日も暮れかけて、そろそろ眠る場所をと探していると、砂の海の中に朽ちかけた建物を見つけた。  
シオ君が嬉しそうに振り向く。  
「神様、もしかしたらベッドで寝れるかもしんねす!」  
 シオ君の説明によると、その建物は廃棄された村の跡らしく上手くすれば日常用品もそのまま  
残っているのだという。  
 中にはいってみると、天井に大きく穴が開いていて層になっている階全てに砂が積もっていた。  
 住んでいた人がここを捨てたのは建物の寿命ではなく、純粋に機械に襲われたせいなのだろう。  
欠けた食器やくたびれた布、生活の抜け殻はそこかしこにあって、壊れた人形を拾った時、少し考  
えることがあった。  
 大事な物を置き忘れて、持ち主の子供はここに戻りたかっただろうか。   
 思いがけず引き離されて、淋しくて帰りたかっただろうか。  
「…………私がそうだからって、人の気持ちまではかってはいけませんよね……」  
 裂けた人形の胸から、入り込んでいたらしい砂がサラサラ零れた。  
 その時、別行動で探検していたシオ君の声が壁の向こうから飛んできた。  
「神様、すげいす! 風呂が使えるすよ!」  
 声の方にいくと、湯気が出ている部屋があった。中をのぞくと平たい石を敷いた床の向こうに大  
浴場ほどもある大きい浴槽と、背中を向けているシオ君を見つける。  
「シオ君。お風呂ですか?」  
「いま水で埃やら砂やらを流してるとこす。地下水は予想してたすけど、ポンプも何も無事なまま  
なんて、珍しいすよ」  
 説明してくれるシオ君の隣で、髪を抑えてかがみこむ。  
 浴槽は石を積みあげてその隙間を土で埋めたものらしい。順調にポンプ(蛇口…?)からほとば  
しる水は、底にたまっては浴槽の壁にあいた穴から流れていく。濁っていた水が澄んだものに変わ  
ると、重そうな石を持ったシオ君が穴をふさぐ。それはぴったりのサイズで、水はゆっくり溜まり  
始めた。  
 体が洗えるということが無条件に嬉しかった。食料は見つからなかったけれど、布を探し集めて  
きて、広場のようなところに寝床を作ったころ、浴槽はいっぱいになった。  
「それじゃ、もしもがないようもれが見張ってるすね。ゆっくりおはいりください」  
 シオ君が普通のテンションで言う。  
「一緒に入りませんか? お風呂はとても広いですし」  
「えっ!」  
 
 見る間に顔を真っ赤にして、彼は首を横に振る。  
「そんな、恐れ多いす。もれは後からでいいす」  
 その仕草が可愛らしくて、普段しっかりしたところを見ているだけにその落差は胸を衝くものが  
あった。明らかにシオ君は恥かしがっているだけで、断る台詞も小声である。  
 アールマティが、浮かびながら目の前を横切り浴室に入っていく。  
「ほら、シオ君も……ね?」  
 お願いすると、今だ顔を赤く染めながら照れたように一回頷いた。  
 
 
 制服は濡れないように、端にあった棚にスカートと一緒に畳んで置いた。プリーツのひだやセー  
ラーの襟からは、はたき落としたと思っていた砂が零れ落ちて、砂漠の怖さというのを少し理解す  
る。髪にも砂が混ざっているだろうから洗ってしまいたいのだが、その後で丁寧に乾かせる場所に  
は心当たりがない。  
 お湯は丁度良くて、肩までつかったときに自然小さく息を吐いた。  
「暖かいですね」  
 湯気の向こうで壁を向いているシオ君に声をかける。  
「そ、そうすか。よかったす」  
「…どうしてそっちを向いているのですか?」  
 オレンジ色の髪だけが湯の上に浮かんでいる。それでも、はっきりシオ君が固まったのがわかっ  
た。パシャンと水の跳ねる音をさせたきり静かになる。  
 不思議に思って傍に近寄り、その華奢な背中に手を触れる。  
「シオ君?」  
「か、神様……その……なんかもれ、体がおかしくって」  
 シオ君は首だけ動かして振りかえった。切れ切れの声には哀願にも似た響きが、赤くした顔には、  
焦ってるような困ってるような表情を浮かべている。水面下では、まだ幼いその体を小さく縮めて  
いるようだった。  
「具合がお悪いのですか?」  
「具合というか」  
 私は体をこちらに向けてもらう。  
 緊張したようにまっすぐ伸びた上体。体育すわりのように両足を軽く交差させている。見ただけ  
では怪我などはなく、もしかしたら内臓かなにかかもしれない。不思議に思って肌に触れた。  
 
「……っわ…」  
 その途端、電気が走ったようにシオ君は体勢を崩した。びっくりして自分の手を見て、それから、  
「――あ」  
一気に自分の顔が熱くなった。  
 シオ君の体の変化というのは、つまり、その、いわゆる、性的な秘部の変化だったのだ。  
 ささやかながらも主張をはじめているそれを目にして、私は頭が真っ白になってしまった。  
「な、なんかもれ、神様がお脱ぎになってから、その、ずっと」  
 シオ君が泣きそうな目を伏せている。  
「いえ、私も気づかなくて――その、シオ君もそんなお年、でした、ね」  
 私自身の発育が遅かったせいか、そういうことをまったく考えていなかった。向き合いながら一緒  
になって顔を俯けるものの、結局距離が近いのでお互いの肌ばかりが目に入る。天井に穴が開いてい  
て湯気が抜けていくのに、へんに熱がこもっている。  
 とりあえず思いきって立ち直り、私は手を伸ばしてシオ君の体を引っ張って浴槽の縁に座っても  
らった。  
「神様…どうするすか…?」  
「とにかくこのままではいられませんから……私も知識だけなのですが……」  
 シオ君の方を窺いながら、私はそっとシオ君の両足の間に手を伸ばす。触れると、彼の体に力が  
入ったのがわかった。  
「声……出しても構いませんから」  
「…っは……神様…こゆの、慣れてらっしゃる……すか…」  
「いいえ、はじめて……です」  
 指の先で軽く挟んで撫でる、それだけを動かすにも急に関節がぎこちなくなっていた。両手で全体を  
くるむと少し余る。マユはこういう話のときにどうやるものだと言っていただろうか、記憶を必死で  
探った。口で、と言っていた気がする。  
 唇を舌で湿らせて、顔を近づける。先のほうにキスをして心の準備をすまし、まだ幼いそれを傷つけ  
ないように含んだ。それだけではいけない気がして、恐る恐る舌を這わせるけれど、これがいいのかも  
よくわからない。  
 シオ君は時折息を詰め、休むように息を吐き、目を合わせると恥ずかしそうにまぶたを閉じた。  
「ん……っ……ぅ…」  
 
 浴槽の縁を掴んでいたシオ君の手が滑り、水の中に飛び込むまえになんとか私の肩を支えにしてそれ  
を防ぐ。途切れそうに苦しい呼吸が近くなる。  
「かみ、さ……ま、……」  
 呼ぶ声に顔を上向けるようとする前、私の髪にシオ君の指が入れられたのがわかる。そのまま梳かす  
ように撫でられて、唐突に胸の中がなにかで満たされるのがわかった。お湯のせいではなくて温かくて、  
体ではなくてもっと別のなにか。  
 シオ君はそのまま口の中で射精した。  
 
=  
 
「神様……申し訳ないす」  
 私はのぼせた体を横たえて、シオ君がどこかから見つけてきた扇で送ってくれる風をぼんやりしたま  
ま受けていた。どうも夢中になりすぎて、時間をすっかり忘れていたようだ。それだけなのだけれど、  
シオ君はなんだか自分のせいだと思っているらしい。確かに反応するのが遅くて少し飲んでしまったけ  
れど、決してそれでおかしくなったりしない……と思う。  
 保健の授業はそこまで深く話をしてくれないので、わからないけれど。  
「シオ君、手……にぎってください」  
「は、はい」  
 まだ小さい、柔らかい手が右手に触れる。迷うように指が行き来して、指を絡めてくれた。  
 交差する指にきゅっと力をこめると、今にも死にそうな顔をしていたシオ君が目を大きくしてそれから  
微笑えむ。  
 
 私にはまだ、これくらいからはじめる方が嬉しい。  
 
 最初は、天井から開いた穴から風が吹き込んできたと思った。  
 それがすぐに人だとわかり、はためく布の間から見知った顔が覗くと、知らず知らずに体が強張るの  
がわかった。  
「ふん――神がなぜ倒れている?」  
 それは、……カーヘ(多分)さんとかいう防人の方だった。  
「神様はのぼせてるだけすよ。カーフこそ何しにきたすか」  
 私と豆腐さん(聞こえなかった)の間に入り込むようにシオ君が立つ。そばには、たっぷり入浴して  
水滴のついたアールマティが。  
 リーフさん(ry)は背後に控えた護神像をアゴで示す。  
「空を見回っていれば、不自然に明かりのついたところがある。入ってみればこの有様だ」  
「不自然て。神様の居場所は防人印でわかるすわな」  
「のぼせたとかいったか……不甲斐ないというか。せめて服ぐらい着せたらどうだ。機械どもが来た時、  
裸でいる気か」  
 話を聞いているのかいないのか、サーフさんが言いながら私を見下ろす。私は布をかけただけで、肩  
や足はそのまま晒していた。  
 ぼんやりした頭で首を回して、棚の上の制服に視線をうつす。  
「神は女だったな」  
 いぶかしげなローフさんの声。  
「や、やらしい目で神様を見るのはやめるす」  
「何を言うガキが。俺は女なんぞ抱き厭いた」  
 さらっと問題発言をいって、カームさん(喉まで出かかってるんだけれど)は棚の制服を掴んだ。目  
で追うと、シオ君に持たせている。  
「早く着せてやれ。気の毒だ」  
 
 あと一秒あれば私はこの人に対し、見方を変えることが出来たかもしれない。でもその前に、制服に  
挟んでいた下着がハラリと落ちてそれを彼が拾ったことで、それは夢のまた夢となった。  
 
「……なんだこれは?」  
 ビーフさんは白いブラジャーの端を摘んでしげしげと見る。  
「それは、確か神様が胸に巻いてた何かす」  
 シオ君が律儀に答えた。  
「胸なぞ見たところないようだが……という事はこれはさらしかなにかか」  
 前半部分を、撤回もしくは言わないで欲しかった。血が勢いよく巡っていて、今起き上がればきっと  
また倒れてしまう。ひっそり唇を噛んで、私は耐える。  
「さらしって何すか」  
「そんなことも知らんか。まあその服ではわからないだろうな。つまり、こう巻いてだな」  
 あ。  
 待っ。  
 あ。  
「こういうふうにするわけだ」  
「ああ、そういえばそんな感じで神様もしてたす!」  
 半死人とはこういう状態なのだと理解する。まさか自分の、少し見栄をはりたくて購入した寄せたり  
上げたりする下着を、まさか男性しかも名前もよく分からない方に身につけられてしまうなんて。軽く  
泣きたくなったけれど、私は唇をきつく噛み締めてなんとか耐える。  
「む……なにかこのさらしは特殊なようだ。神の世界のものということか、よくわからん」  
「カーフが巨乳す」  
「なぜそういう単語だけ知っている」  
「父ちゃんがヨキ先生は実はそうだって連呼してたすから」  
「ふむ。まあ神の前で比べるのも哀れ過ぎる話だな」  
 私は頭の中で憲法を覚えてるぶんだけ必死に繰り返した。平和主義平和主義平和主義。  
 ああ、それでもこの調子で私は攻撃本能を抑える事が出来るかどうか。  
 こういう時は気を紛らわせる事を思い出せばいいのかもしれない。そう考えてなんとか落ちつく  
……はずだったけれど。  
 
 下着の連想で、ふと下着泥棒にあった時のことを思い出し、逆撫でされる部分があった。  
 そういえばオーガさんも出会い頭にいきなり寄越せとかなんとか……。  
 そうこうしているうちにバームクーヘンさんは制服を手にして上から私を覗きこむ。そして体にかけ  
ていた布の端をつかみ――  
「やめなさいカーフ!!」  
 布を掴んで体を隠し、私は飛び起きた。ウォームさんのアゴに頭突きする形になり、この思いがけな  
い攻撃が彼の脳を揺さぶった事は間違いないと思われた。  
 
 
 その後のことは、思い出さない方がいいのだろう。シオ君も語らないだろうし、追い返したマープさ  
んに至っては記憶すら残っているか怪しい。ただその時のドサクサで私はブラジャーを無くしてし  
まった。  
 プラちゃんを抱えてこっそりボリュームの下がってしまった胸を隠しながら、私はため息をついた。  
 
=  
了  

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