「この時が、来なければ良かったのに」
黒き血の賢者は黒き血の人を愛し、機械の賢者は赤き血の神を愛し、赤き血の賢者は機械と黒き血の人間を愛す。
黒き血の賢者は、愛するものを得る未来を見た。そして、その者を失う未来を見た怒りから、黒き血の人間たちに赤き血の神への憎しみを芽生えさせた。
機械の賢者は、おのれの目であり手足である機械たちを使って愛するものを探し続け、やがて愛する者を得られない怒りから黒き血の人間への憎しみを機械に植えつけた。
赤き血の賢者は、ただ見ていた。
二千年の時が積もっていく。
定められた時が訪れる。
※※※
粗末な寝台が、絶え間なく軋んだ音を立てる。
そのリズムと同じくして、体を揺さぶられ続けている麗人の唇が嬌声を上げた。
陶磁器のごとき白い肌に、汗の珠が浮き、ふっくらとした胸の頂は赤く存在を主張している。
無骨な指に腰骨を掴まれ、何度も何度も揺すり上げられる。
しなやかな背中が弓なりに反り、黒髪が敷布の上で鮮やかに乱れた。
「やあっ…!あああっ!!」
抑えることを忘れた声が、男の鼓膜から侵入して脳髄を刺激する。
強くなった突き上げに胎の奥を抉られて、迎えた高み。
男はまだ果てていない。
高みを迎えて感度を増したそこへ、一層容赦のない注挿を繰り返す。
閨房で行われるそれは、営みを超えて責め苦。
「アルっ……ア…ル……」
切れ切れの声が情人の名を繰り返した。
「……スゲ……いいよ、ヨキ」
「……あっ……ああンっ……」
男は片腕で麗人の腰を深く抱き、片方の手を乳房に伸ばす。
赤く腫れた頂を手のひらで押しつぶすようにすると、内部の締め付けが強くなった。
「ヨキ、イっていい…よな?」
「……も……い…加減にっ……いけ……っ!」
募る刺激に耐え切れなくなった麗人の頬に、涙が伝っていた。
淫らがましさよりも、男の中で愛しさが勝り、欲情に拍車がかかるよう。
男を待たずに再び麗人が、一人高みを極める。
今までで一番の締め付けと熱さに、やがて男は遂情した。
※※※
ヨキは、軋む体をゆっくりと寝台に起こした。
かたわらでしあわせそうに眠っているアルを見て、ほほ笑む。
「随分と手荒に扱ってくれたものだな」
まだ汗ばんでいる黒髪に指をくぐらせてゆっくりと梳くと、アルの移り香がしたような気がする。
「お前にも、私の香が残っているといいが」
野性味の中に、端正さをのぞかせるアルの頬の線に指をすべらせた。
いつの間に、こんなにも男になっていたのだろう。
ずっと、ずっと待っていた。
生まれてくることを。出会うことを。想いを向けられる時を。
盗むように口づけると、ふとよぎるのは未来への既視感。
何度も生まれ変わる賢者のさだめの中で、一人だけあたえられた愛しい者。
特別な役割を与えられた魂は、ただ一度しか生まれては来ない。
出会った瞬間から、別れは始まっている。
それでも、愛することを定められているのなら、愛さなければ時は動かないのだ。
「ん……ヨキ……?」
ぼんやりと目を開けたアルが、頬を撫でていたヨキの手をとる。
「まだ夜明けまで時間はある。もう少し寝ていろ」
目覚めきっていないその様子がほほ笑ましく、ヨキはちいさく笑った。
「じゃあ、ヨキも一緒に寝ようぜ……」
伸ばされた腕にあらがわず身を任せて、抱擁を受け入れる。
アルは、ヨキの温もりに眠気を誘われたのか、またすぐに眠りに落ちていった。
「まだ……時間はある。もう少し……」
愛しい男の腕の中で、ヨキは祈るようにつぶやいていた。
運命の歯車が加速しはじめるまで、まだ、もう少しだけ……。
※※※
見えていた現在。
護神像に選ばれたアル。
見えてしまった未来。
赤き血の神の訪れと少年の慟哭、そして希望。
その先に、もうアルの姿はない。
ヨキは、アルの腕の中で一人泣いた。アルのいない未来で一人泣きたくはなかったから。
泣くことの出来ない賢者としての己の未来のために、今、泣いた。
失う時に近づいていくことが定められているのなら、今、この瞬間さえもふいに呪わしい。
「この時が、来なければ良かったのに」
切ないつぶやきを聞くものは、誰もいない……。
時の砂が積もっていく。ヨキは、その重みに押しつぶされる自分を見た。
<了>