やさしいおにいちゃんの条件。  
そのとき俺は、  
アイス食ってた。  
駄目だ、俺。  
 
 
 
 
 
5−  
 
 
 
ミクとはあっさり仲直り出来た。  
懐かしい玄関へ帰宅したかしないかのタイミング。  
 
「お兄ちゃん! ごめっ、…ごめんなさい!」  
「ミク!?」  
「わたしっ、わたしっ! 」  
 
あっさり和解が成立した。  
俺がそれらしきアクションを起こす隙すら無かった。  
それどころかミクは、俺の後ろで中の様子をうかがっていた鏡音リンとレンの双子を見つけると  
頬を上気させる。  
「ふふ、この子達が新しい家族になるのね。よろしくね!」  
ミクはイイ子だなあ。  
 
こうしてまた俺は、双子達ときゃっきゃと戯れるミクを前に、  
きわめて自然に『おにいちゃん』へと返り咲いたのである。  
 
…。  
 
何か腑に落ちないのは気のせいか?  
 
「いよっ、おかえりカイト!」  
あ。マスター、ただいま帰りました。  
「メンテ後の調子はどうだ?」  
万全ですよ。ご心配をおかけしました。  
「いやいや。今日は双子のやってきた記念とお前の快気祝いだ。  
 冷凍庫にダッツ買ってきといたぞ? お前アイス好きだったろ?」  
まぁ、マスターご垂涎のマニア向け熟女モノ午後の団地妻よりは好きですが。いただきます。  
視界の端にはミクがいた。  
よかった。笑顔だ。  
 
これは俺が帰宅を間近に控えた頃のことで、俺の知り得ぬ出来事だ。  
その夜は、静かだった。  
マスターが作曲モードに入ったら、しばらくボーカロイドはやることが無い。  
夜も更けたので、メイコが自室で一人晩酌をたしなんでいると、ドアがコンコンとノックされた。  
「はぁい?」  
ドアがカチャッと開く。  
「ミクじゃない。どうしたの?」  
「お姉ちゃん、…いいかな?」  
「どーぞ」  
メイコの部屋は簡素だ。ベッドの他にベージュのカーペットが敷いてあるだけ。  
ミクはメイコに習って、カーペットに座り込んだ。  
メイコはワンカップを呑んでいる。  
「……。」  
すこしの間、沈黙が落ちた。  
ミクは言葉を悩んでいるのだし、メイコはミクを待っている。  
 
「お姉ちゃんは、マスターが大好きだよね?」  
 
「また何を言い出すかと思えば」  
「わたしが来たとき、イヤじゃなかった?」  
ミクは真剣だ。  
「お兄ちゃんがマスターと仲良くなって、イヤじゃなかった?」  
メイコには、ミクがこんなことを言い出す理由がなんとなく分かった。  
カイトがメンテナンスに出された日の事も、翌日のミクの様子からなんとなく察することが出来た。  
だから、こう答えた。  
「イヤ、…じゃなかったわ」  
「うそ」  
ミクのかたくなな表情に、メイコは少し微笑む。  
「そうね…、  
 
 ほんとはちょっと怖かった。  
 
 ああ、アタシもこれで廃棄処分かなーって。マスターになんてお別れ言おうかって、考えてた」  
「え…」  
「なにもおかしい話じゃないわ」  
メイコが静かに語りだす。  
 
新型が出れば旧型が消える、そんな世の中の仕組みと常を。  
使わないVOCALOIDを置いておくよりは、廃棄処分にしたほうがいいって考える人間はたくさんいるの。  
だって、VOCALOIDを所持することはアタシ達が思うよりずっと、  
面倒でメンテだのなんだので経費もかかる。  
自分たちはあくまで、人間の手によって作り出された存在でしかないのだと。  
「でもさ。腹をくくって会いに行ったアンタは可愛かったわけよ」  
サバサバとした口調がメイコらしかった。  
「これならマスターも喜ぶだろな、とか。  
 そんなあの人を思ったら、もうなんかいろんなものがどーでもよくなっちゃってさ。  
 廃棄処分ドンと来いみたいな?  
 アタシはマスターに会えて幸せだったんだから、きっと妹も大切にしてくれるし、たまに…」  
 
−アタシ? MEIKOよ? アンタのおねえちゃんよ。おねえちゃん−  
 
「アタシのことを思い出して懐かしく思ってくれたりするかな、とか。…」  
 
−ヨロシクね!−  
 
「もうっ」  
メイコはミクを抱き寄せた。  
「…なんでアンタが泣いてんのよ。ばかな子ね」  
「だって…、だって…おねえちゃん…」  
「ほら。しっかりしなさい! マスターが言ってたでしょ?  
 新しい子がやってきて、アンタももうすぐお姉ちゃんになるんだから。ね?」  
「…うん」  
「アタシは幸せよ。アンタがやってきて、それどころかカイトもやってきて。  
 今度は双子がやってくるなんて、最高じゃない」  
 
 
「もー! ふたりとも仲良く、しなさいっ!」  
やってきたCV−02こと鏡音リンと鏡音レンは、黄色い髪をした女の子と男の子。  
ちゃんと見分けのつく姿をしているくせに素が一つの存在だったせいか、  
どうしても志向が同じ方へ向くらしい。  
仲の良いときは、シンクロしているかのようにキャッキャとはしゃぐのに、  
いざ何か欲しいモノがあったりすると、とたんに一つのモノを奪い合い大喧嘩。  
意見も大抵お互い解り合っているくせに、何かの拍子で意見が分かれると、  
自分が正しいと主張しだして大暴れ。  
「にゃーーーーーーー!!」  
ミクの大声で駆けつけてみれば、取っ組み合いの真っ最中。  
VOCALOIDらしからぬ奇声を上げて、リンがレンの頬をレンはリンのリボンをと引っ張り合う。  
取っ組み合いというより掴み合い。ヤツらはマジだ。  
「引きはがすわよっ!」  
「ああ」  
動いたMEIKOに続いて、ハイキックの体勢をかますところだったレンを拘束する。  
「うぎぃー!!」  
どす。  
暴れたレンの肘が脇に入った。  
「いいかげんにしなさいっ!」  
MEIKOの怒声で双子の動きが、張り手をくらったようにぴたりと止まる。  
二秒ほど、ライトグリーンの四つの瞳が怒声を発したMEIKOをとらえ、  
今度はそろって「びえええええええええええええ」大音量で泣き出した。  
「おいおい、なんなんだあ?」  
遅れてやってきたマスターを見ると、今度はマスターを標的に定める。  
マスターを味方につけた方が勝者。  
どっちが先にそれを考えたのか、同時にそうなったのか。  
先手はリンだった。MEIKOにひっつかまれて現状を訴える。  
「マスタァ〜! リンの話を聞いてぇ! ヒドイのはレン!」  
 
「あっ、ひでぇっ!」  
俺の拘束からぴょいっと抜け出したレンが、抗議する。  
「俺のカップを投げたのはリンだろ!」  
「投げたんじゃないもん! レンがあたしのカップを取ろうとするのが悪いんじゃない!」  
「割ったのはリンだろ!」  
「しかけてきたのはレン!」  
「「ぐぬぬぬぬぬぬ」」  
パチキでの競り合いへと移行する双子を前に、  
「あー、なにがあったんだ?」  
説明を求めるマスターへ、最初から事の起こりを見ていたミクが説明するに。  
ポテチとファンタでおやつにしようとしたら、用意したカップが赤青黄色の三色しかなく、  
カップは三つちゃんとあるのに双子が同時に手を伸ばしたのは何故か黄色。  
そこから黄色カップの取り合いガチ勝負になったらしい。  
「んー…」  
一通り話を聞いたマスターは「わかった」と一つ言い、  
まだにらみ合ってるリンとレンの頭をぽんぽんと撫でた。  
「買いに行こう」  
「「え」」  
「割ったんだろ? だったら新しいおまえら用のやつ、買わなきゃな。黄色のやつが良いんだろ?」  
双子が瞳をきららんとさせる。  
「ほんと! 可愛いヤツじゃないとダメよ!」  
「マジ? かっこいいヤツなっ!」  
「ああ、だからもう、こんなつまらんことでいがみ合うな。わかったか?」  
「「はいっ!」」  
「おーっし、良い返事だ。ついでに散らかしたこのリビングも片付けろ」  
 
双子が暴れた事ですごいことになっていたリビングが、瞬く間に片付けられていく。  
「ポテチは帰ってきてマスターと食べるんだから、兄ちゃん取るなよ!」  
レンが宣言して、片付け終了。  
リンは「わーい、マスターだいすきー♪」ともうマスターにひっついている。  
「…悪い、メイコ。買い物に着いてきてくれ、サポート頼む」  
マスターの要請を受けて、MEIKOも腰を上げる。  
いってらっしゃい。  
やっと人心地ついて、ソファに腰を下ろすと、嬉しげにミクも隣に座った。  
「えへ」  
目が合うと、にこっとミクが微笑む。  
「じゃー、わたしたちはお留守番だね」  
俺も微笑み返す。  
「そうだね」  
これを俺は望んでいたはずだ。  
 
「マスター」  
 
マスターが「ん?」と振り返る。  
俺は無意識に、出発しかけたマスターを呼び止めていた。  
あ、いえ…。  
「なんだ?」  
その…。  
「アイス、お願いします」  
「あっ、わたしのネギも」  
「お? おお」  
 
こうやって食べるとアイスは美味しい。  
俺は夕食のアイスをしみじみと口に運んだ。  
これを食べていると、落ち着く気がする。  
「すごいなー、リンレンは」  
マスターが疲れた顔で微笑むと、視線が自然とテレビの前で折り重なって  
スリープモードに入っている双子へと移行する。  
二人とも買って貰ったばかりの自分用カップをしっかり握ったまんまで、ぐーすか寝ている。  
結局双子はあの後もフルパワーで遊び尽くし、  
晩ご飯を食べ終わったと思えばいきなりぱたんと揃って寝たのだ。  
そりゃあれだけ動けば消耗も激しいだろう。俺も疲れた。まだレンにやられた脇が痛い。  
「さーて、部屋へ運んでやるか」  
マスターが立ち上がろうとするので、「あ、俺も手伝いますよ」とすると、  
マスターに「いや、カイトはそっち頼むぞ」と言われた。  
くー。くー。くー。  
リンレンとは違うトコから寝息が聞こえる。  
ミクだ。  
動かないと思ってたら、寝てたのか。  
うーん…。  
何故か戸惑いを感じていると、MEIKOがさっさと動いてリンを担ぎ上げた。  
「ほんとにガキなのねえ」  
なんだか感心している。  
ミクは軽かった。  
 
ミクの部屋はこぢんまりとしている。  
なんか前より可愛らしい小物が増えたなと照明を点けて見渡すと、ベッドの位置は変わっていない。  
掛け布団をめくって起こさないようにそっとミクを横たえると、「んっ」ミクが少し眉をしかめた。  
その表情が、リンとレンに『仲良く、しなさい!』と言っているように見えて、つい微笑む。  
ミクは変わらない。  
素直で、がんばりやで、…  
頬にかかった髪を払おうとした指が、薄く桜色に色づいた唇に少し触れる。  
指先に感じるミクの吐息。  
俺は身を落とし、目を閉じていた。唇が触れ合う。  
 
 
ん?  
 
その行為がどのくらいの時間行われたか分からないが、正気づくまで時間がかかった。  
 
俺はナニをしている?  
ぱちくりと開いた目が、やっと焦点を合わせると、俺のやっている事が  
視覚情報としてごまかせないレベルで分かってしまう。  
いやいやいやいやいや。  
まてまてまてまてまて。  
慌てて上体をバッと起こすと、離れたことで無防備な寝顔とかミニスカートの裾から  
ちらと覗くふとももまで目に入って、目に悪い!  
いや俺はそーいう対象としてミクを見ているわけじゃ、誤解だ、話せば分かる!   
ナニを話す気だ!  
落ち着け!  
とにかくこの場にいることはヤバい!  
ミクにまだ掛け布団をしてないのは気にかかったが、近づくに近づけず、逃げ出すように廊下に出た。  
俺の部屋まで一気に歩いて、ドアを閉めて、そこで止まる。  
どういうことだ?  
いやミクを見てたらつい…、  
ついじゃない。  
フラッと…、  
フラッとじゃない。  
まだ唇に感触が残っている気がする。  
俺は顔を赤くして頭をかかえた。  
どういうことだ?  
いろんなミクが浮かんで入れ替わる。  
思考がぐるぐるしすぎて、考えがまとまら…。  
…。  
 
そうだ。  
 
アイスおかわりしてこよう。  
 
アイスだ。  
アイスがあればどうにかなりそうな気がする。  
 
 
これより俺の日常の平静はアイスと共にあった。  
レディボに爽、ピノ、ガリガリ君。  
俺はマスターを使ってありとあらゆるアイスを制覇した。  
もちろんダッツは至高の味だ。  
アイスがあるから微笑んでいられた。  
そう、たとえこんな…  
「ねえ、お兄ちゃん」  
アイスを食べているとミクが聞いてきた。  
「アイスって美味しいの? ひとくち欲しいな」  
俺はトルコアイスを食べていた。  
溶けかけた白いアイスをひたすらまぜまぜして食べると美味しい。  
「もー、ひとさじだけでいーんだから!」  
思わず視線をアイスに落とすと、ミクはそう強く主張する。  
まあ、…ひとさじだけなら。  
カップの中のアイスは、まだ半分以上残っている。なにより、ミクが欲しいと言っているんだ。  
だから俺はちょっとねとっとしたトルコアイスを、スプーンですくってミクにあげた。  
「わーいっ」  
ミクはそれを俺の手からぱくっと食べた。  
うわ。  
その無邪気な仕草に俺が固まる。そのスプーンは、さっき俺が食べてたスプーンで。  
あの日のほんのり桜色した唇の感触が、よみがえる。  
「あー! ずっるぅい!」  
リンの声で我に返ると、双子がいた。「あたしもいるぅ!」「俺にもよこせよな!」  
ここで断る理由が無い。  
「いいよ」  
がっかりなんてしちゃいけない。  
ぱくんとひとくちリンが食べた。  
ぷぁくとレンも食べた。  
「あー!」  
レンが食べるのを見ていたリンが、非難の声をあげる。  
「レンのほーが多い!」  
仕方がないので、リンの方にもうひとくち。  
するとレンが「多すぎ!」と抗議してもうひとくち。  
仕舞いには俺の手からスプーンを簒奪して食べにかかろうとする。  
「ちょっと待…」  
あげかけた俺の声は、ちょんちょんっと袖を引かれて中断。  
「ミク?」  
ミクはちょっと頬を赤らめ、もじもじしながら  
「あのね。わたしも、もうひとくち、いいかな?」  
ますたー。  
「もう一つ、アイスお願いします」  
「お断りだ」  
新聞読んでたマスターは、「もう冬なんだよなあ?」と地域面を見て呟いた。  
…こんなアクシデントの二桁や三桁(!)があったとしても、俺は自制を保ってこれたのだ。  
 
宅急便が送りつけてきた、でかい箱をマスターがどんとテーブルの上に置くと、開封作業に取りかかった。  
中から出てきたのは、プラスチックのでかい箱。  
「マスターどうしたの、ナニコレでかい」  
「お、メイコ。どーよ?」  
「どーよって、そんな胸を張られても反応に困る品よね」  
あ、アイスだ。  
「いやあ、買ってみた俺も実物大のサイズにびっくりだ」  
「業務用とか書いてあるし」  
「なんとそれも4リットル」  
バニラなんですね。  
「また、どんな思いつきなの?」  
「聞いてくれるか。最近カイトが外出のたびにアイスを要請してくるから、  
 いちいち買うのもめんどくさいし、こりゃいっそのこと業務用ででかいやつ買っておけと思ってな。  
 通販サイトで一番大容量のヤツを注文したわけよ」  
「ふぅん」  
「コレなら一ヶ月くらい余裕で保つ気がしないか?」  
「保つかもしれないけど、マスター」  
「ん?」  
「コレ、冷凍庫より大きいわよ? どこに置いておくつもりなの?」  
いただきます。  
「あ”…」  
「ほら」  
「ほんとだなー。冷凍庫がちっさいなー」  
「あ、マスター。どうしたのー?」  
「冷凍庫に何かあるのか?」  
「あら、リン、レン」  
「三分の二くらいなら入るのか? でも、箱が大きいか」  
「いっそのこと、小分けにしてパウチに入れればどうかしら?」  
「おお、その手があったか」  
「ねー、マスター。リビングにあったアイス食べていい?」  
「んー、また後でなー」  
「えー! それだと兄ちゃんに全部食べられちゃうじゃないか!」  
「へ?」  
「そーよ。食べちゃうわよ」  
「すげー勢いで食ってたもんな」  
「ねっ」  
 
マスターが振り返るより速く、「お兄ちゃんっ!?」リビングでミクの悲鳴が上がった。  
スプーン握りしめたカイトが、腹部を押さえてうずくまっている。  
 
「やりやがった」  
 
「ボカロがアイス食べ過ぎで腹痛だなんて、聞いた事が無いわよ!」  
呆れているのか怒っているのか分からない口調で、MEIKOが言った。  
お腹が痛い…。  
俺の部屋はさっきまで全員揃っていたが、「お大事にしてろよ」とマスターがあっさり去ったのを皮切りに、  
見たいTV番組があるからとリンレンが去り、今はMEIKOが怒っている。  
「まったく、お腹押さえながらそれでもアイスを食べようとしていたアンタに驚愕だわ。ありえない」  
ベッド脇のサイドテーブルには正露丸と、水を飲み干したガラスコップがある。  
「ったく」  
MEIKOは言いたい事を言い終えて、一息ついた。  
「なんか欲しいモノとかある?」  
欲しいモノ…。  
俺はうつぶせのまま、ちらっと横目でミクを見た。  
−嫌−  
「アイス欲しい」  
自分でも驚くほど拗ねた声が出て。  
ぼか。  
MEIKOの拳でトドメをさされた。  
 
「お、おかえり。カイトどうしてた?」  
メイコがミクを引き連れてリビングへ戻ると、  
マスターは戸棚にしまってたパウチを取り出して、残ったアイスを詰め直していた。  
「寝てるわよ」  
トドメを刺して来たとは口にしないメイコさんはすらりと答えた。  
「ミクもしばらくほっときなさい」  
そう言ってソファに腰を下ろす。ファッション誌を手にとってページをめくり始めた。  
困ったミクはマスターを見る。  
マスターはアイスをパウチに詰めている。  
ミクはマスターを手伝うことにした。  
ミクが手伝うので作業が早い。  
「んー。やっぱちょっと余ったか」  
マスターが業務用パックの中を覗いて、そう呟いた。ちょうど一塊残っている。  
マスターはミクを見てにこっと笑った。  
「ミクにやろう。手伝ってくれたお駄賃だ」  
ミクはほめられてうれしい。  
けれど、小鉢に盛られた白いバニラアイスを見ていると、別の思いつきが頭をよぎった。  
これ、お兄ちゃんにあげたらどうだろ。  
お兄ちゃんなら。  
『ありがとう…大好きだよ、ミク!』  
えへへ、自然に笑みがこぼれた。  
 
 
時折、見る夢がある。  
それはとても穏やかにはじまる。  
俺のそばにミクが居て、話しているのはたわいもない内容ばかりで。  
だがいつも、時間が来るとミクは行ってしまうのだ。  
そのとき俺は、がむしゃらに時間稼ぎをしようとする時もあるし。  
自分でも分からない言葉を、喚き叫んでいる場合もあるし。  
ただ何もせず、見送る時もある。  
俺の行動はいつも違う。  
けれど、ミクは行ってしまうのだ。  
あの時のように。  
すこし楽になってきたので、仰向けになると、橙色のヘッドライトに照らされた天井だけが目に入る。  
トントン。  
ノック音がして、ガチャとドアが開く。  
「お兄ちゃん?」  
ミクは俺が起きて上体を起こしたのを確認すると、エヘッと笑った。  
後ろ手に何かを隠している。けど、そんなことはどうでもいい。  
「えっと、あのね。おにいちゃん…」  
ミクは俺を見ているが、こんなことがいつまで続いてくれるのか。  
時間が来たら。  
ミクとの距離が近くなる。  
その前に。  
刻みつけてしまおう。彼女の身体に消せない証を。  
ミクを抱きしめ、何かを言おうとしていた唇を塞ぐ。何か硬いモノが床に落ちて音を立てた。  
少し開いた唇を舌で割り深く口づけ、強張った華奢な身体をベッドに押し倒す。  
やり方なら分かってる。  
「力を抜いてね」  
彼女のヘッドギアを取り外し、頬にキスして耳朶に囁く。  
「すぐ終わるから」  
 
 

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