「あおいうさぎ」  
 
焚き火を離れて、二人きりになる。  
月くらいしか見るものはないけれど、一緒にいられればそれだけでいい。  
隣り合って敷物に座る。肩を抱き寄せられて、素直にもたれかかる。  
「静かですね……」  
「夜は機械も眠ってるんだそうだ。そうでなければ、さすがに野宿など出来ないからな」  
耳元で聞こえる少年の声は、心地よくかすれていていつまでも聞いていたくなるような声。  
肩を抱いて、そのまま少女の髪を玩んでいた少年の手に、少女はそっと自分の手を重ねる。  
応えるように絡められる指。  
どちらからともなく、くちづけを交わした。  
少年の唇は、乾いていて、熱くて。  
少女の唇は、やわらかくて、少し冷たくて。  
「寒くないか?」  
「少し……涼しい気はします」  
寒いといったら、戻るというだろう。でも、寒くないといったら……  
「じゃあ、こうしてろ」  
こんな風には甘やかしてはくれない人だ。  
強く引き寄せられて、胸の中に抱きしめられる。  
無駄なく鍛えられた肉体を感じて、少し鼓動が早くなる。  
上目遣いに盗み見るとこちらを見ていて、額に軽く接吻をくれた。  
頬が熱くなる。砂漠の剣士は淡白な顔をして大胆だと思う。  
心の底から、好きだと思った。好かれていることを、素直に信じられると思った。  
安心した少女の気配が肌を通して伝わってきて、少年は目を細めた。  
華奢で、白くて、この世界で生きるにはひ弱に見える少女の、内側のしなやかな強さ。  
それが、今腕の中にあるのだ。  
苦痛しかなかった世界から救い出してくれた少女。そして、解放された心で見た彼女は、とてもまぶしく見えた。  
 
「こんな夜には……月のうさぎが私たちを見てどう思うかしら?」  
少女はふとそんなことを思う。  
「ウサギ?」  
何気ないその言葉に、怪訝そうな少年の声が返る。  
「それは……なんだ?」  
「あ……」  
少女はいまさら気付く。ここは、「異世界」。  
そして、もうひとつ。  
……月に、うさぎが、いる。  
見上げた月は、見慣れた月と変わらない。  
うさぎが餅をつく、かぐや姫の帰る月だ。  
外国ならば、月の中の影の形は違って見えるはずなのだ。  
それでは、少なくともここは日本なのだろうか。  
「どうかしたのか?」  
心配そうに覗き込んでくる少年に、少女は我に帰る。  
「いえ……ただ、月が……」  
少女は、そこでふと言葉を途切れさせた。  
きっと、言っても分からない。それは、仕方のないこと。  
「……月には、うさぎというさびしがり屋の生き物がいるんです。……寂しいと死んでしまう……」  
ただ、胸に落ちてきた寂しさだけ、分かってもらえればそれでいい。  
「じゃあ、あんたは……そのウサギなんだな」  
頬をそっとなでられて、いつの間にか涙がこぼれていたことに気付いた。  
やさしいくちづけと、なだめるように背をさする手のひら。  
 
忘れて…しまおう。余計なことは全部。  
「抱いて……ください」  
「そのつもりだ」  
今は、この温もりに甘えていよう。  
この世界がどこなのか。この少年と、いつまで一緒にいられるのか。全てはいつか答えが出るはず。  
ただひとつ、今の少女が持っている答え。  
それは、少年が好きだという、気持ち。  
「……好きだ」  
そして、少年がくれる想い。  
何もかも違う世界で、月と人の温もりだけは変わらない。  
それが、少女の「運命」。  
 
《終》  
 

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