「……おやすみなさい。よい夢を」  
ミルスクレア魔法院、男子寮の一室を模した部屋の中。  
「ま、待ってってば、エスト!」  
出て行こうとするエストに、ルルはとっさにそう叫んだ。  
「その、……もう少しだけ、お話しない?」  
「……早く帰りたいのなら、今日はもう休むべきだと思います」  
「だけど……」  
物言いたげな瞳に見つめられ、エストは小さくため息をついた。  
「……少しだけですよ」  
その言葉に、ルルはホッとした表情を見せた。  
 
距離を明けて二人はベッドに腰掛ける。  
ルルは取り留めの無い話をし、エストはそれを黙って聞いていた。  
「……ルル。そろそろ休んだほうが」  
「でも、あの……」  
再び言葉をつまらせて、ルルはじっとエストを見る。  
「言いたいことがあるならどうぞ。珍しいですね、あなたが躊躇するとは」  
「…………あのね、エスト。い、」  
「い?」  
「一緒に、その、……」  
「……」  
ルルの言葉の続きを想像して、エストは呆れ顔を見せる。  
「まさかとは思いますが、一緒に寝ようなどと言い出すんじゃないでしょうね」  
「ダメ?」  
「駄目に決まってるでしょう」  
「だって、誰もいないから恐いし……」  
「誰もいないなら恐くないと思いますが?」  
「それに寂しいわ?」  
「…………」  
(何と言えば納得してくれるだろう、この人は)  
考えを巡らせるが、こういうときのルルが決して引かないこともエストはよく知っている。  
「…………では、向こうのベッドを使います。それでいいですか」  
「……! うん!」  
ルルはその言葉に顔を輝かせた。  
 
脱いだマントを畳みながら、ルルはここ数日の出来事を思い出していた。  
物語から出てきたような紫の霧。  
呼び出した霧の中に消えていったエスト。  
そして、追いかけてきた自分。  
エストの、辛い過去のこと。  
そのどれにも現実味が無くて、今この場にいることすら不思議に思える。  
 
思いを巡らせていると、エストの声が飛んだ。  
「僕はもう寝ますから、寝る準備が出来たら灯りを消してください」  
「あ……うん、おやすみなさい、エスト!」  
「……おやすみなさい」  
改めて、部屋を見渡す。  
(この部屋で、いつもエストは寝ているのね)  
エストが潜り込んだベッドに目をやる。  
(あっちは、使ってないんだよね。寂しくないのかな?)  
エストのベッドからは既に何の物音もしない。  
睡眠の妨げになってはいけないと、ルルは慌てて灯りを消した。  
 
どれくらい時間が経った頃か。  
ルルはもぞもぞとベッドの中で寝返りを打った。  
まだ体が緊張状態なのか、なかなか眠れずにいた。  
ここに来た時から、ずっと心の奥に何かがある。  
それは明確な形を示しはしないが、確かに存在を主張していて、何かの拍子にフッと心に影を落とす。  
体を起こしてエストのベッドの方を見ると、暗くて見えないが、やっぱり物音はしなかった。  
「エスト、寝ちゃったよね……?」  
小さな声で問いかけてみるが、返事は無い。  
ルルはそっとベッドから抜け出し、部屋を出た。  
 
数分後。  
静かに部屋に戻ってきたルルは、物音を立てないようにそっとエストのベッドに近付いた。  
どうやら布団にすっぽり潜り込んでいるようだ。  
少しの躊躇の後、ルルはエストの布団を捲り、隣に潜り込んだ。  
じっと目を凝らしていると、闇にだんだん目が慣れてきて、  
こちらを向いて眠っているエストの顔がうっすらと見えるようになってきた。  
(あれ?)  
心なしか、その顔が少しずつ歪んでいくようにルルには見える。  
(な、何か恐い夢でも見てるのかな?)  
そのまま見ていると、エストは突然目を開けた。  
「……あなたは一体何をしているんですか」  
「! お、起きてたの!? 起こしちゃった?」  
「自分の布団に入ってこられてなお眠り続けられるような図太い神経は持ち合わせてません」  
本当は眠ってなどいなかったが、抗議の意味も含めてエストは皮肉を飛ばす。  
「……いつまでそうしているつもりですか」  
「えーっと……」  
どうやら出る気がないらしい。  
「帰れなくてもいいんですか。早く自分のベッドで寝てください」  
閉じていた目が、暗闇に慣れていく。  
そしてエストは自分の目を疑うこととなった。  
「な……っ!?」  
目の前で体を横たえているルルは、何故か下着姿だった。  
さすがのエストもこれには動揺を隠せず、うまく口が回らない。  
「ど……っ、な……に……、なんで」  
「あ、あのね、寒いから、一緒に寝たいなって。いいよね?」  
「全く意味がわかりません! 寒いなら服を着ればいいでしょう! 何を考えているんです……!」  
慌てて上体を起こして視線を逸らし、エストは早口でまくし立てる。  
ルルがどんな顔でこちらを見ているかが想像できるだけに、尚更顔が見られなかった。  
「……エストだって脱いでる」  
「これは……っ」  
ルルの指摘どおり、エストの服はベッド脇に綺麗に畳まれている。  
体中に刻まれた刻印が熱を持って言いようの無い不快感をもたらす為、  
せめて少しでも緩和されるようにと最低限のものを残して脱いだのだ。  
どうせ寝坊ばかりのルルより先に起きるのだから、見られる心配は無いと高をくくっていた。  
思えば今日だって、その現場を見られたのだとエストは今さら思い出す。  
「僕は男だから別にいいんです。それより早くベッドから出て服を着てくれませんか」  
「いや……っ」  
その瞬間、ルルはエストに抱きついた。  
 
「ルル……!? な、何してるんですか!」  
回した両手に力が込められる。  
「おまじない!」  
「だ、だから意味がわかりません! は、離れてください」  
エストは慌ててルルを引き剥がそうとするが、ルルはますますエストにしがみつく。  
「いや! 離れない!」  
駄々っ子のように首を振り、エストの胸に顔を埋めてルルは声を上げた。  
ルルの髪がエストの顔を撫でる。  
体が熱かった。それは決して刻印のせいでは無いのだとエストにはわかっていた。  
「……どんなおまじないですか」  
「離れたくない大切な人がいたら、寝るときに、は……裸で、抱き合えって、聞いたもの」  
顔を埋めたままルルは小さな声で呟く。  
(どうせアルバロあたりに吹き込まれたんでしょう。どうしてそんなことを信じられるのか、全く……)  
いつも飄々としている、少女の友人の顔が頭に浮かぶ。  
「別に急に離れたりしないでしょう。明日には帰るんですから」  
小さくため息を吐いて呟くエストに、ルルが素早く言葉を返す。  
「ウソ! エスト、ウソついてる」  
「…………」  
一瞬言葉に詰まったものの、エストはルルの頭に手を置いてその言葉を否定した。  
「嘘じゃありません。ちゃんと帰りますから、とにかく離れてください」  
「じゃあ、目を見て言って……!」  
ルルはうっすらと涙を浮かべ、それでもしっかりとエストを見据えた。  
「私だけ帰るなんていや! エストと離れたくない、もっともっと、エストと一緒にいたいの……」  
まっすぐぶつけられた感情に、エストは動揺を隠せなかった。  
何を言われようと、どんなに食い下がられようと、彼女と一緒に向こうの世界に帰る気など無かった。  
絶望しか持たない自分が、希望に溢れた彼女の未来を奪うなどということがあっていいはずが無かった。  
(いいはずが、無い、のに)  
彼女の手を取ってしまいそうになる自分を必死で抑えていたのに、  
そんな自分の気も知らずに彼女はこちらへと手を差し出してくる。  
「エストは、一緒に帰ってくれないの……?」  
── 一緒に帰ろう、と言えたら。  
溢れそうになるこの思いを伝えられたら、どんなに良かっただろう。  
 
しがみつくルルの肩を両手で掴み、体の位置を入れ替えるようにベッドに倒れこんだ。  
押し倒された、という状況がすぐには飲み込めず、ルルは目を瞬かせてエストをただ見ている。  
数秒後、その体勢の意味に気付いたのか、一瞬で顔を赤らめた。  
エストはそのまま顔をルルに近づける。  
程なくして思わず目を閉じたルルに、柔らかい感触があった。  
それは唇の、ほんの数センチ横だった。  
「……何度も言っていますが、僕は気持ちを素直に言葉にするのは得意ではありませんので」  
態度で示します、と言わんばかりに、そのままエストの唇がルルの首筋に落ちる。  
「ま、待ってエスト!」  
「何ですか? あなたのしようとしていた『おまじない』の意味がようやくわかりましたか?」  
その言葉に、ルルははっと目を見開き、さらに顔を朱に染めた。  
「からかわれたんですよ。何でも疑わずに信じるからこうなるんです」  
そう言って体を起こそうとするエストに、ルルは思い切りしがみついた。  
「だ、だからルル……っ」  
「わかってるもの!」  
今度はエストが目を見開く番だった。  
「エ、エストは私のこと、子ども扱いしすぎだと思う!」  
「………………」  
エストの腕に添えられたルルの両手に、力がこもる。  
自分の中で何かが崩れる音をエストは聞いた。  
 
「……っ!」  
息をつく暇もないほどの口付けに、ルルはただしがみつくことしかできない。  
ほんの少し唇が離れた隙に、抗議の声を上げる。  
「エストっ、──」  
苦しい、と言う前に再び口を塞がれた。  
開いた唇から何かが忍び込んだのに気付き、ルルは不安げにエストを見上げる。  
エストは薄く目を開けてルルを一瞥し、またその瞼をすぐに閉じる。  
口の中を弄られるという未知数な行為に、ルルの思考はついていかない。  
それでも、歯列をゆっくりなぞられると、何か言いようの無い感覚が走るのがわかった。  
 
エストはルルの頬を撫でていた手を徐々に下ろしていく。  
すべすべした肌はとても心地よくて、触れているだけで何故か安心できる気がした。  
その手がやがて布一枚で隔てられた胸へと到達すると、ルルは体を強張らせた。  
「……っ、エスト……?」  
下着の上からそっと触れてみる。  
「え? えっ? ま、待ってエスト……っ」  
「待ちません」  
ルルの哀願をばっさり切り捨て、エストは下着をグッと押し上げる。  
露わになった胸に一瞬息を飲んだが、躊躇うことなく手を宛がった。  
「あ……っ!」  
おそらく羞恥で顔を真っ赤にしているであろうルルが小さく上げた声は  
エストにとっては相当な破壊力だった。  
小さな頂に指が触れるたび、ルルから甘い声が漏れる。  
普段の彼女からはとても想像が付かない姿に、エストの気持ちも昂っていく。  
「や、やだ、エスト……」  
「何が嫌なんですか」  
「だって、恥ずかしい……!」  
「あんな姿で迫ってきた人の台詞とは思えませんね。それにどうせ暗くてよく見えません」  
「そ、そういう問題じゃ……あっ」  
ささやかな抵抗に動じることなく、エストは彼女の胸に手を滑らせ続ける。  
「や、あ、エスト……、っ……!」  
与えられ続けた刺激が少し変わったことに気付き、ルルはさらに驚愕する。  
「や……っ、だ、め……エス、ト……っ」  
温かく、湿った感触。  
エストの指と舌が胸の上を這い回る。  
頂点を摘まれ、口に含まれ、体の奥から湧き上がるような何かをルルは覚えた。  
と同時に、もっと下、ルル自身も触ったことのないような箇所にエストの手が伸びたことにルルは気付かない。  
エストも意を決したように、その箇所に触れる。  
 
「あ……っ! あ、エ、エスト……!?」  
下着越しとは言え、ルルには十分すぎるほど強い刺激だった。  
ルルの口から一際大きな声が上がる。  
「や……ぁ! だ、だめ……、そんな……とこ……っ」  
上へ下へと与えられる快感に、ルルの思考はついていかない。  
胸にあった手が下におりていき、そのまま下着に手をかける。  
「…………!」  
何か言われて抵抗される前にと、エストは素早くルルの下着を下ろしてしまった。  
ルルは驚きすぎて言葉も出ない。  
遮るものが無くなったその場所に、エストは恐る恐る手を伸ばした。  
内腿に手が触れると、ルルの体がビクッと跳ねた。  
そのまま中心には触れず、撫でるように辺りに手を這わせる。  
息を荒げたままルルがエストを見上げると、エストは手はそのままにルルを見つめ返した。  
「……そんな顔しないでください」  
目尻に溜まった涙を指でそっと拭って、再び口付ける。  
そうして、手を少しずつ中心へと伸ばしていった。  
「ん……っ!」  
驚きのあまり思い切り両脚を閉じたルルに、エストは唇を離して呟く。  
「……ルル。足──」  
「だって! ……そんな、……」  
エストが言い切る前にルルは顔を上気させたまま抗議する。  
「あなたが痛がるのを見る趣味は僕には無いので、できれば抵抗しないでもらえるとありがたいんですが」  
「でも、でも……!」  
いつものような口調でさらっと言うエストに、ルルはなお抗おうとするが。  
「怖い思いも痛い思いもできるだけさせたくないので」  
わかってください、と耳元で囁かれて、ルルは今度こそ何も言えなくなってしまった。  
再度唇が落ちてきて、閉じかけたルルの口を割る。  
侵入してくる舌に恐る恐る自分の舌を絡めてみると、すぐさまエストの舌に絡め返された。  
静かな部屋に小さな水音とくぐもった呻き声が響く。  
いつの間にか体の力が抜けていて、エストの手が再びルルの下腹部を這い回っていた。  
「ん……、んぅ……っ!」  
エストの指が敏感な場所に触れ、ルルの体に小さな電流が走る。  
これまで味わったことのない感覚に、ルルは咄嗟にエストにしがみついた。  
唇が離れると、ルルは断続的に嬌声を上げ始める。  
控えめに擦ったりなぞったりしていた指を、蜜が溢れ出したそこへとゆっくり忍ばせる。  
柔らかく蜜を絡めながら、エストの細い指は徐々に飲み込まれていった。  
「や……ぁ、なに……? ……っ!」  
突然の微かな異物感にルルは一瞬体を強張らせたが、他の指が芽を弄りはじめると  
再び小さく声を上げ始めた。  
されていることが、自分から発せられる音がとんでもなく恥ずかしいのに、  
やめて欲しくない、とルルは回らない頭でボンヤリ思う。  
こんなことをするのは初めてなのに、どうしてだろう、ちっとも嫌じゃない。  
そう思ったのも束の間、出入りが繰り返されていた指が知らぬ間に増やされて、  
胸への愛撫が再び始まって、ルルの思考はまた中断させられる。  
 
どれくらいそうしていたのか。  
エストが指を抜いて、ルルの顔をじっと見る。  
「……ルル」  
おぼろげな知識しか持ち合わせていないルルにも、その真剣な表情に  
何か大事なことが始まるのだと悟ることができる。  
「エスト……」  
どうすればいいのかわからなかったが、エストの呼びかけにルルは頷いて、同じように名前を呼んだ。  
暗闇の中、衣擦れの音がやけに響く。  
下着を脱いで再びルルに向き直ったエストは、そのまま脚を抱え上げた。  
なにか熱いものが触れている、と思った瞬間、その箇所に押し当てられたものが  
入ってくる感触が直に伝わってきた。  
「っ!!」  
思わず息を飲んだルルを見て、エストはすぐさま動きを止める。  
「ルル……力を抜いて」  
「ぅ……」  
胸を上下させて呼吸するルルを見やり、シーツを握り締めた手に自分の手を添える。  
ルルが少し落ち着いたのを確認して、エストはもう少し、とゆっくり腰を進める。  
「あ…………!」  
ルルの顔が歪んだのが見えて、エストは慌てて自分のものを引き抜こうとした。  
「エスト……」  
ルルの呼びかけに、エストは急いたように言葉を吐き出す。  
「すみません、ルル。やっぱりやめましょう」  
「え? あの、エスト……?」  
その言葉に、ルルはこの行為がまだ終わっていないことを知る。  
「我慢しなくてもいい。痛いでしょう?」  
「……大丈夫! だから、続けて?」  
「でも、その……」  
これまでの立場が逆になったかのようだった。  
「あなたに辛い思いをさせるわけには……」  
──これ以上、ルルを傷つけるわけにはいかない。  
そう思うエストと。  
「これくらい、大丈夫! だから、やめないで……」  
──エストを、ここで離しちゃだめだ。  
そう思うルルと。  
意見がぶつかれば、勝つのはいつも決まっていた。  
「……痛い時は痛いと言ってください」  
ルルは微笑んで、大きく頷いた。  
 
時間をかけてゆっくりゆっくり、エストは腰を進めた。  
ルルが少しでも痛そうな素振りを見せればその都度動くのを止め、  
それでも最後、拒む内を押し広げられてルルはエストの手を強く掴んだ。  
「……大丈夫ですか」  
「……大丈夫だもん」  
何度目かわからないエストの問いかけに、ルルは同じ答えを返す。  
エストの指がルルの髪を梳けば、ルルは暗闇でもおぼろげに認識できるエストの刻印をなぞる。  
これ以上ない程の近い距離でお互いの体に触れ、慈しむ行為は、ルルの一言によって遮られることとなった。  
「あの、あのね、エスト」  
エストは黙って続きを待ったが、ルルは頬を染めて口を閉ざしている。  
(これって、どうしたら終わりってことになるのかな?)  
そんな疑問を口にしてよいものか考えあぐねていたのだが、エストはそんなこと知る由もない。  
置かれた状況を鑑みて、ルルの言わんとしていることを汲み取った、つもりだった。  
 
「ルル」  
小さく呼ばれて、そのまま口付けられる。  
舌を差し込んでも、少し慣れてきたのか、ルルに抵抗の様子は見られない。  
口内を弄りながら、エストは腰を少し引いて、そのまま押し込んでみる。  
「……んっ!」  
重ねた唇から声が漏れたが、先程までのように苦痛のみを感じさせるものでは無かった。  
ルルの様子を伺いながら、エストはだんだん腰を動かしていった。  
「あ、あ、エス、トっ」  
振動に耐えるべくシーツを掴んだルルの手にエストが手を重ねると、指を絡め取られた。  
もう片方の手で、再び胸を弄る。  
「やあっ、あっ、も……っ、あっ」  
意味を成さないルルの言葉が、ベッドの軋む音やシーツの衣擦れの音にかき消される。  
鈍い痛み、小指ほどの快感や押し寄せる圧迫感、いろんな感覚、いろんな感情が渦巻いて  
ルルはただエストに身を任せるままになっていた。  
それでも、エストが根気よくルルを待っていてくれたおかげか、しばらくすると  
エストの様子を伺う余裕が出てきた。  
 
薄く目を開けると、さっきまで涼しい顔をしていたエストの表情が少し苦しそうに見えた。  
エストらしからぬ荒い息遣いと、うわごとのように繰り返される「ルル」という紛れもない自分の名前。  
(えっ? も、もしかしてエストも痛いのかな?)  
額にうっすら汗を滲ませて、絡めた指にも一層力が入る。  
「……っ、ルル…………、くっ、う……ルル……っ」  
「エ、エスト! エストっ!!」  
慌てて開いている手でエストの肩を叩くと、息を荒げたままエストはルルに睨むように視線を送る。  
「あ、あの、……エスト?」  
「……なんですか」  
「ど、どこか痛い……? なんだか苦しそうだわ」  
「………………」  
意識を手放しそうな、まさに終息に向かう直前で突然止められて、エストは深いため息をついた。  
脱力したエストにルルが慌てて侘びようとすると、エストは突然笑いだした。  
「……、全く、あなたという人は」  
何故笑われたのか、そもそも具合が悪くなったのかどうかもわからないルルはきょとんとしていたが、  
エストに耳元で囁かれ、再度顔を赤らめた。  
「いいから、少し黙っていてください」  
そのまま、また激しい律動が始まった。  
エストの動きはさらに激しさを増し、ルルはまたもエストに必死でしがみつく。  
一つだけ、エストの真似をしながら。  
「エスト……っ、エス、トっ……!」  
「…………ルル…………!」  
互いに名を呼び合うと、距離がさらに縮まった気がした。  
そして、エストは小さくルルの名を呼んで、腰を引いた。  
ルルの中から引き抜かれたものが、最後にルルの腿に精を放つ。  
それが終わりの合図だった。  
 
しばらく、二人とも無言だった。  
息が整うと、エストは無言のまま放心状態のルルの後始末をし始める。  
「……すみません、ルル。痛かったでしょう」  
「わ、私なら大丈夫だから! それより、私の方こそ、ごめんなさい……」  
「……どのことについてですか」  
「う……、その、いろいろと……」  
「まあ、元はと言えば迫ってきたのはあなたでしたね」  
言葉はいつものエストだが、その表情は柔らかい。  
「とにかく、帰ったらまず風呂に入ることをお勧めします」  
ルルの体を拭き終えて、エストは自分の服に手を伸ばす。  
「あ、待ってエスト」  
次の言葉を待っていたエストに、ルルは満面の笑みで問いかける。  
「今日はこのまま寝ない?」  
「この期に及んで何を言ってるんですか。もう目的は果たしたでしょう」  
「でも、まだ寝てないし……」  
おぼろげな記憶からルルの言葉を引っ張り出す。  
『離れたくない大切な人がいたら、寝るときに、は……裸で、抱き合えって』  
(寝るとき、ですか)  
もしかしたらルルは本当にその意味をわかっていなかったのかもしれない。  
今さら、だが。  
「……仕方ありませんね。ずっと枕元でぶつぶつ言われても困りますし」  
「えへへっ。エスト大好き!」  
「ま、待ってください! 飛びつく前にせめて下着だけは……っ」  
決めたはずの心が揺れる前に、これ以上は自制しなければいけない。  
──本当は揺れているのに気づかないふりをしているだけなのかもしれない。  
大切に思えば思うほど、手放せなくなるのだから。  
 
エストに言われたとおり下着を身に着けて、ルルはエストの隣に潜り込む。  
「おまじない、効くかな?」  
「……さあ、どうでしょうね」  
「きっと効くわ! だって明日は一緒に帰るんだもの!」  
そう言って、エストに体を寄せて目を閉じたルルの頭をエストは優しく撫でた。  
「……効くと、いいですね」  
エストの漏らした小さな一言は、眠りに落ちたルルの耳には届かなかった──。  
 
***  
 
試験から数日後。  
「エースト! エストエストっ」  
「っ! ……背後からいきなり飛びつくなといつも言っているでしょう!」  
日が暮れかかったミルスクレア魔法院の門の外、寮へと続く道には  
試験前と何ら変わらない二人の声が響いていた。  
変わったことと言えば、ルルが属性持ちになったことと、二人の関係が少し──といったところである。  
「一緒に帰りましょ!」  
「……断っても付いてくるんでしょう」  
しぶしぶ、という様子のわりに声は嫌がってはいない。  
手を引かれ、今にも走り出しそうなルルに必死で抵抗していると、聞きなれた声がした。  
「ルル、エスト。今帰りデスか?」  
「ビラール! そうなの、ビラールも帰るところ?」  
「フフ、この様子を見ると、うまくいったようデスね」  
ルルはビラールのもとに駆け寄り、エストには聞こえない音量で何かを話し始めた。  
二言三言、言葉を交わして、「ワタシはお先ニ」とビラールは立ち去ろうとする。  
そして、思い出したかのように振り返ってエストに言った。  
「ああ、エスト、心配しないでくだサイ。エストに内緒の話じゃナイ。『絆』の話」  
「絆、ですか?」  
突然のビラールの言葉に不思議そうな顔をしていたエストは、急に何かに気付いたように顔を上げた。  
「……あなただったんですか、ルルにヘンなことを吹き込んだのは……」  
「ヘンなコト、違う。大事なコト」  
「そうかもしれませんが、おかげで僕は大変な目に合ったんです」  
「大変、デスか。どんなコトでしょう?」  
「…………」  
「ルルに、聞かれまシタ。エストと離れたくナイと。だから、ファランバルドではどうするカ、  
教えまシタ。絆を結ぶのダ、と」  
「……………………」  
「具体的に教えて欲シイ、と言われタので、説明したのデスが……」  
「……ああもういいです!」  
顔を少し赤らめて、エストは寮に向かって早足で歩き出す。  
「あれ? あっ、エスト待って──」  
慌ててルルが追いかけるのを、ビラールは微笑みながら見送った。  
 
「ルル。これからはアルバロだけでなく、ビラールの言うことも素直に信じないようにしてください」  
「えっ? どうしたのエスト?」  
「あなたは素直に人を信じすぎる。振り回されるこちらの身にもなってください」  
「なんだかわからないけど、ごめんなさい」  
弱々しく呟くと、ルルは小さくなって頭を下げる。  
「……もういいです。それよりルル、夕食後の予定は?」  
「! 何も! 何も無いわ、エスト!」  
途端に顔を輝かせ、今にも飛びつかん勢いでエストに詰め寄る。  
「では、夕食後に会いましょう。自習室で待っていますので」  
「じ、自習室……?」  
「何か不満ですか?」  
「その、せっかく授業以外で会えるんだし、勉強以外のお話にしない?」  
「……あなたには教えたいことが山ほどありますので。覚悟してください」  
「……エスト? なんだか目が笑っていない気がするわ……!」  
怯えるルルの手を取って、エストは歩き出す。  
「あ、じゃあ、頑張ったらご褒美が欲しいな!」  
「…………検討します」  
「じゃあ、まず先払いで!」  
「何を言っているのか僕には理解できません」  
「だって、今日はまだエストに好きって言われてないもの……」  
「な、何を言ってるんですか! 毎日言うなんて約束した覚えはありません!」  
「…………エストのケチ」  
「……………………ああもう!」  
口を尖らせるルルを抱き寄せる。  
「とりあえず、これで我慢してください」  
すぐに離れようとするエストを逃がすまいと、ルルは強くエストを抱き締め返した。  
「エスト、大好きよ! これからも絶対絶対、離さないんだから!」  
 

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