちよくて、正直流されたい。  
だけどこのカイトは、本当にメイコのカイトなのか? そう思ったらおちおち気持ちよくなっていられなかった。  
「ひぃんっ!」  
弱点の乳首に触れられ、無視することができないほどの快感が身体の中を走った。スカートたくし上げ、カイトの手が腿を登る。  
メイコは目を固く瞑った。  
…………やっぱりダメだ。このまま、こんな気持ちのまま抱かれるのは……!  
「カイト!」  
キスをねだって近づく顔。その頬を両手で挟む。そして身体をカイトへぶつけた。勢いにふらつくも、半分伸し掛っていたカイトは今度は必死な顔で迫るメイコを抱き留めてきょとんとする。  
「メイコ?」  
「ねぇどうしちゃったの? アンタ、ホントにカイトなの?」  
「へ?」  
意表を突かれたカイトは、不思議そうにメイコを見下ろしている。  
「だって家出る前はこんなんじゃなかったじゃん! 研究所で何されたの? V3って、みんな愛想良くなってんの? あの腹立たしい悪態はどこやっちゃったの。  
 V1の頃のカイトは、もうアンタの中に居ないの……?」  
矢継ぎ早に話すメイコは必死だ。カイトの中で、何がどうなっているのか知りたかった。今まで傍にいたV1のカイトの所在を。  
しかしカイトは、表情を曇らせ俯いてしまう。  
「メイコ……。メイコは、V1の僕の方がいいのか?」  
「えっ?」  
メイコは畳み掛ける口を噤んだ。確かにそう受け止められても仕方がない言いようだった。  
V3となってメイコに迫ったカイトは、拒絶されたと思ったのだろうか顔を伏せたまま上げようとしない。  
「だって、前のカイトは……」  
言い募ろうとした言葉は尻窄みになって消えた。カイトの項垂れようにメイコの胸が痛む。拒絶しようとしたわけじゃ……でも、でも……カイトにしてみれば。  
どうしよう、傷つけてしまった。どうしよう……。  
「あ、あの……カイト……」  
オロオロと心底弱ってカイトを呼んでも、顔を上げてくれない。表情が見えないことが、尚更メイコの胸を締め付ける。  
「ち、違うの、あのね……」  
メイコが懸命に言葉を探していると、俯いたカイトの髪が小さく揺れた。それは次第に伝播し、肩へ腕へ。細かい震動が全身を包むと今度は咽を震える音が聴こえ始めた。  
「カ、カイ……?」  
ちょっと怖くなって、後ずさろうとしたメイコの両手首をカイトが掴む。逃げられず、メイコは咽まで競り上がった悲鳴をなんとか飲み下す。  
そして勢い良く髪を揺らしカイトは顔を上げ、びくっとメイコの肩が跳ねた。  
 
「……っくくくっ、あ――――はっはっはっは!」  
 
ようやく顔を上げたカイトは、息をするのも苦しそうなほど爆笑していた。  
メイコは何度も瞬きも忘れ、惚けてカイトを見つめる。何がどうないっているのか、頭が全然付いていかない。  
「…………え?」  
「まさか、あんなに簡単に引っかかるなんて……くくっ、ほんとーに単純だなメイコは」  
ひーひー笑い、目尻に浮かんだ涙を拭っているカイトは、もう、正真正銘小憎たらしい何時ものカイトだった。  
あっけにとられ呆然とするメイコに、カイトは笑いが止まらないといった態だ。  
「カイト……」  
「V3にバージョンが上がったからって、いきなり性格まで変わるわけないだろ? マスターだってそう言ってたじゃん」  
「だって、カイ……」  
「超傑作だったよさっきのカオ。からかい甲斐がありすぎ! 必死過ぎだろ。ヘタなお笑いよりウケる」  
「カ……」  
「あーあ、腹減ったー早くメシ食おうよ。研究所でさーV3化に来ていた余所の『KAITO』が料理上手な奴でさ、レシピ教えてもらったから作ってみたんだー」  
「…………」  
腹を抱えながら脱衣所から出ようと、カイトはメイコを促した。その背中はまだ爆笑の余韻を引きずっている。  
 
「ふー、慣れない行動したら肩凝ったー」  
振り向くカイトがメイコを呼ぶ呑気な声音に、やっと現状を認識することができて、身体の両脇に下がった手がきつく握られる。  
引っかけられたのだ。それはもう、盛大な一本釣り。……コイツ、なんにも変っちゃいない!  
「どうしたの? 早くメシ食おうよ」  
ぶちぃ! メイコの忍耐とか許容範囲とかその他諸々が一気にブチ切れるのも、致し方なかった。  
髪が靡くほど振り仰いだメイコは、大粒の涙を浮かべてカイトを怯ませた。  
そして過去最速を記録した拳を唸らせて、カイトの油断し切った横っ面を殴り飛ばしたのである。  
 
 
「ちょっとしたオアソビっつーかさー」  
「…………」  
「V3になったからって、見た目が変わるの公式衣装ぐらいじゃん? 衣装着てなきゃV1と区別つかないし、歌わなくちゃ違いなんて分かんないし」  
「…………」  
「せっかく研究所まで行って、何日も泊まって手間ひまかけたのにぱっと見変化なしとかつまんないなーって」  
「………」  
「だからさ………なぁ……」  
メイコは黙りこくっている。カイトはその頑なな背中に、深く溜息をついた。  
弁解というか、話しているんだからせめてこちらを向いてくれないだろうか。  
重苦しい空気の漂うリビング。メイコはラグの上に体育座りをし顔を膝に埋めている。カイトは胡座をかいて、その背中を途方に暮れながら眺めるしかなかった。  
距離はちょうどカイトの腕がぎりぎり届かない位置だ。これ以上近づくと、メイコが詰めた分距離を空けるのでこれが精一杯だった。  
殴られたカイトの左頬は見事に腫れ上がり、やたらめったらじんじん疼く。歯が折れなかっただけ運が良かったと言っていい。  
容姿も商売道具のひとつなのに、あんまりだ。自業自得、の言葉が頭を過るも、敢えて無視する。  
メイコはあれからずっとこの調子。当然食事にはありつけてはいない。腹の虫が鳴きそうになるのを堪えるのが辛かった。  
カイトは別に、メイコを泣かせようとあんな芝居を打ったわけじゃない。冗談のつもりだった。久々に会うメイコをからかって遊びたかっただけだ。  
カイトの思惑としては、ドッキリ成功☆ の後、からかわれたことに激怒するメイコに一発平手を食らい、アホと罵られてお終いのはずだった。  
それなのにカイトの目論見は予想と大分違う方向へと外れてしまった。  
拳でぶん殴られたことからも、メイコの怒りの凄まじさが覗える。  
メイコは静かだが、時折鼻を鳴らしていて未だ泣いているのは明白だった。過去の経験から、こうなるとメイコはとてつもなく面倒くさくなる。  
カイトは後頭部をガリガリ掻くと、この居たたまれない雰囲気を打破すべく、滅多に口にしない言葉を咽から押し出した。  
…………泣かれるのは昔から苦手だ。メイコの涙はいつだって本気だから、尚更。  
「……わ、悪かった、よ」  
「…………」  
カイトの言葉はメイコの背中に跳ね返され、虚しくリビングに転がった。  
「…………いい加減にしろよも〜……こんなの、泣くことじゃないだろ……」  
食事を作ったのだってメイコが喜ぶと思ってのことだ。ただ、普段が普段なのでどうにも照れくさいのもあって、ヘタな小芝居で誤魔化した感もある。  
テンパるメイコが予想外に可愛くて、面白がったのがいけなかった。つい調子に乗ってやりすぎた。  
あんなに必死になって、演技しているカイトの中にV1を探すメイコは今まで見たことなく、嬉しかったのだ。  
ケンカばっかりの日常でも、メイコの中に自分は特別な存在としていたんだなーとか実感してた。それが。  
時折しゃくりあげる音が地味に胃にくる。小さな背中は振り向かない。怒って立ち向かってくるメイコは大好物だが、泣かれることお手上げでカイトはほとほと弱り果てた。  
「ホント、僕が悪かったからさ……」  
カイトに残された手段は謝り倒して許してもらうほかなかった。これも滅多にないことだ。というか、初めてかもしれない。  
ケンカは基本的にどちらも謝らない。それでも禍根を残さず終わるのだが、今回はカイトの分が悪すぎる。  
……メイコの、V1のカイトが消えたのではないかと心配した気持ちを、これでもかと踏みにじったのだから。  
縮こまった肩に触れようとした手を、ぺしんと払われる。  
「や、触んないで」  
「……メイコ、謝ってるじゃん」  
首だけカイトに向けるメイコの睫毛はまだ湿っていて、目付きは険しい。「イヤ、V3はイヤ」  
「え? イヤって、メイ」  
「イヤったらイヤなの!」  
カイトの右眉が跳ねる。メイコはまだ興奮冷めやらないらしく、口にしている言葉に混乱しているのが窺える。「カイトが」ではなく、「V3」が「イヤ」。  
 
その言葉は容赦なくカイトに刺さった。カイトはまるっとV3なのである。帰ってきた途端、存在全否定とかマジ有り得ない。  
全て原因が自分にあるにも関わらず、カイトも頭にも熱が昇った。  
「イヤとか言うな」  
「さーわーんなーいーでー! やぁだ――――っ」  
後ろから手を回し、強引に膝の上に抱き上げるもメイコは再びパニックになってじたばた手足を振り回す。  
「ヤダヤダヤダヤダ! ぶいすりーは私に触らないでってば――――!  
「ワケ分かんない取り乱しかたすんな! い……っ、引っ掻くなよ!」  
ネコが抱っこを嫌がるような暴れっぷりだが、ここで逃したらもっと拗れることは目に見えている。離せない。  
「なによぉっ、わたし、すごく心配……っ、V1のカイト、居なくなっちゃったのって、ばかぁっ」  
「だから、ゴメンって」  
「も……キライ……っ、ぶいすりーなんか、キライ!」  
力一杯V3を拒絶する言葉は、カイトを拒むのと同意だった。ついにキレたカイトは、メイコを怒鳴りつける。  
「そんなこと言うな!」  
「なんでアンタが怒鳴るの、離して……よっ、やぁっ、耳止めて!」  
ちゅ、とリップ音を響かせ耳朶を舐める。腕の中でメイコがびくりと身体を震わせた。押さえつけながらそれを繰り返し、名前を何度も呼ぶ。……V3に搭載された新機能を使って。  
「?!」  
効果は覿面で、もがいていたメイコが大人しくなった。唇と舌と声で耳を嬲り続け、メイコは最後の抵抗に弱々しく首を振る。  
「……あっ……な、やん……」  
「感じる?」  
妙に艷めいた響きは吐息に混じりで、白い耳朶がさあっと染まる。  
「バカ! そ、そーいうんじゃ、んんっ」  
ぴくんと肩が跳ねる。ヤダヤダと言いつつも、メイコは耳を責められて泣きそうな声を上げていた。  
力が抜け始めた身体をいなしながら、カイトは小さな耳を嬲りながらラグへ押し倒していく。  
「イヤとか、ふざけんなちくしょう。…………V3の良さ、教えてやるから覚悟しろ」  
V3を嫌だとか、絶対に言わせない。  
耳朶に歯を立てると、メイコの殺しきれなかった吐息をカイトは肌に感じた。  
 
 
押し倒されながらもメイコは身体を捻って横臥した。簡単に流されたくない一心のことだったのだろうが、耳責めを決め込んだカイトには好都合だ。  
後ろから添い寝するような形で、吐息と腰にくる囁き声に溶かし胸に這わせる手はふっくら実る乳房をまさぐる。  
「ふ……くぅ……」  
「……メイコ」  
「あっ、っく……」  
「乳首、硬いよ……もうビンビン」  
「やっ……!」  
再び乱した服の中で指の先で勃ち上がったそれを軽く引っ掻くと、震えが抱きしめた腕に伝わる。  
下にした腕を枕にして頭を抱え、首筋から耳の裏を舐めて卑猥な言葉を吹き込み逃げられないメイコの耳朶をしゃぶる。  
弱点の乳首の刺激との合せ技では、開始早々陥落も目前だ。  
「あは。大したことしてないのにな……感じすぎ」  
くるりと指で乳輪をなぞり実を結んだ中心の乳首をつつけば、面白いほど反応を返してくる。  
性感がいつもより強いことに、メイコ自身も気がついたようだ。  
愛撫に声を揺らしながらも、メイコは疑問を搾り出すように吐いた。  
「な……んで、こんな……あ……っ」  
「『こんなに、感じるの?』って? 言ったじゃん。V3の良さを教えるって」  
「え……?」  
にやりと笑うカイトの気配に、メイコはものすごく嫌な予感がした。  
ちゅっとまた耳にキスを落とされ喘ぎを噛み殺したが、そんな痩せ我慢などカイトにはとっくに見抜かれている。  
「これ、V3のDBのひとつだよ。こんな時にも効果的なんだな……実は、さっきから使ってたんだ」  
「さっき……って」  
「メイコを出迎えた所から」  
それで、自分の身に感じた奇妙な感覚の理由が分かった。なるほど何も知らない時のあの感覚は、新機能のせい。納得! と手を打ちたい気分だが、そうもできないのが現状だ。  
説明するセリフにもわざわざDBのWHISPER乗せてくるあたり、カイトも徹底していた。メイコにしてみればたまったものではない。  
色っぽい言葉ならともかく、普通のセリフにすら反応してしまうのだ。これではとんだ淫乱ではないか。  
「これ、ちが……私のせいじゃな……」  
「うん。V3のせい」  
本当にそうなので、メイコは言い返せず耳への責めに身体を竦ませた。カイトは厄介なアビリティを備えて帰ってきてしまった……。  
本来ならこんなことに本領を発揮するべきではないのに、バカかこいつは。  
 
「あ! ……っ」  
乳首を弄っていた手が、スカートをたくし上げながら太ももを滑る。程なく臍の辺りを乾いた手が撫でる感触がして、ぴっちり閉じた脚をものともせずにショーツの前から潜り込んできた。  
「……ぐっちょぐちょじゃんか」  
なぞる指は熱い粘膜にまみれ、割れ目を好き勝手に蠢く。  
口元をいやらしく歪め、カイトは膣口に指を引っ掛けたり襞を擽ったり、クリトリスを指の腹で撫で回したりとやりたい放題だ。  
「いやぁん! あっ、あっ……んぁっ!」  
「聴こえる? 指が動くと音するね。声と、ちょっとおっぱい弄ってただけで、まんこをこんなにしてたんだ?」  
「……止めて、クリはだめなのぉ……っ、お、お願……」  
切羽詰った泣き声に、カイトははたと指を止めた。  
「ああ、そっか……」  
メイコはクリトリスを攻め続けると意識を飛ばすことがある。敏感過ぎるのだ。  
最近はメイコが慣れてきたし、カイトも加減の仕方が分かってきたが、ココはまだまだ開発の余地があった。  
簡単に意識を手放されては面白くないのが本音だ。メイコにはV3の自分をきちんと理解させ、二度と嫌だなんて口走らせないようにしなくてはならない。  
それじゃあ……と、カイトは別の方法に移った。  
「ひぃあ!」  
耳に舌を、膣に指二本を同時に入れられてメイコは悲鳴を上げた。ぬるぬると耳に這う生温い感触と熱い吐息。膣の内側を指の腹で探られ、腰がはしたなく揺れる。  
「これならいい? 大丈夫だよね」  
「あ……あ……」  
メイコの顎が小刻みに震えた。気を失うまではいかなくても、その寸前まで高められた状態をカイトによってコントロールされることは、理性を徐々に削り取られていくようだ。  
「膣が悦んでるね。中が動いてんのよく分かるよ。ねちょねちょしたのが溢れて止まんない」  
「そ、その声で、そんなコト、言わないで……っ! あぁう……んっ」  
「なに言ってんだよ。この声でイジメられて、漏らしてんだろ?」  
頭を抱かれて逃げられない。耳朶をしゃぶりながら囁く意地悪は、脳髄を悪酔いさせて股を濡らす。  
膣内を刺激する指先は熱い粘膜を掻き出し、白い内ももを汚して艷めいた。  
カイトは一旦性器の指を抜くと、快感に喘ぐメイコを仰向けにした。抵抗する気力などとうに失せたメイコは素直に従い、カイトは乱れまくった服を今度こそ脱がしにかかる。  
とっととショーツを下げたカイトは、クロッチが粘膜で濡れているのを目の端で確認してからベッドの下に放った。  
現れた陰毛は相変わらず薄く、成熟した女の身体のくせにそこだけ見れば十代の子供のようだ。尤も、そのギャップはカイトのお気にリでもあるのだが。  
広げさせた脚の間はショーツの湿り具合に見合って濡れそぼり、自然に広角が上がる。  
「あーあ。尻の溝まで大変なことになってるよ」  
息がかかるほどの距離で眺められて、メイコの羞恥はMAXまで高められた。カイトは股に顔を埋めたまま指で陰唇を拡げにかかる。  
「指で弄ったから、少し口を開いてきたね。まんこがヒクヒクしておねだりしているよ。『早くちょうだい』ってね」  
「そ、そんなトコロで、喋らないでよ!」  
お願いだから。耳に直接吹き込まれるのもぞわぞわさせられたが、あんな色っぽい声が股の間からするとか……堪らない。  
メイコの脚の間でカイトが服を脱いでいく。全裸になり、膝頭を思いっ切り割られ、メイコは大股開きにさせられた。  
「あうん!」  
「クリが艶々で舐めたくなるなぁ」  
「止めてよヘンタイ!」  
がうっと吠えられても、組み敷いたメイコに鋭さはなかった。熟れ切った性器を晒し、真っ赤な顔で口撃されたところでカイトは痛くも痒くもないのだ。  
「今日は何時もの舌鋒がヌルいんじゃない? どうしちゃったんだよ」  
どうしたもこうしたも。何時もと違うのはカイトの方のなのに。  
「この声に抵抗できないの? キライなV3の声なのにメロメロになって、メイコはインランだよなー」  
「な! ……っ、アンタこそ、DV4つも搭載されたワリにはさっきから一つしか使ってないじゃない! 他のはどーしたのよ?  
 もしかして自信なくて出せないんじゃないの?」  
カイトの右眉が不機嫌さの度合いを示すように跳ね上がる。気分を害した時のクセだった。  
「……ふーん? メイコはほんっと自爆型よね。知ってるけどさ」  
状況とは裏腹に、カイトは剣呑な表情でメイコを見下ろす。たじろぎながらも負けじと睨みつけるメイコは、もうやぶれかぶれだ。  
だって、このままいいようにされるのは悔し過ぎる。V3がなんだ!  
ふ、とカイトの唇が緩む。浮かんだ挑戦的な笑みが威圧してきて、メイコは虚勢が剥がれそうになのを必死で止めた。  
 
「分かったよ。そのワガママボディに、きっちりしっかり教えてやる……その態度、いつまでもつかな?」  
カイトの薄ら笑いがホラー的にコワい。あ、コレちょっと地雷踏んだ?  
後悔先に立たずという言葉を何度噛み締めても学習できない自分の浅慮をを、メイコはちょっとだけ呪った。  
 
 
「DBにはさ、STRAIGHT・SOFT・WHISPER・ENGLISHがあって、まあセックスには適さないのもあるワケ。英語で下ネタ言われてもなんのこっちゃだろ。  
 だから、効率よくかつ効果的にDB使ってたんだよ」  
決して自信がないんじゃない! と、カイトは緩く腰を打った。  
「あぁっ……んっ! んぁっ」  
横倒しで片脚を肩に担がれた姿勢で、熱くぬかるんだ膣の中を怒張した肉棒は悠々と奥まで犯す。ぞわりと背筋を伝う快感に、きゅうんと中が悦ぶ。  
「ちなみに今のはSOFTね」  
確かにカイトの動きはゆったりとして、メイコを味わうような余裕すらあったが。  
「ちょ、これ、違うでしょ! 声じゃな……ひぅっ」  
「ウルサイよ」  
また穿たれて、言葉は喘ぎに遮られた。動きは緩慢なのに衝撃はやたら重たく、胎の底に響く快感は末端へとじわじわ届いて悶える。  
さっきからシツコイぐらいそれを繰り返さえ、メイコは全身を痺れさせて喘いでいた。  
「あぅ! ひぃん……あっ、あぁんっ」  
「駄目だ。逃げんな」  
無意識に逃げようとする肢体は上へずり上がろうと藻掻くが、カイトはそれを許さず括れた腰を引き寄せる。ぴったり性器をくっつけると、より奥へと肉棒を埋めて腰を回し最深を抉った。  
「んぁ、いやぁん……奥が、グリって、ひいぁ……あ――――っ!」  
くちゅくちゅ鳴る水音と濡れた陰毛が擦れ合う微かな音が混じって、カイトが犯した鼓膜を震わす。  
聴きたくないのに聴覚は酷く鋭敏で、あんな些細な音でも拾ってしまう。  
カイトのせいだ。あんな声で耳を犯されたから……!  
腹立たしくも、今日はいつもと勝手が違って言い返すことができない。  
「あー……膣ヒダが絡んでちんこ吸ってくる。相変わらず口ばっかイヤイヤ言うのな、でもまんこは『もっと!』ってくるんだけど」  
「なっ……! うぁ、ああっ、ダメだってイっちゃ、ひっ」  
貫く肉棒は益々元気だ。じゅぷじゅぷ鳴らしながら膣の良い場所を選んで責め立てる。腰はそのままで、上半身を正面に向けたメイコの乳房は重たくたゆんと波打つ。  
目に映す光景と肉棒が中で体感する卑猥な動きは、カイトを益々煽り立ててくる。  
「メイコもさ、V3化したら『エロ声』とか実装されればいいなー」  
「は……?」  
「そしたら今より滅茶苦茶燃えて萌える。突っ込んで腰振ったら、直ぐ出しちゃう自信あるよ僕」  
「ば……ばっかじゃないの? 遅漏のクセに、あ、くぅ……」  
カイトが前振りなく肉棒を抜いた。蹂躙されていた膣口は圧迫感が失せ、薄く口を開けてだらしなく涎を垂らしている。  
膝裏に手をかけ思いっ切り持ち上げられて、欲しがりの性器が震えた。カイトは垂直に近い角度で、再び膣に肉棒を埋める。  
「ひぃ、ひぃんっ」  
「うわ……そんなに締めんな。力抜けよ」  
ぺちぺち腿を叩かれても、体重をかけて挿れてきたのはカイトだ。結合部からは粘膜が肉棒に押し出され、互いを汚して垂れ流れる。  
「STRAIGHTって、『真っ直ぐ』って意味もあるんだってさ」  
そう言い、カイトは律動を開始した。いわゆるまんぐり返しのような姿勢で出し入れする様は、確かに「真っ直ぐ」に膣を貫いていた。  
快感に咽び狭まる肉壁の道を、猛々しく硬いそれがこじ開けて隙間なく小さな膣孔を犯す。その上カイトは両方の乳房を鷲掴んで離さない。  
緩急つけて揉みしだく指の間から、むにゅりと肉が零れた。  
「ん、柔らか……」  
「あ、やぁ、深いぃ……ん、んくっ」  
いつの間にか間近に近づいた青い瞳。唇を攫われてメイコは自分から舌を差し出した。久しぶりのキスだ。  
カイトの頬を両手で優しく挟み、引き寄せ夢中で舌を絡ませ合う。右手に感じた違和感に記憶を刺激され、思い出した。  
「カイト……痛い?」  
腫れた患部をそっと撫でる感覚に、カイトは何を言われているのか理解した。  
「痛いに決まってんだろ、暴力オンナ」  
「自業自得じゃん! そういう時は、ウソでも痛くないって言うのがオトコでしょ」  
「俺は痛みを悦ぶマゾじゃない。まだ減らず口を叩く余裕があるとはね」  
勢い良く真っ直ぐに、連続して腰を落とす。ぱんぱんと爆ぜるような乾いた音が鳴り衝撃に耐えかね身体は戦慄いて、掲げられた脚の爪先が丸くなった。  
「はうんっ! あ、ソコは、ひっ、あ、あ――――っ」  
「搾ってくるな。反応良過ぎ……つか、今日はヤバいな……」  
 
何といっても久しぶりのセックスだ。熱く絡みつく膣は肉棒をこれでもかと締めつけ、収縮する。吐精感はどんどん込み上げて破裂しそうだった。  
だが、メイコより先にはイキたくない。何かと遅漏だなんだと文句を言われているが、いざとっとと終われば嘲笑のネタにされるのは必至。  
冗談ではない。プライドが許さなかった。  
そんな心中などおくびにも出さず、カイトは濡れる白い肢体に被さり茶色い髪から覗く耳へ顔を寄せた。  
「ま、またぁ……!」  
「メイコのまんこ、すんごい気持ちいい」  
「! その声で、ヘンなこと言わない、でって……っ」  
「おっぱいもお尻もいやらしくて堪んない。流石のワガママボディだよ」  
「あ、うひ……っ」  
「まんこの締りがいいのは、僕の帰り待ってたから? オナニーもしてないの? ……バイブ、持ってんの知ってるよ」  
ぱ! と、メイコの目が見開かれた。一瞬で驚愕と羞恥に染まった虹彩が揺れる。  
「やぁ……なんで、それ……」  
「知ってること? なんでかな……」  
激しく打ち付けられる腰に、メイコは自制がきかない。身体が強ばり、中も力が入って快感が最後まで押し上げられる。絶頂は直ぐそこだった。  
「あっ、あ――っ、イクっ、イ……っ、ひっ、ひぃいいん!」  
カイトに圧し掛かられながら、メイコの全身が、膣の中まで痙攣する。カイトは肩甲骨に赤い爪が食い込む感触を覚えたが、それは痛みは快感と征服欲に置きかえられた。  
言葉にならずよがるメイコを、強い力でカイトは抱き締める。  
「……っ、くぅ……っ」  
緊張する膣に脈打つ肉棒が扱かれ、カイトも精を放つ。背筋を強烈な性感が走るのと共に、カイトは白濁の欲望を弾けさせ吐き出した。  
 
 
「V3もいいだろ」  
「…………」  
服のボタンを全部留めたメイコは、無言でカイトを睨めつけると顔を背けた。滑らかな曲線を描く頬の陰から見える尖らせた唇が、カイトの言葉を肯定していて、頬が緩む。  
二人ともラグに座り込み、セックスの倦怠感に侵された身体をソファーの側面に預けている。カイトに至っては、肘を付いて座席に上半身を乗せている有様だった。  
「…………おかしな技を修得してきちゃって。こんなことに使う技術じゃないのに」  
「汎用性が高いよなぁ。……どうでもいいけど、どうせシャワー浴びるんだから、服着なくてもよかったんじゃない?」  
カイトは下だけ身に付けた状態でそう言うと、直ぐ様罵倒が返ってきた。  
「裸でいろっての? バカ……ったく、これからは悪ふざけは程々にしてよね」  
「……だから、さっきから謝ってるし」  
「本気で反省して……すごく心配したんだから」  
あの取り乱し方を見れば、納得できる。カイトは素直に頷いた。  
自分たちは、他所のカップルみたいに甘い雰囲気にはなりづらい。  
ケンカが日常茶飯事で、時にはエスカレートしマジモードで力技に訴えることも頻繁だ。(主にメイコが)もうちょっと優しくなれないのかと怒鳴られたりもする。  
だけど別人のように変わった振りをした自分の中に、V1だったカイトを探そうと躍起になったメイコの姿は、胸に訴えかけてくるものがあった。  
イタズラや意地悪をして激怒させても、バカだ鬼畜だ遅漏だと罵られても、メイコはちゃんと――。  
「……ところで」  
物思いに耽っていたカイトを、メイコの声が呼び戻す。密かな満足感に浸っていたカイトは何事かと顔を上げた。  
「なに?」  
「なんで、知ってたの、よ」  
ぎこちなく問うメイコは視線を落とし、カイトを見ていない。不審も露にカイトはその横顔を見つめた。  
「だから……っ」  
真っ赤になったメイコに、ようやく理解した。すっかり忘れていたのに。やはりメイコは自爆型だ。  
「バイブのこと? うぉっとお!」  
すかさずクッションをお見舞いされ、寸でのところで顔面をガードする。  
「う……っ。か、隠してたのに、なんでよっ。私の部屋漁ったの〜〜〜?!」  
ばふばふばふとクッションアタックの連打に辟易し、それそれを取り上げて後ろに放り投げた。  
「あっ!」  
「あれはカマをかけただけ!」  
「カっ、カマ?!」  
「まさか本当に持ってるとはね。メイコも案外、イデ」  
「バカバカバカ――――!」  
今度は拳の連打が振ってきそうになったので、両手首を捕らえカイトはメイコの身体を膝の上に無理矢理座らせた。後ろから抱え込んでしまえば抵抗などできまい。  
 
「ヤダもう最低! カイト最低! デリカシーがログアウト! ていうか、そんな上等なもん元から入ってないでしょ?!  
 インストールしてっ、今すぐ研究所に戻ってしてきてっ!!」  
「別にいいじゃん。オナニーなんか俺だってするし。お互いオトナなんだからさ」  
「男と女じゃ違う〜〜〜!」  
「今度僕のオカズ見せてやるから機嫌直せ。それでおあいこ」  
オカズとオモチャの比べ合いというのもどうかと思ったが、等価交換はこれしか思いつかなかった。  
カイトの提案に興味をそそられたのか、メイコはその一言で大人しくなる。もぞもぞ身動ぎして、ちょこんとカイトの膝に収まった。  
「……カイトは、どんなのオカズにしてるの?」  
「気になる?」  
「だって、カイトとはこういうことしてるし……やっぱ、ハードなSMモノかなぁって……」  
「なんでだよ」  
『やっぱ』ってどういうことだ。いつものセックスがハードSMだと思っているなら片腹痛い。  
お前、ハードなSMとか言ったら、もっとこう、アレだよアレ。  
…………それにしても。  
いつになくイイ空気にちょっと落ち着かない。  
どこがだ。と突っ込みが方々から入りそうだが、通常運行が殺伐としている二人には、これが限界なのである。  
メイコの照れながらも素直な態度に、カイトもこそばゆくなってきた。  
こんなの、全くもってガラじゃない。  
大体会話の内容がオナニーのオカズやら道具やら、しかも欠片の色気もないとか、どんなだっつーの。  
こんな状況だけど。  
話題も何もかも選び損なっているけれども。  
でも、今なら言えるかもしれない。普段なら口がもげそうになるような、リア充カップルが口にしそうな言葉とか。  
せっかくV3になって、新しい声を手に入れたのだ。いい流れだし、今なら。  
 
「………………あのさ」  
「もしカイトのオカズにしている女の子が、私と似ても似つかなかったりとかしたら、それはそれでどうなのって思うし。  
 だからこそ気になるっているか。でもね、気になるっていっても、ちょっとだけだよ?」  
「いやだから」  
心の底からカイトの嗜好を気にして言い訳に余念のないメイコの耳元で、それを囁いた。もちろん新機能をフルに使った、とっておきの声である。  
「――――……」  
耳元から顔が離れると、メイコが後ろを振り向く。真ん丸な目が真っ直ぐカイトを映して瞬いた。  
なんだよ、前向いてりゃいいのにこっち見るとか。絶対顔なんて上げてこないと思ったのに。この状況で正面から見つめられたら、こっちも目が逸らせないではないか。  
睨み合いなら負けはしないのに! どこまでもケンカ腰の癖が抜けないカイトは、心の中でそんな言いがかりををずらずら並べた。  
無言で見つめ合うことしばし。そして。  
 
「いっ…………てえ――――!」  
 
殴られて腫れている方の頬を、他ならぬメイコの白く細い指でむぎゅっと捻り上げられた。この指のどこが発揮できるのかと思った程の力具合だった。  
「なにすんだよ!」  
頬を押さえてかばったカイトに、メイコの言葉は冷たかった。  
「あんたね……さっきの今で、騙されるはずないでしょーが! ばっかじゃないの」  
さっきのあどけない目元はどこいった?! と叫びたくなるぐらいに、メイコの目付きは心底胡散臭げだ。  
怒鳴りつけたくなるも、ぐっと堪える。メイコの態度は無理もない。それもこれも、これはカイトの普段の行いが悪すぎた結果なのだから。  
メイコはどうすることもできないカイトの膝から軽やかに立ち上がり、そのままててっとリビングの扉を目指す。  
「シャワー浴びてこよっと。お腹すいたーカイトー、ゴハン温めといてよね」  
「は?」  
開いた扉に手をかけ、振り向いたメイコはさも当然とばかりに言い放つ  
「だってゴハン作ってくれたんでしょ? 料理はねー、『食後のお片づけまでがお料理』なんだよ?」  
なんだその「おうちに帰るまでが遠足です」みたいな理屈。  
言い返そうと口を開けたが遅かった。メイコは素早く廊下へ姿を消してしまう。遠ざかる足音に反比例して、カイトの機嫌は地に落ちる勢いで悪化し、ついでに右眉も跳ね上がった。  
やはり自分たちに世間一般のリア充カップルのような真似は無理ゲー過ぎたようだ。  
バカップルとか、実は相当恋愛スキルの高いのかもと、街中でいちゃつく彼らをしねばいいのにと思っていたカイトは心の底から謝罪した。  
しかし、カイトの中で恥をかかされたという屈辱は残る。  
……まあいい。V3になって攻撃アイテムも増えたことだ。いい反応してくれたので、密かに仕返しするにはこの先楽しめそうだと溜飲を下げてカイトはキッチンへ向かおうと立ち上がった。  
メイコにとって理不尽極まりない現実は、直ぐそこに迫っていた。  
 
おしまい  
 

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