月が、とても明るいと思った。
「昼は真夏、夜は真冬のよう…」
砂漠の気候は昼夜の温度差が大きい。
そのためだろう。昼は景色が陽炎にゆらめくのとは対称的に、月がこんなにもくっきりと輝いているのは。
この世界で「神」と呼ばれる少女は、かたわらで眠っているちいさな機械にかけられた布をなおしてやる。自分のいた世界では考えられないことだが、この世界では機械にも生命があり、意思もある。少女が「プラ」と名づけたこの機械は、彼女の友達だった。
「おい……」
寒さを避けるために絶やさないようにしている焚き火の向こうから、ふいに不機嫌そうな声がかけられた。
「はい? 」
「お前じゃない、こいつだ」
不機嫌そうな声の主、レオが、傍らのやや小柄な少年の足を軽く蹴る。
「火の番もろくに出来ないのか……」
交代時間前に無防備に寝入ってしまったその太平楽な寝顔が余計に気に入らなかったらしく、本格的に起こそうと手を伸ばしかけるのを、少女は慌てて止めた。
「あの! ……それでしたら私がきちんとしますので」
レオが不機嫌そうに睨み返す。
「私では…いけない理由もないでしょう? 」
何が気に障ったのかと不思議に思い、少女はレオを見つめる。
レオは、さらに不機嫌そうに眉をしかめた。
「レオさん……あの…」
「ただでさえお前は体力がないんだ、さっさと寝ろ」
少女の言葉をさえぎって、つっけんどんに言って返した。
体を起こして、座りなおしたところを見ると、どうやら変わってくれるつもりらしい。
「でも、レオさんはまだあまり眠っていらっしゃらないし…」
「構わないから、寝ろ」
厳しく命じる声からは、逆にあたたかさが感じられて、少女は申し訳なく思いながら、別の感情も感じていた。
今はぐっすりと眠っているもう一人の少年には感じない感情。
彼は、まるで弟のようで、そしてとても優しいから、弱音をはくまい、心配をかけるまいといつも思ってしまう。
弱音を吐いたら、一生懸命に守ってくれている彼を傷つけてしまう気がして。
けれど本当は、誰かに甘えたかった。弱音を吐いて、なぐさめて欲しかった。
「でも……眠れないんです」
彼は、なんと応えるだろうか。
「月が明るくて……眠れないんです」
言葉にしたら、胸の奥が切なく痛んだ。
月が明るくて、でもそれはとてもとても冷たい光で、寂しさが込み上げて来る。
レオは、困惑したように沈黙している。
「レオさん……眠れないんです」
甘えるなと叱りつけられるかもしれない。けれど、叱られても良かった。
そうすれば、その言葉の裏の優しさに少しだけでもあたためてもらえる。
「レオ…さん……」
レオは、少女の顔を見つめたまま、何も言わない。
「わかりました……泣き言を言ってごめんなさい」
しばらく続いた沈黙。少女は大人しく横になることにした。そうするしかなかった。
そうしても眠れないことは分かっていたけれど、これ以上困らせてはいけないと思ったから。
焚き火の向こうから、ため息が聞こえる。
呆れられただろうか。仕方がない。ずっと迷惑ばかりかけているのだ。
一緒にいてくれて、なんだかんだと理由をつけながら守ってくれる。それ以上を望んだ自分が悪い。
レオが立ち上がった気配がした。
そのまま、動かない。
ひょっとして、愛想をつかしてどこかに行ってしまうのだろうか。そんな考えが少女の胸を痛ませる。
砂を踏む足音が、一度。
二度、三度…。
遠ざかっていくと思った足音が、予想に反して近づいてくる。
「え……?」
間近く感じる気配に目を開けると、レオが枕元に腰を下ろそうとしているところで。
慌てて体を起こそうとした少女の肩を抑えて、レオは少女を胸に抱きとめた。
「あ…あの…」
耳元に聞こえる心臓の音。肩に回された腕が温かい。
「寝たふりではなく、きちんと寝ろ。気になって仕方ない」
抑揚のない声には、なんの感情も読み取れない。
ただ、とぎれることなく聞こえる鼓動があたたかい。
少女は、力を抜いてレオに寄りかかっていた。
「ありがとうございます……レオさん」
そう言って顔をあげると、レオがほんの少し笑った気がした。
本当に今笑っただろうかと見ていると、視界がふいに暗くなる。
まぶたに、やわらかいものが触れて離れていった。
「……っ…」
何を…されたんだろうと呆然とする少女に、レオは言った。
「いいから、眠れと言ってるだろう」
「はい」
抱きしめる腕の力が強くなった気がした。
少女は、この世界に来て初めて、心から安心して眠りについた。
ひとりの少年に守られて。
=終=