いつのまにかほどけてしまった髪が、少女自身の汗ばんだ細い腕にはりついている。
喉や鎖骨に口付けをする度に、ゆるく首を振ってちいさく声をもらすその姿はレオに、「蜘蛛の糸」にからめとられた蝶を連想させた。
かわいいと思うと同時に嗜虐心をくすぐられるが、いたぶるような真似はすまい。
その身をつけ狙われる生活の過酷さに疲れきってすがってきた体を痛めつけたからといって、何を得られるわけでもない。
信じられないほど白い肌。どこか遠い国のやわらかな日差しを思い起こさせるような甘い香りがうなじから。
女の体からは良い香りがするとはよく言われることだが、こんなやさしい香りのする女は他にいないだろう。
たどる指にしっとりとすいつくようなきめの細かい肌。その下には、この世界でただそこだけに「赤い血」が流れている。
「神……」
呼びかけに、うっすらと目を開ける。
潤んだそこから、涙が一粒ころがり落ちた。
悲しいから泣くのか、体が熱いから泣くのかは聞かない。きっと本人も分からないだろうから。
ただ、涙の伝った跡を軽く吸う。甘く感じるのは血の色のせいなのだろうか。
唇を合わせ、深く味わえばさらに甘く。その甘さが夢か現か分からなくなって、気付けば貪るようなくちづけになっていた。
細い骨格。決して肉付きが良いとは言えない貧弱な体。
それでも、触れていて心地よいと思う。
心のおもむくままに、指を、手のひらを這わせる。
くちづけから開放された唇は、赤く腫れて、きれぎれに声をこぼしていた。
かすかに浮いて見える肋骨を一本ずつ指でたどり、形の良い胸を、ゆっくりと手のひらでたどる。ちいさく存在を主張する花芽をそっと口に含む。
「レオ……さんっ」
少女の声が一段と高くなる。
ゆっくりと舌を動かすと、少女の体がちいさく跳ねた。
「あっ……んっ」
みじろいでも受け流せない感覚に戸惑っているのだろう。殺せない嬌声を恥じて少女はおのれの指を口に含んだ。
レオがそこを吸うと、こらえきれない声を抑えようと体が強張るのが伝わってくる。
「よせっ……」
慌てて手首を捕らえると、細い指にうっすらと血がにじんでいる。
「でも……」
感じやすさと貞淑さ。
裸身を晒させられても、組み敷かれても嫌がったりしないのに、己の体の熱は恥じる素直な少女。
「声を……聞きたいと言ってやればいいのか?」
うっすらと紅潮していた少女の頬が、赤みをました。
「あなたにそんな風に言われると…困りますわ」
甘くかすれたこえが、少し笑う。
「なぜだ?」
「夢のようで……」
夢なのかも知れなかった。レオ自身が、「夢のような」ことだと思うのだから。
初めて抱こうとしている少女が、「神」という唯一の存在であること。
肌を重ねあっている互いが、現実を感じられない。
「……夢か」
それなら、酔ってしまおうと思う。酔わせてやりたいと思う。
今、自分を抱いている男すらも、最後の時には己の願いのために牙をむくかもしれない現実を、少女に思い出させないように。
自分自身、選ばなければならない未来を今だけでも忘れるために。
「神……愛して…いる」
「……はい」
夢の中での睦言だ。それが現実に守られなくとも「神」は誰をも罰すまい。
手のひらで、指で、レオは少女の肌の全てに触れた。
指先を甘噛みし、やわらかい肌にくちづけて、その証を残した。
胎内に包み込まれて、熱さを伝えた。
悲鳴のような声を、自分だけのものにした。
誰にも、渡したくない。この少女を誰にも。そう思いながら、少女を責めた。
背中に立てられる爪さえも、その痛みさえも、求めてやまない。
想いを注がれて、少女がひときわ高く鳴いた。
腕の中の少女。
焦点の合わない目が、ゆっくりとレオを見つめる。
「キス……してください」
求められるままくちづけて抱きしめた。少女の白い腕も、抱き返す。
寄り添う二人の体には、少女の長い髪が絡みつくようにはりついていた。
−了−